「すまなかった。まさか、俺達がいない間に敵が攻めてくるとは・・・」
「・・・油断していました。未来を知っているからといってその通りになる筈がないのに」
いつもの秘密会議。
最近は定例会議と化している。
「いえ。万が一の時の予備パイロットですから。俺は当然の事をしたまでですよ」
「・・・だが、お前は・・・」
トラウマの事で心配されているみたいだな。
ま、仕方ないか。毎回震えてれば。
「今でも多分、操縦しようと思えば震えるかもしれません。ですが、いつまでもこのままではいられないので」
「・・・そうか」
いざという時に何も出来ないままではいけない。
今度いつあのような事になるか分からないんだ。
きちんと正面から受け止めて克服しないと。
「シミュレーション。明日から俺も参加します」
「了解した。びっしり扱いてやるから覚悟してろ」
「お、お手柔らかに」
ひ、久しぶりでも手加減とかしてくれないよ、この人、絶対。
あれだな。筋肉痛やら神経痛やらになりそうだ。
「それにしても、あれは何ですか? フィールドガンランスとは」
「あぁ。あれ? ほら、フィールド破ってすぐに攻撃できたら効率がいいなぁと思って」
「あんな方法は思いつきませんでした。まさか槍と銃を組み合わせるなんて」
そんなに凄い発想なのかな?
少し考えれば誰にでも考え付くと思うけど・・・。
「ああ。正直、あれには俺も驚いた。まさかあんな方法で複数機必要な戦術を単機で可能にしてしまうとは」
「そんなに珍しいですかね?」
「そうだな。とても近距離武装と遠距離武装を組み合わせるなんて発想は思い付かない」
「どうしてそんな発想が?」
「銃剣って知っているかな?」
「銃剣? 何だ? それは」
「ルリちゃんは?」
「私も知りません」
そうか。やっぱり昔の戦争の事なんて誰も知らないのか。
なんか、ここにきてこの世界がまったく別の世界だって再認識した。
パッと見は俺の世界にもいそうなアキトさんだけど、育ってきた環境は全然違うんだな。
何でウリバタケさんとかが思い付かないのかなぁって思っていたけど、あれか、生活の環境が違い過ぎるからか。
「銃剣とは、銃の精度があまり良くない時代に生まれたものです」
「銃の精度が良くない? どうしてそれであんな発想になるんだ?」
「ええ。精度が悪いという事は確実に敵を狙えないという事。即ち、接近を許してしまうかもしれないという事です」
「なるほど。今でこそ銃のみで確実に命を脅かせるが、その時は無理だった。接近を許してしまえば逆に銃だけでは危ない」
「そうです。それを解決する為に銃でありながら接近戦でも使用できるように先端に刃を付けた。それが銃剣の始まりです」
「遠距離主体の武器に近距離武器としての機能を備え付けさせたのか」
「ええ。当時は銃の先端に刃を取り付ける程度でしたが、それでは機動兵器同士では強度が足りないでしょう? だから、ガンランスとしたんです」
「・・・なるほどな。お前はその銃剣の存在を知っていたから、この案を思い付く事ができたんだな」
「はい。その通りです」
フィールドガンランスは対DF用では最高の武器と言える。
使い方次第では強力なDFも解除できるし、弱いDFならそもそもレールカノンだけで充分攻略できる。
レールカノンの威力は凄まじいので、強力なDFでも、解除さえしてしまえば後は撃つだけだ。
「フィールドガンランスはまだ試作型ですが、正式に採用できるだけの性能を持つようになれば大分戦闘は楽になると思います」
「そうだな。フィールドランサーでも充分過ぎる程に強力だったのに、それ以上だからな」
「レールカノンといい、フィールドガンランスといい、コウキさんにはお世話になりっぱなしです」
「いやいや。俺も生き残りたいしね。当然の事だよ」
生き残る為に出来る事をするのは当然だ。
俺が求める平穏で幸せな生活もまずは生き残る事が前提なんだし。
その為なら全力を尽くそう。
「それで、次はオモイカネの反乱ですけど、どう対処するんですか?」
クルスクが終われば、次はオモイカネの暴走事件だ。
原作では記憶の枝?を切って解決したが、今回は暴走事件を知っている。
どうにかして前もって暴走を抑えられれば・・・。
「前もって対処したいのですが、オモイカネの反抗心は根深くて・・・」
「どうしようもないって事?」
「・・・はい」
確かに原作でもルリ嬢がやめてって言ったのにオモイカネは言う事を聞かなかった。
今回もそれは同じって事か。成す術はないと・・・。
「連合軍が敵。その認識を改める事は出来ないのかな?」
「・・・厳しいですね。認識を改めるのでしたら、記憶を消去した方がオモイカネの負担も小さいです」
本当は記憶消去なんてしたくないんですけどね、と弱々しい笑みを浮かべながら告げるルリ嬢。
そうだよな。ルリ嬢にとって思い出は大切で何としても守りたい物だもんな。
たとえそれがオモイカネのデータとしての記憶でもルリ嬢は絶対に消したくない筈だ。
それでも、それ以外に成す術がないから、仕方がなく、本当に悔しく思いながらも実行するんだろう。
・・・ナデシコを護りたいから。本当に、優しい良い子だなって思う。
「あの反抗心はオモイカネのストレスによるものです。連合君からはまるで敵のような扱いですし。敵ばかりの環境は精神的に辛いですから」
「ビックバリアでの事も影響しているだろうな。散々攻撃されているんだ」
「そうよね。そんな事されていたら味方だなんて思える方がおかしいわ」
そうだよなぁ。どう考えても敵扱いしか出来ないだろ。
気分はそう、あれだ。転校先がライバル校みたいな。
前のチームを愛していたのに、どうしようもない理由で敵チームに移籍しなければならなかったみたいな。
どちらにしろ、精神的に辛い事に変わりはないだろう。
「それでは、やはり記憶消去をするんですか?」
方法がないのなら、原作と同じ事をするしかない。
「・・・そうですね。どうしようもないのですから」
・・・諦めるしかないのだろうか?
オモイカネは連合軍を敵だと認識し、溜めに溜めたストレスが爆発してあんな事をしてしまった。
・・・ストレス。ストレスかぁ・・・。
「ねぇ、ルリちゃん、オモイカネのストレスを発散させてやる事は出来ないの?」
「え? オモイカネのストレスを?」
「うん。無理に認識を改めないで、記憶も消去しないで、ストレスを発散させて我慢してもらう」
誰だってストレスを溜めれば爆発する。
人間はうまくストレスを発散しているから爆発せずに済むけど、オモイカネはそれが出来ないから爆発してしまった。
たかが一度爆発した程度で処理してしまうというのはあまりにも可哀想だ。
オモイカネ単体で発散できないなら、俺達がどうにかして発散してやればいい。
「それに、記憶の消去をした所でその場凌ぎでしょ? また、何かあって敵愾心を持ってしまったらまた消すの? そんなの負の連鎖じゃないか」
記憶消去は一時的な処理でしかない。
幸運な事にあれからオモイカネが暴走する事はなかったが、また大丈夫とは限らないだろ?
それに、何度も消去を繰り返していては、オモイカネにとっても、消去するルリ嬢にとっても負担が大きい。
きっとその度に心を痛めてしまうだろうしな。
「誰にだって嫌なものはある。嫌な所にいればストレスも溜まる。でも、その嫌な事を飲み込んで、オモイカネも成長するんだと思う」
嫌だ嫌だと暴れるのも時にはいいかもしれない。
でも、生きていれば必ず嫌いなものとは出くわすし、いたくないのにいなくちゃいけない環境に身を置く事だってある。
その度に暴走していては、オモイカネはただの子供だ。
ストレスが溜まるのなら発散させてやる。その上で、きちんと説得すればいいと思う。
「・・・コウキさんは不思議な方ですね」
「・・・ああ。俺もそう思う」
「・・・私も」
「えぇっと・・・」
「さぁ・・・」
三人して不思議と言われた。
思わず、ミナトさんと顔を見合わせてしまう。
「オモイカネはAIです。それなのに、貴方は人間と同じような成長をオモイカネに求めている」
「いや。オモイカネはオモイカネで人格があるんだろ? それなら、人間だってAIだって変わんないでしょ?」
いや。そんなにおかしい事は言ってないと思う。
俺の言う成長は精神的な成長の事だ。
オモイカネが今、子供のように短絡的に物事を考えているなら、それを正してやるのが大人の義務だろうに。
「そこが不思議なんだ。人間は人間。AIはAI。そう割り切るんだ。普通はな」
「・・・まるで俺が普通じゃないみたいですね」
「え? 自覚なかったの?」
このタイミングでミナトさんが何でそういう事を訊くかな?
そもそも、俺は普通の人間です。変な人では決してございません。
「ま、俺がどういう人間かは置いておきましょう。それより、オモイカネです。どうなの? ルリちゃん」
「・・・そうですね。ストレスの発散ですか。考えた事もありません」
む~と悩むように手を顎に触れさせるルリ嬢。
様になりますね。流石はルリ嬢。
「オモイカネとオペレーターは密接な関係があります」
「うん。それで?」
「ですが、前回、私はオモイカネにストレスが溜まっていた事に気付きませんでした」
「それは、少なくとも表面化には出ていなかったって事?」
「はい。不満だったり、悲しかったりという感情は伝わってこなかったです。きっと、相当に奥深い所でストレスを溜め込んでいたのでしょう」
「・・・オペレーターでも気付かなかった根深いストレスか・・・。どうするかな?」
人間にもそういう事はある。
自分の知らない間にストレスを溜めているという事が。
まるでストレスを表面に出さないのに、その実、しっかりとストレスを溜めている。
自分で気付かないから発散しようとしないし、誰も発散させようと動いてくれない。
そして、突然、爆発させる。溜まるに溜まったストレスを抑圧されていた分、過剰に。
だからこそ、大人しかったあの人があんな事を、という事件が起こるのかもしれない。
「私のような人間には無理でした。でも、同じような存在であれば、オモイカネを理解してあげられるかもしれません」
「オモイカネと同じような存在? という事はAIを作製すればいいって事かな?」
「可能性としては高いかと。私達オペレーターのような別種の友達ではなく、同種の友達であれば」
別種の友達。
人間とAI。されど友達。
使役する側と使役される側でもない。
ルリ嬢はしっかりと友達と告げた。
ふふっ。ルリ嬢だってオモイカネを人間として扱っているじゃん。
AIと区別しても精神的に人間として扱っている。それはまったく俺と同じだよ。
「そっか。それなら、オモイカネに友達を紹介してあげよう。名称はシタテル。オモイカネの妻の名前だ」
こうして、オモイカネの友達でストレス解消作戦が始まった。
『・・・』
『問おう。貴方が、私の創造主か?』
完成。
『・・・声が出なかった。突然の・・・』
『・・・嫌いだ』
運命の出会い。
『・・・』
『・・・』
お知り合い期間。
『愛している』
『好きだ』
イチャイチャカップル誕生。
―――ストレス解消。
「・・・案外簡単にいったな」
「・・・ええ。ま、まぁ、オモイカネも幸せそうなので良いではないですか?」
「そうなんだが、何だ? このやりきれない感じは」
「そういうもんなんですよ」
「そうか」
「ええ」
・・・作戦完了。ミッションコンプリート。
「後は愚痴でもなんでもシタテルが受け止めてくれますよ」
「そうだな。オモイカネに友達・・・いや、もはや恋人だな、が出来たんだ。祝福してやろう」
「・・・そうですね」
確かにあれだけ危惧していた事がこんなにも簡単に解決してしまうと・・・。
「やりきれないというか、やるせないというか・・・」
・・・ま、そんな感じ。
「これでオモイカネの反乱を防止できましたね」
「ああ。そうだな」
これでいいのか? という終わり方。
ま、結果的には万々歳だが。
「反乱がない以上、特にこれといって・・・」
「いや。その日は別の用件が出来た」
「別の用件ですか?」
「ああ。あの作戦は連合軍との共同作戦である事は知っているな?」
「もちろんです。そうでなければ、連合軍に攻撃を仕掛ける事自体がなかったでしょうから」
「その時、カイゼル派とコンタクトを取る事になった」
カイゼル派。・・・認めてしまったんですね、アキトさん。
「ミスマル提督に相談し、本作戦に参加する艦隊をカイゼル派で纏めてもらった。作戦終了後、会談する」
「・・・遂に動き出すんですね」
「ああ。その時だが、お前にも参加して欲しい」
「え? 俺もですか?」
「そうだ。頼めるか?」
「いいですが、何で俺が?」
「コウキに開発を依頼していたソフトがあっただろう? あれの説明をしてもらいたいんだ」
CASの事かな?
それなら、連合軍側に生産する環境が出来ている、もしくは、整えようという意思があるという事になる。
「そうですか。分かりました」
「頼むな」
ふむ。
ある程度は完成しているから、最終確認といこうかな。
いや。時間を忘れてしまうぐらい楽しくてさ。
気付いたら何日か経っていたという恐怖。
うん。本当に不思議だ。
おし。じゃ、最終調整に行くとしますか。
「・・・ねぇ、コウキ」
「ん? どうした? 深刻そうな顔して」
食堂で飯を食っている時、不意にカエデに話しかけられる。
なんかいつもと違って元気がない。
「・・・相談があるんだけど」
「相談?」
どうしたんだろう?
あれか? エリナ秘書の強引さが発揮されたか。
「おう。いいぞ。そうだな。俺の部屋に来るか?」
「え? コウキの部屋?」
「ああ。相談事なら二人きりの方がいいだろ?」
「変な事しないでしょうね?」
「何だ? して欲しいのか?」
「バ、バッカじゃない! そんな訳ないでしょ!」
うん。こっちの方がしっくり来る。
「嘘だよ、嘘。で、大丈夫か?」
「もう。嘘ばっかり。分かったわ。シフトが終わったら連絡する」
「あいよ。んじゃあ、また後でな」
「・・・あ、ありがと」
バッと去っていっちまった。
何だってんだ?
「ま、いいか。ブリッジ行こっと」
相談に乗るにしても、まずは俺の仕事を終わらせないとな。
「コウキ君。おかえり」
「どもども。ただいまです」
自分の席に座るとミナトさんが迎えてくれる。
ちょうどミナトさんしかいないし、言っとくかな。
「今日の夜なんですが」
「あら? 珍しい。コウキ君から誘われるだなんて」
「え、あ、い、いや。そうじゃなくてですね」
・・・ふぅ。落ち着け。
「じゃあ何なの?」
「カエデから相談を受けまして。夜にでも、と思っているんです」
「あ。そういう事。へぇ。部屋に連れ込もうっていうんだ」
「か、勘違いしないでくださいよ。相談に乗るだけなんですから」
「はいはい。ま、自制心が強いコウキ君なら大丈夫だと思うけど」
「信用していませんね?」
「さぁ?」
「はぁ・・・」
遊ばれてんな、これは。
「了解、了解。じゃあ、ちゃんと相談に乗ってあげなさいよ」
「はい。俺に出来る限り」
「そ。分かったわ」
うむ。ミナトさんの許可も得たし・・・。
許可を得る必要あったのか?
ま、別の女性を部屋に呼ぶんだから許可を得るべきだよな。
けじめとしてさ、恋人に対する。
「・・・・・・」
「黙り込んでちゃ分かんねぇぞ」
数時間後、どちらの仕事も終え、連絡を取り合った。
とりあえず俺の部屋に来てもらったんだけど、だんまり。
「お~い」
「・・・聞いたわ」
「え? 何を?」
「貴方、この前の作戦で無理をしたらしいわね」
無理って、あれか? クルスクの時か?
「まぁ、俺に出来る事をしたってだけだよ」
「・・・それでもよ。トラウマ抱えながら逃げなかったんでしょ?」
「何? そこまで知ってんの?」
「艦内じゃ有名な話よ。良くも悪くもね」
良くも悪くもっておい。
悪くもってなんだ。
というか、何で俺が有名?
「ミナトさん・・・だっけ? 男性クルーの嫉妬は凄かったわ」
「・・・あぁ。納得」
あれね? 俺個人じゃなくて、ミナトさんの事で俺に注目されている訳ね。
「ま、俺の話は置いていて、お前の話を聞かせてくれ」
「・・・ええ」
かなり深刻だな。
あの猪突猛進が取り柄のカエデがこんなにしおらしいなんて。
「私、また言われたの。貴方の力が必要だって」
やっぱりエリナ秘書だな。
「うん。それで?」
「復讐したくないのかって。貴方の力があれば復讐が出来るって」
・・・復讐ね。
こいつは全てを奪われた。
その言葉ほど胸に響く言葉はないだろう。
「私は復讐がしたい。でも、私にだって分かる。私一人で復讐なんて出来ないって」
「一人じゃなければ復讐するって事か?」
「当たり前じゃない! 私は全てを奪われたのよ!」
「復讐をして、お前の家族は帰って来るのか?」
「帰ってこないわよ! でも! でも、こうするしかないの! 他にどうしろっていうのよ!?」
復讐をするな。
そう言葉にするのは簡単だ。
でも、カエデの気持ちを考えるとそんな簡単に告げていい言葉ではない。
「復讐をして、お前の心は救われるのか?」
「分かんないわよ! そんなの分かんない! でも、それ以外に私の感情をどこにぶつければいいの!?」
「それは・・・」
「・・・ごめんなさい。感情的になったわ」
「・・・いや。いいよ」
憎しみや恨み。
癒える事のない心の傷。
その感情をどこにぶつければいい?
どうすれば、救われる?
・・・復讐という思いを抱いた事がない俺には分からなかった。
「・・・それで、お前はどうしようと?」
「復讐はしたい。でも、その実験に参加して復讐が出来るとは思えない」
「・・・そうか」
暴走はしていないみたいだな。
生体ボソンジャンプの実験になんか参加させちゃ駄目だ。
絶対に巻き込まれる。
「お前の復讐ってのは何なんだ?」
「木星蜥蜴を滅ぼしたい。私に力があれば、そうしている」
木星蜥蜴が人間である。
それを知った時、カエデはどうなるんだろう?
「・・・でも、現実、そんな事は出来ない。私にはそんな力はない」
嘆くようにそう呟くカエデ。
俺に、彼女の苦しみを取り除いてあげる事は出来ないのだろうか?
俺には・・・。
「カエデ。俺はお前を救いたい」
「・・・え?」
救いたい。
苦しみから解放してあげたい。
心の傷を癒してあげたい。
・・・俺がカエデにしてやれる事は・・・何だ?
「お前の為に、俺は何が出来る?」
・・・教えてくれ。
何だって、何だって叶えてやるから。
「何で貴方が私を救うのよ。そんなの変じゃない」
「変じゃない。俺はお前を救いたいんだ」
「意味わかんないわ。貴方が私を救って何の得があるの?」
「得や損なんか関係ない。ただそう思っただけだ」
得や損。そんな考えなんて元々ない。
この全てを失った少女を救ってあげたい。
同情かもしれない。憐れみかもしれない。
どんな感情で自分がそう思ったのか自分にも分からない。
でも、確かな思いだった。
「それなら、貴方が木星蜥蜴を滅ぼしてきてよ」
「・・・それは・・・」
「無理でしょ? 貴方に私を救う事なんて無理なのよ」
・・・根深かった。
カエデの木星蜥蜴に対する憎悪は俺の予想以上に強かった。
・・・俺にはどうする事も出来ないのだろうか?
「・・・ごめん。自分でも無茶な事を言っているって分かっているわ。でも・・・」
ポロポロと涙が溢れる。
「寂しいの! ・・・辛いのよぉ! 家族もいない。友達もいない。それを全て奪ったのは木星蜥蜴」
いつもは強気でお転婆なカエデ。
そんな彼女も鎧を外せばこんなにも弱々しい。
・・・とてもか弱い少女でしかないんだ。
「胸が痛いの。ぽっかりと穴が開いていて、何をしても埋まらない」
溢れる涙を拭こうともせず、机に置かれた拳を震わせるカエデ。
「返して! 私の家族を返してよぉ!」
必死に抑えていた感情が溢れ出したかのような叫び。
家族を失ってからずっと溜め込んでいたんだろうな。
誰にも聞いてもらえず、誰にも相談できず。
吐露する事なく、必死に押し込んで。
「・・・カエデ」
・・・俺に出来る事は何もない。
どれだけエステバリスをうまく操れようと。
どれだけボソンジャンプが出来ようと。
如何に身体能力が優れていようと。
如何に莫大な知識を持っていようと。
四つの異常を抱えようとも・・・一人の人間の心すら救う事は出来ないんだ。
・・・こんな力より、今、カエデの心を救える力が欲しかった。
「コウキィ・・・」
ただ、こんな俺でも・・・。
「・・・・・・」
「グスッ。うぅぅう・・・うわぁぁあぁぁん」
・・・こいつの涙を受け止める事だけは出来る。
胸を貸す事は俺にだって出来る。
いや、違うな。ただ・・・それだけしか出来ないんだ。
「・・・今はただ泣いてくれ」
必死に縋りつくカエデをただただ抱き締める。
それしか、俺には出来なくて・・・。
「・・・俺はなんて無力なんだ・・・」
何も出来ない自分が情けなかった・・・。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
静かだった。
ひとしきり泣くと部屋は静寂に包まれる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俯き、縋りつくカエデを無言で抱き締める。
俺にはこれだけしか出来ないけど、せめて伝えたい。
泣きたい時は泣けばいい。胸ぐらい貸してやるからと。
我慢しなくていいから、悲しみをぶつけてくれていいと。
「・・・コウキ」
呟かれる俺の名前。
今、カエデは何を思っているのだろうか?
少しでも、悲しみを吐き出せたのだろうか?
少しは、楽になって―――。
ダンッ!
「ゴフッ!」
・・・え? えぇ!?
「いつまで抱き締めてんのよ! この、馬鹿!」
み、鳩尾・・・。カッチ~ン。
「おい! こら! 何してくれちゃってんの!? お前!」
「ふんっ。変な事しないって言っていたくせに! この、不潔!」
ふ、不潔だと・・・!?
「この野郎。どうしてくれようか」
「ふんっ。野郎じゃなくて女よ」
「いちいち訂正してんじゃねぇ!」
痛みを堪えて見上げると、どこか得意顔のカエデ。
ない胸張って腰に手なんか当ててやがる。
どこの生意気女だ、お前は。
「ふんっ。鳩尾に一撃喰らったぐらいで蹲ってんじゃないわよ」
り、理不尽だなぁ、おい!
「お前! いい加減に―――」
「ふんっ。頼りない胸だったけど気持ちは楽になったわ。ありがと」
「・・・はぁ」
そんな事を言われたら怒るに怒れないし。ずるいな、女は。
ま、ここは寛大に照れ隠しだったと思って許してやるよ。
「ふぅ。何でかしら? 貴方といると楽だわ」
「知らないっての。ま、お前のツッコミレベルに付いていけるのが俺ぐらいだからだろうな」
「私ってツッコミキャラだったの?」
「え? 自覚なし?」
「ええ。私は普通だもの」
「断固として拒否。お前が普通なら俺は更に普通だ」
「普通より普通って意味わかんないわよ」
「・・・確かに。やるな、カエデ」
「褒められた気がしないわ」
「だって褒めてないもの」
「・・・はぁ。変な奴」
溜息を吐かれてしまった。
・・・元気になったみたいだな。
俺でも少しは力になれたって事か。
「カエデ」
「何よ?」
「辛けりゃ辛いって言え。受け止めてやるから」
「・・・コウキ」
「いつまでも溜め込んでんじゃねぇよ。時折、きちんと吐き出せ。馬鹿」
「ば、馬鹿って何よ」
「というかさ、お前、友達作れよな。いないだろ?」
「はぁ!? いるわよ!」
「はいはい。ムキにならないの。友達がいると楽しいぞ。気持ちも楽になるし」
「ふんっ。充分、間に合っているわ」
「え? 間に合っているって?」
「な、なんでもないわよ! 別に貴方だけで充分だなんて言ってないわ!」
・・・どうコメントすればいいのか分かりません。
「ま、とにかく、友達を、だな。・・・あ」
「何? 今度は何?」
「・・・俺にも碌な友達がいなかった」
男性陣は俺を目の敵にするし。
友達はパイロット勢ぐらいだし。
・・・友達らしき友達なんてそんなにいないじゃん。
うぅ。癒してくれ。ミナトさん。セレス嬢。
「へぇ。貴方も実は友達いないのね」
「う、うるせぇ! 元祖友達なしに言われたくないわ!」
「が、元祖って何よ! 私にだって友達の一人や二人―――」
「いないだろ?」
「いるわよ! というか、言葉を遮らないで!」
「いや。つい」
「ついじゃないわよぉぉぉ!」
お。吠えた。
「し、仕方ないわね。私が友達になってあげる」
「はぁ? 何言ってんの?」
「な、何よ? 嫌なの?」
こいつ、俺の事を馬鹿にしてやがるな。
何を寂しそうな顔しているんだか。
「馬鹿だな、お前」
「な、何がよ?」
勘違い馬鹿。
「とっくに友達だっての。今更だろ」
そうじゃなければ相談になんか乗らないっての。
「え? 友達?」
「何? 友達じゃなかったの? うわぁ。傷付いたぁ」
「ち、違うわよ。あ、当たり前じゃない。とっくに友達よ」
分かってんならいいけどさ。
「ま、その唯一の友達から―――」
「唯一じゃないっての!」
「はいはい。お前こそ言葉を遮るな」
「うっ」
「友達からありがたい言葉を贈ってやろう」
「・・・なんか偉そう」
「はい。そこ黙る。今、いい所」
「はいはい。で?」
「お前の胸にぽっかりと空いた穴は俺が埋めてやる」
「え?」
「それが友達ってもんだ」
「・・・コウキ」
寂しいなら楽しい思いをさせてやる。
辛いなら楽にしてやる。
ボケるならツッコミを入れてやる。
そうやって充実した環境を作ってやるのが友達ってもんだ。
あれ? 何か一つ変なものが・・・。
「そ、そこまで言うのなら、頼りにしてやるわよ」
「おう。ま、報酬として・・・」
「な、何よ? 報酬を取るなんて。それでも友達―――」
「美味い飯を食わせてくれればいいぜ。いや。お前の和食は病み付きでな」
「ふ、ふんっ。当たり前じゃない。・・・何だ。そんな事か・・・」
「そんな事だと! お前、和食を馬鹿にしてんのか!?」
「え? 何で私が怒られるの?」
「お前の料理はビックリする程に美味いんだぞ! 報酬として充分じゃねぇか! 甘く見んじゃねぇ!」
「ねぇ? 私って褒められているのかしら? 貶されているのかしら?」
「さぁな」
「さぁなって何よ!? というか、褒めるならちゃんと褒めなさいよ!」
「知らん!」
「知れぇぇぇい!」
やっぱりこうじゃなくちゃな、こいつは。
「ま、とにかく、何だ。ガツンと断ってやれ」
「ええ。そのつもりよ」
ほっ。一安心。
「ねぇ」
「ん? 何だ?」
「どうしてそんなに否定的なの? コウキはどんな実験か知っているの?」
「・・・む」
困った。どうするか?
「ネルガルに利用されたくないとかさ。妙なのよね」
有耶無耶にして誤魔化すか。
「ほぉ。意外と考えているんだな」
「貴方、私の事、舐めてんのかしら?」
「あん? 舐めて欲しいのか?」
「違う!」
「俺はこう見えてもかなりの有名人だぞ、多分」
「多分って・・・。自信ないなら威張らなければいいのに」
「コホンッ。そんな俺は色々と裏の業界を知っているんだよ」
「へぇ。そうなの」
「ええ。そうなのよ。分かって頂けたかしら? カエデさん」
「キモいわ」
「容赦ないね、お前」
ツッコミが心に突き刺さるよ。
言葉の暴力って怖いよね。
「それで? ネルガルは信用できないって事?」
「ネルガル全体って訳じゃないけどね。企業は裏で色んな事をしている訳よ」
「なんか怖いわね」
「そうそう。犯罪ギリギリは当然としてモロ犯罪なんかをしている会社もある訳」
「それじゃあネルガルもそうって事?」
「ま、そんな所。別にカエデがどんな実験を受けるかは知らないけど、ほら、心配だから」
「・・・そっか。心配してくれているんだ」
「あん?」
「な、何でもないわ」
「ま、とにかく、碌な説明もしないで参加して欲しいとか言ってくる内は信用できないって事」
「・・・そうね。ま、大丈夫よ。受けないから」
「ふむふむ。安心したら、腹減ったな。何か作れ」
「作ってください、でしょ?」
「作れ」
「偉そうに言うのはやめなさい」
「ふむ。作りたまえ」
「もっと悪いわ!」
ひとまず、安心って所かな。
いや。良かった、良かった。
あ。ご飯は美味しく頂きました。
それからは無駄話ばっかり。
ま、楽しい時間でしたよ。