The great Great GREAT Doctor is Me !   作:東京<アズマ キョウ>

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◆年末から続いたサブストーリーのウォルモンド編はこれにて終わりです。
(やっぱりまだ描写しきれない気がしますが、手直しを続けていると投稿できなくなるので何卒ご容赦を……)
◆密林イベ復刻。
何となく復刻きたらサブストーリーのネタにしようかなと思ってましたが、密林だとDr.エッグマン側だと誰が適切なんだろうか?
サルゴン鉱山の占領もありえそうだけど、ちょっと押しが弱いかな?
因みに、ウォルモンド編の後は本編を進めますのでサブストーリーは当分お休みになるかと思います。


TW-B4.ウォルモンド始末

生き残り・残され・拾い

次の場所に変わり・元の場所に(かえ)り・新たな場所に行き

レール上には何もなくなった

 

 

 

 

◆◆◆

 

1097年7月。

 

◆ウォルモンド・憲兵庁舎◆

 

「トランスポーターのビーダーマン。此度の件については貴殿がトールワルドを糾弾したことで、セベリン士官長の負傷で動揺する防衛軍の士気を纏め上げてくれたこと、領主たる我が主公よりお褒めの言葉が出ている。貴殿の勇敢にして悪徳に屈しない精神を主公は評価なされた。よって貴殿には主公からの感状と危機契約に対する口添えを以て報いることとする。謹んで受け取りたまえ」

 

 少し前まで立て籠っていた警察庁舎の備品よりも遥かに高価であろう調度品が誂えられた一室で、ビーダーマンは今回の騒動における功労を認められて憲兵隊長官から褒賞を受け取っていた。

 

「はい。領主様の御厚意に感謝致します」

 

 ビーダーマンが感状を受け取るべく(こうべ)を垂れ、両腕を突きだして足許を揃える。

長官室の床の絨毯は靴擦れの音が殆ど鳴らない程に上質だった。

 

「うむ。此度の騒動で我らがウォルモンドに損害と裏切り者が出たのは痛恨ではあった。しかし代わりにウォルモンドは市民であるなしに関わらず一致団結することの重要さと、騒動の首魁に対する軍事情報という得難い物を獲得した。幸い、主公の夫人及び義父母家からもウォルモンドの結束が善く評価されている。主公の結婚式に汚点を残すことになったのは残念ではあったが、先方は防衛軍や貴殿の活躍をお聞きになられて(いた)く感心しておられた。私の方からも貴殿には感謝を述べたい」

「はい。お心遣い、誠に有り難く存じます」

 

 憲兵隊長官はビーダーマンに感状を渡しながら大きく頷く。

彼の浮かべる笑みとは反対に、憲兵隊長官からは見えないビーダーマンの顔は酷く醒めていた。

 

◆◆◆

 

 Dr.エッグマンが蓄音機と警察庁舎内の財産を強奪をし終わった後に、物資を持って駆けつけた憲兵隊によってウォルモンドは【大裂溝】以前程とは言わないまでも秩序と治安を回復していた。

憲兵隊が来るまでの間の窮乏は市民の懐柔目当てでDr.エッグマンが食糧を放出したこともあって、それらを使う使わないで紆余曲折ありながらも市民は食糧危機を凌げたため餓死者等は一切出ないまま、どうにか今に至りウォルモンドは危急存亡の秋を乗り越えた。

 

 今回の騒動での死亡者、零。

……行方不明・推定死亡者、一人。

 

 被害が物的損害を除き皆無の奇跡であった。

 

 故に、『最悪』を免れようと足掻いた男がいたことを誰も知らない。

 

◆◆◆

 

◆ウォルモンド・出国管理所◆

 

「(何が感状だ……こんなものを寄越すならもっと前に救援物資を寄越せってんだ……)」

 

 【大裂溝】以来難民キャンプの一つとして用いられていた出国管理所が、漸く本来の機能を稼働させた日。

 

 ビーダーマンは言葉に出さずにその手に握られたものを罵った。

 彼()は窮地において『次善』を掴み取ることができたが、そもそも貴族が初動を誤らなければ、という思いを手放すことができなかった。

こうして自身の命は長らえたが、仮に最後のプランを実行していれば今もこうして悪態を吐くことなど不可能だったろう。

歴史にイフはない、とはよく言ったものだが、それでも貴族が端から動いていればこんなに気を揉むこともトールワルドの共犯者になることもなかったのは間違いない。

言うまでもないが、ビーダーマンはウォルモンドを救う断固たる意志を持ったトールワルドに賛同したために命を投げ捨てる覚悟を持ったし、ウォルモンドにいる者全てが眼前の苦境を打開しようと足掻いていたのは知っている。

それでも貴族が動きさえすれば、という思いが拭えず、骨折り損のような奇妙な徒労感があるのは否めなかった。

 

 ビーダーマンは感状の入った、それだけでも庶民一人の食費が一月は賄えそうな程に高級な丸筒を忌々しげに睨むと、それを当分見たくもないため布で何重にも包んでポーターバッグの奥にしまい始めた。

 

「ビーダーマンさん、出国ですか?」

「ん?ああ、アントさんですか。仕事が済みましたからね、危機契約協会支部に報告しに行こうかと。そちらも?」

「はい。難民や感染者の人達が他都市からの連絡キャラバンに合わせて移動しますので、その方達と一緒に移動することになりました」

 

 バッグの底に感状の入った丸筒を押し込んでいるビーダーマンにアントが声を掛けた。

 

 ビーダーマンとアントは、片やウォルモンド防衛の立役者として、片やDr.エッグマンの捕虜経験者として同時に憲兵の聴取を受けることになった。

 

 格付けや身分などを前提とする形式ばった手順によって彼ら二人に対する事情聴取は矢鱈と長いものとなった。

聴取内容は検閲の後に危機契約協会やロドスアイランドに報告されるため必要な作業ではあるものの、そのせいで二人はしばらく憲兵庁舎に缶詰めになってしまった

結果、憲兵側の処理が終わるまでの間に応接室で顔を合わせる機会が自然と多く、聴取が終わる頃にはこうして軽く話をする程度には親しくなっていた。

 

 ビーダーマンがアントを見れば彼女もまた出国するようで、その両肩には近くの森に自生する薬草が詰まった鞄がある。

命を繋ぐための仕事で土に汚れた白衣を纏って、彼女は出国手続きの完了を待っていた。

 

「ほう、引き続き感染者の医療支援ということですか」

「そうです。当初はロドスから交代要員の派遣が予定されていたんですが、皆さんからまだ医者をやってほしいと頼まれまして。そのまま次の移住先までは医療支援を行おうかと」

「それは、医者冥利に尽きるというやつですね」

「嬉しい限りです」

 

 ビーダーマンの誉め言葉に、その献身性から感染者の支持を得たアントは照れながら頷く。

その動きで腰に括りつけられた薬瓶がからからと音を立てた。

 

「まぁお互いに幸運でしたね。あんな【天災】に見舞われ、空から飛行船団が襲い掛かって来ながらもこうして五体満足で仕事が続けられるというのは。いや、【天災】に巻き込まれたからこその不幸、というやつですかね。そっちなんてあの飛行船の捕虜にもなったわけですし」

「いや、ははは……でもいい経験にはなりました。特にあそこの医療室とか!私もああいう設備を積んだ飛行船が欲しいです……断られましたけど」

「それは何ともタフな感想だ!貴女ならいいトランスポーターになれますよ、アントさん。どうですか、推薦しますよ?」

「あはははは、引き抜きは弊社の人事を通してからお願いしますね?」

 

 ふと、ビーダーマンは彼女の顔を見る。

 

 本当なら殺していたであろう顔、トールワルドのプランでは蓄音機の暴発に巻き込まれ炎に焼かれていたであろう顔がそこにあった。

 

「本当、無事でよかった」

「ありがとうございます」

 

 ビーダーマンの万感を込めた一言に、アントは謝辞を返した。

 

◆◆◆

 

◆ウォルモンド・一般居住区内家屋◆

 

 綺麗に整理されてどことなく寒々しさを感じさせる部屋の中。

 婚約者のトールワルドが裏切ったことで独り身となってしまったタチヤナは、7月とはいえ少し冷える居間の中、暖炉の火に当てられながら来客をもてなす支度をしていた。

 

 トールワルドが裏切った後の状況は、彼女にとって予想外なほどに穏当なものだった。

ともすればタチヤナもまた裏切り者の婚約者ということで連座にて糾弾されそうなものだが、彼女の人格や【大裂溝】における混乱の時期に負傷者の救護や難民の保護に尽力した姿勢が市民や領主に認められており、特別措置として『トールワルドとの婚約手続きに不備があり、その結果婚約関係は存在しなかった』という扱いとなったため連座を免れる事になった。

 また、彼女の立場が損なわれなかったのはトールワルドが彼女に対して一切関わることなくウォルモンドを牛耳ったどころか、憲兵隊がウォルモンドに到着する直前にタチヤナ宅への強盗行為を働いたからだった。

Dr.エッグマンの撤収に合わせてトールワルドは行方をくらませていたのだが、その直前にタチヤナが不在の時を見計らって邸宅に侵入、金庫か何かを狙って物色し家財を荒したとその後の警察の調査で判断された。

都市への裏切りに加え婚約者の家に強盗まで犯したことでトールワルドへの嫌悪は更に高まり、対して倒れるまで善戦したセベリンや被害者のタチヤナは同情や憐憫の目を向けられるようになった。

 

 だからと言って彼女の生活が元のままになる訳ではない。

今回の一件でどうしてもタチヤナを見る周囲の目は普通のものではなくなったからだ。

故にタチヤナもまたウォルモンドに来た連絡キャラバンと共に他の都市に居を移すことにしていた。

 

 呼び鈴が鳴った。

 

 タチヤナが扉を開けるとそこには義父になるはずだったセベリンが平服の姿で立っていた。

手には彼が士官長に着任した折に息子から記念に贈られた黒革の鞄と、それよりも一回り大きい旅行鞄が握られていた。

 

「ようこそいらっしゃいました。ご足労をおかけしてすみません」

「いや、此方こそあの件で迷惑をおかけした」

「……どうぞお上がり下さい」

 

 タチヤナは玄関口で頭を下げるセベリンを宥めて家に上がらせた。

 

◆タチヤナ宅・居間◆

 

 暖炉のある居間に招かれたセベリンは、鞄から彼の前に座るタチヤナに一通の封筒を取り出して渡した。

 

「これが、婚約関係不成立を証明する書類になる……息子が、すまなかった」

「いいえ、もう過ぎた事です」

「……何も言わずに受け取って欲しい。何かの足しになるだろう」

 

 セベリンは持参したもう一つの旅行鞄のほうをテーブルに置いてタチヤナに差し出した。

 

「この旅行鞄は……?」

「慰謝料、ということになる」

「……大丈夫です。セベリンさんのほうこそ物入りなのでは?」

 

 タチヤナは目を見開いてセベリンに返そうとした。

彼が持ち上げる際の力の込め具合やテーブルに置いた時の重量感で、中には相当額の金銭が入っている事が想像できたからだ。

 

 防衛戦時に動員した傭兵団の報酬を払ったと聞く他、病み上がりということでこれからもお金が必要であろうことを鑑みてタチヤナはセベリンの申し出を断ろうとするが、セベリンは首を横に振って答えた。

 

「勘違いしてほしくないが、これは息子の蓄えだったものから全て出している」

「トールさんの?でも、あの人の資産は全て没収されたのでは?」

「これについては息子があの日より前に、私の口座に無言で振り込んでいた。『一部は私に、残りはタチヤナに』と……通帳の中に書き置きを挟んでいたのだ」

 

 セベリンはウォルモンド解放後に、入院していた診療所から家に帰って代金を払おうとした時にその書き置きを見つけた。

通帳の振り込み日付から察するに、書き置きは【大裂溝】から幾ばくか日が経ってから書かれたもののようで、時期としてはトールワルドが貴族や他の都市からの支援を得ようと奔走していた頃が該当していた。

トールワルドの私有財産は憲兵隊の到着によって全て没収されたが、セベリンの財産は今回の防衛戦における奮闘とこれまでの忠勤を鑑みて不問とされたため、こうしてセベリン名義に切り換えられたトールワルドのかつての私財についてはそのまま残っていたのである。

 

「……セベリンさん、此方を、お受け取り下さい」

 

 セベリンの言を聞いて沈黙したタチヤナだったが、一拍の間を置いて立ち上がると彼女の後ろ側にあった棚の引き出しから一通の畳まれた便箋をセベリンに差し出した。

 

「これは?」

「……トールさんが私の家に来た時に残していったものです」

「なんと?!あの強盗騒ぎの時にか?!」

 

 セベリンは息子の悪事に関する予想外の言葉がタチヤナから出たことに酷く驚いた。

入院中に聞かされたあの強盗騒動について彼は心を痛めていたが、肝心の被害者からそれに関する話が出るとは思いもしなかった。

 

 タチヤナは当時の話を続けた。

 

「実は、私が少し用があって外に出ていた時にあの人が来たんです。本当は私が戻る前に済ませようとしたらしいですが」

「あいつは何をしようとしていたんだ?」

「……婚約指輪を、隠しにきたんだそうです。ただ渡すだけだと私とトールさんが裏で繋がっていたと邪推されるから、物盗りのように家を荒らせば疑われることはないはず、換金すれば使い途があるだろうって言っていました。だからトールさんは何も盗みませんでした。あの人なら私のお金の場所位は見当がついていたでしょうが、それには手を付けず、ただ目立つように家財を荒らしただけでした。そしてあの人が家を出る時に、これを私に託しました。セベリンさんが私の家に必ず来るはずだから、許されるならばこれを渡して欲しいと」

「……拝見させてもらう」

 

 セベリンがタチヤナから手紙を受け取り、その封を切る。

 

 中に書かれていたのは、トールワルドの肉筆による謝罪の言葉と父の体を気遣う文言。

 

 自分のような親不孝者は必ず縁切りをすること。

 

 没収されず残った私物は全て処分し、いち早く自分のことを忘れること。

 

 煙草を控えて養生すること。

 

 喉に良いとされる蜂蜜や林檎などを食べるように。

 

 ウォルモンドと父が無事で良かった。

 

 どうか健やかであってほしい。

 

「……」

 

 セベリンの手紙を掴む手が震える。

 

 意識を取り戻し、ウォルモンドの病院に移送された時に自身が倒れた後の状況は警察隊員や民兵団員によって全て聞かされた。

『トールワルドが裏切った』とセベリンは当初信じることができなかったが、あらゆる証拠が彼の息子の凶行を証明しており弁明の余地は一切なかった。

同じ前線を支えた警察隊員や民兵団員からセベリンの奮戦と彼に非がないことの証言があったお蔭でセベリンへのお咎めがなくなったため、彼を信頼した者達の擁護を無視することはできずセベリンは事情聴取に来た憲兵隊員を前に息子(裏切者)を声を荒らげて罵った。

だが、それでも息子のことをどうしても内心では切り捨てることができないまま今日に至り、タチヤナの所へ書類を届けに赴いた。

 

 息子が捨てたタチヤナに罵られでもすれば、どうにか踏ん切りがつくかもしれないと彼は思っていた。

 

 だが、タチヤナは逆にセベリンへ息子からの手紙を出してきた。

 

 それは遺言のような、ただセベリンの安否を気遣うもの。

 

 故に、彼は息子のこれまでの挙動の意図、その根底を察した。

 

 己の身の回りを整理した上で、己の全てを奈落に投げ出すかのような。 

 

「……バカもの……何故、一言も話さなかった。私は愚か者だ、何故、気づかなかった……」

 

 セベリンは強い男であった。

 

 憲兵隊以外でウォルモンドを護る士官長の職務を任されて以来、彼は如何なる時もその背を曲げることはなかった。

譬え喉が破れそうな程に具合が悪くなろうとも、【大裂溝】が起きてウォルモンドが混乱の渦に巻き込まれようとも、果てはあの飛行船団とロボット軍団が襲撃してこようとも、彼はその背を曲げずに直立して周囲に範を示してきた。

だが、彼はその背後で愛する息子が決意する様を見落としてしまった。

 

 決意はウォルモンドを救い(レールは切り換わり)トールワルドは対価を支払った(代償は一人に留まった)

 

 手紙が歪み、セベリンの震える体から彼の思いが零れ落ちる。

今ここにいるのは、巨岩のような自制を以て屹立した士官長セベリン(強い男)ではなく、雪のような悲嘆を負って背を丸める息子を喪った父であった。

熱を帯びた雪の水はとめどなく彼から溢れ、手の甲を伝い、一人欠けた部屋の床に流れていった。

 

「あの人は、いつもそうでした……頭が良くて、でも悲観的で、細かい所に気遣いのできる人でした。私は……あの人と知り合えて、ほんとうによかったって、おもいます……」

 

 タチヤナは、己もその目にかつての婚約者への想いを湛えながら、()をいたわるようにその手を彼の手に重ねた。

 

 此処には誰もいない。

 

 セベリンとタチヤナは、漸くトールワルド(息子/婚約者)を悼む時を得た。

 

 

◆◆◆

 

 

「長い時間邪魔をした」

「いいえ、私も出国前にトールさんの話ができて良かったです」

 

 あの後気分を落ち着かせた二人は、暫くトールワルドの話を続けて過去を懐かしんでいたが、日も落ち行く時間になったためセベリンは帰宅することにした。

 

「息子に代わって、貴女の善き旅路を祈らせて貰おう。何か困った事があれば連絡してほしい。私は、貴女のことは新しい娘ができたと実は思っていたのだ」

「知っています。以前にトールさんが、私と婚約した時にセベリンさんが酔って『よくやった、あの人はいい娘だ。この歳になって新しい娘ができたのは望外の喜びだ』と何度も言っていたと教わりましたから」

「な、なんだと?っくぅ……トール、私の秘密を簡単にばらすとは親不孝者な奴め」

「ふふふふふ……」

 

 セベリンの厳格な姿ばかり見てきたタチヤナにとって過去を明かされ恥ずかしがる彼の姿はとても新鮮なものだった。

 

 「……久しぶりに笑えた気がするわ」

 

 背を向け帰路に就くセベリンを見送ってから、タチヤナは軽くなった思いを胸に収めて夕食の支度を始めた。

 

「持って行けるものでもないから、ワインとかは開けて使ってしまおうかしら」

 

 整理のために少なくなった食品棚を眺めながらタチヤナは独りごちた。

そうして手に握ったのは、トールワルドが婚約の際に持参した一本のワイン。

婚約した年に一番美味しいと評判を得た銘柄であった。

 

 タチヤナは料理を作りながら、ワイングラスを一つ取り出す。

 

 あの日以降味気なく感じていた夕食のワインは、とても美味しく感じられそうだった。

 

◆ウォルモンド市街地・住宅通り◆

 

 タチヤナ邸を辞して自宅に戻る中、セベリンは鞄一つ軽くなった手を開いたり閉じたりしながら思慮に耽っていた。

 

「戦場で倒れ、意識を失い捕虜となって以来、体が驚くほど軽くなった」

 

 セベリンは周囲に明かしてはいなかったが以前より気管に不安を抱えており、それは恐らく【鉱石病】が原因だと察していた。

そして症状が【大裂溝】以降から状態が急速に悪化していることを痛感していた。

 だからといって一人病室でのうのうと休養するのは自身の士官長としての責務が許さなかった他、そもそもそのような余裕が彼含むウォルモンドの治安を預かる者達全員にありはしなかった。

アーツを使うなど体を酷使するようなことがなければ比較的小康状態を保てたため、セベリンは煙草を吸って平静を振る舞い周囲に気取られないようにしていたが、今回の騒動とアーツ戦法の連発が祟って、よりにもよって戦場の只中で倒れるという最悪の事態を引き起こすこととなった。

 

 この醜態を重く見たセベリンは退院を機に体調悪化と戦場での失態、身内の離反を理由に士官長の座を引退しようとしていた。

しかし、現状アーツの実力ある者が憲兵隊を除いて限られていることと、前線で懸命に戦った姿を見た警察隊員達がセベリンの士官長留任を憲兵隊長官に進言していたことで領主から引き続き任を果たすようにと仰せつかる事となった。

貴族の言葉は命令と同義であり、セベリンに断ることはできない。

 

 加えて、セベリンの体は気を失い捕虜になって以降調子が極めて良かった。

これまで常に彼を苛んでいた胸の息苦しさが随分と軽減され、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()がさっぱり消えてなくなったかのようだった。

周囲はセベリンの回復に驚き彼の生命力を称えたが、彼自身はその理由は全く判らなかった。

彼が倒れた際にロドスアイランドという製薬会社から派遣された医者が応急処置をしたと聞いたため、先方に何か【鉱石病】治療に関するノウハウがあったのかと彼は思うが、いずれにせよ、万全とは言わないまでも充分に体力を取り戻したセベリンに不調を理由にした辞職は通用しなくなり、彼は数日の休養の後に士官長の任に復帰することになった。

 

「ウォルモンドが、いや、息子が私にまだ引退するなと言っているのかもしれんな。どのみち拾った命だ、先行き短くともさして差はあるまい」

 

 拳を握り、沈む夕日を一瞥してから次の一歩を踏みしめる。

 

 夕暮れのウォルモンドを行くその一歩は、誰にも劣らぬ力強いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

1097年6月。

 

◆エッグマン艦隊分隊・エッグクルーザー内EMCR◆

 

「あ゛……」

 

 トールワルドは永劫浮かぶ筈のない意識が、今後腐り果てるのを待つだけの体に宿ったことを当初信じることが出来なかった。

何処までも露悪的に、ウォルモンドの誰もが同情の余地のない薄汚い裏切り者として記憶に刻むように振る舞った彼にとって、ウォルモンドの去り際にタチヤナと出会えしかも言葉を託すことができたのは願ってもない幸運だった。

故に彼は()()()()逃げ込んだ山の中で憲兵隊に見つかった際は、彼らの攻撃を避けることなく受け止めて峡谷に落下した。

 

 彼に運がまだあったとするならば、今の季節が6月と寒い山中ではあっても冬場よりはましな環境であったこと、落下した際に峡谷の岩にぶつかりつつも谷に流れる川へと着水したこと、そして近くではエッグクルーザーのトラブルが原因で川岸に着陸して給水していたことが挙げられるだろう。

 

[エッグマンさま、フショウシャがメをサましました。バイタルにイジョウなしです]

《うむ、判った》

 

 トールワルドを治療していたであろう、先日まで彼の指揮下にあった【CASEAL】が部屋の中で浮かんでいたドローンモニターに話し掛けると、ドローンはトールワルドの前まで移動し、飛行船の主にして先日まで彼の主であったDr.エッグマンが彼を見下ろしながら言った。

 

《ワシに降伏したにも関わらず、ワシが都市を出発したのに同行もしないで山登りとはいい度胸じゃ。ましてや山岳装備もなしで滑落とは無用心にも程があるじゃないか》

「此処は……」

《ワシの艦隊内の医務室じゃ。ワシが偶々見つけておらんかったら、オヌシはそのまま川の水で血抜きされて死んでおったろうな》

「(もとよりそのつもりだったんだがな……)ありがとうございます、エッグマン様」

《まぁよい。にしてもあれだけの怪我をワシが治療したとはいえもう意識を取り戻すどころか話すことすら可能とはな。つくづくこの惑星の住民はタフな奴らばかりじゃ》

「……?」

 

 Dr.エッグマンは【テラ】の住民の肉体的頑強さに嘆息するが、生粋の先民であるトールワルドには言っている事がよく判らない話だった。

 

《さて……遅刻したことについては色々と言いたいところじゃが怪我の手前これ以上は見逃してやる。だからといってオヌシの仕事が免除されるわけではない。エッグマンボーグ(向こう)に着いたら治療の傍らで仕事を命じるから覚悟しておくように》

 

 モニター越しにDr.エッグマンがトールワルドを睨みつけ、指をさしてトールワルドに言い放った。

 

「どのような内容でしょうか?」

《さしあたってはエッグマンボーグの防衛将校になって貰う。国境の向こう側には氷のアーツ術者がいるようでな、種類は違うじゃろうがオヌシのアーツ技術のノウハウは合っても損はせんじゃろう》

「……それは私のような者には過分の取り立てでは?」

 

 トールワルドはDr.エッグマンの指令を聞き、裂傷で顔が痛むのを忘れて思わず目を見開いた。

言うなれば完全な部外者、それも元々はウォルモンドを裏切った一士官にチェルノボーグ、いやエッグマンボーグの防衛に携わらせるということだ。

以前のチェルノボーグは無論、例えウォルモンドであっても、それどころか世界のどこを探してもその様な待遇を約束する都市などあるわけがない。

仮にそれが王室に連なる大貴族であれば有り得なくもないだろうが、トールワルドにそのような利点はあるはずもなかった。

 

 だが、トールワルドの採用理由をDr.エッグマンは事も無げに言い放った。

 

《人手が足りん。チェルノボーグの元軍事警察の一部は取り込んだが主力のほとんどは旧地域のほうに逃げておるからどうしても二線級しかおらん。ワシを慕って世界から移民が殺到しておるからその中から力に長けた者を雇用して国防軍を組織させておるが前線指揮以上の能力を持つ存在は早々居るわけではないからの。その点オヌシは先の件でその能力があるのを見せておるから問題ない。第一ワシの命令に従わぬというならオヌシじゃろうと市民じゃろうとエッグマンボーグから追い出すまでよ。何故ならワシはDr.エッグマン!世紀の天才科学者にして世界に誇る大帝国エッグマンランドの都市、エッグマンボーグの支配者なのじゃからな!ヌワーハッハッハッハッハ!》

 

 医務室に傍若無人(Dr.エッグマン)の笑い声が響き渡る。

それを聞くトールワルドは自身の持つ常識やかつての(しがらみ)を気にするのが馬鹿らしく思えてきた。

 

「(既に一度死んだ身、それに役職上は直ぐにウォルモンドに牙を剥くことは無さそうだな……)」

 

 ウォルモンドでやるべき事は全て果たし、そして棄てたはずの命を紛いなりにも忠誠を誓った相手に救われたトールワルドの決断は早かった。

 

「判りました。謹んでお受けします」

《宜しい。では数時間後にエッグマンボーグに到着するから、そこで病院に移送後再度診察と治療を行う。それまでは休んでおくんじゃぞ》

「畏まりました」

 

 ドローンモニターのディスプレイが消える。

 

 トールワルドは、【大裂溝】以来絶えず張り詰めていた緊張を漸く解くと同時に襲いかかってきた眠気に抵抗することなく身を委ねた。




◆感想や改善点などございましたら是非コメントお願いします。

◆これにてウォルモンド編終了です。
思いの外長引いてしまいました。
本編が再び説明回になりそうだからと復刻中だったウォルモンドイベントをネタに書き始めたストーリーでしたが、当初は
・Dr.エッグマンが蓄音機目当てでウォルモンドに行く
→・【大裂溝】によって苦境にあるウォルモンドで、トールワルドとビーダーマンが蓄音機を差し出す代わりに食糧支援を求める
だけの話にする予定でした。
ただそれだけだと内部反発や貴族の沙汰とかで絶対一筋縄ではいかないだろうな、ただ渡して終いじゃあっさりだな、と思っていたらこんな感じになりました。
多分1年で一番「トールワルド」と「ビーダーマン」の名前を打ち込んだ気がします。
今のところサブストーリーの次の予定は未定ですがアドバイスがありましたら是非宜しくお願いいたします。
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