機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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告白と決断

 

 

 

 

 

伝えなくちゃ。

俺の四つの異常と俺の目的を。

怖がられるかもしれない。

失望されるかもしれない。

でも、ミナトさんだから。

誰よりも信頼するミナトさんだから。

きちんと伝えておきたいんだ。

 

「俺は飛ばされる際にボソンジャンプを司る存在、まぁ、管理者とでも思って下さい。その者に頼みました」

 

遺跡の事は追々話す事になるだろうな。

とりあえず、今は続きを話そう。

 

「衣食住とか知人とかいない状態じゃ生きていけないから何かしらの温情をくれと」

「そ、そうよね。当たり前よね」

 

慌てるミナトさん。

まぁ、確かに飛ばされる身としては軽い希望だったかもしれないかな。

 

「そうしたら、俺には四つの異常が備わったんです」

「四つの異常?」

「はい。一つは管理者へのアクセス権。本来であればボソンジャンプには色々な条件と制約があるんです。俺はそれを全て無視する事が出来ます」

 

如何なる時でも自由にボソンジャンプできる。

常に瞬間移動できる俺は誰にも捕まえられない。

 

「二つ目はナノマシンとの親和性の向上。知っていますか? 普通の人間の身体にはナノマシンは一種類しか注入できないんです」

「え、ええ。知っているわ。確か、ナノマシン同士が喧嘩しちゃうのよね」

「はい。拒絶反応を起こして激痛を与えると言われています。ですが、俺の身体は特別で何種類ナノマシンを注入しても適合してしまうんです」

「それって・・・」

「化け物って事ですよ。俺の身体はナノマシンの塊です」

 

怖がられるかな?

いいさ。怖がられるのを覚悟で明かしたんだから。

 

「三つ目は複数のナノマシンの注入。親和性が高まっている中に管理者が選別した数種類の高機能ナノマシンを複数注入されたんです」

 

実際にどれくらいなのかは知らないけど。

きっとかなりの量なんだろう。じゃなければ、俺の能力に釣りあわない。

 

「その恩恵で俺の身体能力は異常になりました。見たでしょう? 俺の体力測定。あれでも一生懸命抑えた方なんですよ」

 

息を呑む音が聞こえる。震える身体が見える。

あぁ、やっぱり怖がられるよな。でも、最後まで伝えよう。

 

「・・・四つ目は知識の習得。俺が開発したOSは既存の情報を使ったものです。ずっとズルをしていたんですよ。俺は」

 

元々あったデータをロードして書き換えただけ。

それだけで天才プログラマーとか持て囃されて。

本当にどうしようもない人間だな、俺は。

 

「そんな四つの異常を抱える俺です。そんな俺の目的。教えてあげます」

 

震えて、怯えて、きっと、それでも、ミナトさんは俺を真っ直ぐ見詰めている。

眼を逸らし、恐怖される事に恐怖している俺の事を。

 

「ただ・・・ただ平穏に暮らしていたいんですよ。普通の暮らしをして、普通の人間と同じように過ごしたい」

「・・・え? それ・・・だけ?」

「はい。歴史を変えられるだけの大それた能力を持ちながら、何もせずに人任せにして幸せになりたいんです。身勝手ですよね。失望しますよね」

 

異常者が正常を求める。

なんて滑稽、なんて無様。

それでも、俺は・・・。

 

「こんな能力望んでいなかった。俺はただ普通に生きられれば良かった。それでも運命は俺を逃がしてくれない。歴史を変えろと俺に囁き続ける」

 

それでも、俺はただ当たり前の幸せが欲しいんだ。

 

「俺は身勝手なんです。物語に介入したくないからと主人公と距離を取り、主人公を取り巻く者達と距離を取ろうとした。でも・・・それでも・・・」

 

貴方が優しさをくれたから。

貴方が温もりをくれたから。

 

「俺は始め、ミナトさんとも距離を取ろうと思いました。でも、ミナトさんは本当に優しくて、本当に暖かくて・・・本当に居心地が良くて。・・・だから、傍にいたくて」

 

だから、身勝手で傲慢な俺は・・・。

 

「最善の方法を取らず、自己保身に走り、その上で最低限介入しようなんていう俗物みたいな考えで主役達の舞台、機動戦艦ナデシコに乗ろうとしていたんですよ」

「・・・機動戦艦・・・ナデシコ。それが・・・私の乗る戦艦・・・」

「俺がパイロットになって根本から解決するのがベストなんでしょう」

 

俺にはそれだけの能力が与えられたんだから。

 

「でも、俺は戦後、パイロットとして活躍した事がデメリットにしかならないという自分勝手な考えでパイロットを拒否しました。救える命があるかもしれないのに」

 

失望しますよね。ミナトさん。

 

「主役達の傍で少しずつ物語を好転へと修正していく。そんな神様みたいなポジションになろうだなんて、そんな事を考えていたんですよ」

「・・・・・・」

「傲慢で自分勝手・・・ですよね」

「・・・・・・」

 

無言・・・か。

そうだよな。呆れられたかな?

いや。そんなもんじゃないだろう。

失望、恐怖、軽蔑。

そんな感情全てを俺に向けているんだろう。

そうされるだけの罪が俺にはある。

 

「・・・何で?」

「え?」

「何で貴方はそんなに自分を追い詰めるの? いいじゃない、幸せを望めば。いいじゃない。平穏を望めば」

「ミナト・・・さん?」

「何がいけないの? いいのよ。望みなさい! いくらでも望みなさい!」

 

必死に言葉を紡いでくれるミナトさん。

その声が心に響く。不思議と自然に逸らしていた瞳はミナトさんへと向かった。

正面から俺を覗き込んでくるミナトさん。

その顔は涙で一杯だった。

 

「貴方は貴方を何よりも優先していいの。能力? そんなもの関係ない。あったとしてもそれは貴方の幸せの為にあるのよ」

「俺の・・・幸せの為? この異常な能力が?」

「貴方は言ったわ。運命なんて信じないって。それなのに何が運命から逃れられないよ。自分の発言に責任を持ちなさい!」

「でも、俺は・・・」

「一人で抱え込まないで。人一人が持てる荷物なんて限られているの。まずは貴方だけの荷物を持ちなさい。それでもまだ持てるのなら他の人の荷物も持ってあげなさい」

 

俺は・・・俺を優先させていいのか?

俺の幸せを望んでいいのか?

 

「まずは貴方が幸せになるの。そうすれば必ず貴方の周りは幸せになるから。自分を幸せに出来ないような人が他人を幸せに出来る筈がない」

「ミナト・・・さん」

「ずっと、ずっとそんな恐怖を抱えていたのね。ごめんなさい。気付いてあげられなくて。ごめんなさい。支えてあげられなくて」

 

俺の為に泣いてくれているミナトさん。

どうして・・・どうしてそんなに優しいんですか?

 

「俺が・・・怖くないんですか? 化け物ですよ? 異常者ですよ」

「化け物? 異常者? ううん。貴方は当然の事を望んだだけ。きっと管理人さんは貴方の幸せを望んでとっておきの能力を与えてくれたのよ」

 

とっておきの能力? この異常が? 

幸せの為の能力なのか?

 

「自分勝手? 傲慢? 一人で何でも出来るって考えている今のコウキ君こそが傲慢で自分勝手よ」

「でも、俺にはそれだけの能力が・・・」

「どんなに凄い能力を持っていようと人には限界があるの。神様だって全てを救う事なんて出来ないわ。そんな事が出来てれば世の中に不幸なんてなくなるもの」

「・・・・・・」

「貴方は普通の子よ。ただちょっと人にはない特別な能力があるだけ。気負わなくていいの。誰かを救わなければいけないなんて自分を追い詰めなくていいのよ」

 

・・・平穏な生活を望んでいたその裏で、俺は何かしなければと思っていた。

この世界は俺にとって物語の世界だった。でも、俺は現に生きている。この世界に住人と触れ合っている。

ただ生きていくだけなら今のままで充分な筈。でも、遺跡はいった。必ず巻き込まれると。

それが俺には貴方の能力はその為に与えたものだって言われているとしか思えなかった。その力で救えるものを救いなさいって言われているとしか思えなかった。

 

「好きに生きなさい。貴方が望むように生きなさい。義務感とか責任感とか、そんな事で自分の行動を縛らないで。貴方の事は貴方が決めるのよ」

 

救わなければという義務感。

未来を知っているという責任感。

それが俺を縛っていた? 平穏に生きると主張しておいて、俺の知らない自分でも気付かない所で俺を縛っていたのか?

 

「普通に生きなさい。貴方が望む普通の生活を。貴方にはその権利があるの。誰の為でもない。自分の為に行動できる権利があるのよ」

「・・・いいんでしょうか? 未来を知り、その解決策すら知っている俺が何もしなくて」

「当事者の問題は当事者が担う。どれが最善かなんか分からないでしょ。未来を知っている人が助言したからって事態が好転するとも限らないわ」

「でも、それじゃあ、俺は何でこの世界にいるんですか? 俺が、俺がここにいるのは何か理由が―――」

「理由なんてないわ」

 

・・・理由がない? 俺がここにいるのに、意味なんてない・・・のか?

 

「人が生きる事に理由なんてない。存在する事に理由なんてない。生きるって事はそんな複雑な事じゃないもの。ただ幸せを望み、幸せを与える。それが生きるって事」

「・・・俺はいてもいなくてもいい存在なんですか?」

「そうじゃないわ。貴方がここにいる事に意味はある。でも、理由がなくちゃ存在しちゃいけないなんて事はないの」

「・・・良く分かりません」

「コウキ君。この世界は居心地が悪い? 辛い?」

「・・・そんな事ありません。居心地が良過ぎて。だから・・・」

 

どうにかしないとって余計に思って。

 

「それでいいじゃない。存在する事に理由を求める必要なんてないわ。貴方はここにいる。ただそれだけよ」

 

全てを理解できた訳ではない。でも、ミナトさんの想いはきちんと伝わってきた。

俺は、俺のしたいようにしていいんだ。義務感? 責任感? そんなものに囚われる必要はない。

未来を変えなければならない? 俺一人の力で変わるような未来じゃない。俺に出来る事は己とその周りの幸せを考え、その為に行動する事ぐらいだ。

 

「・・・ミナトさん」

「何かな? コウキ君」

「幸せって何でしょう? その為に俺は何が出来るんでしょう?」

 

何の気負いもなくして、平穏な生活を望んでいいって思うと気持ちが楽になった。

でも、今度はどうすればいいか、分からなくなった。無意識に俺はナデシコに乗る事だけしか考えてなかったみたいだ。

始めはナデシコに乗らなければ良いって考えて、次はパイロットにならなければ良いって考えて、次はどうにか無難な役職を求めて。

この世界に来てからナデシコの事以外考えてなかったんだ。今、それに気付いた。

 

「幸せは人それぞれじゃないかしら。コウキ君にはコウキ君の幸せがある。コウキ君が幸せを求めるなら、コウキ君にしか出来ない事があるんじゃない?」

「・・・ハハハ。優しくないですよ。ミナトさん。こんなに困っているのに」

「存分に困りなさい。幸せを求めるならいくらでも苦しみなさい。それが後々の幸せに繋がるの。幸せを実感できるの」

 

ニッコリ笑うミナトさん。

何だろう? 何か、久しぶりに見た気がする、ミナトさんの笑顔。

 

「そっか・・・」

 

はぁ・・・って息を吐く。

ベンチにもたれかかる俺をミナトさんが優しげな笑顔で見守っていた。

・・・ちょっと照れるかな。

 

「ミナトさん。俺は副操舵手と副通信士とサブオペレーターを兼任しようと計画していたんです」

「そっか。それで色んな資格を取ろうとしたのね。操舵手の資格を最初に取ったのもその計画に沿って?」

「まぁ、そんな所です。ナデシコクルーの中で混ざっても違和感のない役職は何かなって思って。結局、俺は補佐役に回るのがベストだなって考えた訳ですよ」

 

あのナデシコクルーだからこそあの結末を導けた。

俺の存在が誰かしらの欠員を出したら本末転倒だ。

 

「それじゃあ、コウキ君は元々乗るつもりだったって事?」

「そう・・・みたいですね。ナデシコに乗らずにいようと考えていた筈なのに、いつの間にか乗る事を前提にしていました」

 

不思議だよな。最初は乗らないつもり満々だったのに。

なし崩し的?に乗る事になっちゃいそう。断ろうにも・・・。

 

「ん? どうかしたの?」

「いえ。なんでもありませんよ」

 

・・・ミナトさんもいるしな。

あれだけお世話になったミナトさんだけを危険な所に行かせるっていうのも・・・。

ま、無事だった事は確かなんだけど、何かあるか分からないだろう?

俺の知っている通りに物語が進むかなんて分からないし。

 

「私はね、悩んでいる、というか、コウキ君がいる所にいようと思うの」

「え?」

 

俺が・・・いる所?

それって・・・。

 

「私って楽しい仕事じゃないと嫌なのよ。給料とか、そういうものじゃなくて、充実感が得られる仕事に就きたいの」

 

うん。確か、それこそがミナトさんのナデシコ乗艦理由だったと思う。

 

「一年前かな。コウキ君と出会う前はちょっと物足りなかったのよね。つまらない訳じゃないけど、もっと何かあるんじゃないかなって」

「俺を拾ってから何か変わったんですか?」

「拾うって・・・。まぁ、そんな感じよ。ほら。コウキ君って見ていて退屈しないじゃない? だから、その物足りなさも埋まったっていうか・・・」

「・・・・・・」

 

はぁ・・・。期待して損した。

好かれているとか思っちゃったじゃん。

あぁ・・・退屈しないからですか。そうですか。

 

「どうしたのよ? 何で落ち込んでいるの?」

「いえ。己惚れ屋の自分に呆れていただけです」

「えぇっと。よく分からないけど元気出して」

 

はい。そうします。

 

「だからかな。コウキ君といれば充実感が得られると思って」

 

ま、まぁ、必要にされているって思ったらそんなに嫌じゃないかな。

 

「でも、コウキ君は自分で決めなさい。私がナデシコだったかしら? に乗らなければいけないから自分も乗ろうとかそんな風に決めたら駄目よ」

 

・・・図星です。そう考えている自分もいました。

 

「私は・・・そうね、乗ろうと思うわ」

「え? 何故ですか?」

 

本当は何かしらの理由があったのか?

充実感って嘘?

 

「面白そうじゃない。せっかく資格も持っているんだし、使わないのは損だもの」

 

・・・それで良いんですか? ミナトさん。

 

「何よ? その呆れた表情」

「・・・いえ。何だか拍子抜けしたというか、ミナトさんらしいと思ったというか、まぁ、そんな感じです」

 

でも、そっか。ミナトさんはナデシコに乗るのか。

それなら、俺も決まったな。

 

「そうですか。それなら、俺もナデシコに乗ろうと思います」

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「そうですか。それなら、俺もナデシコに乗ろうと思います」

 

色々な悩みを抱えていたのね。コウキ君って。

望まぬ力に望まぬ境遇。それでも、生真面目だから、何かしないといけないって自分に責任を課す。

もっと肩の力を抜いて、好きに生きればいいのに。

気遣いとか、思いやりとか、過度は自分に毒よ。

 

「それは何で? 無理に乗らなくてもいいのよ」

 

コウキ君が乗りたくないなら乗らなければ良い。

元々乗らないつもりだったんなら尚更。

 

「ミナトさんもいますし。ミナトさんだけ危ない所に送り出す訳にはいかないじゃないですか」

 

・・・私が・・・いるから?

えぇっと。それって・・・。

 

「ミナトさんにはお世話になりましたし。まだ恩を返しきれてないですから」

 

・・・そうよね。

恩返しとか、そんな理由よね。

な~んだ。期待して損しちゃった。

好きだから傍にいたいとか、そんな事を言ってくれるのかと思ったのに。

・・・そうね。そんな甲斐性。コウキ君にはないものね。

 

「えぇっと、何ですか? その呆れた眼」

「なんでもないわよ」

 

本当に、子供なんだから。

 

「歴史を変えたいとか、未来を変えたいとか、俺が何でも解決してやるとか、そんな風に思った訳じゃないんです」

 

真面目な顔のコウキ君。

葛藤もあっただろうに。

覚悟を決めた男の子って素敵ね。

 

「どうしても逃れられない運命だっていうんなら、俺は逃げないで正面から立ち向かう事で打破してやります。その上で、幸せを見つけてみようかなって。そう思いました」

 

正面から・・・か。

何だかんだ言って、コウキ君なら出来る気がするわ。

 

「でも、それじゃあコウキ君の望む平穏って奴が得られないんじゃないの? コウキ君の能力が知られたら・・・」

 

パイロットとして有名になれば軍が逃がしてくれない。

ボソンジャンプ・・・だったかしら? それが知られれば、瞬間移動だもの。誰だって欲しがるわ。

それがタイムマシンかもしれないと知られたら余計に。

身体能力だって、ナノマシンだって、コウキ君はそういう科学者みたいな人達からしてみれば宝の宝庫よね。

知られたら・・・ただじゃ済まないわ。

 

「そうなんですけどね。ま、俺も男ですから。ミナトさんを護るぐらいの甲斐性はあるつもりですよ」

「ちょ、な、何を言っているのよ」

 

私を護る? 私が、コウキ君に護られる?

あぁ。もう。顔が熱いわ。コウキ君のバカ。

そういうのはプロポーズの時に添える言葉なの。

 

「それに、いざとなったら逃げますから」

「・・・・・・」

 

・・・呆れた。カッコイイって思ったのに。たった数秒しかもたなかったわ。

やっぱり、そんな甲斐性、コウキ君にはないわよね。

護るっていうのなら逃げないで最後まで護りなさいよね。

って、私ってば何を考えているの!? コウキ君に護ってもらおうだなんて・・・。

 

「どうかしました? 悶えちゃって」

「え・・・う、ううん。なんでもないわ。気にしないで」

「はぁ・・・」

 

は、恥ずかしい。ペースが崩されまくりだわ。

 

「そ、それで、どんな役職で乗るの?」

 

計画通りに行くのかしら?

 

「色々考えたんですが、予備パイロットも引き受けようかなって」

「え? いいの? それで」

「ええ。ガキみたいな考えですが、多分、ずっと反発していたんだと思います。パイロットになれる力があるからこそ、パイロットになるって事に対して」

 

運命だとか、そんな筋書きに反発していたって事かしら?

パイロットになる事が運命に従うみたいで嫌だって。

 

「でも、拒否し続けて危険な眼にあったら本末転倒だなと思うんです。死んだら何の意味もないですからね」

「まぁ、そうなんだけど。私としては・・・乗って欲しくないかな」

「あれ? 心配してくれるんですか?」

 

心配してくれるのかって?

そんなの・・・。

 

「そんなの、当たり前じゃない! 誰が好き好んで危険な眼にあって欲しいなんて思うのよ!」

 

大事な子に死んで欲しいなんて思う訳がない!

そりゃあさっき軽くパイロットなればいいなんて言っちゃったけど、あれは出撃とかしないで、大丈夫だと思ったからで本心じゃない。

正規のパイロットだったら断固反対していたわ。

 

「・・・そっか。嫌がってくれるんだ・・・」

「コウキ君?」

 

俯くコウキ君。呟いているけど何も聞こえなかった。

何て言っていたのかしら?

 

「護れる力があるなら護りますよ。ミナトさんも乗っていますから」

 

そう言って笑うコウキ君。

今までで一番男らしくてカッコイイ笑顔だった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「そうですか。引き受けて頂けますか」

「ええ。ですが、あくまで予備ですからね。危険な時だけですよ」

「分かっております。いざという時に御願いするだけです」

 

結局、予備パイロットを引き受ける事になっちゃったな。

どうなるか分からないけど、出来るだけの事をしよう。

それにしても、何で今までみたいな抵抗感がないんだろう?

やっぱりミナトさんのお陰かな? 気が楽になったし、護る為にはパイロットになった方が良いって思えるようになった。

 

「それでは、ハルカさんには操舵手を。マエヤマさんには副操舵手、副通信士、予備パイロットを御願いしますね」

「分かりました」

「はい。分かり―――」

 

あれ? サブオペレーターはどうなったんだ?

 

「えぇっと、サブオペレーターはどうなりました?」

「新しく候補者が現れまして。その方にお任せする事になりました」

 

新しい候補者?

ルリ嬢以外にもオペレーターが・・・。

あ! そうか! 盲点だった!

 

「・・・マシン・・・チャイルド・・・」

 

俺が匿名で送ったMCの情報。

それを頼りに救出されたMCは何人かいる筈。

ルリ嬢の他にオペレーターを務められるMCがいてもおかしくない。

いや、むしろ、ネルガルがMCを利用しない訳がない。

 

「おや? ご存知なのですか?」

 

あ、や、やばっ。ど、どうにかして誤魔化さないと。

 

「僕もIFSを持っていますからね。噂程度には・・・」

「私はメインオペレーターの事もお話していませんが・・・」

 

うわっ! 墓穴掘った。

どうする? どうする? どうするよ?

 

「マエヤマさん。貴方・・・」

 

や、止むを得まい。

 

「ホシノさんの事は両親から聞いていました。先日、ホシノさんがネルガルに雇われたと知りまして。ホシノさんがオペレーターなのでしょう?」

「ほぉ。ご存知で。そういえば、マエヤマさんの両親も研究者でしたかな? それならば、MCにお詳しいと」

 

おぉ! 両親の設定が役に立ったか!?

 

「はい。わざわざホシノさんレベルのオペレーターを雇ったのです。同等とまでは行きませんが、それに近い人をサブとして雇う筈。それならば・・・」

「MCである可能性が高いと。そう考えた訳ですね」

「その通りです」

「・・・まぁ、いいでしょう」

 

納得してくれたか? いや、多分、疑っているんだろうな。

でも、匿名で送ってきたのが俺だとはバレてないだろう。

疑われても確証はないのだから。

 

「しかし、よくお調べになりましたな。ルリさんの事はネルガルが全身全霊をかけて隠していた筈ですが・・・」

 

まだだった!? まだ疑いは晴れてない! 甘かった!

 

「こう見えても天才プログラマーと呼ばれている俺です。少し調べればチョチョイのチョイです」

「ほぉ。ハッキング・・・という奴ですかな?」

 

キランと光るプロスさんの眼。

おいぃ! 怖いよ!

 

「いえいえ。そんな事はしていないですよ。研究所の方をちょっとね」

 

実際に調べてないんだから、跡はついてない筈。

意地でも誤魔化し通す。

 

「おや。それは盲点でしたな。研究所の方でしたか。それならば、注意が甘くなっていてもおかしくありません」

「そうなんですよ。ハハハハハハ」

「素晴らしいハッキング技術ですな。ハッハッハ」

 

・・・早速追い込まれました。どうしよう?

 

「コウキ君? そんな事をしていたの?」

 

ミ、ミナトさんまでそんな白い眼で・・・。

やばい。信用と立場を失いかねない。

 

「後で色々と教えてね」

「・・・了解しました」

 

耳元でそう言われたら断れませんよ。

トホホ・・・。

 

「それでは、お引き受けして頂けるという事で。こちらが契約書になります」

 

ズバッと。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

懐から出すのが早過ぎです。

ミナトさんなんて眼が点。

ま、俺は見えていたけどな。

 

「読み終えたらこちらの方にサインを」

 

といってすぐにサイン欄を指差すプロスさん。

フッフッフ。契約書とはきちんと読むものなのですよ。

後々、あんな事態にならないようにあらかじめ手を打っておきます。

 

「う~ん。大丈夫そうね」

「おっと。ミナトさん。ちょっと待ってください」

「え?」

 

サインしかけたミナトさんを止める。

そういえば、何でミナトさん、あの項目を見逃していたんだろう。

・・・あ。読めないよな。こんなちっちゃくちゃ。それも、見えづらいように工夫してある。

 

「幾つか確認したいのですが、よろしいですか?」

「何なりと」

 

フフフ。プロスさん。後悔しても知りませんよ。

 

「まずは一つ目。俺って予備パイロットとして登録されているんですよね?」

「ええ。そうなっております。ここに役職が書かれているでしょう?」

 

ま、確かに名前の下に役職名が書いてある。

 

「それなら、何故、保険について何も書かれていないんですか?」

 

予備パイロットとてパイロット。

何かしらの破損で弁償とか勘弁して欲しい。

 

「おぉっと、忘れておりました。いやはや。申し訳ありません」

 

このうっかりオジサンめ。

意図的だったら性格悪いぞ。

俺はアキト青年のように苦労したくないの。

借金地獄とか勘弁して欲しい。

 

「二つ目ですが、俺の部屋はどこになります? 契約書を見るとブリッジクルーと一般クルーとで部屋が違うみたいですが、俺はどちらに所属する事になりますか?」

 

俺って予備パイロットだし、副通信士だし、副操舵手だろ。

全部、副とか予備とかだから、実は一番立場がないのでは?

 

「マエヤマさんはブリッジクルーと同様一人部屋とさせて頂きます。OSなどでお世話になるつもりですから。ブリッジの方にお席も用意させて頂くつもりです」

「OS・・・ですか? プログラミングとかはオペレーターの方にお任せした方が良いのでは?」

「御戯れを。天才プログラマーのマエヤマさんには敵いませんよ」

 

俺なんてすぐに抜かれると思うけどな。

俺の利点なんてナノマシンぐらいだけだし。

というか、既に抜かれているんじゃないかな?

ま、いいや。それなら・・・。

 

「それなら、オペレーター補佐とか、そんな役職もつけてくださいよ。何もしないのにブリッジにいるのは申し訳ないですから」

「そうですか。いやはや。助かります。マエヤマさんは働き者ですな」

「いえいえ。そうすれば給料もアップでしょ? メリットもあるんですよ。無料でプログラミングとか嫌ですし」

 

どうせならねぇ、きちんとした仕事という形で引き受けたいものです。

 

「・・・中々に抜け目がないですな」

「ないよりあった方が良い。お金なんていくらあっても困りませんから」

 

もう使い切れないぐらいあるんだけどね。

ないよりはあった方が良いでしょ。何があるか分からないんだし。

 

「ま、いいでしょう。了解致しました。給料の方もそれに見合うだけの金額をお出しします」

「助かります」

「コウキ君。あんまりがめついちゃ駄目よ」

「え、ええ。分かりました」

 

呆れないでくださいよ。

正当な権利なんですから。

 

「それで最後ですが・・・」

 

あの騒動に巻き込まれたくないし、気軽にミナトさんとお茶とか出来なくなっちゃう。

何としても説得だな。

 

「この項目をどうにか出来ませんか?」

 

噂の手を繋ぐまでって奴だよ。

別に如何わしい事をしたい訳じゃないけど、艦内恋愛なんて自由でいいんじゃない?

恋は理屈じゃないんですっと言わせて頂く。

ついでに異性間の部屋の行き来の禁止ってのもいただけないね。

食堂でのお茶会もいいけど、部屋でのんびりしたいとかも思うし。

あれ? ユリカ嬢。即刻アキト青年の部屋に訪ねてなかったっけか?

・・・これって事実上、無視扱い?

何度も行き来していたような気がするのだが・・・。

緊急時は構わないとかそういう事だろうか?

 

「あら? そんなのあったかしら?」

「ほら、ありますよ。物凄く小さいですけど」

「あ、本当だわ。これは酷いわね」

 

そうですよねぇ。呆れますよねぇ。

 

「いやはや、困りますな。私達からしてみますと、艦内恋愛はちょっと」

「恋愛は自由だと思いますよ。ただでさえ閉じ込められた空間です。何かあってからでは遅いのです」

 

あっち方面って爆発しちゃうと危険でしょ? 何をしでかすか分からないし。

あ。もちろん、俺は大丈夫だよ? なんといってもこの一年間を耐え切ったんだから。

むしろ、褒めて欲しいね。夜は悶々でしたよ。うん、本当に。

 

「大人なのですね。マエヤマさん」

「いえいえ。少し考えれば分かりますよ」

「・・・エッチ」

 

グハッ! ボソッと告げるのはやめて下さい。

心にグサッと刺さりますから。

 

「そ、そんなつもりはないですよ。ただ、部屋でお茶会と開きたいじゃないですか。飲み会とか」

「まぁ、分からなくもないけど・・・」

 

ミナトさんって見た目と違って結構堅いからなぁ。

あ、別に見た目を貶している訳じゃないよ。本当だよ。

美人さんだけど、清楚っていうよりは大胆とか、引っ張っていくとか、そんな感じだからさ。

 

「食堂とかでもいいんですけどね。部屋の方がのんびり出来るかと」

「なるほど。そういう意味ですか。ですが、それでは相手方が契約違反になりますよ」

「あ、だから、俺と相手も対象にしてください。俺だけじゃ意味がないですから」

「しかしですね・・・」

「給料5%でどうですか?」

「・・・致し方ありませんな。部屋の行き来に関しては許可しましょう。ただし、如何わしい行為は」

「し、しませんよ」

 

だから、睨まないで下さい。ミナトさん。

 

「しかし、それでは手を繋ぐ方の理由としては不適格ですな。お茶会ぐらいなら接触もないでしょうし」

 

むぅ・・・確かに。

でもさ、手を繋ぐ以上なんていくらでもあるんじゃないかな?

 

「たとえば足を挫いてしまったとか、そんな時には背負ってあげるべきでしょう? 接触する事態なんて幾らでもあると思いますよ」

「それらは例外ですよ。見逃します」

「社内恋愛は禁止にしない方がいいですよ。抑えつけられる事で逆に燃え上がっちゃうなんて事もありますから」

「・・・大人なのですね。マエヤマさん」

「・・・エッチ」

 

しまったぁ。いらぬ一言だった。

 

「と、とにかくですね。手を繋ぐ以上の接触なんて幾らでもあると思うんですよ」

 

時と場合によるけどさ。恋愛関連以外にもありえるでしょ。

 

「それに、落ち込んでいたり、悩んでいたりする時って、無性に人の温もりが欲しくなったりするんです。温もりって大切だと思いますよ。心の支えになってくれますからね」

 

俺はミナトさんのお陰で心が軽くなった。

ミナトさんの優しさと温もりが俺を元気付けてくれたんだ。

 

「・・・コウキ君」

「・・・マエヤマさん」

 

暖かな視線で見詰めてくるプロスさんとミナトさん。

・・・って、俺は何を恥ずかしい事を言っちまっているんだ。

これじゃあ温もりを欲しているみたいじゃないか!

いや、ま、欲しいんだけどさ。こんな事、他人に言う事じゃないだろ!

しかも、経験がありますみたいな言い方だったし、恥ずかし過ぎる・・・。

いや、あるんだけどね。

 

「・・・そうね。私もこの項目は消して欲しいわ」

 

こちらを見ながら言わないで下さい。恥ずかしがっているんだからスルーの方向で。

 

「マエヤマさんのおっしゃる事はよく分かりますが、これを失くしてしまうとそれこそ際限がなくなってしまうでしょう? 私達と致しましても・・・」

 

仕方がない。元々多過ぎるくらいの給料だ。

多少減っても・・・まあ、構わないだろう。

 

「更に5%で・・・」

「・・・10%」

「・・・7%」

「・・・・・・」

 

首を横に振るプロスさん。

クソッ。譲れないってか。

致し方あるまい。

 

「分かりました。10%で御願いします」

「それでは、マエヤマさんは合計15%のカットとなります」

 

15%か。・・・結構あるな。

ま、それでもかなりの量だから良いけど。

 

「あ、もちろん、相手方も対象ですからね」

「・・・もちろんです」

 

誤魔化すつもりだったな?

流石はプロスペクター氏。抜け目がない。

 

「それじゃあ、私も15%カットでどっちも消してもらおうかしら」

 

そうだよな。ミナトさんにだって自由に恋愛する権利があるんだ。

・・・ちょっと寂しいっていうか、こう・・・そう、胸が痛む。

お姉さんを取られる弟の気持ちって奴なのかな?

 

「・・・分かりました」

 

渋々って感じで了承するプロスさん。

ま、文字通り渋々なんだろうな。

 

「それでは、こちらの方にサインを」

 

パッと見で不備はない。

きちんと全部に眼を通したし、矛盾とかもなかったし、こちらが不利になる項目も特にない。

よし。いいか。

・・・あ、その前に。

 

「一応、減らされた分の給料を確認させて頂けますか」

「あ。私も御願いします」

「はい。分かりました」

 

・・・出たよ。

神速のソロバン弾き。

ミナトさんなんて口を開いちゃっている。

 

「まずはマエヤマさん。こちらになります」

 

ソロバンで弾いた数字を一々電卓に打ってから見せる。

二度手間だよね。あいも変わらず。

んで、電卓に映る数字。

全役職分の給料とそこからカットされた分を引いて・・・。

 

「うん。やっぱり多いですね」

「ネルガルは気前が良いのですよ」

 

うん。本当にそう。

気前良過ぎ。この世界って就職難とかじゃないのかな?

そう願いたい。だって、申し訳ないもの。

 

「そして、こちらがハルカさんですね」

 

高速弾き。そして、提示。

 

「あら。本当に気前が良い」

 

ですよねぇ~。

 

「よろしいですか?」

「はい」

「ありがとうございました」

 

うん。大丈夫。サイン、サインっと。

 

「はい。確かに。契約成立です」

 

サインした契約書を懐に入れて、プロスさんが立ち上がる。

 

「出航は一ヵ月後。合流は出航の一週間程前には済ませておいて下さい。場所はサセボシティの軍用ドックです」

「分かりました」

 

こうして、俺の物語が始まった訳だ。

いる筈のない、存在する筈のないイレギュラーの物語が。

 

 

それから会社の方へ退社届けを出した。

俺はアルバイトだから、そんなに重々しくなかったけど。

もちろん、ミナトさんは残念がられたよ。

個人の問題だから、納得してくれたみたいだけど。

それと意外に俺も残念がられた。

ま、便利君だったしな。食事とかも結構行ったし、割と気に入られていたのかも?

・・・うん。そうだったら嬉しいかな。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「はい」

 

マンションも引き払い、いらない荷物はミナトさんの実家に送った。

あ、俺に私物なんてないから、何の心配もいらない。

何で男物が送られて来たの? とかいう問題も起きていない筈だ。

残りの私服とスーツはナデシコに持っていくしな。もうとっくに郵送済みだぜ。

ちなみに、ミナトさんも郵送済み。だから、今持っているのは手荷物程度。

さてと、早速ドックへ向かいますか。

 

 

 

 


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