『な、何が起きたんだ!?』
『動け! 動けぇぇぇ!』
スピーカーから響いてくる声。
残念ですが、既に貴方達は俺の支配下です。
「さてっと、まずは戦闘データと戦闘映像を削除するか」
『了解』『分かった』『OK~~~』
この戦闘データを次に繋げられたら困るので削除。
この映像で俺に眼が付けられるのが嫌だから映像も削除。
うん。完璧かな。
ナデシコCのデータも消そうか悩んだけど、それは状況次第って事で。
オモイカネの記憶は完全に取っておきたいし。後は・・・。
『・・・教官。何をしたんですか?』
さぁ、どうするか。
正直に全てを話して、交渉材料にしてもいいけど、
そうするとハッキングの危険性に気付かれてしまう。
現状では無理かもしれないけど、ナデシコCが手元にある以上、いつハッキングの脅威が地球側を襲うかは分からないしな。
下手に情報を向こう側に渡すのはまずい。
この状態のままナデシコCを地球に持っていっても構わないけど・・・。
・・・どちらにしろ、今の所は誤魔化しておくか。
コミュニケの設定は適当に弄くってっと。
「ケイゴさん。俺の本職はプログラマーですよ。全てを機能停止にする事ぐらい簡単です」
制御にはオモイカネが必要なコミュニケ。
今回、ナデシコCのオモイカネに協力して頂き、通信を送りました。
ありがとうございます。
『なるほど。ウイルスでも仕掛けましたか?』
「まぁ、そんな感じです。貴方達の戦艦を経由すれば容易に行えます」
『・・・敵いませんね。教官には教わってばかりです』
「そんなつもりはありませんけど?」
『いえ。今回も大事な事を教わりました。戦闘は決して戦闘力だけではないと』
まぁ、僕の場合は反則ですけどね。
「さて、ケイゴさん。貴方にはいくつも聞きたいが事があります」
『・・・・・・』
「答えさせるだけの状況を作り上げたつもりですが?」
『・・・確かに』
今、向こうはハッチを空ける事も出来ない。
俺の質問に答えない以上、コクピットから抜け出す事も出来ないんだ。
もちろん、殺したい訳じゃないから、空気の循環はきちんとさせているけど。
『貴様! このような手段! 卑怯極まりないぞ!』
えっと、確か、キノシタだったかな?
「胸を張って言える言葉じゃないですけど、勝てば官軍なんですよ?」
『クッ、クソォ』
実際、あの絶望的な状況を引っくり返すにはこれしかなかった。
卑怯と言われてもね、俺の十八番は機動戦じゃなくてこっちだし。
「先程、そこの方から聞きました。突如として現れた未知の技術、と」
『・・・シンイチ。余計な事を・・・』
『す、すまん』
あぁ・・・。確かに上官なんだな。
ケイゴさんの口調にも遠慮がないし。
「カグラヅキ・・・でしたよね?」
『はい。間違いないですよ』
流石に艦名だけじゃ動揺しないか。
「そして、夜天。貴方達は創り上げたのではない。偶然、手に入れた」
『・・・・・・』
「その技術、既に多くの兵器に転化しているようですね」
現状、エステバリスカスタムが二機作り上げられただけ。
だが、恐らく、それだけという事はないだろう。
既に何十機と製造されていてもなんら不思議はない。
『・・・ええ。その通りです』
・・・やはり。
エステバリスカスタム以外にも製造されたものがあるらしい。
多くの、と訊いて、素直に応えたのだからその可能性は高い。
「ケイゴさん。俺は勘違いしていましたよ」
『は?』
「木連人はジンのような機体を好み、福寿のような機体は好まないと思っていました」
『・・・その認識は間違っていませんよ。事実、福寿は受け入れられていません』
「なるほど。それなら・・・」
木連軍人の多くがジンシリーズを好む中、こうまで福寿系統に拘るカグラ艦隊。
恐らく、今まで戦ってきた福寿はケイゴさんと縁がある部隊なんだろう。
「何故、福寿が量産できるのですか?」
核心を突く。
カグラ家にどれだけの権力があるかどうかは分からない。
だが、権力があるだけで、果たして嫌われている機体を量産できるだろうか?
もちろん、権力で強引に通す事も出来るだろう。
でも、そんな事を、果たしてあのケイゴさんがするだろうか?
『・・・教官。貴方には全てお話しましょう』
『おい! ケイゴ!』
『シンイチ。どちらにしろ、俺達の目的の為には地球の組織と接触する必要がある』
『しかし、こいつにそんな力はないだろう?』
『いや。俺は教官こそが戦争を行く末を担っていると確信している』
ケイゴさん、それは是非とも考え直して・・・。
過大評価過ぎる。
『教官。教官は優人部隊をご存知ですか?』
優人部隊。
草壁中将が実質的にトップを張る木連のエリート軍団。
遺伝子改良によってB級ジャンパーとなった木連側の中核部隊といった所か。
それに、エリートと言われるだけあって、木連式柔術などの武術も極めている。
言い方を変えれば、草壁に心酔する木連屈指の草壁シンパシー。
うん。どんな言い方しても厄介極まりない集団だね。
「あまり良い印象はないですね」
『・・・なるほど。では、優人部隊内にも派閥がある事はご存知ですか?』
「へ?」
そ、そうなの?
俺はてっきり草壁派一筋かと思っていた。
「えっと、草壁中将の派閥だけじゃないんですか?」
『中将をご存知とは・・・。教官はなんでもご存知なのですね』
「・・・あ。うん、まぁ、はい」
アハハと苦笑いして誤魔化してみる。
まぁ、誤魔化しているってバレてるだろうけど、スルーしてくれるよね?
『まぁ、いいでしょう』
流石です。ケイゴさん。
『優人部隊は木連軍人のエリート達が集まってくる部隊です』
「はい」
『そのような部隊を何故中将だけに任せるのでしょうか?』
「えっと、それじゃあ、権限を握っているのは草壁中将だけじゃないと」
『ええ。草壁中将は権限を与えられている一将校でしかありません』
でも、実質的に権限を握っているのは草壁なんだよな?
その辺りはどうなんだろう?
「推測するに、ケイゴさんか、もしくはケイゴさんの親類の方か。そのどちらかに草壁中将と同じくらいの優人部隊に対する権限が与えられているんですね」
『流石は教官ですね。その通りです』
「それなら、何故、草壁中将があれ程までに幅を利かせているのですか?」
『彼のカリスマ性とでも言えばいいんでしょうか。中将は木連の原典ともいえるゲキ・ガンガーを巧妙に用い、その弁舌能力と共に民衆を上手く誘導し、他将校より高い権限を得たのです』
・・・なるほど。
それまでゲキ・ガンガーは決して徹底抗戦を訴える道具ではなかったんだ。
民衆の誰もが、その中でも軍人達が圧倒的に支持するゲキ・ガンガー。
それを何の目的にせよ利用しないのは勿体の無い事。
そうして得た結論が草壁中将によるゲキ・ガンガーを用いた民衆誘導。
道理で現実路線を行く草壁がゲキ・ガンガーのような理想を語った訳だ。
彼にとってはあくまで起爆剤だったんだな、ゲキ・ガンガーは。
「・・・ケイゴさんの所属する派閥はどのような?」
『カグラ大将を中心とした和平派、とでも言えばいいんでしょうか』
「わ、和平派!?」
この時期に和平派が存在していたのか!?
というか、カグラ大将って誰さ!? ケイゴさんの父親?
「木連は地球に恨みがあった筈では!?」
『・・・否定は出来ません。私とて恨みがない訳ではない』
「・・・・・・」
『しかし、資源が乏しく、プラントに依存している私達は先が短いのです』
要するに、草壁は侵略する事でその危機から脱しようとした。
反面、神楽派は和平を結ぶ事でその危機から脱しようとした。
同じ目的、でも、選んだ方法が違うって事か。
「・・・妥協して、和平を望むと」
でも、そんな理由で和平を結んだ所で成功する訳がない。
民間意識が徹底抗戦の時に強引に和平を結べば後に争いになる事は必然。
和平を目指すのならば、心底から和平を望む信念が欲しいと思う。
『始めはそう考えていました。事実、卑怯千万な輩に膝を折るなんて、と』
卑怯千万。
言われて仕方のない事を確かに地球側はしている。
和平の使者の暗殺。事実の隠蔽。
挙げればキリがない。
『ですが、一方的に卑怯千万と言える立場ではなくなってしまった。火星大戦を機に』
火星大戦。
一方的な殺戮。
宣戦布告もなしに攻撃する事は卑怯以外の何ものでもない。
ハッキリ言って、残虐な行いであり、非難を受けても仕方のない事だ。
『教官。私達は実際に火星の地を踏みました』
「・・・多くの死者をその眼で?」
『はい。あまりにも惨い。見るに耐えないものばかりでした』
当たり前だ。死体なんて見ていて辛いだけ。
それが自分達の作り出した一方的な虐殺だったら尚更に。
『カエデに会って、私は更にその認識を深めました。私達こそ罪深い存在であると』
「・・・カエデが」
『教官。貴方の言う通り、戦争に正義なんてなかったのですね』
落胆したように話すケイゴさん。
彼は軍人として、誇りを持ち、信念を持っている立派な人間だ。
もちろん、自国の為という正義を抱えて、活動していただろう。
だからこそ、自国が行った正義の理念に反する虐殺が耐えられないんだろう。
『これ以上の悲劇を食い止めたい。それが私達神楽派共通の認識です』
「それは、俺達改革和平派と同じ思いですね」
『はい。だからこそ、私が地球に赴いたのです』
「改革和平派と接触する為にですか?」
『それも勿論ですが、私には二つの目的がありました』
「二つの目的?」
『一つは先程述べた改革和平派との接触。私は神楽派を代表して、改革和平派と接触しました』
「それなら、身元を明かしても良かったのでは?」
『かもしれませんね。ですが、そうするともう一つの目的を果たせなかった。あの時はミスマル提督と面識を持つだけで充分だったのです』
「もう一つの目的とは?」
『教官の事です。既に推測されているのでは?』
「・・・CASですよね? 恐らく、神楽派の権力を高める為に」
『その通りです』
当時、といっても、詳しい事は分からないけど、
草壁派と神楽派ではまるで規模が違っていたんだろう。
「でも、その話には前提とするべきものがある。違いますか?」
『はい。その通りです。カグラヅキ。それが現れたからこそ実行できた』
そうだ。
もし、カグラヅキ、要するにナデシコCが現れなければ、彼らは何も出来なかった。
たとえ和平を訴えようと、草壁派に派閥争いで敗れ、唱える事すら出来なかっただろう。
事実、原作では彼らの事は一切描写されていない。
それは恐らく神楽派が完膚なきまでに敗れ、表に出る事すら出来なかったから。
彼らが台頭できたのは、紛れもなくアキトさん達の逆行が原因。
・・・こうして、一つの要因で未来は改変されていくんだな・・・。
『カグラヅキの存在。それがあるからこそ、私達はここまでこじつける事が出来た』
「ジンシリーズの生産を中止し、福寿シリーズの生産を中心にさせた事ですか?」
『それは若干違いますね』
「え?」
『ジンシリーズの生産は中止されていませんよ。福寿シリーズの生産はあくまで私達の派閥だけです』
「それじゃあ、大した生産力では・・・」
『ええ。もっと実権を握れればいいんですが、現在ではこれが限界ですね』
・・・なるほど。
福寿とてそう大量に生産できる訳ではないのか。
ちょっと安心したかな。
でも、果たして草壁が福寿シリーズの生産に興味を示さないなんて事があり得るのか?
彼とてエステバリスの性能は知っている筈。脅威も感じていたと思う。
事実、火星の後継者事件ではジンシリーズではなく、夜天光などの小型人型兵器を使用していた。
それなら、今現在、小型人型兵器に着手できる環境があれば、あの現実路線である草壁が手を出さない訳はないと思うんだけど・・・。
「草壁派にはその情報は?」
『私達が権力を握るには如何にこちらの戦力が有効であるかは示すしかありません。草壁派にこれ以上権力を握らせない為にも情報秘匿は当然ですよ。確実とまでは言えませんが』
・・・ここで思い出されるのが北辰。
彼のような隠密行動に特化していそうな人間が草壁派にいる事は脅威でしかない。
下手すると、既に北辰が福寿の情報を手に入れている可能性がある。
そうなれば・・・。
「夜天光が出てくる可能性もある・・・か」
『は?』
「あ、いえ。こちらの話です」
既にブラックサレナという五年後の技術がここにはあるんだ。
その情報があれば、決して夜天光の開発は不可能ではない。
まぁ、かなりの時間はかかると思うけど・・・。
「ケイゴさん。カグラヅキが現れたのはいつ頃なんですか?」
『今から数えますと二年と半年程前ですね』
「・・・やはり」
カグラヅキが現れたのはアキトさんが逆行してきた時とほぼ同時期と考えて良いだろう。
そうなると、既に二年半もの期間、
ブラックサレナやナデシコC、ユーチャリスについて研究されている事になる。
最早、地球側と木連側には五年もの技術差があるといっても過言ではない。
それが神楽派の和平の為に使われればいいけど、抗戦派の為に使われたら泥沼になる。
数で勝る地球と質で勝る木連。
決着がつく頃には人口が半分以下になっていたなんて事もあり得る。
・・・やっぱり、ここは和平派同士での繋がりを深めておく必要がありそうだ。
『やはり・・・とは?』
「ケイゴさん。俺はこのような形ではなく、きちんとした形で貴方達と話したい」
『それは・・・私も同じです』
「すぐにでもミスマル提督と連絡が取れればいいのですが、そうもいきません」
『確かに』
「代表して、なんて偉く出るつもりはありませんが、改革和平派の一員として、木連内における和平を目指すグループ、神楽派と繋がりを持ちたいと考えています」
『それでは、教官が和平派同士の橋渡し役を務めてくださると』
「現段階では俺が適任かなと思っただけです。ケイゴさん。俺は貴方を信じていいのでしょうか?」
『・・・もちろんです。私は絶対に教官の信頼を裏切りません』
「分かりました。それなら・・・」
コンソールからオモイカネに通信。
「ごめんね。もうちょっと我慢していて。絶対にルリちゃんに会わせてあげるから」
『ありがとう』『大丈夫』『我慢して待っている』
「うん。偉い偉い」
ハッキングをカット。
ナデシコCの制御を通常制御に戻す。
『ん? 動くぞ。ケイゴ』
『・・・ああ。教官。ありがとうございます』
「お礼を言われてもなぁ・・・」
お礼を言われるような状況でもないと思う。
『シンイチ。頼めるか?』
『そこのお客様をご招待ってか?』
『ああ。大事なお客様だ。態度には気を付けろよ』
『へいへい』
う~ん。そういうのって、普通当事者の前じゃ言わないよな。
まぁ、なんか、そういう事ばっかりで慣れたけど。
『つう訳で付いてこいや』
僕、お客様なんだけどな。
まぁ、いいけど・・・。
エステバリスに搭乗して、福寿改の後ろを追う。
ここで攻撃されたら俺なんてひとたまりもないだろう。
でも、ケイゴさんは裏切らないと断言してくれた。
彼は己の言葉を裏切るような事はしない人間だ。
だから、安心して、俺は彼らを追う事が出来る。
『今後どうなるかは分からないが、今の所は味方といっていいようだな』
「とりあえずはそうなりますね。えっと・・・」
『キノシタ・シンイチだ』
「あ、はい。キノシタさん」
『まったく・・・いい加減、名前を覚えたらどうだ? 俺がお前に名を告げるのは三度目だぞ』
いや。敵の名前とか覚えちゃったら覚悟が鈍るでしょうが。
変なのはそっちだよ? 俺は変じゃない・・・多分。
『それとシンイチと呼べ。苗字はあまり好かん』
「善処しますよ。キノシタさん」
『まぁ、構わんが・・・』
協力関係になったら、素直に名前で呼ばせて頂きます。
「・・・マジで?」
ナデシコCのブリッジに辿り着いた第一声がこれだった。
あ、うん、もちろん、俺の、ね。
「・・・女性ばっかり」
木連軍人イコール男性ってイメージだった自分。
まさか、こんなにも女性がいるとは・・・。
「確かに木連は女性が少ないですからね」
「・・・ケイゴさん」
「こうして対面するのは何ヶ月ぶりですか」
「ええ。そうなります」
・・・相変わらずのイケメン。
あ、別にこれはどっちでもいいんだけどさ。
「彼女達は私達の思想に共感して協力してくれているのです」
「和平・・・ですか?」
「ええ。逸早く安心できる環境を作りたい。家を守るという意識が強いからこその選択でしょう」
なるほど。なんとなく、木連人らしい考え方の気もする。
プラントに生活が依存している為、男性が軍以外で働く事は少ない。
その結果、必然的に、女性が家を守り、男性が働くという意識が出来るのだろう。
軍人なんていつ死んでもおかしくないっていうのがそれに拍車を掛けて。
まぁ、木連自体が女性を大事にする国民意識だから、専業主婦が多いっていうのもあると思うけど。
「皆。紹介しよう」
はい。出ました。
その好奇やら怪訝やらの視線。
気分は転校生ってか?
「俺が地球にいた頃にお世話になったマエヤマ・コウキさんだ。地球の和平派の一員でもある」
えっと、緊張するけど、第一印象って大事だよな。
「ご紹介に預かりましたマエヤマです。これを機に地球と木連の両者で互いに歩み寄る事が出来れば嬉しく思います」
パチパチパチパチパチ。
お、おぉ。ありがとうございます。
どうにか及第点を頂けたようで。
「私はこれから彼と話をしてくる。副長。その間、任せたぞ」
「ああ。任せておけ」
「ん? もしかして」
「俺がキノシタ・シンイチだ」
「あ、はぁ・・・御願いします」
「御願いされてやろう」
一言で言うなら、ごっつい。
まるでゴートさんのようだ。
いやぁ、恰幅がありますなぁ・・・。
「ほら。握手だ」
「あ、はい」
ガシッ! ガチガチガチ!
あぁ。あれですね。
握手したら力勝負したくなるお年頃って奴。
そりゃあ、見た目的に僕の方が弱々しいでしょうね。
でも・・・売られた喧嘩は買いますよ?
ガリッ!
うん? ガリッ?
「グゥ」
あ。やばっ。力を入れ過ぎちまったか?
「う、嘘だろ? 副長が艦長以外の人に力勝負で負けた?」
眼の前で膝を付くキノシタさん。
それを見て、俄かに騒ぎ出す艦内。
うん。退散しようかな。
「行きましょう。ケイゴさん」
「教官。お手柔らかに御願いしますよ」
苦笑で片付けちゃうんだから、大人だなぁ。
パ~っとブリッジから飛び出す俺。
その後に、ケイゴさんが・・・。
「シンイチ。身体能力では教官は俺よりも遥か上にいる。甘く見ない方が良い」
「・・・・・・」
「「「「「「「えぇぇぇぇ!」」」」」」」
ケイゴさん。最後に爆弾を落とさずに素直に出て来てくださいよ。
いや。マジでさ。後々面倒ですから。
「こちらで教官と話したいと思います」
辿り着いた先は艦長室。
うん。どうやらマジ話っぽい。
「分かりました」
シュインって音を鳴らしながらスライドする扉。
その先には執務室っぽい内装の部屋があった。
そういえば、ナデシコCも艦長室とか副長室には執務室が付いているんだっけか?
まぁ、書類整理とかで大変だろうからな。
ユリカ嬢も苦労していたし。
ルリ嬢はそつなくこなすイメージがあるけど。
「こちらにお座り下さい」
机の前にあるソファに着席。
さて、ケイゴさんの真意を根掘り葉掘り聞いてやろう。
さっき聞けなかったカエデの事も。
「粗茶ですが」
「あ、ありがとうございま・・・え?」
対面に座るケイゴさん。
同時に横から差し出されるお茶。
大事なのは横からって事。
「あの・・・」
いつの間にいました?
「ご苦労様。マリア」
しかも、マリア? え? 何? 誰?
「ケイゴ様。こちらの方が御話されていた・・・」
「ああ。俺の教官であり、この戦争の鍵になられる方だ」
また、大袈裟な物言いで。
「あの、そちらの方は?」
気付けば横にいたメイド服の綺麗な御姉様。
うん。様付けといい、あれですか? マジでメイドさんですか?
「彼女は俺の家に代々仕えてくれているツバキ家の娘でマリアという」
「ツバキ・マリアと申します」
「あ。これはご丁寧にどうも」
きょ、恐縮です。
「さ、流石は名家。専属のメイドですか」
「どちらかという秘書のような形ですが」
いや。メイド服で秘書は厳しいんじゃないかな?
ま、まぁ、いいや。
「もしかして、あれですか? 木連式柔なんかも極めちゃってたり?」
ま、まさか、漫画じゃあるまいし、最強メイドさんとかはないよね。
「流石の慧眼ですね。マリア。まだまだ甘いな」
「はい。バレてしまいました。まだまだ未熟ですね」
「精進あるのみだ」
「はい」
げ、げげげ。
マジだったよ。最強メイドさんだったよ。
しかも、そうだとバレないような技術まで習得済み。
俺? 完全に気付いていませんでしたけど、何か?
うん。とにかく、だ。現実世界恐るべしって再認識した。
というか、凄く仲が良さそうに映るんですけど・・・。
「もしや、カエデのライバル?」
「は?」
「あ、なんでもないですよ。はい」
使用人と主人の恋。
復讐する側と復讐される側の恋。
うわっ。なんか、どっちもそれらしい。
「コホン」
さて、世間話はここまでにしておこう。
俺は今、改革和平派の一員としてここにいるんだ。
ケイゴさん達神楽派の方針を聞き、きちんと橋渡し役を務め上げないと。
「それじゃあ、真面目な話をしましょうか」
「分かりました。マリア」
「はい。失礼致します」
奥の部屋へと一礼してから去っていくマリアさん。
う~ん。護衛的役割もあるんだろうなぁ。去ってからもなんか視線を感じる。
まぁ、気にしちゃ駄目だな。彼女は彼女の仕事をこなしているまでだし。
「先程、見させて頂きましたブリッジですが、女性の方々はIFSを付けていましたね」
さっきは触れなかったけど、確かにカグラヅキの制御はIFSによって行われていた。
但し、複数人による制御だったけど。
まぁ、ルリ嬢が一人で処理しているのを複数で処理しているって事だろうな。
流石にルリ嬢クラスの人間は木連にはいないだろうし。
仕方ないといえば仕方ない。
「ええ。私がこちらに戻ってくる時に確保しました。やはり戦艦の制御にはIFSが適しています」
「それじゃあ、ケイゴさんはCAS、IFS、その二つを手に入れて持ち帰ったと?」
「正確にはそれに加えてエステバリスの実戦データも持ち帰りました」
あぁ、そういえばそうだったな。
チューリップによる帰還作戦。
見事に戦闘データごと持ち帰られてしまった。
「IFSを持ち帰ったといいますが、それなら機動兵器もIFSで良かったのでは?」
「そう思われるかもしれませんが、それは実際には難しいのです」
「難しいというと?」
「IFSはイメージ次第です。残念ながら、木連人はイメージが苦手でしてね」
「まぁ、それは地球人にも言えますが・・・」
唯一慣れているっていえば火星人ぐらいだろうなぁ。
地球では相も変わらずIFSに対して忌避感があるし。
「それだったら、CASの方が使い易いんですよ。あれは良いシステムです」
「アハハ。褒められて嬉しいやら悲しいやらといった感じです」
利用されている側としては褒められても苦笑いかな。
「気になったんですが・・・」
「はい」
「技術提供という形には何故しなかったんですか?」
「と、いうと?」
「ケイゴさんが地球に来たのは面識を持つ為と技術を得る為ですよね」
「そうなりますね」
「その時、既に神楽派は和平を方針としていたんですよね?」
「はい。当時は草壁派にかなりの差を付けられていましたが、方針は変わりません」
「それなら、その時点で地球の和平派と繋がりを持ち、互いに協力姿勢を築いても良かったのでは?」
「いえ。それは時期尚早でしょう。改革和平派の事もよく知りませんでしたし」
「ですが、所属している間にミスマル提督の志は理解した筈。もう疑っていないのでは?」
「もちろんです。ミスマル提督なら、私も安心して協力関係を築ける」
「それでも、手を結ぶには早いと?」
「当時の権限が低い状態で地球と手を結べば一転して反逆者になっていたでしょう。あの時の私達は立場が弱かった。少しでも味方を得られなければ、そのような大胆な事は出来ません」
「ですが、実際、木連はクリムゾンと組んでいたと聞きますが?」
「・・・本当のご存知のようで」
・・・なんか自爆している気がする。
まぁ、秘密事はなしの方向でいこう。
そうしないと、信用してもらえないだろうし。
「クリムゾンとの提携は上層部の決定でしたから、物資の乏しい我々には拒否しようもない」
「それを国民は?」
「知らないでしょう。知っていれば、悪の地球に縋るなど、といって暴動が起きています」
「そこまで国民は徹底抗戦を訴えていますか」
・・・やはり茨の道なんだな。
国民意識の改革から始めないといけない。
国民の総意で和平を結ぶのは一筋縄ではいかないようだ。
「私達の派閥は当初、地球側に事実を認めさせ、謝罪させる事で和平の未知を切り開こうとしました」
「はい。それはこちらとしても当然の事です」
「ですが、火星大戦によって、その方針も変更せざるを得なくなった。今の私達は地球、木連、両者による事実の承認、互いへの謝罪、火星への弁償を目的としています」
「火星への弁償?」
「当然の事だと私は認識しています。私達は誰よりもまず始めに火星の方々に謝罪しなければならない」
事実を事実と認めて受け入れるその姿勢に好感を覚えた。
原作では、火星に対する処置はなんもなかった。
それは木連が眼を逸らしている事と同義。
彼らが草壁派に勝利する事を祈らずにはいられない。
それが、生き残った火星人達にとっても何よりの事だと思うから。
「それでは、俺はミスマル提督にそう告げましょう。両者による謝罪と火星への弁償。それこそが和平の第一歩であると」
「はい。御願いします」
頭を下げるケイゴさん。
その姿からはなんとしても今の関係を修復したいという熱い気持ちが伝わってきた。
だから、俺も同様に頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく御願いします」
今の俺に出来る事はケイゴさんとミスマル提督との間を取り持つ事。
そして、万が一に備えて、戦力を、エステバリスを強化する事。
その二つだ。
現状で行える事は少ないけど、和平派同士の繋がりが平穏に繋がるなら頑張ろうと思う。
それが、両者と知己である俺だけにしか出来ない仕事だって思うから。
それぐらいなら、俺の目指す幸せの障害にはならないだろうし。
「貴方と再会する事が出来て良かったです。コウキさん」
「こちらこそ、貴方が和平を唱えてくれていて良かったです。ケイゴさん」
俺っていう頼り甲斐のない人間が橋渡し役だけど、互いに歩み寄る姿勢が見え始めてきた。
なんだか、これでようやく和平への道が見えてきたって、そんな気がするんだ。