機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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哀れなピエロ

 

 

 

 

 

「司令を死んだ事にする?」

「うむ。その通りだ」

 

幾つかの路線を乗り継いでようやく病院に辿り着いた俺達。

病室ではアキトさん、ルリ嬢、ラピス嬢に加えて、艦長、ムネタケ参謀、その他何人か、恐らく改革和平派の上層部の人々、が俺達を待っていた。

司令はベッドの上で医療器具に囲まれているものの、意識もハッキリしているし、元気とまでは行かないが、大丈夫そうだった。

そして、告げられた極秘事項。

 

「何故そのような事を?」

 

生きている司令をあえて死んだ事にする。

その結果として、何を得ようとしているのだろうか?

 

「コウキ。お前は先日の暗殺騒動、誰の仕業だと思う?」

「そ、それは・・・」

 

木連と連合軍がグルだった。

そう言うのは簡単だ。

でも、その結果、草壁派の思い通りになってしまったら・・・。

 

「何を隠す必要がある。既に俺達は知っているぞ」

「え?」

「ユリカが全部話してくれてからな」

「か、艦長!」

 

なんて軽率な!

 

「え? え? 言っちゃいけなかった?」

「・・・はぁ・・・」

 

こういう人だった・・・。

戦術家であって、戦略家ではないとはよく言ったものだ。

 

「その事実を知った上で我々がどうするべきか、それを考えたのだよ」

 

司令達が導き出した答えが死んだ事にする事?

 

「しかし、既に司令が意識を取り戻したって事は知られているのでは?」

 

始めに意識を取り戻した時点で報道やらなんやらがされていると思うのだが。

 

「そういう機転に掛けてはムネタケ君以上の者はいないよ」

「ふふっ」

 

流石は参謀。

既にマスコミ勢はシャットアウトしていましたか。

 

「公表してもしなくても大した意味にはならんからね」

「どうしてですか?」

「まずは自分で考える事。答えを聞くのはその後だっていいんだから」

「は、はい」

 

艦長が問いかける。

いずれ連合軍の重役に立つ身。

色んな先輩に揉まれて成長していってくれ。

それにしても、艦長は恵まれた環境だな、軍人としては。

まぁ、親に名前に負けてしまい堕落なんて事もあるだろうけど。

艦長に限ってそれはないな、うん。

補佐役のジュンだっているし・・・って。

 

「あれ? そういえばジュンは?」

「ジュン君なら準備しているよ」

「何のです?」

「記者会見の」

「あぁ。司令の事についてですか」

 

相変わらず補佐が得意なようで。

 

「まぁ、実際は意識不明の重体という事にするがね」

「完全に死亡扱いだと戻ってきた時に困りますからね」

 

世間から存在を抹消されてしまうよ。

 

「それで、何故このような事をするのか、だが・・・」

 

真剣な表情になる司令達。

 

「木連と手を結んだ軍人達を誘き出す為だ」

「誘き出す?」

 

そんな事が可能なのか?

 

「先日の暗殺事件だが、恐らく私達側にも協力者がいるだろう」

「か、改革和平派にという事ですか?」

「うむ。そうでなければああまでスムーズに進められん」

 

改革和平派内にまで手が及んでいる。

獅子身中の虫となる者がいる訳だ。

そうなったら・・・誰を信じていいか分からない。

 

「だからこそ、まずここに絶対に信じられる者達を呼んだ」

 

それが彼ら俺の知らない人達という訳か。

 

「もし私が死んだとなれば、必ずやその死を利用しようとする輩がいるだろう。末端は分からんが、その首謀者こそ、間違いなく木連と手を組んだ軍人の一人だ」

「徹底抗戦を訴えると?」

「ああ。それ以外にも、娘のユリカに接触してくる可能性もある」

「艦長にも、ですか?」

「うむ。貴方の父親が殺されかけました。私達と組んで仇を討ちませんか、とね」

「ユリカを取り込めれば勝ったも同然だからな。民衆の同情を買い、ナデシコも手中に収められる」

 

なるほど。そこまで考えられていたか。

でも、既に艦長は司令の無事を知っている。

無事だと知っているのに仇討ちをさせようなんて。

まるで道化だな。

 

「木連の今回の強硬策。そして、ユリカから得られた情報を重ね合わせ、我々はとある結論に達した。恐らく、君も感づいているのではないかね? マエヤマ君」

「火星の遺跡を確保した。そういう事ですか?」

「うむ。彼らの目的は徹底抗戦もあるだろうが、何より時間稼ぎにあると見た」

 

どうやら、司令とは同じ結論に達したみたいだな。

 

「ええ。研究し、活用するまでの時間を求めているんだと思います」

 

既に遺跡は確保した。

それなら、屈する必要はない。

後は解析次第、全ては私の支配下だ。

そんな草壁の思惑は簡単に分かる。

分かるが、対処法がない。

 

「時間を与えてしまえば彼らの思う壷だ」

「はい」

「なればこそ、我々は短期間でこの混乱を収める必要がある」

 

時間を与えてしまえば与えてしまう程、こちらが追い込まれる。

早期解決こそが我々の最もしなければならない事。

だから、木連と繋がる者や派閥内の裏切り者を誘き出し、排除する必要がある。

その上で混乱を収めるのが最も早期な解決方法って訳か。

 

「その第一段階として私の死だ」

「第一段階・・・ですか?」

「うむ。どうせならば、我々も利用してやろうと思っていてな」

「何をですか?」

「私の死をだよ」

 

自身の死を利用する?

どういうこっちゃ?

 

「第二段階は改革和平派のトップにユリカを据える事だ」

「艦長をですか?」

 

それはぶっ飛び過ぎでは?

 

「無論、一時的なものに過ぎないが」

「どういう影響があるのですか?」

「うむ。私の死後、誰かがユリカに接触してくるだろう。だが、それには毅然と立ち向かってもらう。その後、私の跡を継ぐようにユリカにトップに立ってもらえば・・・」

 

艦長をトップに立たせる事によって・・・。

 

「民衆は父の仇の相手なのに父の意思を継いで和平を唱えている。そう捉えるだろう。それは抗戦意識を削ぎ、和平意識を高める事になる」

 

なるほど。

しかし、ある意味、民衆を騙す訳だから、後味悪いよな。

それが駆け引きであり、仕方のない事だっていうのは分かってるけど。

 

「今、民衆が抗戦を訴えているのは知っているだろう?」

 

知らない方が問いかけてくる。

 

「はい。殆どの人間が抗戦派を支持していました」

 

さっきネットで見ました。

敵方の将を暗殺する卑劣な敵という認識が高まり、民衆の殆どが和平ではなく抗戦の方へ意識を強めてしまったと。

 

「恐らく、それはミスマル司令の人望故だ。人望があるからこそ、軍内でも木連憎しの声が高まってしまっている」

 

尊敬している相手が卑劣な罠に引っ掛かってしまった。

そりゃあ誰だって怒るよな。俺でも怒る。

 

「しかも、和平提唱の途中というタイミング。司令の言葉に賛同しようと思っていた人間すらもやはり木連は、となってしまう」

 

完全に狙われたって訳だよな。

状況もタイミングも。

 

「今、改革和平派内でも抗戦を訴える者が続出している」

 

・・・完全にしてやられたって訳か。

司令の人望も計算済みな訳ね。

 

「そんな時、最も恨みを持つであろう娘が和平を唱えればどうなると思う?」

「自身の間違いに気付き、より和平の為に力を使うようになると?」

「ああ。自身より過酷な状況の人間が意思を貫こうとしている。司令を慕っている人間がそれを見て、奮起しない訳がないだろう。司令は常に和平を訴えていた。その意思を継ぐ人間の為に力を尽くそうと」

「艦長は納得しているんですか?」

 

情に篤い艦長の事だ。

人を騙すという行為に嫌悪感を抱くと思う。

それでも、納得しているのだろうか?

 

「最初は皆を騙す訳だから嫌だったけど・・・」

 

俯いていた艦長が顔をあげる。

その顔は今まで見た事がない程に頼もしい顔だった。

 

「私も和平の為に私情を捨てる必要があると思ったの。今は心苦しいけど、それが後の和平の為になるなら、私はやる」

 

・・・そうか。

 

「それなら、俺からは何も言えません」

 

艦長が納得しているなら俺は何も言えない。

どれだけ酷い事でも、それが後の和平の為なら、泥を被る覚悟がある。

凄いな。素直にそう思った。もう艦長の事を子供っぽいなんて言えない。

 

「そうか。君に納得してもらえて良かったよ」

 

ムネタケ参謀にそう言われた。

別に俺が納得しようがしまいが大きな意味はないと思うけど・・・。

 

「最後に、機を見て、私が軍に復帰する」

「それが第三段階という事ですか」

「うむ。もしかしたら、完全にユリカに席を譲り渡す事になるかもしれんが」

「もう、お父様」

 

プンプンと。

やっぱり子供だった。

 

「それによって更に和平の意思は高まるだろう」

「これは参謀が?」

「大体の筋道は私が描かせてもらった。汚い人間だろう? 私は」

 

苦笑しつつ問いかけられる。

そりゃあ、こういう策略は汚く見えるけど・・・。

 

「はい」

「正直だね」

「でも、その意思は純粋なものだと思います」

「ふふっ。そうかね。それは嬉しい限りだ」

 

意味もなく人を陥れる人より何倍も良い。

別に騙していいと言っている訳でもないし、和平を免罪符にしていいとも思ってない。

でも、その想いが真っ直ぐで、泥を被る覚悟があるのなら・・・。

 

「心強く思います。参謀」

 

ただ頼もしく感じるだけだ。

 

「本当に嬉しいよ」

 

何より俺は参謀の人柄を知っている。

確かに策略に長けた人なんだろう。

でも、それを自身の為に用いていない。

目的があり、それに必要だから使っているだけだ。

決して、全てを騙した結果ここにいるのではない。

それなら、信用に値するさ。

それに、もしそんな人間なら清廉潔白な司令に信用される訳ないし。

 

「全てが上手く行くとは限らんが、この策が成功すれば、徹底抗戦派の力を削ぎ、地球規模で和平について考えるようになる」

 

地球規模で、か・・・。

そうだよな。

軍だけが考えればいい訳じゃない。

ましてや政府だけが考えればいいものでもない。

その二つを含めた全国民で考える必要があるんだ。

地球人として、木連と火星に向き合う必要が。

 

「どちらにしろ、私はしばらく治療に専念しなければならない。後は任せたぞ。ムネタケ君。アキト君。ユリカ。他の皆もな」

「ハッ!」

 

司令の言葉に力強く応える者達。

うん。頼もしいな。とっても。

 

「しかし、どうして無事だったんですか?」

 

非常に気になる。

 

「ハハハ。丸腰であんな席に立つ程の勇気は持ち合わせていないよ」

 

そりゃあ確かに。

 

「そもそも、此度の暗殺事件とて充分予期できた事だ。なぁ、ムネタケ君」

 

司令の問いに微笑みだけで返す参謀。

え? それじゃあ・・・。

 

「始めから暗殺される事を考慮に入れてあの席に立っていたって事ですか!?」

「無論。その後の動きについても既に話し合い済みだったよ」

「この計画も演説前から練っていたものだよ」

 

・・・こりゃあ参ったね。

司令達の方が何枚も上手だったよ。

焦っていた俺達が馬鹿みたいじゃん。

やはり亀の甲より年の功か?

暗殺事件

なければよし。

あれば利用してやるまで。

恐ろしいな。親父二人。

 

「まぁ、頭を狙われたら御終いだったんだがね」

 

笑いながら言う台詞じゃないですよ、司令。

 

「そう呆れんでくれ。こうして無事だったんだから良いではないか」

 

本当に良く言えば豪胆、悪く言えば大雑把な人だ。

 

「さて、カグラ殿」

 

随分と丁寧な言葉遣い。

そりゃあそうか。

相手は敵国のトップに近い人間。

いくら元部下と上司だろうと立場が変われば態度も違う。

その辺りは流石に大人だなって思う。

 

「お久しぶりです。司令。極東方面総司令官就任おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

これで、ようやくケイゴさんの番という事か。

今までは後ろで待機していて、話に介入してこなかった。

地球の事だからって遠慮したのだろう。

まぁ、話を聞かせた以上、もう後戻りできないんだろうけど。

これで協力を断ったら殺されるだけだから。

今のケイゴさんには後ろ盾がない。

そんな中で上手く立ち回らなくちゃならないんだ。

軽率な事は出来ないだろう。

まぁ、司令達はそんな事をする人間じゃないけど、念の為。

 

「敬語など無用です。前の通りで御願いします。今の私は何の立場もありませんから」

「うむ。それならば、そうしよう」

 

要望されたら別に断る必要もない。

司令としてもいつも通りに接したいだろう。

以前までは期待していた部下として目を掛けていた訳だし。

ケイゴさんへの元上司としての気持ちは深い筈。

 

「しかし、驚いたよ。君は死んだと思っていたんだがね」

「はい。騙してしまった事、大変申し訳なく思っています」

「うむ。だが、そのお陰で木連人と接触できたのだ。感謝する」

「勿体無いお言葉です」

 

実際、神楽派という和平派がいなければ混迷する所だった。

司令の言った通り、ケイゴさんの存在は我々にとってもありがたい。

 

「さて、話は聞かせてもらった。出来ればすぐにでも君を木連に帰してやりたいのだが」

「はい。恐らく、草壁派が妨害してくるでしょう。私を亡き者にした方が手っ取り早いですし彼らにとっても都合が良い」

「うむ。死人に口なし、だからな。君が帰って事実を公表したら彼らの計画は全てが台無しだ」

「だからこそ、私は一刻も早く本国に戻る必要があるのです」

 

ケイゴさんがいない間に木連内の情勢がどれだけ変化するかが怖い。

一気に徹底抗戦なんて事になっていたら、その状況をひっくり返す事は困難。

ケイゴさんには一刻も早く、生存と事実を知らせて欲しい。

でも、その方法がない。

 

「一つだけ方法がない事もない」

「ッ! 本当ですか!?」

 

マ、マジですか!? 司令。

 

「アキト君」

「はい」

 

え? アキトさん?

 

「彼は過去、木連に行った事があるそうだ」

「なっ!? 地球で英雄と名高い貴方が木連に!?」

 

そりゃあ驚くよな。

木連の防衛の甘さを示しちゃっている訳だし。

でも、まぁ、多分、アキトさんが木連に行ったっていうのは逆行前だと思う。

ケイゴさんに知る術はないけど。

 

「そして、この方法を実行する為には君に、いや、君達に約束してもらわねばならん」

「何でも約束しましょう」

「うむ。君はボソンジャンプを知っているだろう?」

「次元跳躍の事ですよね? 知っています」

「しかし、君達の場合、チューリップを介さねばならない」

「確かに。短距離であれば単機でも可能ですが、遠距離ならばその通りです」

「無論、地球と木連は遠く離れている」

「はい。移動するのならばチューリップが必要になるでしょう。しかし・・・」

「うむ。チューリップを用いれば確実に邪魔が入ってくるだろうな」

 

チューリップを支配下に置いている草壁派だ。

チューリップを介しての帰還なんて捕まりに行くようなもの。

 

「だが、その固定概念を崩せるとしたら?」

「は? それはどういう・・・」

「これは本来なら切りたくない切り札だったが・・・アキト君」

「はい」

 

・・・やっぱりアキトさんのボソンジャンプって事か?

 

「ジャンプ」

 

消えるアキトさん。

そして、ケイゴさんの背後に現れる。

 

「こ、これは!?」

「私も初めて見た時は驚いたものだよ」

 

驚愕の表情を浮かべるケイゴさん。

それはそうだ。

木連人にとって、ボソンジャンプとは遺伝子改造して漸く行えるエリートの証。

そして、チューリップを介すか、機械補助なくしては絶対に行えないもの。

それなのに、生身で何の媒介も必要とせずに跳ぶなどありえない事。

実際はCCを媒介としているが、それにしたって常識の範囲外なのだ。

 

「ど、どのような事をすればそんな事が可能に? 地球の技術なのですか!?」

 

興奮した様子で問いかけてくるケイゴさん。

そりゃあ、これを習得できれば大きなメリットになるからな。

でも、それは不可能。

 

「これは特別でね。私達も無理なのだよ」

 

まぁ、僕は可能ですが。

 

「それでしたら、何故彼はこんな事が」

「うむ。それは和平成立後に話す事になるだろう」

「秘密・・・という訳ですか」

「必ず話す機会を設ける。だから、和平成立後まで黙っていると約束して欲しい」

「・・・そうですか。分かりました。必ず約束は守ります」

 

和平が成立しなければ火星人の事については話せない。

どこかで漏れる可能性もあるし、実験体扱いなんてさせてたまるものか。

・・・それにしても、どうして司令が知っているんだろう?

火星人だけ特別とか、アキトさんが自由に飛べるとか。

それに、和平成立後に話すという事は、単体ボソンジャンプを封印する計画まで知っているって事だろ?

そうじゃなければ和平が成立したからといって話していいものじゃないし。

切り札を切るにしたってあまりにも危険すぎる。

やっぱりアキトさん達が教えたんだろうか?

後で詳しく教えてもらわねば。

 

「彼ならば君を木連まで送り届ける事が出来る。秘密裏にね」

「木連まで? まさかここから木連まで跳躍できるのですか!?」

「うむ。草壁派、といったかな。彼らに妨害される事なく木連へ向かうならばこれ以外にあるまい」

「・・・感謝します。これで父や仲間達に真実を打ち明ける事が出来る」

「だが、木連に近付けるだけで神楽派に接触できるかどうかは別だ。その辺りは君の機転に掛かっている。どうにかして草壁派にバレないように無事生還を果たして欲しい」

「はい。必ずや」

 

まずは木連内の誤解を解く事。

少しだけ道が拓けてきたかな?

 

「ただ、その事実を木連全体に公表するのは少し待っていてもらいたい」

「何故ですか? 早く公表しなければその分国民の・・・」

「こちらとタイミングを合わせて欲しいのだ」

「合わせる・・・ですか?」

「うむ。こちらが安定すれば草壁派はまた何かしらの策を打ってくるだろう」

「確かに」

「だから、その余裕を与えないタイミングで草壁派を失脚させたいのだ」

「言わば、神楽派と地球を結託させ、草壁派を共通の敵とする訳ですね」

「うむ。今すぐ話してしまえば確かに木連内で彼らの力は落とせるだろう。だが、地球が混乱している以上、付け入る隙はいくらでもある。草壁派がその間に力を蓄えてしまったら混乱を収めてすぐでは対応できない」

「一理あります。ですが、私達も無駄な犠牲は出したくない」

 

徹底抗戦を訴える草壁派が権限を持てば、戦争が激化するのは必至。

それは以前より多くの犠牲が出る事を示している。地球も木連も。

ケイゴさんはその犠牲を懸念しているのだろう。

 

「君の気持ちは分かる。だが・・・」

 

でも、現実は非情なんだ。

 

「この方法でなければ市民に犠牲が出る」

 

戦争中、地球内で虐殺を受けたという記録は残っていない。

激化したらどうなるか分からないが、犠牲は軍人だけなのだ。

また、木連は無人機が殆どという事もあり、人的被害は少ない。

たとえ死んだとしてもそれは軍人である筈。

だが、草壁が失脚し、強引に事を進めてきたらどうだろう。

地球内で虐殺が起こらないとは限らない。

逆恨みで木連内に虐殺が起こらないとも限らない。

現状を維持する事が出来れば、少なくとも民間人の被害は少ないのだ。

もちろん、これもたかが推測でしかない。

でも、最も被害が少ないであろう方法がこれなのだ。

草壁を失脚させ、怒涛の勢いで滅ぼし、その勢いのまま和平を成す。

そして、戦後の事を考えても、敵を一つとする事で仲間意識を持たせ、

かつ、戦争の種を滅ぼす事が出来るというこの策が最も理想的なものなのだ。

共通の敵を持たせる事こそ戦争終結を加速させる。

この策の実現こそが俺達に残された最後の手段。

戦後、協力体制を敷く為にも、戦争を早期に終わらせる為にも。

これ以上の策は存在しない。

 

「それならば、軍人は死んでも構わないと仰るのですか!?」

 

ケイゴさんの気持ちも分かる。

軍人なら死んでもいい?

そんな考えは間違っている。

市民の為に命を投げ捨てるのが当然?

それはあまりにも穿った考えだ。

でも、現実はそんなに甘くない。

 

「犠牲の上に和平は成り立つ。私達に出来る事はその犠牲を無駄にしない事だけだ」

「クッ。司令、私は貴方を見損ないました」

「それでも構わない。私一人が失望される程度で和平が成せるのならばな」

 

ミスマル司令とて犠牲を出したい訳ではない。

それはユリカ嬢が涙を堪えて必死に我慢している事からも窺える。

きっと俺達が来る前にこの事を話されていたのだろう。

当然、情に篤い彼女は反対した。

でも、その情の篤さと同じくらい頭の良い彼女は司令の正しさも理解してしまった。

感情を優先するか、理屈を優先するか。

人の死を数として見るどこまでも身勝手な行為だけど、犠牲なくして前に進めない事も事実。

散々悩んだ末にユリカ嬢は納得した。

それは先程ユリカ嬢が自ら述べた私情を捨てるという言葉に示されている。

どこまでも客観的に物事を眺める。それがトップの人間には必要な事。

情に篤いユリカ嬢やケイゴさんにとっては辛い事だろうけど・・・耐えてもらうしかない。

誰だって好き好んで犠牲を出したい訳じゃないんだ。

・・・こうして平然としてられる俺は随分と染まっちゃったんだな・・・。

 

「この策を遂行するためには私達と神楽派での綿密な話し合いが必要になる」

「・・・・・・」

「一度切った切り札だ。アキト君には両陣営の橋渡し役を担ってもらう」

「・・・地球と木連を何度も往復してもらうという事ですか」

「そうだ。私達の意志、木連の意思、全て彼に伝えてもらう」

「私はまだ彼を信用した訳ではありません」

 

そりゃあそうだよな。

初対面に近い訳だし。

 

「それならば、君は誰なら信じられると?」

「・・・コウキさん。御願いできますか?」

「俺・・・ですか?」

「はい。地球を知り、木連を知るコウキさんであれば、安心して任せられます」

 

ケイゴさんからの信頼。

それなら、俺はケイゴさんの信頼に応えてみせよう。

 

「アキトさん」

「何だ? コウキ」

「この橋渡し役、全て俺が担います」

「それは地球側もという事か?」

「ええ。その通りです」

 

正直、橋渡し役なんて自信ないけどね。

やってやるさ、全力で。

 

「しかし、マエヤマ君だけでは木連には赴けない。毎回、アキト君と二人で行動させる訳にも行かぬし―――」

 

苦悩の表情を浮かべるミスマル司令。

俺の事は司令に話してなかったみたいだな、アキトさん。

俺のことを隠そうとしてくれた。

その気遣いには本当に感謝してもしたりないぐらいだ。

でも、貴方だけに泥を被ってもらうつもりはありませんよ、アキトさん。

俺も・・・和平の為には、艦長のように私情は捨てなければならないんだ。

いや、違うな。ようやく、捨てる覚悟ができたんだ。

 

「ジャンプ」

 

アキトさん同様、突然跳んでみせる。

 

「なッ!?」

「・・・なんと」

 

唖然とした表情を浮かべる皆さん。

ちょっと気持ちいいと思ったのは俺と皆だけの秘密な。

 

「マエヤマ君。まさか君もだったとは」

「黙っていて申し訳ないと思っています。ですが、これの危険性を考えたら秘密にしておかねばならなかった」

「うむ」

「どうしてですか?」

 

司令は納得、ケイゴさんは疑問といった所か。

 

「ケイゴさん」

「はい」

「たとえば貴方も自由に跳べるようになれるとしたら、貴方は是が非でもこの技術を習得したいと思うでしょう?」

「ええ。便利な事この上ないですからね」

「ですが、どうしても方法が分からない。地球側が隠している技術なのかもしれない。特別な条件があるのかもしれない。習得したいのにその方法が分からなかったら、貴方ならどうしますか?」

「知っている人に聞きます」

「ですよね。でも、その人が教えるのを拒否したら?」

「また別の人に聞きます」

「では、知っていると思われる全ての人に拒否されたらどうします?」

「それは・・・」

「きっとケイゴさんなら諦めると思います。名残惜しいでしょうが」

「・・・ええ」

「でも、人間の欲望とは凄まじいものです。強引にでも知ろうと思う筈」

「・・・分かります」

「脅迫? 自白剤? それでもまだマシな方です」

「それでもまだマシな方なのですか?」

「はい。欲望とは時に人をバケモノにしてしまう。狂気が人を変えてしまうんです。非人道的な事でも平気で出来るように理性を失わせてしまう」

「・・・生体実験・・・という事ですか?」

「はい。死人が出ても気にせずに実験を繰り返すでしょう。俺はそんな犠牲が出るのが嫌だった。それで黙っていたんです」

「過去に何かあったのですか? そこまでの事を連想してしまう何かが」

 

確かに普通に生きてればそこまで発想は飛ばないだろうな。

人間不信になるような事があったのかと疑問に思うのは当然だ。

 

「ありましたよ」

 

過去にも未来にも。

事実、ボソンジャンプの生体実験は実際に行われていた事だ。

 

「嫌な話です。自分達で人工的に作り出した命を道具のように弄ぶのですから」

 

マシンチャイルド。

あの事件は絶対に忘れない。

人が人と思えなくなった瞬間。

あの時、ミナトさんがいなかった本気で人間不信になっていたかもしれない。

 

「ケイゴさん。貴方は考え過ぎだと思うかもしれません」

「・・・・・・」

「でも、少しでも可能性があるならば阻止しておきたい。人の狂気によって、尊い命を粗末にして欲しくない。そんな俺の想い、共感しろとまでは言いませんが、理解して欲しい」

「・・・コウキさんの言いたい事は分かりました。私もそんな事で命を落とすような事があってはならないと思います」

「ありがとうございます」

「ですが、いいのですか? コウキさんがその役を担ってしまえば、その想いも・・・」

「将来的に生体ボソンジャンプは封印するつもりですから」

「それも計画の内という訳ですか」

「人は自身になく誰かにあるから欲しがります。でも、自身になく、他人にもないものまで欲しがろうとはしません」

「・・・そうであればいいのですが」

「そうであって欲しいです」

 

・・・不安じゃないと言えば嘘になる。

たとえ封印しようと暴走する人間がいるのではないかと。

でも、現状、そんな事を考えても意味のない事だ。

それは後で考えよう。まずは実現してから。

その後、抑止力となるものを考えれば良い。

 

「本来なら完全に秘密裏で封印するつもりだったんですけどね。過去に行った事を説明もせずに誤魔化してしまえば禍根を残します。和平成立後にはきちんと封印する意図も説明し、納得してもらうつもりです」

「私もそのつもりだ」

 

ありがとうございます。司令。

 

「分かりました。この事は父や側近のみに話し、隠し通すと約束します」

「ありがとうございます。ケイゴさん」

「いえ。当然の事です」

 

相変わらず好青年だな、ケイゴさんは。

 

「とにもかくにも、俺がその役目を担います。初めだけ、アキトさん、御願いできますか?」

「無論だ。任せておけ」

「御願いします。その後は火星再生機構に専念を」

「・・・すまないが、しばらく時間が掛かりそうだ」

「分かっています。今回の件で火星人の恨みは再燃したでしょうし」

「ああ。だが、なんとしても抑えて、実現させてみせる」

「私とラピスも全力を尽くします」

「任せて。絶対になんとかする」

「うん。御願い。二人とも」

 

流石にイメージできなければ飛べないから初めはアキトさんと共に行く。

後はそのイメージだけきちんと覚えておけば俺ならいつでも跳べるし。

火星再生機構はアキトさんと妖精二人に任せると決めたんだ。

後はもう実現すると信じて待つだけ。

 

「話は纏まったようだな。マエヤマ君。今後は君が鍵となってくる」

「はい」

「君一人に重大な責任を背負わせて申し訳ない。だが、君なら私達の期待に応えて、責務を全うしてくれると信じている」

「ハッ」

 

鍵か・・・。なんかケイゴさんの言っていた通りになったな。

俺が戦争を左右する存在になるなんて夢にも思わなかった。

でも、こうして司令も信頼してくれている。

敵国のケイゴさんだって俺を信頼してくれている。

その信頼に応えられなっきゃ男じゃないって。

いや。別に女性差別している訳じゃないけどさ。

それに、何よりこんなにも明確な和平へのビジョンが浮かんだのは初めてだ。

彼らの信頼に応える事が後の平穏に繋がる。

それだったら全力で任務に全うするまでだ。

 

「地球、木連、両陣営の和平への架け橋となるべく、尽力致します!」

 

 

後日、さっそく計画が進みだした。

記者会見の場で告げられる司令の危機的状況。

そして、動き出す陰。

彼らは知らない。

自身が掌の上で踊らされている哀れなピエロである事を。

 

 

 

 

 


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