The great Great GREAT Doctor is Me !   作:東京<アズマ キョウ>

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◆ドクターの会話が思い浮かばいのは、作者の頭が賢くないからなのは判る。
どうして熟年?夫婦の会話のほうがするする浮かぶんだろうか……?
(エアプ夫婦というかエアプアークトスとエアプタチアナになってないかすっごい心配)
グロとタチアナの関係は完全に創作ですのであしからず。


KT-P2.匕座上(女は上に座り)土臥下(男は下に臥す)

夫婦に必要なこととは何か

()()()()()()()()

まずはそれからだ

 


 

 タチアナは探検家である。

 

風雪が存在する全ての時を止めて閉じ込め、極彩の幕が天に漂う雪原。

ハガネガニと根なし草が暴風に吹かれ、地平の先へ転がっていく荒野。

脈々と清廉な水を湛え、時に野獣の憩いの場となる熱泉が湧きだす湖。

家屋よりも大きな樹木が高く伸び、一年を通じて空を隠す熱帯林。

遠くまで見通しても対岸が見えず、中州が小島のように見えてくる大河。

奈落に黒き虚を溜めながら、しかし岸壁には健気に花が咲くこともある裂溝。

低木草と鋭く割れた石礫(せきれき)の間を、己の庭のように山岳獣が跳ねる高原。

灼熱の溶岩が滝のように流れ、朝焼けの様に周囲を照らして燃やし尽くす火山。

【天災】によって降り注いだ源石塊が、世界の全てを埋め尽くすかのように並ぶ平原。

 

 前人未到、誰も観たことがないような景色を求めて歩き続けるのが彼女の職業(習性)である。

基本的に同じ場所に長く逗まることのない彼女だが、過去に一箇所、今はウルサス地域の元チェルノボーグ、現エッグマンボーグに居を構えて暮らしている。

 

 彼女の道行はある意味探検家らしく平坦なものではなく、放浪と逗留、出産と追放を経て今ではとうとう【鉱石病】に罹ってしまった。

感染者になった事自体はショックではある。

だが、探検家とは好き勝手に歩き回って何処かで野垂れ死ぬ生き物だと思う彼女にとって【鉱石病】はいつか彼女が引きうるハズレクジのようなものである。

そのため感染者となっても人生に絶望する、ということはなかった。

なんとなれば、もしもまだ住処がチェルノボーグのままであれば急いで国外に出ないといけなかったところが、なんの因果かエッグマンボーグに変わったことで世界で一番手軽に【鉱石病】対策を施して貰えるようになったので非常に恵まれているとすら思った程だ。

むしろ感染者の暴徒から救出された娘のロザリンが、自分が感染者になったことを知って泣き腫らした事の方がタチアナにとっては辛かった。

 

 因みに、今のタチアナの病状は初期も初期であるため源石腫もかなり小さく服で隠してしまえる程度で生活に支障はない。

またエッグマンボーグに住む感染者の決まりとなっている週一回の全身スキャンとECR利用、こまめな入浴のおかげで【鉱石病】の進行も非常に緩やかそうなので、感染者になったものの困ることがさして増えていないという状態だ。

 

それは治療費の一部自己負担分を自ら働きに出て稼ぎたい彼女にとってとても好都合であった。

そして探検家という職業を十全に活かせる仕事が、丁度この都市にはあることもまた好都合だった。

 


 

1097年3月、昼。

 

◆エッグマンボーグ外・廃都市『樹海』◆

 

「トキちゃん、これって何ー?」

「ハイハイ、行きますよー。……おぉー、資料で見たことがありますよ。これは中世サルゴン時代の領主が他部族を支配した時に建てたいわゆる弁務所ですね。確かこの廃都市はミノス辺りにあったらしいですから、ミノスの貴族がこの弁務所を都市に移設したんでしょうか。きっとここの植生がサルゴン寄りなのも、ここの都市土壌全体がサルゴン部族からの戦利品だったのかもしれませんね」

「征服地域をまるまる()()()()()ってことか。ウルサス(こんな北)サルゴン(南の土地)を見つけることになるなんて、全く予想外もいいところね」

「その通りですねー。あ、そういえばここにドームを造ってこの環境を保全する予定らしいですよ。南方でしか育たない植物や生物の飼育場を造るんだとかで」

「都市の外縁に建設している壁みたいなものはそれだったの?ビオトープにしては随分と気前のいい話だわ」

「桁違いですよね。まぁ、樹木がこっちとは違って太いのも多いですから、ドーム計画はさておき森林資源としては有効に活用したいですね。私もサルゴンの材木で造った家や家具ってどうなるのかが気になります!」

「あなた、この前まで別の廃都市調査をしていたって聞いたけど元気ねぇ」

「はい、この仕事はやりがいがあって実入りもいいので。国外通貨を稼ぐにはちょっと難儀しますが、都市内で暮らす分には十分な給料が出ますし、三食付と防疫と予防接種、源石被爆対策もしてくれる職場なんで言うことなしですよ。あとは……」

「あとは?」

「ウルサスじゃ絶対に見れない建物や道具がこの仕事だと見られるのが楽しいですね。並の旅行じゃ普通見れませんよ、中世サルゴンの建物なんて」

「ふふっ、その通りね」

 

 タチアナは今、各地から回収した廃都市の中でも特に自然化が進んだ土地の調査を仕事としている。

今回の基盤は長く風雨に曝されていながら土台部分は今でも原型を保っていた。

しかし運ぶべき都市部は今やすっかり自然の生命力に飲み込まれており、先に述べたサルゴンの植物とミノスの植物に覆われて完全な樹海と化している。

故に他の廃都市と異なり、土地全体が繁茂する緑の楽園となっているためDr.エッグマンのロボット調査では外観以外のデータが十分にとれなかったのだ。

そのため、この都市についてDr.エッグマンはエッグマンボーグ内外にいる探検家を招集し、彼らと開拓団の足を以て廃都市の詳細を探らせることを決めた。

その流れで探検家として実績のあるタチアナにも白羽の矢が立ったのだ。

無論、長年の放置によって源石塊や野生動物に未知の病気が蔓延っていてもおかしくない場所になっているため、探検の危険度は他の廃都市よりも上だがその分の補償もある程度認められている。

この条件は治療費や生活費のせいで収入が欲しいタチアナにとって渡りに船なうえ、ミノスはともかくサルゴンまでは足をのばしたことのない彼女にはこの仕事は非常に新鮮なものだった。

タチアナの他にも探検家がこの都市を調査しており、一連の調査が終わったらそれらを集積して精査し、正確な都市マップを作ることになっている。

完成すれば都市マップにタチアナの名前も載ることになり、名前の分だけ特別手当が支給されるためその点ではありがたいと感じている

 

「タチアナさん、トキさん。昼になったから休憩しようか」

 

 彼女達の背後から、廃都市開拓団に同行した職人の呼ぶ声が響いてきた。

 

「キリもいいから休憩しよっか」

「そうですね、タチアナさん」

 

 飛行船を並べただけの開拓用キャンプベースに戻る二人。

タチアナは彼女の後ろで通信用端末(E-Phone)をホルダーから取り出し、仕事中で見れなかった何件かの通知を確認する。

 

給料振込と配給品についての連絡。

タチアナの住宅がある区画での特売案内。

友達とルームシェアしている娘に送った、仕事でしばらく外泊する旨に対する応答。

そして伝言の録音。

 

「あら、まぁ」

「どうしました、タチアナさん?」

「大丈夫よ、ありがとう」

 

 伝言の送り主を見て、タチアナは思わず声が出た。

 

アークトス=ペイルロッシュ。

 

 タチアナは南の山脈に居る元夫の顔を思い浮かべた。

 


 

1097年3月、夜。

 

◆廃都市・キャンプベース内・タチアナの部屋◆

 

 飛行船に備え付けのシャワールームでシャワーと除染をかけたタチアナは、寝間着を纏い豊かに靡く赤髪に櫛を通しながら彼女の部屋に戻ってきた。

彼女のような開拓団従事者に支給されている部屋はテーブルと椅子、収納ボックスと冷蔵庫、ベッド、壁付きライトのみと殺風景であるが、そもそも探検家が都市外で真っ当な部屋で夜を明かすこと自体が珍しいことでありタチアナとしては全く文句はない。

また給料からの天引きで通販を頼んだり持ち込みで部屋を飾ったりもできるため、探検としては破格の境遇であるのは間違いない。

純粋な探検に対して至れり尽くせりが過ぎて、かつて荒原の洞窟で一夜過ごした際に水や食料を分け合った小柄なザウラ人探検家の彼女が見れば

『これの何処が探検なんだよ?ただの遠足じゃねぇか』

と顔を顰めそうな状況だなとタチアナの口から笑いが溢れる。

折角だから、彼女が所属していると以前聞いた会社宛てにポストカードでも送ろうかと彼女は考えた。

 

 髪を梳き終わったタチアナは、テーブルに置かれたE-Phoneを手に取り昼間の録音伝言を再生する。

 

―タチアナです。只今手が離せません。夜頃戻ります。伝言のある方は次の開始音の後にどうぞ―

―pipi―

―[……あー、タチアナ。俺だ、アークトスだ。書類を受け取った。話をしたい。これを聞いたら折り返しが欲しい。すまん、待っている]―

―pipi―

 

 再生が終わり、タチアナはふーっと鼻を鳴らす。

 

「思ったより早く返信が来たわね」

 

 そう独り言ちる。

 


 

 タチアナがイェラグを追放されてから十五年が経っている。

 

 あの時はまだ幼かったロザリンもすっかり大きくなり、ルームシェアの友人と共に学業とアルバイトに勤しむ生活を送っている。

一、二年程前までは片親と馬鹿にされていた娘だったが、彼女はそのような逆境を自ら跳ね返した。

()に似た腕っぷしと意思の強さで周囲の隔意を跳ね除け『夏将軍』と綽名された事。

昨年末の暴動で暴徒の捕虜となった際に大立ち回りをした事。

救出作戦時の立役者となった平民側の重要人物(アンナとソニア)及び貴族側の重要人物(ナターリア)と友誼を結んだ事。

それらの要素が功を奏し、今では若者世代にて確たるポジションを得ている。

尤もロザリン自体は自身の境遇に執着がないため、そこから何か利益を得ようとすることは考えない。

その辺りが実に我が娘らしいとタチアナは愛らしく思っている。

但し、我が娘にそれまでの要らぬ(片親であることの)苦労を掛けた事、そしてこれからの要らぬ(【鉱石病】治療の)苦労を掛けている事には申し訳なく思うが。

 

 今回元夫のアークトスに養育費を請求したのは、ダメ元で『労職所*1』に相談した際に、タチアナと面談したロボットから扶養義務としての資金提供を元配偶者に求める提案されたことがきっかけだった。

本来夫婦で育てるべき子供の負担を片方の親のみで賄ったのであれば、もう片方の親は資金面で報いるべきという理屈はまぁその通りだとはタチアナは思っている。

しかし、タチアナはともかくこの請求が届くには相手はアークトス、いや彼に届くまでのイェラグが問題だろうと彼女は考えていた。

 

 十五年前とはいえ、外国人を外来侵略種か何かのように疑う人々がイェラグには居た。

一処(ひとところ)には留まらない性分のタチアナにしては長くイェラグで過ごしたものの、たかが数年では例えイェラグ人ハーフの子供がいようともイェラグの仲間とは認めない人達が公然と存在していた。

彼らを纏める最たる人物がアークトスの父であり、イェラグの不安を引き起こす存在であったタチアナとロザリンを厄介の種として快く思ってはいなかった。

それをおかしい、異常だと叫ぶつもりはない。

排他的な人種や集団はどの世界にもいるし、探検先の部族や村が構成員以外の存在を全て敵とみなすこともままあることだ。

そのような集団に関係のある者を夫に選んだのはタチアナであり、彼女もアークトスに『彼らよりも私を優先して』と泣いて縋るような性根ではないことを理解している。

ただし、排他行動の矛先がまだ何も判らない娘に及びかけた事には怒りを覚えた。

 

せめてアークトスがロザリンを預かっていたらどうなっていただろうか。

裕福度の点での養育のしやすさや、彼の血を継いでいる点での正統性を鑑みればロザリンをアークトスが育てることは可能だったはずだ。

そうであれば、ロザリンは『母の片親』というレッテルから難を逃れ、イェラグで不自由ない暮らしをしていたかもしれない。

アークトスがそうしなかったのは、たとえ彼の血筋であってもなおロザリンに累が及ぶと考えたのか、それとも母娘を引き離すのを良しとしなかったのか、或いは彼の父の影響があったのか。

 

今となっては過ぎた話だ。

人生のIF程こだわるのに意味がないことはない。

探検家は未知や忘れ去られた過去を探ることを生業とするが、老ウルサス人の語る『カジミエーシュに勝ったIF』や『極東戦争に勝利したIF』のような過去を思いつめることに何の価値もない。

せいぜい歴史家か小説家、敗北して武勲を損ねた貴族の末裔が思いを馳せればいい。

 


 

 思考が脇に逸れた。

 

「ここからイェラグまではもっと時間がかかるかと思ってたけど。配達を担当したトランスポーターが優秀だったのか、それとも博士様のあの船がさっさと届けに行ったのかしら。それに、返信そのものが来るとも思っていなかったわ」

 

 タチアナとアークトスが別れてから随分と時間が経った。

ペイルロッシュ家当主という立場上、血を遺すためにアークトスが新たな女を嫁にしていてもおかしいことはない。

それこそ生粋のイェラグ人と結婚させれば家としては安泰だろう。

彼に息子や娘が新たに生まれていても何らおかしくない。

そういった場合、外国人の元妻から養育費請求が届くのはアークトス側にとって面倒ごと以外の何物でもない。

彼らにとっては醜聞ないし終わった出来事だ、なのに十五年前の清算をいきなり求められては困惑以外の何物でもないだろう。

それこそ現妻だって過去の女の話など嬉々として受け入れる者などそうそういない筈だ、黙殺も容易に想像できる。

 

 その上でアークトスに養育費を請求したのは、それがロザリンの正当な権利であること以外に、タチアナを追放したペイルロッシュ家へのほんの少し意趣返しの思いが彼女にあったことは否めない。

そんな条件下で、アークトスが予想をはるかに上回る速度で連絡を取ってきたのはタチアナが驚くに十分だった。

 

「今はアークトスが当主だろうから決定権はあの人にある筈だけど、お義父さんから何らかの口出しがあるかもしれないわ。現妻の発言権がゼロってこともないでしょうし、そうなるとあと一、二ヶ月位は返事が遅くなっても早い方だと思っていたけれど……。なんでかしらね?早いに越したことがない話のはずなのに、早いせいで私の方が却って混乱しちゃうわ」

 

 タチアナは収納箱からナイフとカップを持ち出すと、冷蔵庫から出発前に持ち込んでいた辛香火酒と脂身の塩漬を出して封を切る。

酒から漂う柑橘と唐辛子の香りに、脂身の新雪のような白に仄かに混じる蒔蘿(じら)の匂いが彼女の鼻をくすぐり胃袋を揺さぶる。

カップに辛香火酒をストレートで注ぎ、新聞紙を皿代わりにして脂身を薄く切る。

タチアナは辛香火酒をくいっと呷り、続けて脂身のスライスを口に放り込む。

辛香火酒が口の中を滑り、喉と舌を酒精と唐辛子の辛さがさっと焼いていく。

そのあとで脂身を噛みしめると、酒の香りも脂の塩味もより強く感じられて一緒に楽しめる、タチアナにとって贅沢の一つだ。

 

「……あー、おいし」

 

指についた塩と脂を舐めとりながらタチアナは呟く。

 

「時差的に今頃イェラグは夕方だけど、とりあえず伝言を受け取った事だけでも答えてあげようかしら」

 

 E-Phoneをテーブルに置いたタチアナは、脂身のそれで汚ていない方の指でそっとE-Phoneの通話ボタンを押し、足を組んで椅子に座った。

 

―ringring―

―ringring―

―ri [……タチアナか?]―

 

「あら、まぁ」

 

 聞こえると思っていなかった声が聞こえる。

続けて彼女の対面側に投影されて浮かび上がる、立派な鬚を蓄えた元夫の姿にタチアナは思わず声をあげた。

 

◆◆◆

 

1097年3月、夕方。

 

◆イェラグ・ペイルロッシュ館・アークトスの私室◆

 

 アークトスは当主としての仕事を熟しつつ、伝言を残してからずっと待っていた。

 

 チェルノボーグ地域で丁度昼頃になるであろう時間帯に意を決して連絡をとってみたものの、タチアナは多忙らしく夜まで応答ができないという状態だった。

タチアナの戻る時間が何時なのかが判らないため、アークトスはこの日を館内で行える執務だけ処理する日にして、いつ彼女から連絡が来ても良いように待つことにした。

 

 外に関する仕事を全て郎党達に任せ、司令塔としての役割に徹する。

グロとヴァレスは館に控えさせ、外の仕事で判断が求められた場合に合わせて派遣する様にして処理する。

執務で丸一日外に出ない、シルバーアッシュやブラウンテイルが好むようなやり方に郎党一同が戸惑いを見せたものの、グロが一喝しヴァレスが諭すことで落ち着きを取り戻し、アークトスの命令によって滞りなく執務は進んでいった。

 

 十五年前(以前)は俺が彼女を振り回した。

今度は俺が彼女を待つ番だ。

向こうはもっと長い時間かかっている、高々数時間程度どうということはない。

 

―ringring―

―ringring―

 

「!!」

 

 使い方は判っている。

アークトスは卵型の装置を左右にずらし、ゆで卵の二等分のような形にして机に置く。

 

―ri―

 

 できる限り最速で応答ボタンを押し、腹に力を籠めて椅子に座り、声を出す。

 

「……タチアナか?」

[あら、まぁ]

 

 アークトスの対面にある席に足を組んで座る形で投影された元妻は、やや粗めの彩光で再現されているもののかつて共に過ごした時に何度も見た顔のままだった。

 

◆◆◆

 

1097年3月、夜。

 

◆廃都市・キャンプベース内・タチアナの部屋◆

 

[……久しぶりだな、元気にして……、いや、すまん]

「そこは言い切るほうがスッキリするわよ?ええ、元気にしているわアークトス。貴方は随分と立派な顔になったものね。初めて会ったときはまだ顎鬚がなくて幼く見えるからって不貞腐れたこともあったのに」

[そ、それについては勘弁してくれ、若気の至りだ]

「ふふふ、そうね、若かりし頃よね」

 

 恐らく【鉱石病】に罹ったことを気にして口を止めたのだろう元夫を茶化す。

現状【鉱石病】で殆ど困っていない自分よりも、健常で立場も安泰なアークトスのほうが気を病んでいる事に笑みが零れそうになる。

まるで自分のことのように泣いてくれた娘のように。

 

「で、ね、アークトス。書類は見てくれたっていうけど……」

 

 タチアナが本題に入った時、彼女の視界から一瞬アークトスの姿が消えた。

 

「え?」

 

 否、消えたのではなく、アークトスの頭部が一気に下へ降りた。

タチアナがアークトスの全身像を再度認識した時、彼は机にくっつく程に頭を下げていた。

幻像の彼が一瞬消え、そして全体像がざざっと上下に揺らめいたその様子から、どうやらアークトスはむこうの端末が揺れる程にすごい勢いで頭を机に叩きつけたらしかった。

 

[すまなかった!俺は、あの時、お前を、お前たちを守ってやれなかった……!守る気概を持てずに、ただ外に追い出して、俺は、俺は俺を優先した!その結果が、お前を苦しめて、感染者にまでなって……っ!]

「ちょ、ちょっとアークトス、落ち着いてよ!」

[『旦那!!一体何の音ですか!?』]

 

 アークトスの叩頭音を聞きつけたらしく、彼の郎党の一人が慌てて部屋に入ってくる。

その彼の白の前髪にギザついた歯の特徴から、タチアナにはかつての心当たりがあった。

アークトスの側に控え、彼のために強い男になりたいと目を輝かせていた青年の面影があったのだ。

 

「あ、もしかして、グロ君?」

[『え?あ、誰だそこにいるのは……って、まさか姐さん?!』]

「そうよ、久しぶり~」

 

 グロの目が投影画像から見て取れるほどに大きく見開かれている。

遥か遠くのイェラグで肝を潰しているであろうかつての知り合いに、タチアナはひらひらと手を振って応える。

 

[『え、あ、え?姐さん、え?いつ戻ってらしたん、ですか?!』]

「違うわ、これは、えーと、すごく立体感のある影絵を出す道具を使っているの。だから私自体はウルサスのほうに居るわよ」

[『ウルサスから?はー、そんな道具が巷にゃあるんですか……って、旦那!机に頭つけてどうしたんですか?!』]

「あーほら、もう、グロ君に見られちゃったわよアークトス」

[……そんなことはどうだっていい。俺は今まで……お前を犠牲にして……自分の面目だけを優先して今日まで生きてきた。情けない話だ、追い出しておいて、お前が幸せになってる筈だと思い込んで、俺が仕出かしたことを見て見ぬふりをしたんだ。俺は、俺は……あの時こうやって頭を下げておけば、お前を苦しめることはなかった!本当ならこの姿をあの時見せるべきだったんだ!すまない、タチアナ……すまない……]

 

 最後は消え入るような声で謝罪するアークトスにタチアナは愁眉をあつめる。

こんなに湿っぽい男だったかと思う彼女だったが、そういえば出会った頃から感情は豊かな方だったとタチアナは思い出す。

変化したのはペイルロッシュの名が彼の肩にかかるにつれてで、アークトスはペイルロッシュ家当主らしくなっていったというか、当主に求められる有様になっていったというか、いわゆる豪放磊落を体現するべく感情を制御するようになった。

そして彼女が見た最後のアークトスは雪林もかくやと言わんばかりに黙り込んだ時の姿なので、今の彼の姿とそれを比べれば雲泥の差だ。

 

 さておき、いくら当主が自主的にしている事だからといっても彼の郎党の前で頭を下げる姿は外聞的によろしくなく、またどこかにいるであろう彼の現妻にも申し訳ないためタチアナはアークトスの頭を上げさせることにした。

 

「わかった、わかったから。ほら、頭を上げて。そんな姿はグロ君の前でしちゃだめでしょ。それに、もしもこの光景をそっちの奥さんに見られたりでもしたら……」

[いるわけがないだろう!お前以外に!!俺が愛した女は!!!この世でお前だけしかいない!!!!]

 

 とりあえずタチアナはアークトスに頭を上げさせることに成功したが、勢いよく顔を上げたアークトスの、彼女のE-Phoneがブルブル震える程盛大な声でなされた男(やもめ)宣言にタチアナは目を(しばたた)かせた。

グロはこうなるに至った状況を半ば理解できていない物の、アークトスの発言に対し補足を挟む。

 

[『あー、姐さん。その、旦那の言う通りでさぁ。旦那に今、嫁さんはいません。それどころか女の一人も居ないんで、今の言葉は紛れもない本物っす』]

「まぁまぁ……アークトスなら女に困らないと思うけど。新しい嫁の紹介とかなかったの?」

[『昔の宴会で旦那に姐さんと同じこと言った奴がいたんすけど、そいつは旦那の拳を食らって数ヶ月は固形物が食えない生活を送ることになりましたっす』]

[……俺の女は俺が決める。俺の女は生涯ただ一人だけだ]

 

 再び顔を下げ掠れた声でアークトスが呟いたのを、向こうの端末は耳ざとく拾ったようだ。

そんな彼の様子では、今日はもう養育費についての話はできそうにない。

いや、出来るかもしれないが恐らく今の状態でタチアナが求めればどんなことでも受け入れてしまいそうな危うさがある。

 

 百戦錬磨で生きた駄獣の目を抜く商人達ならば、ここぞとばかりに利益を得ようとするに違いない。

 恨み骨髄の者がアークトスの滅亡を願うならば、ここで破滅的な要求を呑ませるのが一番だ。

 もしも、タチアナがそのように望むならば、今のアークトスはそのまま受け入れてしまうだろう。

 

 しかし、娘の未来を想えば、たとえ今畳みかければ彼女に有利な条件が通るとしても、こういう約束事をなぁなぁで済ませるのはタチアナにとって本意ではない。

タチアナが過大な要求を通したことで、相手に負い目があれば何をしてもいいと、万に一つでもロザリンには思ってほしくないからだ。

あの快活で暖かな陽を浴びて育つ向日葵のような娘に、凍土の底から湧く泥炭のような発想を覚えてほしくない。

騙されないためにそうした知識をつけることは歓迎するが、騙す側になりたくなるような知恵を与えたくない。

 

 彼女の好いた男を絞り殺すような娘になってほしくない。

 

「(わがままだらけじゃないか、私は)」

 

 タチアナは口角に笑みを浮かべて、カップに残っている辛香火酒を飲み干した。

 

「やめやめ、真面目な話は。今日は飲みたい気分になっちゃった。ねぇアークトス、ちょっとお酒付き合ってよ」

[……いいのか、タチアナ。俺は、お前に]

「湿っぽい話は後にしましょ。今は久しぶりの再会……再会話?を祝して乾杯しよ?大丈夫、今日は一瓶くらいで切り上げるつもりだから。明日も仕事はあるしね。そっちも時間的に夕方でしょ?ならもう仕事はないでしょ」

 

 涙を堪え、顔をくしゃくしゃにして、震えながら恐る恐る顔を上げるアークトスの前にカップを置く。

 

「グロくーん、そこの人にお酒とつまみ持ってきてー」

[『えっあっはい、姐さん!ただいま!』]

 

 グロはピンと背を伸ばして応答した後すぐさま部屋を出て行った。

 

[タチアナ……]

「私はね、()()()とお酒を飲みたいの。あの時からこれまでの間に、アナタに何があったのかを知りたいし、私も何があったか話したいから。ね?それとも私の酒が飲めないっていうの、アークトス?」

[……お前は昔、俺が領内の仕事で四苦八苦していればささっと俺から書類を抜き取ってテキパキと片づけたりしていた。そのあとはいつも俺を飲みに誘って、な]

「おいしいお酒は一人の時も二人の時も飲むとおいしい物よ?」

 

 タチアナが置いたカップに辛香火酒を注いで完全に飲むスタイルに移行したことを悟り、アークトスは弱弱しく笑みを浮かべてから椅子に座りなおす。

 

 時間と距離が長く横たわるはずのこの場は、女と男がお互い向き合って酒を酌み交わす場へと変化する。

時を同じくして、曼珠院の一室ではペイルロッシュの館のほうを見てほほ笑む侍女長の姿があった。

*1
カモンワーカー職業紹介所




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前話に引き続き10000字台してるのが自分でも草なんですよね
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