機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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未来からやって来たもの

 

 

 

 

 

・・・想定外、予定外。

この世界の混迷は更に極まった。

俺というイレギュラー。

アキトさん達、逆行組が齎した改変。

その結果として、今、目の前に頼もしかった純白の戦艦が・・・。

 

「ナデシコCが、私達の敵・・・」

 

敵として間の前に立ち塞がっている。

恐らく、状況的に・・・木連所属の戦艦として。

 

「ナデシコCですって!? BもないのにC!? そんな事、私、知らないわよ!」

 

・・・当たり前ですよ、秘書さん。

知らなくて当然。むしろ、知っている方がおかしいんです。

混在世界での記憶流出。

これがなければ、俺やアキトさん達以外の人間は何の理解も出来なかった。

でも、実際に彼らは記憶の流出で理解している。

あの戦艦の恐ろしさを。

 

「でも、よく考えてごらんなさい」

「・・・イネスさん」

「あの戦艦は電子の妖精がいたからこそ性能を発揮できた。違うかしら?」

 

・・・確かにそうだ。

事実、ナデシコCはルリ嬢専用の戦艦といっても過言ではない。

いや、正しく言うならば、マシンチャイルド専用か。

 

「ワンマンオペレーションシステム。一般人から逸脱した処理能力をもってして初めて使いこなせるシステム」

 

流石はイネス女史だなって思った。

冷静に現実を受け止め、冷静に解釈している。

でも、イネス女史の言っている事も確かだけど、俺の考えは違う。

 

「・・・確かにそうかもしれません。でも、俺は楽観視できませんよ」

「あら? どうしてかしら? 説明してくれる?」

「確かにナデシコCはイネスさんの言う通り、電子の妖精のみが使いこなせる戦艦だと思います」

「ええ。戦艦としての力は中途半端にしか発揮できないでしょうね」

「はい。ですが・・・忘れてはいけません。あれは未来の戦艦ですよ」

 

正しく言うならば、五年後。

しかも、戦争という技術革新を終えた未来だ。

 

「一つの戦艦として性能を発揮できずとも、随所に用いられている技術のレベルが違います」

「・・・なるほど。そういう意味ね」

「はい。もし、あのナデシコCが木連陣営の物だったら・・・」

 

五年後の技術が向こうに渡ってしまっているんだ。

もし、木連がナデシコCを解析して、その技術を他のものにも転化しようとしていたら・・・。

 

「相転移エンジンの生産力が圧倒的に上の木連が、未来の技術を用いれば、容易に戦局を覆せるだけの大量の高性能艦隊が出来上がってしまうでしょう」

「・・・確かにそうね」

「それに、ワンマンオペレーションシステムも一人じゃ対応できずとも複数人で対応すればいい。火星圏全てのハッキングなんて事は流石に無理だと思いますが、通常運営なら事足ります」

「だが、マエヤマ、ナデシコCの強みはそのハッキングだぞ。それが使用不可なら・・・」

「アキトさん。あのハッキングこそが普通じゃないんですよ」

「え? それって・・・」

 

あ。別にルリ嬢を貶している訳じゃないからね。

 

「戦争というのは総力戦であり、一つの要因で覆せる程、簡単なものじゃありません」

「・・・それはそうだが・・・」

「ナデシコAの相転移砲、ナデシコCのハッキング。むしろ、この二つこそが例外です」

「・・・そういう意味ですか」

 

うん。勘違いしないでね。ルリ嬢。

 

「結局の所、生産力が勝る木連が有利なんです。そもそも彼らは無人艦ですし」

「そうだな。こちらが人材を失うのに対して、向こうは何も失わない」

「代わりに資源を無駄にしているようですが・・・」

「そのあたりも戦後を睨んで動いていると思う。木連だって、そんなにバカじゃない」

 

確か、クリムゾンあたりとコンタクトを取っているんだったよな?

 

「それに、アキトさん、ルリちゃん、忘れていませんか?」

「なんだ?」

「どういう意味ですか?」

「ナデシコCがこちらに跳ばされた。それなら―――」

「あの・・・お取り込み中に申し訳ありませんが」

 

え、えぇっと、プロスさん?

 

「皆さん、さっきからナデシコCやら何やらと一体何を話しているんですか?」

「そうですよ。ガイさんは何も教えてくれないですし」

「いや。俺にはちょっと難しい話でよ。コウキにでも聞いてくれ」

 

情けないぞ、ガイ。

人に丸投げとは。

 

「こちらにも状況を説明してもらいたい」

「そうよ。私が知らない所で事態が動いているなんて不愉快だわ」

 

プロスさん、メグミさん、ゴートさん、エリナ秘書。

混在世界へ来る事がなかった故にナデシコCの存在を知らない彼ら。

そりゃあそうだよな。知らなければ知りたくなるよな。

でも、とても俺には説明できる事ではない。

するなら・・・・。

 

「・・・・・・」

 

当事者である彼らがしないと。

 

「それは・・・」

話すべきか、話さないべきか。

アキトさん達の葛藤。

俺ではなんの力にもなれない、彼らが解決すべき事だ。

 

「コウキ君。さっきのは―――」

「・・・やっぱり・・・」

 

現在の状況を思い出すべきなんだ。

今、そんな悠長に話している暇なんてない。

目の前にはナデシコを上回る性能を持つ戦艦。

そして、その戦艦には当然あるものが搭載されている・・・。

 

「皆さん! 今はそんな事をしている暇はありません!」

「え、え、マエヤマさん?」

「コウキ?」

「艦長! 急いで戦闘配備を!」

 

純白の戦艦から現れるのは色取り取りの人型兵器。

エステバリス、改め、福寿。

これで木連所属だという事は分かった。

・・・ある程度の覚悟はしていたから、それ程の衝撃はない。

 

「・・・来ますよ」

 

でも、それ以上に俺達に衝撃を与えるものが現れる。

記憶を見た者ならば誰しもが忘れる事の出来ない圧倒的な機体。

復讐鬼が復讐を成し遂げる為に身を、心を覆い込ませた漆黒の鎧。

 

「・・・ブラックサレナ・・・」

「ど、どうして・・・」

「・・・嘘・・・」

 

その名はブラックサレナ。

高機動戦フレームなんて目じゃない程の高機動能力を保有する怪物機。

呆然とするアキトさん、ルリ嬢、ラピス嬢。

気持ちは分かる。元々アキトさんの相棒なのだから。

でも、分かるけど・・・。

 

「アキトさん。やるしかないんです。俺達が止めないと」

「あ、ああ」

「艦長!」

「はい。皆さん、戦闘配備をお願いします! 敵は木連です」

「「「「「了解!」」」」」 

 

ユリカ嬢の一言で迅速に動き出すクルー達。

 

「・・・予測していたの? コウキ君」

「・・・はい」

 

ナデシコCがこちらの世界へ跳ばされている。

それなら、ユーチャリスもまた、こちらに跳ばされてきた筈だと思った。

アキトさんの記憶を見た限りでは、ナデシコBのGBによる損傷は凄まじく、

ユーチャリスを実戦に配備する事はどう見ても不可能そうだった。

でも、中に入っていた機体は別。

アキトさんにとって最高の相棒であり、自らを覆い隠す鎧でもあったブラックサレナ。

結果、それもまた、木連側の陣営に渡ってしまった。

ナデシコCを目の前にした時以上の絶望感が胸を襲う。

 

「ルリちゃん。ナデシコCには何か搭載していた?」

「い、いえ。私の単独行動でしたので、全て降ろしました」

「そっか。分かった」

 

・・・それが不幸中の幸いか。

少なくとも、機動兵器としての情報はブラックサレナのみ。

 

「・・・諦めてたまるか」

 

そう、ここで諦める訳にはいかないんだ。

改変してきた者として、最後まで責任はきちんと果たす。

 

「パイロットの皆さんはエステバリスにて待機。マエヤマさんもお願いします」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 

機体性能は完全に向こうが上。

恐らく、既にCASが搭載されている事だろう。

無論、ブラックサレナや中のエステバリスカスタムを基にした機体にも。

パイロットの腕はこちらが若干上か、同じぐらい。

完全に不利な状態での戦闘になる。

勝負を分けるのは・・・気力か、戦闘経験か。

 

「・・・認識を改めないといけない」

 

今まで、俺は木連側が小型人型兵器に不慣れだと思っていた。

急遽、ジンシリーズから生産ラインが変更され、混乱しているとさえ思っていた。

でも、もし、ナデシコCやユーチャリスの跳んだ時間がアキトさん達と同じなら・・・。

木連は二年程前には既に小型人型兵器の基となるものを持っていた事になる。

ブラックサレナは追加装甲であり、その中にはエステバリスカスタムがある。

要するに、五年後のエステバリスの性能を誇る機体が彼らの手元にあるという事。

彼らに必要だったのはそれらを動かすソフト、そして、それらの技術を具現化する為の準備期間。

ソフトは俺が提供し、また、劣化版ともいえるエステバリスをも俺が提供してしまった。

その結果として、一気に向こうの技術力を未来の技術に追いつかせてしまったのだとしたら・・・。

そして、何より、もし、既に木連が生産ラインを整えていたら・・・。

 

「大量のエステバリスが戦場に投下されてしまう」

 

エステバリスカスタムを核であるリーダー機として、高機動型フレームを量産型として・・・。

下手すると、量産型として生産される高機動戦フレームをバッタ任せにする可能性もある。

中心となる機体にだけ人が乗っていればいいのだから・・・。

もし、そんな事態になったら、悔しいが、地球は負ける。

戦艦性能や機体性能が飛躍的に向上し、数も用意されてしまうのだから。

 

『パイロットの皆さん、出撃、お願いします』

 

ユリカ嬢の指示に従い、俺達は漆黒の宙へと駆け出す。

俺達の前に立ち塞がるのは、エステバリスカスタムが二機。

高機動戦フレームを参考にした量産型エステバリスが三機。

そして、最後は・・・ブラックサレナが一機。

合計六機の驚異的な戦力が俺達を出迎えた。

 

『ブラックサレナの相手は俺がしよう』

「アキトさん・・・」

『何だ? 俺じゃ不安か?』

「いえ。お願いします」

『任しておけ』

 

俺達の中で最も機動戦に向いているのはアキトさん。

それなら、アキトさんがブラックサレナの相手をするべき。

俺だってそんな事は分かっている。

でも、何故だろう。

何故か、あれは俺が相手をしないといけない気がするんだ。

 

「俺は―――」

『お前の相手はこの俺がしよう』

 

・・・この声は・・・どこかで聞いた事が・・・。

 

『改めて名乗ろう! 我が名はキノシタ・シンイチ。優人部隊所属少佐、兼、カグラ・ケイゴ大佐の副官だ』

 

ケイゴさんが・・・大佐?

 

『さぁ、いざ、尋常に・・・勝負!』

 

急加速と共に接近してくる福寿。

いや、さしずめ、福寿改か。

 

「クッ。あれは俺が引き受けます」

『了解した。一人一機だ。但し、あの強化型らしき機体にはヒカル、イツキの両名で当たれ』

『『了解』』

『イズミは後方から支援を。各機、全力で事に当たれ』

『『『『『『「了解」』』』』』』

 

後は任せました。アキトさん。

 

『ハァァア!』

 

ガキンッ!

 

接近と同時に突き出されたフィールドガンランスをディストーションブレードで受け止める。

だが・・・。

 

『甘いわ!』

「グッ!」

 

受け止めきれず、後方に飛ばされる。

・・・機体性能の差。

そして、何より、戦艦から送られてくる出力の高さが違い過ぎる。

重力波送受信装置の技術革新を甘く見ていたのかもしれない。

あの送受信装置とて数年後の技術が用いられているんだ。

 

『この福寿改は誰にも止められんわ!』

 

・・・安直な名前だな、この野郎。

 

『ほら! どんどんいくぞ!』

 

吹き飛ばされた俺に対しての追撃。

フィールドガンランスの射撃で牽制しつつ、最大速度で突っ込んで来やがる。

出力の関係上、速度差で負ける。

逃げた所で追い付かれるなら、むしろ、攻めてやる。

 

「ハァァァァ!」

『ハァッッッ!』

 

突き出してくるフィールドガンランス。

確かに速度、威力共にこれ以上ない選択。

たとえ直線で来ようとこの速度なら避けられないだろう。

但し、それは未経験の人間なら・・・だ。

 

「ここだ!」

 

突き出されてくるフィールドガンランスの先端は見事にこちらの胸中心。

狙い場所さえ把握していれば、どれだけの速度だろうと避けてみせる。

 

『何!?』

 

上体を逸らし、ブースターを上方に吹かす事で回避。

同時に見事なオーバーヘッドをぶちかましてやった。

 

『クッ。何故避けられる!?』

 

向こうとしては自慢の攻撃だったんだろう。

でも、似たような攻撃を俺は受けた事がある。

 

「確かに凄まじい攻撃でした。でも、俺はそれ以上の攻撃を知っています」

 

スピードで言えば、こちらの方が上である。

でも、これと似たような攻撃、アキトさんの突撃はより性質が悪い。

極限まで射撃で牽制し、回避コースを完封。

その上で、直前まで微細な横移動をする事で狙いを教えてくれない。

以前、この攻撃をされた時は前方にDFを張って即行で後退した。

それでも、DFは容易に突破され、撃沈とまではいかなったが、かなりの損傷を受けた。

それに比べれば、スピードが速いだけの単純な攻撃でしかない。

 

『戦場の英雄。テンカワ・アキトか?』

 

な、何故、アキトさんの名前を知っているんだ?

 

「何故、その名を!?」

『木連軍人ならば誰でも知っているさ。第一級要注意人物としてな』

 

・・・既にアキトさんの名は知れ渡ってしまっている・・・か。

本人や軍からしてみれば良い事かもしれないけど、ルリ嬢達はどう考え―――。

 

『暇は与えんぞ』

 

ダンッダンッ!

 

「そんな単調な攻撃が当たるでも?」

 

俺だってこう見えてもかなりの経験を積んだんだ。

碌に狙いも付けていない射撃に当たる程、未熟じゃない。

それが何発連続であろうと、その程度の射撃なら避けてみせる。

 

『やはり木連軍人は射撃に不向きだな』

 

そんなしみじみ言われても困るんですが・・・。

 

『ケイゴはお前から射撃を教わったそうだな』

「・・・はい」

 

ケイゴさん。

貴方は今、どこで何をしているんですか?

 

『その成果が出ているようだな』

「は?」

『見てみればいいだろう。あの夜天を』

「・・・夜天?」

『突如として現れた未知の技術。その中でも更に特別な機体。それが夜天だ』

 

指し示す方向には漆黒同士のぶつかりあい。

・・・まさか!

 

「あの機体にケイゴさんが!?」

『その通りだ』

 

ケイゴさんがブラックサレナに!?

 

『多くの者が適正テストを受け、使いこなせると判断されたのは二人』

「・・・その内の一人がケイゴさん・・・」

『ああ。カグラ・ケイゴ。俺の上官だ』

 

・・・それなら・・・。

 

「話を聞かせてもらうぞ! ケイゴさん!」

 

何故、何故、何故。

ケイゴさんに聞きたい事なんていくらでもある。

その全てを、ケイゴさんにはきちんと話してもらう。

そして、その全てをきちんとカエデに知らせてやらなければ・・・。

カエデが報われないじゃないか!

 

『おっと、俺を無視するとは。嘗められたものだな』

 

クッ。副官だが、なんだか知らないが、無理矢理にでも通させてもらう。

 

「邪魔するなぁ!」

 

ガキンッ!

 

ディストーションブレードを感情のままに突き立てる。

だが、簡単に受け止められてしまう。

 

『教わらなかったのか? 描くべき太刀筋を』

「・・・太刀・・・筋?」

『ふっ。まぁいい。お前にはここで沈んでもらう』

 

・・・太刀筋。

描くべき道筋は淀みなき精神の導。

 

「・・・落ち着こう」

 

すぐにでも訊いたい。

それは偽りなき本心だ。

だが、その前に立ち塞がるものがいるのなら、冷静に対処する必要がある。

焦る必要はない。すぐにでも手が届く位置にいるのだから。

 

『ハァ!』

 

突き付けられるフィールドガンランス。

それを前に、俺はディストーションブレードを構える。

そして・・・。

 

「ハッ!」

 

一閃。ただひたすらに精神を研ぎ澄ませ、一太刀に全意識を集中させる。

狙うべきは足でもなければ、手でもない、ましてや、本体でもない。

俺が狙うべき場所は・・・。

 

『なッ!?』

 

フィールドガンランス。

福寿改のメイン武装。

製作者の一人として、フィールドガンランスの弱点なんて把握済みだ。

ガンとランスを組み合わせた汎用性の高い武器。

だが、組み合わせゆえの弊害もある。

それこそが耐久度の低下。

なかでも、両者の繋ぎ目部分は簡単にへし折れる程だ。

それなら、俺はそこを付けばいい。

武器破壊。別に命を奪うのが怖いという訳ではない。

ただ、今現在における最善の選択をしたまでだ。

 

『なるほど。流石はケイゴに師事されただけの事はある』

「退いて下さい。武器がない以上、もう戦えない筈です」

『ふっ。確かにな。だが、俺も木連式武術を嗜む身。柔術とて・・・』

 

スッーーーダッ!

 

『扱える!』

 

研ぎ澄まされた正拳突き。

油断していたせいもあって、直撃してしまった。

 

「クハッ!」

 

その威力は計り知れず。

コンパクトに振り抜かれた拳にケイゴさん同様DFを纏わせて、辛うじてガードに入れた右腕を破壊し、胸部すらも貫かれてしまう。

その衝撃によって、アサルトピット内の壁に背中から衝突。

・・・ここは生きているだけでも喜ぶべきか?

少しでもズレていれば、アサルトピットを直撃していてもおかしくなかったのだから。

 

『フッ。命拾いしたな』

 

・・・確実に劣勢。

向こうの武器を破壊した事で油断して己を呪いたい。

自分にとっても利き腕である右腕を破壊され、胸部をも破壊。

どこの制御盤が損傷したかも分からず、無茶な事も出来ない。

ここは退くべきだ。それは分かっている。

だけど、果たして退かせてくれるのだろうか。

 

『さて、そろそろ―――』

 

ダンッ!

 

『・・・そう簡単にはいかないようだな』

 

ぎこちない動きしか出来ない俺に迫ってくる敵機。

やられるかと焦ったが、幸運な事に味方に助けられた。

俺と敵機との間を駆け抜ける弾丸。

 

『これも私の仕事よ』

「イズミさん! 助かりました」

 

唯一、一対一に参加する事なく、後方支援という役に徹してくれているイズミさん。

彼女の援護のお陰で、十分な距離を稼ぐ事が出来た。

 

『無事か!? コウキ』

「ガイ! お前」

『ああ。俺の方はとっちめた。援護してやる』

 

福寿と対面していたガイが福寿に勝利してこちらにやってきてくれた。

流石はガイだ。福寿相手にでも勝利を飾ってみせた。

 

『なるほど。二対一、か』

『へっ。怖気づいたか?』

『なに。これで本気が出せると思っただけだ』

『吠えていろ』

 

・・・俺の存在、忘れられているね。

まぁ、思考回路が似ているからだと思うけど・・・。

 

『コウキ! てめぇは一度帰艦しろ。その状態じゃ足手纏いだ』

「分かった。すぐ戻る」

『へっ。別に倒しちまってもいいんだろ?』

「あ、ああ!」

 

カッコ良すぎるぞ。ガイ。

でも、実際、福寿改にエステバリスじゃ厳しいのは事実。

急いで補給して戻ってこないとガイがやばい。

すまん。耐えてくれ。ガイ!

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「ルリちゃん。GBチャージ」

「グラビティブラスト。チャージします」

 

エステバリスが福寿の相手をしている中、私達ナデシコはナデシコCの相手をしている。

言わば、艦隊戦。より多くの弾幕を張り、より強い攻撃をした方の勝ち。

そう、それが本来の艦隊戦。それなのに、今、私達を絶望が襲っている。

 

「・・・駄目です。グラビティブラスト。全て弾かれています」

 

その艦隊戦の前提を覆してしまう存在。

それが最強の盾たるディストーションフィールド。

武装面の充実では負けていないナデシコが勝利を飾れない理由がそこにある。

突破できないのだ。向こうのDFが。

五年という技術革新の差が痛い程に証明されてしまっている。

向こうのGBは着実にこちらに損傷を与え、向こうのDFは確実に攻撃を防ぐ。

こちらのGBは直撃前に未然に防がれ、こちらのDFは少し堅い程度の盾に成り下がっている。

たかがGBだけの砲撃艦と侮ってはいけない。

ナデシコCはグラビティブラストだけで成立してしまっているのだ。

まるで要塞かのような堅固な護りと砲撃を持って。

 

「分かりました。相転移砲を撃ちます」

「・・・相転移砲、チャージ開始」

 

その戦況を打破する事が出来るのは相転移砲ぐらい。

でも、チャージまでの溜め時間が長いという大きな欠点がある。

・・・大きな賭けになるでしょうね。

 

「ミナトさん。御願いします」

「・・・任せて」

 

盾が役に立たないなら、回避すればいい。

その為に、私がいるの。

こんな所で負ける訳には―――。

 

「ッ! Yユニット内部で謎の爆発。これは・・・」

「・・・ボソン砲」

 

ボソン砲まであるの?

そんな・・・。

 

「チャージ中止。幸か不幸か、チャージエネルギーが少ない為に内部崩壊はありませんでした」

 

・・・でも、これで対抗策を失ったという事に。

逆転への道が、完全に封じられた。

・・・それだけじゃない。

驚異的なボソン砲がいつもナデシコを狙う事になる。

 

「ナデシコ後退し―――」

 

ドガンッ!

 

艦長の言葉を遮るかのように爆発音が響き渡る。

 

「機関部損傷! エンジン効率が20%下がります」

 

一瞬の攻防。

ボソン砲の存在を感知してから、即行で退いていれば防げたかもしれない事態。

でも、それも仕方がない。

前線にはエステバリスがいるのだ。

そう簡単に下がる事は出来ない。

 

「・・・ナデシコCにボソン砲が積み込まれているのは予想外でした」

 

いつでも冷静なルリルリが冷や汗を浮かべながら告げる。

 

「でも、考えられない事じゃなかったわ。予測しなかったのは私達のミス」

「・・・はい」

 

そう、私達のミスだ。

先日、恐怖と共にボソン砲の有効性はこの身を持って理解していた筈。

それなのに、ナデシコCの規定概念に囚われて、予想すらしていなかった。

最先端の戦艦に有効的な武装を積み込むのなんて当然の事なのに。

・・・こんなんじゃ駄目だ。

さっきから想定外のことばかりなのに、私達は想定の範疇内でしか動けていなかった。

もっと柔軟に物事を考える必要がある。

 

「エステバリス隊。ヤマダ機が敵機を破壊。マエヤマ機の援護に向かうようです」

 

少しホッとした。

でも、気を抜いちゃいけない。

 

「マエヤマ機。後退しています。損傷が激しい為、帰艦する模様」

 

・・・コウキ君。

こんな事しか言えなくて情けないけど・・・。

頑張って。辛いと思うけど、頑張って。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・逆転は望めない・・・か」

 

ナデシコA対ナデシコCは劣勢。

エステバリス対福寿&夜天(ブラックサレナ)は拮抗。

ガイが敵機を倒したものの、俺がやられてしまっている。

とりあえず帰艦すればどうにかできるからいいけど、拮抗に変わりはない。

このままじゃ確実にジリ貧だ。

何かしらの幸運がなければ、いつか、こちらがやられてしまう。

後退・・・は不可能だ。

ナデシコAとナデシコCとでは速度差があり過ぎる。

こちらが逃げたとて、すぐに追いつかれてしまうのがヤマだろう。

その為には、誰かが戦場に残って敵を食い止める必要がある。

所謂、殿(しんがり)って奴だ。

その役目は・・・。

 

「帰艦した俺がやるべき事だよな」

 

実行に移せるのなら一刻も早く移した方が良い。

殿を務める為には外付けバッテリーを搭載させる必要があり、

その作業を迅速に行えるのは今現在、ナデシコに戻っている俺だけ。

それに、幸い、俺なら一人残っても一瞬で移動できるボソンジャンプがある。

俺以上に適任はいない。

問題は食い止める事が出来るかどうかだが・・・。

 

「そこは気合だよな」

 

最早精神論だ。

技術や機体性能じゃない、生き残るという思いで打ち克ってみせる。

 

「おい。マエヤマ。フレーム換装と補給、終わったぞ」

「・・・ウリバタケさん」

「・・・お前、何考えてやがる?」

 

流石は尊敬すべき大人の一人、ウリバタケさん。

俺の考え、読まれちゃっているな。

でも、大人だからこそ、割り切ってもらわないと困る。

 

「作業を終えてすぐにで申し訳ないんですが、バッテリーを御願いします」

「・・・てめぇ・・・」

「別に自身を犠牲にしている訳じゃありませんよ」

「・・・本気なんだな?」

「もちろんです」

「・・・艦長にはてめぇで言えよ」

「了解しました」

 

・・・すいません。ウリバタケさん。

さてっと、早速、報告しましょうか。

非常に嫌な状況になる事は眼に見えているけど。

 

「・・・艦長」

『マエヤマさん。出られますか?』

「はい。でも、その前に一つだけ良いですか?」

『えっと、何でしょう?』

「俺が・・・俺が敵を食い止めます。だから、ナデシコは後退してください」

『マ、マエヤマさん! それは出来ません!』

「艦長なら分かるでしょう? このままじゃどうなるか」

『そ、それは・・・ですが!』

「それなら、ビシッと言っちゃってください。殿を務めろって。ナデシコが逃げる時間を稼げって」

『で、でも・・・』

 

本当に貴方は優しい人だ。

その優しさはもしかしたら、艦長という役目には不向きなのかもしれない。

でも、そんな貴方だからこそ、俺達ナデシコクルーはついて行くんですよ。

貴方が艦長で良かった。

きっと、俺だけじゃない。皆もそう思っている筈です。

でも、だからこそ・・・。

 

「甘えるな!」

『ッ!』

 

貴方を信じるナデシコクルーをこんなところで死なせちゃいけない。

ナデシコはこれからの希望なのだから。

 

「艦長なら一人の命より多数の命を優先しろ! それが艦長の仕事だ!」

『・・・マエヤマさん』

「それに、大丈夫ですよ。俺には秘策がありますから」

『・・・分かりました』

『艦長!』

『そんな事!』

『マエヤマさんを犠牲にするなんて・・・』

 

わお。後ろがカオスだ。

 

『・・・コウキ君』

「・・・ミナトさん」

 

ちょっと会いたくなかったかな。

また悲しませてしまうんだろうし。

 

『貴方はいつも私に心配をかけてばっかりね』

「アハハ。面目ありません」

『・・・戻って・・・くるのよね?』

「俺は不死身の男ですよ?」

『調子の良い事ばっかり・・・』

「すいません」

『死んだら許さないんだからね』

「もちろんです。俺には護るべき家族がいますから。最後まできちんと責任を持って護り抜いて、笑顔で、老衰で死ぬ予定です」

『・・・分かった。私はもう何も言わないわ。コウキ君は約束を護るって知っているし』

「光栄です」

 

・・・何だろう? 何故か、いつも以上に冷静でいられる。

変だな。異常な精神状態だ。殿に立つ人ってこんな感じなのかな。

 

『さてっと、選手交代。・・・セレセレ』

「うげっ」

 

罪悪感に苛まれちまうぞ、俺。

 

『・・・信じています』

「・・・セレスちゃん」

『・・・家族になろうって言ってくれました。私は貴方を信じます』

「信頼には応えなくちゃね。任せて。セレスちゃん」

『・・・はい。それで、無事に帰ってきたら・・・』

「帰ってきたら?」

『・・・抱き締めてください。力強く、抱き締めてください』

「・・・うん。分かった。約束する」

『・・・げんまんです』

「もちろん。嫌って程」

『・・・ポッ』

 

・・・こうまで約束しちゃったからな。

何があっても生き残ってやろうじゃないか。

その為にも、まずはきちんとナデシコを逃げさせてみせる。

 

「・・・マエヤマ。準備、出来たぞ」

「はい。ありがとうございます。ウリバタケさん」

「俺からは何も言わねぇ。いや、一つだけ言わせてくれ」

「なんでも」

「約束、きちんと護ってやれよ」

 

・・・聞こえていたのか。なんか恥ずかしいな。

 

「約束破る奴は最低の野郎だぞ」

「最低になったら嫌われちゃいますかね?」

「あたぼうよ。まぁ、ミナトちゃんの心のケアは俺がやっとくがな」

「それは困ります。ウリバタケさんに取られたら泣くに泣けません」

「ハッハッハ。若造が」

 

ガシッ!

う、ちょ、ちょっと、首絞まってますってば。

 

「なら、よ。きちんと帰ってこいや。ミナトちゃんはお前の女だ」

「・・・ええ。もちろんです」

「おう。行って来い」

「はい。行ってきます」

 

ウリバタケさんのもとから離れ、エステバリスに乗り込む。

破損したフレームの代わりは予備の高機動戦フレーム。

うん。予備があって良かった。早速運がいいぞ。

武装は中から遠距離特化。

ひたすら時間を稼いでやろうと思う。

 

「・・・やるか」

 

エステバリスの中、ゆっくりと眼を瞑る。

いつになく落ち着いている自分が不思議でたまらない。

 

『マエヤマさん』

「艦長。ご指示を」

『はい。マエヤマ機は敵艦隊を引き付けてください。その間にナデシコは後退します』

「了解!」

 

ビシッと敬礼を返す。

ふふっ。今の威厳ある敬礼姿。軍人っぽいですよ。艦長。

 

「艦長。辛い指示を出させてすいません」

『いえ。私はいいんです。マエヤマさん』

「はい」

『必ず戻ってきてください。艦長命令です』

「了解しました。軍内において、上司の命令は絶対ですからね」

『はい。絶対です』

 

ニッコリと笑うユリカ嬢。

でも、その中に少しだけ蔭りがあるのを俺は見付けてしまった。

 

「御武運を」

 

貴方の責任じゃありません。艦長。

これは俺の独断。貴方が心を痛める必要はないんです。

 

『マエヤマさんも、御武運を祈ります』

 

ビシッと再度敬礼。

そして、それに続くようにブリッジの皆が敬礼してくれる。

 

「・・・まいったな」

 

眼の前のモニタに映し出されるブリッジ映像。

そこに映る全ての者が敬礼で俺を送り出してくれている。

 

「・・・今なら何でも出来る気がする」

 

今、俺は彼らの命を背負っている。

その重みが苦しい時もあるだろう。

でも、今の俺には何よりも力になってくれていた。

その重みこそが、今の俺の原動力だ。

 

『エステバリス各機へ。帰艦してください』

『帰艦だぁ!? んな事してる余裕ないだろ!』

『作戦です。とにかく今は帰艦を』

『わーったよ。帰艦する』

 

次々と帰艦してくるエステバリス。

後は・・・アキトさんだけ。

多分、アキトさんもまた残るつもりだろう。

でも、俺とアキトさんは違う。

俺には逃げる術があっても、アキトさんにはない。

俺には長時間動く為のバッテリーがあるけど、アキトさんにはない。

アキトさんには強引にでも戻ってもらう。

 

「お、おい。なんであいつ出撃準備しているんだ」

「コ、コウキ。何を・・・」

「コウキさん! 貴方はまさか・・・」

「・・・そう。それが貴方の選んだ道なのね」

「・・・カッコ良すぎるぞ。良すぎるじゃねぇか、コウキ。だが、そんなの男じゃねぇよ。お前の教えてくれた男はそうじゃねぇ。愛する女を残して死ぬような事は・・・しねぇ。そうだろ? コウキ」

「まったくカッコつけちゃって。でも、その行動は賞賛に値するよ」

『マエヤマ機。発進』

「了解! マエヤマ機。発進します」

 

漆黒の宙に再度駆け出す。

俺のなすべき事。それは酷く困難な道のりだ。

でも、必ず成し遂げてみせようじゃないか。

自らも生き残り、ナデシコをも生かす。

その唯一の方法なのだから・・・。

 

 

 

 

 


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