「相転移砲、発射ぁ!」
「相転移砲、発射します」
漆黒の闇を覆い尽くすのではないかという程の莫大なエネルギー。
それが今、敵艦隊に襲い掛かった。
「・・・圧倒的ですね」
「・・・ええ」
ナデシコに搭載されている相転移エンジン。
そこに加わったYユニットの相転移エンジン。
それら通常運営に必要過多である膨大なエネルギーが生み出すこの破壊力。
視界を埋め尽くすのではないかと言わんばかりの大艦隊が一瞬にして蒸発してしまった。
戦術なんてチャチなもんじゃない。
戦略級兵器といっても過言ではない程の凄まじさだった。
言わば、将棋で詰まれてしまう手前で盤ごと引っ繰り返すかのような・・・。
そんな前提を根本から覆してしまう恐ろしさを感じた。
恐らく、劇場版で相転移砲が登場しなかったのは条約かなんかで禁止されたからだろう。
さもなければ、核戦争のような冷戦状態に陥ってしまう。
・・・もしかしたら、ルリ嬢がハッキングしなければ相転移砲が撃ちこまれた可能性も・・・。
「・・・ないか」
劇場版では一つ一つの拠点を押さえていったからな。
草壁の狙いはあくまでボソンジャンプか。
どちらにしろ、戦後、相転移砲は封印しなくちゃならない。
あまりにも強力過ぎる。
抑止力なんかじゃない。
単純な殲滅戦争になってしまう。
「・・・お疲れ様でした。作戦終了です」
作戦が成功したというのにユリカ嬢の声には元気がない。
・・・そりゃあ、そうだよな。
こんな威力を目の当たりにしたら、な。
混在世界から現実世界へ戻ってきてからすぐに作戦ポイントに到着した。
どうやら間一髪だったみたいだ。
もう少し遅れていたらあの状況のまま作戦時間になっちゃっていたと思う。
無事に作戦が成功した事を今は喜ぼう。
「・・・・・・」
現実世界へ戻ってきた俺達は無言だった。
混在世界で交わされた約束。
所詮は口約束かもしれないけれど、確実にこちらの負けだった。
ボソンジャンプの情報漏洩を防ぎたい俺達。
でも、その為にはアキトさんと・・・俺が犠牲にならなければならない。
そんな事、俺は絶対に認めない。
それに、アキトさんの方だってルリ嬢やラピス嬢が認めるとは到底思えない。
ネルガルが強引に来るのなら、俺だって・・・。
「・・・駄目だ。俺には出来ない」
ネルガルを潰す事なんて簡単だ。
俺が握るネルガルの闇なんていくらでもある。
以前のマシンチャイルドの事だっていい。
他の非公式研究所の事だっていい。
・・・アキトさんの両親の暗殺事件だっていい。
企業である以上、民間からの支持、軍からの支持を失くせば容易に潰せる。
でも、そんな事をしたら・・・。
「・・・路頭に迷う人が絶対に出てくる」
俺の幸せの為に誰かを犠牲にする事なんて出来っこない。
ネルガルが大企業である以上、抱える社員も莫大な量だ。
もし、ネルガルが倒産するなんて事態になったら、彼らの未来はどうなる?
すぐに再就職できるなんて保証もなければ、伝手がある訳でもない。
確かにネルガルの存在はこちらにとって不利益だ。
だからといって、無関係の者達まで巻き込んでしまえば・・・。
それは暴力かどうかの違いだけで、なんら侵略者と変わりないじゃないか。
この選択だけは・・・しちゃいけない。
「・・・どうする?」
ネルガルを潰すという選択肢がない以上、俺が取れる道は限られてくる。
俺も、アキトさんも犠牲にせず、ネルガルに不干渉を約束させるには・・・。
「・・・悩んでいるみたいね。コウキ君」
「・・・ミナトさん」
「なんとなく、表情が暗かったからさ。来ちゃった」
「来ちゃったって・・・。でも、歓迎します」
部屋で悶々と悩んでいたって何も変わらないもんな。
俺の将来がミナトさんに関わるって己惚れていいなら、相談してみよう。
「ミナトさん。相談に乗って頂けませんか?」
「もちろん。いいわよ」
笑顔でそう応えてくれるミナトさんがなんて頼もしい事だろう。
やっぱり頼りになるなって思った。
「あ。なんか飲みますか?」
「私が用意するから、コウキ君は座ってなさいよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えます」
「ええ。甘えなさい」
微塵の迷いもなくお茶を運んでくれるミナトさん。
勝手知ったるなんとやらって感じでちょっと嬉しい。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
ズズズと一口。
うん。やっぱりお茶は落ち着く。
「それで、何を悩んでいたの?」
「それじゃあ、最初から話しますね」
・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・そっか。そんな事になっていたんだ」
「はい」
自分の中で整理しながら話したせいか、話し終わった時には既にお茶が冷めていた。
アキトさんの記憶、ルリ嬢の記憶、ユリカ嬢とジュン君の事、そして、アカツキの事。
現実世界では数十分しか経っていなかったかもしれないけど、混在世界では何時間も経っていたような気がする。
話していた内容が内容だけに。
そして、それら全てをミナトさんに話した。
「コウキ君はどうしたいの?」
真っ直ぐにこちらを見詰めてくるミナトさん。
真剣に話を聞いてくれている。
それだけでこんなにも心が暖かくなるなんて・・・。
さっさと相談すれば良かったなってちょっと後悔。
「俺は諦めません」
だから、断固として告げる。
「ネルガルに協力するつもりもありませんし、アキトさんだけに負担をかけるような真似もしません」
俺が望むハッピーエンドは既に俺だけのものじゃない。
ミナトさん、セレス嬢はもちろんの事、アキトさん達だって含まれる。
彼らだけを不幸な眼に合わせて俺が幸せになれる訳ないだろ?
全てを幸せになんて事はもちろん無理だけど・・・。
ルリ嬢の想いを知った、ラピス嬢の想いを知った。
出来る事なら、俺は彼女達の想いを叶えさせてあげたい。
その為にも、アキトさんは犠牲にしちゃいけないんだ。
「でも、交換条件だったんでしょ? それはどうするつもり?」
そう、問題はそれ。
こちらがネルガルに協力しなければ、彼らはボソンジャンプ独占へ走る。
別にそれ自体は問題ない。彼らより早く確保してしまえばいいだけだから。
俺達が恐れるのは、ボソンジャンプの情報が周囲に知れ渡ってしまう危険性。
いや、正確にはA級ジャンパーの存在が明かされてしまう事だ。
俺自身としては、ボソンジャンプは交通機関として利用したいと考えている。
火星から地球、地球から木星、木星から火星。
物資の運搬に長い時間を掛けるこれらの距離を一瞬にして移動する事が出来る。
今後、交友関係を結んでいくのなら、これ以上の交渉材料はない。
物資をプラントに任せっきりにしている木連なら尚更だ。
でも、その移動にA級ジャンパーの存在は不要。
移動するのならば、チューリップの存在だけで充分だ。
A級ジャンパーはむしろ戦争の火種になりかねない。
だからこそ、火星人こそが、その火種に成り得るA級ジャンパーだとバレたら・・・後々問題になりかねないのだ。
戦争を防止したいという点もそうだが、何より、これ以上、火星人を犠牲にしたくない・・・。
「どうにかしたいとは思っています。でも、思い浮かびません」
ネルガルに対して、何を提示すれば、向こうが納得してくれるのかが分から―――。
「ねぇ、コウキ君。どうして、君はそんなに下手に出ているのかしら?」
「・・・え?」
・・・どういう意味ですか? ミナトさん。
「あくまでもネルガルとは対等でしょ? 私達が下手に出る必要なんてないと思うの」
「でも、俺達の交渉が失敗すれば、火星の人達の危険性が―――」
「確かにそうかもね。でも、だからといって下手に出れば調子に乗られるだけよ」
「・・・それはそうですが・・・」
「あちらがこちらを脅してくるのなら、こちらも向こうの抑止力となる切り札を切ればいいのよ」
「切り札、ですか?」
「いくらだってあるでしょ? いい? コウキ君。交渉事は少しでも弱味を見せたら駄目なの。ここぞという時に先手を打った方の勝ち。そんなに弱気じゃ、いいようにやられちゃうだけじゃない」
・・・流石って言えばいいのだろうか?
秘書ってそういう事もするのかな?
なんだか、妙に説得力がある。
「それにね、散々、コウキ君が悩んでいる中、こんな事を言うのは変かもしれないけど・・・」
「えっとぉ、はい」
「私はね、別にいいと思うの。むしろ、積極的に公表するべきだと思うわ」
「それって、もしかして・・・」
「ええ。火星人こそがボソンジャンパーだって事をよ」
「な、何故ですか!? そんな事をしたら・・・」
火星人が被害に遭うのが目に見えているじゃないか!
企業や政府、様々な所が実験材料として彼ら―――。
「私ね、時々思うの」
「え?」
「火星人が誘拐されてしまったのは世間もそうだけど、何より自身の自覚がなかったからじゃないかなって」
「自覚がなかったから・・・ですか?」
「それは・・・」
・・・確かにそうかもしれないな。
あたかも巻き込まれたかのようだったけど、事前に知る事も不可能ではなかった筈。
事実、蜥蜴戦争も終了していて、ジャンパーの条件なんて分かっていた訳だし。
危険性を無視して、何の対策も取らなかったのは明らかに落ち度だったと思う。
「それにね、もし、正式に火星人がボソンジャンパーだと知られていれば、火星の後継者だってそう簡単に誘拐なんかできなかったんじゃないかな?」
聞けば聞く程に尤もだと思った。
世間も火星人の事をそう認識していれば、その重要性を理解する筈。
少なくとも、火星人の誘拐というだけで、大きなニュースになったと思う
劇場版では全てが秘密裏で表に出る事はなかったが、それは関心が浅いから。
世間のジャンパーに対する認識がしっかりしていれば、自然と関心も深まる。
火星の後継者とて馬鹿ではない。
そのような状況下で秘密裏に誘拐する事の難しさ、恐ろしさは理解できるだろう。
それがある意味で、抑止力になるかもしれない。
でも、そう簡単にはいかないと思う。
「もちろん。なんで火星人だけがって気持ちにもなると思うわ。人間ってそんなに綺麗なものじゃないもの。絶対生まれに嫉妬する」
「はい。それが怖いんです」
確かに公表すれば抑止力になるかもしれない。
でも、公表する事によって、地球人や木星人の火星人に対する態度の変化が怖いのだ。
火星人である事。それが重荷になるか、強みになるかは人によって違うと思う。
でも、誰だって生まれで差別されたくないと思う。特別扱いされたくないと思う。
公表せずに済むのなら、済ましてあげたいと思うのは俺のエゴなのだろうか?
「でも、どうして、自分達がこんな事になったのか。それを彼らに知らせないのもおかしな話じゃないかしら」
「・・・どうして、火星だけがこんなにも襲われたのか、ですか」
間違いなく遺跡が要因。
木連が遺跡を欲した為にあれだけの被害になった。
もちろん、復讐という意味もあっただろうけど、やっぱりそれが一番大きな理由だと思う。
「私だったら知りたい。どうしてこうなったのか。自分達が何故襲われたのか。その理由を」
「・・・・・・」
もし、俺が火星人だったら・・・。
・・・やっぱり知りたいと思う。
理不尽なまでの蹂躙の理由を。
「ボソンジャンプと火星人の関係を話すかどうかはアキト君達に任せるわ。でも、私は火星の方達にしっかりと真実を告げる場を設けたいと思うの」
「・・・そう・・・ですね」
彼らが今、木連に対してどんな感情を抱えているかは分からない。
憎しみかもしれない。悲しみかもしれない。怒りかもしれない。
この話をする事で、その感情が再度爆発するなんて事態になってしまうかもしれない。
それでも、彼らには知る権利があるって、そう思うんだ。
カエデだって言っていたじゃないか。
お互いを知らなければ何も始まらないって。
納得も出来ない。歩み寄る事も出来ない。
始めは知る事だって、そう覚悟の決めた表情で言っていた。
それなら、俺は彼女の意思を尊重したい。
彼女の意思を他の火星人達にも伝えたい。
「ありがとうございます。ミナトさん」
「え? どうしてお礼なんか言われているの? 私」
「大事な事を気付かせてくれましたから」
ミナトさんが言ってくれなければ気付いていなかった。
火星人達の気持ちを、俺は無視していたんだ。
「そっか。うん。どういたしまして」
そう笑顔で応えてくれるミナトさん。
うん。いつも思うけど、やっぱり綺麗だな。
「さてっと、そろそろ本題に入りましょうか」
「そうですね。すっかりズレちゃいました」
「ネルガルへの対応・・・ねぇ」
真実を話すにしろ、話さないにしろ、まずはネルガルとの問題を解決しなければならない。
現状で、火星人を確保しているのはネルガル。
ネルガルの協力?を得られなければ、彼らを解放する事も出来ないかもしれない。
このままいけば、ネルガルの一人勝ち・・・だろうな。
「まずはネルガルから火星人を解放したいんですけどね」
「そぉね」
確か、軍と共謀して、火星人を確保しているんだっけか?
その軍って多分、改革和平派は関与してないよな。
カイゼル提督は全てを白日の下に晒すつもりだったと思うし。
あの人の性格からして、こういう不利益になる事でもきちんと公表する筈。
それなら、やっぱり改革和平派が実権を握れば、彼らを解放できるかもしれない。
う~ん、でも、彼らをネルガルから解放した所で、彼らの生きる場所がなくなってしまう。
俺には何の伝手もないしなぁ。
ネルガルにいる事で幸せを感じている人がいるって可能性も無きにしも非ずだし。
「解放するにしても、その後が問題なんですよ」
「再就職先って事?」
「ええ。俺に何か伝手がある訳じゃないですし、ネルガルで良いって人もいると思うし」
「そうなのよね。でも、ネルガルにいつまでもいさせると利用されちゃわないかしら」
「始めから疑うのは間違っているって分かっているんですけどね。そう思っちゃいます」
「う~ん。私も伝手なんてないのよねぇ。前の会社でもいいけど、そんなに大きくないし」
「まぁ、火星人の生き残りとなると、何百人単位ですからね」
・・・まぁ、それでも火星の全人口に対したら1%にも満たないけど。
「いっその事、創っちゃえば?」
「会社を、ですか?」
「そうそう。ボソンジャンプを交通手段として利用する運搬企業とかさ」
「ボソンジャンプを活用できるかどうか分かりませんけどね」
でも、なんか参考にはなった。
将来的に、そういう事業も発達するかもしれない。
「一応はA級ジャンパーが多いんだしね」
「いえ。もしそういう企業を立ち上げたとしても、彼らのジャンパーとしての力は借りませんよ」
「ま、コウキ君ならそう言うと思っていたけどね」
「えっと・・・」
「あれでしょ? チューリップを利用した所定の場所を移動するだけ、みたいな」
「・・・よく分かりましたね」
「当たり前じゃない。コウキ君の事ならなんでも知っているわ」
笑顔でそう言い切るミナトさん。
うん。顔が赤いのは自覚しているぜ。
「・・・でも、良い考えかもしれません」
「運搬企業がって事?」
「そうですね。でも、もっと規模の大きな話です」
「お。コウキ君が大きく出たな。聞かせてもらいましょう」
「火星人の故郷は火星。それなら、彼らも火星の再生には興味を示す筈」
「それって・・・」
「ええ。火星再生機構の立ち上げです」
俺の交渉術じゃたかが知れているけど、ムネタケ提督とか心強い味方が得られたら・・・。
火星に負い目のある地球軍、木連を協力せざるを得ない状況に持ち込めるかもしれない。
そうすれば、火星の再生は一気に加速するのではないだろうか?
また、木連からも住み込みの社員を雇うようにすれば、親善活動にもなるのではないだろうか?
生き残りの火星人を核とした地球人と木星人とで構成される再生機構。
おぉ。なんか考えれば考える程に良い案に思えてきた。
問題としては、火星の地に木連の人間が踏み込む事に対する火星側の嫌悪感ぐらい。
彼らとしては滅ぼした原因ともいえる連中だし、始めは拒否感を示すだろうなぁ。
でも、きっと、それは時間が解決してくれると思う。
木連もそろそろプラントに頼らず、きちんとした環境での生活を求めていると思うし。
もしかしたら、ケイゴさんはその辺りの事も調べていたのかも・・・。
まぁ、考え過ぎかもしれん。
どちらにしろ、この案は候補として取っておこう。
もしかしたら、問題の全てをうまい具合に解決してくれるかもしれない。
状況次第では、この再生機構で遺跡を管理し、地球、火星、木星の三権分立的な感じで平和利用する事が出来るかも・・・。
「ネルガルから引き込む理由にもなりますし、彼らも参加してくれると思います」
同時にネルガルからの解放にも繋がる。
軍に協力が仰げれば、ネルガルの事なんかまったく気にせずに事を済ませられる。
俺達にとってネルガルの怖い点は唯一つ、火星人とジャンパーの関係性の公表。
それを防ぐ為にも遺跡を確保し、A級ジャンパーを封印してしまえば・・・。
たとえ世間に発表されようと、いや、そもそも発表できないだろう。
実際に成功しないのだから。
遺跡の知識は俺の異常能力で習得できる。
確保後、受け渡される前に、周りと相談して、チューリップのみの移動に搾れるように制御したい。
そうすれば、ネルガル暴走防止、火星の後継者発足防止、戦争防止、うん、良い事尽くめじゃないか。
まぁ、こんなにうまくいくとは限らないけどさ。
未来像の一つとしては、うん、良いと思うんだ。
「私は良い考えだと思うわよ。応援しちゃう」
「まぁ、これもあくまで候補の一つです。色々と考えてみたいと思います」
「そうね。でも、たった一つでも解決策が見付かると違うものでしょう?」
「ええ。大分心が楽になりました。ありがとうございます」
本当に感謝感激です。ミナトさん。
「その再生機構の代表にアキト君を就任させる、なんていうのも面白いかもね」
「あぁ! それ、良いです!」
それなら、ルリ嬢達を悲しませなくて済む。
アキトさんとしても、責任ある立場なら自重するだろうし。
「本当にミナトさんにはお世話になりっぱなしで」
「ふふっ。それは良かった。久しぶりに役に立てたみたいね」
「いえ。そんな事は。俺がいるのもミナトさんのお陰ですし」
「あら? 嬉しい事言ってくれちゃって」
紅潮するのは仕方がないと思うんだ。
「・・・コウキ君」
「・・・ミナトさん」
顔を真っ赤に染めながらも微笑みあう。
その後、俺達は―――。
ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!
「あら?」
突然のエマージェンシーコールに遮られる結果に・・・。
でも、憤慨している余裕は今の俺にはない。
原作を思い出せば分かる。
このタイミングで、敵からの襲撃はあっただろうか? いや、ない。
これは・・・。
「ミナトさん! 急いでブリッジに」
「ええ。どうやら緊急事態みたいね。急ぎましょう」
一転して真面目な表情になるミナトさん。
相変わらず切り替えの早い人だ。
「はい。急ぎましょう」
ここからブリッジまでの道のりは意外と長い。
「失礼します」
「え? あ、あらら」
ちょっと恥ずかしいけど、お姫様抱っこ。
緊急事態だし、仕方がないよな?
真面目モードだけど、こういうのは仕方ないよな?
「飛ばしますよ。しっかりと捕まってください」
「ええ。分かったわ」
とりあえず、違和感を与えない程度に早く走る。
この辺りはきちんと俺も考えているさ。
・・・偶に自重は忘れるけど。
廊下を駆け抜け、ブリッジの扉の前に立つ。
日頃便利な自動扉がこんな時は嫉ましい。
早く開けと、そう焦ってしまう。
「開いた。ミナトさん」
「ええ」
地面に降ろして、ブリッジに駆け込む。
「ルリちゃん! これ・・・は・・・」
・・・嘘・・・だろ。
「・・・どうして、ここに・・・」
「おい。あれって・・・」
「ええ。恐らく、そうよ」
「な、なんで・・・なんであれがここにあるの?」
「・・・マジかよ」
「ほんと、想定外な事ばっかりだよ」
「・・・恐れていた事態が訪れてしまったようね」
扉の先の開けた視界。
真っ先に飛び込んでくるのは純白の巨大戦艦。
「・・・私達同様、こちらの世界へやって来ていたんですね」
「・・・ルリ。あれはまずい」
「ええ。想定外過ぎます。あれは・・・」
「・・・やるしかあるまい」
「・・・アキトさん」
「俺が、俺達が、やるしかないだろ。持ち込んだ責任を取る為にも」
「・・・ええ。そうですね」
「・・・うん」
ナデシコに類似する船型モデル。
でも、コスモスでもなければ、カキツバタでもなければ、シャクヤクでもない。
「ユ、ユリカ・・・」
「ジュン君。覚悟して。相手は未来の私達」
そう、あれは俺と同じここにいない筈の完全なイレギュラー。
未来において、電子の妖精が火星圏全てを支配した際に用いられた圧倒的性能を誇る戦艦。
「・・・ナデシコCだよ」
今、絶望的な現実が俺達の前に立ち塞がった。