・・・何だったんだろう? さっきのカオスは。
「あ。おばちゃん。お疲れ様」
「お。コウキ君じゃないか。久しぶりだねぇ」
「そう? ま、しばらく留守にしていたからね」
「そうかい。それで、何か食べてくの?」
「それもいいけど、ちょっと別件」
「別件? 何だい?」
「そうそう。おい、カエデ」
カエデを呼ぶ。
ちなみに、ここ、食堂ね。
「何でそんなに親しいのよ?」
あ。おばちゃんと?
「このおばちゃんは親しみやすいんだよ、良い人だ」
「ふ~ん」
俺のイメージでは軍の基地って食堂も軍人がやっているのかと思っていたけど、そうでもないらしく。
なんでも、基地の中って食堂や清掃みたいな雑用チックな事は一般の現地の人がやっているんだと。
そりゃあ、そうだよな。これだけ大きな施設があるんだ。
そういうのは、現地の人がやった方が軍としても人材を派遣しないで済むから楽だし、現地の人間も就職先が増えていい。
一石二鳥って奴だ。
あ。もちろん、立ち入り禁止区域とかはある。
民間人に情報を与えてしまう訳にはいかないし。
情報秘匿は常識です。
なんか説明する形になっちゃったけど、要するにこのおばちゃんは一般人って訳。
「ん? そんな可愛らしい御嬢ちゃんを連れてどうしたんだい? なに? やっと恋人を紹介してくれる気になったのかい?」
「はぁ・・・。おばちゃんまで。違うって。こいつは新しくここで働くコック」
皆して勘違いし過ぎ。
「へぇ。そんな可愛らしい子がここに来てくれるのかい?」
「そゆこと。あ、そうそう、こいつ性格悪いから気を付けてね」
「ちょ、ちょっと」
「へぇ。そうなのかい?」
「あ。でも、腕だけはいいからなぁ。おばちゃんクビになっちゃうかも」
「おやおや。それは困ったねぇ」
「コウキ! いい加減にしなさい!」
「ハッハッハ。元気が良い子だねぇ。歓迎するよ。おいで」
本当に豪快で良い人だ。
ホウメイさんみたいで親しみやすい。
それに、おばちゃんを筆頭にここの人達は皆こんな感じだから、カエデもすぐに慣れるだろう。
「コウキ。覚えてなさいよ」
「ふふん。何の事かね?」
「コウキ! 貴方ねぇ!」
「ほら。早く行ってこいよ。おばちゃん達が待っているぜ」
そして、その微笑ましいという視線はやめて頂きたい。
「ふんっ」
そう言ってキッチンへと入っていくカエデ。
無論、それ相応の服装をしているぞ。
ま、頑張れ。カエデ。
「お待たせしました。ケイゴさん。付き合わせてしまってすいません」
「いえ。軍基地内でここまで微笑ましくなったのは初めてです」
「それはどう受け取ればいいのでしょうか?」
「御気になさらずに」
御気にします。
「それじゃあ、早速ですが、シミュレーションに行きましょう」
「はい。ところで特務中尉の機体はどうなったのですか?」
俺の機体かぁ・・・。
ま、フレームはボソンジャンプで飛ばしちゃったけど、アサルトピットは無事だし。
後はこの基地のフレームを分けてもらえればいいかな。
「自分専用のアサルトピットは持って来ていますので、フレームさえ換装すれば問題ないです」
「そうですか。そういえば、新武装が導入されたそうですよ」
新武装? 初耳だな。
「新武装ですか?」
「はい。中尉が基地を留守にしている間に導入されました。格納庫へ確認しに行きますか?」
「そうですね。シミュレーションにはもう?」
「導入済みです」
それなら実機見て、仕様書見て、戦術に取り入れないとな。
ま、俺自身が使いこなすまでに時間がかかりそうだけど。
「それじゃあ、先に格納庫へ向かってもよろしいですか?」
「はい。ご案内は?」
「いりませんよ。知っていますから」
一応、結構な期間をここにいますからね。
「あ。先にシミュレーション室に行ってもらっても構いませんが?」
「いえ。私は特務中尉の副官ですので」
真面目ですねぇ。
「分かりました。それでは、行きましょう」
「はい」
「お疲れ様です!」
「おぉ。中尉。お疲れさん。帰ってきたんだな」
この活気。いやぁ、ナデシコを思い出すぜ。
整備士も楽しい人ばかりだし、いつもお世話になっています。
「なんでも新しい武器が納入されたとか?」
「おう。案内してやるよ」
整備士の一人。中年で、奥さん持ち子供一人の良いパパさん。
よくお酒に付き合わされます。
階級は俺の方が上だけど、気にしないでくださいといったら本当に気にしなくなった逞しいオジサン。
いや。こういう人がいると職場って楽しいよね。
「これは?」
眼の前にはイミディエットナイフの刀身が伸びたイミディエットソードと名付けたくなる剣状の武器。
そして、はぁ!? と言いたくなるような馬鹿でかいキャノン砲があった。
「一つ一つ丁寧かつ大雑把に説明してやるよ」
「いや。真逆ですから、それ。意味不明かつ支離滅裂になってますから」
「ん? おぉ。まぁ、いいじゃねぇか」
ええ。もう慣れましたとも。
そして、スルーされる悲しさにも慣れてしまいました。
「一つはディストーションブレード。ま、簡単に言えば、イミディエットナイフを長くしてDF発生装置付けて刀身に纏わせられるようにしたって事だな」
ディスーションフィールドを纏わせた剣か。
ディストーションアタックみたいにかなりの威力があるんだろうな。
ついでに中和機構も取り付けてあるらしいし。
フィールドランサーのブレード版ね。分かります。
でも、これは銃剣みたいにはしないんだな。
「接近してDFを突破して、その後はどうするつもりなんです? これ」
「馬鹿野郎! 剣を持って突っ込むっつう事はその後も剣だけで立ち向かうっつう事なんだよ! それこそが己の剣のみで信念を貫く誇りある騎士の姿なのさ!」
「・・・はぁ」
偶に分からなくなるよ、おっちゃんが。
ま、まぁ、要するに突破したら更に突っ込めって事ね。
・・・スリルのある戦いになりそうだよ。
特に近接格闘の能力を持たない俺には・・・。
「もう一つは?」
「ああ。よくぞ訊いてくれた」
ま、まぁ、それを訊きに来た訳ですから。
「これは超大型レールキャノン。折りたたみ式でな。組み立てるとエステバリスすら余裕で超える」
こ、超えるんすか? 六メートル級のエステバリスを超えちゃうぐらい大きいんですか?
「おう。使い方としては、キャノン砲の下に固定台が、ま、足みたいな奴が備え付けられてある。それを地上にしっかりと固定して、機体もアンカーで地上に固定する」
「完全に動けませんね」
「それぐらいは我慢しやがれ。威力は半端ないんだから」
「ま、あの大きさですからね。威力なかったら唯の筒です」
「否定できないな。だが、威力は予想じゃDF越しに戦艦沈められるくらいはある」
おぉ。それは凄いな。
フィールドランサー系統の武器の存在を無にしちまった。
ま、その分、持ち運びに苦労しそうですけどね、マジで。
「あ、後、アンカーは脚部後方の奴を使う。要するにこの武器は砲戦フレーム専用だな」
砲戦フレームの火力が更に向上されましたか。
ま、反動が半端ないんだろうな。宇宙で使ったらどうなるのかして?
「反動さえ克服すれば空中だろうと宇宙だろうと使えるぞ。そのあたりの調整はお前がすればいいだろ」
あ、俺の仕事が増えた。
反動を克服ってどうすればいいんだよ!?
むしろ、反動で移動しちゃってくれよ。
機動力三倍になるからさ。
残念ながら、赤くはなりません。
「本来なら新武装にあわせて新フレームなんかも開発しちゃいたいんだがな。ネルガルがうるせぇんだ」
「ああ。エステバリス自体もネルガルのものですしね。という事は武装開発は許可を得られたって事ですよね?」
「形式上仕方なくな。データを提供するという条件で漸くの許可だったらしいぞ」
ま、向こうも企業ですからね。
仕方ありませんよ、儲ける為には。
「秘密に開発しちゃうと犯罪者ですもんね」
「そうなんだよ。お前もライセンス料とかで儲けているんだろ?」
「もちっす。いや、知らない間にお金が貯まってくのって不思議な感覚ですね」
「てめぇ、今度飯奢れや。むしろ、俺ん家のローンを払え」
「いや。それはないですよ。まぁ、また酒を飲む時は呼んで下さい。奢りますから」
「馬鹿野郎! 年下に奢らせる程、俺は落ちぶれちゃいねぇ!」
・・・どっちなんだよ? 難儀な人だ。
「あ、二つの武装の仕様書とかってありますか?」
「おぉ。ほらよ」
簡単に手渡された。というか、なんで今、持ってんの?
あれですか? 常備しているって奴ですか?
ま、この人だし。気にしちゃ負けか。
「あ。もし、新フレームを作るとした何を作るんですか?」
「ふっふっふ。よくぞ! よくぞ! 訊いてくれた!」
やばっ。地雷踏んだか?
「名付けてスーパー戦フレームだ」
「・・・よく分からないんですけど」
大まか過ぎて分からん。
何がスーパーなんだ?
「俺は昔からスーパーロボットに憧れていた。ゲキ・ガンガーも俺にとっては捨てがたい」
「貴方は男です」
「おぉ! てめぇ、名前は?」
「私はカグラ・ケイゴ。貴方の思想に惚れ込みました」
「てめぇこそ男だぜ!」
・・・なんか分かり合っちゃった。
というかさ、ケイゴさん、キャラ違わない?
「スーパーロボットのスーパーって事か・・・。あれですか? 胸のV字やら頭の日輪やらからビームとか、三つの戦闘機から合体とか、そういうのやりたいんですか?」
「お、お前、よくそんな昔のロボットを知っているな。あれはマニアぐらいしか知らねぇぞ」
・・・あ。そっか。俺の時代でも知っている奴は知っているってぐらいのレベルだったもんな。
あの鉄の城とか光線変型機構ロボットとか。いや。ビームといい、ロケットパンチといい、スーパーロボットの代表格だったな。
あ、でも、ゲキ・ガンガーもそんな感じだった気がする。あれか。日輪三号機がマニアックなのかな? サン・アタックにはお世話になりました。
「でも、エステバリスはどう見てもリアルじゃないっすか?」
「まぁな。巨大化しちまったら利点も失われちまうし」
「博士。そこをどうにかして頂きたい」
博士っておい。ガイみたいな奴ですね。
イメージが変わりましたよ、ケイゴさん。
「そこでだ。せめてロケットパンチだけでも再現したい」
「それでこそ博士です」
ロケットパンチね。
陸戦フレームにワイヤードフィストがあるけど、あれって攻撃力不足だもんな。
「拳の大きさ的にあんまり威力出ないんじゃないですか?」
「ああ。だからな。拳の大きさだけ大きくする事で解決するんだ」
「・・・それって、物凄く不恰好では?」
「馬鹿野郎。ロケットパンチを愛する気持ちさえあれば、不恰好すら格好良く見える」
「・・・・・・」
感動して言葉も出ない。
あ。ケイゴさんがそんな感じって事だよ。
俺はどっちかっていうと呆れている。
「そして、拳の先端に―――」
「えぇっと、構想は分かりました。完成したら教えてください」
「て、てめぇ、ここまで語らせといてそれかよ」
「中尉。私も最後まで聞きたいです」
そう非難の眼差しで俺を見ないで下さい。
二人とも眼がマジです。血走っています。
「夢を実現してこその男でしょう。夢を語るのもいいかもしれませんが、壮大な計画は黙々と進めるからこそカッコイイのです」
「・・・む」
「・・・一理あります」
「そして、あまりに人に夢を語り過ぎるといざという時・・・」
「いざという時?」
「ゴクリッ・・・」
「こんな事もあろうかと、が出来なくなります」
「ッ!?」
「・・・え?」
ショックのおっちゃんと首を傾げるケイゴさん。
ふっふっふ。これは技術職の人間にとって生涯に一度は叫びたい言葉なのだよ。
「・・・すまなかったな、中尉。俺が間違っていた」
「いえ。貴方なら出来る。そう信じているからこその言葉です」
「おぉ。眼が覚めたぜ。厳しい一言だが、正に真理だ」
感動してくれているみたいですね。
いや。助かりました。止められなければ日が暮れる所だった。
「それでは、俺達はそろそろ」
「おう。待っていろ! 必ず乗せてやるからな!」
・・・一応、楽しみにしていますよ。
どちらかというとガイに教えてあげたい。
乗せたら喜ぶんだろうなぁ、あいつ。
「あの、先程のはどういう?」
シミュレーション室へと続く廊下をケイゴさんと歩く。
ケイゴさんはさっきのが気になっているみたいだな。
困惑気味に話しかけてきた。
「博士というものはいざという時に秘密兵器を出したがる。そういう事です」
「・・・なるほど。確かにそのような描写がありました。あれが博士の理想なのですね」
・・・なんか勘違いしているみたいだ。
ま、いいか。困るのはおっちゃんだし。
俺じゃない。
「それにしても、驚きました。ケイゴさんはゲキ・ガンガーがお好きなようで」
「意外ですか?」
「ええ。ちょっと」
クールなイケメン副官。
実は熱血大好きでした。
ふむ。それはそれで面白いか?
「ゲキ・ガンガーは私を育ててくれましたから」
へぇ~。まるで木連の人達みたいだ。
「私ももう大人ですから。ゲキ・ガンガーの全てが正しいとは思っていません。ですが、いつまでも私はゲキガン魂を心に宿し続けるつもりです」
「いいんじゃないですか? いつまでも子供心を持つのって素晴らしい事だと思いますよ?」
「・・・理解して頂けるのですか?」
何? その意外な顔は。
「もちろんですよ。男ってのは子供心を失くしてはいけません」
と、ウリバタケさんが言っていました。ちょっと同意している僕もいます。
「・・・そうですか。貴方のような方が上司で良かったです」
いや。この程度で安堵されても困るのですが・・・。
「勧善懲悪。ゲキ・ガンガーの根本にあるのはそれです。大人になれば、必要悪の存在であったり、善い事の裏には打算があるという事も理解しなければなりません」
「別にそれが全てっていう訳じゃないと思いますよ。単純に打算なしで善い行いをする人だっていますし」
「え?」
そんなに世の中に悲観しなくてもいいんじゃないかな。
そりゃあ、そういう世の中なのは認めるけど、打算とか一々考えずに思った通りに受け止めてもいいと思う。
「向こうが打算で助けてくれてもこちらが助かったのは事実。それなら、向こうは打算だからと構えないで素直に感謝すればいいと思います」
なんでも裏を考えなくてもいいと思う。
実際、相手が何を考えているのかなんて分からない訳だし。
「・・・そんな考え方もあるんですね」
「ま、これは俺の考えですから。押し付けるつもりはありませんよ」
「いえ。良い参考になりました」
この人はこの人で何かを抱えている感じがする。
今はまだ相談してくれなんていえる仲じゃないけど、いつか、相談に乗れればいいな。
あ。俺も相談には乗ってもらうけどね。もちろん。
僕だって悩み多き若者なのだよ、うん。
「高機動戦フレーム。武装はディストーションブレード、イミディエットナイフ、ラピッドライフル。それでいいですか?」
「了解しました。フィールドは?」
「これからは地上戦が多くなりますからね。街中フィールドでやります」
「ハッ。御願いします。教官」
回りに回って漸くシミュレーター室に到達。
さっそくケイゴさんの実力を確認しましょう。
とりあえず、俺もCASでやってみるかな。
「では、始めます」
「了解」
CASはIFSと違うから、コンソールに手を置いてスタートとはいかない。
互いの了解を得てからスイッチを押してモニターに映像が出て、漸くスタートだ。
ま、こういう手順は別に手間取る訳ではないから問題ないけどさ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに無言で距離を取る。
ケイゴさんがどんなスタイルかは知らないが、俺のスタイルは変わらず遠距離からの射撃。
正直言えば、俺は一対一には向いていない気がするのだが・・・。
「ま、やるしかないよな。パターン変更。後方支援」
設定パターンを変更して、ラピッドライフルを片手に構える。
もちろん、銃口を既にカグラ機にロックオン済み。
両手に持つ時は連射したい時だけだ。
現状では通常機能で充分事足りる。
ラピッドライフルの性能も上がっているしな。
ダンッ!
試しに一発。
「・・・・・・」
うわ。軽く避けたよ、この人。
ま、正面から軽く撃っただけだからいいけど。
じゃあ、次は・・・。
ダンッダンッダンッダンッダンッ!
秘技燕撃ち。
解説しよう。これは頭上から股下にかけて・・・。
ごめん。なんでもない。
単純に身体の五つの部分を狙って、連続撃ちするだけ。
でも、回避行動が取りづらいように計算して撃っているから簡単に避けられる筈がないんだけど・・・。
「・・・瞬間離脱ですか」
多分、機動撹乱モードを使っているんだろうな。
あんな急発進で急加速したら首痛めるって。
流石は提督に極東の要にすると言われた男。
機動撹乱モードぐらいは既に使いこなしているって訳か。
「そこ!」
でも、俺とて甘くない。
アキトさんとどれだけ模擬戦をしてきたと思っているんだよ?
その程度の機動は既に飽きているっての。
ダンッ! カキンッ!
命中。ま、DFを纏った右腕で弾かれたけど。
凄いね。DF流動機能を使いこなしている。
この機能は任意の場所にDFを集中的に集める機能。
これのお陰でディストーションアタックが使える。
というよりも、その為に付けた機能なんだけど、まさか銃弾を弾く為に使うとはなぁ。
勉強になります。
「パターン変更。機動撹乱」
そろそろあっちも攻めて来るだろうし。
いつまでも後方支援重視じゃ接近されて終わる。
さて、俺もアキトさん直伝の機動を見せてあげようかな。
ダンッ!
撃ってきた。瞬間離脱。
「ツゥ。相変わらず心地の悪いGだ」
瞬間離脱とか心臓に悪い。
これは急発進、急加速を一瞬で行う心臓にもエンジンにも悪い行動だ。
機動撹乱のパターンにしかない特別回避。
ま、普通の人が使ったらすぐに意識を失うからこのパターンにしか入れてないんだけどね。
「流石ですね。瞬間離脱を使いこなすとは」
「いやいや。ケイゴさんも余裕で使っていたじゃないですか。俺はまだ慣れませんよ」
「ご謙遜を」
実際、最初は焦った。
自分で作っておいて、心臓持ってかれたもんなぁ。
あれだよ? ジェットコースターの落下時。
想像してごらん。
あれが左右上下どこに移動するときも味わえる状況を。
「では、行きます!」
ブオンッ!
うわ! 急接近かよ!
というか、ブオンッてブレードがDF纏う時ってそんな音が鳴るの?
どこかの光線剣じゃないんだからさ。
「クッ」
あれを受け止められるのは同じディストーションブレードしかない。
ブオンッ! キンッ!
か、間一髪。ギリギリ間に合った。
「中尉は何か格闘技を?」
「いえ。残念ながら、そういうケイゴさんは何かやっていそうですね」
「ええ。柔術と剣術を少し齧っています」
「な、なるほど」
現在の状況こそ最も力が発揮できる訳ですね。
しかも、あれでしょ? 距離を取らせないつもりですよね。
「えぇっと、来ますよね?」
「もちろん。行きます!」
クッ。
DFを纏ったブレードが絶える事なく襲い掛かってくる。
横に払われたり、縦に振り下ろされたり、袈裟に振られたり。
俺は全部どうにかギリギリで避けている。本当に強化された動体視力には感謝だ。
それに俺が作ったから、動きは何となく分かる。というか、そうでなければとっくに当たっているっての。
「流石ですね。全てを紙一重で避けている訳ですか」
すいませ~ん。それって勘違いなんですけど。
「あの、違いますよ」
「いえ。分かっています。教官程の腕前ならば私程度、簡単にあしらえるでしょうし」
「・・・・・・」
勘違いここに極まる。
「それでは、本気でいかせて貰います。パターン変更。カスタム」
あ。命名は安直です・・・って。
「うお!」
危なっ!
というか、独自カスタマイズだからパターンが分からん。
「クッ!」
ど、どうにかディストーションブレードをディストーションブレードで受け止める。
「受け止めましたか。流石ですね」
「それは齧った剣術とやらの型ですか?」
「ええ。自慢ではないですが、それなりの腕前ですよ」
「免許皆伝とか言いませんよね?」
「ははっ。もちろんですよ」
「そ、そうですよね。まさか免許皆伝なんて―――」
「ええ。もちろん、免許皆伝です」
う、嘘ぉ!
と、とりあえず、距離を取る。
たかがパターン、されど、パターン。
カスタムなら機動撹乱パターンの機動には追い付けない。
「もちろん、逃がしませんよ」
・・・読まれていますね。
ええ。分かっていますよ。鍔迫り合いの状態から背を向けるのは危険だって事ぐらいは。
やはり、ここは俺流奥義、キックですかね。そうでしょう。
「イメージ・・・じゃなくて」
IFSじゃないんだ。CASでDFを使う時は全て流動機能を用いる。
ま、防御する時は身体全体を覆うんだけどね。それもスイッチ一つさ。
「オラッ!」
一蹴!
といきたかったんだけどなぁ。
「一応、柔術も習っていますから」
軽く受け流されました。ついでにピンチです。
「フォロースルーが大き過ぎます。隙を突いてくださいと言っているようなものですよ」
正にその隙を突かれた。
鍔迫り合いの状態から押し切られ、体勢を崩される。
「終わりです」
迫り来る刃。でも、教官としては負けられないよね。
「フッ!」
バーニアを強引に吹かす。
ついでに流動機能で全面にDFを集中。
刃が機体を切り裂く前に突き放す!
「グッ!」
衝突の衝撃波は凄まじかった。
でも、DFを纏っていた俺以上にDFを纏っていないケイゴさんはダメージを喰らっている筈。
「・・・なるほど。フォロースルーの隙まで作戦の内でしたか。あえて隙を見せたのですね」
・・・勘違い深まり。
「流石です。メインカメラ、胸部装甲。どちらも削られました」
IFSじゃないエステバリスではメインカメラを破壊されるのは視力を失うようなもの。
まぁ、IFSでもそれは変わらないんだけど、IFSなら一応は視覚以外で情報を得られる。
でも、CASは完全にカメラに依存しているから、完全に失うようなものだ。サブカメラでは対応しきれない。
「視力を奪われた。私にはもう成す術がないですね」
・・・完全に運任せの戦闘だったんですけど・・・。
次やったら勝てるか分からない。むしろ、近付かれたら終わりだな。
対策を考えておかないと。・・・教官としてそう簡単には負けられない。
「とりあえず、終わりにしましょう」
「はい。後は少し離れてラピッドライフル連射で滅多打ちといった所ですか?」
いや。そんな事はしませんけど・・・。
貴方の中で僕はどういう人間なんですか?
「いえ。せっかくなのでディストーションブレードを試させて貰おうかと」
「そうですか」
「それと、諦めるつもりならその闘志みたいなのを抑えて欲しいですね」
バッと距離を取って告げる。
「お気付きですか?」
「諦めてないでしょう? サブカメラでも貴方ならやろうとする」
「無論です。接近してきたら斬り返すつもりでした」
だから、怖い。
この人は油断なんてさせてくれる人じゃない。
「ですが、ちょうどいいハンデですね。近接格闘では遥かに分が悪いですから、俺は」
「私もそうは甘くないですよ。視覚がない状態でも戦えます」
あれですか? 心眼って奴ですか?
なんつぅ武術を極めてんだ。この人は。
「胸をお借りしますよ」
現時点で接近戦に劣っている事は変えようのない事実。
それなら、己の力を試す場として利用させてもらう。
「ハァ!」
接近と同時に振り下ろす。
ガキンッ!
見えないっていうのにそんな簡単に受け止めますか。
次は横から!
ガキンッ!
斜め下から!
ガキンッ!
本当にメインカメラ壊れてんのかよぉ!?
「剣気が揺れています。それでは場所を教えているようなものですよ」
剣気ってなんだよぉ!?
「もっと研ぎ澄ますのです。剣は己が腕の延長。剣を振るんじゃない。己の腕を振るのです」
えぇっと、う、腕の延長ね。了解。
「ハァ!」
ガキンッ!
「そうです。それが剣術を扱う上での基本です」
な、なるほど。基本ですか・・・。
・・・というかさ、先生と生徒の立場入れ替わってない?
ま、参考になるからいいけどさ。
「中々良い太刀筋かと」
えぇっと、褒められるのは嬉しいけど、これってCASだから。
俺の太刀筋とは違うんだよねぇ。
「これってCASですから、俺の太刀筋じゃないですよ」
「いえ。太刀筋とは精神の鋭さ。淀みなき筋道の事です」
「えぇっと?」
よく分からんのだが・・・。
「それでは、次は私の番です」
という言葉と共に踏み込んでくるカグラ機。
あの・・・勘違いでしょうか?
さっきより鋭い気がするんですけど・・・。
「うお! うおお! うおッ!」
キンッ! キンッ! キンッ!
ど、どうにか弾く。
「やはり当たりませんか。その捌きには敬意を抱きます」
なんか物凄く勘違いされている気がするのだが・・・。
「そろそろ時間ですね」
あ。そういえば、時間設定していたな。
「今のままではダメージ量的に私の負けですね。ですから、私は制限時間ギリギリまで教官にダメージを与え続けて逆転してみせようと思います」
「それなら、俺は防ぎ通しますよ」
まぐれとはいえ、かなりのダメージを与えている事は確か。
なんだかんだいって無傷だしな、俺。
「ハァ!」
「ハッ!」
結局、あれからどうにか回避に防御を続けて俺がダメージ量で勝利した。
俺はほぼ小破で、ケイゴさんは単純に小破。本当に少しの差での勝利だった。
いや。負けはしなかったけど、教官としてこの成績はどうなの? って感じ。
教える事なんて何もないよ。殆ど互角だったし。
さて、さっきの模擬戦を見直して、反省会でもしましょうか。
「お疲れ様です。教官」
「あ。ケイゴさんもお連れ様です。今から反省会をしましょう」
「了解です」
そして、反省会を終えると・・・。
「どうでしょうか? 未熟な身ながら、柔術と剣術をお教え致しましょうか?」
・・・と提案された。
思わず唖然。
「え? いいんですか?」
ほら。そういうのって門外不出みたいなのがさ、あるんじゃないの?
「ええ。代わりに教官には射撃関連についてお教え頂きたいのです」
ああ。交換条件ですか。
「構いませんが、もしかして・・・」
「御恥ずかしながら、その通りです。射撃はあまり得意ではないんですよ。出来る事なら戦術の幅を広げたいんです」
い、意外だ。万能だと思っていた。
そういえば、接近戦以外仕掛けてこなかったよな。ケイゴさん。
「分かりました。こちらこそ御願いします」
というか、教官として教えるのは当たり前なんだよなぁ。
ま、互いに切磋琢磨して成長しあうというスタイルも悪くないか。
あぁ。なんか、あっという間に差を付けられる気がする。
ケイゴさん。恐るべし。
「カイゼル派の支持力を上げ、他派の支持力を下げる。その為には・・・」
まずはカイゼル派に活躍してもらわないといけない。
それは確定。その為のCASだ。
でも、他派の支持力を下げるってのがなぁ。
誰かを陥れるっていうのはちょっと・・・胸が痛む。
かといって、暗殺とかもっと嫌だしなぁ。
スキャンダルを発覚させるか? ハッキングで。
でもなぁ、それって犯罪じゃん。やっぱりやっていい事と悪い事があると思うんだよね。
今更とも思うけど、そのあたりはちゃんとけじめをつけるべきだと・・・。
あ。でも、裏金工作とかだったら遠慮いらないよね。罪人は罰するべし的な。
『マエヤマ君。ちょっといいかね』
「はい。何でしょう」
食堂でボーっとしていると提督から御呼びがかかった。
コミュニケは便利です。軍でも愛用されています。
さて、何だろう?
『私の執務室まで来てくれないかね』
「分かりました。すぐ向かいます」
『すまんな。頼む』
とりあえず、提督の執務室に行けばいいのね。
「カエデ。片付けといて」
「はぁ!? 嫌よ。自分で片付けなさい!」
「提督に呼ばれてんだよ。頼む」
「嫌。自分で食べた物は自分で運ぶ。これ常識よ」
「お前は俺の母親か」
「ふんっ。私が母親だったらもっと良い子に育っているわ」
「ないない。そもそもお前には相手が見付からん」
「はぁ!? 失礼ね。私を求める男なんて幾らでも―――」
「あぁ。カエデ。遂に壊れてしまったんだな」
「し、失礼ねぇ」
「はいはい。夫婦漫才はいいから、カエデちゃんは片付けてきて」
「「夫婦漫才じゃない!」」
「息もピッタリじゃない」
・・・あ。ぐ、偶然だっての。
「ほら。急いでいるんでしょ」
そ、そうだった。
「す、すまん。頼んだぞ。カエデ」
「ちょ、ちょっと、コウキ。・・・仕方ないわね」
助かる。今度なんかお礼するから。
「・・・なんだかんだいって片付けるんだから。若いわねぇ・・・」
・・・楽しそうだね。おばちゃん。
「マエヤマ特務中尉。参りました」
「御苦労」
ノックしてから、執務室に入る。
うむ。相変わらずの立派なカイゼル髭だな。
言葉には出来ません。
「御用件は何でしょうか?」
「うむ。まずは昇進についてだ」
「昇進・・・ですか?」
俺っていつの間にか何かしていた?
「そうだ。君が開発したCASの有効性が認められてな」
「認められたってどのようにですか?」
「西欧支部、北欧支部、北米支部、南米支部で、木星蜥蜴との戦闘に功績を挙げた。それらは君が鍛えたパイロットの力が大きい」
「えっと、要するにCAS開発者と教官としての功績ですか?」
それはちょっと困るんだよなぁ。
CAS開発者として昇進されるのはちょっと。
「表向きは教官業と武装調整だな。新武装の調整により、軍戦力の底上げが出来たという事になっている」
ああ。ディストーションブレード、改めDBと大型レールカノンの事ですね。
大型レールカノンには苦労しました。ですが、これで多くのフレームで使える汎用性の高い武装になったのです。
頑張った。頑張ったよ、俺。
「CASの開発、武装調整による戦力の向上、教官業による戦力の充実。その結果、昇進と相成った」
ま、まぁ、頂けるものは頂いておきますけど。
「今後は特務大尉として活動してくれたまえ」
「ハッ!」
という訳で階級章を頂きました。軍服は変わらず。
佐官になると軍服も変わるそうですね、はい。
「まず、という事は他にも」
「うむ。君はハッキングが得意なそうだね?」
えぇっと、もしかして、公認で犯罪をしろと?
「あの・・・何を調べさせるおつもりですか?」
「私達には知らなければならない事が山のようにある。違うかね?」
「そ、それはそうですが」
その為にハッキングをしてもよろしいのですか?
「隠された秘密。情報操作をしていようともどこかしらに痕跡がある筈。君にはそれを紐解いて欲しい」
「木連の事ですか?」
「その通りだ。そして、軍内における悪しき者を罰する為の証拠も欲しい」
「え、えぇっと、そんな事をして大丈夫なんですか?」
「バレれば唯では済まんだろうな」
おいおい。それだけで済ませんなよ、です
・・・失礼。噛んではいませんが、噛みました。
「しかし、痕跡を残すようなアマチュアではないのだろう?」
「提督。私の望みは唯一つ。戦争後の平穏な生活です。もし、私が周りにそういう事が出来ると知られたらどうなりますか?」
「・・・うむ。確かに狙われるな」
そう、誰にだって狙われる。
人にはなんとしても隠したいものがあるんだ。
それを暴ける人間を放っておける訳がない。
「申し訳ありませんが、お断りします」
「・・・そうか。いや。分かった。無理はさせまい」
すいません。上司命令であれば従わざるをえないのに。
本当に提督が良い人で助かります。私は貴方以外の下には就きません。
「ですが、そうですね。どうしても暇で遊んでいたら偶然暴いてしまったような情報なら別に渡しても構いませんよ」
「む!? そ、そうか。我々には君の趣味にまで何か言う権利はないからな」
「ええ。あの・・・すいませんが、万が一の時は」
「分かっておる。私が責任を取ろう」
ここまで恩がある提督に恩返ししても罰はあたらんだろう。
罪人に罰を与えるだけだしな、うん。
それに、趣味で偶然暴いてしまったんだ。
やはりそういう時は上司に教えるべきだよな、うん。
ホウレンソウだよ。報告だよ。連絡だよ。相談だよ。
「すいません。ご命令には従えません」
「うむ。了解した。引き続き、業務に当たってくれたまえ」
「ハッ!」
さてっと、公認犯罪なんて初めてだぞ。
ま、いつもより慎重にやれば大丈夫だろう。
うん。頑張りましょう。・・・頑張れる程度に。