The great Great GREAT Doctor is Me !   作:東京<アズマ キョウ>

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◆チェルノボーグから東に位置する、自由と繁栄を営む移動都市の中。

◆都市の治安と人民の命を守るために戦う彼女達二人は、夕暮れの中で現状を話し合う。


【サイド:龍門】
LM-01.憂いて語らう


1097年1月、薄暮。

 

◆龍門・近衛局◆

 

 夜の帳が降りつつも外はさながら不夜城のごとき煌めきで包まれており、道行く人々は街灯の明かりに照らされながらめいめい行き着けの酒店に足を運んでいく。

 

 外の街灯で【龍門近衛局】の看板が鈍く照らされる。

 

 その施設の上階。

【龍門】の治安を一手に担い、中でも精鋭と謳われる近衛局特別督察隊の隊長の執務室があった。

 

清潔感のある白の壁紙。

手入れの行き届いた得物を格納する武器ラック。

作戦や事件に関する資料がうず高く積まれた執務机。

重要人物の写真が貼られた黒板。

龍門に対する貢献を評しての勲章や同僚たちの整列写真などが飾られた額縁。

 

 そういったものに囲まれる中に一人の龍族女性。

 青みがかった黒髪、無駄がなく引き締まりながらも見る者にしなやかさを覚えさせる体躯、濁りのない澄んだ赤の瞳を持つこの部屋の主『チェン』は上層部に対して報告するための書類を取りまとめていた。

 

「隊長、失礼します」

 

 外の喧騒と執務室内のキーボードを叩く音しか聞こえなかった部屋にノックと入室を求める声が響いてきた。

 

「『ホシグマ』か、入れ。どうした?」

 

 チェンに促されて入室したのは鬼族の女性。

 碧色の長髪から見える一本の太い角、長躯ながらも善良な市民には暴性を感じさせない姿、全身を黒の衣装で統一した彼女はしかして並の悪漢なら道を譲り、半端な無頼漢なら彼女を前に傲ることを控え、優れた目を持つ壮士なら彼女の強さに一目置くであろう女丈夫のホシグマであった。

 彼女は脇に書類を抱えて敬礼した。

 

「本日の業務報告が纏まりましたので提出に伺いました」

 

 ホシグマの言葉を聞いてチェンはちらりとPC内蔵の時計を見た。

時刻は午後6時を差しており、本日最後の業務が非常に順調にこなされている事を示していた。

 

「……お前の所もか」

 

 チェンは思わず呟いた。

 

「はあ?」

 

 ホシグマが訝しむのを見てチェンは苦笑して手を振った。

 

「見ろ、時計を。普段の今頃なら我々は自身の安寧を捧げてどこかのバカがしでかすような悪事を叩きのめしているところだろう?」

「なるほど。確かに小官もこの時間帯に報告書を書くのは下級官の頃以来です。白状すると、報告書作成中に何度も『17時』を『午後7時』と書き違えそうになりました」

「そうか。『スワイヤー』の奴も似たような状態になっていた」

「スワイヤー上官ですか。そういえば夕方から見かけませんがどちらに?」

「知りたいか?奴ならもう退勤した」

「なんと」

 

 近衛局で終業間際にしばしば急な仕事が追加されることが多く、日常的に予定が思った通りに進まない現実を真っ向から受け止めて業務への気炎(怒り)を上げるスワイヤーが既に帰路に就いたことにホシグマは仰天した。

 

「いつもなら追加で差し込まれる事件の経費処理が今日は全くなくてな。追加案件がないと確信してから通常業務をさっさと片付け『これでようやく自宅のアロマオイルバスを楽しめるわー』とかいって即座に退勤処理をして帰った」

「スワイヤー上官も多忙な方ですからね。今日みたいな日は確かに貴重でしょう」

「『貴重』ね…ホシグマ、『どう』見る?」

 

 チェンは物憂げな表情でホシグマに曖昧な問いを投げかけた。

ホシグマは敬礼を解き直立するとチェンの意図を酌んで現状に関する自身の見解を述べた。

 

「そうですね。言われてみれば危ういかもしれません」

「その心は?」

「地元の黒社会に動きはいつも通りですが、今日少なかったのは不法滞在する感染者や貧民街関連の犯罪です。いいえ、犯罪というよりも『人』そのものが減っています」

「続けろ」

「ハッ。不審に思い勝手ながら出国管理部と葬儀部に確認してみましたが共に届け出は平常通り、ですが大規模移動の痕跡が都市西部に確認されました。同時に西部に移動する貧民群の報告もなされています。これらのことを踏まえますと…」

「貧民、不穏分子が龍門から脱出しようとしているということだな」

「はい、チェン上官。その可能性は存在するかと」

 

 チェンの予想にホシグマが頷いた。

 

「ふぅ…」

 

 チェンは業務を終えたPCを横に退け足を机の上に投げ出した。

 

「短期的にみれば貧民の国外脱出は我々にとって好都合だ。龍門を悩ませる問題の発生源が自ら居なくなってくれるのだからな。この龍門でも感染者と非感染者の対立は日々発生しているし、貧困問題もそれに絡み合って酷い有り様だ。一部のウルサスかぶれの富裕層は感染者の排斥は貧困の一掃にもつながると同一視し、ウルサス同様に即座の解決を『ウェイ』長官に求めている。……が、そもそも快刀乱麻の解決手段があるなら長官がとっくの昔に振り回していること位見て取れると思うのだが」

「ウェイ長官は雲のような方ですから、捉えどころのなさや自由を愛する気風を見ていると敢えて無策を採っているように見えるのでしょう。中には本気で無策故の放置だとみなして糾弾する政治家もおりますが」

 

 ホシグマの発言にチェンは頭をふった。

 

「私には理解できない神経だ。私なら相手を知らず己を過信して長官に挑むことなどやらない。せめて得物が手に届く位置であればまだ……」

「それ以上は。誰かに聞かれればチェン上官を落とす揚げ足取りの材料になりかねないかと」

 

 チェンがこぼしかけた爆弾発言をホシグマがすかさず制止した。

いくらここが近衛局の防犯対策がなされた場所であっても壁に耳があることもある。

チェンは優れた才覚と不断の努力あってこそ今の地位を得ているのだが、妬む者にはそれは『偶然』もしくは『他者を蹴落として得た不当な物』にしか見えないため、チェンの失点を虎視眈々と狙う者が後を絶たなかった。

 

 チェンは肩をすくめて言い留めた。

 

「ままならんな。で、だ。問題は『居なくなった連中がどこに行ったか』だ」

 

 チェンの問いにホシグマは直ぐに答えた。

 

「チェルノボーグでしょう」

「だろうな。余程愚かでなければ簡単に想像がつく」

「龍門の西にあり、今最も話題の場所です」

「公式集計はともかく民間調査のトレンドとしては【シエスタ】の今年のサマーライブ予定に関する話題を超えた時もあったからな。この地域でチェルノボーグに関心がない者などいないだろう。それこそ、感染者は特に」

「今日の犯罪の中に散見されたのは浮浪者の国外脱出でした。レユニオンムーブメントなる集団の潜入を警戒して入出国審査をしたところ、強引に突破しようとした者がおりました。供述では

『龍門よりも俺達を助けてくれる場所があるんだ!お前らだって普段は俺達が居なくなればいいと思ってるんだろうが!』

と主張したそうです。当人曰わくエッグマンボーグに向かうと言っておりますがレユニオンとの関係が皆無と言い切れなかったため調査中です」

「まだ今の段階……チェルノボーグの現状が周知していない状況だからこそこの程度で収まっているが、公に情報公開されれば何十倍の出国騒動が起きるだろうな」

 

 ホシグマの報告に、チェンは両手を組んで苦々しくぼやいた。

 

「そこまでですか。小官はチェルノボーグの状況をあまり詳しく把握していないのですが」

「チェルノボーグは今、【鉱石病】に縁がある人間に最も注目されている。感染者は勿論、【鉱石病】研究者や源石業界もチェルノボーグへのコンタクトを取ろうと躍起になっている。後者は『あの男』の技術目当てだが」

 

 チェンはチェルノボーグのみならず龍門にも激震を走らせた存在を思い起こした。

 

「チェルノボーグのDr.エッグマンですね。私もあの放送のコピーを拝見しましたが、衝撃的でした」

「私にはあの動画に使われた技術の原理はさっぱり判らないが、龍門の科学者界隈が言うには

『オリジムシ相手とは言え対象を生存させたまま鉱石部分を外的に処理することは現在の科学では困難。映像技術による捏造の可能性はゼロではないが、十中八九実際の実験映像だろう』

ということで、未知の科学技術が突然発表されたことで大変揉めているそうだ。科学者内の学閥は当該技術が存在するかと認めるべきかの見解を争い、個人の研究者はチェルノボーグ行きの出国手続きをする者が続出して科学者界隈は混乱状態だ。医者界隈も似たようなものだな。源石業界はより【鉱石病】リスクを抑えた鉱山開発が出来るのではないかと色めきだっている。政治家のほうも今回の件で有能な科学者が外部に流出することを恐れて規制すべきだという声すらある。面倒なことだ」

「そして感染者は新たな治療法を求めて国外脱出ですか」

 

 ホシグマは拘束した違反者の発言を頭に過ぎらせた。

 

「トランスポーター経由であちらの情報が口コミで広がっているのも大きいな。チェルノボーグでは感染者差別がないとの噂がまことしやかに流れている」

「その噂は私も聞きました。

『チェルノボーグの二勢力は感染者を受け入れる/エッグマンボーグは感染者かどうかを問題視していない、そしてレユニオンは感染者のみ受け入れる』

と」

「そうだ。そこが私の懸念している所でもある」

 

 チェンは足を下ろし肘を机に置いて語った。

 

「長期的に見れば、龍門から貴重な人材が流出するリスクがある。その場合、流出の中身を占めるのは『科学者』『優れた才はあっても感染者故冷遇された者』『単純に避難地を求める者』そして『龍門に恨みを持ち外部に協力を求めようとするレユニオンムーブメント信奉者』。厄介なのは彼らの共通点が『龍門の内情を知っている』ことだ。龍門の弱点が外部に筒抜けになりかねない」

「脱出者そのものが龍門にとって火種になるということですか」

「ゼロとは言い切れない。喩え龍門にとって重要な情報を持つ者が100万人の中に1人しかいなくとも、その1人が脱出者の中にいるだけで龍門の防諜としては致命的だ。ましてや脱出者の移動先が顕在的潜在的の違いはあれど両方共仮想敵国だ。近衛局としては看過できない。現に感染者の過激派組織に潜入調査を務めている局員から『組織の一部をレユニオンムーブメントに異動させる動きがある』との報告が来ている。早急に処理しなければならない」

「ですが現時点で打てる手といえば出国管理の徹底くらいです。過激派組織は治安維持の点から対処可能ですが他の大半は灰寄りの白ですから法的なことを言えばチェルノボーグ行きを規制ないし禁止する法は存在しません。加えて申し上げますと、チェルノボーグという感染者にとっての駆け込み寺が生まれた以上敢えて龍門に入り込もうとする感染者には要注意です」

「判っている。ついさっき過激派組織の摘発命令の発行と国内外への移動に関する新基準の設定を政府のウェイ長官に上申した所だ。摘発については明朝には礼状が下るだろう。これで私の仕事も今日の所は終わりだ」

 

 チェンはPCを鍵付の書類ケースに仕舞うと立ち上がって背筋を伸ばした。

 

「ハッ。1日ご苦労様でした」

 

 ホシグマはチェンを労った。

 

 時刻は18時半。チェンとホシグマは珍しく終業時刻通りに終了し、二人は夜勤組に業務を引き継いで近衛局から退勤した。

 




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