The great Great GREAT Doctor is Me ! 作:東京<アズマ キョウ>
それは、かの『デタラメ』な存在によって大いに覆された。
EG-01.天の向こうからの侵略者
◆ウルサス帝国/チェルノボーグ◆
1096年12月。
雪が積もり、次第に冬の様相に変わっていく季節。
それはただ平凡だったはずの日々が終わった時のことだ。
-息が切れそうになる。心臓が割れそうなほどに痛い。でも、今はとにかくここじゃない場所にいかないと-
【ウルサス帝国】の大移動都市【チェルノボーグ】は過日の平和な日常が幻だったかのような混乱に陥っていた。
いや、或いは正に平和こそが幻だったのかもしれない。
無慈悲で強大な災厄たる【天災】や謎の多い死病【鉱石病】、その病の感染者と非感染者との間に横たわる格差や対立は見かけ上の平和の裏側で確かに存在していたのだ。
そうした事実が今、この【チェルノボーグ】に爆風と暴力を伴って現界していた。
-隠れなきゃ……-
戦う力も抗う術も持たないその子はもつれる足を引きずって只管に走った。
出来るなら止まって大きく息を吸いたかったが、今彼女が動かなければすぐさま白貌の仮面を装った感染者集団【レユニオンムーブメント】に見つかってしまうだろう。
街角のラジオスピーカーは狂ったように一定の語調でチェルノボーグ軍事警察の優勢を謳い市民に冷静さを求めるが、壊れゆく都市に取り残された者は誰もその言葉を信じていない。
今この都市を呑み込まんとしているのは間違いなくレユニオンムーブメントだ。
彼らに見つかればどうなるかを彼女はよく判っていたが、同時に体の限界も近かった。
-せめて隠れられる所か物陰に身を潜めたい-
-頭上が暗くなった。いつの間にか屋根のある場所に来たみたい-
彼女は立ち止まって大きく息を吸った。
-今はどうか見つかりませんように-
彼女はあてもなく神に祈った。
そして見つかった時はせめて、昨日声高に感染者の廃絶を叫んだ男がほんの少し前に辿ったぼろ切れのような末路だけは許して欲しかった。
ただ立っているだけでも辛くなったため、彼女は近くの壁に体を預けた時、ふと天井を見た。そこに天井は見当たらなかった。
そもそも、今居る場所は室内でも何かの屋根の下でもなかった。
-えっ-
では何故ここは暗がりになっているのか? 彼女の疑問を余所に、暗がりはゆっくりと移動していた。
-まさか【天災】?! -
彼女は先程まで過剰に動かして宿っていた体の熱が一気に冷えていく感覚に陥った。
最早何も考えず、その子はその場で頭を庇ってうずくまった。
だが、何も起きない。
その子は恐る恐る空を見上げた。
赤い。黒い。黄色い。
何かが【天災】蠢く空をゆっくりと横切っていた。
◆◆◆
1096年12月23日。
「『ドクター』、お願いです!後もう少しの辛抱ですから!」
チェルノボーグにいるドクターを救出した【ロドスアイランド】、そのチームの指揮を採る少女『アーミヤ』は覚醒間もないドクターをその華奢な四肢で支えながら【天災】による混乱とレユニオンムーブメントによる暴威から彼を守らんと、救出作戦に従事した同僚達と共に崩壊しつつある都市内を懸命に移動していた。
チェルノボーグの情勢は混迷を窮めていた。
【天災】の影、捨て身と言わんばかりの白貌の暴徒達による破壊、明確な殺意を伴ったアーツ攻撃の熱風……逃げ惑う市民達の絶望と悲鳴が都市内の至る所に満ちており、アーミヤはそれら全てが自分達を責め立てているような無力感に苛まれていた。
「(涙が零れそうになる。でも、今はその一瞬ですら無駄にはできない…!)」
ロドスアイランドのオペレーター達は目まぐるしく変化する状況と度重なるレユニオンムーブメントからの襲撃に疲弊していたが、そういう事を気にする寸暇すら惜しい状態だった。
現在の彼等を取り巻く環境は悪化の一途を辿っている。
暴徒の襲撃もそうだが、破壊活動による建物や道路の崩壊も所々で起きているため立ち止まるのは危険極まりなかった。
ましてや家屋など放火やアーツ攻撃等の影響で崩れかかっている所がある状態なので下手に側にいれば倒壊に巻き込まれる可能性だってあった。
アーミヤ達は『ニアール』を始めとする歴戦のオペレーター達の先導によって、薄氷の上ながらもリスクを避けて逃げてはいたものの、彼等にとって致命的で、いずれは訪れたであろう危機がついに目の前に顕れた。
「逃げる奴が居るぞ!ブチ殺せ!」
移動先にあった崩れかかった雑貨店舗から多数の暴徒が飛び出し、憎悪に満ちた顔でドクターやオペレーター達に礫を投げつけてきた。
「ドクター、こっちです!」
アーミヤ達は踵を返して進路を変え、暴徒達の攻撃から逃げようとしたが。
-ヒュゴッ-
逃げるアーミヤ達を狙って握り拳ほど有るコンクリートの礫が次々飛んで来る中、うち1個が不幸にもドクターの背中に突き刺さってしまい、ドクターはたまらずよろめき倒れてしまうのだった。
「ドクター?!」
アーミヤの悲鳴が街角に響く。
それを聞いた暴徒達が気炎を上げた。
「『ドクター』?つまりチェルノボーグの学者様かよ?!感染者(俺達)を見捨てて足蹴にしやがって……!俺達の苦しみを味わいやがれぇェ!」
暴徒達は更に礫を投げつけた。
「違います!私達はロドスの……」
「ウルせえ!金がネェなら診ないだぁ感染者は来るなだぁ好き勝手ぬかしやがって!俺達はやりたくて文無しやってんじゃねぇんだ!そんなにモノが欲しけりゃコイツをくれてやるぁ!」
「クッ、見境なしか……アーミヤ、あれらは私が片付ける。ドクターに応急処置を!」
「アーミヤはドクターを近くの障害物に隠してくれ。私がそれまでカバーする」
「はい、『ドーベルマン教官』、ニアールさん!」
ニアールが盾を構え防御しドーベルマンが群れなす暴徒を鎮圧する傍らで、アーミヤはドクターをどうにか身を隠せそうな瓦礫の側に座らせるとコートをたくしあげ背中の傷の容態を診た。
不幸中の幸いではあるが、背中の傷は出血を起こしているものの骨や内蔵を傷つけている様子はなく、後で落ち着いた場所で適切な治療を施せば後遺症や悪化は起きなさそうであった。
「(良かった……)」
手当ての腕は全く止めず、アーミヤは内心安堵するも彼女はドクターが小刻みに震えているのに気がついた。
「ドクター、どこか痛むんですか?!まさか他の所にも石が?!」
アーミヤは慌ててドクターに向き合うと、顔を厚いフェイスマスクで覆ったドクターはアーミヤを見て小さく首を横に振った。
「違うんだ……怖くて堪らないのと、そうして君達に負担をかけていることが情けないんだ……私に記憶があれば、もっと君達の助けになれたんじゃないかと思うと……」
そう言うとドクターは背中の痛み、或いは自身の足手まといさを噛み締めてか俯いて歯を食いしばっていた。
ドクターの弱々しい正直な告白を聞いて、アーミヤは今まで堪えていた涙を溢しそうになった。
ドクターはチェルノボーグから救出された時、何らかの原因があって記憶障害、過去の記憶を無くしていた。
何故チェルノボーグにいたのか身の覚えがないままの脱出となり、そして窒息しそうなほど都市内に充満する悪意、殺意、嫌悪を一気に浴びたのだ。
自分にとって謂われのない危機の数々に遭遇したならば、むしろ他者に当たり散らすか現実逃避してもおかしくない。
事実、アーミヤは不慮の事故で【鉱石病】を患った感染者が周囲からの悪感情によって心を傷つけ自暴自棄になった姿を何度となく目撃したことがあり、況や今のチェルノボーグは正にあの時の狂乱が都市全体に溢れだした場所なのである。
にもかかわらず、ドクターは『記憶が無くて悔しい』と己が不出来を嘆いたのだった。
「(あぁ、やっぱり、ドクターは貴方のままなんですね。誰よりも自分の責任を強く感じて、周りの皆さんのことを気にかけているんですね)」
たとえ記憶を無くしても、ドクターはドクターのままであったことにより強い敬愛を覚えた後、アーミヤは思わずドクターの頭を抱き寄せそうになったが、今は切羽詰まった事態であるため惜しみつつもドクターの両肩を持って応えた。
「ドクター、ありがとうございます。貴方がそう思っているから、皆さんがドクターを支えようと頑張ってくれたんです。記憶のことはこれから私も協力しますから、まずはここから避難しましょう。私を信じて下さいますか?」
ドクターはアーミヤの心が籠もった問い掛けを聞くと、右手でアーミヤの手を握って小さく頷いた。
「すまなかった、ありがとうアーミヤ。立ち上がりたいから手を貸してくれるか?」
「はい、ドクター!」
アーミヤはドクターの手を握り返すとふらつくドクターを支えながら立ち上がらせた。
ドクターが立ち上がった後、暴徒達の鎮圧を済ませたドーベルマンとニアールがアーミヤ達に合流した。
「撃退した。数は多かったが、一人一人は貧弱だった。……日頃は食事にも事欠く状態だったのかもしれんな」
「店舗は雑貨兼喫茶の所だったらしい。水や食料は一切残っていなかったが、包帯代わりの布程度はあった」
ドーベルマンとニアールは戦闘結果をかいつまんで話した。
幸いにもレユニオンムーブメントに連なる集団ではなかったようだ。
「お二人とも、ありがとうございます。急いでここを離れましょう」
アーミヤがドーベルマンから包帯代わりの布を受け取りドクターの応急手当を完了させてその場から移動しようとした矢先、ドクターは急に立ち止まって空を見上げた。
「ドクター、どうしましたか?」
ドクターの唐突な行動に疑問を覚えたアーミヤはドクターに尋ねた。
ドクターはアーミヤの目を向かず空の1点を凝視したまま答えた。
「アーミヤ……あの、空を浮かんでいる物は何だろうか?」
「空、ですか?」
アーミヤはドクターと同じ方角を見ると、思わず絶句した。
そこには、巨大で、丸みのある外郭の、赤と黒をメインとした塗装の、船のような人工物が空に浮かんでいた。一見するだけでも並の建造物を遥かに凌駕するサイズと判るそれは、眼下の狂騒など左右されないかのように悠然と【チェルノボーグ】の上空に差し掛かっていた。
ドーベルマンやニアールもまた、予測不可能の事態に混乱した。
「【天災】で建物か船が空に飛び上がったのか?!いや、そんなバカな?!」
「もしかしてあれは移動都市か?いや、空を飛ぶ都市など聞いたことがない……」
「(普段より冷静沈着な二人が取り乱してます……)」
余りの衝撃に絶句していた自分を棚に上げて、アーミヤは珍しいものを見たような奇妙な感慨、もとい現実逃避を味わった。
尤も、それは此処にいる彼等に限ったことではなかったようだ。
崩落や火災の音以外の人工的な音があの飛行物体の出現を機に次第に小さくなっており、チェルノボーグ内の人間全員がまるであれに注目しているかのようであった。
その飛行物体はチェルノボーグの真上まで来ると、その外郭の一部を開いたかと思えば何やら金属の球体に円形の装置がついたものが一斉に放出された。
「(あれは、モニター付スピーカーのドローン?)」
アーミヤが飛んでくる金属の装置をそう当たりをつけた時、装置はアーミヤ達の近くにも飛来し、空中で静止した。
ドローンのモニターが起動すると、そこには数多の計器盤にパイプ、チェルノボーグの各地を撮影しているであろうモニターが並ぶ機械的な部屋にふくよかな老人がふてぶてしく立っていた。
赤と黒を基調とした衣服に丸い黒メガネ、箒を思わせるような髭を蓄えた彼はにやりと笑うと高らかに話し始めた。
それはまるで自分こそが最も優れているのだという揺るぎない自信を感じさせる声で、
《はじめまして、諸君!我が名は『Dr.エッグマン』!史上最高の天才科学者にして、世界を支配する大帝国、【エッグマンランド】の主である!》
そう世界に宣言した。
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