機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

18 / 89
未来を押し付けられて

 

 

 

 

 

「・・・ここは?」

 

眼が覚めたら知らない天井でした。

というか、ここは・・・医務室?

何がどうなってこうなったんだっけ?

 

「あ。眼が覚めましたか?」

 

医務室の女医さん。

クルーに女性が多いから、そういうのを気にしたのかな?

ま、男としても女性の方が嬉しいか。

 

「あ、はい。あの・・・どうしてここに?」

「それは、何故医務室に運ばれたのか、ですか? それとも、医務室にいるのは何故か、ですか?」

「えぇっと」

 

同じような気がしますが・・・。

 

「と、とりあえず、どちらも御願いします」

「分かりました」

 

よく分からない人だ。

だけど、美人。

ナデシコってさ。

能力があれば、性格は問わない。

でも、容姿が整っていれば尚良いとか。

そんな感じで集めたんじゃない? もしかして。

メインクルーの殆どが容姿端麗だったではないですか。

戦艦らしからぬオーラを放つのはそれが原因かもしれん。

 

「色々考えている所で悪いけど、お話させてね」

「あ。すいません」

「ふふふ。いいのよ。お年頃の男の子が考えている事なんてお見通し」

 

妖艶に笑うお姉さん。

・・・美人に笑顔を向けられて嬉しい筈が、寒気を感じます。

それと、きっとお姉さんが考えているのと僕が考えているのは違いますよ。

ついでに、一瞬で性格変わりませんでしたか?

 

「貴方が運ばれてきたのは今から三、四時間前ですね。あれはそう、私が―――」

「とりあえず、僕の事を御願いします。後でお話は聞きますので」

「言いましたね。最後まで聞いてもらいますよ」

「・・・はい」

 

焦って変な約束をしてしまった。

・・・すいません、色々と。

 

「私も詳しくは分かりませんが、戦闘中に貴方は気絶してしまったみたいですね」

「気絶・・・ですか?」

「分かっているわ。若い男の子が気絶するなんてアレしかないよね、妄想。どれだけ激しい妄想をしたら気絶するのかしら?」

「それで、俺の身体に異常はありました?」

「あら。スルーなんて。悲しいわ」

「どうなんでしょう?」

「・・・コホン。特に異常は感じられませんでした。ちょっとした疲労でしょう。但し当分は頭痛が続くかもしれませんが我慢してください」

「あ、はい。分かりました」

 

そういえば、何か自分の頭じゃないかのような違和感が。

ま、勘違いだろ、俺の。

 

「異常はないので帰らせてもいいと思いますが、上からの命令でしばらくここに寝ていてもらいますね」

「えぇっと、俺ってもしかしたら何かやらかしたんでしょうか?」

「私からはちょっと。もしかして、覚えてないんですか?」

「ええ。何にも」

「ふふふ。それは若さゆえの過ちを犯したのを認めたくないからよ、きっと。認めちゃいなさい」

「変わり過ぎです。ついでに若者の認識を改めて頂きたい」

 

どうしてそうそっち方面に持っていくのかな、この人は。

 

「何でも貴方には追って連絡があるそうで、それまで待機してなさいって事だと思いますよ」

「なるほど。それなら、少し休ませてもらってもいいですか? ちょっと頭が痛いので」

「はい。構いませんよ。ゆっくりお休み下さい」

「ありがとうございます」

「あ。添い寝しようか? 寝かせないわよ?」

「おやすみなさい」

「あらら。またスルーされたのね。お姉さん、悲しい」

 

深い眠りに落ちた。

医務室の神秘に出会った気がする。

 

 

それから数時間後。

ま、俺は寝ていたからな。

正確な時間は分からんのよ。

 

「マエヤマさん、体調の方はどうですかな?」

 

やって来たのはゴートさんを連れたプロスさん。

何かゴートさんから睨まれているんだよなぁ。

ホントに俺は何をやらかしてしまったのだろうか?

 

「ええ。ちょっと頭が痛いですが、他は正常です。少し休ませて頂ければすぐにでも復帰し―――」

「残念ですが、マエヤマさん、貴方にはこれから五日間程、独房に入ってもらいます」

「・・・え?」

 

・・・独房?

・・・俺が?

・・・何で?

 

「その様子では報告通り何も覚えていないようですね」

 

はぁ・・・と溜息を吐くプロスさん。

正直な話、俺には意味がまったく分からない。

 

「あの・・・俺って何かしでかしたんですか?」

「・・・ええ。意識を失っていた貴方に言うのは大変申し訳ないのですが、真実をお話します」

 

そこで聞かされた俺の罪。

頭を抱えたくなった。

とにかく、謝りたかった。

許してもらえるまで、何をしてでも、俺は謝りたい。

それ程の罪を俺は犯してしまった。

 

「・・・俺が・・・エステバリスを?」

「ええ。嘘偽りのない事実です。貴方はレールカノンを操り、味方に被害を与えたのです」

 

呆然とした。

視界が揺らいだ。

手先の感覚がなくなって、でも、俺は必死にベッドの毛布を掴む。

それは独房に送られるのを拒んでいたからだろう。

認めたくない自分が必死に何かに縋っていた。

でも・・・。

 

「貴方に何があったのか? それは私共にも分かりません。ですが、事実は事実。厳しく罰しさせて頂きます」

「・・・ええ。分かりました」

 

・・・抗う事の出来ない事実と突きつけられ。

俺は首を縦に振る事しか出来なかった。

独房で五日間の監視。

火星にいる間、俺は何も出来ないんだと悟った。

 

 

 

 

 

「謝りたいんです」

「コウキ君。貴方の責任じゃ―――」

「俺の責任です。何が理由であろうと俺が意識を失っていようと俺の責任なんです」

「・・・分かったわ」

 

火星降下までの僅かな時間。

独房にいる俺に会いに来てくれたミナトさんに頼んだ。

俺に謝らせて欲しいと。

弁解がしたい訳じゃない。

言い訳がしたい訳じゃない。

ただ頭を下げて、謝りたい。

ブリッジで散々銃を突きつけるのはいけない事だと言い放った俺。

そんな俺が銃を突きつけ、更には実際に撃ってしまったという取り返しのつかない過失。

軽蔑されてもいい。嫌われてもいい。

それだけの事を俺はやったのだから。

でも、それでも、謝りたかった。

 

「・・・連れて来たわよ」

 

わざわざナデシコでも一番に利用しない所に来てもらった。

俺なんかの為にこんな所まで来てもらった。

それなのに、俺は顔をあげる事が出来なかった。

冷たい眼で見られるのが怖かった。

罵られて、睨まれるのが怖かった。

どんな表情であろうと、どんな言葉であろうと、俺にとっては恐怖でしかなかった。

・・・謝りたい。ただ一言謝りたい。

でも、その一言が酷く遠い。

 

「おい。顔をあげやがれ」

 

ビクッ!

 

言葉が胸を貫いた。

続きの言葉が怖くて仕方なかった。

 

「顔をあげろって言ってんだろうが!」

 

・・・そうだよな。

激怒していて当然だ。

俺は撃ったのだから。

・・・味方を・・・この手で。

やり場のない怒りと悲しみ。

何故あんな事をしたんだという己に対する怒り。

何故意識を失ったんだという己に対する怒り。

何故こんな能力を身に付けたんだという遺跡に対する怒り。

何故俺はこんな世界にいるんだという己と遺跡に対する嘆き。

そんな感情が己の胸の中で渦を巻いて。

・・・涙が出てきた。

胸の痛み。頭の痛み。

・・・心の痛み。

全身が痛くて堪らない。

死んじまえと言われた方がむしろ楽なのかもしれない。

・・・無責任にこの世を去れるから。

散々、殺したのだから苦しむのが罰だと能書きをたれながら、俺自身は簡単に死を選んだ。

死ぬという選択肢以上に楽な事なんてない。俺はテンカワさんの気持ちを分かったつもりでいて、まったく分かっていなかった。

生き地獄だ。俺なんて誤射しただけで生き地獄だ。テンカワさんのように人の命を背負うなんて事になったら間違いなく発狂する。

 

「殴らせろ! てめぇが気絶するまで殴らせろ!」

「リョーコ! やめな!」

「言い過ぎだよ。リョーコ」

「うるせぇ! 俺は撃たれたんだよ、こいつに。俺には正当な権利がある」

 

殺しかけたんだ。

殴られるだけで済むのなら軽い方だと思う。

・・・殺されてもいいぐらいだった。

 

「俺にも殴らせろ。味方を攻撃なんてヒーローにあるまじき行為だ。断じて許せん」

「ガイ君!」

「こいつは俺に男というものを教えた。そんな人間が男として許せない事をした。俺は教えられた者としてこいつを殴らなければならない」

 

あぁ。殴ってくれ。

気が済むまで殴ってくれ。

そして・・・俺を許してくれ。

償い方が分からない。

・・・俺はどうしたらいい?

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

黙ってないで怒れよ。

あぁ。いいんだ。殴っていい。

罵っていい。もう・・・何でもいいから・・・。

 

「・・・許して・・・下さい・・・ごめん・・・なさい・・・許して・・・下さい・・・」

 

身体が震えた。

口はまるで極寒の中に身を置いたかのようにカチカチとうるさい。

耳は全ての音をシャットアウトしたかのように全ての音を拒んだ。

縛られた両手。

こんな腕、折ってしまいたかった。

仲間を傷つけるような腕なんて折ってしまいたかった。

誰でもいい。縛りを解いてくれ。

俺が、自分で、折るから。

 

「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

ひたすら呟く。

まるで壊れた機械のように。

ただ一言を繰り返す。

ごめんなさいと。

・・・ただ繰り返す。

 

「・・・許してください・・・許してください・・・許してください・・・」

 

言葉とは裏腹に俺は許して欲しくなかったのかもしれない。

懺悔のように紡がれる言葉は他者の言葉を聞きたくないから。

許して欲しい。でも、許して欲しくない。

裁かれたい。裁かれたくない。

何も聞きたくない。何か聞きたい。

誰かに触れたい。温かみを感じたい。

でも、その資格はもう・・・裏切り者の俺にはない。

 

「・・・許して・・・許して・・・許して・・・」

 

視界が揺らぐ。

涙で滲んだ視界が更に暗転する。

そのまま、意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

これが・・・コウキ君?

明るくて優しい朗らかな好青年のコウキ君。

私の大切な恋人のコウキ君。

これが、まるで人形のように呟き続ける彼が本当に私の知っているコウキ君なの?

 

「・・・許してください・・・許してください・・・許してください・・・」

 

全身を震わせ、カチカチと歯を鳴らせ、血が出る程に拳を握り込んで。

 

「もうやめて! コウキ君!」

「・・・許してください・・・許してください・・・許してください・・・」

 

私の言葉は届かない。

ここにいる誰の言葉も届かない。

そして、彼の言葉も私達の中の誰にも向けられていない。

 

「・・・許してください・・・許してください・・・許してください・・・」

 

心が痛い。

彼をここまで追い詰めてしまった自分が許せなかった。

何をどう、私は間違えてしまったの?

 

「・・・許して・・・許して・・・許して・・・」

「コウキ君!」

 

倒れる彼の身体。

すぐに抱き締めてあげたかった。

彼の為なら何だってしてあげたかった。

でも、邪魔をする。

鉄の棒が私の邪魔をした。

少し歩けば触れる距離。

それが、こんなにも遠い。

手を伸ばしあえば触れ合える距離。

それが、あんなにも遠い。

私は・・・無力だ。

 

「・・・コウキ」

「チッ! 軟なヤツ」

「リョーコ!」

「味方の誤射ぐらいが何だってんだ!? それぐらい当たり前だろうが! 味方の誤射で死ぬ方が多いぐらいなんだぞ! それを! コイツは!」

「それは貴方の考え方よ。彼に押し付けるのはよくない」

「そうだよ。それに、どうしてわざわざあんな追い詰めるような事を言ったの!?」

「一発だ! 俺は一発殴れればそれでよかった! それで全部チャラにするつもりだった」

「それなら、そう言えばいいじゃない。気絶するまで殴らせろだなんて」

「俺は・・・そんなつもりで・・・。クソッ!」

「リョーコ! どこ行くの!?」

「シャワーでも浴びってスッキリしてくる!」

「リョーコ!」

「フンッ! ・・・誤射ぐらいで怒る訳ないだろうが・・・」

 

去っていくリョーコちゃん。

 

「・・・そうね。私も帰るわ」

「イズミ!」

「私がいてもどうしようもないもの。後は彼が立ち直るだけ。立ち直ろうという意思を見せるだけ」

「・・・イズミ」

「人を殺すという罪の重さ。私達のようなパイロットは神経が麻痺するのかもね。彼みたいな反応こそが普通なのかもしれないわ」

 

去っていくイズミちゃん。

 

「・・・拳で眼を覚ましてやろうと思ったんだけどな。空回りしちまったか」

「・・・ガイ君」

「俺は信じているぜ。コウキならすぐに立ち直って戻ってくるってな。コイツはそんな軟な男じゃねぇよ」

 

去っていくヤマダ君。

 

「・・・・・・」

「・・・アキト君」

「俺は人を殺し過ぎた。今の俺にコイツの気持ちは分からん」

「・・・アキト君は・・・」

「俺は罪人だ。コイツはその寸前まで行って戻って来る事ができた。それが・・・少し羨ましくもあるな」

 

去っていくアキト君。

結局、ここには私とヒカルちゃんだけが残った。

 

「・・・ごめんなさいね、ヒカルちゃん」

「ミナトさん。どうしてミナトさんが謝るんですか?」

「皆の心が離れ離れになっちゃって。私が無理に頼んだから」

「・・・皆、悪気があった訳じゃないんです。味方の誤射で死ぬ事なんて戦争中はいくらでもあったと言われていましたし」

「・・・でも・・・」

「パイロットは誰も気にしてないんです。コウキが誤射した事なんて。だから、一発殴らせれば許してやるよって笑って言っていました」

「それなのに・・・って事?」

「コウキが悪いんじゃありません。こっちの言い方が悪かったし、何よりこっちの考え方を押し付けてしまったのが悪いんです。コウキはパイロット志望じゃないんですよね?」

「ええ。何でもシューティングアクションゲームのスコアでスカウトされたって」

「それなら、きっと、今までもゲーム感覚だったんだと思います。向こうはパイロットのいない唯の虫型ロボットだったんですから」

「ゲーム感覚だったのが、現実感覚になったって事ね。しかも味方の死という形で」

「覚悟がないならパイロットになるな。そう言われた事もあります。それは味方を殺す可能性もあるという意味だったのかもしれません」

「覚悟。コウキ君には覚悟が足りなかったのかな?」

「分かりません。でも、いきなり味方の死。しかも、自分が知らない所での。自分の身体に恐怖を覚えてもおかしくないと思います」

「自分の身体に恐怖・・・か。もし知らない間に友人を殺していたなんて事になったら考えるだけで胸が怖いわね」

「コウキはその痛みを味わっているんだと思います。仲間を殺してしまったかもしれないという罪悪感。自分の身体が自分じゃないかのような恐怖感。その二つに苛まれて」

 

仲間を殺してしまったかもしれないという罪悪感。

コウキ君が友達を大切にする子だという事を私は知っている。

知り合いになれば、誕生日や記念日などを覚えていて必ずプレゼントを贈っていた。

仲が良い子ならもっと大切にしていた。

コウキ君にとってパイロットの皆は同じ戦場を共にする友人以上の関係だったのかもしれない。

そんな友人をいつの間にか殺していた。しかも、異常を抱える自分の身体で。

コウキ君は自分の身体を嫌がっていた筈。こんな能力はいらなかったって。

異常を抱え、親しい友人を殺す自分。

そうよね。とてもじゃないけど、普通の人には耐えられるような事じゃないわ。

対人恐怖症になってもおかしくない。

親しい人を自分は殺してしまうなんて考えたら誰とも知り合いになりたくないもの。

 

「そっか。ありがとね、ヒカルちゃん」

「いえ。友達ですから、コウキは。あとは恋人のミナトさんに任せます」

「ええ。本当にありがとう」

 

去っていくヒカルちゃん。

これで残されたのは私一人。

コウキ君と私だけ。

 

「どうしてこうなっちゃったの? コウキ君」

 

いつもなら穏やかな寝顔。

それが今は恐怖で引き攣って、涙で濡れた酷い寝顔だった。

 

「抱き締めれば安心してくれるの?」

 

でも、それも出来ない。

 

「口付けしたら私を感じてくれるの?」

 

たったそれだけの事も私は出来ない。

 

「どうすれば・・・いいのよぉ・・・」

 

泣きたかった。

どうしていいのか分からない。

コウキ君の為に何が出来るのか分からない。

コウキ君の為に何をしてあげられるのかが分からない。

分からない事ばかりで、己の無力さを呪う事しか出来なかった。

 

「・・・また、来るわね。その時はいつもの元気な姿を見せてね。コウキ君」

 

ひとしきり泣いて、私もその場を後にした。

私にはもうコウキ君の強さに賭けるしかなかったから。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

暗かった。

ただ暗い道を何も持たずに歩いていた。

光が現れては消え、消えては現れて。

この闇はいつまで続くのだろう。

光を追う。

・・・俺は光を掴むまでただ黙々と歩き続けた。

 

 

 

 

 

「アキトさん。私は決めました」

「・・・マエヤマか?」

「はい。彼は危険です。私達の計画の邪魔になります」

「どうしてもか?」

「はい。アキトさんも見たでしょう? マシンチャイルドを上回る情報処理能力を。あれだけの数のレールカノンを同時制御する事なんて私にも出来ません」

「・・・・・・」

「それだけじゃありません。私に匹敵するオペレート能力もあります。いざという時、立ち向かわれたら一番の障害になります」

「障害になる。それだけで消すのか?」

「今回の件をお忘れですか? 今回のような事があれば、大切なナデシコクルーを失いかねません」

「システムの暴走。あれはマエヤマのミスなのか?」

「フィードバックレベルを上げ過ぎです。あれではシステムと己を一体化させているようなもの。あれ程の情報量を人間の脳が支えきれる訳ありません」

「よく無事で済んだな」

「それがおかしいのです。あの状態になれば瞬時に廃人化するのが普通です。マエヤマさんの持つナノマシンの異常さで助かったようなものです」

「ルリちゃんでも無理か?」

「絶対に無理です。私ではもって数秒でしょう。あれだけの情報量が一気に押し寄せれば確実にパンクします」

「それはあれだけの時間もたせた。ルリちゃんが警戒するのも分かる。だが・・・」

「ミナトさんですか?」

「・・・ああ。マエヤマを殺して悲しむ者もいる。それを忘れてはならない」

「ミナトさんにはシラトリさんがいます。何の問題もありません」

「・・・・・・」

「今から行きます。いいですね?」

「・・・ああ。分かった」

「・・・ルリ・・・」

「・・・たとえ仲間だとしても、計画の為なら・・・殺します」

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

億劫だった。コウキ君が独房入りしてからずっと落ち着かない。

火星に降下する時間になっても、気分が晴れる事はない。

火星が赤くない? そんなのどうでもいいの。

ネルガルの研究所を回る? そんなのもどうでもいい。

許されるのならコウキ君の傍にいたかった。

許されるのなら、一緒に独房入りしたかった。

それなら、コウキ君に触れられる。温もりを感じられる。

 

「あの・・・このまま火星に降りちゃってもいいんですか?」

「どういう事? メグミちゃん」

「以前、マエヤマさんにナデシコについて教えてもらったんですが、火星に降り立つとナデシコの性能はガタ落ちするじゃないですか。それでもいいのかと」

「大丈夫、大丈夫。ナデシコは今まで多くの敵を退けてきた最強の戦艦だよ。問題ないって」

「えぇ? 本当ですか? ミナトさんはどう思い・・・」

「・・・・・・」

「・・・大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

一人で独房にいるコウキ君に私は何をしてあげられるの?

どうすればコウキ君の心を救う事が出来るの?

 

「休ませてやれよ、プロスさん。何にも聞こえてねぇって」

「むぅ。ですが、ここから細かい移動が多いですからな」

「んなもん、今の状態じゃ余計無理に決まってんだろ? なぁ、ヒカル」

「え? う、うん。ちょっと無理かなぁ~って。あ、あはは」

「・・・そうですな。仕方ありませんが、セレスさん、お任せしますね」

「・・・はい。分かりました」

 

考えが纏まらない。

何も思い浮かばない。

 

「そういえば、ルリとラピス、あ、テンカワもいねぇな。あいつらはどうしたんだ?」

「何でも用があるとかで」

「まったく。あいつらは何をしているんだか。せっかく火星が見られんのによぉ」

「テンカワさんも火星出身でしたな。・・・マエヤマさんも火星育ちでした」

「重いんじゃねぇのか? 五日間って?」

「いえ。妥当かと。それに、彼には休ませる時間が必要です」

「・・・それもそうか。俺達パイロットには何にも出来ないからな」

「笑って迎えてあげる事ぐらいかな?」

「・・・そうね」

 

・・・コウキ君。

 

「ハルカさん」

 

ッ!?

 

「あ、はい。何でしょう?」

「マエヤマさんの様子を見てきてもらえますか? そろそろ眼を覚ますと思うので」

「・・・はい」

 

あれから、コウキ君は眠り続けている。

非情な現実を認めるのを拒むように。

安楽な夢の中から抜け出すのを拒むように。

 

「・・・はぁ」

 

ブリッジを抜け出した所で深い溜息が出た。

私、何をやっているんだろう?

こんな事していたらコウキ君に怒られるのに。

無責任な事は絶対に許せませんって。

今の貴方は無責任にも私を放っているのにね。

・・・御願いだから、早く元のコウキ君に戻って。

 

「せっかく気を遣ってくれたんだもの。コウキ君の所へ行こう」

 

ブリッジクルーの皆に迷惑をかけて。

本当にもう。私は何をやっているんだろうか。

 

「・・・です」

 

ブリッジから独房までの最短コースを走る。

廊下を走っていたら、女の子はエレガントに、ですよ、とかコウキ君が変な事を言っていたわね。

思い出すだけで笑みが零れちゃうわ。

・・・本当に面白い子で、楽しい子で。

だから、笑顔が見られないのが本当に悲しい。

 

「・・・さん」

「・・・わかってる」

 

独房の入口に差し向かう所で声が聞こえてきた。

 

「誰? こんな時間に、コウキ君に用がある人なんて・・・」

 

食事を運んでくれる人でもない。

様子を見に来る医療班の人でもない。

どっちも時間帯が決まっているから。

今の時間帯は誰もいない筈。

じゃあ、今いるのは?

そ~っと、壁に隠れながら様子を窺う。

あれは・・・。

 

「ルリちゃんとアキト君? あ、ラピスちゃんもいる」

 

ブリッジにいる筈の主要クルーの三人。

その三人がわざわざ抜け出してコウキ君の所に?

何で?

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

距離は遠いし、小声だし、何も聞こえない。

こんな所で何をしているんだろう?

 

「・・・ですが!」

「・・・やはり駄目だ!」

「・・・ルリ!」

 

いきなり騒ぎ出す三人。

ルリちゃんの手には・・・銃!?

 

「や、やめて!」

 

いつの間にか飛び出していた。

何故、ルリちゃんがコウキ君を殺すのか?

そんな疑問を思い浮かべる前に、止めに入ろうと身体が勝手に動く。

 

「・・・だ、誰です!? ・・・え? ミナトさん?」

「・・・・・・」

 

ルリちゃんに銃を向けられて驚く。

でも、身体が止まる事はなかった。

コウキ君とルリちゃんの間に身体を入れて、両手を広げた。

 

「どういう事?」

「ミナトさん! どいてください!」

「どかないわ! どうしてコウキ君が殺されなければならないの!?」

「マエヤマさんが危険だからです。彼はナデシコクルーを殺しかねません」

「今回、暴走してしまっただけじゃない。殺されそうだから殺すの?」

「もう暴走しないとは限らないじゃないですか。それなら、殺される前に殺します」

「間違っている! そんな考え、間違っているわ!」

「間違っていません。大事なナデシコクルーを殺しかねないんです。放っておく訳には―――」

「それは変よ。コウキ君だってナデシコクルーの一員。ルリちゃんにとってコウキ君はナデシコクルーじゃないって事? 貴方も仲間だから助けて当然って言っていたわよね」

「そ、それは・・・。仲間を犠牲にするような方は仲間でもなければ、ナデシコクルーでもありません!」

「・・・ルリ!」

「ルリちゃん! それは違う!」

「どいてください。ミナトさん。私は貴方を殺したくありません」

「どかないわ。絶対にどかない」

「どうして分かってくれないんですか!? マエヤマさんは危険な存在なんですよ?」

「彼は私の大切な人なの! 誰が大切な人に死んで欲しいなんて思うのよ」

「大丈夫です。すぐに良い人が見つかります。私が保証します」

 

すぐに良い人が見つかる?

未来の記憶を持つ貴方達がそういうのなら間違いなんでしょうね。

でも・・・。

 

「未来がどうであろうと今の私にはコウキ君が一番大切なの! すぐに見つかるから納得しろって? そんなの無理に決まっているわ」

 

この世界で私が愛しているのはコウキ君だけ。

愛し続けるのはコウキ君だけよ。

 

「ミナトさんの運命の人はマエヤマさんじゃありません。別の人です」

「運命? そんなの誰が決めたのよ? 私の好きな人は私が決める」

「ミナトさんは絶対にこれから出会う人の方を好きに―――」

「もうやめて! いい加減にして!」

「ミナト・・・さん?」

「未来を知っているからって何でも貴方達が選んだ道が正しいだなんて思わないで!」

「なっ!?」

「何が運命の人よ。何がこれから出会う人の方を好きになるよ。そんなの余計なお世話! 愛する人は私が決める。貴方達が望んだ人と結ばれるなんて事は絶対にない!」

「・・・・・・」

「貴方達のエゴを人に押し付けて! 何でも自分が正しいと思っているの!? 思い上がりもいい加減にしなさい!」

 

運命? 未来ではこうだった?

そんなの私には関係ない!

私はこうするべきだなんてエゴを押し付けて。

私は貴方達が操る人形劇の人形じゃないの!

 

「何でも貴方達の思い通りになるなんて大間違いよ! 私は貴方達が描く物語の登場人物じゃないの! 何もかもを勝手に決めないで! 私が愛しているのはコウキ君だけよ!」

「わ、私はそんな事―――」

「出て行って! 出て行きなさいよ! いいから出て行って! 二度と来ないで!」

「・・・ルリちゃん」

「・・・・・・」

「・・・アキト。ルリ」

「・・・俺達が間違っていたんだ。行こう」

「・・・はい」

「・・・うん」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

去っていくアキト君達を私は息を切らせながら見送る。

休む事なく叫び続けたから、息が切れても仕方ないわね。

 

「・・・コウキ君」

 

振り返って最愛の人を眺める。

苦しそうに表情を歪めて眠る彼の手を取って上げたい。

暗闇の中、光を求めて彷徨い歩く彼を導いてあげたい。

でも、それが私には出来ない。

本当に私は何にも出来ない女だ。

 

「・・・ミナト・・・さん」

 

ッ!?

コウキ君の声!?

 

「コウキ君!」

 

項垂れていた顔を上げ、コウキ君を見詰める。

その眼は、確かに開いていた。

 

「・・・コウキ君。良かった。眼を覚まして」

 

もしかしたら、一生、覚まさないんじゃないかって。

ずっと不安に思っていた。胸の奥に必死に押し込めて気にしないようにしていたけど、時折不安に襲われていた。

・・・安心したら涙が出てきちゃった。

 

「・・・ミナトさん。また、俺のせいで泣いていますか?」

「ううん。コウキ君のせいじゃないわ。安心したら涙が出てきただけよ」

「・・・ハハハ。やっぱり俺のせいじゃないですか。俺ってミナトさんを泣かせてばかりですね」

「ふふふ。女泣かせの達人ね。コウキ君は」

「・・・ミナトさん限定ですよ」

「もぉ。バカな事ばっか言って」

 

少し元気が出てきたのかな?

いや。今のは私に合わせてくれているだけ。

本当にそういう所は変わらず優しい。

 

「・・・ミナトさんの声、聞こえました」

「え?」

「・・・愛しているって。こんな俺でも愛してくれているんだって。そう聞こえたから、ここにいるんだと思います」

 

こんな私でも貴方を導く事が出来たの?

こんな無力な私でも。

 

「・・・俺は自分の身体が怖いです。自分の身体が恨めしいです。どうしてこんな身体なんでしょう?」

「・・・コウキ君」

「・・・いえ。本当は俺が悪いんだって分かっています。調子に乗って無茶な事をした俺が。でも、どうしても、この身体を恨んでしまうんですよ」

 

俯いて話すコウキ君が、自身が持つ異常な力とは大きくかけ離れた弱々しい存在に私には見えた。

ううん。もともとコウキ君は異常な力を持つのに相応しい人じゃない。考え方だって本当に普通の人。そこら中にいる普通の男の子だわ。

 

「・・・知らない間に味方を撃って。知らない間に味方を傷付けて。知らない間に多くの人の心を傷付けた。俺が。俺のせいで」

「コウキ君はナデシコの為に一生懸命だったんでしょ。誰も責めないわ」

「一生懸命にやれば許されるんですか? ううん。そんなに世の中は優しくありません。事実は事実。俺は味方を撃った危険因子なんですよ」

「・・・コウキ君」

 

自らを危険と言うコウキ君はどれ程に自分の心を傷つけているんだろう?

私にその傷付いた心は癒して上げられるのだろうか?

 

「コウキ君は反省している。そうよね?」

「・・・ええ。あんな無茶な事はもうしませんよ」

「それなら、糧にすればいいのよ。きちんと皆に謝って、それで己の糧にしなさい」

「・・・皆は許してくれますかね?」

「許してくれるわ。誠心誠意謝りなさい。私が傍にいてあげる」

「・・・それは心強いですね」

 

弱々しく笑うコウキ君。

たった一日で、ここまでコウキ君を消耗させた。

コウキ君の自分に対する罪の意識は相当に重いみたいね。

 

「一人一人、丁寧に謝りなさい。ゆっくりでいいから。自分の想いをぶつけなさい」

「・・・お母さんみたいですね、ミナトさん」

「男の子はお母さんを求めるらしいわ。きっとコウキ君もそうなのよ」

「・・・ミナトさんみたいなお母さんなら友達に自慢できますね」

「ふふっ。ありがと」

「・・・もう少し眠ってもいいですか?」

「ええ。ゆっくりお休み」

「・・・はい」

 

そう言って寝息を立てるコウキ君。

さっきの苦しそうな顔が少しだけど穏やかになっている。

こんな私でも少しはコウキ君を癒せたって事かしら?

・・・そうならいいわね。

 

「おやすみなさい、コウキ君」

 

母のように抱き締めながら寝させてあげたかったけど、今は無理みたい。

貴方が独房から出てきたら、いくらでも抱き締めてあげるから。

早く元気になるのよ、コウキ君。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。