機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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高機動戦フレーム

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ちょっと失礼しますね」

 

ブリッジから抜け出す。

 

「健気ですねぇ」

「ちょっとした休みでも必ず医務室に行きますからね」

「私、ミナトさんに謝らないと。ミナトさんはマエヤマさんの事を想ってやったのに。私、酷い事を」

「一緒についていってやるから」

「・・・ガイさん」

「・・・メグミ」

「あ。そういうの間に合っているから」

「いいじゃねぇか、別によぉ」

 

何かブリッジが騒がしいけど、無視だ。

あともうちょっとで退院できるらしいし、何より少しでもミナトさんと一緒にいたい。

 

「ミナトさん!」

「・・・コウキ君、別にいなくならないわよ」

 

そう言って苦笑するミナトさん。

あれから大分顔色も良くなったし、いつもの魅力的なミナトさんになりつつあった。

いや、ま、今でも充分に魅力的だけどさ。

 

「仕事は?」

「休憩です。ま、後少ししたら戻らなっきゃいけないんですけどね」

「いちいち来なくていいのに」

「まぁ、いいじゃないですか」

「まったく。仕方ないわねぇ」

 

いいの、いいの。

来たくて来ているんだから。

 

「そろそろ北極かしら?」

「ええ。あと数日で作戦開始ですよ」

「えぇっと、北極熊だっけ?」

「そんな所です。あそこは微妙な操作が必要ですからね。ミナトさんはいつ頃?」

「明日には退院できるそうよ。心配かけてごめんなさいね」

 

明日退院できるらしい。

いや。良かった、良かった

 

「操舵の腕は大丈夫ですか?」

「甘く見ないでよ。私に任せなさいっての」

 

力瘤を見せつけようとするミナトさん。

大人の魅力と少女の魅力を同時に味わった気がする。

 

『マエヤマさん。そろそろ』

 

あ。休憩時間が終わる。

 

「それじゃあ、また来ますから」

「ええ。ありがとう」

「いえいえ。それじゃあ」

 

もう殆ど健康体と言ってもいいミナトさん。

本当に良かったと心から思う。

俺のせいで苦しませてしまったんだ。

ちゃんとその償いをしないとな。

ま、償いと言いつつ、俺が一番楽しんでいるんだけど。

 

「あ。コウキ」

「ん? 何でお前がここにいんの?」

 

医務室から出ると何故かカエデと出くわした。

 

「私がここにいちゃ悪いの?」

「いやそうでもない。怪我でもしたのか?」

「ま、まぁね。包丁で指切っちゃって。消毒だけでもって」

「おいおい。血の味がするのは嫌だぜ」

「ちょ、ば、バッカじゃない!? そこは大丈夫かって心配する―――」

「大丈夫か? ちょっと見せてみろ」

「え? え? も、もぉ、いつも唐突なのよ、貴方は」

 

うわ。パックリ切れてやがる。

でも、ま、変に切るよりかは治りも早いっていうし。

 

「ちょっと待っていろ」

「え? 何? 何なのよ」

 

出てきた医務室に再度突入。

 

「あら? どうかしたの? コウキ君」

「今、誰かいましたっけ?」

「えぇっと、何か会議中とか何とか」

 

誰もいないのか。

ま、消毒ぐらいなら俺でも出来るだろ。

 

「来いよ。やってやるから」

「え? いいの? 勝手に」

「いいだろ。消毒ぐらい」

 

えぇっと、棚の中に消毒液があって。

 

「コウキ君。彼女は?」

「あ、はい。カエデ。自己紹介」

「はぁ!? 何で?」

「人間関係を円滑にする為に自己紹介は必須だぞ」

「ふんっ。分かったわよ」

 

あ。あった、あった。

水絆創膏。料理できなくても皿洗いとはするんだろうし。

これがベストだろ。

 

「キリシマ・カエデ。コックよ。貴方は?」

「ふふっ。私はハルカ・ミナト。今はこんなんだけど、操舵手を務めているわ」

「へぇ。そうは見えないのに」

「ふふっ。よく言われる」

 

意外と仲良くやっていけそうか?

 

「おい。カエデ。ちょっとこっち来いよ」

「嫌よ。貴方が来なさい」

「はぁ・・・」

 

我が侭な奴だ。

薬品が置いてあった部屋の隣にあるベットルーム。

消毒液、消毒液を浸す為のガーゼ、水絆創膏を持ってそこまで移動する。

ごみとかで面倒だから、こっちでやろうと思っていたのに。

 

「ほら。そこ座れよ」

 

ミナトさんのベッドの脇にある椅子を指し示す。

その間に、違う所から椅子を持ってきて、その前に座る。

 

「そういえば、どうしてカエデちゃんは医務室に?」

「ふんっ。なんでもな―――」

「こいつ指切ったんですよ、包丁で」

「あら? 大丈夫なの?」

「ちょ、何で言うのよ!?」

「事実だろ。パックリ切れているから逆にいいです。傷跡も残らずスーッと治るかと」

「良かったじゃない」

「・・・別に言わなくたっていいのに」

 

消毒液を浸して・・・。

 

「ほら。手」

「何よ?」

「消毒してやるから手をだせ」

「嫌」

「嫌、じゃない。ばい菌が入ったら困るだろうが」

「貴方に触られるのが嫌」

「はぁ・・・。こっちは親切でやってやっているのに」

 

ここまで来てやらないのも何だかなって感じだし。

 

「ほっと」

「キャッ! 何触ってんのよ!」

「いいから。黙ってろって」

 

強引に膝の上に置かれた手を掴む。

こっちも時間ないんだから、手間取らせんなと思う。

 

「綺麗な髪ね」

「あ、当たり前じゃない」

 

お。ミナトさん、そのまま、気を引き付けておいてくれ。

さっさと終わらせちゃうから。

 

「私も髪の毛切ろうかしら。ちょっと荒れちゃったのよね」

 

それは困る。

 

「いやいや。ミナトさんはそのままが良いですよ」

「あら? そういえば、コウキ君の好きな髪型聞いてなかったわよね」

 

俺の好きな髪形ねぇ・・・。

とりあえずどちらかというとロングの方が良いかな。

ショートも可愛いと思うけど。

色はその人に合っていれば何色でもいい。

ストレートにも惹かれるけど、ちょっとカールしていても可愛く見える。

お団子も嫌いじゃないし、ポニテもなんだかんだで好きだ。

う~ん。やっぱり、本人に合っているのがいいって結論に落ち着くな。

優柔不断と笑うなかれ。

女の子は髪型でイメージが変わるから難しいのです。

 

「俺としてはその人に合っている髪型が素敵かと」

「じゃあ、カエデちゃんは?」

「な、何で私に振るのよ! 貴方の意見なんてどうでもいいわ!」

「まぁまぁ、カエデちゃん。男の人の意見を聞くのも大事よ」

「私は私の好きにやるの!」

「可愛いと思うぞ」

「え? えぇ!?」

「あら。コウキ君ったら大胆」

 

可愛いのは事実。

イメージとちょっとズレてるけど。

 

「ま、もうちょっと長ければ完璧だな」

「だってさ」

「だ、だから関係ないって言っているじゃない!」

 

クスッと笑うミナトさん。

何か不思議と微笑ましいんだよな。

カエデの態度って。

普通ならイラッとするんだけど。

本当に不思議だ。

 

「ちょっと沁みるぞ」

「え? あっ・・・」

 

水絆創膏って便利だけど沁みるんだよなぁ。

ま、後の事を考えたら今は我慢するべきだろ。

 

「何だか兄妹みたいね」

「妹を欲しいという時期もありましたが、もっと静かな子がいいですね」

「何ですってぇ!? 充分、静かじゃない!」

「大きな勘違いだろ。でも、ま、静かになれば可愛い妹なんじゃん」

「なっ!?」

「飛ばすわねぇ。初心なコウキ君とは思えないわ」

「こいつには何か遠慮いらないかなって」

「遠慮しなさいよ!」

「嫌」

「嫌って何よ!」

「俺は俺の信念を貫く!」

「はぁ!? 意味わかんないわよ!」

「カッコイイ事を言っているように聞こえるけど、実態はそんなんじゃないわよね」

「もちろんっす」

「その実態は?」

「散々弄り尽くす」

 

からかうと楽しくて仕方がない。

 

「弄る? 私を弄ろうなんて百年―――」

「じゃあもう御婆ちゃんだね。百年経ったから弄られているんでしょ?」

「違うわよぉぉぉ!」

 

相変わらずうるさいのぉ。婆さんや。

 

「はい。完了っと。これで皿洗いぐらいはできるだろ」

「あ、ありがと」

「んじゃ、俺は行くからな。ミナトさん、また」

「ええ。頑張って」

「どうも」

 

さてと、仕事、仕事。

あ、気付けばこんな時間に・・・。

下手すると遅刻で怒られるかも。

許してもらえるかどうか・・・。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「相変わらずね」

 

慌てて去っていくコウキ君を見送りつつ思う。

きちんと話せばよかったなって。

勝手に勘違いして、勝手に悲しんで、勝手に引き篭もった。

それがどれだけ心配かけているかも気付かずに。

コウキ君は私の話を真剣に聞いて、全部聞いた上で、私を許してくれた。

酷い事をしたのに、ありがとうって。

本当にお人好しだと思う。

嫌われて当然だと思ったのに、ずっと愛してくれるって言ってくれた。

本当に嬉しかった。

今回の件で、私が独り善がりだったって気付いた。

これからはきちんと話そうって。

どんな事でも臆せず話そうって。

そう思った。

コウキ君ならきちんと向き合ってくれるから。

 

「あいつ、忙しいの?」

 

コウキ君が去ったって事はここに残るのは私と彼女。

キリシマ・カエデちゃん。

亜麻色の髪の毛をポニーテールにした可愛らしい少女。

あと数年したら、誰もが振り返る美女になるでしょうね。

でも、今はまだ背伸びしたがるお年頃って感じかしら。

プンスカって口を尖らせているのは歳相応の可愛らしさ。

ふふっ。仲良くなれそうだわ。

 

「コウキ君は色んな役職を兼任しているから忙しいのよ」

「ふんっ。中途半端って事じゃない」

 

ハハハ。言われちゃっているぞ、コウキ君。

 

「ああ見えて頑張っているんだから。応援してあげて欲しいな」

「べ、別に貶している訳じゃないわ」

 

そういえば、どうしてコウキ君と知り合いなのかしら。

 

「コウキ君といつ知り合ったの?」

「・・・・・・」

 

考え中? あれ? 今度は真っ赤。

何したのよ? コウキ君。

 

「言えないような出会い?」

「ち、違うわ」

 

慌てちゃって。

余計気になるじゃない。

 

「教えてよ」

「・・・迷子になったのよ。そこをあいつが・・・」

「え?」

「だから! 迷子になった所を助けてもらったって言っているじゃない! 一回で聞き取りなさいよ!」

 

あ。そういう意味で真っ赤になったのね。

迷子が恥ずかしいって事か。

 

「へぇ。コウキ君らしいかな。迷子の子を救出なんて」

「ま、迷子なんかじゃないわよ!」

「自分で言っていたじゃない、今、迷子って」

「ば、場所が分からなかったから仕方なかったの!」

「それを迷子って言うのよ」

「ふ、ふんっ。勘違いはいい加減にして欲しいわね」

 

なるほど。

コウキ君の気持ちが分かったわ。

この子・・・楽しい。

 

「貴方、コックなのよね」

「そうよ。それが何なのよ?」

「得意分野は?」

「和食ね」

「へぇ。ホウメイさんの得意料理が中華だから、丁度いいじゃない」

「残念ながら、シェフには敵わないわ」

「あら? 素直ね」

「ふんっ。私はいつでも素直よ」

「そう。得意料理は? 肉じゃが?」

「・・・なんで分かるのよ。貴方もあいつも」

「コウキ君の口癖だったもの。得意料理は肉じゃがですって」

「はぁ!? 意味わかんないわよ」

「ええ。私もわかんないわ」

「変な奴」

「そうね。変な子よ、コウキ君は」

 

どうせまた変な事を言って困らせたんでしょ、コウキ君。

ダメだぞ、そんな事ばかりしてちゃ。

 

「貴方はどうしてナデシコに乗ったの?」

 

火星からの救民は殆ど地球に降りた。

何人かは残ったけど、それも殆ど少数よね。

・・・やっぱり地球に居場所がなかったのかしら。

 

「地球に伝手なんかないもの」

 

・・・両親はやっぱり。

 

「私は火星大戦で全てを失ったわ。両親も。お店も。妹も。居場所なんてないわよ」

 

・・・強がっている。

きっと、この態度もこの子なりの強がりなんだわ。

必死に心を強く保とうとしている。

 

「ま、ナデシコが私を必要としているからここにいてあげているってのもあるけどね」

「そっか」

 

誰かがカエデちゃんを支えてくれると嬉しいんだけど・・・。

その第一候補がコウキ君ってのが複雑ね。

あれだけ遠慮なく話せる友達ってなかなかいないだろうし。

コウキ君はコウキ君で楽しそうだしなぁ。

一難去ってまた一難って感じかしら。

 

「私は食堂に戻るわ」

「ええ。お大事に」

「ふんっ。大袈裟よ」

 

新たな仲間を引き連れて、花咲くナデシコ今日も行く。

・・・なんてね。

さてっと、早く復帰しないとコウキ君を取られちゃうじゃない。

という訳で寝よ。寝るのは嫌いじゃないしね。むしろ、好き。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「復帰おめでとうございます、ミナトさん」

「ありがと。心配かけてごめんなさい、艦長」

 

翌日、ミナトさんの姿がブリッジへ帰ってきた。

いや。やっぱりここはミナトさんの席って感じがする。

決して秘書さんの席ではないのだ。

 

「いやはや。これでようやくブリッジクルーが揃いましたな」

 

プロスさんもご満悦。

 

「あの・・・ミナトさん、私・・・」

「いいのよ。メグミちゃん。貴方はコウキ君の事を思って言ってくれたんでしょ? それなのに、怒るなんて筋違いだもの」

「でも、ミナトさんを傷付けて・・・」

「いつも通りに接してくれるのが一番嬉しいかな」

「・・・そうですか。分かりました。これからもよろしく御願いしますね、ミナトさん」

「ええ。こちらこそ」

 

えぇっと、二人の間に何があったかは知らないけど、仲直りしてもらえてよかったかな。

 

「おかえりなさい、ミナトさん」

「・・・おかえり」

「・・・ミナトさん、おかえりなさいです」

 

オペレーター三人娘も笑顔でお出迎え。

う~ん。癒されるね。

隣に・・・。

 

「何よ。この名副提督と名高い私の時はあんな御出迎えしなかったくせに」

 

・・・キノコさんがいなければなお良いのに。

耳は痛いし、ストレス溜まるし、元の席に戻っていいかな?

 

「艦長。元の席に戻ってもいいですか?」

「え? でも・・・」

「大丈夫ですよ。トラウマを克服するまではレールカノンはルリちゃんに任せますから」

「・・・大丈夫ですか?」

「ええ。それに、俺がそちらの席に戻らないと新しく入った方の席がなくなるじゃないですか?」

「え?」

「とにかく、オペレーター補佐などの仕事もありますから。前の方が都合も良いんです」

「そうですか。分かりました」

 

おし。艦長の許可をもらいました。

さっそく、移動しましょう。

 

「・・・貴方」

「あ。どうぞ。席が空きましたので」

「・・・覚えてなさい」

 

ふっふっふ。一名様、山菜狩りにご案内。

 

「可哀想よ、彼女」

「ちょっと因縁つけられたので。これぐらいの嫌がらせは軽いもんですよ」

「・・・はぁ。あの席は神経使いそうだものね。色んな意味で」

 

エリナ秘書は副操舵手としてブリッジにいる義務がある。

だが、彼女の席はない。候補としては俺の席か、副提督の席か。

その状況下で俺は元の席に戻った。そうなれば、答えは判るでしょ?

 

「いや。そもそも俺の席はこっちですから」

「ま、それもそうね。私の隣はコウキ君」

「そういう事です」

 

顔を見合わせて笑う。

うん。色々とホッとした。

 

「・・・あの、コウキさん」

「ん? 何かな? セレスちゃん」

 

席に着くと隣のオペレーター席にいるセレス嬢から声がかかる。

 

「・・・あの・・・その・・・」

 

ん? 俯いてどうしたんだろう?

俺、何か泣かせるような事しちゃったかな?

 

「もぉ。鈍感ね」

「え?」

 

ミナトさんが無言で自分の腿を叩く。

あぁ。そういう事ですか。

 

「ホイっと」

 

セレス嬢の脇の下に手を入れて、持ち上げる。

そのまま、抱きかかえて・・・。

 

「これでいいかな?」

「・・・はい。ありがとうございます」

 

腿の上に乗せて、セレス嬢の背中からの重みを胸で支える。

いや。セレス嬢って軽いから全然気になんないけどね。

 

「ふふっ。可愛らしい」

 

隣の席のミナトさんを始めブリッジの誰もが微笑ましいといった笑みを浮かべる。

それはあの秘書さんも同じで、ちょっと悪い事したかなって思ってしまう。

山菜狩りは酷すぎたかも。あれは隣にいるだけで胃に来そうだ、いや、来る。

 

「この状態でセレスはオペレートした方がいいんじゃないですか?」

「おいおい。ルリちゃん」

 

うっすらと微笑みながらルリ嬢らしくない事を言うルリ嬢。

ルリ嬢にまでからかわれたらブリッジでも四面楚歌になっちまう。

 

「・・・そっちの方がいいかもしれません」

 

・・・同意しちゃ駄目だよ、セレス嬢。

体勢的に難しいでしょうが。

 

「駄目ですよ。戦闘中の緊張感がなくなっちゃうじゃないですか」

 

癒されすぎて戦闘に集中できない可能性が非常に高い。

 

「もともとあってないようなものよ。緊張感なんて」

「あ。酷いですよ。ミナトさん。ユリカは一生懸命頑張っています」

「艦長もお気楽じゃない。それに、ナデシコはお気楽な方が強いと思うわよ」

「あ、それもそうですね」

 

って、おい。同意すんのかよ!?

 

「・・・む」

「いやはや。反論できないのが不思議です」

「大丈夫なの? この艦」

 

ゴートさんとプロスさんは半ば諦めているといった感じ。

エリナ秘書。大丈夫なんですよ、これで。

 

「そういえば、パイロットの方々は何をしているんですか?」

 

パイロットの席には誰もいないし。

 

「貴方に調整してもらった高機動戦フレームをシミュレーションしているのよ」

 

秘書さんも大概ですよね。

秘書って隠しているならそういう発言は避けるべきですよ。

貴方がネルガルの要職だってバレますから。

あれ? 秘書は隠してなかったか?

 

「高機動戦フレーム?」

「ユ、ユリカ。報告書にあったでしょ」

「えぇっと、よく見てないからわかんない」

「まずいよ、ユリカ。ちゃんと見ないと」

「だってぇ、書類ばっかじゃ疲れちゃうもん」

「疲れちゃうって。それが艦長の義務だよ、義務」

「えぇ~。あ、じゃあさ、ジュン君が色んな事を把握しておいてよ。ユリカはジュン君から聞くから」

「駄目だって。そんなんじゃ」

「・・・駄目なの? ジュン君」

「うっ! だ、駄目。きちんと艦長は艦内の事を全て把握して―――」

「ジュン君。御願い」

「・・・ま、任せてよ。僕が全部把握しておくからいつでも聞いてね」

「うん。流石はジュン君。最高のお友達だね」

「・・・まぁね。最高のお友達に任せておいてよ」

「やったぁ。ありがと、ジュン君」

 

カーッ!

押しが弱い。意見を貫け。

そして、艦長。いくらなんでもそれはまずい。

 

「・・・呆れちゃうわね」

 

全クルー呆れモード。

艦長も艦長だし、ジュン君もジュン君だ。

しかし、ジュン君の気持ちにまったく気付かない艦長は本当に凄いと思う。

ジュン君の気持ちを少しでいいから理解してあげて欲しい。

あ、凄いって別に褒め言葉じゃないからね。

 

「・・・これが惚れ込んだ弱みって奴?」

「ちょっと違うと思いますよ」

「・・・そうね。私もそう思うわ」

 

ジュン君、しっかり!

ちゃんと艦長の手綱を握ってくれ。

 

「・・・高機動戦フレームって何ですか?」

 

見上げるように訊いて来るセレス嬢。

あ。この角度。この姿勢。何を御願いされても応えてしまいそうだ。

ジュン君もきっとユリカ嬢の上目遣いに負けたんだな。

ちょっと気持ちが分かった。

 

「空戦フレームっていう空中戦の為のフレームがエステバリスにあるのを知っているかな?」

「・・・はい。情報収集に優れていて、隊長機として用いられるフレームですね」

「お、詳しいね、セレスちゃん」

「・・・勉強、しました」

「そっか。偉い、偉い」

 

撫で易い位置にあるから思わず撫でてしまう。

ま、仕方のない事だ。きっと誰だってこうする。

 

「武装はミサイルポッド、イミディエットナイフ、ラピッドライフルの三つで、まぁ標準装備って奴」

「・・・はい。特に他のフレームと変わりはありません」

「ここにレールカノンを足したのが現在の空戦フレームの武装なんだけど―――」

「そういえば、聞いたわよ、コウキ君」

 

い、いつの間に俺の後ろに。

ま、まさかボソンジャンプを使いこなしているのか!?

イネス女史!

・・・そんな訳ないけどさ。

流石は神出鬼没の説明お姉さん。

 

「な、何がです?」

「レールカノンをエステバリス用に実用化したのは貴方なんですってね」

「いえいえ。ウリバタケさんメインの俺補助って―――」

「そのウリバタケ技師から聞いたのよ。実用化にはマエヤマの力がなければ無理だって」

 

ウリバタケさん。

余計な事を言わないでくれ!

 

「まず、サイズの小型化。戦艦級に備え付けるので限界だったレールカノンをエステバリスでも持てるよう小型化した」

「ま、まぁ、参考程度に思い付く事を言ってみただけですよ」

「無理な言い訳ね。物を小型化するという事がどれだけ大変か分からない貴方ではないでしょう? それに、エネルギーコストの問題も解決しているわね」

「・・・・・・」

 

・・・追い込まれていく。

イネス女史、そろそろ抑えて欲しい。

 

「貴方の学歴は見させてもらったわ。どうして高校中退の貴方がそれだけの知識を持ち合わせているの?」

 

うわ。ここに来て捏造経歴の穴が発覚。

確かに高校中退にしては調子に乗り過ぎた。

しかも、普通高校だし。工学関係者には怪しまれる事この上ない。

 

「えぇっとですね・・・」

 

困った。本当に困った。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

黙り込むしかないという状況。

テンカワ一味とミナトさんという状況を知っている人達は心配そうにこっちを見ている。

プロスさん、エリナさん、ゴートさんなどのネルガル関係者は鋭い眼でこちらを見てくる。

イネスさんはニヤニヤして助けてくれる様子はない。

というか現在困らせてくれている張本人だし。

あぁ。ピンチ。今までで一番のピンチ。

 

「・・・コウキさん。高機動戦フレームの説明をしてください」

「え?」

「・・・私が先に質問しました。後からの質問に先に答えるなんて酷いです」

 

涙目で見上げてくるセレス嬢。

あぁ。罪悪感が溢れてくる。

 

「そうね。私が悪かったわ」

「・・・イネスさん?」

「セレスちゃんの言う通りだったわ」

「ちょ、ちょっと、きちんと答えてからに―――」

「貴方は幼い女の子を虐める趣味でもあるの?」

「な、ないわよ」

「それなら、後にする事ね。まずはセレスちゃんの質問に答えさせてあげなさい」

「・・・・・・」

 

不満顔のエリナ秘書。

他の皆さんは呆れ顔やら安堵の顔やらで・・・。

とにもかくにも・・・。

 

「助かったよ、セレスちゃん」

「・・・何もしていませんよ?」

 

いや。マジで助かりました。

貴方のおかげです。この質問に答えたら即行で逃げよう。

 

「いいから、いいから」

 

感謝の気持ちを込めて頭を撫でる。

もう何かある度に撫でるのはもう癖だね、基本だね。

 

「高機動戦フレームは空戦フレームと0G戦フレームの良い所を合わせて、その上で強化したフレームなんだよ」

「・・・空戦と0G戦をですか?」

「うん。重力波推進で機動を行うのが0G戦フレーム。そこにラムジェットを組み合わせたのが空戦フレーム。そこに大量の高出力スラスターを加えたのが高機動戦フレーム」

 

重力波推進、別名、反重力推進機関。

これのおかげで大気圏内でも空が飛べる。

空戦フレームはこの推進機関で浮遊して、ラムジェットで方向を決めるらしい。

0G戦フレームは逆に宇宙空間で足場を作る為にこの推進機関を利用しているらしい。

格闘戦とか足場ないと力が逃げちゃうって。

そこに機動力を高める為のブースター、バーニア、スラスターを装着する訳だ。

 

「・・・大量の高出力スラスターっていうのはどういう事ですか?」

「八ヶ月って結構大きくてね。エネルギーコストの低いスラスターが開発されたんだよ。それを大量に付け、更にバーニア、ブースターを備え付ける事で高い加速度を得られる」

「・・・でも、バランスが悪くなりませんか?」

「まぁね。でも、他の機能もそれを補えるだけ進歩しているんだ。重力波受信アンテナの効率も良くなったしね。その分だけ出力も上げられたって訳」

 

スラスター技術の向上がブースターやバーニアの付加に貢献した。

スラスターで姿勢制御能力を強めて、その上で抜群の加速力を誇る。

 

「姿勢制御用のスラスターを強化して、全体的にスラスターを追加。背部に二基のバーニアユニットを接続して更に強化。驚異的な加速力だね」

「・・・スラスターばっかりで不恰好になりませんか?」

「そのあたりは大丈夫みたいだね。見た限りカッコイイよ。設計者のセンスがいいみたい。ま、ゴツイ事は否めないけど」

 

ま、あれ、イメージで言えば、突貫大好きな某少尉の改修後宇宙仕様になった奴。

きっと某蜉蝣中佐もバッタか!? と驚いてくれる事だろうね。

 

「加速力、運動性などなど、元のエステバリスとはまるで違うよ」

 

まぁ、加速力、運動性、推力やアクロバット飛行という点では到底ブラックサレナに敵わないんだけどね。

あれは数年後の技術だし。仕方ない。

 

「重力波推進は本当に便利。重力下でも浮遊できるんだから。重力波推進技術の発達は重力を忘れさせてくれそうだよ」

 

大気圏を強引に突破した時は重力制御に本当に感謝したものだ。

俺の時代じゃあ、一般人では到底宇宙には行けないからな。Gが半端ないらしいから。

 

「全体的な出力も上がったからDFの強度も上がったんだ。まぁ、微々たるものだけどね」

 

微々たるものでも充分な強度。

その分を機動面と攻撃面に使えるんだから満足しなっきゃ。

 

「ま、要するに、従来のエステバリスより素早く動けて、攻撃が強くなって、守りが堅くなった。そして、特に素早さには気を遣いましたって事」

 

八ヶ月で自分達が使っていたエステバリスより高性能になるのは当たり前。

その上で機動面に力を注いだ事で誕生した機体ってな訳だ。

それに、加速に対するG緩和の技術も進歩しているし。

ま、鍛えてなっきゃ辛い事に変わりはないけどね。

加速力とか半端ないし。

 

「距離が限定されているのに高機動にする意味があったんですか?」

 

とはユリカ嬢の言葉。

意外と鋭い質問。このあたりは流石艦長って感じだな。

 

「距離制限も伸びましたよ。重力波アンテナの技術も日々進化していますから」

「ほぇ~。凄いんですね」

 

ええ。凄いんです。

 

「いざという時は十分程ですが単独行動も出来ます。行動範囲が広がるのは良い事でしょう?」

 

バッテリーの最大稼動時間も伸びた。

ま、性能の向上で前までと変わらなくなっちゃったけど。

 

「そうですね。十分は意外と長いですから。色々な事が出来ます」

 

そういえば、今回はサツキミドリの単独行動がなかった。

テンカワさんに頼んでパイロット達に単独行動を一通り経験しておいてもらおうかな。

時間とかに気を遣いながら行動するのって大変そうだし。

 

「・・・コウキさんは何を調整したんですか?」

「俺が調整した所は各部の制御の所かな。姿勢制御とかバーニアの出力とか色々と調整が必要だった。ま、シミュレーションだけでしか試してないから稼動データが欲しいけど」

 

ソフトを組める事が結構役に立っている。

偶に遺跡の知識を活用させてもらっているのは俺だけの秘密だ。

 

「何だか、コウキ君ってばいつの間にかそっち系の人間になっていたわね」

「え? どういう事ですか?」

「元々は副操舵手、副通信士、オペレーター補佐でしょ? 今では武器の開発とか制御盤の調整とかじゃない」

 

・・・否定できない。

というよりもオペレーター三人娘は教える事も殆どないし。

通信士と操舵手は優秀で俺の手なんか必要ないし。

こういう事をしないといらない子なんだよな、俺。

 

「結構楽しいんですよね、こういう事。昔はよく色々な物を拾ってきては工作していましたよ」

 

幼少の頃、一番はまったのはダンボールで秘密基地作りです。

いや。今思えば無駄な物ばっかり作っていましたが、当時は楽しくて仕方なかったですね、はい。

 

「どうです? ネルガルに雇われませんか? 高給でお迎えしますよ」

「え? いやいや。仕事はやっぱり充実感ですよ」

「あらま」

 

ミナトさんの台詞を真似させてもらいました。

 

「ま、そんな所かな」

 

さて、高機動戦フレームの説明は終わった。

・・・どうやってこの場から離脱するか。

 

「それじゃあ、次は私の質問に答えてもらおうかしら」

 

げ!? 来たよ。会長秘書からの性悪質問。

 

「どうして貴方はそれ程の―――」

 

あ! この手があった!

 

「あ! パイロットはシミュレーションしているんですよね?」

「ちょ、ちょっと、話の途中で―――」

「いやぁ、パイロットの意見を聞きたかったんですよ。ちょっとシミュレーター室に行ってきますね」

 

強引にでも突破する。

 

「帰ってきたらまたしてあげるから、ちょっと待っていてね」

「・・・はい。分かりました」

 

悲しそうな表情で俯くセレス嬢。

あぁ。胸が痛む。

けど、緊急事態なんだ。分かってくれ。

 

「ほら。セレスちゃん。今度は私の所においで」

 

悲しそうに席に戻るセレス嬢をミナトさんが抱きかかえて俺と同じようにする。

お。セレス嬢も喜んでいるじゃないか。むしろ、俺より断然絵になっているから素敵だ。

 

「じゃ、じゃあ、後はよろしく御願いします」

 

逃亡~~~。

 

「・・・逃げたわね。いいわ。後できちんと話してもらいます」

 

聞こえな~い。

これからも誤魔化し続けてやるぜ。

手加減してくれよ、特にプロスさん。

黙秘権を行使しましょう、いざという時は。

・・・あるかどうか知らないけど。

 

 

 

 

 

「す、凄い加速力だな、これ」

「うぅ~。意識が飛びそう」

 

やって来たのはシミュレーション室。

出入り禁止を言渡されていたけど、目的が目的だから大丈夫でしょ。

 

「どう? シミュレーションは」

「おぉ。コウキじゃねぇか。こいつは凄いな」

「まぁね。それでどう? 振り回されてない?」

「いや。今まで全然違っていてな。加速も停止も反応が早くて戸惑う」

「ま、急加速、急停止には気を遣ったからね。機敏な動きとかしてみたいでしょ?」

「まぁな。これなら俺のゲキガンパンチの命中率も上がるぜ」

 

嬉しそうだね、ガイ。

 

「コウキ、これは厳しいよ。頭がぐらぐらする」

「まぁ、高機動は接近戦とかメインだからあんまりヒカルには必要ないかもしれないけどさ。慣れといてよ」

「う~ん。まぁ頑張ってみる」

 

中距離というか、スバル嬢の位置とイズミさんの位置から的確な位置取りするのがヒカル。

空間把握能力とでもいうのかな。そういうのが上手い。

サッカーだったらボランチあたりに欲しいね。

僕はDFでしたが、何か?

 

「くはぁ! こいつはキツイな」

「リョーコさん。調子どう?」

 

豪快にシミュレーターから出てくるスバル嬢。

こういう事言うのもなんだけど、ガイ並に男らしいよね。

 

「振り回されちまうぜ。でもよぉ、使いこなせればかなりの戦力だ」

「そうでしょうね。でも、リョーコさんなら使いこなしてくれるんでしょ?」

「上等じゃねぇか。やってやる」

 

再びシミュレーターに入るスバル嬢。

いや。頑張るね。凄いよ。

 

「・・・・・・」

「大丈夫ですか?」

「・・・・・・」

 

ダウンしましたか。

後方支援はあまり動きませんからね。

 

「ん? マエヤマか」

「あ。テンカワさん。満足してくれました?」

「ああ。以前より大分マシになったな。ただ、急旋回する時に違和感がある」

 

む。急旋回か。

姿勢制御の所かな。

バランスが若干崩れるのはシミュレーションで分かっていたけど、許容範囲だしこれ以上の調整は逆にバランスを崩すからいいやと思っていたんだけど・・・。

流石はテンカワさん。

バレるとは思わなかった。

 

「分かりました。作戦終了後にでも修正しときます」

「ああ。頼む」

 

むぅ。とりあえず作戦終了後に再調整だ。

稼動データもあるし、調整しやすいだろう。

あのあたりは凄く細かく調整しないといけないからな。

それに、今、変えたら逆に違和感になっちゃうだろうし。

 

「自分で乗って試したのか?」

「いえ。シミュレーター室は出入り禁止だったので、仮想ソフトを使ってのシミュレーションです」

 

素晴らしいんだよ、このソフト。

瞬時に欠点とか教えてくれるし。

遺跡から久しぶりにダウンロードしたソフトでとても便利。

やはり未来の知識は凄まじいね。

 

「・・・まだ駄目なのか?」

「コンソールに触れる事は出来ます。でも、攻撃しようと思うと手が震えて」

 

本当に治らない。

やっぱりイネス女史あたりにきちんと相談すべきなのかな。

 

「・・・そうか。まぁ、あまり無理はしない事だ。焦る必要はないからな」

「・・・はい。そうします」

 

・・・ちょっと暗くなっちゃったな。

 

「それじゃあ、俺はそろそろ行きますね」

「ああ。参考になったか?」

「ま、それなりです。後は慣れてもらってからですね」

「慣れるまでは以前の空戦フレームを使う事になっている」

「テンカワさんはもちろん」

「無論、高機動戦フレームを使うつもりだ。稼動データが収集できるよう色々と試してみよう」

「御願いします」

 

ふむ。ブリッジに戻るか。

・・・どうする? 無視し続けるか?

それとも、色々と伝手があったとか言い訳するか?

・・・うん。その方向でいこう。どっちもだ。

何を訊かれてもしゃべりません!

親が研究者という言い訳で必ず誤魔化し通します!

ハッハッハ。

・・・頑張ろう、精一杯。

 

 

 

 

 


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