「本日よりナデシコは地球連合海軍極東方面軍へと編入されます」
プロスさんの一言から始まった軍への編入。
「はぁ!? 俺達に軍人になれっつのうかよ?」
当然、反発するわな。
というかアカツキ会長の参入イベントを思いっきりスルーしていた。
キランッて奴を見たかったんだけどなぁ。
「えぇ。ナデシコは今のナデシコクルーでなければ運営できない事。偉業を成し遂げた艦として更に活躍を期待されている事。それらの理由からなんです。はい」
だが、プロスさんも強か。
困ったように笑いながらも契約書を突きつける。
退職しても構いません。斡旋もします。ですが・・・。
その先が怖いです、プロスのダンナ。
「ま、俺達の居場所はどうなったってナデシコだって事だろ?」
誰かが発したその一言がそのままナデシコクルーの総意となった。
新たに参入した十数名もまたナデシコと共に進む。
ま、殆どが誰とも知らない役職なんだけど・・・。
「あら? いたの?」
「・・・相変わらずだな、カエデ」
「ふんっ。貴方に私の何が分かるのよ」
・・・こいつもいた。
何でも不足気味だったコックとして参入したらしい。
・・・とても料理できるようには見えないんだけど。
「お前、料理出来んの?」
「あ、当たり前じゃない。私はあの―――」
「ま、期待しないで待っとく」
「期待しなさいよぉぉぉ!」
でもま、ホウメイさんの負担が減るのは良い事だ。
・・・逆に負担にならなければいいが。
と思っていてすいませんでした。
・・・食べたんですが、とても美味しかったです。
あの時のしてやったり顔は忘れる事はないだろう。
あれ程に感情を剥き出しにして笑われたのは始めてだった。
むかつく笑顔だったけど、何故か心地良いという矛盾。
ま、これからの長い付き合いだ。
それがなぜかはおのずと分かるだろう。
「それにしても、スッキリしているじゃない」
「ああ。ちょっと色々あってね。缶詰だったんだよ」
「へぇ。どうせ変な事でもしたんでしょ」
「何? して欲しいの?」
「んな訳ないでしょうが!」
「お前もお前で見違えたけどね。こう見れば意外と・・・」
「何? 惚れた?」
「・・・十七歳には見えるかな」
「十八! 私は十八よ!」
「あ。そうなの? 初めて知った」
「前にも話したでしょうが!」
反応が面白くてついね。
「髪の色って染めてんの?」
「ええ。綺麗でしょ? この色」
「性格と真反対でびっくりだ」
「貴方ねぇ。素直に綺麗って言えばいいじゃない」
「あ。まぁ、綺麗だと思うぞ」
「え? あ、そう。分かっているじゃない」
「心も綺麗だとなお良いがな」
「充分、綺麗よ!」
亜麻色? クリーム色?
似合うっちゃあ似合うけど、イメージが違う。
何も喋らなければ割りと上流階級のお嬢様に見えなくもないけど。
「それって料理人だから?」
「あ。ポニーテールの事? 似合うでしょ?」
「ん。ああ。似合う。似合う」
「・・・なんかおざなりね」
白い眼で見られました。
「ポニーテール解くとどのくらいの長さなんだ?」
「前まで伸ばしたけど、荒れちゃったから切ったのよ。今は肩位かしら」
「へぇ。道理で・・・」
「何よ? 何か文句あるの?」
「俺の友達にポニーテールが大好きという奴がいるんだ」
「それで?」
「そいつが言うにはポニーテールは長ければ長い程、揺れて可愛いらしい」
「それじゃあ私のは可愛くないって事?」
拗ねてんのか? こいつ。
「いや。俺は何事も程良くだと思っている」
「あ。なら―――」
「だから、駄目だな」
「駄目なの!?」
流れ的におかしいでしょとかぶつぶつ言っているが、完全に無視だ。
「もう少し長い方がいいな」
「ふんっ。なんで貴方の要望に答えなくちゃいけないのよ」
ま、そりゃあそうだな。
「それで? 得意料理は?」
「え? 随分と話が飛ぶのね」
「いいから。いいから」
「和食ね。他も一通りは出来るけど、和食が一番」
「得意料理は肉じゃがですってか」
「え? 何で分かるのよ?」
マジかよ? 冗談なんだが・・・。
「ま、いずれその得意料理とやらを食べさせてもらおうかな」
「ふんっ。美味し過ぎて驚いたって知らないんだから」
「いや。ないない」
「見てなさいよぉ!」
そう言ってプンスカッという擬音が付きそうな去り方をしていくカエデ。
む。あれは俺の口ぐらいだから163センチって所か? 俺の時代だと丁度女性の平均って奴だな。
長い難民生活のせいか、全体的に細い。顔は誰もが可愛いというだろう。俺の評価が甘いだけかもしれないが。
奴も美人。なるべくしてなったナデシコクルーという奴だな。
髪と性格のギャップさえどうにかしてくれれば。
亜麻色というのはもうちょっと癒し系のイメージが・・・。
俺の勘違いなら謝る。いや。勘違いな気もしてきたが・・・。
ああいう系は金髪、桃髪、赤髪と相場が決まっているのでは?
・・・いや、そんな事もないのか。
「変な奴」
カエデに不思議な微笑ましさを与えられながらも、同時に鬱。
その理由は・・・。
「ホーッホッホ。マエヤマ・コウキ。残念だったわね。私がこの艦の提督よ。そして、名誉ある元副提督よ」
・・・キノコさんがいらっしゃるからですよ。
はぁ・・・。分かっていた。分かっていたさ。
でも、やっぱり嫌なもんは嫌なんだよ。
「・・・お久しぶりです、提督」
「敬いなさい。ホーッホッホ」
何よりも気分を害するのが元副提督という身分。
俺達の笑いあり、涙あり、まぁ、4対1ぐらいの割合だろうが、の大冒険に参加していたとなってる事だ。
大方、地上でのんびりしていたんだろうに。
これが噂によく聞く上司の手柄横取り? ちょっと違うか。
何もしないのに、名誉だけ頂く。典型的な嫌な上司って奴だな。
「ホーッホッホ」
不思議な笑い方をして去っていくキノコ提督。
笑いすぎて頭から引っくり返らないかな。
「マエヤマさん。丁度良い所に」
「あ、プロスさん」
呼ばれて振り向けばプロスさん。
その横には・・・。
「エリナ・キンジョウ・ウォンよ。貴方の代わりに副操舵手を務めるわ」
・・・美人の敏腕秘書がいらっしゃいました。
目付き鋭いですね。劇場版の彼女がとても女らしかったのは今でも覚えています。
思い込んだら一直線って感じでしたね、はい。
「マエヤマ・コウキです。それなら、俺はお払い箱という事ですか?」
「いやはや。マエヤマさんには他の役職で活躍してもらうつもりですので。はい」
勝ち誇った顔している秘書さん。
でもさ、俺ってば、あんまり貴方が操舵手として仕事していた所を見た事がないのですが・・・。
多分、都合の良い役職で乗り込もうとしているだけで、運転技術はそうでもないと見た。
「なるほど。それならば、俺とどちらが優れているか勝負しましょう」
「は?」
「え?」
驚いていますね。
「俺という副操舵手がいるのにあえて副操舵手を用意する。その意図が掴めません」
「いえ。それはマエヤマさんの負担を軽くする為に」
「ありえないですね。俺が副操舵手として働いた事は・・・一度もありませんから!」
そう、何を隠そう副操舵手の仕事だけはやった事がない。
他の仕事は全部やりました。通信士の仕事もサツキミドリの時にやりました。
でも、操舵手だけはやっていない。
ある程度はオモイカネがやってくれるし。
いざという時はミナトさんが引っ張ってくれる。
とてもじゃないが、俺の役目はなかった。
それはプロスさんとて知っている筈。
それならば、あえて副操舵手を雇う必要はない。
即ち、彼女は操舵手としての仕事をまったくしないつもりで、別の用件で搭乗してきたという事。
ま、知っているんだけどね。
「へぇ。意外と賢いのね」
その上から目線をやめて頂きたい。
「貴方がナデシコに乗る意図が掴めませんから。ま、大方、ネルガル側の意向なんでしょう?」
「よく分かりましたな」
「ま、プロスさんと親しいようですし」
「なるほど。それは一本取られましたな。まさか、私でバレてしまうとは」
「ネルガル社員と知り合いである人間はネルガル社員の確率が高い。要するに貴方もですよ。アカツキ・ナガレさん」
バッと後ろを振り向く。
「へぇ。僕の事も気付いていたんだ」
「俺は男なので。女性ならあちらでお待ちですよ」
「嫌よ。そんな男」
秘書さんを指し示してみる。
「それと、人の彼女に手を出さないで下さい」
ミナトさんにぶたれた頬が赤く染まっている。
原作通りだが、むかつくものはむかつく。
「え? 彼女の恋人って君なのかい? そりゃあ笑えるね」
「笑える? どういう意味ですか?」
ムカッと来た。
「彼女は君には勿体無い程に良い女だって事だよ」
「ええ。それは認めましょう。ですが、貴方に言われる筋合いはないかと」
「少なくとも、ビジュアルの面では君より相応しいと思うけど?」
「なるほど。パイロットとして搭乗しておいて、顔で勝負ですか。腕を疑われますよ」
「言うねぇ。パイロットとしても碌に動けない男が」
「ッ!?」
正論だから、反論は出来ない。
だが、これは怒りじゃない。情けなさだ。
「ま、そんな話は置いておこう。君と喧嘩しに来た訳じゃないんだから」
「・・・何ですか?」
怒りや情けなさがぐるぐるして眼の前の人物を睨んでしまう。
仕方ない事だと思って欲しい。
「エステバリスの新型フレーム。高機動戦フレームを持ってきたんだ。それの調整をして欲しい」
「高機動戦フレーム?」
そんなの知らないぞ、俺。
原作にもなかった。
「テンカワ君の稼動データを基にして造り上げられた新しい機体だよ。名前通り、機動性を高めてある。それに全体的な底上げもね」
「その意図は?」
「現状のスピードでテンカワ君は満足してくれなくてね。急いで造り上げたんだよ」
「それらの技術のフィードバックは他パイロットにもですか?」
「もちろん。僕も、君もだ」
どちらにしろ、死ぬ確率が低くなるならやるつもりだ。
味方を殺したくないと思うのは誰だって一緒だからな。
「分かりました。引き受けましょう」
「助かるよ。天才プログラマー君」
「その前に一つ」
「何かな?」
「あたかも自分が造り上げたように言っていますが、貴方はネルガルの社長か何かですか?」
「違う違う。僕みたいな若い奴がそんな役職に着いている訳ないでしょ」
「そうですか。変な事を言いました。すいません」
「いいよ、いいよ。じゃあ、よろしく頼むね」
「ええ。やっておきますよ」
ネルガル会長アカツキ・ナガレ。
若くとも会長職としての矜持があるといった所かな。
あれが企業のトップか。
ああいう奴らをこれから相手にしていくと思うとやっぱり鬱だなぁ。
「彼、結構鋭いね。社長だってさ」
「貴方の不用意な発言が原因だと思うわよ」
「マエヤマさんの勘の鋭さはナデシコで頼りにされていました。あまり油断されない事ですな」
「気を付けておくよ、プロス君。それで? 彼女との接触は?」
「エリナさんがやってくれると聞いていますが?」
「ええ。私が接触するわ。ボソンジャンプの大事な手がかりだもの」
「上手い具合に映像から外れていたみたいだけど、ミスマル・ユリカから証言を得られたから信じるに値するね」
「そうね。必ず実験に付き合ってもらうわよ。キリシマ・カエデ」
「それでは、御願いします。提督」
「うむ。君達の考えにはワシも賛同だ。ワシも全力を尽くそう」
「ありがとうございます」
本日付けで退艦するフクベ提督を見送る為、クルーが集まった。
花束の贈呈など、儀式らしい儀式が終われば、静かなもの。
火星の民達からあらん限りの罵声を浴びせられたフクベ提督。
彼らを刺激するのはまずいとささやかな送迎しかできなかったのが残念極まりない。
彼らも理性では納得しているんだ、仕方のない事だったと。
でも、そんなに簡単に割り切れるものではない。
あのカエデすらも怒りで顔を染めて叫んでいた。
何故、私達を置いて逃げたの!?
何故、私達だけこんなに辛い思いをしなくてはならないの!?
あれは、正直、見ていたくなかった。それ程、胸が痛んだ。
「マエヤマ君。ワシは感謝しているんじゃ」
「え?」
「ワシは贖罪の為に火星にやってきた。そして、火星にこの老骨を埋めようと考えていた」
「・・・やはりそうでしたか」
「若いのに悟られるとはまだまだじゃな」
そう言って笑うフクベ提督はナデシコの提督席に座っていた無口で生きる事に疲れたような老人などではなかった。
どこか歴戦の勇士を感じさせる威厳のある老獪な将校。これこそが彼の本来の姿だと俺は思う。
やはり、目的が人を変えるんだな。
「ワシはこれこそが贖罪と考えている。無論、それだけで許されるとは思っとらん。じゃが・・・」
チューリップをユートピアに落とし、それを悔やむ自分がいた。
それなのに、英雄として祀り上げられ、更に心の傷は広がった。
もう、その心の傷は塞がらない。
もしかしたら、これからも傷は増え続けるかもしれない。
それでも・・・。
「ワシがここにいた。それを証明しよう。そして、長き平和の為に・・・この老骨を削っていこう」
・・・そう呟く飾りではない本物の英雄の姿が俺には眩しかった。
「・・・ミナトさん」
「・・・コウキ君」
長い事、ミナトさんと会話らしき会話をしていない。
ずっと体調不良と部屋に籠もり続けるミナトさん。
何度も足を運ぶが、独りにして欲しいと言われ続ける。
何度も何度も足を運んでもその言葉に変わりはなかった。
いくらなんでもおかしい。
最早、心配、不安だなんて言っているレベルではなかった。
強行突破してでも扉の向こうにいるミナトさんに会うべきだ。
心はそう決めた。だが、悩む自分がまだいた。
本当にこうしていいのだろうか?
もしかしたら、俺が入ったら余計にこじれるのではないだろうか?
やはり不安は隠せなかった。
自分の感情なんか今はもう関係ないと思いつつ、臆病な自分は行動に移す事が出来なかった。
そう思ってからも、何度も足を運んだ。
そんないつも通りの時間。ようやく? いや、遂に事態が動いた、いや、動いてしまった。
・・・呼びかけても声が聞こえないのだ。
何度ミナトさんの名前を呼んでも反応は返ってこない。
サウンドオンリーの無粋な文字は俺に何も教えてくれない。
この扉の向こうでどれだけミナトさんが悲しんでいるのか、苦しんでいるのか、俺には何も伝えてくれない。
カッと頭が晴れた。
何を躊躇していたんだ。
悩む必要なんてなかった。
苦しい時に、悲しい時に、寂しい時に。
傍にいるのが恋人なんだと気付いたから。
「艦長! マスターキーを貸してください!」
「え? 何に使うんですか?」
「ミナトさんに会いに行きます。己惚れかもしれないけど、ミナトさんは俺を待ってくれています。それに、何より・・・俺がミナトさんに会いたいんです」
「・・・はい! わっかりましたぁ! マエヤマさん! ミナトさんを御願いします!」
そう言って手渡しされるマスターキー。
これで無骨な扉を、全ての視覚を塞ぐ扉を、会話を妨げる扉を。
開ける事が出来る。
「ありがとうございます」
返事を待つ事なく走り出す。
身体よりも先に心が走り出している。
俺は異常な身体よりも速く走る心に追いつこうと必死に走った。
「ミナトさん!」
扉を叩く。
返事はない。
「ミナトさん」
扉を叩く。
これまで幾度となくしてきた事だ。
結果は変わらない。
「開けますからね」
マスターキーを通す。
開けた扉。
部屋は・・・真っ黒だった。
「ミナトさん?」
暗闇は全てを隠す。
まるで誰もいないかのように、姿も気配も隠し通す。
でも、俺の異常な視力は暗闇すらも克服した。
「・・・ミナトさん」
ベッドに縋りつくようにして寝るミナトさんの姿。
ゆっくりと近付く。
「・・・らしくないですよ、ミナトさん」
ベッドに眠るミナトさんは酷い格好だった。
いつも優しく、暖かく見守ってくれる眼はくすみ。
パッチリと大きな眼を演出する目元は隈が覆う。
欠かす事のない髪は荒れ、欠かす事のない化粧もされていない。
まるで本当に病人のようで、胸が痛んだ。
こんなになるまで恋人を放っておく奴がいるか。
自分を思いっきり殴りたくなった。
「・・・ミナトさん」
いつの間にか口にしていた最愛の人の名前。
いつもならプックリとしている妖艶で魅力的な唇。
今ではカサカサに乾燥していた。それが痛々しくて堪らなかった。
・・・思わず俯く。
「・・・コウキ君」
でも、すぐにバッと顔をあげた。
ミナトさんは確かに自分の名前を呼んだ。呼んでくれた。
「ミナトさん!」
何故か涙を流すミナトさんを必死に抱き締める。
久しぶりに味わう温もりに俺も自然に涙が流れていた。
「そう・・・ですか。そんな事が」
腕の中で意識を失うミナトさん。
それが俺に焦りと不安を呼び、胸を激痛が襲った。
何に構う事もなく、急いで医務室にミナトさんを運ぶ。
病状は疲労とストレス、そして、栄養失調。
最近ではまず起きないらしい病状でミナトさんは倒れた。
部屋に籠もりつつも何か食べているだろうと過信していた自分を全力で殴りたくなる。
何故、もっと早くこうしなかったんだと嘆きたくなる。
でも、辛いのは俺じゃなくてミナトさんだから。
気丈に振舞った。
説教してくる女医さんの話なんて耳に入らない。
俺の意識は全てミナトさんに向いていたから。
それに気付いたんだろう。女医さんは無言で去っていった。
きっと、それは彼女の傍にいてあげなさいという意味で、頭を下げるのも忘れてミナトさんが眠るベッドへと飛んだ。
後で御礼を言おう。
そう決めて、眠るミナトさんの手を握って、そのままミナトさんが起きるまで握り続けた。
「・・・ここ・・・は?」
待ち望んだ声。
飛び上がりたくなるような喜びを必死に抑え、出来る限りの優しい声で告げた。
「医務室ですよ、ミナトさん」
「・・・コウキ・・・君?」
「・・・はい、ミナトさん」
俺の顔を見て、呆然として、その後、周囲を見渡す。
「倒れ・・・ちゃったんだ」
「はい。栄養失調らしいです」
「アハハ。何だか間抜けね、それ」
そう力なく笑うミナトさん。
その様子が堪らなく悲しかった。
「ミナトさん、教えてください。何があったんですか?」
どうしても、俺はこうなった理由が聞きたかった。
きちんと説明を受け、その上で俺に怒鳴り散らしてくれてよかった。
どうして気付いてくれないのか!?
私がこんなに苦しんでいたのに! と。
そうやって少しでも心を軽くして欲しかった。
ストレスで傷付いた心を。
「・・・メグミちゃんから聞いてないの?」
「え? 何がです?」
突然出たメグミさんという名前に驚いた。
俺の知らない所で何かあったのだろうか?
「・・・そう。早とちりだったのね」
「・・・何の話です?」
「・・・でも、いつか言わないといけない事だから」
真剣な顔付きに変わるミナトさんに俺も自ずと表情を改めて、言葉の続きを待った。
「私はね・・・」
そこで聞いた俺のトラウマの件。
苦しむ俺に強要させて心を傷付けた。
激痛を与えるトラウマを抉った。
そんな自分がどうしても許せなくて、自分が嫌われるんじゃないかって怯えて。
ずっと暗闇にいたらしい。
「・・・ミナトさん。貴方は優し過ぎます。こんな臆病で弱い人間の代わりに傷付かないでいいんです」
心からの本心だった。
トラウマになったのは自分の心が弱いから。
覚悟が、意思が、全てにおいて足りなかったから。
そんな苦しみをミナトさんが背負ってくれていた。
本当に良い女だと思う。本当に俺には勿体無い。
片手で握るミナトさんの手にもう一つの手を重ねる。
「貴方は本当に馬鹿だ。背負わなくていい事まで背負って」
弱々しい力で握り返してくる手が無性に悲しい。
「ミナトさんが俺の為を思ってやってくれた。その事に善意があっても悪意はないという事は俺が一番知っています」
どんな事であっても俺を想っての事。
俺の為を想って、ミナトさんなりに覚悟を決めてやってくれた事。
「そんなミナトさんを俺が嫌う筈ないじゃありませんか。俺はずっとミナトさんを愛し続けます」
「・・・コウキ君、コウキ君」
頬を伝う涙。
全ての闇を切り離すかのように流れ続ける涙は歓喜の涙だった。
・・・ようやく、俺はミナトさんの笑顔を取り戻したんだな。
背負う事なきものまでをも背負う強く優しい彼女を俺は愛し続けよう。
俺を想い、信念を持って傷を抉る事も厭わない彼女を俺は愛し続けよう。
その溢れんばかりの愛に俺も溢れんばかりの愛で応えよう。
涙を流しながら、力弱く、それでも、全ての闇を払うかのような真っ直ぐで綺麗な笑みを浮かべる彼女にそう誓った。
破る事ない生涯の誓いを。