The great Great GREAT Doctor is Me !   作:東京<アズマ キョウ>

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◆ウルサスの子供たちの夜、後編です。


SB-13-2/2.グッバイナイトメア

今はただ

彼女に一つの

言の葉を

 


 

◆シップ内・寝台室◆

 

 その部屋には四人の名前が表示されていた。

 

 その内の一人であるソニアは消灯された部屋の中で眠る訳でもなく、ただ何もなく天井を見つめていた。

これまでの予断を許さない境遇から一気に解放されたためか、どうにも気分が落ち着かなかったのだ。

 

『何か見落としているんじゃないか』

『このまま眠っていてもいいのか』

 

 ()()を探って昂ってしまった彼女の心が、疲労を感じて眠気に身を任せようとする体の働きを頑なに拒んでいた。

 

 ふと、反対側の上段ベッドを見ると、そこには居るはずの仲間がいない。

ソニアは一瞬血の気を引かせて飛び起きたが、耳を澄ませてみれば上段ベッドの下から二つ分の寝息が聞こえてきた。

焦りで掻き乱された呼吸が落ち着いて漸く、本来の上段ベッド利用者であるヴィカはラーダに乞われて下段ベッドで二人揃って眠っていることを思い出した。

 

「……バカバカしい」

 

 独りで一喜一憂したことにソニアがばつが悪くなり、やり場のない思いを紛らわせようと乱暴に寝返りをうった時、ソニアの下で眠っている筈のアンナが彼女に声をかけてきた。

 

「ソニア、起きてますよね?」

「……どうした?」

「ホットココアを飲みにいこうと思うのですが、一緒にいかがですか?」

「……おう」

 

 アンナが音をなるべく立てないようにベッドから出た後、ソニアは静かにベッドから飛び降りた。

 

◆シップ内・移動用通路◆

 

 バスローブの上からそれぞれジャケットとケープを羽織って、ソニアとアンナは二人夜中の通路を歩く。

夜間灯で柔らかく照らされた、ドリンクサーバーのある食堂までの道に人の気配はなかった。

船内には彼女達以外にも動いているものもあるが、それはDr.エッグマンのロボットクルーだけだ。後は二人の歩く音と船の駆動音位しか聞こえない。

 

 動的でありながら無生物的、それがソニアの現実感を希釈している。

 

 今のソニアは隣にアンナがいなければ『実は眠っていた間に無人の施設に運ばれていた』と言われても信じてしまいそうだった。

無論、その様なことなど普通は荒唐無稽な話なのだが、此処に至るまでの経緯や環境はソニアの生きてきた中で最も奇天烈で荒唐無稽なものであるせいで否定しきれなかった。

 

 アンナを見る。

 

 廊下の照明を写しながら(みどり)がかったシルバーブロンドが、彼女の小さな歩幅に合わせて揺れているのを見ていると再び現実感が揺らぎそうになり、ソニアはさっと目を逸らす。

 

 その間、二人は何も話さなかった。

 

◆シップ内・食堂スペース◆

 

「コーヒーじゃなくていいんですか?」

「今はいい、アンナと同じやつで」

「判りました」

 

 食堂はDr.エッグマンの計らいで常時開放されているが、皆が寝静まったこの時間においては利用者は誰もいない。

 

 アンナとソニアはホットココアを片手に、テーブルを挟んで適当な席に座った。

 

「で、何だよ?」

 

 ソニアは椅子をくるりと回転させ、背もたれに腕をかけ足を組んで対面に座るアンナに尋ねる。

 

 ソニアは待った。

 

 彼女の問いかけから数分して、アンナは口を開いた。

 

「私は……うまくやれているんでしょうか?」

「……」

 

 アンナの口から出たそれはあやふやな言葉だったが、ソニアは彼女のほうを見つめたまま何も言わなかった。

 

 アンナは零すように話を続ける。

 

「私には……判りません。私の決断は、果たして皆を巻き込んで良かったのか、もっと早くに博士との伝手を思い出すべきだったのか、それとも博士に頼らない最善の手段があったんじゃないか……」

 

 細い指が紙コップを包む。

 

「いや……そもそも今の私は実は何も出来ていないまま都合のいい夢をあの高校の教室で見てるんじゃないか……。後で何か間違えたら皆を巻き添えにしてしまったりとか、それで皆を辛い目に合わせたりしないか、そんな考えが部屋に入って色々している内にふつふつと沸いてきてしまって、それで眠れなくなったんです」

 

 紙コップに入ったホットココアの揺れる表面を見つめながら、アンナはソニアに告白する。

その目はあの高校の時と同じとまではいかないものの、酷い焦燥感と猜疑、後悔、憂いに満ちたものだ。

その目に浮かぶそれらは、まるで肩を落とすアンナの背中にずるずるとのしかかっているようにもみえた。

 

「そうかよ……」

 

 ソニアは大きく溜め息を吐いた。

 

 アンナの漏らした言葉はやや纏まりを欠いているが、彼女の葛藤の根源は現状への不安と極めて重要な選択をした自分に対する自信のなさによるものだということをソニアは理解した。

 

 何せアンナはグラウンドでの食糧分配と避難船手配を経て、今や生徒間では最大勢力となったウルサス学生自治団の発起人である。

組織のリーダー自体は『冬将軍』の武名を持つソニアのままだが、これまでの経緯から武力以外の影響力はソニアやナターリアに並ぶものであることは確かである。

加えてソニアがアンナに一目置いている他、ナターリアはカリスマ性こそアンナに勝るものの支持基盤たる貴族生徒グループが自治団とは逆に分裂して小規模になってしまった上にナターリアは立場として自治団と協同歩調を執ると決めているため、アンナの地位は揺るぎないものになっている。

故に、彼女の肩にかかる生徒達からの期待はソニアの比ではない。

同時に、アンナがほんの僅かな期間で得てしまった立場からの重圧は彼女にとって未曽有の負担になっているであろう事は想像に難くなかった。

 

 生徒救出という偉業を成し遂げた『英傑』にしては、椅子に座るアンナの姿は酷く弱々しく頼りない有り様ではある。

しかしソニアはこの旧友の性質が自分で周囲を牽引するような、あまり果断即決というタイプではないことを知っていた。

この一日間で発揮したアグレッシブさは空腹や疲労などが練り合わさったハイテンション、ないし非常事態故のランナーズハイみたいなものだったようだ。

それが落ち着いた今、生来の性質が首を(もた)げて彼女を押し潰そうとしてきたということだろう。

 

「……バーカ」

 

 つまるところ、アンナはソニアと似たような思いを抱えて眠れずにいたのだ。

上下段のベッドで、二人して悶々としていたことに気づいたソニアは息たっぷりにそう言い放ってホットココアを飲む。

彼女の唐突な物言いにアンナは目を丸くした横で、ソニアは想像以上に強烈なココアの甘味によってしかめ面になり口をモゴモゴとさせてどうにか喉に流し込もうとた。

 

「うっげ、メッチャ甘い。何だよコレ」

「ちょ、バカとは何ですバカとは。あとそのココアはトッピングの蜂蜜を組み合わせた私独自のブレンドココアです。出来合いのココアをばっちり甘く作るには砂糖の他にも蜂蜜の分量とかにも結構気を使うんですよ?」

「さっきサーバーでココアに足してたのは蜂蜜かよ。口ん中がねっとりしてるみたいに感じるレベルはやり過ぎじゃねぇか?」

「それくらい甘いと推理小説を読む時とかにちょうど頭の回転をよくしてくれるんです。まぁコーヒーも煮詰まった頭をスッキリさせるのでいける口ですが、わがまま言えばお茶菓子が欲しいところです。支援物資のクッキーでさっぱりした甘さの奴とかならお茶菓子の代用品になったと思います」

「いらねぇよ、そんな甘いの尽くめは。アタシはお茶会みたいなのはガラじゃねぇし……話が逸れたな」

「そうですね。私としては非常に悩ましくて困っていた所だったんですが、急に罵倒されるとは思っていませんでした」

 

 アンナが非難めいた目でソニアを見つめるが、ソニアは呆れた様子で肩をすくめて言い返した。

 

「そういう悩みは本来はもっとお偉方がするもんだろ?何アタシらの未来を全て握ったみたいに考えてるんだよ。それともあれか、アンナはアタシらの皇帝、いや女帝陛下にでもなったつもりか?まぁ今、この船には『夏将軍』と『冬将軍』がいて、更に『お姫さん』とかもいるんだからまぁ帝国みたいなもんかもしれねぇな 」

「茶化すのは止めて下さい。私は誰かを意のままにしようとか全く思っていません。ただ、私の選んだ道は皆にとってどうだったんだろうって……」

「不安なんだろ?自分は正しかったのかって」

「……そうです」

 

 アンナは小さく頷いた。

 

 そうやって悩むアンナに、そして自分を揺さぶっていたもどかしさに対して、ソニアが投げつける言葉は一つだった。

 

「知るかよンなもん」

「は?」

 

 アンナは呆然として思わず声が漏れたが、ソニアはそれには構わない。

 

「正しいだの何だの言い始めるなら、そもそもあの高校にアタシらを押し込んだ奴らが……チェルノボーグを襲ってメチャクチャにした奴らが悪いに決まってんだろ。アイツらにも言い分があるのかもしれねぇけどよ、だからってアタシは喜んで顔を()たれにいくようなマゾじゃねぇ」

 

 ソニアは一旦言葉を切ってホットココアを飲んだ。

 

ッチッ甘ぇ……それは、あの校舎でもそうだった。あの時もしも誰かが正しいこと云々やって皆で仲良く暮らしましょうなんて言ってたら、まずソイツから身包み剥がされてオダブツだったろうよ」

 

  ソニアの飲むホットココアの甘ったるい味が、彼女の口に広がり喉にまとわりつき体の内側をゆっくりと暖めた。

 

 空になった紙コップをテーブルに置く。

 

「誰かから奪ったり襲ったりはさ……当然それは間違ってるし、悪いことだ。けれど、生き延びるために、どいつもこいつもそれに目を瞑って奪い合ってたじゃねぇか。あのままなら、近い内に全員ダメになってた。……そんときゃアタシが真っ先に死んでたかもな」

「ソニアが?貴女なら私達の中でも一番強いですから、どうにか助かってたんじゃないですか?私よりも、ずっと」

 

 アンナの耳を疑う言いたげな言葉に、ソニアは力無く鼻で笑うと紙コップを指で弾いて倒す。

 

「腕っ節なら貴族生徒連中に負けるつもりはねぇけど……多分、その前にへし折れる。誰かの首を転がしながら、最後にソイツらの仲間入りして野垂れ死にだったろうよ」

 

 そう言いながら、(てのひら)で紙コップを押し潰した。

 

 ソニアが選ばなかった未来(のIF、本来の末路)

彼女を闇討ちしようとした生徒達を『貴族生徒グループの横やりがないまま』返り討ちした場合。

貴族生徒の倉庫へ向かう際に『アンナに会わないまま』襲撃をかけた場合。

そのいずれでも、己は決定的な『折れ』を味わっていただろうと彼女は確信していた。

 

 だからこそ、ソニアはアンナの目を見て思いを告げる。

 

「だからさ、アンナ。アタシはアンナに感謝してる。アンナがいなかったら、アタシはここにいなかった」

 

 一度言葉を切る。

 

 アンナの背が次第に丸まっていくのを見ながら、ソニアはもう一度命の恩人(大事な旧友)に告げる。

 

「アンナ、アタシを助けてくれて、ありがとう。本当に、ありがとう。もし誰かがその事でアンナを責めるようなふざけた事をしてきたら、そんときゃアタシがアンナを助けてやっから。だから、アンナは胸を張っても良いんだよ」

 

 ソニアの思いが、アンナの背中を一押しした。

アンナは顔を俯かせて嗚咽を漏らし、声にならない声のまま泣き出した。

彼女の小刻みに揺れる肩が、碧色の瞳から溢れ出すが涙が、言葉の代わりに彼女の心を表していた。

 

「……やっぱり、アタシはコーヒーのほうが良かったかも」

 

 未だに口に残るホットココアの甘さがソニアの好みに対しては些か強すぎたが、今の彼女にはこの味も中々悪くなかった。

 

◆◆◆

 

 窓のない寝台室の中で、時計の針は既に深夜の中頃にまでさしかかっている。

 

「(夜明けまではあまり時間はねーけど、今夜はしっかり眠れそうだな)」

 

 部屋に戻ったソニアはその後、久しぶりの熟睡を堪能することとなった。




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