走り抜けても『英雄』がいない 作:天高くウマ娘肥ゆる秋
風すら置き去りになる最高速の世界。
俺とディープインパクトの脚がそこへ入り込んだのは、ほとんど同時だった。
『──後方集団も淀の坂を超えて第四コーナーへ差し掛かる。そろそろ仕掛けるウマ娘は出て来るか。アフターマスはバ群の外、外から前を睨んでいるぞ! さあ、そろそろ誰か行くかな、まだ溜めるかな──アフターマスが勝負を仕掛けた!』
一歩を強く踏み込む。風圧の壁が行く手を阻む。そしてそれを、全身を使って貫き穿つ。
進む毎に邪魔をする壁は、常識に生きる俺の敵であって──即ち、ディープインパクトという非常識な奴の味方だった。
先頭との差は大体七、八馬身程度であろうか。十馬身はないと思う。第四コーナーを越え、大外からだとゴールまでは一直線に見える。
しかし、同時に踏み出した競り合いは、ディープインパクトが僅かに先行している。
──風が青く見える、俺と奴しかいない世界。走り抜ける先には『英雄』だけがいる。遥か彼方にはゴールだけがあって、すぐ傍には、地面と、酸素と、空がある。
……脚元は揺れている気がして、酸欠で頭はバ鹿になって、真っ白な空からは雨粒が落ち始めているが、確かに此処にある。ずっと遠くにあるゴールラインと同様に。
──スタンドから、音の波濤が押し寄せた。
俺と奴の駆け抜ける空には、音が良く響いた。バ鹿になった頭では、自分の名前くらいしか、ろくすっぽ認識出来ないが。
壊れたラジオの方がまだましだと思える様な、とても酷い音だった。
『──アフターマス、先頭まで残り七馬身程! 現在先頭は□□□□、2番手□□□□、3番手□□□□は──捕まった! が、□□□□粘る! 伸びた!』
『──貴女にだけは、負けられない……負けたくないっ!』
とんっ……とんっ……とんっ……と。速度が上がる毎に脚元からの振動が均一に近付く。それは、俺の出せる速度が限界に到達しつつある証拠。縮まらないディープインパクトとの距離を、絶対のものにしようとする現実。俺が乗り越えるべき敵のひとつ。
思う様に進まない脚を叱咤しながら、何処からか聞こえて来た声に同意する。案外知り合いだろうか。何となく聞き覚えがある気がした。
──俺だって、負けたくない。
『──しかしアフターマス止まらない! □□□□交わされた!』
『──待ちなさいっ──』
音さえ置き去りにしても、まだ届かないから、脚に全てを巡らせる。酸素が巡った様な気がして、血が巡った様な気がして、決意が巡った様な気がして、一歩を踏み込む力が少しだけ強まる。全身全霊の踏み込みに関節が悲鳴を上げる──が、奴に並ぶ。
──ディープインパクトが加速して、再び差が開いた。
『──アフターマス、完全に先頭を捕らえたぞ! 並ばれた□□□□、粘れるかっ!?』
『──三冠だけは取らせない……!』
近くから聞こえて来た声に、同意した。三冠だけは、取らせたくない。目の前で、ディープインパクトを絶対の存在にしたくない。俺も同じだ。一緒に走り始めたウマ娘達と、全く同じ。
一歩が、重い。練習よりもよっぽど酷い様に思える脚。すぐ傍で深さを増す衝撃。追い縋る様に、懸命にトモを動かす。
ゴールが近付く毎に、酸欠が加速する。バ鹿になり続ける頭じゃ、もう上下の区別だって付かない。それでも脚を前に出す。
全身が光の中に溶けた気がして、軋む脚は自己主張を止める。練習で仕上げ切った筈の走りが、更に洗練されて行く。
ディープインパクトとの距離が半歩分縮む──鼻先分、更に開く。
『──□□□□伸びる──が、『衝撃』が止まらない! アフターマス交わした! 外から交わした!』
『──嫌っ──』
嫌だ。俺だって、嫌なのだ。
俺のせいでディープインパクトが消えた。俺がディープインパクトの代わりに生まれたせいで消えた。日本中が見た夢が、幻の様に消え去った。
その事実が、恐怖心や本能を上回る程、嫌だった。
──押し込められた夢が弾けるように、人の熱を伴って伸し掛る。その中を、『英雄』が突き進む。俺は『英雄』に置いて行かれない様に、脚を出して──歯を食いしばった。まだだ。俺はまだ、負けていない。
『──14万人近いファンからの大歓声! 最速で駆け抜け、菊花賞ウマ娘の名乗りを上げるのは誰だ! 現在、先頭で逃げ込みを図るのは□□□□!』
残り、200mと少し。ディープインパクトとの差は一馬身もない。けれど、その差が大き過ぎる。真の強者はハナ差を恐れない。真の強者のハナ差は、絶対的に埋まらないから──本当に?
「──アンっ……タにだけは、負けらんないのよぉっ!」
ぐっ──と、誰かが俺とディープインパクトよりも前で加速した。世界に青い風が、ひとつ分、増える。灰色の寂しい世界では珍しい、綺麗な三つ目の青色。
掻き消える前みたいな風の癖して、必死に走る……そんなウマ娘が、俺の知覚の世界の中に増えた。
……あんまりにもその子と俺とが似ているから、思わずそっちを凝視してしまう。
あれは……さっきの子だ。口が悪い、俺なんかに宣戦布告しに来た奇特な子。
藍染色の彼女が、青くて弱々しい風を切りながら走っている。
『──□□□□、逃げる逃げる!』
「──あ、あ、あああ、ああああああ──っ!」
走る毎に彼女との距離が縮む。しかし、そのペースは、ディープインパクトを相手にしているとは思えない程、緩やかに。もしかしたら、彼女なら本当にディープインパクトから逃げ切れるのではないか──そう、思えてしまう程の気迫で。
彼女に負けじと、脳の血管が燃える程まで、一歩一歩に力を篭める。全身に鞭を入れる。
──ディープインパクトとの距離が縮む。彼女との距離も、更に縮む。縮む。縮む。縮む……そして。
『──捉えた、捉えた、捉えました!後100m、□□□□粘る! しかし先頭は
「──お……ぉぁあ、ああああああああぁぁぁっ!」
「──待っ、私を────!」
限界を越えた俺の一歩が……
──走り抜けた先には、誰もいない。
抜いた。藍染色のウマ娘と……スパートを掛けたディープインパクトを、まとめて。初めて、ディープインパクトを抜いた。体が更に、速度を増す。
ようやく、辿り着いた地平。そこは、余りにも綺麗で、走っている事すら忘れそうな程。しかし、不思議と油断なんて起きない場所。全身に力が漲って、何処までも先へと駆けて行けそうな気さえする。
──
レース前にルドルフ先輩に見せ付けてこいと言われた光景の、その一端。その世代で最も強いウマ娘だけが辿り着く場所。
俺がディープインパクトの
今世になって、トレセン学園に来て、再び鎌首を
一番強いウマ娘が勝つこのレースで勝てたなら、それはきっと、俺がディープインパクトに劣らないという証明になる。其れが出来たら、例え今、脚が駄目になっても……いつかは皆と楽しく走れる日がやってくる。だから──。
──だから……待て。どうしてお前が
「──なんで?」
深い衝撃。盛大な混乱。レース中にやってはいけない、致命的な戦意の乱れ。それらを慌てて取り繕って、心を思いっ切り奮い立たせる。
──それでも、
「──えっ?」
走る。走る。走る。
前へと倒れ込む様にターフを駆け抜ける体は、確かにトップスピードを維持している。それどころか、最高速度を少しずつ更新し続けている。間違いなく、全てを賭けた過去最高の走り。
二度とは出来ない──そう、本気で思える走り。
……それをディープインパクトは軽く交わして──進む毎に、差を広げて行く。
そして……ふと、気が付いた。
それは、当たり前にあるものみたいに。日常の一幕みたいに。例えば……そう。先輩方との、トレーニング風景だったりだとか。
「あっ」
──俺を置き去りにして行く後ろ姿に、多くの
ディープインパクトという存在の中で、多くの
覗いてしまった、何時もとは僅かに変化しているディープインパクトの走り……その中身。本気を出した奴の構成要素。
そこには──沢山の、ウマ娘達がいた。
テレビで見た事のあるウマ娘がいて、本で見た事のあるウマ娘もいる。学園で見た事のあるウマ娘だって、勿論いる。
「どうして」
知り合いのウマ娘だって、沢山いる。
一緒に走った事のあるウマ娘。一緒にご飯を食べた事のあるウマ娘。一緒に怒られた事のあるウマ娘。
話した事のあるウマ娘。笑い合った事のあるウマ娘。相談に乗って貰った事のあるウマ娘。
「止めろ」
皆がいる。トレセン学園の皆が。リギルの皆だって、勿論。
「待って──」
……そして、
トレセン学園で皆と築き上げてきた
その背中が更に加速して、遠くなった。
「──ぅぁ……あ、あぁあああああぁあああああああ──!」
遮二無二走る。フォームが崩れないのは、ずっと走り込んでいたから。頼れる先輩方に指導して貰って、東条さんに速く走る方法を教えて貰って、それで──。
音が、反響する。世界を揺らす様に、ねじ曲がった歴史がディープインパクトを求める様に。罪を読み上げられる間際の罪人とは、こんな心地なんだろうか。反響した音に、飲まれて行く。
『──世界のウマ娘関係者よ、見てくれ!これが──』
何処かから、夢の意思を代弁する声がする。現実と直面させる様に。最高速の世界が、風圧が、俺の腕を拘束する。どの道走ってる最中は腕が動かないのに、耳を塞がせない為だけに自由を奪う。お前が聞け、と言うかの様に。
──分かった。だから、やめろ。本当にやめてくれ。その事実を突き付けないでくれ。頼む。俺が悪かったから。成り代わるつもりはなかったんだ。
必死に懇願する。それでも世界は止まらない。尚も、言い募る。
──ただ、走っていただけなんだ。何故か、お前がいなかっただけなんだ。■■■■年の若駒ステークスでお前と出会うまで、俺は本当に知らなかったんだ。お前の代わりに生まれただなんて。
世界が加速して、風圧の重みが増す。懇願は通らない。それでも、みっともなく心が叫ぶ。俺をこれ以上、失わない為に。
──だから、お前の栄光に傷を付けるつもりもなかったんだ。本当の本当に、日本の競馬史が紡いだ歴史の重みにケチを付ける気なんて、これっぽっちもなかったんだ。
だから……だから──。
『これが──
──俺じゃディープインパクトの
脚元から、世界が崩れて行く。世界から脱落する様な、不思議な感覚。こんなにも走り続けているのに、俺だけが置いてけぼりになって行く……そんな、錯覚。
何処まで走り抜けても、『英雄』がいない。
俺では……『
俺より三馬身くらい先。しとしとと雨が振る中で、ディープインパクトは三度目の『無敗の三冠』を達成した。俺の目の前では、二度目の『無敗の三冠』を。
ディープインパクトが消える間際。何故かは知らないが、
爆発する歓声には、夢が抜け切った空虚さだけが、残されていた。
■□■
『なんという末脚、なんという『衝撃』の末脚! これが歴史に残ります!』
ターフを駆け抜けて、ゴールラインへと滑り込む。
本来なら二番目でも得られるはずの栄光は、この世代においては存在しない。
──アフターマスだけが強い世代。
「……くそ」
雨が降り始めた京都レース場には、爆発した様な歓声が響いている。
新たに誕生した
「あっはは……負ーけちゃったねぇ……」
「これで私達は、晴れて『アフターマスが無敗の三冠を取った時の世代』と、ずっと言われるのですね」
レースを共に走ったメンバーの中でも、やっぱり仲の善し悪しはある。全員が共通するのは『アフターマスだけは今日倒す』という決意だけであり、性格面では息の合わないウマ娘だって当然存在する。
そんな中でも、歩み寄ってきた二人に関しては、比較的仲が良かった。
「……何笑ってんのよ。絶対に負けちゃいけないレースで負けたのよ、私達」
「いやぁ……流石にこれはもう仕方がないって。おチビ……じゃないや。我等が新しい皇帝陛下、ありゃー本当にやばいって」
「悔しいですが、結果で示された以上は認めざるを得ませんよ。『衝撃』の二つ名通りの、本当に衝撃的な結果ですもの」
いやぁ、強かったねーおチビ。もう味噌っ粕扱いされていたアフタさんは居ませんのね。あはは、うふふ。
──ああ、腹が立つ。
「ねぇ。どうしてそんなに笑えるのよ」
気が付けば、怒りを剥き出しにして食ってかかっていた。自分が短気なのを重々承知している友人二人が、嘆息して電光掲示板へと指を差す。
そこにあるのは、当然出走したウマ娘達の順位と着差、そしてタイム。
順位は上から三つだけ順に読み上げれば、7番、6番、4番。着差は7バ身、8バ身、4バ身。いっそ清々しいまでの、物の見事な惨敗の記録。
そして──。
「セイウンスカイ先輩のタイムに並ぶって何さ……
「追い込みの一人旅……っていうのも、もう意味が分かりませんけどね」
これ、菊花賞ですのよ? どうすればそんな事になりますの? やっぱり宇宙人? 知ってた。
……そう呆れ顔でぼやいた友人と、それにうんうん頷く友人へと、遂に堪忍袋の緒が──少しだけ──切れた。
「──もうっ! 良いわよ! アンタ達だけで首を下げてなさい! 私一人でも、アフターマスをぎゃふんと言わせるの諦めないんだから! 指を銜えて見てなさいよ!」
「……見てては欲しいんだねー」
「寂しんぼですものね」
「うっさいわよ! バー鹿、おたんこにんじん、へたれ!」
私、ちょっと彼奴の所行ってくる! そう言い捨てて、二人の元を後にする。
……後ろから聞こえて来た、「悪口のボキャブラリー、相変わらず小学生のままだねぇ」「多分、一生あのままですね」という声を無視して。そして。
「……悔しいね」
「本当に、悔しいですわね……」
そんな声も、無視して。
「アフターマス!」
雨粒よりも声の方が強く降り注ぐ中、ぼんやりと空を眺める目的の人物を発見した。
歴戦のウマ娘も嫉妬しそうな万雷の『無敗の三冠ウマ娘』コールの中で、目的の人物──新しい無敗の三冠ウマ娘、アフターマスは佇んでいた。
レース前に似ていて、でも何処か違う……そんな出で立ちに、眉を顰める。『無敗の三冠』を達成したからか……とも一瞬思ったが、何となく違う気がした。
「……あれ。君、さっきの。あ、対戦ありがとうございました……?」
「なんで疑問形で煽ってくんのよ……」
「いや、煽るつもりはなくて……あ。そっか、俺が
何言ってるんだ、こいつ。真っ先に出て来たのはそんな感想だった。
お前が私達全員を無視したまま勝ったんだろう。
そう、嫌がらせで食って掛かろうかとも思ったが、どうも様子が可笑しいので止めておいた。何か、変だ。
「いやぁー、あっはは……うん。実感がなくて。なんで
アンタが私達に勝ったからでしょ! バ鹿にすんじゃないわよ! 死ね! ……そう言ってしまいたかったが、何となく今回も止めておく。レース前と違って、何というか……罪悪感が湧きそうな気がしたからだ。
「アンタねぇ……もう良いわ。そんな事より、一応祝ってあげるわ。おめでとう、アフターマス。次は負けないから。それと死ね」
「本当に口悪いねぇ……」
そんなんじゃ友達出来ないよー。そう言って来たアフターマスへと、友達が出来ないのはアンタでしょ、と返す。新しい歴史を紡いだウマ娘は、「がーんだな」なんて言って肩を落とした。正直、もっと凹むと思っていたので鼻白む。
アフターマスは年上に気に入られ易いのか、先輩付き合いが多い反面、同学年の友人は片手の指で足りる程度しかいない。その事実をかなり気にしているのは、有名な話だった。
……レース中、人が変わった様に周りを見なくなるし、レース相手の名前を覚えていない。対等な友人が出来ないのは、そんなアフターマス本人に原因があるのだが、本人が気付く日は来るのだろうか……なんて、一瞬気になったが、知ったこっちゃない。
むしろ、『無敗の三冠ウマ娘』なんてはちゃめちゃな事を自分達の代でやりやがった此奴は、小さい事で思いっ切り悩めば良いのだ。大きい事だと可哀想なので、小さい事でぽつぽつと。
「まあ、そんな事どうでも良いわ。私、アンタに宣言しようと思って来たのよ」
「宣言……何を? というか、お名前なんて言うの? 何処住み? 俺、栗東」
「……アンタに名前なんて教えるつもりないし、ましてや友達になるつもりもないわよ」
「そんなー」
「ふんっ……アフターマス。次のレースこそ、アンタのその変な走り、完膚なきまでに叩き潰してやるから」
ふん! と腕を組み顔を斜め上へと向ける。三冠直後という栄光の中で、それを汚される様な振る舞いをされたのだ。さぞかし怒り狂う……は無理でも、多少はかちんと来るだろう。そう思っての行動だ。
……しかし、何の反応も返って来る様子はない。薄目を開けて、アフターマスの様子を窺う。
すると、そこにあったのは……勝ったウマ娘が絶対にしてはいけない顔──負けウマ娘の顔であった。
驚きの余り、腕を解き、声が出た。
「アンタ……なんて顔してんのよ……」
「あ、ごめんね。次のレース、まだ予定してなくて。どうしようかなって……ほら。友達からの貴重なお誘いだしさ」
「……断固として友達じゃないわよ」
このチビウマ娘! リトルポニー! ちんちくりん! 次は私が大差付けてやるから! あーだこーだ。
……そう言って、適当に別れるつもりだったのに、その気が失せてしまった。
良く言ってマイペース、悪く言って
だって、『無敗の三冠ウマ娘』になったのだ。それも、私達全員を倒して。誇りこそすれど、悔しがる理由なんて何処にもないはずだ。ただの一度も倒された側に立ったことのない、此奴ならば。なのに、なのにどうして。
「──アンタ。巫山戯てんの?」
いつもと違う、あんまりにも空虚な瞳──それを浮かべる奴を怒鳴りつけそうになったのを、我慢する。今はマスコミなんかも沢山集まっているレース場だ。友人同士のじゃれ合いでもないのに、勢い余って……とかで許される場面ではない。勿論、自分と此奴は友人ではないので、何をか言わんや。
……だが、込み上げてくる怒り。それは、菊花賞を敗北した瞬間の自分へ向けられたそれと、ほとんど同等のもので。やるせないとか、そんな言葉で片付けられやしない昏い熱が篭っている。
真面目だけが取り柄ですねぇ……なんて返したアフターマスへと、冷たい視線を返す。そして、その温度のままに、口を開いた。
「無敗の三冠ウマ娘。私達の世代の栄光を、ほぼ独り占めしたくそったれ」
「……口の悪さ、直した方が良いよ。可愛い勝負服と美人が台無し。
「どうして……アンタが、
「ん、無視かー」
良いから答えなさいよ。そんな意味の視線を注ぐ。
……もう少しなら猶予こそあるが、そろそろコースから退去しなければならない。視線だけで答えを急かす。
「えっと……別に、そんな事ないんだけれどもさ」
まだ折れちゃいないしねー……と、視線を下げながら漏らす。視線の先には、彼女の脚があった。よく鍛えられていて、あれだけの激走をしたのに、既に脚に震え一つ走っていない。
効率軽視で鍛えられた体は、成程……昔、散々自分達の世代に心を折られていた口だけ大きいウマ娘達とは根本的に違う。それは分かる。分かるが……今気になっているのは、精神的な面だ。肉体は、今は置いておいて良い。
「……本当にそんなつもりはないんだけれども、見た感じが凹んでるんだとしたら、
「……は?」
「勝てないんだ。何度やっても、どれだけトレーニングしても、どんなに必死に走っても」
──なんだ、それ。たったそれだけの事で、自分達を散々倒し続けて来たお前が、顔を曇らせるのか。私にクビ差に持ち込まれても、見向きもしなかったお前が。
じゃあ、何か。私達は眼中にないとか、それ以前の問題なのか。私達は敵ですらなくて、お前が理想を越える為の道中の障害物なのか──
ずっと疑惑を持っていた事が、確信に変わり、今度こそ怒りが噴き出した。
「アンタっ、ふっざけんじゃ──」
「──はーい、ストップー。3秒深呼吸したら息を吸いましょー」
ひっひっひっひっひっふー……そう言いながら、先程別れた友人の片割れが背中から抱き着いて──来る振りをしながら羽交い締めにして──来た。
もう片割れは、アフターマスへと頭を軽く下げている。
「ごめんなさいね、うちの怒りんぼが血気盛んになってしまって」
「いえいえー。気持ちの切り替えがしたかったから助かったくらいですよ。この後、ウイニングライブしなきゃですしね。正直、レースの感情持ち込んだままだとうまぴょい出来る気しない……」
「不動のセンターを務めるファンの皆さんの愛バ、とても凶暴ですものね。あ、そう言えばウマウマ動画の『ヤケクソデカケル』のダブルミリオン達成、おめでとうございます」
「……それ、無許可の動画って知ってるでしょ、絶対。あれ一応、投稿名は『ユメヲカケル』のまんまだったはずだし」
相変わらず良い性格してるよねぇ……そう零したアフターマスへと、羽交い締めを振り払って食って掛かろうとする……が、この友人は不思議とこういう時の力のさじ加減が上手い。振り解けそうになかった。
「さって! じゃあ、三人はこの後、俺の愛バがずきゅんどきゅんしなきゃいけないんだから、ちゃっちゃと控え室に戻りましょー! 特に二人はおチビ……じゃなくて、アフターマスよりも疲れ切ってる様にお見受けしますしね!」
「誰がこんな奴よりも──!?」
「ほうら、膝ががくがくしてるからちょっと上から抑えられただけでがくんと崩れ落ちちゃうんだなー!」
「……うん。久し振りに会ったと思うけど、俺とキャラ被りしてるね?」
そりゃあね、
堂々とそう言い返した友人は、私の事言えないくらい最低だよなぁ……と羽交い締めを解きながら思う。もう頭が多少は冷えたと判断されたのか、すんなりと解けた。
……突然現れて、自分達をあっさりと倒し尽くしてしまった新世代の怪物、アフターマス。
実はこの三人の中で、一番此奴を嫌っているのは、自分を羽交い締めにしていた彼女だったりする。嫌いで嫌いで嫌いだから、凹んでる時にキャラ被りをわざとして、本調子に戻させない。例え、それが『無敗の三冠』という偉業を達成した日のウイニングライブ前だとしても。むしろ、それならそれで、失敗すればいいとすら思っているかもしれない。
彼女はそれくらいアフターマスを嫌っていた──同期の中で一番、仲間想いな子だから。急に現れて理不尽に通り過ぎて行く怪物に、何人も友人を引き潰された子だから。
「なんか……ごめんなさい。本当に、色々とやらかしてるみたいで……」
「──……は? 理由も分からず謝んなよ。お前、本当に昔からそうだな」
「……素、出てますよ?」
「あっ。──んんっ……という訳で、もう二人は連れて帰るから! じゃあね、ライブ楽しみにしてるね! なんかファンサービス考えといてよ! なんたって、『無敗の三冠ウマ娘誕生ライブ』とかいう特別なライブなんだからね! それじゃ、行こっか二人とも!」
「ええ。……アフタさん。良い加減、素直に……いや、正直に? ……まあ、とにかくその性格を治しませんと、私達からもぎ取った栄光に泥が着きますよ?」
「肝に銘じます」
それじゃあね!失礼しますね。そう言って二人は足早に……ではなく、ゆっくりと去って行く。恐らくは自分が追い付きやすい様にだろう。なら、自分もさっさと捨て台詞を吐くなりして、二人を追い掛けねばならない。
捨て台詞とは、勝利を諦めていない敗者だけの特権だ。
「……とにかく。アフターマス。アンタ、絶対に誰かに負けるんじゃないわよ。アンタが負けた瞬間、私達全員雑魚呼ばわりされるの。分かる? アンタの負けが私達の負けにもなるの。だから、絶対に勝ち続けなさい。負けは許さないから」
そう言って、アフターマスに背を向けて。
先に行った二人へと追いつく為に、早々と歩き始めた。
──……次は勝つよ。
……自分達の世代から生まれた絶対王者の、そんな呟きから耳を背けて。
ご安心下さい。作者はハッピーエンド至上主義者です。
ーご連絡ー
いつも感想、評価、お気に入り登録、栞、応援を下さりありがとうございます。励みにさせて頂いております。
本作がテーマの関係上、どう考えても『短編』では済みそうにないので、今回の投稿から『連載』に表記を切り替えさせて頂きます。ご容赦下さい。