「・・・そうか。まさかこの私が踊らされていたとは」
ケイゴさんの話を全て聞き終え、神楽大将は深い息を吐いた。
そりゃあ、利用されていた訳だから何かしら思う所があるだろうさ。
「それならば、シラトリ・ユキナも無事なのか?」
「ツクモの妹・・・ですか?」
「うむ。草壁派が和平の使者として送り、今は殺されたとされている」
なるほどね。
ケイゴさんで和平派を、ユキナ嬢で将来有望な三羽烏をそれぞれ焚き付けた訳だ。
身内の死ほど、人の感情を揺さぶるものはないからな。
ツクモさんは妹さんの事を溺愛していたようだし。
ツクモさんの親友の二人もユキナ嬢には頭が上がらないって感じだった。
焚きつけ効果はかなり期待できるだろう。
特に草壁派内で和平を提唱するツクモさんを揺さぶれたのが一番大きい。
多分、ツクモさんを中心に草壁派内でも和平を考える人間が増えてきていた筈。
そんな中でツクモさんが和平提唱をやめれば、草壁派内の意思も統一できる。
本当に一段も二段も考えられている策だよ、まったく。
「彼女ならば今もナデシコ内で保護されています」
ですよね、とケイゴさんが眼で訴えかけてくるので。
「不自由な暮らしはさせていないと言い切れます」
こう答えました。
「ふむ。報復の為に殺されたとなっている二人は無事に生きている。使えるな」
「使える・・・とは?」
「墓穴を掘ったという事だ。お前とシラトリ・ユキナの死を公表したのは草壁派。碌な確認もせずに、両者の死を偽造したと草壁を責め立てる事が出来るだろう?」
「草壁ならば誤魔化し切れるのでは?」
「口は達者だからな。だが、武器が増えた事も事実だ」
少なくとも、両者の死で軍人や国民を煽っていた事は事実。
両者の生存を報告する事でその勢いは削げる。
加えて、都合の良い考えだけど、草壁に不信感を抱いてくれればなお良しだ。
「さて、我々としては一刻も早くお前やシラトリ・ユキナの生存を伝えたい訳だが・・・」
その後、ギロッといった感じでこっちを見てくる大将。
思わずビクッとしてしまったではないか。
「して、その者がここにいる意図は何なのだ?」
「地球連合軍の改革和平派に所属する地球からの使者です」
「マエヤマ・コウキと申します」
ケイゴさんの紹介を受けて、頭を下げる。
「私がここにいるのは地球の和平派として木連の和平派に提案したい事があるからです」
「提案? 我々に、か?」
「はい。地球和平派のトップであるミスマル極東方面軍総司令官が計画した起死回生の一手を」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
それから、俺は大将に計画の全てを御話した。
司令の死を偽造している事。
ケイゴさんの死を偽造して欲しい事。
秘密裏に計画を練り合わせ、最善の結果を得たい事。
我々が考えた計画の及ぼす影響の事。
そして、俺がA級ジャンパーである事を。
「・・・既に地球では跳躍に関する技術が発達しているのか・・・」
「いえ。これは特別な人間にしか出来ません」
「その秘密を明かさずに手を組めと?」
「戦後、話す準備は出来ています」
「今では無理な理由があるのだな?」
「・・・はい」
信用を得る為に話せる事なら話せたい。
でも、これを話す事によって被害が及ぶのは俺だけじゃないのだ。
火星人や火星出身で今、地球で平穏に暮らしている者達などにも及ぶ。
俺は彼らの平穏、幸せを踏み躙る訳にはいかない。
協力者に隠し事をするのは非常に心苦しいが、納得してもらうしかない。
「・・・分かった。その件は今後、こちらから問う事はないと約束する」
「あ、ありがとうございます」
「総司令官殿には了承したと伝えて頂きたい」
「ハッ。必ず」
よかった。大将にも了承してもらえた。
これで計画は進める事が出来る。
「定例会にて私が周りを説得しよう」
「御願いします」
大将が説得するのなら大丈夫だろう、うん。
「さて、ここからは一人の親として・・・」
ん?
「感謝致します。息子を救って頂き」
そう言って頭を下げてくる大将。
・・・て、おい。
「そ、そんな、頭を上げてください。俺は別に何も・・・」
「いえ。貴方は危険を承知でこうして敵陣にまで息子を送り届けてくれた。怒りに我を忘れた私や和平派の面々が貴方を殺そうとしてもおかしくないのに」
そ、それは考えてなかったなぁ・・・。アハハハハ・・・。今更震えが・・・。
「貴方がいなければ、息子と再会する事なく、戦争は激化していたでしょう」
「やはりケイゴさんの死で和平への意思が揺るぎましたか?」
「・・・大切な一人息子でしたから」
「・・・父上」
「ただ、私も和平を提唱してきた一人。安易に方針転換は出来ません。ですが、地球へ恨みを覚えたのも事実。あのままでは地球に感情をぶつけていたでしょう」
「そうならずに済み、私も安心です」
「私もです。道化にならずに済んだ」
草壁派に踊らされて和平を結ぶと言っていた人間が戦争で感情をぶつける。
確かに道化であり、草壁派からしてみれば笑いたくなるような光景だろう。
でも、そんな光景を見る事は叶わないぞ、草壁派、残念ながら、な。
「周囲に息子の生存を伝えられないのは心苦しいですが・・・」
「・・・はい」
「後の平和の為、私も大人になりましょう」
そうだよな。息子の死を悲しむ国民達を騙し続けるのは酷く心が痛むだろう。
その痛みを耐えて、俺達に協力してくれると言うんだ。
・・・期待に応えなければ。
「さて、今後の方針だが・・・」
おっと、口調が元に戻った。
これからは木連軍大将としての顔って訳だ。
礼儀は通しても、使者に敬語では威厳がない。
ま、その辺りは大人の事情って奴だな。
礼儀を通すだけでも充分でしょ。
既に呑まれかけている僕もいますし。
「私達は息子の生存を知らない振りをしながら、地球側の混乱収拾を待てば良いのだな?」
「はい。一刻も早く収拾させるべく努めます」
「ふむ。だが、どれだけ短く考えても半年間はかかるだろう?」
「ええ。そこで大将に御願いがあるのです」
「全面戦争の期間を長引かせれば良いのだな?」
「はい。その通りです」
流石に分かっていましたか。
「但し、決して地球に勝たせる為に行動しないで下さい」
「無論だ。我が兵達を騙すつもりは微塵もない」
「戦場で垣間見る時は全力で。私達も負けるつもりはありません」
「ふっ。そうまで言われたらこちらも全力で応えるしかあるまい」
「・・・コウキさん。・・・父上」
「ケイゴ。これは避けられぬ闘いなのだ。ならば全力を尽くす事が礼儀であり、軍人としての誇りだ」
「ですが、それでは大きな犠牲が・・・」
「ケイゴ。覚悟を決めろ。互いに全力を尽くしてこそ見えてくるものもある」
「・・・熱血ですか?」
「木連で欠番とされているゲキ・ガンガーの話を見た事はあるな?」
「はい」
「その回で、両者は手を取り合った。今の地球と木連のような間柄であった両者が」
「戦意高揚の為に欠番とされた回でしたね。思想を操作する為に」
「私とてあのような都合の良い展開になるとは思っていない」
「・・・・・・」
「だが、戦わずに前へは進めないのだ」
「・・・分かりません。犠牲あっての和平など」
「今は分からずとも良い。いずれ分かる時が来る」
「・・・失礼します」
トボトボと退室していくケイゴさん。
ケイゴさんの性格なら仕方のない事だと思う。
潔癖症というか、汚い事を良よしとしない正義感の強い人だからな。
ま、そんなケイゴさんだから慕う人が多いんだろうけどさ。
「若いな、ケイゴは」
「それで良いと思います。清廉なトップでも。汚い仕事は他の者が被れば良い」
「ふっ。若者とは思えんな」
僕も大分擦れてきましたからね。
「草壁派の悪事を公表するのはその戦闘中という訳か?」
「司令は分かりませんが、少なくとも私はそう考えています」
一応、戦闘の可能性がある事は司令に伝えておいた。
その時は明確な返事をもらえた訳ではないけど・・・。
「両陣営が揃っている時にこそ効果的であると」
「我々は草壁派を共通の敵としなければならない。突然の事態で、混乱していなければ感情が邪魔をしてしまう」
今まで敵だった奴らと手を組めるかって事だ。
反発するのは必至。でも、反発する前に強引に進めてしまえば・・・。
「はい。それに、一度共通の敵としてしまえば、両者間の溝は一気に埋る」
一度でも手を組めば敵愾心も多少は薄まるだろうという楽観的思考。
「草壁を信じていいのか? そう困惑している時に手を差し伸べれば・・・」
「人は答えを与えてくれた者に味方する。手を差し伸べた者の味方になろう」
「決心が揺らいでいる時こそチャンスなんです。その機会を逃す必要はありません」
「ふむ。タニヤマ君。どう思う?」
今まで黙って大将の後ろに立っていた少将に問いかける。
「私はそれでよろしいかと」
「そうか。それならば、その方向で話を進めよう」
「ハッ。司令にもそうお伝えします」
間違っていたら怖いなぁ・・・。
その時は全力で謝って、司令の言葉を大将に伝えよう。
「利用しようと思っていたものに利用される。意趣返しとしては趣があるじゃないか」
そう笑う大将。もしかして、結構、根に持っていますか?
「今後、司令と大将との意思伝達には私を使って下さい。綿密に計画を進める為にも」
「うむ。かなりの数の会談を必要とする計画なのに直接話せないのは不安だが・・・」
「必ず私が伝えます」
「分かった。ケイゴも信頼しているようだから、私も信頼し、任せる」
「ありがとうございます」
どうやらとりあえずの信頼は得られたみたいだな。
「どの場所にどのタイミングで私はこちらに来るべきでしょう?」
「ふむ。まずは君にも定例会に出席してもらいたい」
「私にもですが?」
「ああ。神楽派内での結束を固める為にもきちんと状況を話しておきたいのだ」
「分かりました。出席させていただきます」
むしろ、ちょうど良いきっかけになるかも。
でもなぁ、その中に裏切り者が・・・っていけない、いけない。
まず裏切り者がいる前提っていうのがおかしいんだよ。
もうちょっと信じたって良いじゃないか。
・・・でも、やっぱり慎重になるべきなんだよなぁ・・・。
結構ジレンマです。
話して楽になりたいけど、人の命が掛かっているから駄目。
俺の双肩にはどれだけの人の命が乗っかっているんだろう?
ボソンジャンプの件でこうまで心労が溜まるとは思わなかった。
いつか胃に穴、頭部に円が出来ちまうってば。
「定例会には?」
「私が連れて行きましょう」
「タニヤマ君がかね?」
「現時点で彼が来る事ができるのはこの基地だけです。また、怪しまれない為にも私の部下という身分を与えた方が良い」
「確かに、私の部下では怪しまれるな」
僕が木連軍に仲間入りするんですか?
・・・まぁ、仕方ないと諦めますか。
大将直属だと確かにどこの馬の骨かも分からない人間だし怪しいよな。
まぁ、少将でも充分怪しいけど、大将よりはマシか。
「定例会には部下の一人として連れて行きます」
「分かった。頼む」
「ハッ」
はい。めでたく木連軍人仲間入りです。
・・・あぁ・・・なんかどんどん自分の立場が複雑になってきたような気がする。
「ケイゴに関しては私が引き取ろう」
「はい。しかし、秘匿対象であるケイゴをどのように用いるおつもりで?」
「カグラヅキに代わる戦艦を用意せねばならんだろう。戦闘中、旗艦として登場してもらわねばならんのだからな」
「しかし、草壁派に妨害されるのでは?」
「今、草壁はケイゴが地球にいると思っている筈だ。その隙を突く」
「確かに注意は地球側に払われていると思いますが・・・」
「問題ない。その為に私が草壁のもとへと出向くのだ。私は今、息子の恨みを晴らすべく地球を眼の敵にしているのだからな」
そう草壁に思わせる訳だ。
そうする事で草壁派を欺き、注意を逸らせる。
それに、きちんと側近達に状況を伝えるから、大将の態度に反発する事もない。
まぁ、多少の反発を見せないと不自然だから、何かしらの工夫はするだろうけど。
「しかし、新しく戦艦を造る事でケイゴさんが木連にいる事がバレるのでは?」
流石にそこまで鋭くないかもしれないけど、一応。
「可能性はあろう。だが、明確たる証拠がなければ何の対処もできんさ」
「そうですか」
それなら、良いのですが・・・。
「地球側の方が動き易いのであれば、ケイゴを地球に派遣するが、今はまだ木連の方が動き易いだろう」
秘密裏に動かなければならないけど、草壁派の注意は地球に向いている訳だから確かに動き易いかも。
「それでは、私の事はくれぐれも内密に」
「分かっておる」
「一度、司令にお伝えする為に地球に戻ろうと思います。私はいつここに戻ってくれば」
「定例会は三日後。前日の夜にでもここへ戻ってきてくれ」
「分かりました。それでは、前日の夜に、この部屋に戻ってきます」
「分かった。手配しておこう」
「それでは、失礼します」
偽造のCCを手に持ち、ナデシコの私室を思い浮かべる。
なくても跳べるけど、偽造しないと俺の異常がバレてしまうので。
本来なら複数所持が当然なんだけど、俺は一個あれば問題ない。
跳んでも消費されないし。
「ジャンプ」
とにもかくにも、小さな一歩、だけど、大切な一歩を踏み出す事が出来た。
後は何度も俺が往復する事で隙のない計画にするだけ。
おっしゃ。いっちょやったるか。
・・・しっかし、連合軍人でありながら木連軍人か。
将来、軍法会議とかに引っ掛からないよな?
なんだか酷く不安なのだが・・・。
「既に遺跡は確保されているか」
「はい。恐らくですが・・・草壁派は次元跳躍門を完全に掌握していると」
「そうか。なんとしても我らの手で取り戻さねばならんな」
「ええ」
「しかし、次元跳躍、地球人からしてみたら、ボソンジャンプだったか。地球人はどのように成功させたのだろうな?」
「・・・調べますか?」
「よい。和平成立後に話すと約束した」
「約束を守るとは限りませんよ」
「どちらにしろ、封印するのだろう? ならば意味のない事だ」
「本当に封印するのでしょうか?」
「・・・初めから疑ってはならん」
「・・・ハッ」
「タニヤマ君は良くやってくれたな。ケイゴも無事に帰ってきてくれた」
「本当に大佐なのでしょうか?」
「何?」
「タニヤマ少将が草壁派と手を組んで、大佐の偽者を用意したのでは?」
「あれは間違いなくケイゴだったぞ。それにタニヤマ君はそんな人間じゃない」
「子を失った心が死を認めずにそう無理矢理納得させているのではないですか?」
「・・・・・・」
「あの地球人にしたって草壁派の事に詳し過ぎます。木連にいた私達以上に」
「・・・随分と警戒しているな。予測でしかないと言っていたぞ」
「ええ。しかし、地球人と言われましても、果たして和平派かどうかも分かりませんし」
「確かにな・・・」
「充分に注意を。和平を成し遂げるにあたり、貴方の存在は不可欠なのですから」
「・・・分かっておる。だが・・・信じたいのだ。あの青年の目を」
「本日からナデシコはこのヒラツカドックからネルガルの工場に移動します」
「ネルガル? なんでまた?」
司令への報告を終えて、その足でそのままナデシコへ帰ってきた。
撤退戦で受けた損傷の修理も終え、後は明日香で全面改装するのみ。
・・・の予定だったんだけど。
「僕達の船は僕が強くしなくちゃ。そう思ってね」
「アカツキ!」
お前、いなくなったんじゃなかったのか?
「あれま。歓迎ムードじゃなかったのかな?」
「どういう風の吹き回しだ?」
もうナデシコとは決別したんじゃなかったのか?
「大人の都合って奴だよ」
いつも通りのふてぶてしさ。
だけど・・・その表情に、どことなく柔らかい笑みが見えた。
「それに・・・ナデシコもネルガルの船だからね」
明日香にネルガルのデータを渡したくないって事か。
・・・いや、きっと、単純に自分達の船を他者に預けたくない。
そんな親心からなんだろうな。あいつも・・・ナデシコのクルーなんだ。
「ナデシコは我々ネルガルが責任を持って強化する。任せてくれたまえ」
力強く頷くアカツキ。
そう言われたら、信じるしかないじゃないか。
「ネルガルの力でナデシコは新しく生まれ変わります。全面改装です!」
「それじゃあ、ナデシコがもっと高性能な艦に?」
「その通りです。もう木連なんて敵じゃありません。叩き潰してあげましょう」
強気の発言。
おいおい。和平を結ぶんじゃなかったのか?
と思わず突っ込みたくなる。
まぁ、艦長は何も気にせずに言ったんだろうけどね。
あ、一つだけ修正、叩き潰すのは木連ではなく、草壁派ですよ。
「全面改装って事はナデシコにいられないって事だよな?」
「ん? 確かに」
よく気付きましたね。整備班の方々。
「そうなるとエステバリスとかはどうなるんだ?」
「おいおい。エクスバリス計画は進行中だぞ。中断なんて勘弁だからな」
整備班らしい物事の考え方。
エステバリスをどうするかなんて考えてもなかったぜ。
「はい。その為、ネルガルに行く前に、極東方面軍の本拠地であるお父様の基地へと寄り、クルーと機材を降ろします」
「となると、ナデシコ改装中はそこで過ごす事になるんだな、俺達」
「ちゃんと俺専用の研究所を用意しておけよ」
なんかいつでも自由ですよね。ウリバタケさんって。
「その後は一週間の休暇を挟み―――」
「おいおい、休暇だってよ」
「ようやく外に出られるぜ」
「ずっと缶詰だったしな」
「うぅ・・・」
あ。艦長が・・・。
「お買い物に行きましょうね。ガイさん」
「おう! 荷物持ちは任せておけ!」
「ありがとう! 流石、ガイさん。頼りになります」
「アッハッハ。任せておけ」
「うぅうぅ・・・」
アハハ。変な会話を聞いちまった。
そして、艦長、困惑の形相。
いや、あれは・・・。
「さて、それなら私は漫画の続きを」
「ふっふっふ。新しいウクレレを仕入れなくちゃ」
「おっしゃ。なんか美味ぇもんでも食いにいくか」
「久しぶりに同期の皆に会えるのね」
「うぅうぅうぅ・・・」
漫画とウクレレと食い意地と。
イツキさんまですっかりナデシコに染まっていますね。
昔の貴方だったら、艦長の様子に気付いてアワアワしていました。
そして、艦長、段々と表情を変え、怒りの形相に。
「一度、ネルガル本社に顔を出した方が良いのかもしれません」
「私も付いていこう。ミスター」
「ええ。御願いし―――」
「私の話を聞いて下さぁぁぁぁぁぁぁい!」
プッツンしちゃいましたね、遂に、艦長。
「はぁ・・・はぁ・・・」
そんな息を切らす程に叫ばなくても。
「コ、コホン」
誤魔化しても無駄ですよ、艦長。
「休暇後は基地内で待機。整備班の方は基地の格納庫で作業を。パイロットの方々は基地でパイロットの教育を御願いします」
ほぉほぉ。なるほど。そう来ましたか。
ナデシコがいない間は簡易的な教導隊として働く訳ですね。
「相変わらず整備か」
「ま、それと平行して完成させちまわないと」
「エクスバリスですか。そういえば、他の機体の名称はどうなっています?」
「エステバリス・・・じゃもう変だもんな。ネルガル製じゃないも混ざっているし」
「んじゃ、新しい機体名も考えないといけませんね」
「その辺りは艦長に要相談だな」
「ふっふっふ。この長い事貯めていた俺の命名アイデアを披露する時が・・・」
「あんま変な名前を付けるなよ」
「愚問です」
なんか暴走しそうな気配を感じるのですが・・・。
「ま、俺様がゲキ・ガンガーの良さを教えてや―――」
「違いますから」
ガイの言葉に苦笑しながら突っ込むイツキさん。
「教官か? 多分、向いてないぞ」
「まぁ、いいじゃん、リョーコ。意外と楽しいかもよ」
「別にいいけどよ」
「ふっふっふ。私の継承者を見つけるチャンスだ―――」
「見付けんでいい」
鋭い突っ込みありがとう、スバル嬢。
イズミさん。貴方の継承ってもしやあのギャグのですか?
「・・・不安だ」
ナデシコパイロットが教官業をやっていけるのか非常に不安になった。
これは常識人のイツキさんに期待するしかないな。うん、マジで。
「生活班は同様の仕事を基地内で。代表者同士での話し合いを忘れずに」
テキパキと指示を告げていくユリカ嬢。
なんだか板についてきたというか、威厳が出てきた。
成長しているんだなぁとちょっと実感。
最初の頃はあんな風に多分出来なかっただろうし。
「詳しい事は追って各班の班長に連絡しますので、それまでクルーの皆さんは通常の業務を行っていてください」
「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」
ナデシコ艦内の団結力も上がってきている。
皆、成長しているんだなってやっぱり実感。
それになんか、本当に家族って感じで安心感がある。
暖かいしね。ナデシコ。色んな意味で。
「それでは、解散してください」
艦長が去り、その後をジュン君が追っていく。
なるほど。関係が変化してもそのスタンスは変化しないんですね。
分かります。でも、ジュン、もっと頑張れ。せめて横に並んで歩け。
「・・・・・・」
解散してすぐって混むんだよなぁ。
うん。ちょっとボーっとしてよう。
「あの、マエヤマ様」
「あ、はい。何でしょう? マリアさん」
ん? マリアさんか。
何だろう?
「ケイゴ様は一体・・・」
そっか。きちんと話してなかったな。
マリアさんにとってケイゴさんは大切な人だから、心配しない筈がない。
でも、ケイゴさんが計画の都合上で木連に帰った事は秘密にしないといけないし。
たとえマリアさんでもちょっとなぁ・・・。どうやって誤魔化すか。
「和平の為の活動で慌しく走り回っています」
「それでしたら、私もお手伝いに」
「ちょっと待ちなさい! 私も行くわよ」
おぉ。カエデ乱入。
「なっ! 私がいるだけで充分です」
「駄目よ。貴方と二人きりにしたらどうなるか分からないもの」
「わ、私は仕える者としてけじめはきちんと付けています」
「嘘よ。信じられない!」
「嘘じゃありません!」
・・・あぁ、なんか俺の前で喧嘩が勃発。
最早、ナデシコ新名物であるこれは周囲の微笑みやら苦笑の種でもある。
まぁ、相変わらず整備班の当事者(男のみ)への嫉妬は凄まじいけど。
とりあえず・・・。
「残念ながら・・・」
「何ですか?」
「何よ?」
そう睨まないで下さい、お二人共。
「現在、ケイゴさんは秘密任務中ですので、単独行動が基本です」
「そ、そうですか・・・」
「な、なんとかしなさいよ」
「出来ません」
「しなさい!」
「出来ません!」
「しなさぁぁぁい!」
諦めが悪いぞ、カエデ。
マリアさんみたいに素直に諦めてもらわないと。
「そういえば、ケイゴさんは思慮深い女の子が好みだとか」
「え?」
「ふふんっ」
「うぅ・・・」
勝ち誇った笑みを浮かべるマリアさんと、一瞬首を傾げた後、意味に気付いて悔しがるカエデ。
・・・愛されているねぇ、ケイゴさん。
「いずれきちんと話しますので少しだけ待っていてください」
「・・・分かりました」
「・・・分かったわよ」
渋々といった感じで納得する二人。
まぁ、納得してもらわねば困る。
ケイゴさんの為にも、ね。
「・・・・・・」
カエデはともかくマリアさんはいずれケイゴさんのもとへと行く可能性が高い。
それはカグラヅキに代わる新しい旗艦の製造が関係している。
新しい旗艦っていうのも恐らくはIFS制御。
マリアさんと共にいるのは優秀なオペレーター達であり、元々代表の息子であるケイゴさんの戦艦に配属されていた訳だから信頼も篤い。
新しい戦艦が出来た時、それを操作するのは彼女達であると見て間違いないだろう。
その時、オペレーター達と共にマリアさんも呼ばれる筈だ。
そうなれば、マリアさんはケイゴさんの下でまた働く訳だから・・・。
「ドンマイ。カエデ」
「何がよ?」
「なんでも」
出遅れちゃうぞ。頑張れ、カエデ。
「さてっと」
「何処行くのよ?」
「俺も色々と忙しいの」
実は地球と木連じゃ全然時間が違ってさ。
あんまり寝てないんだ、最近。
時差ボケというか、うん、朝とか夜の感覚が全くなくてね・・・。
「ふぁ・・・」
思わず欠伸。
寝ている時間と起きている時間のバランスが狂うと体調を崩すって言うし。
今後も無理する事が多くなるだろうから、寝られる時に寝とかないとね。
という訳で・・・。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「・・・おやすみなさい」
・・・どうしてここに?
「無理していたみたいだし」
「・・・眠たそうでしたから」
バレバレだぁ・・・。
「せめて寝る前に元気付けてあげようと思ってさ」
チュッ。
「突然ですね」
「元気出たでしょ?」
「ええ。とっても」
「・・・次は私の番です」
・・・ちょっと待とうか。
このままじゃミナトさんの真似でまた唇に唇を重ねてしまう。
いや、俺としては嬉しいんだけど、って何を言っているんだ!?
・・・コホン。
ちゃんとしたキスの意味を知った時に悲しむといけないから・・・。
「セレスちゃんはほっぺたの方が嬉しいかな」
これなら、大丈夫でしょう、うん。
「・・・ほっぺたですか?」
「うん。そっちの方が元気出る」
「・・・分かりました」
チュッ。
「・・・元気・・・出ました?」
「とっても」
「・・・良かったです」
ありがとね、セレス嬢。
「ふふっ。断らないのね」
・・・あ。その選択肢もあったんだ。
完全に忘れていた。
「クスッ。それじゃ、セレセレ、行こっか」
「・・・はい。ゆっくり休んでください。コウキさん」
「ありがとう」
ごめんね。正規オペレーターがいなくて大変な時なのに。
でも、お言葉に甘えさせてもらうわ。
「おやすみ」
「ええ。おやすみ」
「・・・おやすみなさい」
その言葉を最後に、意識は微睡みに落ちた。