The great Great GREAT Doctor is Me ! 作:東京<アズマ キョウ>
・鳥にとって、生きることの一部である。
・子供にとって、夢のような出来事である。
・為政者にとって、他者に一番持たれたくない権利である。
・アーツ術者にとって、強力な切り札である。
・Dr.エッグマンにとって、出来て当然の技術である。
同日、暖かい陽光の快晴。
◆【シエスタ市政府庁】市長室◆
《市長、ご息女の御付きの方が面会を求めております》
「何、シュヴァルツが?通せ」
府庁の受付から知らせを受けた市長のヘルマンは、突然訪問してきたシュヴァルツを市長室に迎え入れた。
「御公務の中、急にお伺いして申し訳ございません」
「いや、構わん。お前が正規の手順を飛ばして来たということは重要なことなのだろう……何があった?」
ヘルマンはシュヴァルツに来訪の目的を促した。
「火山監視のスタッフを増員させることはできませんでしょうか?」
「火山?噴火の監視については最近クローニンが拡大案を提起して議会の稟議に掛けている所だが?」
「いえ、噴火のほうではなく『黒曜石』盗掘についてのほうです」
「何だと?」
シュヴァルツの用件とは、シエスタの主要産業ではあるが昨今採掘に関して厳重な取り決めや採掘制限の成された黒曜石についての話だった。
そのような単語が娘のセイロンからではなく護衛のシュヴァルツからもたらされたことに少し驚いたヘルマンだったが、彼女に目的あってのことと理解している彼は言葉の続きを待った。
「エッグマンランドの件はお聞き及びでしょうか?」
「ああ、北方地域に突如現れた謎の集団のことだな。少し前まではSNSのトレンドは『オブシディアンフェスティバル』の参加アーティスト予想が上位だったのに、連中の登場で話題が一気にかっさらわれたと運営事務局がハンカチを噛んでいたな。で、それがどうした?」
「……唐突に思われるかもしれませんが、昨今の黒曜石流出にかの勢力が関わっているかもしれないと愚考します」
「……根拠は?」
「推測に過ぎませんが、あの装置に黒曜石が使われているのではと」
「バカな……いや、【鉱石病】に効くというアレか」
シュヴァルツから出た眉唾物の話にヘルマンは思わず顔をしかめたが、彼女は顔色を変えぬまま続ける。
「はい。あの装置にも宝石のようなものが使われていました。黒曜石である可能性としてはゼロではありません」
「少し想像が過ぎるな。お前もあの与太話を信じるというのか?第一あのような装置に組み込める程の黒曜石をどうやって入手したというのだ?我々も黒曜石の不法流出を監視しているし、価値の高い黒曜石については認定証などで追跡できるように図っている。盗掘、といったがあれほど目立つ連中が人目を避けるのは難しいと思うが?」
シュヴァルツらしくないオカルトめいた話を根拠に彼女が主張するのを訝しむヘルマンだが、彼女の次の言葉でその考えは覆された。
「何も人目につく場所にいなければいいだけです。彼らだけの手段があります」
「連中だけの手段だと……そうか、空からか」
ヘルマンはシュヴァルツの言葉を反駁しようとして彼女の来訪の本当の意図を理解した。
「はい。聞くところによればあの場所には空中移動都市以外にも小型の飛行船のようなものがあるそうです。私達の飛行機よりも高性能なものを持っている可能性は非常に高く、我々の気付かない内に上空から侵入も不可能ではないかと」
「盲点、いや発想が乏しかったな」
『盗掘の注意喚起』を建前とした、シュヴァルツの『上空からの侵入』という懸念について気付かされたヘルマンはしくじったとばかりに頭を掻くが無理もない。
飛行機には前提として飛行場が不可欠であり、そうした場所はおおよそ政府や市役所が把握しているため不正利用などがあれば大抵は発覚するほか特定も容易だ。
そもそも飛行場を所有している者自体が少ない上、飛行機の輸送力では小型の機械と複数の人材程度は輸送できても黒曜石のような大質量のものを大量に輸送できるほどの機体はこれまで存在しなかった。
故にヘルマンは慮外にしていたのだが、相手が移動都市を飛ばせるほどのデタラメとあればその常識は通用しない。
「今後あの勢力の手の者や何らかの方法で航空機を入手した者がシエスタに密航して来ないとは限りません。杞憂でも備えを考慮すべきかと存じます」
「いや、お前の言う通りだ。
ヘルマンは言葉の途中で苦虫を噛み潰したような顔をした。
「いや、それどころか艦隊や移動都市そのものが空から来襲してもおかしくない。市民の多くはあの動画の実験結果に注目しているが、あの老人は冒頭で『世界を支配する大帝国』と言っている。ウルサスのチェルノボーグを攻め獲った際の損耗が回復した暁には他国への侵攻を再開することだって有り得る」
ヘルマンは椅子に腰かけ大きく溜め息を吐いた。
「他の都市とは違ってシエスタは此の地から移動できない。攻撃目標にされればシエスタ市内で迎撃する他ない……いや、他の都市であってもあの空中移動都市から逃げ切ることができるのか?そもそもどうやって都市を浮遊させているんだ?訳が解らない……」
「旦那様、どうかお気を確かに」
「解っている。いざ狙われた時に右往左往するより事前にその可能性に気付けただけ僥倖というものだ」
シュヴァルツが荒唐無稽な主張をした理由にヘルマンは得心がいった。
密航者対策ならともかく、国防に関わる重要な課題をセイロンの一従者に過ぎないシュヴァルツが言い出せば政治への干渉と謗られかねないからだ。
突如現れた難題を前にして、ヘルマンは眩暈を禁じ得なかった。
◆◆◆
【テラ】において【移動都市】の用途を考えれば、国家間における戦争において都市そのものが戦場となるケースはあまり一般的ではない。
一つ目に、移動都市は【天災】から自身を守る最大の施設であるため破壊してしまえば自らの首を絞めるのと同義だ。
相手の移動都市を破壊するならば、報復として自身の移動都市も破壊されることを覚悟しなければならない。
よって一種の紳士協定のようなものとして、戦争時は都市を攻撃しても移動機関部までは手を出さないようになっており、都市攻撃も機関部にダメージがいかない手段を用いる流れとなっている。
二つ目に、都市は国家の貴重な財産であるため敵対国家へのダメージを鑑みれば都市破壊は極めて強力な手段となるが、都市を移動機関部まで破壊しつくす程の攻撃手段はどの都市でも持ち合わせておらず、第一敵対国家へのダメージで言えばより効果的なのは『都市を制圧後、住民全てを都市外に追放すること』*1である。
移動都市という財産を接収できる上、敵対国家の生産人口にも打撃を与えることができるため国家間の戦争にて衝突が激しくなればなるほど最終的には敵対移動都市の奪取が戦術目標になることが多い。
都市奪取が叶えばそのまま自国領の拡大となり、且つ【天災】における保険にもなるからだ。
三つ目に、ウルサス帝国の最強戦力である『皇帝の利刃』のように各国それぞれが切り札となる武力を有してはいるものの、その存在が『都市を完全破壊できる』程の手段を持ち得ていないからだ。
村や町を灰塵に帰す力はあれども移動都市の破壊となればそれこそ星を穿つような力でもなけれな困難を極めることだろう。
以上の理由から、戦争によって移動都市が再起不能になるほどの事態は基本的に起こらないと言っても良い。
但し、戦争原因が内戦である場合や都市全体が国家に離反した場合はその限りではない。
また、いかに効率が悪かろうと悪逆非道と呼ばれようとも敵を絶滅させると決意した場合は暗黙の了解は簡単に葬り去られる。
他にも国家間の戦争では敵対する相手の主力をいかに削ぐかで勝敗が定まる。
兵站輸送と【天災】対策の課題上、大規模兵力による戦線展開には各種制限や難題があるため、戦闘時は厳選された兵士を揃えて会戦することが定石となっている。
その場合の主な戦場は国境線沿いか、国境近辺にある町や村などが選ばれる。
そして戦闘時の基本戦術としては
・先鋒で機先を制し、重装で侵攻を食い止め、狙撃や術師が後方より攻撃し、前衛が殲滅する
というものになる。*2
そうした戦闘では『定められた戦場で両軍が相対している』という前提が存在する。
よって会戦においてはある程度の定石のようなものが実在するのだが、それに全く則らないのがエッグマンランド、もとい空中移動都市である。
『敵移動都市』への直接攻撃は都市上空まで至れば後は兵員を降下させるだけ。
『敵移動都市』からの反撃は都市上空まで届く攻撃手段がないため恐れる必要がない。
『兵站輸送』は一大生産拠点たる移動都市が直接移動するため輸送コストの軽さは未知数。
『大規模兵力』は既にチェルノボーグで見せたように、疲れも痛みも知らないロボット軍団がある。
『国境線上の戦闘地域』は、そもそも地理的な縛りがないため国境に戦線を築く必要がない。
短くまとめれば、戦争における定石を全て無視して敵国家の心臓部を制圧することが不可能ではないのだ。
事実、チェルノボーグの一件がそれを証明していた。
移動都市であればわずかな希望として都市の移動を以て対処が可能やもしれない。
しかし、彼の居るここシエスタに限っては世界でも少数の『固定都市』であるため都市の移動は選ぶことができない。
降伏は論外となれば、都市内での徹底抗戦又は全力を尽くした対空防衛しか手の打ちようがなかった。
◆◆◆
ヘルマンは内心で『エッグマンランドはシエスタにまでは至らないだろう』と思っていた節があった。
北のチェルノボーグからシエスタまでには他の大国が横たわっているからだ。
シラクーザ、ヴィクトリア、リターニアなどが間に挟まっているため、仮に周辺地域への侵略を再開してもまず他国が先に矢面に立つと考えていた。
しかし、それは『常識的に考えれば』の話である。
空からという地理の壁を難なく越えてくるような技術を持つ者ならば、それこそ『来ないと楽観して油断している』場所を狙ってきてもおかしくない。
ましてシエスタはエッグマンランドにとって先の国家群を挟んだ向こう側の存在だ。
むしろ他国侵攻において挟撃作戦を採るのであれば橋頭堡の要件を満たす立地と言っても過言ではなかった。
「常識は厄介だな。『移動都市は浮かばない』というこれまでの事実がどうしても従来にない戦術の検討を無意識に除外してくる。気付かせてくれて助かった、シュヴァルツ」
「恐れながら、私はただ可能性を申し上げたに過ぎません」
「それこそが有り難いのだ。議会でその懸念は挙がらなかったからな。お蔭で我々は『対策を講じる』という次のステップに進めるようになった」
ヘルマンは立ち上がってシュヴァルツの側に歩み寄ると、盗聴を警戒して小声で尋ねた。
「早急に議会へ国防案の提起を施すべきか?」
「……いいえ、まずは『密航者』という点から表立って話を進めるべきかと」
「どういうことだ?」
ヘルマンに早期の防衛策を講じる必要性を認識させたシュヴァルツから、逆に待ったの声がかかった。
「国防の観点から話を始めれば、財政出動に消極的な議員や市長に反発的な議員からの抵抗が起こるでしょう。また検討会等で時間を取られ本格始動するまでに無駄な足踏みを強いられるかもしれません。その点密航者対策であれば市長権限での融通が利きますし、北方暴動の影響で警備会社への関心が高まっております。その流れに合わせて密航者対策を強化すると発表すれば、防衛費の増加も違和感がないかと」
「防衛については密航者対策として既成事実化、その間に関係者と国防に関する事前調整という筋書きか」
「はい、旦那様。『対策済みだからこれ以上の防衛は必要ない』という声があがる懸念こそありますが、全くの無策よりかはましです。それに『黒曜石が【鉱石病】に効く』という噂がある以上、密航者に対する警戒をより強めることは何ら怪しいことではありません」
「……よし、その方向で進めるか」
密談を終えたヘルマンは再び市長席の側に戻った
「シュヴァルツ、コーヒーを頼む。淹れたら下がっていい」
「畏まりました」
コーヒーを淹れてヘルマンに供した後、シュヴァルツは一礼して市長室を退出した。
ヘルマンがシュヴァルツに淹れさせたコーヒーは、彼が自身に活を入れる為に調整されたブラックコーヒーである。
コーヒー豆は娘のセイロンが好む茶葉と同じくシエスタの地で栽培されたもので、その銘柄はかつて亡き妻とのデート中に立ち寄ったカフェスタンドで注文した時からずっと愛飲している。
コーヒーの香ばしい匂いが、彼に立ち上がる力を与えてくれていると思えるからだ。
執務室の窓際に手を置き、コーヒーを一服。
その視線の先には、亡き妻と共に愛したシエスタの街並みが広がり、陽光に照らされて白く輝いている。
「いつかは消え行く愛郷であっても、それを守るのがこのヘルマンの役目だ。決して他国に引導を渡せてなるものか……」
◆◆◆
先日、ヘルマン市長は先のチェルノボーグ暴動の一件を挙げ、他の地域からの密航者流入を警戒するべく市長特別予算を利用した国境警備隊増員法案を議会に提出した。
この法案には暴動に感化されてシエスタ市を狙う不穏分子への警戒と、昨今盗掘問題で取り沙汰されている黒曜石が密航者らの資金源とならないよう黒曜石鉱脈を厳重に監視するための警備体制を強化することを目的としており、これには毎年開催しているオブシディアンフェスティバルの警備や近年の雇用率問題に対する改善策としての意味合いもあると見られている。
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・法案の内容を語るヘルマン市長と、その精力的な姿勢に目を見張るクローニン秘書や議員ら
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