「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あまりの事態に声も出ないアキトさん達。
良いニュースと悪いニュースが極端すぎるから当然だ。
神楽派との接触。
和平派同士での結び付きが強くなるのは途轍もなく良い事。
得な事はあっても、損な事は一切ない。
これで和平への確かな道が見えてきたって事だ。
でも、反面、悪いニュースもかなりの重要さ。
北辰が出てきたっていうのも大きいけど、何よりも夜天光を生み出す技術力があるって事が大きい。
夜天光はブラックサレナであるからこそ太刀打ちが出来る。
でも、その肝心のブラックサレナも手元にはない。
むしろ、それさえも敵側にあるという現実。
一応は味方かもしれないけど、神楽派も木連であり、敵と言えば敵だ。
これは俺達にとって絶望を与えるだけの信じがたい事実だ。
「・・・北辰」
なかでも、アキトさんの気持ちは計り知れない。
仇ともいえる北辰の登場。
いくら劇場版で決着をつけたといっても、気持ちの整理はそう簡単には付かない。
北辰を眼の前にした時、アキトさんがどう出るか・・・。
「どちらにしろ、俺達はこのままでは負けます」
技術力で負けている以上、数で押すしかない。
でも、俺達ナデシコは独立愚連隊。
質で勝つ事が求められている。
「早急にエステバリス、及び、ナデシコの強化をする必要があると思われます」
ナデシコが向かう先は間違いなく激戦区。
生き残るだけの矛と盾が必要になってくる。
ナデシコが和平交渉の中心となるのはほぼ確定事項なのだから。
「・・・確かにそうだな。だが、強化するにも方法が」
「忘れていませんか? 俺には、俺にだけは、その方法がある事を」
「ッ! だが、お前はそれを忌み嫌って」
「ええ。正直、使いたくないですけどね。致し方ないって奴です」
五年後の技術? 俺はそれ以上の技術を創造出来る。
過去、未来、それだけじゃなく、平行世界の技術まで。
今までは忌み嫌っていたこの異常も俺は今なら受け入れられる。
「・・・話が見えないんだけど」
まぁ、イネス女史は御存知ないですからね。
「それに、ナデシコCに接触した際に情報を盗んでおきました。全部とまではいかないでしょうが、多少の事は教えられます」
ふふふ。強化しないとマズイって考えていた俺がそのままでいる訳ないだろ?
カグラヅキからデータは確かに消さなかったが、コピーはして来ました。
俺の補助脳の容量を甘く見ないで欲しいね。
高性能パソコンぐらいあるよ、この時代のね。
「・・・コウキ君。悪役面しているわよ」
「う。・・・マジですか?」
「・・・ええ」
「・・・ああ」
アキトさんまで・・・。
「しかし、大胆な策だったな。まさか中からハッキングするとは」
「まぁ、俺の強みってそれぐらいしかないですから」
実際、ナデシコパイロット内で俺の強みってそれぐらい。
オールラウンダーでどの技能でもバランスの良いイツキさん。
的確なポジション取りで、目立たないけど重要な役を担ってくれるヒカル。
視野が広く、的確な指示や自らで穴を埋めるバランス型の会長。
近接格闘能力では他を圧倒する技術の持ち主であるスバル嬢。
熱血、気迫こそが力の源であると、粘り強く精神的に強いガイ。
いつでも冷静に戦場を眺め、的確な射撃で援護してくれるイズミさん。
そして、戦場を縦横無尽に駆け回る圧倒的な実力の持ち主、アキトさん。
ほら? 俺の自慢できる事なんて一つもない。
一応はバランス型だって自負しているけど、どちらかという器用貧乏って奴?
格闘でも駄目。射撃では、まぁ、ソフトのお陰で多少上かな?
高機動戦だってアキトさんにはとてもじゃないけど敵わない。
まぁ、並列思考からの半暴走ならアキトさん並に戦えるだろうけどさ。
正直な話、味方がいる状態ならあれを使う必要はないと思う。
負担も大きいし、若干、周りに眼がいかなくなる気がするし。
まぁ、いざという時に使う事は辞さないけどね。
とにもかくにも、俺の強みはハッキング。
それなら、それを利用しないと勿体無いかなって思う。
もちろん、過度の使用は控えますよ。
ハッキングで戦況が左右できるなんて知られたら困っちゃうし。
だから、自動的にルリ嬢によるハッキング支配も防止する方向になる。
ルリ嬢の幸せの為にもね。危険視される恐怖を理解して欲しい。
臆病かな? 俺。
「一応、ウイルスって事で誤魔化しておきました。ハッキングがナデシコCの武器ってバレたら怖いですからね」
「ああ。ルリちゃん程のハッカーはいないだろうが、万が一もあるからな」
「・・・あの、コウキさん、オモイカネは・・・」
心配そうに聞いてくるルリ嬢。
ははっ。ルリ嬢らしい。
やっぱり、オモイカネが大切なんだなって思った。
「うん。無事だった。ルリちゃんに会いたがっていたよ」
「・・・そう・・・ですか。良かった」
本当に心から安堵するルリ嬢。
こりゃあ、オモイカネの願いを叶えてやらないとな。
「ルリちゃんに会わせてあげるって約束しちゃったし。必ずオモイカネに会えるようにするからさ。ルリちゃん。約束する」
「はい。ありがとうございます」
アキトさんを失ったルリ嬢にとってはもしかしたらオモイカネが心の拠り所だったのかもしれないな。
もちろん、ユキナちゃんやミナトさんを始めとする人達がルリ嬢を支えてきたと思う。
でも、ナデシコ時代に大切な友達だったオモイカネはルリ嬢にとって大きな存在。
もしかしたら、オモイカネがルリ嬢を立ち直させた一番の立役者なのかもしれない。
「ナデシコC、あっちからしてみればカグラヅキですが、それが現れた事で色々と考えなくちゃいけない事が出てきました」
「そういえば、ユーチャリスだっけ? あれはどうなの?」
「大破といってもおかしくない程の損傷だったからな。ギリギリでブラックサレナを取り出せたぐらいだと思うが・・・」
「・・・そもそもユーチャリスは通常戦闘には不向き」
「・・・そうですね」
ラピス嬢の意見にルリ嬢が肯定する。
ユーチャリスは奇襲を第一とした戦艦だからって事かな?
確かにブリッジもアキトさんとラピス嬢が座れるぐらいの広さしかないけど。
まぁ、武装面で言えば遥かにナデシコCを上回るんだけどね。
どちらにしろ、木連に不向きなのは確かだ。
あれはワンマンオペレーションシステムしか取れない戦艦なんだし。
木連じゃ充分に性能を発揮できない。
「とにもかくにも、地球に帰ってから駆け回る必要が出てきたって訳です」
「そうだな」
「ええ」
やる事はいくらでもある。
エステバリス強化案。
ナデシコ強化案。
それに、和平派同士での会談。
後は・・・火星再生機構についてもだ。
「あと、もう一つだけ、御話したい事があるんですが」
「ん? 他にもあるのか?」
「はい。あの・・・アキトさん、提督、呼んでもらえます?」
「キノコをか?」
「そうです。この話には軍人の協力も必要なんです」
「・・・まぁ、構わないが、ここにいる事がバレるぞ」
あぁ。隠してもらっていたんだ。
感謝しないとな。
でも、いつまでも隠れている訳にはいかないだろ。
「今から何食わぬ顔で帰った振りしろって方が無理ですよ」
「まぁ、それはそうだが、ボソンジャンプの事がバレてしまってもいいのか?」
単体ボソンジャンプの条件。
ネルガルが公表しようとしている為に身動きが取れなくなってしまっている。
だからこその火星再生機構という案件なんだ。
「その話も含めて、大事な話なんです」
「・・・分かった。呼んでこよう」
「御願いします。アキトさん」
アキトさんが席を立つ。
一応、一般のクルーは医務室でのコミュニケは禁止されている。
その為、通信するとなると、部屋から一度出るしかない。
もちろん、そうなるように事を運んだんだ。
わざわざアキトさんに頼んだのもその為。
そうなってもらわないと困る。
「ねぇ、コウキ君。それってあの話?」
「はい。アキトさんがいない今の内にルリちゃん達に話しておきたいんです」
「・・・私達にですか? アキトさんには内緒で」
「・・・・・・」
アキトさんを説得する前に外堀を埋めておきたい。
ルリ嬢達が味方に付けば、きっとアキトさんも納得してくれる。
「ルリちゃん達はアキトさんがボソンジャンプ実験の実験体になるのは嫌だよね」
「当然です!」
「・・・嫌に決まっている」
キッと困惑の顔を真剣な表情に一転させる二人。
「これはネルガルの陰謀を阻止しつつ、アキトさんが実験体になるのを防ぐ案件なんだ」
「そ、そんな方法があるんですか?」
「うん。でも、複雑な事情も絡んでくる。話を聞いた後、しっかりと判断して欲しい」
「・・・はい。でも、アキトさんが実験体にならなくて済むなら・・・」
「それも含めてちゃんと考えてね。俺の案が絶対とは限らないから」
「分かっています」
俺だけの考えじゃ多分成功しない。
色んな人から知恵や協力を得ないと。
「私もいていいのかしら?」
「はい。むしろ、イネスさんも深く関わっています」
「へぇ。それは興味深いわね」
相変わらず知的好奇心が旺盛な事で。
「呼んでおいたぞ」
「ありがとうございます」
通信を終えたのだろう。
アキトさんが戻ってきた。
「それで、キノコに何を頼むんだ?」
「彼の交渉力と頭の切れを頼りにしたいんです」
「・・・なるほど。相当に規模が大きい話のようだな」
「ええ。下手すると一生に関わる事です」
俺や貴方の。
シュイン!
「・・・やっぱりいたのね。あの男がそれらしい事言ってたからそうとは思っていたけど」
出会いがしらに呆れられても困るんだけどなぁ。
「わざわざすいません。提督」
「別にいいわよ。それで私に用って何かしら?」
「提督。貴方の力をお借りしたいんです」
「ふ~ん。私みたいな嫌われ者に何を頼むっていうの?」
「・・・火星再生機構設立の支援を」
「・・・火星再生機構?」
怪訝そうに眉を顰める提督。
無論、アキトさん達事情を知らない者達も。
「へぇ。面白い事を考えるのね」
そんな中、イネス女史だけニヤニヤしている。
・・・気にしない方向で行こう。
「何よ? 火星再生機構って」
「火星の為の火星人による火星人と共に火星を再生しようという計画です」
「そんな抽象的じゃなくて、もっと具体的に言って頂戴」
「分かりました。真剣に聞いて下さいね」
コクッと頷く一同。
なかでも、ルリ嬢やラピス嬢は一際真剣だ。
それはそうだよな。
アキトさんの今後が懸かっているのだから。
「地球政府、木連政府に賠償金を払わせ、全陣営で協力して火星を再生させる計画です」
「な、何ですって!?」
「コウキ。お前は何を・・・」
驚愕の表情を浮かべる二人。
賠償金を払わせるっていう点に驚いているのか。
それとも、全陣営で再生させるって事に驚いているのか。
まぁ、恐らくどっちもだろう。
「私は地球の軍人よ? 私は地球の為に動く義務がある。残念だけど、地球の為にならないような事に協力はしないわ」
「地球や木連が協力してくれるとはとても思えないが?」
「提督のおっしゃる事、アキトさんの言う事は百も承知です。でも、その結論を出すのは話を聞いてからにしてくれませんか?」
「ま、いいわ。話して御覧なさい」
「はい」
提督も会長と同じように利を唱えるしかない。
もちろん、火星を見捨てたって感情も提督にあるだろうけど。
この人の本質は現実主義であり、合理主義だ。
感情に左右されて本質を見失うような事はしない。
だからこそ、感情論は駄目。徹底的に利で説く。
「提督はネルガル、及び、木連の狙いを御存知ですか?」
「徹底抗戦って事かしら?」
「いえ。それもありますが、彼らの狙いは他にあるんです」
「へぇ。初耳ね」
「もちろん、利益の為に戦争を続行させたいという思いもあるんでしょうが」
「そうね。それで? その狙いって?」
「提督もアキトさんの記憶で見たと思いますが、あの遺跡です」
「ボソンジャンプの演算ユニットって奴かしら?」
「はい。木連の実質的支配者である草壁の狙いがそれです。彼はボソンジャンプを支配する事で地球、火星、木連。それら全ての陣営を支配する事が出来る。恐らくそう考えています」
事実、草壁は劇場版で演算ユニットを手中に収め、ユリカ嬢を利用したボソンジャンプシステムの確立後に行動し始めた。
もちろん、アキトさんの妨害という点も大きいだろうが。
「まぁ、分からなくはないわね。もしボソンジャンプを独占する事が出来れば不可能じゃないわ」
劇場版ではルリ嬢に抑えられたが、それがなければ支配していたかもしれない。
瞬間移動による奇襲と短期決戦。
輸送などを考えなくて済む戦法は確かに有効だ。
実際、今の木連はチューリップを活用する事で一方的な攻撃を可能にしている。
地球に被害が及ぶ事はあっても、木連の本土に被害が及んだ事は未だにないのだから。
「大袈裟に言えば、木連は太陽系の制覇を目論んでいると言えるでしょう」
「それはまた大胆な意見ね。それで? ネルガルは」
「ネルガルはボソンジャンプの独占によって他企業との差を広げたいのでしょう」
「ま、ボソンジャンプなんて技術を確立できれば商売も右肩上がりでしょうね」
「はい。結果、両陣営も遺跡の確保を戦争中の狙いとしている訳です」
商売。支配。
その後の展望は違えど、目的は同じ。
言い換えれば、彼らの争いは必至って訳だ。
「そこまでは分かったわ。それで、その話がさっきの話とどう繋がるの?」
「俺自身の結論でいえば、遺跡の独占を許す訳にはいきません」
「そうだな。その意見には俺も賛成する」
「私もです」
「ま、その危険性ぐらいは誰にだって分かるわよね」
そう、独占される事の危険性。
そもそもどちらかの独占を許せば戦争が長引く可能性が高い。
「そこで、俺は遺跡を地球、木連、火星の共有財産にする事を考えたんです」
「なるほど、三権分立の考え方ね。互いを監視する事で危険を防止する」
「その通りです。イネスさん」
すぐに閃くんだから流石だよなぁ。
「でも、それを実行するには火星の力が弱い。その為の再生機構です」
この方法は互いの力がほぼ同等であるからこそ成り立つ。
三つの内、一つでも力が弱ければどこかの陣営の独走を許す事になるだろう。
「考えは分かるけど、それに賛同できる理由がないわね。地球はともかく、木連側は独占を狙っているんでしょう? それなら、その案を呑む理由がないもの。どう説得するつもり?」
「この話には二つの前提条件があります」
「そう。聞かせて」
少しずつだけど提督の興味を惹けてきた気がする。
「まず木連側ですが、彼らは物資が乏しい」
「以前聞いた話ではクリムゾンから融資を受けていたらしいな」
「アキトさんの言う通りです。彼らの生活はプラントに依存している。それで満足している者もいますが、反面、不安を覚えている者もいます」
実際、俺もこの世界に来る前は輸入依存の生活で不安だった。
万が一、各国から輸入を止められたらって。
かといって、俺個人で対策が練れる訳でもない。
何より、生産するだけの土地がないのが大きい。
物資に劣り、土地がない国は輸入に頼るしかないのだ。
そして、これは木連にも言える。
「彼らが何より求めているのは安住できる地。木連は市民艦という形で巨大な艦に国民を住まわせているんです」
「へぇ。要するに火星の土地を提供するから再生に協力しろっていうのね?」
「・・・はい」
「でも、忘れないで欲しいわ。私達火星人にとって木連は仇以外の何者でもないの。火星を荒らした張本人に私達火星の地を踏んで欲しくないわ」
どこか怒気を孕んだ声で告げるイネス女史。
火星人としての彼女の気持ちが痛い程に伝わってきた。
「分かっています。だからこそ、火星の方達に全てをお伝えしようと考えています」
「全てって、木連に狙われた理由? ボソンジャンプの事? 遺跡の事?」
「全てです。全てを話した上で火星再生に力を貸してもらいます」
「おい。コウキ。ボソンジャンプは秘密にするんじゃなかったのか?」
「それを貫けられるような状況でもなくなったんです」
あれはネルガルがボソンジャンプの条件付けが出来ていない事が前提だった。
既にネルガルが確立している以上、秘密にしてはいられない。
「でも、そう都合良くいくかしら?」
そんなの・・・。
「分かりません」
分からないから・・・。
「だからこそ、こうして賛同者を集っているんです。火星出身である彼らなら火星を再生したいと思ってくれる筈。でも、とても生き残った方達だけでは火星を再生する事は出来ません。結果、必然的に他からの協力者が必要になってくる。そこで木連人を省けば余計に木連との溝は深まってしまいます」
感情論だけじゃ解決しないんだ。
本当に火星を再生したいのなら、そこまで考えなくちゃいけない。
木星人達も長い戦争と足元が付かない暮らしで疲労している。
彼らが第二の故郷として火星を選んでくれれば尽力してくれる筈。
手を取り合ってなんて綺麗事なのは分かっている。
でも、多分、これが最善の方法なんだ。
「何度も説明して納得してもらうつもりです」
「・・・そう。もういいわ」
「・・・イネスさん」
「感情論なんて私らしくなかったわね。ま、説得に成功するか楽しみに見させてもらうわ」
その時は貴方にも協力してもらいたいんです。
納得していただけないなら貴方にだって何度でも説明しますから。
「その話は当事者同士で後にでもしてちょうだい」
「・・・提督」
「もう一つの前提条件っていうのを教えて欲しいんだけど」
「あ。はい」
木連側ではなく、地球側。
これに関しては俺の個人的な気持ちが強い。
「今、生き残りの火星人達がどうなっているか御存知ですか?」
「もちろん。ネルガルと軍で共謀して保護という名目で監視しているわ」
「その通りです。でも、両者における考え方は異なります」
「今までの貴方の話を聞いた限り、こういう事になるわね。軍はあくまで情報の漏洩を防ぎたいから。でも、ネルガルはボソンジャンプの重要な存在として確保しているって」
「はい。ネルガルにとって火星人は実験サンプルでしかないんです」
ボソンジャンプの為に暗殺までするネルガルだ。
火星人はネルガルにとって都合の良いモルモットだろう。
いなくなれば軍が喜ぶだけだし、職を与える事で支配しているのだから。
「でも、今、改革和平派が真実を公表しようと動いています。それらの真実さえ公表できれば、軍が火星人達を拘束する理由がなくなります」
「そうね。ミスマル提督なら、以前の確執から軍の逃亡まで隠さず公表するわ」
「すると、ですよ。軍が身を引く事で、火星人達はネルガルに一任される事になる」
「まぁ、理由がなくなった以上、軍は火星人の事を気にも留めないでしょうね」
「それが怖いんです。ネルガルが何をしだすか分からない」
ネルガルが火星人を確保している。
その事実があるからこそ、俺達は身動きが取れなくなっている。
それなら、その前提を覆し、かつ、最善の方向に持っていけばいい。
「俺は火星人達をネルガルの下から解放したい。その為に、地球、木連という二大勢力の協力を得た上で、火星再生機構を立ち上げ、彼らの安全と共に火星を再生する状況を確立したいんです」
火星人を解放するにはこれしか方法がないと思っている。
両陣営から要請されれば、流石のネルガルといえど拒否できない。
一度解放すれば強引な手段も取れないだろうし。
「・・・色々と考えているんだな。コウキは」
「アキトさん。何を他人事のように言っているんですか?」
「何?」
「俺はこの再生機構の代表をアキトさんに御願いするつもりです」
「・・・どうしてそうなる?」
「アキトさんを利用するようで申し訳ないんですが、既にアキトさんは地球、木連、両陣営で知名度が高い。代表の知名度が高ければ、組織も円滑に回ります。それに、アキトさんなら、ボソンジャンプを悪用しないって確信していますから」
代表が知られていれば、組織に対する注目度も増す。
代表に据えるならば、大人物の方が良いって訳だ。
当然、再生機構の方針に合わないものは駄目だけど、火星出身であるアキトさんなら火星再生に力を注いでくれる筈。
そして、これらの案件が成立すれば・・・。
「・・・そうか」
「はい」
「・・・少し考えさせてくれ」
アキトさんを犠牲にする必要がなくなる、実験体として。
「それに、この組織が設立されれば、ネルガルに遠慮する必要もなくなります」
・・・でも、これはこれで、アキトさんを犠牲にしているんだよな・・・。
うん。その辺りはきちんと考えてもらうとしよう。
断られたら断られたで仕方がない。
そうなったら、火星の生き残りの中で賛同者を探せばいいんだ。
「随分と大胆で貴方達の理想に近いと思う案だけど、私は納得してないわ」
「やはり地球側に利益がありませんか?」
「ええ。私も改革和平派に所属しているけど、何の益もない和平は結ぶつもりはないわ。別に自分の手柄にとか、出世とか、そういう事を考えている訳じゃないの。でも、それじゃあまるで火星が独立国家みたいじゃない? あくまで火星は地球連合の一部なのよ。 私がもし地球代表だったら、火星の犠牲を木連側に突き付けて、地球側で遺跡を確保するわ。だって、それが一番の利益になるもの。火星再生機構を立ち上げる理由にはならない」
「ムネタケ! お前は火星を見捨てた身でありながら、火星を再生させようと思わ―――」
「勘違いしないで!」
「なッ!?」
提督が・・・吠えた。
「私だって、火星をどうでもいいと思っている訳じゃないわ。でもね、他の地球の首脳陣が同じように考えてくれる訳がないの。地球側を納得させる為には絶対的な理由がないと駄目なのよ。感情論じゃ彼らは動いてくれないわ」
・・・それって、協力してくれるって事なのか?
「ムネタケ・・・お前」
「謝罪だけで済まされるとは思ってないわ。でも、これは開き直れる程、軽い罪じゃない。私もフクベ提督のように彼らに正式に謝罪する機会を設けるつもり。私達は軍人よ? 市民を守るのが義務。その義務を投げ出したんだもの。許される事じゃないわ。もし、火星の為に何か出来るなら、我が身を惜しまないつもりでいるわ」
そうか。提督も火星の事を考えてくれていたんだな。
罪悪感からなのかもしれないけど・・・なんか嬉しい。
「・・・すまない。俺は・・・」
「別に謝られる事じゃないわ。私は自分がしたいようにしているだけだもの。勘違いされようと構わないわ。軍人は結果主義だから。結果を出して、私を認めさせるつもりよ。もちろん、貴方達にも」
「・・・・・・」
心強い。
心からそう思った。
以前のプライドだけの軍人の姿はそこにはない。
誇り高く、信念を貫ける強さのある軍人の姿がここにはあった。
ムネタケ提督なら強い味方になってくれる。
なんとしても、彼に協力してもらわなければ。
提督なら絶対に成功へと導いてくれる。
「それで? 納得できるだけの理由があるのかしら?」
火星再生機構を立ち上げる事での利点。
木連側には土地を提供できるという利点がある。
地球側には?
・・・現段階では何もないかもしれない。
でも、もっと長期的な眼で見れば・・・。
「火星、地球、木連の共有財産という形に持っていく事が出来れば、将来的にボゾンジャンプを利用した輸送システムが確立されると思われます」
「・・・ヒサゴプラン」
そう、劇場版と同じようなプラン。
でも、そのプランとは違い、しっかりと公な立場で遺跡を確保してある。
遺跡が確保されている以上、どこかの組織の暴走を許す事はない。
きちんと防衛できる環境も整えられる筈だ。
そもそもそれを防止する為の三権分立的な仕組みは出来ている筈だし。
「和平の交渉材料にもなりますし、大きな進歩にも繋がります。停滞している地球経済を一気に活性化させる事になるでしょう」
「そして、行く行くは大航海時代の幕開けって訳ね」
・・・・・・え?
「大航海時代!?」
「何をそんなに驚いているのよ。想定してなかったの?」
「え? ど、どういう事ですか?」
「簡単な事じゃない。地球から木星まで一瞬でいけるようになるのよ? それなら、その先を望むのが人間の欲って奴よ。誰もがまだ見ぬ未知の世界へ向けて足を踏み出す事になるでしょうね」
・・・そこまで考えてなかったんですけど。
いや。言われてみればそうなんだけどさ。
俺としては別に探検より平穏だし。
・・・これって向上心がないって事?
「ま、未来の話は置いといて、さっきの話の続きをしましょう」
「あ、はい」
「流石にそれだけじゃ理由にならないわ。改革和平派が完全に政権を握れば別だけど」
「・・・・・・」
・・・駄目なのだろうか?
協力してくれるっていう提督すら説得できなければ政府はおろか火星人も説得できる訳がない。
この組織を設立する為には火星人と両陣営の協力が必要不可欠なんだ。
「交渉で大事なのは、是非とも協力させてくれって思わせる理由なの。こちらが説得するんじゃないわ。あちらから協力させるように事を運ぶのよ」
「向こうから協力するように誘導する・・・」
「そう。協力しない事で失われる利って奴ね。それを突き付けるのも一つの方法よ」
「・・・提督ならなんて言いますか?」
「・・・そうね。いっその事・・・いえ、やめとくわ、これを言ったら裏切りになるもの」
・・・裏切りになる?
それってどういう意味なんだ?
でも、言いかけたって事は何か方法があるって事だよな?
・・・何故言いかけた?
提督程の慎重思考なら少しでも隙を見せない筈。
それなら、わざと隙を見せてくれた?
言いかける事で方法を示唆してくれたって事なのか?
「ムネタケ。言い掛けたなら最後まで言え」
「まったく、少しは頭を使いなさいよ」
「・・・む」
「戦争もそうだけど、何かが始まる時には始まる前から勝敗は決まっていると言うわ」
「あらかじめ勝つだけの環境を整えたものこそが勝つという孫子の教えですか?」
「やっぱり優秀ね。その通りよ」
要するに、交渉を始める前に交渉を成功させる環境を整えておけって事。
・・・それが、さっきのとどう関係あるんだ?
「絶対優位に立つ方法なんていくらでもあるでしょ?」
・・・まさか、火星再生機構として遺跡を確保してしまえって。
そう言っているのか?
「それでは、周囲が付いてきません!」
上から見下す形で得た協力なんて脆いもの。
本当の意味で火星を再生させたいなら、本心から協力させる必要がある。
「ふんっ。甘ちゃんね」
「ッ!」
「でも、今回はそれで正解よ。本当に大事ならそのような形で説得しちゃいけないわ。そういう脅す形で他の組織に協力させた所で絶対に禍根が残る」
「・・・提督。何が目的ですか?」
わざわざヒントを残したくせに、自らそれを否定する。
何を考えているか全く分からない。
「貴方がどれだけこの事態に対して真剣に考えているか。貴方がどれだけ火星の事を大事に思っているのか。それを試したかっただけよ」
「・・・俺は貴方の眼鏡に適いましたか?」
「ええ。貴方は本当の意味で火星の事を考えている。仮初めじゃいけないって、何が最善なのかをきちんと理解している」
「それじゃあ・・・」
「いいわ。私が説得してあげる。口先で誤魔化すのは得意だしね。説得の材料としては地球経済の活性化。大規模輸送システム確立による他惑星の資源獲得。そんな所かしらね。貴方が目指す火星再生機構の設立。私が必ず認めさせてあげるわ」
「ありがとうございます! 提督!」
頭を下げる、思いっきり。
それぐらい、提督の協力を得られた事には大きな意味がある。
「ま、ミスマル提督に相談すれば許可してくれると思うけど」
「・・・キノコ提督。それをこのタイミングで言いますか?」
・・・なんだよ?
なんか今までの疲れがドッと来た。
「キノコなんて失礼ね。この髪型はムネタケ家に代々伝わる由緒あるものなのよ」
「え? そうなんですか?」
「そうよ。お父様だって同じ髪型にしていたでしょう」
た、確かに。それじゃあ、別に提督の趣味って訳じゃ―――。
「ま、気に入っているからしているんだけどね」
・・・結局、貴方の趣味じゃないですか。
きっとムネタケ家は幼少時からそう教育されているんだろうな。
そうでなければ、あの髪型を維持しようなんて思う訳がない。
「でも、協力者はミスマル提督だけじゃなくもっといた方が良い。違う?」
「それはもちろんです」
「だから、私が伝手を頼って色々と話してみるわ。出来るだけ、軍内における協力者を集めてあげる」
「ありがとうございます!」
力強い味方を得た。
幸先の良いスタートだ。
「その為にも聞いておきたいんだけど・・・」
それからは提督と細かい話をし続けた。
提督が設立の為のキーになる事は間違いない。
現状で挙げられる全ての利点と欠点を述べ、後はそれを提督に纏めてもらって、どうにか交渉材料にしてもらう。
俺じゃ無理でも、謀術で成し上がった提督なら可能だ。
交渉材料として物足りなくても違う部分で補う事が提督になら出来る。
おし。政府関係は提督に任せよう。
俺は火星の方達の説得だ。
ミスマル提督に彼らを集めてもらって、しっかりと丁寧に説明しようと思う。
火星再生の為にも、ネルガルの陰謀を阻止する為にも、彼らの力は絶対に必要だ。
地球に戻ってからは結構な忙しさだろうけど、今働かなくていつ働くんだって話。
頑張ろう。俺に出来る精一杯の力で。