機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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失ったものと手に入れたもの

 

 

 

 

 

「・・・ふむ。良くやってくれた。マエヤマ君」

「はい。しかし、罠という可能性も・・・」

「もちろん、承知している。だが、良い機会でもあるだろう」

 

ケイゴさんから連絡が来た次の日。

早速、艦長の許可を得て、俺とアキトさんは司令のもとへと赴いた。

もちろん、もし戦闘があればバッタを送り返すよう艦長には御願いしてある。

以前は機体の受け取りと見学だった為に行って帰ります、だったが、今回は一日単位で休暇を取れたので、是非ともやっておきたい事がある。

いや。やらないといけない事・・・かな。

 

「それに、昨日提出してもらったデータを解析したが、間違いなく本人である事が証明された」

「そうですか・・・」

 

それなら安心・・・かな?

一時期この基地にケイゴさんはいた訳だし、声音パターンとかも保存してあったのかも。

後は映像の差し替えがないかの確認とそのパターンの照合をするだけだ。

差し替えればどれだけ精巧に行ってようとこの時代の技術なら見分けられる。

うん。とりあえず罠ではない・・・とまでは分からないけど、この映像が確かにケイゴさん自身であるという事は証明された。

場所と日時のデータはかなり厳重だったし、問題ないだろう、うん。

 

「ご苦労だった。ひとまず休憩がてら食事を取ってくると良い。食事を終えたら、もう一度ここに来て欲しい。話したい事があるのでな」

 

話したい事? 何だろう?

まぁ、後で分かるからいいか。

気にしても仕方ないし。

 

「分かりました。それでは失礼致します」

「失礼します」

 

バタンッ。

 

司令の執務室から退室する。

しかし、昇進したのに相も変わらず質素な部屋。

まぁ、司令らしいといえば司令らしいんだけどね。

 

「とりあえず食堂へ向かおうか」

「はい。案内します」

「頼む」

 

さて、食堂ならちょうど良いな。

今日、どうしてもしたいもう一つの用事。

それはカエデと話す事。

先日、この基地に赴いた際、カエデに会おうとも時間が取れずに申し訳ない事をした。

あいつの事だ、気丈に振舞って皆に心配をかけさせないようにするだろう。

だが、たとえそう見えても、きっと心の中ではケイゴさんの事で悲しんでいる。

司令によって既に聞かされているかもしれないけど、俺の口からきちんと話してやりたい。

ケイゴさんはまだ生きているんだ、と。

まぁ、マリア嬢の事は話さなくてもいいだろう、うん。

とにもかくにも、カエデにきちんとケイゴさん生存を話してやりたいんだ。

悲しい事ばかりが続いていたカエデ。

だから、少しでも元気になれるような嬉しいニュースを教えてあげたい。

そろそろ嬉しい事があっても罰は当たらないだろうさ。

それに、久しぶりにあいつの和食も食いたいしな。

 

「ここが食堂です」

「ああ」

 

食堂に到着っと。

とりあえず注文を先に済ませてしまおう。

 

「アキトさんは何を?」

「日替わり定食で構わん」

「そうですか。それなら、席を取っておいて下さい。俺が取ってきますよ」

「そうか。すまんな」

「いえいえ」

 

さて、カエデは食堂にいるよな。

えっと・・・。

あれ? いない?

今日は休みなのか?

 

「おばちゃん」

「おぉ。コウキ君じゃないか。久しぶりだね」

「久しぶり。相変わらずお元気そうで」

「元気だけが取り柄だからね」

 

ふむ。相変わらずパワフルだぜ。

 

「今日はカエデどうしたの? 休み?」

「え? 聞いて・・・ないのかい?」

「え? 何が?」

 

キッチン内にいる他のおばちゃん達と顔を見合わせるおばちゃん。

どういう意味だろうか? 聞いてないって・・・。

なんか嫌な予感がするんだが・・・。

 

「カエデちゃんはあれから・・・」

「あれから?」

 

不吉な予感。

 

「・・・ううん。ごめんなさい。おばちゃんの口からは言えないわ」

 

・・・気になるんですけど・・・。

 

「えっと・・・」

「本当にごめんなさい。本人の口から聞いて」

「よく分からないけど、とりあえずそうする。えっと、カエデって今どこに?」

「多分・・・訓練室」

「・・・訓練室?」

 

どうしてカエデが訓練室に?

 

「・・・・・・」

 

悲しそうに俯いて何も話そうとしないおばちゃん。

・・・これ以上は聞いても無駄か。

おばちゃんの言う通り、本人の口から聞くとしよう。

 

「分かった。ありがとね。おばちゃん達」

「・・・コウキ君。カエデちゃんを支えてあげて」

「・・・分かっているよ。それじゃあ」

 

俺とアキトさんの分の日替わり定食を持ってアキトさんの所へ向かう。

 

「・・・どうかしたか? 暗いぞ」

「ええ。ちょっと・・・」

 

心配されてしまった。

 

「よく分からんが、話してみてくれ。話すだけでも気が楽になるぞ」

 

ありがとうございます。アキトさん。

 

「はい。えっと、ここには火星で救出した俺の友人がいるんですけど」

「ああ、あの一時期食堂で働いていた女の子か」

「そうです。彼女はコックとしてここで働いていたんですが、姿が見えなくて」

「単純に休みなだけじゃないのか?」

「それならいいんですが、何故か訓練室にいるとかで・・・」

「訓練室? コックが訓練室で何をしているんだ?」

「・・・分かりません」

 

本当にカエデはどうしてしまったんだろう・・・。

 

「・・・やはり本人に直接会って聞くしかないだろうな。司令との用事を済ませたら、すぐに会いにいってやれ」

「はい。そうします」

 

・・・カエデ。

お前、もしかして・・・。

 

 

 

 

 

「さて、慌しくてすまないね」

「いえ。それで、話したい事とは?」

「ふむ。マエヤマ君」

「はい。何でしょう?」

 

話したい事って俺にだったのか。

何だろう? 何かあったかな?

 

「以前君と約束した事があったね」

「約束?」

「うむ。私が極東方面総司令官となった時、カエデ君をナデシコに戻すという約束だよ」

 

・・・カエデ。

 

「・・・はい。確かに」

「どうかしたのかね?」

「あ、いえ。なんでもありません」

「ふむ。まぁいい。入ってきたまえ」

「・・・・・・」

 

言葉と共に扉が開く。

 

「カエ・・・デ?」

 

司令の隣まで移動するカエデを呆然と見詰める。

・・・あれは本当にカエデか?

手入れを欠かさず綺麗だった亜麻色の髪は乱れ、眼の下には隈が、頬は削がれ、随分とやつれていた。

それなのに、その眼はギラギラと・・・。

そう、あれは・・・・・・。

 

「・・・昔の俺を見ているようだな」

 

憎しみに囚われた者の眼。

 

「・・・・・・」

 

ひたすら無言のカエデ。

あいつの視界に俺は・・・映っていない。

 

「約束通り、カエデ君はナデシコに戻す。だが、本人の強い希望でコックではなく、パイロットとしてとなる」

「パ、パイロットですか!?」

「・・・うむ」

 

苦悩に満ちた顔の司令。

そんな顔をされたら、追求できない。

 

「テンカワ君。リーダーパイロットとして、彼女の面倒を頼む」

「・・・はい」

「さて、木連和平派との話し合いだが、あいにく私には予定がある」

「はい。聞いています」

「その為、改革和平派のもう一つの顔と言えるフクベ提督に私から御願いしておいた」

「フクベ提督ですか。分かりました」

「ナデシコは五日後、予定の日時に間に合うよう地球を出発してくれ。私の権限でビックバリアは解除しておこう。障害なく目的地へと向かえる筈だ」

「了解しました」

「また、その後だが、地球帰還後、以前より計画していたナデシコの強化を行う」

「それでは、明日香の方の準備は終わったのですか?」

「うむ。全体的な性能向上を図るつもりだ」

「分かりました。お願いします」

 

・・・俺が呆然としている間に話が終わったらしい。

どれだけ俺がカエデに視線を合わせようとこいつは俺を見ようとしない。

いや。俺だけじゃない。

あいつの視界はもっと別の何か、ただそれだけしか映っていない。

俺は・・・遅すぎたのだろうか?

 

「以上だ。・・・マエヤマ君。少しだけ残ってもらえるか?」

「・・・・・・」

「コウキ」

「あ、はい。何でしょう?」

「コホン。個人的に話をしたい。少し残ってもらえるだろうか?」

「・・・了解しました」

 

個人的な話。きっとカエデの事だろう。

 

「うむ。テンカワ君。すまないが・・・」

「はい。キリシマ。付いて来い」

「・・・・・・」

 

退室していくアキトさんと無言でそれに付いて行くカエデ。

 

バタンッ。

 

「司令!」

 

退室したと共に司令へと駆け寄る。

あれは、あれは一体何なんだ? と。

カエデは一体どうしてしまったんだ? と。

 

「すまない。私の判断の遅さが原因だ」

「カエデは一体・・・」

「彼女がおかしくなったのはカグラ君が消えたのがきっかけだ」

 

ケイゴさんが?

 

「一度、君と彼女を会わせただろう?」

「はい。ピースランドの時ですよね」

「ああ。それから数日間はいつも通りだったらしい。悲しんではいたが・・・」

 

ピースランド。

カエデを慰める事も出来ず、心の負担を軽くしてやる事も出来ず。

ただ己の力不足に嘆くだけだった日。

 

「それから数日、部屋に閉じ篭っていた彼女が表に出てきた時、既に・・・」

「ああなっていたと?」

「うむ。すまない。私がもっと早く対処していれば」

「いえ」

 

悪いのは俺だ。

俺があいつに何もしてやれなかったから。

だから、あいつは一人で苦しんで、そして・・・。

 

「彼女はきっと憎しみの念に囚われている」

「・・・はい」

「恐らく、彼女は木連を許さないだろうな」

「・・・・・・」

「個人の感情としては納得できる。だが、ここは改革和平派の本拠地」

「カエデの感情は邪魔なだけですね」

「・・・すまない」

「いえ」

 

当然だ。

和平を結ぼうという集団の中にひたすらに憎しみを抱える人間は邪魔でしかない。

 

「しかし、かといってナデシコに乗せるのも・・・」

「ただでさえ、これから和平派と言えど木連と接触するのにカエデがいたら・・・」

「暴走するかもしれん」

 

憎しみは周りを見えなくする。

カエデがどんな行動を取るか。

容易に想像出来た。

 

「それならば、何故?」

「一つは君がいるからだ。マエヤマ君」

「私ですか?」

「うむ。キリシマ君が現段階で唯一心を開いているのは君と言っていい。君と同じ場所にいる事で彼女は心の安定を取り戻すかもしれん」

「それは・・・」

 

買い被りです。

事実、俺はあいつに何もしてやれなかった。

ああなってしまった原因は俺にもある。

 

「それに、木連和平派にはカグラ君もいる。実際にカグラ君と会う事で考えを改めてくれるかもしれんな」

 

ケイゴさんを失った事がカエデをああしてしまったのならあり得るかもしれない。

でも、これは一種の賭けではないだろうか?

 

「心配なのは分かる。不確定要素があり過ぎるからな」

「はい」

 

果たして、話し合いの場にケイゴさんが現れるだろうか?

果たして、ケイゴさんを会うだけで彼女は救われるのだろうか?

そもそも木連と聞いて暴走する可能性もある。

 

「今後のナデシコの活動を彼女は邪魔するかもしれん」

「はい」

「だが、彼女を救ってあげて欲しい。ナデシコならそれが出来ると信じている」

 

きっとナデシコの皆なら、カエデを救ってくれる。

そう信じたい。そう確信したい。

それなのに、どうしてこんなにも胸騒ぎがするんだろうか。

これは・・・ナデシコでも無理だと俺が無意識に思ってしまっている証拠だろうか。

 

「君達に負担を掛けるようで申し訳ないが、どうにか御願いできないだろうか?」

 

俺なんかに頭を下げる司令。

本当に司令は良い上司だよ。

こんなにも部下の為に一生懸命になれる。

たかが末端の、しかも元コックという人間の為に。

立場も年も下の俺に頭を下げてくれている。

 

「・・・分かりました。司令。ありがとうございます」

 

カエデの為にここまでしてくれてありがとうございます。

 

「厄介払いをしたように映るだろうね」

「・・・いえ」

「いや。事実だ。私は不安要素を取り除く為に厄介払いをしたのだ」

「もういいです。司令。そう自分を責めないで下さい」

「・・・すまない。後は君達に任せる」

「はい」

 

一礼して、司令の執務室から退室する。

 

「すまない」

 

頭を下げ続ける司令の謝罪の声を背に浴びながら・・・。

 

 

 

 

 

「・・・カエデ」

「・・・・・・」

 

アキトさんとカエデは基地内の格納庫で俺を待っていてくれた。

このままナデシコが待機している基地まで戻るらしい。

 

「・・・コウキ」

「アキトさん」

 

アキトさんが俺の肩に手を置いて首を横に振る。

今はまだ放っておけ。そういう意味だろうか?

 

「ひとまずナデシコに戻ろう」

「・・・はい」

 

ヘリに乗り込む俺達。

カエデの機体はナデシコにあるリアル型をあてがうらしい。

 

「提督は何とおっしゃっていた?」

 

後ろの席に座るカエデに聞こえないようにアキトさんが問いかけてくる。

 

「カエデの事でした。ナデシコで彼女を救ってあげて欲しいと」

「・・・そうか。コウキ。お前は彼女の傍にいてあげた方が良い」

「しかし、俺には火星再生機構の・・・」

「それは俺がやっておく。代表だからな」

「・・・アキトさん」

「全てをお前に任せるつもりはないさ」

「・・・じゃあ、御願いします」

「ああ。火星出身で力を貸してくれそうな者と連絡が取れたんだ。心配はいらん」

「いつの間に・・・」

「俺とて訓練ばかりしている訳じゃないさ。やる事はちゃんとやっている」

「・・・そうですか」

「コウキ。お前まで元気を失くしてどうする。お前がそんな状態では彼女を救う事は出来ないぞ」

「・・・分かってはいるんですけどね」

「はぁ・・・。これはミナトさんに御願いするしかないな」

 

振り返りカエデを見詰める。

カエデはただひたすらに前を見続けていた。

・・・俺はどうすればいいんだろう?

 

 

 

 

 

それから三日後、碌にカエデと話す機会を得る事無く、改革和平派の代表としてフクベ提督がナデシコに合流した。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「・・・コウキ君」

 

眼の前には心労からか、眼の下に隈を作っているコウキ君がいる。

あのカエデちゃんが帰ってきた。

それは喜ばしい事だろう。

でも、まさか彼女がああまで追い詰められていたとは・・・。

カエデちゃんはナデシコ到着後、殆どをシミュレーション室で過ごしている。

これは決して適正検査やパイロット同士の共同訓練とかではない。

それだったらどれだけ良かった事か・・・。

カエデちゃんは闇雲に自らを痛め付けているのだ。

それこそ寝る間も惜しまず、いや、寝る事など無意味と言わんばかりに。

碌に寝ないから疲労は溜まる一方。

碌に食べないから身体はやつれていく一方。

それなのに、倒れもせず、ひたすら自らを苛め続けている。

こんなんじゃ、彼女は体調を壊して死んでしまう。

でも、それを止める術がないの。

コウキ君がどれだけ説得しようと聞く耳を持たず。

無理矢理拘束しようものなら暴れる始末。

今では強引に薬を打って休ませている程だわ。

それでも、眼を覚ませばすぐさまシミュレーション室へと向かってしまう。

既に拘束するという案まで出ているぐらいだ。

それなのに彼女が拘束されないのはコウキ君が懇願しているから。

俺がどうにかするって、毎日のように・・・。

その結果、まるでカエデちゃんの感情が乗り移ったかのように、

コウキ君の表情もみるみる険しくなっていってしまうし・・・。

 

「やっぱり拘束するしかないのよ」

 

コウキ君の為にも、カエデちゃんの為にも、

今はこれが一番良い方法な気がする。

このままじゃ、二人とも・・・倒れちゃう。

 

「・・・コウキ君」

「・・・心配ありません。俺が・・・」

「いい加減にしなさい。このままじゃ―――」

「ミナトさんは黙っていてください!」

 

ビクッ!

 

「・・・コウキ君」

「俺が! 俺があの時、あいつとちゃんと向き合ってやっていれば・・・」

「貴方は出来る限りの事をした。そうでしょ?」

「・・・それでも、結果が伴わなければ意味がないんですよ」

 

コウキ君も相当追い詰められている。

今までの余裕が全て吹き飛んでしまったかのようで・・・。

荒れる一方。

 

「・・・すいません。ミナトさん。八つ当たりだって事は分かっています」

「・・・コウキ君」

「でも、どうにかしてあげたいんです」

「・・・分かったわ」

「・・・すいません」

 

トボトボと覇気のない歩みでブリッジから退室していくコウキ君。

・・・言いたくないけど、これで何かあったら・・・。

 

「貴方を恨むわよ。カエデちゃん」

 

今にも倒れそうなその背中を私は眺める事しか出来なかった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「すいません。ミナトさん」

 

・・・最低だな。俺。

心配してくれているだけなのに、怒鳴ったりして。

 

「でも、俺がどうにかしないと」

 

司令にも頼まれた。

それに、何よりあいつをそのままにしておけない。

 

「少しでいい。少しでもあいつと話せれば」

 

あいつが何を思い、何を考えて今を生きているのか。

それを俺は知りたい。

 

「シミュレーション室」

 

ちょっと前までパイロット達が向上心を持って訓練に励んでいた場所。

でも、今では・・・全てが暗い部屋。雰囲気も、状況も。

 

「・・・コウキか」

「・・・アキトさん」

 

心配そうにカエデがいるシミュレーターを見詰めるアキトさん。

いや。アキトさんだけではない。

パイロットの全員がただカエデの事を見ていた。

 

「・・・あいつ、良い腕してるな」

「・・・なんか鬼気迫るって感じ」

「・・・憎しみに囚われているだけよ。昔の私のように・・・」

「・・・なんか素直に褒められねぇな」

「・・・心配です」

「・・・美人が台無しだよ、本当に」

 

誰もが心配そうに・・・。

 

「ずっと?」

「ああ。朝からだ」

「・・・カエデ」

 

本当に倒れちまうぞ。カエデ。

 

「あいつもそうだが、お前も休んだ方がいい」

「・・・俺は別に・・・」

「お前、今、自分の顔がどうなってるか知っているのか?」

「ガイ」

「酷い顔しているよ」

「ヒカル」

「私もそう思います」

「・・・イツキさんまで」

 

そんなに酷いのだろうか?

 

「ここは俺に任せて後は―――」

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

敵襲?

 

「アキトさん」

「ああ。パイロットは全員ブリッジへ向かえ」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

返事と共に駆け出すパイロット達。

 

「カエデ」

「・・・える・・・と・・・たきを」

 

ぶつぶつと何を呟いているんだ? カエデ。

 

「・・・闘える。・・・やっと。・・・皆の仇を・・・」

 

・・・カエデ。

 

「コウキ! 何をしている!?」

「あ、はい」

「・・・・・・」

「おい。カエデ! そっちはブリッジじゃ―――」

 

ダッ!

 

そんなに闘いたいのかよ!? カエデ!

 

「コウキ!」

 

クソッ!

 

 

 

 

 

「それでは、予定通りに捕獲したバッタをチューリップ経由で送り出します。その後はいつものように殲滅戦へ移行。皆さん、遠慮なくやっちゃってください」

「今回出撃するのは?」

「はい。明日香から提供された追加装甲の点検は終了しましたので、今回は―――」

「ど、どゆこと? これって」

「え?」

 

シュンッ!

 

「状況はど―――」

『おい! 勝手にいっちまったぞ!』

 

俺が到着すると同時に慌しくなるブリッジ。

どうしたんだ?

 

「え?」

『誰が乗ってやがる!?』

 

ここにいないパイロットなんて一人しかいない。

 

「カエデ!」

 

モニタに映るのは恐らくカエデが乗る・・・。

 

「あれは後方支援型じゃねぇか!」

 

誰かが叫んだ。

 

『・・・・・・』

 

出撃し、すぐさま全方位にミサイルを放つ後方支援型。

そのミサイルはナデシコすらも掠め、視界一面に広がったバッタを破壊した。

 

「ちゃんと狙いやがれ!」

 

碌に照準を付けずに追尾任せで発射したんだ。

こうなるのは当たり前。

カエデはナデシコがどうなろうとも関係ないんだ。

眼の前の敵さえ殲滅できれば・・・それでいい。

 

「・・・カエデ・・・。お前は・・・」

 

そんなにも復讐がしたいのか・・・。

 

「艦長!」

「はい! ガイさんはスーパー型で、イズミさんは後方支援型で、他の皆さんはリアル型ですぐに出撃してください」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

「艦長! 俺がカエデを止めます」

 

それが俺の仕事だ。

 

「分かりました。マエヤマさんはキリシマ機を回収後、すぐに帰艦してください。その後、バッタをチューリップまで届ける役を担ってもらいます。よろしいですね?」

「了解」

 

カエデ。待っていろ。

すぐにお前を止めてやる。

 

 

 

 

 

「カエデ!」

 

視界一面に広がる空とバッタ。

そして、少し離れた場所に後方支援型。

カエデはそこか。

 

「ハァ!」

 

リアル型と言えど、その最高速度は高機動戦フレームをも超える。

自身が現段階で出せる最高速度でカエデのもとへ。

急がないと味方にまで被害を出してしまう。

 

『来ないで!』

 

クッ。

俺にまで銃を向けるか、カエデ。

だが・・・。

 

「その程度、今まで何度も味わってんだよ」

 

時に破壊し、時に避け、確実に距離を詰めていく。

今まで経験してきた実戦の数はカエデとは比にならない。

これ以上の無茶も俺は経験している。

当たってやるかよ。

 

「カエデ!」

 

カエデに近付き、後ろから身体を押さえる。

 

「何をやっているんだよ!?」

 

回線を繋ぐ。

モニタに映るカエデは今までの無表情が嘘かのように荒れに荒れていた。

ギラギラと前を見詰めるその姿は以前のカエデを微塵も感じさせない。

 

『私は許さない! 父さんを、母さんを、妹を、家族を奪った木連を。私は許さない! 友達を、家を、店を、私の全てを奪った木連を。私は絶対に許さない! ケイゴを・・・ケイゴを奪った木連を絶対に私は許せない!』

「カエデ! お前が憎しみを持つのは分かる。お前が復讐を考えるのも痛い程分かる。だが、お前はそんなに弱くなかっただろう。きちんと木連と向き合うってそう言ってたじゃないか! その言葉は嘘だったのか!?」

『煩い! そんなの嘘に決まっているでしょう!」

「・・・カエデ」

『向き合ったって、奪われたものが返ってくる訳じゃない!』

「それでも!」

『むしろ、余計だったのよ。そのせいで私は木連を恨めなかった』

「木連を恨んだ所で何も変わらないだろうが!」

『変わる! 私は家族の仇が討てた!』

「仇を討ったってお前の大切なものが返ってくる訳じゃない!」

『それでも、恨んでいた方が何倍も楽だった。木連の生い立ちなんて私にとってどうでもよかったのよ。余計な感傷だった。そうでしょ? なんで私が仇の都合を考えないといけないの!? なんで私はやられたままそれを受け入れないといけないの!?』

「恨んだら恨まれる。そうやって恨みは増え続ける! だから、お前には―――」

『どうして!? ねぇ、どうしてよ!? どうして貴方はいつもそうやって私に我慢させようとするの!? 私は奪われたのよ。何もしていないのに。有無を言わさず私は奪われたの! だったら、木連が我慢すればいいじゃない! なんで私なのよ!?』

「それもお前の都合だろ!?」

『ええ。だから何? 私が私の勝手を貫いて何が悪いの!?』

「それじゃあお前はいくらたっても憎しみから解放されないじゃないか!」

『別に構わないわ。私がどうなろうと』

「もっと自分を大切に―――」

『私はもう失うものなんて何もないのよぉ!』

 

・・・泣いていた。

ギラギラしていた眼は既に鳴りを潜め、今では精一杯涙を堪えているだけ。

・・・ただのか弱い女の子がそこにはいた。

 

『・・・ぐすっ・・・もう私はどうなっても・・・』

「カエデ。よく聞いてくれ」

『・・・コウキ・・・』

「ケイゴさんは生きている」

『・・・え?』

「俺が保証してやる。ケイゴさんは生きているよ」

『・・・いいよ。無理しなくても。だって、貴方も言っていたじゃない。人は簡単に死ぬって。死んだらもう・・・戻ってこないって』

「全て話してやる。だから・・・来い」

『・・・・・・』

「虚しかったんじゃないか?」

『・・・え?』

「初めて出撃して・・・敵を撃破して・・・どうだった?」

『・・・・・・』

「俺は復讐なんて考えた事もない。だから、お前の気持ちは完全には分かってやれない」

『・・・コウキ』

「でも、これだけは言える。お前は失うものなんてもう何もないと思っているかもしれないが・・・」

『・・・・・・』

「俺はお前を失ったら悲しいぞ。カエデ」

『ッ!』

「もちろん、俺だけじゃない。ナデシコの皆もケイゴさんだって悲しむ」

『・・・私は・・・』

「お前は言ってくれたよな。俺の事を友達だって」

『・・・ええ』

「それなのに、どうして何もないなんて言うんだよ?」

『・・・全て失ったと思っていた。でも、ケイゴは生きていて、コウキもいる』

「ああ。失ったものも確かにあった。でも、手に入れたものもあるんじゃないか?」

『・・・うん』

「だから、俺に付いて来い。全部話してやるから」

『・・・うん、うん』

 

確かにお前は不幸の連続だった。

でも、それだけじゃなかっただろ?

ケイゴさんは生きている。

きっと、いや、絶対にお前を幸せにしてくれる。

だから、自棄になるなよ。カエデ。

 

 

 

 

 

数時間後、戦闘は完全に終了した。

全ての作戦、予定を終え、余念なく。

そして、ブリッジに集まるパイロット勢の中には、憑き物が落ちたかのような、いつもの、昔のカエデの姿があった。

 

 

 

 

 


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