「という訳なんです。提督」
『ふむ。私の知らない所でネルガルと軍がそのような事を』
通信室を借りて秘密の相談。
盗聴器の類はないと信じたい。
「どうにか保護して頂けないでしょうか?」
マジで御願いします、提督。
『ふむ。私はネルガルとあまりパイプを持っていなくてな。私にはどうする事も出来ない』
「・・・・・・」
マ、マジですか?
やばい。どうしよう?
啖呵を切ったとかそういう事ではない。
どうしてもカエデを巻き込みたくないんだ。
他に何か俺に取れる手段は・・・。
『だが、手段がない訳ではない』
「え? 本当ですか? 教えてください!」
『そう慌てるな。分からないのかね?』
分からない? 分かりませんよ!
「分かりません!」
『はぁ・・・。君は賢いのか賢くないのか分からない人だね』
えぇっと、馬鹿にされているのだろうか?
『君はナデシコに何をしに行ったのかね?』
俺がナデシコに来た理由?
イツキさんの付き添いとナデシコの様子を見ておきたかったからかな。
「イツキさんの付き添いですが?」
『それ以外にもあるだろう。言ったではないか。イツキ君の代わりになる副官を連れて来いと』
・・・あ。そんな事も言っていた気がする。
ナデシコに行けるって舞い上がっていたからな。
すっかり忘れていたよ。
「それでは?」
『うむ。まだナデシコに所属している状態なのだろう?』
「はい。正式にはまだナデシコ所属です」
まだクビ切りはされてないと思う。
『ならば、君の権限で彼女を徴兵したらいい。』
「保護して頂けるので?」
『君には返せない程の恩があるのでな。それぐらいならば力になろう』
「ありがとうございます!」
流石はミスマル提督。
本当に助かります。
『それでは、こちらから副官を出すとしよう。彼女は補佐役でいいかな?』
「ええ。副官は務まりそうにないので」
あれだな。食堂で働いてもらうか。
ま、色々と相談した上で決めよう。
「彼女と話してみて、詳細が決まりましたら再度連絡致します。出来れば辞令だけでも作っておいてもらえないでしょうか」
『ふむ。了解した。早急に通達しよう。久しぶりのナデシコを楽しんでくるといい』
「ありがとうございます。では」
『うむ』
通信が切れる。
「おっしゃぁぁぁ!」
飛び上がらんばかりに喜んでしまった。
・・・ふぅ。落ち着け。落ち着け。冷静にな。
「・・・あ」
正式に退艦が決まる前に俺の権限で徴兵しないといけないんだ。
急がないと・・・。
食堂に駆け込む。
「おい。カエデ!」
・・・あれ? 反応がない。
「ホウメイさん。カエデの奴、どこ行きました」
「ん? プロスさんに連れられてどっか行ったよ」
やばっ。急がないと。
「寂しくなるねぇ。あの和食は私にも学ぶ所が・・・」
「し、失礼します!」
「何だい? 騒がしいねぇ」
食堂にいない? それなら、どこにいるんだ?
プロスさんはカエデをどこに連れていったんだよ?
えぇい! ブリッジで探してもらうのが一番早い!
「ルリちゃん!」
「え? あ、はい。何ですか?」
ブリッジに駆け込むと同時にルリ嬢の名を叫ぶ。
「今すぐカエデの場所を調べてくれ」
「キリシマさんの事ですか?」
「ああ。すぐに。頼む」
「わ、分かりました」
コンソールに手を置いて調べるルリ嬢を焦りながら見守る。
「方法が見付かったの?」
「はい。でも、ナデシコ所属である事が条件なので、時間がないんです」
「分かったわ。後で詳しく教えてね」
「ええ。分かっています」
後でお話しますのでちょっと待ってくださいね、ミナトさん。
「・・・コウキさん。あの・・・」
「ごめんね。もうちょっと、もうちょっとだけ待っていて」
「・・・でも・・・はい、分かりました」
寂しそうな眼をしないでくれぇ。
罪悪感が湧く。これは即刻戻ってくるしかないな。
「分かりました。ここです」
コミュニケに居場所を示してもらう。
クソッ。ブリッジからじゃ遠いな。急げ。
「ありがと。ルリちゃん。今度お礼する」
「い、いえ。よく分かりませんが、頑張ってください」
エールどうも。急げ、俺。
とりあえず、連絡を取ってみよう。
プロスさんと一緒だっていうし、厳しいかもしれんが。
「・・・・・・」
うん。着信拒否ですね。わかります。
結局、ダッシュしかないってことか!
「カエデ!」
バンッ!
カエデの反応がある部屋を強引に開ける。
「コウキ?」
椅子に座るカエデ。
対面しているのはプロスさんとエリナ秘書。
・・・もしかして、間に合わなかったのか?
「困りますなぁ。マエヤマさん。今は交渉中でして」
「出て行きなさい! これは個人の問題よ!」
ネルガル勢は困っていますね。
特にエリナ秘書の焦りようは半端じゃない。
ま、散々邪魔しましたしね、僕。
でも、最後まで邪魔させてもらいますよ。
「カエデ。まだ契約は打ち切ってないか?」
「ええ。コウキを信じて粘っていたわ」
素晴らしい。ギリギリで間に合ったみたいだな。
「出て行きなさい!」
「まぁまぁ、落ち着いてください、エリナさん。マエヤマさん、何のご用件でしょうか?」
突然来て申し訳ないです、プロスさん。
でも、仕方なかったんです。勘弁してください。
「マエヤマ・コウキ特務中尉の権限でキリシマ・カエデを徴兵します」
俺の用件はただこれだけ。
俺の補佐役として、カエデを徴兵する。
「え?」
呆然とするカエデ。
すまん。後で説明するから。
「ど、どういう意味よ!?」
慌てるエリナ秘書。
今まで狙い通りにいっていたみたいだからな。
どんでん返しといった所だろうか。
「そのままの意味です。私はミスマル提督の命令によりナデシコから任意一名を副官として徴兵する権利が与えられています。それを実行したまでです」
「な、そんな事は聞いていないわ! 嘘を言うのはやめなさい!」
「後日、正式に辞令が来るでしょう。形としてはナデシコが軍属状態の時に別方面から徴兵され、私の下に配属という事になります」
「そ、そんなのネルガルは認めてないわ」
「ナデシコが軍属であり、完全に軍に徴兵される以上、ネルガルの意向より軍の意向の方が優先されます。ネルガルが認めていなくとも、状況は変わりません」
「ネルガルに反抗するというの!? こっちは軍の弱みを握っているのよ!?」
「はて? 一人の女性を徴兵する程度に何故そこまで意固地になられるかが分かりませんが」
「クッ! 貴方はいつも私の邪魔ばかりして!」
カエデを護る為ですから。邪魔させてもらいますよ。
「マエヤマさん。軍の意向により、火星の方達の徴兵は拒否するとなっていますが?」
「そ、そうよ。それはどうするのよ?」
「先程も言いましたが、彼女はナデシコとは別に徴兵される訳です。火星の方達をナデシコのクルーとして徴兵する事はできませんが、彼女は別系統ですので心配ありません」
「まだ正式な辞令が来ていない以上、彼女に対する権限は私達にありますが?」
「そ、そうよ。ナデシコ所属である今は私達の勝手でしょう?」
さっきからプロスさんに乗っかる事しかしていませんよ。
焦り過ぎではないですか? エリナ秘書。
「キリシマの契約はいつまでですか?」
「今日の夜十二時までですな」
「それでは、それまでに正式な辞令を通達致しましょう。それでよろしいですか?」
「む、むぅ。そうですな。それでしたら、異論はありません」
「ちょ、ちょっと、納得しないでよ。い、いいわ。今すぐにでも契約を破棄―――」
「契約は絶対です。一方的な契約破棄は会社の信用を失いますよ」
「その通りです、エリナさん。契約は絶対ですぞ」
「ど、どっちの味方なのよ!? 貴方は!」
「無論、契約の味方です」
「・・・クゥ・・・」
エリナ秘書、敗れたり。
いや。プロスさんのおかげです。ありがとうございます。
「コウキ。ちょっと説明しなさいよ」
「はいはい。とりあえず、後でな」
状況が分かってないみたいだな。
ま、助かったとだけ認識してりゃあ大丈夫だ。
「それでは、失礼します。カエデ、来い」
「ちょ、ちょっと、気安く私に触れないで」
相変わらずだな、おい。
ま、しおらしいカエデよりは断然マシか。
何はともあれ、阻止成功。
はぁ・・・。良かった。
「嫌よ! 連合軍なんて信じられないもの!」
「・・・はぁ。分かったから、ちょっと落ち着いてくれ」
前途多難とはこの事を言うのでしょうか?
「でも、な、ここ以外に頼れる所がなかったんだよ」
「嫌! 絶対に嫌! 何だって連合軍なんかに頼らなくちゃいけないの!?」
火星の人達の連合軍に対する感情は相当のものがあるみたいだな。
「そうは言っても、ナデシコにいても連合軍に所属する事になっていたんだぞ?」
「それはそれよ。でも、少なくとも周りの環境はあまり変わらないでしょ?」
「ま、それはそうだけど・・・」
ナデシコと共に連合軍入りするのはいいけど、別の場所で連合軍入りするのは嫌って事か。
「俺が復帰するまでの期間だけだから、我慢できないか?」
「それっていつまでよ?」
「そうだな・・・。その内って所かな」
「はぁ!? そんな不確かなの? 余計嫌になったわ」
はぁ・・・。どうしよう?
「頼むから我慢してくれ」
「・・・・・・嫌」
どうすればいいかな?
「と、とりあえず、コウキ君もカエデちゃんも落ち着いて」
「・・・ミナトさん。助けてください」
「ええ。ねぇ、カエデちゃん」
「何よ?」
「連合軍を嫌うのは仕方ないと思うけど、もしかして、貴方はコウキ君も信じられないの?」
「え?」
「コウキ君はカエデちゃんの為に走り回ってくれた。そんなコウキ君の補佐役として軍に行くのよ? もちろん、コウキ君がカエデちゃんを護ってくれるわよ。ねぇ?」
「え? も、もちろんですよ。責任を持ってカエデを護ります」
「・・・コウキ」
「だ、そうよ。連合軍は信じなくていいから、コウキ君を信じて少し我慢してちょうだい」
「・・・少し考えさせて」
ま、割り切るのに時間が掛かるのも分かっていた。
フクベ提督に対するカエデの態度を見ればそれぐらいは分かるさ。
でも、ボソンジャンプの実験に参加させない為には仕方なかったんだ。
「・・・・・・」
考え込むカエデ。
少し、一人にさせてあげよう。
「カエデ。ゆっくり考えてくれ」
「・・・ええ」
ゆっくり考えろと言っても、結局は我慢してもらわないといけないんだよな。
酷い奴だな、俺は・・・。
「行きましょう、ミナトさん」
「・・・そうね」
ミナトさんと共に部屋から抜け出す。
「・・・コウキ君」
「・・・ええ。強引でしたよね、俺」
カエデを救うと言っておきながら、カエデにとって辛い道を強要した。
ボソンジャンプの実験参加を阻止しようという事に意識が集中し過ぎてカエデの気持ちを考えてなかったな。
「でも、貴方のお陰で助かった事も事実よ」
「・・・そうですかね? もっとカエデにとって良い方法があったのかもなって」
あそこまで拒否されると、そう考えてしまう。
「私達にはそれ以外の方法が見付からなかったんだもの。コウキ君がした事に間違いはないわ」
「・・・ミナトさん」
「ほら! しっかりしなさい! コウキ君。貴方がカエデちゃんを支えてあげるのよ」
「・・・そう・・ですね。俺が強要した道です。俺が責任を持ってあいつを支えてあげないと」
あれ以上の方法がもしかしたらあったのかもしれない。
でも、もう決めてしまったんだ。それなら、後悔しないよう頑張るしかない。
「ありがとうございます。ミナトさん。お陰で元気が出来ました」
「そう。それは良かったわ。貴方が落ち込んでいたら、カエデちゃんだって安心できないわよ。自信を持って」
うん。そうだな。
俺がしっかりしないと。
「おし。そうですね。ミナトさんの言う通りです」
「うん。元気出たわね。それでこそコウキ君よ」
本当にいつもこういう時に支えてもらって、ミナトさんには感謝の心で一杯です。
「それじゃあ、私はブリッジに戻るわね。コウキ君もやる事があるでしょ?」
「・・・そうですね」
やる事はたくさんある。
イツキさんのCASの調整とか、自分の機体の調整とか。
イツキさんにナデシコパイロットとシミュレーションしてもらって性能評価するとか。
・・・でも、それ以上に・・・。
「いえ。ブリッジに俺も行きます」
「いいの? 仕事が忙しいんじゃないの?」
「えぇっとですね、セレスちゃんが早く戻って来てって」
「あら? 呆れた。仕事をサボっていいの?」
いや。そんなジト眼で見なくても・・・。
「今の俺って凄い立場なんですよ。誰にも命令権はありませんし、勝手に動いていいんです」
「ふ~ん。それにしたって、セレスちゃんの言いなりだなんて」
「えぇっと、ミナトさんの為にも時間を取れますよ」
「変なフォローはいらないわよ。ま、コウキ君がそういう子なんだなって事は分かったから」
えぇ? どうして拗ねているんですか?
というか、そういう子ってどういう意味ですか?
「・・・最近私を蔑ろにしているわよね、コウキ君って」
えぇっと、反論できない。
「す、すいません」
「謝るぐらいなら何かして欲しいなぁ」
うぅ~。俺にどうしろと?
「せっかくのクリスマスなんだし~」
「え、ええ。ま、任せてください」
これは相当に頑張らないと見損なわれちゃうな。
「ふふっ」
おぉ? 急接近?
「ミ、ミナトさん?」
「いいじゃない? 最近触れ合ってなかったんだから」
「で、でも、恥ずかしいですよ」
「恥ずかしがる必要なんてないでしょ? 皆知っているんだもの」
で、でもですね、腕組みされちゃうと、その・・・。
「あら? 良い感触でしょ?」
「え、いや。もちろん、良い感触なんですが・・・」
「ぷにぷに?」
「グハッ!」
ちょ、ちょっと、頼みますよ、ミナトさん。
鼻の頭に血が・・・。
「顔真っ赤よ? コウキ君」
貴方は大丈夫そうですね。ミナトさん。
「もぅ。もっと凄い事しているのにどうしてそんなに初心なのかな?」
「い、いえですね。ミナトさんのは、その、いつでも新鮮というか、えっと・・・」
「ふふっ。可愛い」
「おぉ?」
更に接近。こ、この距離はやばいですよ。
う、腕にモロ感触が・・・。
というか、足にも感触が・・・。
「殆ど抱きついているようなものよね?」
「わ、分かっているのなら・・・」
「あら? 嫌なの? 離れて欲しいの?」
嫌? 嫌な訳ない。
離れて欲しい? いえ。むしろ、もっと・・・って。
おい! 何を考えているんだ、俺。
「・・・悲しいわ。いつの間にか、私ってコウキ君に嫌われてしまっていたのね」
離れていくミナトさん。
えぇぇい。侭よ。
バッと離れていく腕を引き止めて強引に引っ張る。
「あら?」
そうすれば、自ずとミナトさんは俺の胸の中。
「嫌うだなんて。そんな事はありえませんよ」
「そう? 最近はずっとセレスちゃんやカエデちゃんの事ばっかりだったじゃない」
「あれ? ヤキモチですか?」
「ヤキモチって正当な権利だと思うの。その想いがあるから好きだって再確認できる」
「そうですね。ヤキモチを焼かれている。それは俺がまだミナトさんに愛されているって事ですもんね」
「ふふっ。まだも何も。ずっと愛するわよ」
「そうですか。俺もずっとミナトさんを愛します」
「・・・コウキ君」
「・・・ミナトさん」
徐々に近付く二人の距離。
眼を閉じていても、頬に掛かる息が二人の距離を教えてくれる。
胸の中にいるミナトさんが愛らしくて、その魅力的な唇に唇を落とそうとして・・・。
「てめぇ、帰ってきて早々それか!? おい!」
後ろから掛かる声。
邪魔。まったくもって邪魔。
「何ですか? ウリバタケさん」
「もぉ。良い所だったのに」
胸の中にいるミナトさんと共に白い眼を向けてやる。
「へっ! てめぇを探して走り回っていた俺には邪魔する権利があるんだよ」
ありません。
「ミナトさん。俺って、中途半端は嫌いなんですよね」
「ええ。私も嫌い」
「じゃ、外野がいますが・・・」
「仕方ないわよね」
今度こそちゃんと唇を落とす。
生身で触れ合っているのは唇だけ。
それでも、その温もりは全身に広がる。
抱き締めると女性らしい華奢な身体で、それがまた愛おしい。
胸の中にすっぽりと収まる程に小さな身体なのに・・・。
与えてくれる温もりは全身に伝わり、更には包み込んでくれる。
こうしているだけで、途轍もない幸福感が身を包む。
「・・・ミナトさん」
「・・・コウキ君」
一度離れて見詰め合う。
ちょっと潤んだ瞳が可愛らしくてギュッと抱き締めた。
「・・・お~い。忘れてないか? 俺の事」
外野は黙っていてください。
「痛いわ」
「すいません。でも、放しませんよ」
「そう。それじゃあ、この痛みもコウキ君の愛なのね」
「ええ。俺がミナトさんを欲する気持ちの表れです」
「それじゃあ、私も・・・」
ギュッと抱き締められる。
そのちょっとした痛みが逆に嬉しくて。
欲してくれているんだなと幸せを感じる。
「いい加減にしやがれ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「な、何だよ!? こちとら忙しい中、お前を探していたんだぞ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「分かった。分かったから、その眼で見んな!」
はぁ・・・。そろそろかな。
「また後で」
「ええ。分かったわ」
渋々といった感じで離れる俺とミナトさん。
・・・あぁ。久しぶりの再会に水を差しやがって。
「それで、俺に何か用ですか?」
「お前の開発したCASの性能試験をしようと思ってな。お前がいた方が何かと便利だろ?」
ふむ。どうするか。
セレス嬢が待っているんだよなぁ。
「・・・そうですね。分かりました。少ししたらそちらへ向かいます」
「おうよ。先行って待ってんぜ」
お手数おかけします。
「あ。それとな、さっきの連中に報告しとくから」
「連中って?」
「てめぇを撲滅する連盟だよ。ミナトちゃんファンクラブ一同だ」
「あら? 私にファンクラブなんてあるの?」
「当たり前じゃねぇか。ミナトちゃんは魅力的な女だからな」
「人の女を口説かないで下さい」
「へっ。眼の前で見せ付けてくれた貸しは必ず返すぜ。じゃあな」
あ。行っちゃった。
「さ、ブリッジに行きましょうか?」
「はい。そうですね」
気にしない方向でいこう。
いつものように逃げ切ってしまえば良い。
「・・・あ」
ブリッジに着いた途端、眼を輝かせてこちらを見てくるセレス嬢。
う。性能試験でまた席を外すなんてとても言えない。
「・・・コウキさん」
「ごめん。遅くなったね」
「・・・いえ。・・・その・・・」
恥ずかしそうに伝えてくるセレス嬢。
流石の俺でも理解しているぜ。
「ほいっと」
パッと俯いているセレス嬢を抱っこしてそのまま自分の席に座る。
「お待たせ」
「・・・はい」
ゆっくりと膝の上に降ろして、後ろから身体を支える。
こうすれば姿勢が安定するしね。
「本当に好きですね、セレス」
隣にいるルリ嬢が苦笑しながらセレス嬢に話しかけた。
「・・・居心地が良いんです」
それは光栄。気に入ってもらえて何よりだ。
でも、どうしよう? このままじゃウリバタケさんの拳骨が。
「いいの? コウキ君」
「まずいです」
心配そうに見詰めてくるミナトさん。
うん。どうしようか?
「・・・私、邪魔していますか?」
そ、そんな寂しそうな眼をしないで。
邪魔なんかじゃないから。この時間は俺にとっても至福の時間で、だから邪魔なんかじゃ。
「それなら、一緒に連れて行っちゃいなさいよ」
「え?」
一緒に連れてく?
「休暇みたいなもんだから、私が代わりにいれば大丈夫よ。セレスちゃんを連れて行っても問題なし」
「えぇっと、いいんですか?」
「ここで引き離したらセレスちゃんに可哀想じゃない」
そう苦笑するミナトさんが女神に見えました。
女神のお導きには従うべきだよな。うん。
「ありがとうございます。ミナトさん」
「・・・あの・・・」
困惑気味のセレス嬢。
ふむ。どうやって連れていこう。
「セレスちゃん。これから一緒にシミュレーター室に行こう」
「・・・え? どうしてですか?」
「ちょっと仕事があるんだけど、一緒に来ない?」
「・・・あの・・・いいんですか?」
「いいの。いいの」
席を立ちつつ、セレスちゃんを床に降ろす。
「はい」
「・・・はい」
手を差し出す。
なんかもう移動中は常に手を繋いでいますね。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい。ふふっ。パパさんみたい」
「・・・・・・」
ノーコメントで。
「お疲れ様です。調子はどうですか?」
シミュレーション室に入る。
「おぉ。すげぇな。CASってのは」
お。意外と高評価?
「ああ。俺達と遜色ねぇもんな」
ガイとリョーコさんがそう言ってくれる。
一安心かな。
「付いていくだけで精一杯です」
「お疲れ様。イツキさん。どうでした?」
「最初の方はどうにか健闘できたのですが、最後の方はパターンが読まれてしまって」
まぁ、そうだよな。
それがCASの弱点。
TASで独自カスタマイズすれば別だけど、確かイツキさんは指示調整を使っている。
パターンが決まっているから読まれたらおしまいなんだよなぁ。
「でも、付いていく事は出来ました。IFSには若干劣りますが、それでもほぼ同等の性能かと」
お。そうまで言われれば大丈夫か。
ナデシコパイロットに付いていけるなら、他の場所でも活躍できるだろうし。
ま、イツキさんが優秀っていうのもあるんだけどね。
「ねぇ、真面目な話をしている所で悪いんだけどさ、どうしてセレスちゃんがいるの? コウキ」
「ん? ヒカルか。何か変?」
「えぇっと、そう訊かれたら何も言い返せないんだけど・・・」
変かって? ああ。変だろうな。
それぐらいは自覚している。
「助手だよ、助手」
「・・・そ、そう」
納得してもらえたかな?
「・・・あの、コウキさん、私、何も御手伝いできませんよ」
「大丈夫。ちょっとした事をお手伝いしてくれれば」
「・・・分かりました。頑張ってみます」
頑張るといって両手を握り締めるセレス嬢。
うん。この癒しこそ最高の御手伝いだと俺は思うんだ。
「ウリバタケさんは?」
「おう。ここだ」
あ。そこにいたんですか。
シミュレーターで隠れて見えませんでした。
「どうです? 性能評価」
「おぉ。やっぱりお前ナデシコとの契約切れたら俺ん所に来ないか?」
「えっと、それはどういう?」
「こんだけのソフトが組める奴はそうはいねぇ。優秀過ぎんぜ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
正面から褒められたらちょっと照れる。
遺跡の知識を利用したけど、これは完全に俺のオリジナルだからな。
「さっきも誰かが言っていたが、IFSに劣らないシステムだ。この分ならIFSがない連中でもそれなりに戦えるだろう」
ウリバタケさんからそう評価されると本当に嬉しい。
やっぱり専門職の人に褒められればね。認めてもらえたって事で。
「ちょっとした調整程度なら俺がやっといてやるよ」
「お。それじゃあ、御願いします」
最後はやっぱりウリバタケさんというプロの方に調整してもらった方がいいでしょ。
一応、何度も確認したけどさ。
「コウキ」
「あ、はい。どうしました? アキトさん」
「ちょっと話したい事があるんだが・・・」
あ。セレス嬢か。・・・どうしよう。
「セレスちゃん。ちょっと待っていてくれる」
「・・・はい。分かりました」
「ごめんね。ヒカル! ちょっと、セレスちゃんの事を頼んでいいか?」
「ん? いいよぉ。玩具にしちゃうけど」
「玩具にはすんな」
ま、ヒカルに任せれば大丈夫だろう。
パイロット三人娘に玩具にされるかもしれないけど。
「それで? 何でしょう?」
「ああ。歴史通りなら、テツジンとマジンがそろそろ襲ってくる」
「そういえば・・・」
確かにイツキさんが合流した日に襲われていたな。
正しい日付とか覚えてないから忘れていた。
「えっと、今日ですか?」
「可能性としては高い。確実に今日とは限らないが・・・」
歴史は既に変わっている。
襲撃のタイミングだって原作通りとは限らない。
「念の為に作戦を立てておきたいと思ってな」
「何よりもボソンジャンプに巻き込まれないようにしないといけませんね」
「イツキ・カザマにはもう言ったのか?」
「ボソンジャンプの事ですか? 言っていません。俺がボソンジャンプを知っていたらおかしいでしょ?」
「いや、まぁ、そうなんだが・・・」
カイゼル派にはボソンジャンプの事は伝えてない。
木連の事は教えたけど。
「とりあえず、接近戦まではいいとして、くっつき過ぎないようにしないといけませんね。接近戦も一撃与えたら離脱するようにしないと」
「そうだな。前回は彼女が巻き込まれた」
視線の先にはイツキさん。
彼女は合流一日目にして戦死してしまったんだ。
今回はそんな事はないようにしなくちゃ。
「今回はフィールドガンランスがあるから、DFはそれ程に苦にはならないだろう」
「破壊してしまうんですか?」
「いや。自爆される前に機能停止にまで追い込んでおきたい」
そういえば、原作では相転移エンジンのオーバーロードだか何だかで自爆しようとしたんだよな。
それをアキト青年が必死に食い止めて、月へと飛ばした。
でも、その結果で、アキト青年がジャンパーだと知られ、火星人という条件付けがされてしまった。
今回はどうにかしてそれを成す前に食い止めたいな。
「もし、自爆段階に入ったらどうしますか?」
「それが問題なんだ。前回は俺が二週間前の月に飛んだだろ?」
「ええ。時間移動していましたね」
「だが、今回は二週間前に月周辺で爆発は観測されていないんだ」
「え? という事は今回の戦闘では自爆段階に入らなかったって事ですか?」
「そうとも考えられる。だが、自爆を成功させてしまったとも考えられる」
あ。そうだった。
安直な考えはいけないな。
「万が一を考えて、自爆段階に入った時の事を考えようと思う」
「そうですね。・・・ボソンジャンプを知られずにどこかへ飛ばす方法・・・」
「エステバリス何機かで上空まで引き上げてもいいが、ボソンジャンプに巻き込まれたらと思うと不可能だな」
自爆されても問題がない所まで引き上げるか。
作戦としてはいいけど、向こうにボソンジャンプがある以上、通用しないな。
「でも、月には行った方がいいんですよね?」
「ああ。Yユニットは欲しいからな」
Yユニット。シャクヤクに取り付ける予定だったものを改修してナデシコに取り付けたもの。
相転移砲という莫大な威力を有する兵器を使用するには欠かせないものだ。
「・・・もしかしたら、マジンだけを飛ばす事が出来るかもしれません」
「何? それはどうやってだ? 俺のようにマジンに飛び込もうというのか?」
「いえ。偶然を装うかなと」
「偶然を装う?」
「ええ」
原作ではCCをぶちまけて強引にジャンプフィールドを形成した。
その上でアキト青年がジャンプ場所をイメージしたんだろう。きっと。
「俺がCCなしでボソンジャンプが出来るのは知っていますよね?」
「ああ。知っている」
「流石に遠隔操作でジャンプさせる事は出来ませんが、物理的に接触していれば、ボソン砲のように強制ジャンプさせる事が出来るかもしれません」
「・・・なるほど。だが、試した事はあるのか?」
「ない・・・ですね」
ボソン砲が機械補助によるボソンジャンプなら俺にも出来るかもとは思っていたけど、実際に試した事はない。
そもそも何かを指定場所に飛ばすという行為を必要とする時がなかった。
「それならば、確証はないし、危険性が高いではないか?」
確かに出来るという保証はないし、物理的接触という事は危険性が高い。
でも・・・。
「ボソンジャンプという存在を明るみに出さず、自然に自爆を退けるのは向こう方のジャンプを装うしかないと思います」
俺にはこれ以外の方法が見当たらなかった。
「・・・だが・・・」
「大丈夫です。物理的接触と行ってもエステバリス越しですから」
「可能なのか?」
「可能性が高いといった感じです。今から試してみようと思います」
「・・・そうか」
他に方法がないならこれしかないと思う。
「分かった。だが、最善は自爆段階に入る前に機能停止にする事だ」
「もちろんです。俺だって、自ら危険な眼に合おうとは思いませんよ」
死にたくないですから。
「了解した。とりあえず方針は決まったな」
「ええ。それじゃあ、俺はブリッジにいますね」
「分かった。すまなかったな。わざわざ」
「いえ。では」
アキトさんとの秘密会議を終え、他のパイロット達のいる場所へ行く。
「ヒカル。ありがとう。セレスちゃん。帰ろっか」
「ううん。楽しませてもらったよぉ」
「・・・はい」
「それじゃ、お疲れ様です」
「お疲れ~」
さてっと、色々と考えてみないとな。
出来れば自爆自体を阻止できればいいんだけど・・・。
「・・・ボソン砲(仮)出来ちゃったよ」
遺跡へのアクセス権。舐めていました。
・・・まさかなぁ。本当に出来るとは思わなかった。
「イメージ。イメージ」
手袋をはめ、手袋越しに右手の中にあるコインを左手に移す。
「・・・ジャンプ」
右手からコインの感触が消え、しばらくして、左手にコインの感触。
「手袋越しで出来るなら、エステバリス越しでも出来るよな?」
エステバリスがイメージで動く以上、手袋越しもエステバリス越しも対して変わらないだろう。
CASだったら、機体は機体で動くから無理だと思うけどさ。
「ツゥ~」
あ、コインだけでこんなに頭が痛くなるとは・・・。
マジンなんか飛ばしたら意識失うぞ、きっと。
今回限りにしておこう。この技は封印だ。
「クソッ。手品にでも応用しようかなとか思ったのに」
絶対にバレないと思うんだ。
正に、種も仕掛けもございませんって感じで。
ボソン検出されたら人生も終わりますけど・・・。
「・・・ま、とにかく、実験は成功。そろそろ―――」
ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!
エマージェンシーコール。
『マエヤマさん。出撃準備を御願いできますか?』
ユリカ嬢からの通信。
今の俺はナデシコ所属じゃないからユリカ嬢に命令権はない。
でも、かなりの被害を喰らうって分かっていて放ってはおけないよな。
「了解しました。指揮はお任せします」
『了解しましたぁ!』
さてっと、第一目標は自爆完全阻止。
予備策として、強制ボソンジャンプか。
・・・出来れば、強制ボソンジャンプは勘弁して欲しいかな。
意識失うっていうか、頭痛とか嫌過ぎる。
孫悟空みたいに頭を抱える事になりそう。
というか、確実かつ絶対にそうなる。
・・・文法的に間違った表現だけど、それぐらいの可能性という事で納得してください。
・・・とにかく格納庫へ行くとしましょうか。
「マエヤマ・コウキ。高機動戦フレーム。出ます」
他のパイロットからは大分遅れての出撃。
流石に自分の部屋からは遠かった。・・・申し訳ない。
対ジンに最も有効的なフィールドガンランスを装備し、飛び出す。
「・・・既に戦闘中みたいだ」
遅れての参戦。
空から状況を確認・・・。
「な! やばい!」
確認なんてしている暇はなかった。
今、この瞬間、原作のようにイツキさんがジンにワイヤードフィストを絡めてしまっている。
「ハッ!」
ワイヤーをイミディエットナイフで断ち切って、イツキ機を突き飛ばす。
突き飛ばした瞬間、マジンがボソンジャンプで去っていく。
ごめん。衝撃は許して。ギリギリ助かったからさ。
『な、何をするんですか!? コウキさん』
「イツキさん。接近戦は駄目だ!」
『な、何故ですか!? 瞬間移動にくっついていけば倒せます!』
「リーダーパイロットから指示を受けていませんか?」
『た、確かに遠距離から仕留めるよう指示されていましたが・・・』
『コウキ。助かった』
あ。アキトさん。
『イツキ。命令違反だぞ』
『ですが! この方法でしか!』
『黙って従え。これはリーダー命令だ』
『クッ。・・・分かりました』
強引だけど、命には変えられない。
『コウキ。どうする?』
テツジンとマジン。
ロケットパンチやらミサイルやら、攻撃力が高い攻撃ばかり。
特にGBは驚異的。DFすら破られそうだ。
迂闊に近付いても返り討ちにあうだけ。
DFの出力は相転移エンジンのお陰かエステバリスより高いし。
「こちらの機動力の高さを活かして撹乱しましょう。瞬間移動を終えた瞬間が恐らく狙い目です」
『そうだな。了解した。敵が現れ次第、一斉射撃を仕掛ける。それまで回避に専念しろ』
『『『『『了解』』』』』
おぉ。今の通信、パイロット皆が聞いていたのね。
とりあえず、空中で回避に専念。GBを喰らったらおしまいだと思おう。
『出たぞ。撃て!』
アキトさんの声を合図に一斉射撃。
ラピッドライフルは弾かれてしまうけど、レールカノンは命中する。
よくて小破って所かな?
やっぱり、DFの強度が高い。
「どうにかして機能停止に追い込まないと」
もしかして、追い込み過ぎても自爆されるのか?
クソッ。どうすればいい。相転移エンジンに直撃させればいいのか?
『コウキ! DFをフィールドガンランスで突破する。フォローしてくれ』
「了解しました」
お互いに高機動戦フレーム。
空中から突撃するアキトさんを後方からフィールドガンランスで援護。
ミサイルをレールカノンで撃ち落とし、道を拓く。
「アキトさん!」
『ああ。ハァァァ!』
フィールドガンランスをDFに突き立てて、DFを突破するアキトさん。
『撃て!』
「はい!」
俺は後方から、アキトさんはその場からレールカノンを撃ちまくる。
DFがないジンシリーズなんてただの的。これだけ撃てば・・・。
『チッ。逃げられたか』
え? 逃げられた?
『ジャンプされたぞ』
・・・そういう事か。
突破された瞬間にボソンジャンプシークエンスに入ったんだな。
かなり判断が早い。流石は優人部隊のエリートパイロットといった所か。
『クッ。コウキ。自爆段階に入ったぞ』
・・・あぁ。頭痛くなるってのに。
クソッ。やるしかないだろ。やるしか。
「どうにかして飛ばしてみます」
『ああ。すまない』
結構、遠いな。
急げ!
「グッ」
急加速で身体にGが掛かる。
クゥ。心臓を置いていってしまったかのようだ。
「クソッ」
接近に気がついたのだろう。
遠慮なしにミサイルやらロケットパンチやらを撃ち込んできやがった。
真っ直ぐに急加速しているから、横移動は辛い。
・・・仕方ない。DFを最大で張って強引に突破だ。
『コウキさん、何を!』
『危ないよ! コウキ』
『おい! コウキ! 死にてぇのか!』
『お前にも待っている奴がいるだろうが!』
エールどうも。
決して死のうとしている訳じゃないから安心してくれ。
「グゥ」
左足破損。
足の一つや二つ、今の俺には関係ない!
「突破ぁぁぁ!」
フィールドガンランスを突き立てる。
強度の下がったDFなんて簡単に突破できる。
『コウキ! 避けろ!』
え?
ゴンッ! ゴタンッ!
グ、グラビティブラストか・・・。
・・・大丈夫。アキトさんの声でギリギリ直撃は免れた。
左手破損。でも、問題ない。右手一本あれば触れられる。
後は攻撃を装って、強制ボソンジャンプさせるだけだ。
「ハァァァ!」
右手にDFを集中。
これで装甲を打ち破って、同時に強制ボソンジャンプさせる。
ドゴッ!
入った!
後は・・・。
「イメージ。イメージ」
月軌道上をイメージ。
大丈夫。一度、ナデシコを飛ばしたじゃないか。
イメージは間違っていない。
「・・・ジャンプ」
ジンを強引に飛ばし、同時にアサルトピットを離脱させる。
これで、ギリギリジャンプを免れたように演出で―――。
「グガッ!」
クッ・・・。あ、頭が・・・。
『コウキ。よくやってくれた。ん? おい、コウキ! どうした!? コウキ!』
「・・・グッ・・・ク・・・クゥ・・・」
わ、割れる・・・頭が・・・。
『おい! コウキ! コウキ!』
ちょ、ちょっと黙っていてくれ・・・。
言葉を返す余裕がない。
『コウキ!』
視界が揺らぎ、意識は朦朧とする。
それなのに、痛みは引かずに頭を締め付け続ける。
そのまま・・・俺の意識はブラックアウトした。