「ヒラノ。戦況を覆す援軍っていうのは何だったんだ?」
『見れば分かりますよ。既に基地にいますから』
見れば分かる・・・ねぇ。
現在、アサルトピットをヒラノに抱えてもらって帰還中。
ちゃんと夜天光の映像を取らせたから、後で整備班辺りに確認しようと思う。
もしあの輸送機に夜天光が搭載されていたのなら、誰かしらが見ている筈だし。
しかし、何が目的だったんだ?
それに、どうしてわざわざ味方に攻撃させた?
事実を偽造、隠蔽するつもりだったのか?
それとも、単純に俺の勘違い?
・・・不確定事項が多過ぎて、検討もつかない。
基地に到着したら情報集めに駆け回る必要があるな。
既に先程の夜天光のデータもコピーしてもらってある。
『そろそろ見えてきますよ』
ヒラノのエステバリスの映像をアサルトピットに回してもらい確認。
ん? あれは・・・。
「ナデシコ・・・か?」
・・・いや。違う。
カラーは似ているけど、形状が異なる。
ナデシコの形状はどちらかというと鋭い。
それに対して、これは丸みを帯びていて、なんとなく装甲が厚い感じがする。
「あれは・・・」
『あれこそが明日香製の新しい戦艦、改革和平派旗艦の菊桜(キクザクラ)です』
・・・キクザクラ。
日本らしい名称だ。
「なるほど。あれが戦況を覆す援軍か」
『はい。そう聞きました。やはりナデシコ級は桁違いですね』
破壊力は随一だからな。
一隻で連合軍の戦艦十隻分以上の働きをしてくれるだろう。
「誰が乗っていたかとか分かるか?」
『いえ。流石にそれまでは・・・』
それなら、参謀にでも聞くしかないか・・・。
『それでは、降りますよ』
「ああ。すまなかったな」
『いえ』
基地に辿り着き、格納庫へと向かう。
どの小隊も帰艦しており、総出で出迎えられた。
「コウキ。どうしたんだよ?」
「ちょっと気になる事があってな。心配はいらないぞ。ガイ」
「でもよぉ、お前が落とされるなんて」
「誰だって落とされる時は落とされるって」
「・・・怖い事言うなよ」
それが真理だよ。
「見たか? コウキ」
「凄かったんだよ。キクザクラ」
「・・・ナデシコ並み、いえ、ナデシコ以上の攻撃力だったわ」
「みたいですね。三人とも、前線での戦闘、お疲れ様です」
興奮冷めやらぬといった感じ。
「おぉ。お前達もお疲れ様だったな」
「いやぁ。大変だったよぉ」
「・・・久しぶりに人の死を実感したわ」
「・・・それじゃあ」
「ええ。私の所は一人」
「俺の所は二人だ」
「・・・私も一人だったかな」
最前線だもんな。
俺達以上に激戦だった筈。
誰も死なない方が珍しいだろう。
「脱出までは良かったんだけどな。対応に遅れてアサルトピットごと破壊されちまった」
「流れ弾に当たってそのまま爆発。逃げる余裕もなかったみたい」
「・・・私の所は新人を庇ったベテランが死んだわ」
そうですか・・・。
運が良かったんだろうな。
前線じゃなかったし、離脱するだけの余裕はあった。
「すいま―――」
・・・違う。
謝罪なんてただの偽善だ。
するならば・・・。
「ありがとうございます」
それが命を懸けた民を護った軍人に掛けるべき言葉。
そして、その者の犠牲の上に成り立っている俺達が背負うべき業。
・・・謝ったって返ってくる訳じゃないんだ。
殺してしまった業を背負い、彼らの分まで生きよう。
それが、残された者の進むべき道。
「そう言われれば報われるだろうよ」
「分かっているじゃん。コウキ」
「謝った所で逃げているだけだものね」
シビアですね。イズミさん。
「誰がいつ死ぬかなんて分かりません。でも、どうせ死ぬなら―――」
「へっ。どうせ死ぬなんて言ってんじゃねぇよ」
「ガイ」
「確かに誰がいつ死ぬかなんて分からねぇ。それこそ神様ぐらいだろうさ。でもよ、自分も死なず、誰も殺されないよう努力すんのが正しい道だろ。どうせ死ぬ? 馬鹿言うな。死ぬ前から死んだ後の事なんて考えてんじゃねぇよ」
「そりゃあそうだ」
「死んだら何も考えられないって」
「あ。それもそうだ」
「相変わらずリョーコは馬鹿ね」
「馬鹿って何だよ。馬鹿って」
「ガイ君と同じって事」
「それはねぇだろ! こいつと一緒にするんじゃねぇ!」
あらら。喧嘩が勃発しちゃいましたよ。
・・・でも、ガイの言う通りだ。
死んだ後の事なんて、それこそ死ぬ間際に考えればいい。
今はただ生きる事を、そして、生かす事を考えよう。
「お疲れ様です。コウキさん」
「イツキさんこそお疲れ様です」
「私達は運が良かったですね。戦死者がいません」
「ええ。イツキさん達教官の指導のお陰です」
「いえ。訓練生達の頑張りですよ」
「ハハッ。今は誰のお陰かより生還を喜びましょうよ」
「そうですね」
死んだ者もいた。
でも、無事に帰ってきた者もいた。
生と死を分かつのは本当に一瞬。
運もあるし、実力もある。
でも、どんな理由だって良い。
生きて帰って来られたんだ。
今はただ、その喜びを噛み締めよう。
「しかし、やはり仲間の死は辛いですね」
「ええ」
今までその者がいるのは当然の事だった。
それなのに、一瞬で当然が当然じゃなくなる。
そして、その者が視界に映る事は二度とない。
それがどんなに寂しく、辛い事か。
「私は軍人です」
「ええ」
「ナデシコの皆さんは元々軍人ではないですし、軍人のような考え方でもありません」
「それは軍人としての覚悟が足りないと?」
そんな事はないと思うけどな。
「いえ。そうではありません」
あれ? それなら、どういう意味だろう?
「軍人じゃないのに、何故か理想の軍隊に見えるんです」
「ナデシコが理想の軍隊?」
「ええ。仲間を想い、慈しみ、家族のように団結する。軍じゃこうはいきません」
「まぁ、それがナデシコの強さですからね」
「はい。だからこそ軍人以上に強い。何より心が」
心が強い・・・。
「ナデシコの皆さんこそ軍人としての覚悟を誰よりも持っていると思います」
「ナデシコクルーに言ったら嫌がりそうな言葉ですね」
「そうかもしれません」
苦笑しあう。
軍を毛嫌いしているナデシコクルーが軍人らしいと言われて喜ぶ筈がない。
「軍人は死と隣り合わせ。だから、人の死は乗り越える強さがないといけません」
「・・・・・・」
「それなのに、私はいつまで経っても乗り越えられずに悲しむだけでした」
・・・イツキさん。
「でも、ナデシコの皆さんは違った」
「ナデシコクルーが?」
「ええ。悲しむのは同じなんです。でも、それだけでは決して終わらない。人の死を嘆くだけではなく、必ず乗り越え、その想いを後へと残していきます。強く・・・強く」
「それがイツキさんの言う、乗り越える強さ、ですか?」
「ええ。悲しむだけなら誰でも出来る。でも、その意思を残す事は強い者にしか出来ない」
意思を残す。
死んだ者の想いを受け止める。
「イツキさんもそうなれましたか?」
「はい。ナデシコが私を変えてくれました。私は多くの友人をこの戦争で失くしています。その事で恨みを抱えた事も憎しみを抱えた事もありました」
そうだよな。
軍人として活動していればその友達も多くは軍人。
この戦争で一番の死者を出しているのも、もちろん軍人。
俺なんかよりもっとこの人は仲間の死を実感しているんだ。
「でも、考えました。憎しみを抱いて何になるのかって。彼らの死を無駄にしない為に私には何が出来るのかって」
「死を乗り越えたんですね」
「ええ。ナデシコに乗り、その想いも強くなりました。だから、私も木連との和平に力を尽くしたい。そう考えているんです」
「それがイツキさんの結論ですか」
「ええ」
人の死。
残された者の想い。
過去の因縁。
未来への希望。
難しい、戦争とは本当に難しい事ばかりだ。
出来るなら何も考えずにボーっとしていたい。
でも、俺達は先代の勇者達の念を背負っている。
一般兵であろうと、指揮官であろうと、共に願うは平和のある未来。
誰もが勇者で、誰もが英雄だ。
その想いを受け、座ったままじゃいられないだろ。
「これからもよろしく御願いします。イツキさん」
「こちらこそ」
ガッチリと握手。
イツキさんの決意を聞き、俺の決意も更に固まったように感じる。
「全員揃ったようだね」
「・・・参謀」
格納庫に参謀の姿が現れる。
全員集まるのを待っていたようだ。
でも、全員ではないぞ。
カエデの姿が見えない。
「参謀。カエデが―――」
「カエデさんならそこに」
「え?」
イツキさんに示された方向を見る。
「・・・スー・・・スー・・・」
あ、あいつ、寝てやがる!
皆がこうして想いを重ねている時に一人で寝てやがった。
「す、すいません。参謀。起こして―――」
「いいさ。誰だって疲れている。早く休みたいのだろう」
・・・甘いですよ、参謀。
あいつはちゃんと言わないと理解しません。
「時間は取らせんよ。ただほんの少しだけ付き合って欲しい」
「・・・はい」
きっと、参謀は・・・。
「命を懸け、未来に尽くした英雄達に・・・敬礼」
ただ黙祷を捧げる為だけにここまで来たんだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
誰もが黙って祈りを捧げる。
何を思うのだろう。
安らかに眠れ?
後は任せろ?
意思は受け継ぐ?
きっと言葉になんて出来ない。
今まで共に歩んできた軌跡を思い出し、
万感の想いを込めて、彼らは祈っている。
だからこその黙祷。
言葉に出来ない想いを無言という言葉に乗せて。
彼らは死者に送っているんだ・・・。
「敬礼、やめ」
ゆっくりした動作で敬礼を解く。
この場にいる誰もが悲しみを胸の奥に押し込み、遥か先を見詰めた。
「解散とする。しっかり休み、体調を整えろ。それも軍人の仕事だ」
「「「「「ハッ!」」」」」
参謀の言葉に従い、誰もが足早に去っていく。
早く休みたいのだろう。その気持ち、痛い程に分かる。
だが・・・。
「俺には聞くべき事がある」
情報収集に駆け回らなければ。
「まずは・・・」
整備班の所にい―――。
「マエヤマ君」
「え?」
呼ばれた?
「何でしょうか? 参謀」
「連絡が遅れてしまったね。ナデシコクルーはキクザクラの前に集まって欲しい」
それは都合が良いな。
整備班もいるし、ムネタケ参謀もいる。
キクザクラのクルーもこれで分かるし。
一石三鳥だ。
「了解。カエデは如何しますか?」
「休ませてあげよう。初陣に近い中、限界まで頑張ったんだ」
「分かりました」
よく御存知ですね。
部下の事は全て把握しているという事ですか。
流石です、参謀。
「君が医務室まで送っていってくれるかい。集まるのに時間が掛かるだろうから」
「え? 俺ですか?」
「君達は仲が良いんだろう?」
「ええ。まぁ・・・」
でも、普通カエデは女性なんだから女性に頼みません?
「ついでに、確認して欲しい事もあってね」
「それって・・・」
「ハルカ・ミナト君。彼女も今、医務室にいる」
「え? ミナトさんが?」
どうして基地にいた筈のミナトさんが医務室に?
何かあったのか?
「彼女は廊下で倒れていたんだ。一人で」
「・・・倒れていた?」
廊下に一人で?
・・・状況は分からない。
でも、分かる事もある。
それは・・・。
「し、失礼します!」
彼女の身に何かがあったという事。
俺が傍にいてやらなければならないという事だ。
ベンチで眠るカエデを走り易いよう持ち上げ、医務室へ向かう。
すまないが、かなり揺れるけど、我慢してくれよ。
「もし眼を覚ましていたら、彼女達もナデシコに・・・って、聞こえてないね。それ程、彼女が大切って事か。キリシマ君を放っておかない所を見ると彼女の事も大切にしているようだけど・・・。あの姿を見る限り、抱いている感情の方向性が違うって所か。ふむ、若いっていうのは素晴らしい事だな。私達には懐かしい事だよ。なぁ、コウイチロウ」
「ミナトさん!」
廊下を駆け、医務室の扉を開く。
「シーッ。医務室ではお静かに御願いします。患者が眠っていますから」
「あ。すいません」
「お姫様を連れて来たんですか?」
「え?」
「だって、お姫様抱っこですもの」
あ。走り易さだけで考えていた。
こいつ、軽いから、この体勢が一番運び易いんだよな。
「え、あ、いえ。違います」
「あら。完全否定? 可哀想」
「え、えっと、こいつを寝かせるベッドってありますか?」
「ええ。これを使って」
疲労から眠っているだけだろうから、特にしてやる事もない。
起きたら自室に帰るようにと医務室の方に伝えてもらうとして。
そんな事より・・・。
「あの、ここにハルカ・ミナトという方がいると」
「ああ。はい。こちらです」
医務室の方に案内され、カーテンで仕切られた一つの空間に入る。
「・・・ミナトさん」
ベッドでスヤスヤと眠るミナトさん。
その顔に苦痛の色はない。
・・・とりあえず、大事ではないようだな。
「あのミナトさんはどのような?」
「気絶して眠っているだけです。少しお腹に殴られたと思われる跡がありますが・・・」
殴られて気絶?
誰がそんな事を。
見付けたらぶっ飛ばしてやる。
「そろそろ眼を覚ますかと。運ばれてから結構経ちますし、綺麗に入っていましたから」
女医さん、な、何か武術の心得が?
「ん・・・んん・・・」
「ミナトさん」
起きるのかな?
「それでは、私は失礼しますね」
「あ、はい。ありがとうございました」
「いえいえ」
ベッドの脇にある椅子に座り、ミナトさんの手を握る。
何があったのかって聞きたい。でも、それより前にまずはちゃんと起きてもらわないと。
「・・・ここは?」
「おはようございます。ミナトさん」
「コウキ君? あれ? どうしてこんな所に?」
「廊下で倒れていたって聞いて。心配しましたよ」
「そう。心配掛けたわね」
「いえ。何があったんですか?」
「・・・廊下・・・ッ! ユキナちゃん! ユキナちゃんはどこ!?」
ユキナ嬢? ユキナ嬢がどうかしたのか?
「ユキナちゃんが!」
「お、落ち着いてください。ミナトさん」
「コウキ君! ユキナちゃんが―――」
「ミナトさん。深呼吸。ゆっくりでいいですから」
「え、ええ。スーーッハーーッスーーッハーーッ」
落ち着いてください。
ちゃんと状況を確認しないと大変な事になります。
「落ち着きました?」
「ええ。取り乱してごめんなさい」
「いえ。それで、ユキナちゃんがどうかしたんですか?」
「今、この基地にユキナちゃんはいる?」
「ちょっと分からないです。俺も帰ってきたばっかりですから」
「・・・そっか。どうすれば確認が取れるかしら・・・」
ミナトさんではなく、ユキナ嬢の身に何かあったって事か。
確かに、基地に帰って来てから会っていないしな。
一応、ユキナ嬢もナデシコで保護している身だから・・・。
「今、ナデシコクルーに集合が掛かっているんです」
「それなら、ユキナちゃんがいるとしたらそこにいるのね」
「はい」
いるとしたら・・・。
どうしていない前提なんだ?
「・・・間違いであって欲しいけど・・・」
「ミナトさん?」
これだけ切羽詰った顔をしている。
あの冷静なミナトさんが。
・・・嫌な予感がしてきた。
もし、ユキナ嬢がここにいなければ・・・。
誰かがユキナ嬢を誘拐したという事。
下手すれば、木連人であるという理由で怒りに我を忘れた地球人に殺されたなんて事も。
必ず護ると約束したのに。俺はツクモさん達からの信頼を裏切った事になってしまう。
何より、ユキナ嬢が心配だ・・・。
「ミナトさん。立てますか?」
「ええ。集合場所はどこ?」
「案内します。付いて来てください」
「分かったわ」
立ち上がろうとするミナトさんに手を貸した後、医務室の出口へ向かう。
途中、カエデが眠っているベッドもあり・・・。
「お姉さん。そいつの事、よろしく御願いします」
「まぁ、お姉さんだって。良い子ね、貴方」
「それじゃあ!」
「あ。・・・行っちゃった」
すいませんが、構っている余裕はないんです。
シュインッ。
医務室から飛び出す。
「急ぎましょう」
「ええ」
急ぎ広場にあるキクザクラのもとへ向かう。
・・・胸騒ぎが止まらないのだ。