走り抜けても『英雄』がいない 作:天高くウマ娘肥ゆる秋
本当に申し訳ないです。
あと、私の表現力不足のせいで誤解させてしまった方がいらっしゃる様なので、主人公の経歴順を簡単に纏めました。お納め下さい。
1.名無しの人間(ディープインパクトがいた世界)
2.ディープインパクトポジションになってしまった競走馬アフターマス(ディープインパクトがいない世界)
3.例のアレそっくりのジト目ロリウマ娘アフターマス(ディープインパクトがいない世界)
2と3で主人公が負け続けているのは、主人公だけが見ているディープインパクトの幻影です。
人間よりもずっと早い。レースが始まる瞬間の、俺達ウマ娘の知覚の早さは。
今年の京都芝最後の長旅は、とても綺麗に始まった。
クラシック戦線を走り抜いて来た優駿達。総勢16人のウマ娘が向正面のゲートから飛び出たのは、ほぼ同時の事だった。ファンファーレが鳴って、風が吹いて、観客の声と自分達の鼓動が入れ替わる一瞬の隙間。
唯一その瞬間だけは、出走した全ウマ娘が横一線となって駆け抜ける。ゲートを潜る事を許されたウマ娘とは、言ってしまえば
一斉に飛び出たウマ娘達は、引き絞られた肉体が弓の様で、研ぎ澄まされた脚が矢の様。
狙い済まされた沢山の意思が、『菊花賞』へと突き刺さる。
──俺達の知覚からずっと遅れて、実況さんの仕事が始まった。
『──さあ、各ウマ娘、綺麗にスタートしました! アフターマス、今日
整えられたターフへと、32本の怒号が降り注ぐ。
一歩、ぐんと前へ進む毎に、芝の根元が繋がり、延びる。走り始めた知覚の中だけで生まれる、幾筋もの道。レースが終わるまで何処までも続く、長くて細い、俺達だけの──自分だけの道筋。きっと栄光へと繋がっているそれを、俺達はただ信じ抜く。
クラシック最後の一戦は、急斜面な坂の途中から始まる。
クラシック戦線を走り抜いたウマ娘にとって、初めて経験する3000mの長丁場。加えて、高低差4mを超える心臓殺しの淀の坂。おまけとばかりに6度襲い来る熾烈なコーナー。どれをとっても、実力次第で差が開く。
──『菊花賞』は一番強いウマ娘が勝つ。
体力。走力。知力。そして気力。
この場を駆けるウマ娘には、本当に多くのものが求められる。多くのものを求めて然るべき実力のウマ娘だけが集うのだから、当然といえば、その通り。
レース開始早々に、全ウマ娘が自分にとってのベストポジションを奪いに行く。なだらかに……しかし、ここは譲れないと言わんばかりに、確りとした脚取りで。
せめぎ合う場所取り合戦の中で、俺が居座る事にしたのは、中団やや前寄り。内枠が有利に取れる内ラチ側。
高速で駆け抜ける時は流石に柵の接触が怖いものの、今はまだ序盤。脚を溜めつつ、囲まれないように立ち回る事が目的だから、すぐ側に柵があってもそこまで関係ない。レース終盤みたいに超高速の世界へと突っ込まない今の
しかし内ラチ側はダートの砂が入り込む事もあり、バ場が悪いと偶にぬかるんでいたりもする。だから、天気の次第によっては進路の取り直しをする必要が出ていたし、場合によってはサブプランを選択する羽目になっていた。
今日の俺はやっぱり少し運が良いなぁ……と、虚勢みたいな小さい自信を奮わせる。
──しかし、それはすぐに風に流されて、消えて行く。
『──最初の第三コーナーを超えて、各ウマ娘第四コーナーへ。各ウマ娘が熾烈な位置取りを繰り広げております!』
風に研磨された意志は鋭く尖り、ただ速さを求める機能となる。そんな中でも理性だけは、思い切り駆け出したくなる欲求に耐えて、脚を残す役目を果たす。
そういや
俺の時にはなかった、稀代の天才名ジョッキーのエピソード。
──なんて。思い出した懐かしさも、風に流され消えて行く。
進む毎に伸びようとする脚。鋭くなる『勝ちたい』という絶対の指針。突き動かされる肉の舟。
意識の中で俺の姿は
腕が消え、脚が戻り、風の中でも揺るぎない肉体。反発する空気へと鋭く刺さる流線形。俺が信じる最速の形──
……しかし。
『──先頭集団、第四コーナーを超え、スタンド前に差し掛かりました! 凄い歓声! まるで最終直線のような凄い歓声です!』
降り
今は最終直線……ではなく、まだ最初の直線でしかない。まだまだ最高速の世界へと入り込む訳にはいかない。そう、俺の理性が訴え掛けた。
前々世のあいつみたいに掛かりかけた体へと、減速方向への調整を入れた。流石にこんな距離からトップスピードに入ってしまえば、伝統芸能逆噴射待ったなし。ツインターボ先輩に弟子入り待ったなしだ。……いや、ツインターボ先輩に弟子入りをしたくはあるが。正直、オールカマーでの爆逃げは憧れた。
極度の集中状態となるゲート直後は、大体いつもこうだった。自分じゃ意識をコントロール出来ていない状態。要するに、阿呆故に入れ込み過ぎてしまう視野の狭さ。
ゲート難と言われるくらいゲートが苦手なウマ娘はそれなりにいるが、俺の場合はゲートが得意過ぎた珍しいパターン。多分、珍プレー好プレーで言えば、珍プレーの方。
もし俺が逃げウマ娘やスプリンターなら優位に働くが、残念ながら俺は追い込み型の中長距離
だからゲートに極端に強くたって、そんなに有利になる訳ではない。実際に、皐月賞と日本ダービーを二回ずつ、俺は
『──さあ、各ウマ娘入りましたスタンド前! 14万人近い観客の前で、ウマ娘達が懸命に駆ける! 声援に包まれた直線を、『今日は私が勝つんだ』とばかりに駆けて行く!』
観客達の服の色。歓声の色。芝の色。色々な色を取り込むようにして、自分の知覚を確り保つ。どうせ後で嫌になるくらい見る景色が変わるんだから、今だけはこの瞬間を楽しもう、と。
前々世でもたまにいたが、物事に振り回されやすくて、自分のペースを見失いやすい奴。今の俺が正にそれだった。
視野狭窄と言えば良いのか、集中しすぎてしまうと言えば良いのか。適度に自分で気を散らしていかないと、ど壺に嵌って抜け出せなくなる。
元々はそんな事なかったのに、気が付けば前世の馬時代からそうなっていた。だから多分、人間の知能と動物の脳の進化が悪い形で絡み合った結果だと思う。レースという
感覚の面では、良くも悪くも競走馬時代のものを引き継いでしまっている部分が多い。
例えばそれは味の好みであったり、睡眠時間の間隔であったり、レースが大好きな事だったり。
……そして、体の動かし方であったり。
多分、
俺としては競走馬時代の感覚を残したままディープインパクトにリベンジ出来るので、有難い限りではあるが。今世で勝てば実質、競走馬としてもウマ娘としても勝ったという事になるだろう。きっと。多分。なれ。
でも、だからこそ。俺の走りの到達点は、必然とこんな形になったのだろう。
「──相っ変わらず、
ふと、近くにいたウマ娘が零した言葉が、耳まで届いた。相変わらずという事は、俺と一緒に走った事があるのだろうか。もしくは、学園では放課後にずっと走ってるから、何かの拍子で見掛けたか。今は菊花賞の真っ最中だから、前者の方が有りそうか。
巫山戯た走り。成程、確かにそうだと思う。人間時代の俺が見ても、同じ事を言う気がする。
一歩の滞空時間を突き詰めた、広域すぎるストライド。小さい体が空気抵抗に負けない為の、殆ど地面と水平な前傾姿勢。走ってる感覚が馬時代のそれである為、放ったらかしにされて後ろに流れていく両腕。
……何処からどう見ても、百点満点の巫山戯た走りがそこにあった。前世で育てた走りを努力の末に
悲しみの余り泣きそうになった。
「──超真面目」
「──嘘吐けっ!」
本当の事を言ったのに、何故か信じて貰えなかった。
「──アフターマスっ! 今日こそは潰す! てめぇは二冠で終わりだ!」
「──
「──こんの餓鬼ぃっ!」
ぶっ殺してやる! ……と、体当たりされそうになった。体の軸を捩らせて、避ける。綺麗に回避出来たから、レースに殆ど影響はない。体当たりを仕掛けた当の本人はバランスを崩し、たたらを踏みながらバ群に飲まれて後ろへと流れて行った。
軽いトーク程度の煽りで自分の
ウマ娘の……というか、馬のレースは煽り合いが当たり前に存在している。
勝ちたいという意志を持った馬同士が一緒にレースをすると、どうしても同じ道筋を取り合う時がある。そんな時には、馬が勝手に煽り合いを入れ始める。そして、場合によっては体当たりをし始める。負けそうになると、相手に噛み付こうとする馬だっている。人間様的には御行儀が悪い様に見えていた様だが、馬からしたら知ったこっちゃない。
勝てば良かろうなのだ──それこそが、馬にとっての錦の御旗。唯一無二の掟である。負ける奴が悪いのだ。
……つまりは、レースで負けっぱなしの俺は、俺自身が悪いのだ。
『──後方集団、最初の直線を越えて第一コーナーへ──っとおっと、どうしたアフターマス! 少しよろけたか!?』
──おい、何やってんだよ!
──確りしてくれよ!
──お前が勝つ所を観に来たんだぞ!
そんな声が結構な数飛んで来て、耳まで届いてしまって……とても煩い。本当に。
こっちは圧倒的な事実と向き合ってるんだから、放っといて欲しい。走りはちゃんとしてるから。
……そんな気持ちが、どうしても湧いた。だって、走ってるのは俺で、俺の事は俺にしか分からない。今だってよろけた訳ではなくて、芝が捲れた所につんのめらない様にしただけだ。少し脚を逸らしたら、そりゃ多少は体が揺れるだろうに。
だから、別にディープインパクトに勝てない現実にやる気が下がった訳じゃない。本当の本当に。
それはそれとして、何故か無性に救いが欲しくなった。
心の中でメイショウドトウ先輩へと訊ねる。救いはないのですか、と。答えは返して貰えない。仕方がないから、何故か一緒にいるたぬきさんにも聞いてみる。今度は首を横に振られた。「無理!」とでも言いたいのか、きゅいっと一鳴き添えられて。
……今日は大差で勝って、
『──さあ、来ました第一コーナーから第二コーナーへ! アフターマス、中団のインコースでやや前に控えている! この辺りからは例年、流れが落ち着く展開に──』
スタンド前の直線から離れる程、人の熱は遠くなる。観客が俺達に与えた夢見心地が少しずつ薄れ、レースに現実味が戻って来る。
近くを走るウマ娘達の息遣いと、流れる汗の温度、意志の鋭さ。人の集団から遠ざかる程、それらが強く感じ取れてしまうのは、ウマ娘の
ウマ娘とは、人間なのか、馬なのか。その答えはない。俺は未だに答えを出せていない。俺が答えを出せていない以上、この世界にその答えはない。俺以外に転生者──転生
だけどもしも、他に転生
でも、ウマ娘から感じる馬の名残りは、俺にとっては間違いなく大事な物だ。たった四年の生涯。今の俺の原風景。殆ど忘れてしまった
世界から消えてしまった馬達はウマ娘の中で走っている。だから俺は答えを出さない。ウマ娘は人間であると断言してしまえば、馬という存在を忘れてしまいそうな気がするから。そんな訳ないのに、神経質に。
──なあ、お前はどう思うよ。
その瞬間。何かを応える様にして、レース場に──俺の意識の中に、
人の領分から離れる毎に増す現実味。それを飲み込んで現れる幻影。何処からか飛んで来た別世界の
歴史が調えられ、そこに在るべきものが組み込まれた。そんな世迷い言さえ信じそうになる、途方もない錯覚。
楕円形の世界から、色が抜け落ちて行く。緑の芝。声の色。栄光の色。鮮やかなもの全てをかき集める様にして、俺のすぐ側で一つの結晶が生まれ落ちる。古びたフィルム映画の中みたいに、世界を灰色に染め上げながら。
自己主張の激しい
『──全ウマ娘、向正面の直線に入る! ファンの声援を力に変えて、勝負所の第三コーナーを睨み付ける──』
さっきまでしっかりと聞こえていた実況が、弾かれた様に遠くで聴こえる。
俺は小さな息を意識して吸った。さっきまではあった色んな心の混ざり合った空気はもうなく、鋭く痛い冷気だけが肺に入る。俺に対して優しいものなんてもう何処にもなくて、ただ現実だけが此処にある。俺はそれに、不思議と安心を覚えた。
ウマ娘は、走る事が大好きだ。競走馬の魂を引き継いでるからか、走ってる時が一番楽しくて、自由になれる。
それと同じくらい大きな喜びを噛み締める瞬間は、人の熱に包まれた時。その喜びの名前は、誇らしさ。
誰かが望むものを抱えて走る。自分の脚が、夢を見せる。飛び交う歓声と絶叫は、その証。きっとそれと似てるから、ウマ娘はウイニングライブなんてものを喜んで踊る。死闘の末に疲れ切っていても、それを忘れるくらいの心地良さがその中にあるから。
……
ウイニングライブ? 競い合い以外での栄光? そんなもの、
とくん、とくん、と。時間が脈打つ様に錯覚する。向正面を進む道が、とてもゆっくりに感じられる。
嫌になる程の緊張と興奮。心臓の脈動は、何度経験しても痛いまま。
誰よりも強かった伝説が、俺を潰しにやって来る。成り代わった阿呆へと、資格の有無を問い掛けるべく。俺は別に、あいつに成りたかった訳ではないのに。
全身に痛いくらい感じる、『英雄』という存在の重み。軽い筈の蹄鉄が、鉛の様に重たくなった。
「──ディープインパクト」
暗い
身に纏うのは、『英雄』らしい勝負服。何となく、前世の
棚引く青いマント。ボルドーのミッドリフジャケット、臙脂色に黄色い鋸歯形柄のレイヤードスカート。それと象牙色のローカットブーツ。俺と同じ格好。
俺と同じ、姿。
違うのは、あいつの方が
『──各ウマ娘、最後の第三コーナーへと差し掛かります──シンザンが、ルドルフが、そしてブライアンが辿った三冠への道──歴史は繰り返されるのか』
呼吸に紛れて、小さな小さな嘆息が口から漏れた。如何に聴覚の優れたウマ娘と言えど、歓声と
何度も何度も俺を吹き飛ばして、駆け抜ける。そんな化け物の存在感は、いつまで経っても慣れやしない。
世界が変わり、歴史から消えて……名前を失くした、
観衆の熱狂という夢の中から現れて、
「──今日はやけに遅かったじゃないか。俺に負けるのが怖くて、出遅れたか?」
ばくん、ばくん、と。高鳴る心臓の音は、淀の坂のせいか、深い衝撃のせいか。答えなんて分かり切っていたから、ただ強がりだけを吐き出した。今日は勝つと、自分を振るい立たせて。
俺は思う。運命というものがあるのなら、それはきっと、ディープインパクトという馬が好きで好きで堪らないのだろう……と。
俺は奴の駆け抜けた歴史を知っている。奴が変えた世界を知っている。
双璧の無い戦績。無尽蔵の才能。
そして、そんな現実味の薄さすらも多くのファンに愛さ
俺は覚えている。お前が世界に衝撃を与えて、『日本競馬』の夜を明けさせたんだ。
競馬に興味がなかった俺でさえ、競馬界から聴こえる英雄譚を耳にした……それがどれ程、異常な事か。果たしてお前は分かっているのか。
何万円も突っ込んだ当選馬券。それを何時までも換金せず、後生大事に抱え続ける奴を見た。そして、そんな奴らが山程いた。
お前の走りを一目見ようと、記録に残る程、日本の中央に人が集まった。多くの人々が、やるべき事を放っぽり出してお前に熱視線を注いでいた。
お前は競走馬という生き物だから、欲という物くらいは有っただろう。だけど
……ああ、お前は知らないよな。だって興味すらないもんな。どうせ、前々世の時もそうだったんだろ。じゃあ、教えてやるよ。
お前は人に『奇跡に限りなく近い馬』と、そう呼ばれていたんだ。
お前が無敗の三冠を達成した日まで、『競馬』の空気が緩やかに澱んで行ったのを知っている。繰り返される熱い戦いに慣れ切って、多くの競馬ファンが離れて行ったのを知っている。
……何時まで経っても生まれない、
成程、お前は『英雄』だろう。紛れもない救世主だろう。奇跡の近似値であるだろう。
確かに、日本の競馬はお前が救ったんだ。そんなお前を讃える言葉なんて、それこそ尽きないくらいある。
それでも──俺からしたら、お前は化け物だ。最後には倒されるべき怪物だ。例え、元々は『英雄』であっても。
……気付いていないとでも思ったか。お前がまだ本気を出しちゃいない事を。前世とほぼ同じ時計で皐月賞制覇。前世とほぼ同じ時計で日本ダービー制覇。確かに凄い事だ。その時点で無敗の二冠ウマ娘だ。
だが、お前はディープインパクトなんだ。俺を舐めているのか。 お前はどうせ、
覚えているぞ。お前は三冠全部で、レースを失敗しながら勝ったんだ。レースを失敗して尚、『無敗の三冠馬』という偉業を成し遂げたんだ。
今世の日本ダービーで確信した。走ってるお前の姿には、まだ余力があった。ディープインパクトは、手を抜いて走っている。
……そんなお前に本気を出させて、その上で勝つ。その為だけに、菊花賞のお前を超えるタイムまで、鍛え抜いてきたんだ。日本ダービーから、菊花賞まで。生活のほとんどを管理される競走馬時代には出来なかった、人間だからこそ出来る無理無茶無謀を積み重ねて。この菊花賞で勝てさえすれば、もう走れなくなってもいい。その覚悟で此処に立ったんだ。
──消し飛ばされた人としての誇り。獲れなかった馬としての勝利。被せられた偽の栄光。それら全てを引っ繰り返す。今日、この日に。英雄譚が日本中に鳴り響き始めた菊花賞で。俺はそう決めていた。
……もうとっくに夏は過ぎていて、陽炎は立ち昇らない。
バスから見た木々の色も青々としたものではなくて、京都の山々は紅葉が天高く威容を掲げていた。空は白から
脚元から立ち込める芝は人の手で整えられていて、湿気に浮かれて青臭さが鼻を突く。まだ雨の雫も落ちていないのに、気の早い土の香りが皮膚を撫でる。
故に視界に映る全ては、自然が見せた偽の
五感全てが切り替わっている。
知覚の世界で、体は馬になっていた。四本脚で駆けている。灰色の世界だけれど、芝の感触に変わりなし。何故か、走るフォームだけは、これは先輩方や東条さんと改良した物だ……と、忘れるのを心が嫌がっていた。
まだ最高速の世界に辿り着いてはいないけど、極まって行く集中力は、先程の比ではない。
──アフターマス。一度も本当の冠を被れなかった俺の名前。意味は、『余波』と『二番手刈り』。
一着だけにはなれない、永遠に二番手から下を刈り続けた、格上に勝てない愚かな馬。
……そんな俺が、勝手に好敵手であると決めた馬。日本の誉れ。世界の頂に届いた唯一無二、本物の日本の競走馬。
三冠最後の坂の頂上。俺達にとって、日本で一番高い場所。
淀の坂の天辺に、『英雄』は現れた。
ゆったりと俺の傍を並走する様に、ディープインパクトは現れたのだった。
──秋の空は天高く。馬が肥える程に実る稲穂。稲穂は肥えたらどうなるだろう。重力に負けて頭を垂れる。
でも見てみろよ、ディープインパクト。今日の空には雲の蓋がされていて、醜く肥えた馬──ウマ娘なんて、一人もいない。だから稲穂は重力に負けず、きっと頭なんて垂れやしない。稲穂すら頭を下げないんだから、生きてる俺が頭を下げる理由もない。
さあ、お前が無感動に引き潰し続けたこの
ディープインパクト、お前は強いが、今日の俺に勝てるものなら、勝ってみろ。
『──後方集団も淀の坂を超えて第四コーナーへ差し掛かる。そろそろ仕掛けるウマ娘は出て来るか。アフターマスはバ群の外、外から前を睨んでいるぞ! さあ、そろそろ誰か行くかな、まだ溜めるかな──アフターマスが勝負を仕掛けた──!』
想定していた以上に長くなった為、分割しての投稿です。続きは近々投稿すると思います。多分。
菊花賞は次で終わると思います……多分……文章長くて本当にすいません。……日常パートで、皆を笑顔に……!