機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記   作:ハインツ

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人選ミスな攻略戦

 

 

 

 

 

「ルリちゃん。ちょっといい?」

「・・・はい」

 

ミスマル司令の病室から退室する際にルリ嬢を呼び止める。

彼女にはどうしても俺の口から伝えなければならない事があるからだ。

どうしても俺の口から。

 

「・・・俺達は席を外したほうがいいか? コウキ」

「・・・・・・」

 

心配そうにこちらを見詰めるアキトさんとラピス嬢。

いや、ここは二人にもいてもらった方がいい。

無関係という訳ではないのだから。

 

「いえ。アキトさん達にも関係がある事です」

「そうか。了解した」

「・・・話を聞く」

 

ルリ嬢もなんの話か察しが付いている様子。

暗い表情で少し震えている。

これを伝えるのは本当に残酷な事だけど・・・逃げられる事でもない。

 

「ケイゴさん。秘密話をする訳ではないですが、貴方にとって少しきつい事になるかもしれませんので、できれば席を外していただけると嬉しいです」

「そう・・・ですか。分かりました。私は司令と少し話があるので」

「助かります。すいません。変な気を使わせちゃって」

「いえ。お気になさらず」

 

すいません、ケイゴさん。

 

「・・・ルリちゃん」

「・・・はい」

「ごめん。本当にごめん」

 

頭を下げる。

下げられる限界まで。

 

「俺は・・・絶対に君とオモイカネを会わせると約束した。君にも、オモイカネにも」

 

ルリ嬢にとって一番大切なお友達であるオモイカネ。

オモイカネはルリ嬢に会いたがっており、ルリ嬢もまたオモイカネに会いたがっていた。

そして、俺は絶対に会わせてみせるって、そう約束したんだ。

それなのに・・・。

 

「・・・コウキさんのせいじゃありません。仕方のない事です」

 

気丈にもルリ嬢はそう言う。

でも、震える身体、震える声。

顔を見るまでもなく、ルリ嬢は悲しみ・・・泣いていた。

その俯かれて見えない顔はきっとクシャクシャに歪んでいるのだろう。

 

「・・・コウキ。お前のせいじゃ―――」

「仕方のない事。俺のせいじゃない。そう言ってしまえば確かに楽になれるでしょう。でも、俺はルリちゃんがどれだけオモイカネを想っているか知っています。どれだけオモイカネがルリちゃんを想っているか知っています。それを・・・」

「・・・でも、コウキ、貴方が謝った所でオモイカネが戻ってくる訳じゃない」

「それは・・・」

 

ラピス嬢の一言が胸に刺さる。

そう、彼女の言う通り、俺が謝ったからと言ってオモイカネが戻ってくる訳ではない。

だが、だからといって、約束をした俺が、必ず会わせると断言した俺が、何の言葉もなく見知らぬ振りなんて・・・できる訳がない。

 

「・・・コウキさん。謝らないでください」

「・・・ルリちゃん」

「貴方は本当に悪くありません。これは慰めでもなく、私の本心です」

「・・・・・・」

「あの状況でコウキさんにナデシコCが沈むのを阻止できる訳がありません。それに、沈めたのはコウキさん達ではなく、木連なのですから」

「でも・・・」

「コウキ。そう自分を責めるな。お前にだって出来ない事はある」

「・・・・・・」

「・・・攻撃してきたのは木連。騙したのも木連。コウキはナデシコを生かす為に精一杯やった。違う?」

「ラピスの言う通りです。コウキさんは精一杯やってくれました。そんな貴方を責める訳がないじゃないですか」

「ルリちゃん・・・」

 

何故だろう?

謝りに来た筈の俺が慰められている。

本当に辛い筈のルリ嬢ではなく、責められるべき俺が・・・。

 

「・・・覚悟はしていました。オモイカネに会えなくなってしまうかもしれないと。でも、私は私の意思でオモイカネではなく、違うものを選んだのです」

「・・・それは?」

「火星再生機構。私にはオモイカネに会う為に、ナデシコと共にナデシコCの下へ行くという選択肢もあった筈です。ですが、それをせずに火星再生機構を優先した。私とオモイカネが会えなかった理由はそこにあり、コウキさんのせいではありません。そして、私は自分の決断に後悔はしていません」

「ルリちゃん・・・」

 

心とここまでかけ離れた言葉を聞くのは初めてだ。

今のルリ嬢を見たら、その言葉が嘘だって事は誰にでも分かるだろう。

ルリ嬢。君は本当に後悔しているんだな。

あの時、自分も行けば良かったと。

そうすれば、オモイカネに会えたのにと。

でも、今、それを言ったら、火星再生機構を優先させてしまったとアキトさんが心を痛め、会わせると約束した俺が会わせる事ができなかったと心を痛めるから。

だから、自分の心とは裏腹な事を・・・。

 

「そっか」

「はい」

 

・・・そんな彼女に俺はなんて言ってあげられるのだろう。

そこまで、自分の感情を偽ってでも他人を思いやるこの子になんて言葉をかけてあげたら。

いや、なんにも言わないであげるのが彼女の為なのかもしれない。

慰めの言葉なんて、彼女を気遣っているようで・・・傷を抉る事になりかねないのだから。

ただ・・・。

 

「・・・・・・」

 

このままの状態で放っておく訳にはいかない。

 

「・・・・・・」

 

無言でアキトさんに視線を向ける。

お願いします。アキトさん。

今の彼女の心を癒してあげられるのは貴方だけです。

 

「・・・・・・」

 

俺の意思が伝わったのか、アキトさんは頷いてくれた。

このまま救いがないままではルリ嬢は悲しみに押しつぶされてしまうだろう。

だから、アキトさん、頼みました。

 

「コウキ。詳細が決まり次第、こちらから連絡する」

「了解です」

「それじゃあな。ルリちゃん、ラピスちゃん。行こう」

「・・・はい」

「・・・うん」

 

二人を連れてアキトさんが去っていく。

帰り際にまた、力強く頷いてから・・・。

 

「ごめんね。ルリちゃん」

 

 

 

 

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

「ど、どうしてこうなった!」

 

施設内にけたたましい音が木霊する。

そんな中をケイゴさんと共に走る俺。

 

「まさか、こんな手段に出るとは思いませんでしたよ、コウキさん」

「ええ。まさか、俺もこんな事になるとは思いませんでした」

 

何故このような事になったのか。

それを説明するには、少し時間を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

「コウキ。早速だが、カグラ・ケイゴを木連に送り届けようと思う」

「はい。早ければ早いほどいいでしょう。ケイゴさんの生を早く神楽派に伝えないと取り返しの付かない事になります」

 

ケイゴさんを木連に送り届ける事ができるのはアキトさんただ一人。

これは単純に移動手段がないからと言える。

長距離移動に適しているチューリップは草壁派が掌握しており、ジャンプが露見する可能性がある為、却下。

だからといって、通常ルート、チューリップを用いない方法で行くと到着までに数ヶ月、いや、下手すると、数年単位の時間が必要になる為、こちらも却下。

そうなると取れる手段はひとつに限られる。

即ち、A級ジャンパーによるチューリップを介さないボソンジャンプだ。

但し、ご存知の通り、ボソンジャンプはジャンパーのイメージにより場所が決定される。

無条件にボソンジャンプができる俺とて行った事がない場所には行く事ができないのだ。

そこで必要とされるのは、木星のイメージが明確にできる地球側の人間。

すなわち、アキトさんだけなのである。

 

「だが、俺が知っている場所は木連市民船内にあるちょっとした研究施設だけだ。そこにジャンプする事になると思うが、敵の本拠地である分、危険性は高い」

「それは・・・百も承知です。リスクなき策には効果もありません」

「そうか。それならば、早速向かおう。ついでに・・・その研究施設も制圧してしまおうじゃないか。そこは・・・木連の闇、遺伝子改造の度を超えた違法施設なのだから」

 

 

 

 

 

「元々木連の人間は遺伝子を改造されている。そこから発展して最強の人類を作り出そうという研究が進められていてもおかしくはないよな。地球のマシンチャイルドより何倍も自然な気がする」

 

そして、そんな施設をアキトさんが襲撃するというのも同じく自然な流れだ。

一時期、未来の事だが、アキトさんは違法研究施設を悉く襲撃していた。

当然、地球はもちろんの事、木連の研究施設だって襲撃している筈であり、その場所を記憶していてもなんらおかしくはない。

それに、アキトさんがラピス嬢と出会ったのは遺伝子改造の研究施設だった筈だし。

 

「やはり、外にでないと分からないものですね」

 

唐突に呟くケイゴさん。

 

「どういう意味ですか?」

「木連の闇が、です。同じ木連であるのに私はこのような研究施設がある事を知らなかった。いえ、同じ木連であるからこそ、私は知る術もなく、知ろうとする事もしなかった」

「それは・・・」

「外から見ないと分からない事がある。私が木連から追放されたのは私にとって幸運であったのかもしれませんね」

 

ケイゴさんが拳を強く握る。

自らのやるべきことが分かった。

そう言わんばかりの強い決意を秘めた瞳をしながら。

 

「さて、そろそろ、ここに来た本来の目的を果たそう。始めに俺がエステバリスを使って奴らの目を引き付ける。お前達はその間に施設に侵入。施設を制圧してくれ」

 

ん? お前達?

あれ? アキトさんが施設内に侵入して制圧するんじゃないのか? え? え?

 

「え? もしかして、アキトさん、その、俺も・・・」

「ああ。期待しているぞ、コウキ。お前の力で施設を支配してくれ。遠慮する必要はない」

「・・・やっぱりか」

 

こうして、アキトさん陽動役、俺、ケイゴさん侵入・制圧役という人選ミスな作戦が開始された。

絶対、俺陽動役、アキトさん、ケイゴさん侵入・制圧役の方が良いって、絶対。

 

 

 

 

 

「潜入工作とか俺向きじゃないと思うんだけど・・・」

「アハハハ。私も一応このような状況を想定した訓練を受けてはいますが、いかんせん経験不足で」

「・・・が、頑張りましょう」

「・・・はい」

 

不安だ。

不安すぎる。

いや、ケイゴさんが不安という訳じゃなくて、むしろ、心強いんだけど・・・。

こういうのは経験が一番大事だと思うんだよね。

それがさ、無経験二人って・・・アキトさん、マジ鬼畜です。

 

「とりあえず、地図でも手に入れますか」

 

施設内の回線にアクセス。

IFS専用端末じゃなくても対応できるように、通常の端末とIFSを繋げるケーブルは常に持っている。そもそも市販されているぐらい簡単に入手できる代物だし。

そして、施設内の地図や研究内容、研究員、防衛システムの情報を読み取る。

 

「なるほど。残念ながら、ここから施設を掌握する、という訳にはいかないみたいです」

「どういう事ですか? コウキさんほどのハッカーでも対処できないぐらい複雑なシステムなんでしょうか?」

「いや、そういう訳ではないです。むしろ、すぐにでも侵入できる脆いシステムなんですけど・・・」

 

問題があるのだ、とても大きな。

 

「二つ問題があります。一つは迎撃システムがここから侵入できる回線とは異なるシステムで構成されている事。簡単に言えば、迎撃システムだけ独立していて、実際に迎撃システムを制御している端末にいかないと制御を奪えないんです。命令はこの回線からでもできるみたいなので、機能は停止しておきますね」

「機能を停止できるだけで充分な気がしますが・・・」

「どうせなら制御丸ごと奪ってしまった方が楽なので」

「な、なるほど」

 

敵の動きを止めるのと、敵を味方にする。

どちらが今後有利になるかなんて一目瞭然だろう。

制御システムに繋がる事ができれば一瞬で掌握できるのだから・・・多分だけど。

 

「あともう一つは・・・」

「もう一つは?」

「既に見付かっている、という事です」

 

バンッ! バンッ!

 

「クッ。コウキさん、こちらへ」

 

ケイゴさんと共に壁に隠れる。

銃撃は続くが、とりあえずこれで喰らう事はない。

 

「自動迎撃システムの機能は停止しましたが、生きている兵士は支配できないという事です」

「なるほど。流石のコウキさんでも生きている人間はハッキングできませんからね」

 

ケイゴさんは俺をどういう人間だと思っているのやら・・・。

 

「何故見付かったのか、それは考えてもしょうがない事ですので考えないとして」

「はい。既に見付かってしまった以上、ここを制圧する為には・・・」

「迎撃システムの制御室を占拠。迎撃システムに敵の相手をしてもらうとしますか」

「そうですね。そして、その上で研究施設の責任者の身柄を確保。制圧といきましょう」

 

方針は決定。

あとは、この攻撃網をどう突破するか、だな。

幸いな事に、ここにいる二人は・・・。

 

「白兵戦闘力だけは化け物だからな」

 

懐から銃を取り出す。

こうして、目の前の人間を殺すのは初めてだな。

今まで、散々エステバリスごとに殺してきたというのに、少し怖気ついている自分がいる。

でも・・・やるしかないんだ。

 

「それと、ケイゴさん」

 

相対する敵兵士達。いや、敵兵器達か。

 

「気を付けてくださいね。相手は只の人間じゃありません。遺伝子改造によって人間の限界を超えた・・・改造人間、言いたくないですが、人間の皮を被った兵器です」

 

人間の尊厳を踏み躙った行為の上にある存在。

恨みも憎しみもないけど、倒させてもらうよ。

それがきっと貴方達にとっても幸せだと思うから。

・・・思考も感情も消された物言わぬ兵器に改造されてしまった貴方達にとって。

ホント胸糞悪い世の中だよ。

 

 

 

 

「これでよしっと」

 

迎撃システムの掌握。

これにより敵兵士達は実質的に無力化できた。

『こちらも完了しました』

「了解」

 

研究施設の責任者の身柄確保。

これはケイゴさんに任せた。

俺は迎撃システムを利用しての援護。

悪いけど、迎撃システムを掌握した俺にとって今の施設は自分の庭みたいなもんだ。

誘導、殲滅なんでもござれといった感じだ。

 

「アキトさんへ連絡しておきました。アキトさんはこのまま地球へ帰還するそうです。後は同様にここからケイゴさんの父親に連絡を―――」

「それはちょっと待ってくれますか。父に直接連絡するのは危険です。父は私同様、いえ、私以上に警戒、監視されている筈ですから」

 

確かに。

ケイゴさんの父親からケイゴさんの事がバレる事はまずないと思うが、監視されていると想定できる以上、不用意に接触するのはまずい。

もしかしたら、ケイゴさんの父親への通信は全て草壁派に筒抜けかもしれないのだ。

そんな事はないだろうが、ないと断言できない以上、考慮するべき。

それなら・・・。

 

「私の知り合いに父と懇意で軍内でも高い位の者がいます。その方に連絡を取り、そこを経由して父と接触を図ろうと」

 

協力者を得るのが一番である。

 

「分かりました。連絡先、連絡内容についてはケイゴさんに任せます」

「はい。ありがとうございます、コウキさん」

「いえいえ。お礼はアキトさんに。俺は何もしていませんよ」

「・・・本当に、謙虚な人だ」

 

 

 

 

 

「約束の時間まであと少しです」

 

結局、その知り合いという人と接触する場所にはこの研究施設を選んだ。

軍や政府にすら隠し通している研究施設らしく、秘密の面会をするにはここ以上に適している場所はない。

誰がこの研究施設のスポンサーかは知らないが、利用できるものはとことん利用させえてもらおうと思う。

せっかくだし、俺が木連で活動する際の拠点にでもさせてもらうとしましょうか。

 

「たとえ銃を向けられても動揺しないでくださいね」

「は、はぁ・・・」

 

それはなんて無茶ぶり。

誰だって銃を向けられたら―――。

 

「すぐに解決しますから。私を信じてください」

 

・・・そんな事を言われたら、信じるしかないじゃないですか。

はぁ・・・もうどうにでもなれってんだ。

 

シュインッ。

 

開かれる扉。

現れる屈強な男達。

 

カチャ。

 

そして、こちらに向けられる数多の銃。

 

「お久しぶりですね。キシモト少将」

 

だが、この男はそれに動じない。

ふてぶてしいまでに堂々としている。

流石、ケイゴさん。

これは負けてられないな。

・・・動揺を隠せずに、額に浮かんだ汗についてはスルーしてくれると助かる。

 

「・・・ケイゴ。まさか、本当に、お前とは・・・」

 

対して、呆然と立ち尽くす壮年の男性。

そうか。彼がケイゴさんの知り合い。

木連優人部隊所属、タニヤマ少将か。

 

「・・・生きていたんだな」

「ええ。生き恥を晒しております」

「死んだ。そう聞かされていたのだがな」

「・・・真実を、お話します」

「そうか。そうしてくれ」

「まずは少将。お席に」

「ああ」

 

副官らしき男を傍に立たせたまま、少々は椅子に座る。

・・・えっと、とりあえずもう銃は降ろしていいんじゃないかな?

 

「最後にもう一度確認させて欲しい。お前が本当にケイゴである事を」

「ええ。どのように証明しましょうか」

 

ケイゴさんのそっくりさんである可能性は消えた訳じゃない。

それゆえの証明。

慎重な姿勢は大事だ。

半ば確信していようと最終確認を怠らないのは流石少将だなと思った。

 

「お前の私に対する戦績は?」

 

は? 戦績? なんの事だ?

 

「三十一勝七十三敗」

 

相当やっているみたいだな、その勝負。

 

「お前と俺の初めての対局は?」

「私が十の時です」

 

ん? 対局?

 

「お前の初恋は?」

「俺が八歳の時・・・って何を言わせるんですか!」

「どうやら本物のようだ」

「最後のはおかしいでしょう!」

 

・・・なんか一気にイメージ変わった。

というか、ケイゴさん、振り回されていますね。

 

「おい」

「ハ、ハッ!」

「お前達は席を外せ。こいつは本物のようだ。外で見張りをしておけ」

「りょ、了解であります!」

 

銃を構えていた兵士達が退室していく。

どうやら、彼らも彼らなりに動揺していた様子。

ケイゴさんの知り合いみたいだから、驚いていたんだろう。

死んだと思っていた奴が突然目の前に現れたら誰だって驚く。

それが知り合いであれば尚更な。

 

「ケイゴさん。対局って?」

「少将とは将棋仲間なんですよ。あと少将の部下達とも」

「・・・さいですか」

 

・・・納得したけど、納得できないな。

 

「それではお話します。始まりは我々の行動が草壁派に露見した事からです」

 

 

「・・・なるほど」

 

ケイゴさんの話が終わった。

一部始終漏れる事なく。

少将は深々と椅子に座り直すと隠すことなく溜息を吐いた。

 

「完全にはめられてしまったようだな、ケイゴ」

「ええ。私が迂闊でした。罠である可能性を考慮せずに行動してしまったのですから」

「なに。なにようにしてなった結果だ。後悔しても始まらんだろう」

「ハッ」

 

そうケイゴさんに言い聞かせる少将だったが、その顔は苦渋に満ちていた。

 

「もしや、父が・・・」

 

それに気付いたのか、ケイゴさんは慌てた様子で問いかける。

 

「いや。カグラ大将の意思は変わらない。大将は徹底して和平を唱えている」

「・・・良かった。流石は父上。感情に囚われていない」

 

ケイゴさんは安堵の息を吐く。

でも、それだったら、少将はあんな顔をしない筈だ。

 

「だが、息子の報復として一戦交える事も辞さないと」

「なっ!? それは本当ですか?」

「ああ。どちらにしろ、和平は対等でなければならない。その為には地球の力を削ぐ必要があるのだ。一戦交え、我々が勝利しなければ、決して対等の立場にはならん」

「しかし、それでは莫大な被害が・・・」

「うむ。もちろん、戦争以外にも力を削ぐ方法はいくらでもある。だが、和平派のトップが賛同してしまえば軍の方針もそうなってしまうだろう」

「愚かな。父上はそのような方では―――」

「それほど、お前の死は大将にとって大きかったという事だ」

「クッ。でも、まだ今なら―――」

「無理だ。たとえ不本意であろうと一度告げた言葉は撤回出来るものではない」

「・・・申し訳ありません。父上」

 

項垂れるケイゴさん。

自身のせいで戦争が、なんて思っているのかもしれない。

でも、それを言うなら俺らのせいでもある。

それに、そもそも、大元の原因は草壁派にあるのだ。

これに関してはケイゴさんのせいでもなんでもない。

ケイゴさんが責任を背負う必要なんてどこにもないのだ。

背負う必要のない責任を背負うのは完璧超人ケイゴさんの唯一の欠点だな、うん。

それに・・・。

 

「俺は賛成です」

「え?」

「一戦交えなければならない。それは地球も木連も同じでしょう」

「コウキさんは犠牲者を出しても構わないと!?」

「そうは言っていません。ですが、互いに認識する必要があると思うんです」

「認識・・・ですか?」

「はい。俺達は互いの事を知らなすぎる」

 

それがこの戦争の根本的な原因なのだ。

 

「我々地球側は司令の演説によって木連の存在を知りました。ですが、それは司令の言葉であって、実物と遭遇した訳ではない。市民はもちろん、軍内でも半信半疑の者がいる筈です。その戦闘は地球にとって木連人が紛れもなく人間であると悟る何よりの機会です」

「木連人を知る機会・・・」

「そして、それは木連も同じでしょう。悪の地球人、ただそれだけを思って木連は戦争をしてきた。木連人にとって地球人とはキョアック星人のようなものなのではないですか?」

「・・・確かに」

「その認識を改める必要があると思うんです。地球人には地球人なりに戦う理由がある。その根底にあるものはお互いに国を想う気持ち、愛国心であると」

「それを悟る良い機会になるという事ですか?」

「ええ。一同に会するからこそ、互いの想いを伝えられるチャンスなのだと思います」

「・・・・・・」

「まぁ、俺とて戦争以外でそのような機会を設けたかったですが」

 

実際に戦闘に入る前に、互いに何かを伝えるチャンスはきっとやってくる筈。

その時、互いに互いの想いを伝え、読み取れたら、お互いの事を認め合えると。

実際に眼にし、耳にするからこそ伝わる何かがあるんじゃないかと。

俺はそう思うんだ。

 

「ほぉ。お前は地球人なのか」

 

バッと向けられる銃。

ふんっ。もうどうにでもなれっての。

 

「中々の胆力。なるほど。確かに地球人を眼の前にすれば伝わってくるな」

「何がですか?」

「お前の和平への想いだ」

 

俺の想い?

 

「たった一人でここまでやって来たのだ。その想いは伺える」

「残念ですが、一人じゃありません」

「ほぉ。誰だ?」

「ケイゴさんがいました。そして、もう一人」

「・・・ケイゴが?」

「はい。ケイゴさんを信じているからこそ、ここまで来たのです。ケイゴさんであれば、和平の意思を貫けると。そう確信しなければ、ここまでわざわざやっては来ませんよ」

「ハッハッハ。ケイゴ」

「はい」

「お前の地球訪問は悪い事ではなかったな。こうして、木連人を信じてくれる地球人もいる。そう分かっただけでも俺達にとっては意味のある事だ」

「ええ。本当に」

 

別に木連人全てを信用した訳ではありませんので、あしからず。

 

「ところでそのもう一人とは?」

「地球における和平推進メンバーの一員。テンカワ・アキト」

「何? 死神がここまで来ていたというのか!?」

「ええ。彼は誰よりも和平を成し遂げたいと思っています。その想いはたとえケイゴさんであろうと及ばない。もちろん、俺でもです」

「そうか。木連を屠る死神が誰よりも和平を想うか。皮肉な事だ」

 

戦う事が誰よりも上手い人間が最も戦争を嫌っている。

・・・確かに皮肉な事だよな。

 

「さて、ケイゴ」

「はい」

「俺がなんとしてもお前と大将を会わせてやる」

「ありがとうございます。少将」

「まぁ、早く大将を安心させてやりたいっていうのが本音だけどな」

「それは上官として相応しくない本音ですね」

「ハハッ。違いない。だがな、私情があるからこそ戦えるのも事実だ。お前は見失うなよ。確かに現実は非情だ。しかし、情ある者に人は付いていく」

「忘れません」

「ああ。忘れるな」

 

ケイゴさんも親が親で苦労しているんだろうけど、それでもやはり恵まれていると思う。

こうして導いてくれる怖い先輩の存在は本当にありがたいものだ。

ユリカ嬢も父親で苦労している反面、その伝手で恵まれているしな。

うん、やっぱり、将来的にこの二人は何かしらのトップに立ちそうだ。

カリスマ性もあるし、情も篤い。

確かに二人には付いていこうと思わせる何かがあるよ。

それが情かどうかは分からないけど。

 

「最後にだが・・・」

 

うん? まだ何かあるのか?

というか、俺?

 

「地球人がここまで来た理由は?」

「ケイゴさん」

 

御願いします。

 

「それは父との席で御話します。その際には是非少将にも」

「分かった。その時は同席させてもらう」

「はい。御願いします」

「まずは大将だな。時間が掛かるかもしれんが、我慢してくれ」

「ええ。こうして御願いできる。それだけでも恵まれています」

「ふんっ。これから忙しくなるから休んでおけって意味だぞ」

「それは嬉しい苦労ですね」

「口が達者になったな。ケイゴ」

「地球では口達者な者が出世するみたいですよ」

「ほぉ。そうなのか。それは知らなかったな」

 

お~い。変な情報を教えないでくれないかな?

地球ってものを勘違いされちゃうから。

・・・勘違いと言い切れない側面もありますが。

 

「冗談です」

 

アンタ、そんなにお茶目だったっけ?

 

「知っている」

 

てめぇもかよ。

・・・そういえばそうだったな。

こんな人だった。

 

「はぁ・・・」

 

なんか疲れたぜよ。

・・・ま、なんとかなったかな。

とりあえず、まぁ、一安心。

あとは・・・カグラ大将との会談次第って訳だ。

頼みますよ、ケイゴさん。

 

 

 

 

 


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