機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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心的外傷

 

 

 

 

 

「テンカワさん。貴方達が未来を変えたいというのなら、俺も手伝うつもりです。でも、その前に確認しなければなりません」

 

俺が隠してきた全てを話した。

今まで散々距離を置いてきた俺達だ。

協力体制を取るのなら、隠し事はなしにしたい。

俺の目的、向こうの目的。

その全てをきちんと共有しておきたい。

俺の目的を聞いて呆れられようが、怒鳴れようが、二度と疑われない為にも。

 

「・・・何だ?」

 

テンカワさん、ルリ嬢、ラピス嬢。

それぞれが真剣な顔付きでこちらを見ている。

その少し離れた所でミナトさんもこちらを見ていた。

 

「貴方達が目指すものとは何ですか?」

「俺達の目指すもの?」

「はい。ナデシコをどうしたい。火星の為に何かしたい。そんな事ではありません。もっと個人的なものです」

 

大きな夢を叶える。

その夢に隠れる個人だけが持つ大きな希望。

 

「俺はナデシコに最善の結末を迎えさせ、その上で、普通の暮らしをする事こそが俺の目指すものです」

「・・・普通の暮らし?」

「ええ。戦争を終わらせたという名誉。多くの戦績を残したという名誉。英雄? そんな称号はまったく欲しくありません。俺は平穏な生活だけを望んでいます」

 

個人的、本当に個人的な目的。

結局の所、俺の目的はここに辿り着く。

 

「それでは、何故ナデシコに?」

「怒るかもしれませんが、俺はこの世界に来た当初、ナデシコに関わろうとしませんでした。むしろ、避けようと思っていました」

「ナデシコを避ける?」

「はい。未来を知りつつ、俺は人任せにしようとしていたんです。俺が望む平穏な生活を得る為に」

「・・・あれだけの悲劇を知りながら、お前は無視しようとしていたのか?」

 

怒りの表情を浮かべるテンカワさん。

そうだろう。当事者であればそう思うに決まっている。

 

「ええ。未来を知り、それを改善できるだけの能力があるのに、俺は介入しようと思っていませんでした」

「何故だ!? 何故、そんな事が出来る!? 力があり、悲劇を知り、何故、改めようとしない!?」

「能力があったら必ずしなければならないんですか? 未来を知っていたら、必ずしなければならないんですか?」

「何?」

「自分の目的を諦め、自分を犠牲にしてまで、何故他人を助けなければならないんですか?」

「マエヤマ! 貴様!」

 

激昂し、憤怒の表情で迫ってくるテンカワさん。

檻という鉄の棒に阻まれてなければ、掴みかかっていただろうな。

 

「テンカワさん。貴方は罪の意識で動いていませんか? 贖罪というくだらない理由で動いているのではないですか?」

「ッ!? 貴様に何が分かる!?」

「分かりません。俺は実際に経験した事がある訳ではありませんから」

「なら、黙っていろ! 俺は! 俺は、あんな未来など認められない! その為ならたとえ何を犠牲にしてでも!」

「それが間違っているって言ってんだよ!」

 

気付けば叫んでいた。

そのあまりにも無責任な自己犠牲が一瞬で頭が沸騰するぐらいに怒りを湧かせた。

 

「・・・コウキ君?」

 

いきなりの大声と素の口調で誰もが驚いていた。

対象のテンカワさんでさえ。

 

「・・・・・・」

 

・・・落ち着け、俺。

感情的になったって、仕方ない。

 

「テンカワさん。貴方には、自分の念願を達成した先に何が待っているんでしょうね」

「・・・どういう意味だ?」

「俺には目的があります。蜥蜴戦争を生き抜いて平穏な暮らしをするという。でも、貴方は目的自体が歴史の改変。終わった後、貴方は死を選ぶのではないですか?」

「ッ!?」

「ア、アキトさん!? そ、それは、本当ですか!?」

「・・・アキト」

「・・・・・・」

 

罪の意識。贖罪。

そんな最終目的であれば、何の意味もない。

確かに明確な目的だ。その意識がある限り、最大の力を発揮できるだろう。

だが、そのあまりにも分かりやすい目的だからこそ、達成した時が問題。

達成した瞬間、満足感と共に生きようとする意志を失くしてしまうかもしれない。

俺にはそれが心配だった。

 

「俺は戦争終了後に目的があるからこそ頑張れます。戦争終了後、テンカワさん、貴方は何をしますか? どうしたいですか?」

「・・・俺は・・・そんな事・・・考えた事がなかった」

「悲劇を食い止めたい。その思いは立派です。ですが、俺は何よりも自分の幸せの為に頑張って欲しい。テンカワさんは戦争に死を求めているような気がします」

「・・・・・・」

「目先の事を全力で行う事も大切です。ですが、テンカワさんはもっと先の事を考える必要があると思います。生き急いでいると感じるのは俺だけではない筈です」

「・・・そうね。私もそう思うわ。アキト君」

「・・・ミナトさん」

 

遠くから会話を聞いていたミナトさんが近付いてくる。

 

「昔、コウキ君にも同じ事を言った覚えがある。義務感や責任感、貴方は罪の意識ね、そんなもので己を縛らないで、自分の幸せを求めなさいと」

「・・・ですが、俺は多くの罪を犯しました。そんな俺が幸せになんて―――」

「馬鹿ね、アキト君は。本当に馬鹿よ」

「・・・え?」

「自分すら幸せに出来ない人間が他人を幸せにする事なんて絶対に出来ない。自分の事すら救えない人間が他人を救おうだなんて、思い上がりもいい加減にしなさい」

「・・・・・・」

 

ミナトさんの言葉は深く胸に響く。

ミナトさんの言葉が俺の道標となってくれる。

だから、きっとテンカワさんの胸にも響いている筈だ。

 

「貴方の幸せを見つけなさい。贖罪なんて自己満足でしかないわ。なら、同じ自己満足でも幸せになる道を探しなさい」

「・・・俺の・・・幸せ?」

「貴方が罪を背負いきれないのなら背負ってくれる伴侶を見つけなさい。そして、二人で幸せになりなさい」

 

テンカワさんが心に抱く自殺願望と重い罪の意識。

その二つを受け入れてくれる心の強い女性がテンカワさんには必要だと思う。

 

「アキト君とコウキ君の絶対的に違う所。それは、貴方は死を求め、コウキ君は生を求めているという事」

「・・・俺が死を?」

「もし完全に追い詰められた時、きっとアキト君は今までの成果で満足し、抗う事なく、死を迎え入れると思うわ」

「・・・・・・」

「でも、コウキ君は必死に抗うでしょうね。生きたいから。その後に目的があるから。それが先を見ている人間と見ていない人間の違いよ」

「・・・俺は先を見ていないのか?」

「第一の目的なんか利己的であればある程いいわ。その方が必死になれる。生き抜こうと思える」

 

自分本位の目的。それの何が悪い?

人は己の幸せを求めてなんぼだ。

自分ひとりすら幸せに出来なければ、恋人だって幸せに出来ない。

友人だって幸せに出来ない。

 

「副次的に多くの人を救えばいいのよ。己の身を犠牲にして何かを成し遂げる事を誰が喜んでくれるの? そんなのただの独り善がりな自己満足よ」

「・・・・・・」

「貴方が今、一番しなければならないのは貴方の幸せを見つける事だと思うわ。もっと簡単に言えば、生きる意味を見つけなさい」

「・・・生きる意味」

「生きる意味が死に場所を探す為だなんて悲し過ぎるわ。貴方が戦争終了後に何をしたいのか、どうしたいのか、それをゆっくり考えてみなさい」

 

生きる意味・・・か。

平穏な生活を求めるなんていう素朴な夢だけど、俺はこの夢を絶対に叶えたいと思う。

それを何としても成し遂げる。それが、俺の生きる意味かな。

 

「・・・はい。探してみます、俺の生きる意味を」

 

俺の言葉の何倍もミナトさんの言葉はテンカワさんに届いた事だろう。

言いたい事を全部言われてしまった気がするけど、俺より説得力があるんだからきっと良かったのだろう。

 

「ルリちゃんやラピスちゃんはどうなのかな?」

 

テンカワさんだけじゃない。

俺は二人の思いもきちんと知っておきたかった。

 

「私は以前、マエヤマさんに話した通りです。幸せになる。私達を縛る多くの柵から解放され、私の幸せを見つける事です」

「・・・色々な事をしてみたい。色々な所に行ってみたい。自分の足で、自分の意思で」

 

強い意思を込めた力強い表情でそう告げる二人。

あぁ。彼女達ならテンカワさんを救える。

そう、眼の前の二人を見て実感した。

 

「・・・三人の考えは分かりました。微力ながら、俺も御手伝いさせて頂きます」

「私も協力するわ。私にだって出来る事はある筈だもの」

「・・・ありがとうございます。ミナトさん、マエヤマ」

「・・・御願いします。ミナトさん、マエヤマさん」

「・・・よろしく。ミナト、コウキ」

 

俺は俺の出来る事をする。

きっと、できる事はそんなに多くない。

むしろ、少なすぎて、力不足を嘆く事の方が多いだろう。

それでも、出来る限りの事をしようと思った。

そう・・・誓った。

 

「・・・細かい話を色々としようと思ったが、そろそろブリッジに戻らないとまずいのでな」

「そうですね。まずは火星の民を救出しなければなりません。今の俺には何も出来ませんが、何かあったら連絡下さい。少しは役に立てると思いますので」

「ああ。頼りにさせてもらう」

「あ。それと、出来れば、逐一情報を教えてくれると助かります。俺としてはきちんと把握しておきたいので」

「それは私がやります。常にブリッジにいますから」

「うん。よろしくね。ルリちゃん」

「・・・コウキの分はきちんとフォローする」

「ありがとう、ラピスちゃん」

「それじゃあな。色々とすまなかった」

「・・・またお話しましょう。私はまだ貴方の事をきちんと理解していません。貴方の事がもっと知りたいです」

「・・・また来る」

 

去っていくテンカワさん達。

今までは交わる事なく別に道を歩いてきた。

でも、これからは協力して同じ道を歩くのだ。

なんとも心強い背中だった。

 

「・・・これで良かったの? コウキ君」

 

残されたのは俺とミナトさん。

ミナトさんが心配そうに訊いてくる。

 

「何か心配事でも?」

「貴方は殺されかけているし。それに、ずっと秘密にしてたかった事なんじゃないの?」

「ルリちゃんは一途なんですよ。テンカワさんの為を想って行動したに過ぎません。きちんと話し合っていれば、防げた事でもあります」

「・・・秘密はバラしてよかったの?」

「同じ目的を共にする同志です。秘密事はなしにしたいじゃないですか。それに、俺だけ一方的にテンカワさん達の事を知っているのは申し訳ないですよ」

「もぉ。本当に甘いんだから」

「ミナトさんだって心にもない事を言っています。秘密の事は心配してくれたんでしょうが、ルリちゃん達の事はもう許しているでしょ?」

「あ。分かっちゃう?」

「ええ。ミナトさんの事ですから」

 

もちろんです。

それぐらいは分かりますよ。

 

「心配はいりません。きちんとコミュニケーションを取れば、うまくやっていけると思います」

「そう。それじゃあ心配はいらないわね」

「はい。大丈夫です」

「そっか。じゃあ、私もブリッジに戻るから、大人しくしているんだぞ」

「どっちにしろ、今は何にも出来ませんよ」

「それもそっか。またね」

 

去っていくミナトさん。

ありがとうございました。

やはり貴方にはお世話になりっぱなしです。

 

「・・・おし」

 

今回、きちんとテンカワさん達と向き合った事で、俺の原作介入は本格的なものになる。

後悔しないよう、きちんと考えて動かないとな。

あくまで俺は平穏を目指すんだ!

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「それでは、作戦を発表します」

 

独房でのこれからに対する重大な話を終え、ブリッジまで戻ってきた。

コウキ君の心は大分落ち着いていたみたいだし、アキト君達とも歩み寄れた。

始まりはあまり良くなかったけど、結果的に良い方向に進んでくれたのかな?

何はともあれ、ここで和解できた事はアキト君にとってもコウキ君にとっても良い事だったと思う。

 

「私達ナデシコが火星から脱出する方法は二つ、ナデシコ単体での加速で脱出するか、マスドライバーによる加速で脱出する事です」

「しかし、マスドライバーが火星にある確立は極めて低い」

「大部分が破壊されてしまっているからね」

「そこで、私達はナデシコ単体での加速で脱出するしかないという結論になりました」

 

うん。ボソンジャンプ以外ではその方法しかないと思う。

マスドライバーを探している余裕もないだろうし。

でも、本題はそこから。ここまでは前提に過ぎないんだもの。

 

「その為にはマエヤマさんがおっしゃっていたような安全空域の確保は必須となります」

 

合流するにしろ、脱出するにしろ、安全空域は大事。

でも、コウキ君もアキト君達も普通に脱出する事は不可能だって言っていた。

だから、これはあくまでナデシコ単体での脱出ではなく、合流を円滑に進める為に安全空域が必要だって意味なのよね。

 

「エステバリスに外付けのバッテリーを搭載させ、一機を掃討担当、一機を防衛担当として配置します」

 

ガイ君とアキト君。

どっちがいいのかしらね。

 

「担当はテンカワが掃討、ヤマダが防衛だ。テンカワは連絡があり次第、すぐに戻れるようにしておいてくれ。但し、引き付けないよう慎重にな」

「・・・了解した」

「基地を守る為に一人残る俺。おっしゃぁ! この俺がナデシコを護ってやる! アキト! 後方の心配はしなくていいぞぉ!」

「ああ。頼りにしているぞ、ガイ」

「・・・ガイさん。無茶はしないでくださいね」

「おう。必ず帰ってくるから安心して待っていろ」

「でも、心配で・・・」

「大丈夫だって。お前を残して先には逝かねぇよ」

「ガイさん・・・」

「メグミ・・・」

 

・・・見せ付けてくれるわね、ラブラブしちゃって。

私だって・・・本当は・・・コホン。

そ、そもそもアキト君がそうやって送られる立場じゃないかな。

ガイ君って攻められなくちゃ危険じゃないんでしょ?

 

「ナデシコは核パルスエンジンで起動させ、最低出力でエステバリスの援護に入ります」

 

相転移エンジンに引き付けられるとしたらこの方法は有効ね。

でも、単純にエネルギーだったとしたら、場所を知らせてしまう事にもなる。

ちょっとした賭けと言えるわね。エステバリスだけに任せるよりは良いかもしれないけど。

 

「全ての行動を慎重に御願いします。あえて敵に接近しますが、こちらの位置がバレれてしまったら、何の意味もありませんので」

 

よし。頑張りましょう。

私も協力するって決めたんだし。

火星の人達を助けたいしね。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「そっか。イネスさんがね」

『火星の方々は何度も拒否されたそうですが、粘り強く交渉された結果、イネスさんが説得してくれたようです』

「やっぱりプロスさんは流石って所かな」

『ええ。そうですね』

 

良かった、とただ一言。

せっかく助けられる命なんだ。

火星の人達もよくぞ決断してくれたよ。

 

「ヒナギクでイネスさんが合流して、ナデシコで最速で救出するんだっけ?」

『ええ。イネスさんにどのように救出するのが効率的か訊こうという事になりまして。私達はユートピアコロニーに詳しくありませんから』

「確かに。よく知っている人に協力してもらった方が成功するだろうね。そもそもイネスさんは天才的な頭脳の持ち主だし」

 

あの頭脳こそイネス女史最大の武器。

これから何度もお世話になるナデシコの知恵袋だ。

 

「ま、後は説明好きさえどうにか出来れば」

『・・・諦めるしかないかと』

「・・・そうだね」

 

ま、説明があの人の趣味だ。

どうにかして回避する方向で頑張ろう。

 

『・・・やはりマエヤマさんは私達の事を知っているんですね』

「あれ? 信じられてなかった?」

『い、いえ。そうではありませんが、突然、貴方達は物語の登場人物ですよと言われても意識できないというか、納得できないというか・・・』

「まぁ、信じられないと思うけどね。俺自身もこの世界に来た時は驚いたんだよ」

『そうですね。しかし、物語の中に自分自身が入ってしまう・・・ですか。なんか、少し憧れますね』

「ルリちゃんも女の子だね。ファンシーな可愛い世界とかを経験したいのかな?」

『ええ。未来では電子の妖精と呼ばれた私ですが、本当の妖精や天使などに会える事なら会ってみたいと思っています』

「きっと電子の妖精の方が可愛いよ」

『そ、そうですか。ありがとうございます』

 

そうやって少し照れるルリ嬢。

何だかこんな変な話が出来るってのも感慨深いな。

今まで敵意剥き出しだったけど、心を開いてくれたって感じでなんか嬉しい。

 

「真面目な話、ナデシコがユートピアコロニーに辿り着いて救出し終わる前に襲われる可能性はどれくらいある?」

『間違いなく100%でしょう。最大速度で行っても、全ての救出が成功する前に襲われます』

「それに対してナデシコはどう対応する?」

『エステバリスで周囲を囲みつつ、敵の迎撃に当たってもらいます。要するに時間稼ぎです』

「時間を稼いで、全員救出できたとしよう。その後、その状況から離脱できるのかな?」

『ナデシコを最大出力で退かせれば可能です。前回はDFを発動させながら後退に成功しました』

「なるほど。上手く退いて、クロッカスのいる方に行かないとね」

『ええ。私達では説得力がありませんから。イネスさんにクロッカスを目撃させて、ボソンジャンプの説明をして頂かないといけません』

「理論は完成しているんだろうけど・・・。やっぱり証拠がなっきゃ駄目か」

『そうですね。それに、そもそもチューリップがなければ意味がないので』

「う~ん。そこは原作と同じでいいでしょ。たださ、今回はどうするの? フクベ提督」

『・・・犠牲になって頂くしかありません。前回、助かったという事が唯一の救いですね』

「でも、今回も同じようになるかは分からないんだよなぁ」

「・・・ええ」

 

フクベ提督の犠牲。

クロッカスによってナデシコが抜けた後のチューリップを沈めないといけない。

原作では捕虜になっていたっぽいけど、今回もそうなるとは限らないし。

・・・あ、そうだ。

 

「ルリちゃん。ソフト組めない?」

『え? ソフトですか?』

「うん。たとえば、ナデシコを追尾するようにして、ナデシコの反応が消えたら自爆みたいな」

『なるほど。それぐらいなら、出来そうです』

「それなら、ラピスちゃんと協力して組んでおいて欲しい。どうなるかは分からないけど、準備しておいて損はないからね」

『はい。・・・やはり頼りになりますね、マエヤマさんは。それなのに、私は・・・』

「いつまでも気にしていちゃ駄目だって。そうだな。今度、何か奢って・・・いや、年下に奢らせちゃ駄目でしょ。・・・うん。俺の事をコウキって呼んでくれたら許してあげる」

『え? それだけ、ですか?』

「ほら。ルリちゃんが名前を呼ぶのって心を開いてくれた証拠かなって。ごめんね、こんな事を知っていて」

『いえ。構いません。・・・そうですね。それでは、コウキさんと呼ばせていただきます』

「うん。それで完璧。いつまでも気にしていちゃ俺が困る。分かった?」

『はい。ありがとうございます』

 

うん。流石は妖精。可愛い笑顔だ。

ミナトさんの落ち着く笑顔とは方向性の違う癒される笑顔だな。

 

「出来るだけ被害を失くしたいから、迅速に救出できるといいね」

『ええ。DFを発動させながら救出は出来ませんから、迅速な行動とエステバリスの防衛に全てがかかっています』

「ごめんね。俺がいればせめてレールカノンで援護できたのに」

『いえ。マエヤマさん―――』

「ルリちゃん。失格」

『・・・あ。コホン。コウキさんに負担ばかりかけられません。私達に任せてください』

「そっか。うん。任せる」

『はい。私、ラピス、セレスの三人できちんと対処してみせます。コウキさんは安心して待っていてください』

「うん。分かったよ」

『では、ソフトを組まなければなりませんので』

「了解。何かあったら連絡よろしく」

『分かりました』

 

コミュニケでの通信が切れる。

ルリちゃんが任せろと言うんだ。

仲間だもんな。信じて待っていよう。

そもそも俺に出来る事なんて何もないんだから。

 

『やぁ、コウキ君。大丈夫?』

「あ。ミナトさん。特に問題なしです」

 

再び、コミュニケが動く。

今度はミナトさんみたいだ。

 

「いいんですか? 俺と通信していて」

『今の所、私にはやる事ないもの。ヒナギクと合流してからよ』

「ミナトさんなら心配いらないと思いますが、気をつけてくださいね」

『ええ。ユートピアコロニーの人達を助けて、更に被害を少なくする。私の頑張りにかかっているのよね』

「そうです。ミナトさんの頑張り次第ですよ。緊張します?」

『もちろん。でも、それで潰される程、私は軟じゃないわ』

「それでこそミナトさんです。頼りにしています」

『まったく。戦闘中にコウキ君が隣にいないのなんて初めてだから、力が出ないじゃない。早く戻ってきなさい』

「はい、できるだけ早く。と言っても、俺にはどうする事も出来ないんですけどね」

『うふふ。それもそうね。でも、ちょっと心細いわ』

「ちょっとですか?」

『ふふっ。凄く心細いわよ』

「・・・自分で言っておいて照れますよね、これ」

『相変わらずね。ま、私としてはからかい甲斐があっていいけど』

「大好きですもんね。からかいとか弄くりとか」

『ええ。生きていく為の糧みたいなものよ』

「大袈裟ですよ。まぁ、構いませんが」

『早く弄られに帰ってきなさい』

「弄られるのが前提ですか? どうしよう。檻に避難してようかな」

『駄目よ。貴方は私に弄られる運命なの。弄りつくされる運命なのよ!』

「運命なんて信じません!」

『はい。シリアスぶっても駄目。貴方は私に弄られる。それは必然なのよ』

「うぅ。ミナトさんが黒い」

『黒くもなんともないでしょうに』

「ま、俺も早くミナトさんの隣に戻りたいですからね。待っていてください」

『ええ。待っていてあげるわ』

 

ニコリと笑うミナトさん。

あぁ。やっぱりこの笑顔が一番好きかな。

 

『じゃ、元気そうだから、そろそろ切るわね』

「ええ。作戦に集中してください。頼みましたよ、ミナトさん」

『任せなさい。振動の一つも感じさせないであげるわよ』

 

心強い一言で。

 

「じゃ、また連絡するわ」

『はい』

 

コミュニケが切れる。

本当に気を遣ってもらっちゃっている。

わざわざ連絡くれるなんてな。

やっぱりミナトさんを好きになってよかった。

 

 

 

 

 

ガタンッ! ゴトンッ!

 

「な、何だ!?」

 

する事がなくて考え事をしていると、突然ナデシコが振動で揺れた。

これは・・・木星蜥蜴に襲われているのか?

 

「クソッ。状況が掴めない」

 

きちんとした状況は分からないが、少し考えてみよう。

多分、ナデシコがユートピアコロニーに辿り着いたんだろう。

それで、救出中にナデシコのエネルギーに反応した木星蜥蜴が襲い掛かってきた。

予想が当たっていれば、現状でも救出中で、エステバリスでナデシコを護っている所。

クソッ! 何にも出来ない自分が恨めしい。

こういう時に何も出来ないなんて俺がここにいる意味がないじゃないか。

 

『マエヤマさん!』

「か、艦長? 何ですか?」

『艦長命令で貴方の拘束を解除としました。急いでブリッジまで来てください』

 

緊急事態発生って事か!?

独房にいる俺を釈放にしていいかは分からんが、俺としては何にも出来ないよりは全然良い。

感謝します、艦長。

 

「分かりました! すぐに向かいます!」

『今、そちらに鍵を開けにクルーの一人が行きましたの!』

「了解です! 艦長は指揮を!」

『はい!』

 

早く、早く来てくれ。

俺の行動が無意味になる前に!

早く! 早く!

 

「お、お待たせしました!」

「すいませんが、早く開けてください」

「は、はい!」

 

慌てた様子でガチャガチャする男性。

その音が俺を更に焦らせる。

早く! 早く!

 

「あ、開きました」

「ありがとうございます!」

 

感謝もおざなりに、俺は独房から飛び出した。

ナデシコが危険に陥っているんだ。勘弁してくれよ。

 

「・・・・・・」

 

ただ走る。ブリッジに向かった無我夢中に。

途中、何度も揺れて体勢を崩したが、転んでいる暇なんてないと無理矢理立て直した。

人間、しようと思えば無理な事でも出来るものだ。

とにかくブリッジへ!

 

「艦長!」

「マエヤマさん、待っていました。レールカノンで援護を御願いします」

「はい!」

 

ユリカ嬢にそう言われ、俺は段差を下がる事も面倒だと上から飛び降りた。

もちろん、下の様子を確認してから。

 

「コウキ君!」

 

俺が現れて驚いたのだろう。

ミナトさんが声を荒げた。

 

「コウキさん、すいません。私達だけでは」

 

さっきの会話を気にしているのかな?

気にしなくていいのに。

 

「大丈夫。よくやってくれたよ、ルリちゃん達は。後は俺に任せて」

「はい。御願いします」

 

ルリちゃんに一言告げて、俺は自分の席に飛び乗った。

そして、コンソールに手を置き。

・・・そこで俺の身体は石のように固まってしまったんだ。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「コウキ君?」

 

コンソールに手を置いてまま動かないコウキ君。

いつもなら、サングラスみたいなのを取り出して、レールカノンを準備するのに。

 

「コウキさん、どうしました?」

「・・・コウキ?」

「マエヤマさん? どうしたんですか?」

 

周りの皆も怪訝な顔付きでコウキ君を見ている。

今が戦闘中だなんて忘れるくらい、まるで時が止まったかのように、コウキ君は微動だにしない。

 

「マエヤマさん! 援護を!」

 

艦長が必死に叫んでもコウキ君が動く事はない。

 

「マエヤマさん! 何をしているんですか! 早く!」

 

副長が危機に陥っているのに何もしない事を責める。

でも、ちょっと待って欲しい。様子がおかしい。

 

「コウキ君? どうしたの?」

 

動かない身体。動かない表情。

どうしたんだろうと近付いてみると・・・。

 

「・・・落ち着け。落ち着け。落ち着け」

 

必死にそう呟いていた。

その呟きが聞こえるようになると、次はある事に気付く。

全身が微妙に揺れているのだ。

 

「・・・震えるな。震えないでくれよ。頼むから」

 

額に汗を浮かべ、必死な表情でコンソールを見詰める。

 

「・・・クソッ。オモイカネ。レールカノンセット」

『精神状態からお勧めできません』『休んで方が良いよ』『無理しちゃ駄目』

 

モニターに浮かぶ文字。

直接リンクするからこそ分かるコウキ君の様子。

精神状態が悪い? それって・・・。

 

「・・・いいから。頼むよ。成功するか失敗するかの瀬戸際なんだ。頼むから」

『・・・分かりました。レールカノンセット開始』

 

顔面を蒼白にして、全身を震わせるコウキ君。

 

『レールカノンセット完了』

「・・・頼むぞ、俺」

 

そう呟いてから、サングラスを取り出す。

いつものようにそれを装着して、ここからコウキ君の凄まじい射撃が始まる。

きっと、誰もがそう思っただろう。

でも、そうはいかなかった。

コンソールに置かれた手が異様に震えだし、その震えが全身へと回る。

遠くから見ても震えていると分かる程にコウキ君の身体は震えていた。

 

「・・・クソッ! ・・・震えるな! ・・・ちゃんと動けよ!」

 

それでも、必死にコンソールに手を置く。

呼吸も不自然になり、顔は汗で濡れ、歪む。

 

「・・・心的外傷ね」

 

ポツンと呟かれた一言。

小さな声だけど、その声はブリッジ中に響き渡った。

バッと誰もが振り返り、イネスさんを見る。

 

「・・・心的外傷?」

「ええ。分かりやすく言えば・・・トラウマ」

 

・・・トラウマ。

心の傷。癒えぬ事なき心の傷。

 

「私には彼に何があったかは知らないけれども、あれはトラウマに触れた時の反応よ。トラウマに関する物を回避しようとする無意識下の行動」

 

トラウマに関する物を回避する。

じゃあ、コウキ君のトラウマって・・・。

 

「見た限り、IFSを使用する事ではなく、何かを攻撃するという事を拒んでいるようね」

 

・・・また味方を撃つかもしれないという恐怖。

ただそれだけで、コウキ君は震えている。

また、意識を失い、味方を撃ってしまうのではないか。

今度は誰かを殺してしまうのではないか。

この救出作戦を自分の存在が邪魔してしまうのではないか。

きっと、コウキ君はそんな事を無意識に考えている。

それが、コウキ君を震わせている。

 

「ど、どうすれば? マエヤマさんじゃなければこの局面は・・・」

「無理にさせても心の傷は広がるだけね。まぁ、それでもいいのなら、強引にやらせなさい」

 

シビアな一言だと思う。

コウキ君の心の傷を広げて、火星の人達の命を救うか。

コウキ君の心を優先して、火星の人達を危険な眼に合わせるか。

その二択。艦長にとって決断しなければならない重い選択。

 

「・・・・・・」

 

悩む艦長。

お願いだから、コウキ君の心を傷つけないで。

・・・そう言えたらなんて楽なんだろう。

でも、今のコウキ君は震えながらも必死に成し遂げようと頑張っている。

・・・その気持ちを裏切るなんて出来ない!

 

「コウキ君! やりなさい!」

「ミナトさん! 何を!?」

「後悔したくないでしょ! 出来る限りの事でいいから、全力でやり抜きなさい!」

 

残酷な事を言っている自覚はある。

私はコウキ君の心の傷を広げようとする酷い女だ。

でも、きっと、コウキ君は今ここで救えなかった方がきっと深く傷付く。

今、心の傷を広げるよりも、救えなかったと知った時の方が何倍も傷付く。

もしかしたら、そう思っているのは私だけかもしれない。

コウキ君はそんな事は思ってなくて、独り善がりな考えかもしれない。

でも、私はこれが最善だって思うから・・・。

恨まれたっていい。憎まれたっていい。罵倒されても構わない。

コウキ君が立ち直れないぐらい傷付く事を避けられるのであれば・・・私はそれでもいい!

 

「今やらないでいつやるの!? 今こそ踏ん張る時でしょ! コウキ君!」

「ミナトさん! マエヤマさんが可哀想です! やめて下さい!」

 

メグミちゃん、貴方に何が分かるの?

コウキ君の事を一番知っているのは私なの!

コウキ君の事を一番理解してあげられるのは私なの!

今のコウキ君の想いを理解してあげられるのは私だけなのよ!

 

「コウキ君!」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

「コウキ君!」

「・・・はぁ・・はぁ・・・うぁ・・・うわぁぁぁ!」

 

叫び出すコウキ君。

同時にレールカノンが放たれる。

近付く敵を蹴散らし、遠くにいる敵を蹴散らし・・・己の心を傷付けていく。

 

「うわぁぁぁあぁぁぁ!」

 

悲しい叫びだった。

堪らなく悔しかった。

コウキ君にここまで負担を与えてしまう事が。

何にも出来ない事が。

堪らなく悔しかった。

 

「・・・ごめんなさい。コウキ君」

 

・・・小さくそう謝る事しか私には出来なかった。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

どれくらい経ったんだろう。

トラウマで身体を震わせるコウキ君に無理させて。

必死に叫ぶ事で己を奮え立たせるコウキ君を傷付けて。

さっきから、ブリッジではコウキ君の痛みを訴える叫び声しか聞こえていない。

誰もが痛々しい視線でコウキ君を眺めていた。

 

『全員搭乗しました!』

 

その時、漸く待ち望んでいた一報が入った。

安堵でもなく、喜びでもなく、ただコウキ君に対する罪悪感が湧き出た。

 

「艦長!」

「はい! エステバリス隊! 全機帰艦して下さい! 戻り次第DFを発動させます!」

 

早く、早く戻ってきて!

コウキ君を早く楽にさせて。

 

「全機帰艦しました!」

「ルリちゃん! ディストーションフィールド発動!」

「ディストーションフィールド、発動します」

「マエヤマさん! もういいです。もうやめて下さい」

「・・・あ」

 

スッと崩れ落ちるコウキ君の身体。

 

「コウキ君!」

 

慌てて抱き止める。

ありがとう。ごめんなさい。

眼を覚ました時、私は最初になんて言ってあげればいいのかが分からなかった。

 

「ミナトさん、最大速度で後退してください」

「・・・・・・」

 

涙が溢れてきた。

私は、違う、私がコウキ君を傷付けた。

愛する人をここまで追い詰めた。

 

「ミナトさん! マエヤマさんの頑張りを無駄にしないで下さい!」

「・・・了解」

 

歪む視界で必死にナデシコを動かす。

身体は重く、心も重い。

・・・それでも、私に出来る事はこれだけだから。

 

「・・・私」

「・・・・・・」

 

胸が痛い。心が痛い。

コウキ君を傷つけた自分が嫌になる

コウキ君を無理させて自分が嫌になる。

でも、こうしなければ、コウキ君は後悔したと思う。

きっと一番傷付いたと思う。

そうやって理論武装する自分がいて。

そんな自分がまた嫌になった。

そして、そんな私の気持ちを分かってもらえる事はなく・・・。

 

「私、ミナトさんの事、見損ないました」

 

・・・その一言が私の胸を貫いた。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 


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