走り抜けても『英雄』がいない   作:天高くウマ娘肥ゆる秋

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第6話 不屈

 ──バクシンバクシンバクシーン! ──バクシンバクシンバクシーン!

 ──日本最長は!? ──ステイヤーズステークス!

 ──ステイヤーズステークスは!? ──芝の3600m!

 ──バクシン的にやるべきは!? ──1200m掛ける(×)3!

 ──すなわち私達がやるべきは!? ──バクシンシーン!

 

 朝。サクラバクシンオーの声が、校舎の中へと迷い込んで響いた。今日は、複数の声が混ざり合った日だった。

 模範的委員長を自負するサクラバクシンオーが早朝から練習に励む姿は、この中央トレセン学園では毎日のように見られる光景である。

 長距離ウマ娘の家系に生まれながらも、短距離ウマ娘としての才が極めて高かったサクラバクシンオー。彼女は輝かしい短距離の才能と反して、長距離ウマ娘としては芽が出なかった事を悔いていて──なんて事はなく。ただ純粋に、誰かの見本となる為に、そしていつか本当に長距離で結果を残す為に、日夜彼女の掲げる『バクシン』という道を邁進(まいしん)している。

 時折こうやって、サクラバクシンオーの走る姿に感銘を受けたウマ娘が現れては、全員で脚並みを揃えて快く驀進(ばくしん)する。

 疲れた朝を迎えていても、見るだけで心が軽くなるような、中央トレセン学園の名物だった。

 

 学園を治める一角として、そんな心嬉しくなる声がこそばゆい程度に満ちた廊下を、こつこつと歩く。

 シンボリルドルフは、数ヶ月前から頼れる仲間達と共に、毎日のように生徒会室で缶詰め状態を繰り返していた。

 その苦労の程は、まだ年若いウマ娘の体すらも凝り固まらせるのに十分なもの。しかし、それ以上に降り掛かった心労に、全身の凝りなど溜め息で吹き飛んでしまいそうな程だった。

 

 彼女が現在向かっている先は、学園内に備え付けられた極々普通の自動販売機だ。軽く息を抜く程度ならば、本来は生徒会室に備え付けられた茶葉で紅茶の一つくらい入れるのだが……如何せん、休憩の時くらいは仕事の空気がない場所まで脚を伸ばしたい。そんな気分であった。

 

「あれ? カイチョーじゃん! 今日はお仕事ないのー?」

 

 自動販売機で『あ〜い〜九茶』と銘打たれた定番の缶飲料を購入していると、後ろから聞き馴染みのある溌剌とした声が掛かった。

 振り向くと、トウカイテイオーと呼ばれるウマ娘の姿があった。平時ならともかく、生徒会室が『中等部生立ち入り禁止』となっている現在、こんな場所で彼女を見掛けるのは珍しい事だった。

 構って欲しそうに尻尾を振っている彼女へと買ったばかりの缶飲料を渡し、自分の分をもう一本購入した。明るい笑顔で感謝を述べながら缶を受け取った彼女に、ほんのりと癒される。人の厚意を素直に受け取れるのは、彼女の美徳だ。

 如何に超人的なメンタルをした生徒会の高等部組と言えど、現在処理している仕事は相当精神的に来るものだった。それは超人の中の超人と名高い『皇帝』シンボリルドルフも同様で、絵に描いたような元気っ子であるトウカイテイオーが少しでも元気を分けてくれるなら、それは願ってもない事だった。

 

「こんな所で珍しいじゃないか、テイオー。何かあったかい?」

「えっ? いっ、いや別に何があったって訳じゃないけど、何となく歩いてたんだー」

 

 あ、お茶頂きまーす! そう言ってプルタブを開けて、トウカイテイオーは勢い良く缶を呷った。勢いが良すぎたのか気管に入ったようで、けほけほと噎せている。

 シンボリルドルフはハンカチを口許に差し出してやりながら背を撫でた。

 

「ほら、テイオー。()()着け。()()を慌てて飲むようじゃ、()()()()話も出来ないじゃないか」

「うう……ごめん、カイチョー。気を付けるよ。ハンカチは新しいの買って返すね」

 

 別に構わないよ、それくらい。そう返しながら、小粋なジョークに気付いて貰えなかった事に少し凹む。最近、なんだか切れが悪い気がしてならない。

 一方で、トウカイテイオーがこんな所にいる理由を何となく推察した。別に何がある訳ではないが、殆ど反射的な思考だった。

 

「ふむ……いつもみたいに私に会いに来た、という訳ではなさそうだね。目当てはアフタかい?」

 

 びくぅっ! と尻尾と耳が跳ねた。こういう時、感情が出やすい性格のウマ娘はわかり易い。

 

「いやぁ、べっつにー? そういう訳じゃないよ? ほら、ボクってアフターマス苦手だし?」

「苦手……というより、似た者同士な気もするが。ほら……こう、末っ子同士とでもいうのかな?」

「末っ……!? 僕の方がずっとお姉さんだよ、カイチョー!」

 

 それに何の末っ子なのさー!といきり立つトウカイテイオーに、益々それっぽいなぁ……と感じる。何の末っ子……というよりも、あくまでイメージ的な話だ。

 

「アフタなら生徒会室にいないぞ。生徒会役員ではないし、そもそも現在は中等部生の立ち入りを禁止している。テイオーも知っているだろう?」

「えっ、ここにもいないのっ!? リギルの部室にも練習場にもいなかったのに!?」

「……やっぱり、アフタが目当てなんじゃないか」

「あっ……」

 

 鎌を掛けたつもりすらないのだが、トウカイテイオーは見事にバ脚を露わした。思わずくすりと笑う。

 

「もー……笑わないでよー……」

「いやぁ、すまない。余りにも明朗なものだったから……それで、アフタに何の用だったんだい?」

 

 アフタの元に訪れるとしたら、菊花賞直後だと思ったんだが。そう付け加える。

 現在の暦は十一月の頭で、菊花賞から既に一週間近くが経過している。トウカイテイオーの性格なら、三日以内には突撃して来そうなものだが……と思っての台詞だったが、何故だかトウカイテイオーはもごもごと口篭った。

 しかし、おや……と思ったのは一瞬の事で、何とも可愛らしい様子で口火を切った。

 

「うーん……もう笑わないでね?」

「ああ、勿論」

「なんて言うのかなー……ボクなりに気持ちの整理をしてたって言うか……菊花賞、テレビ越しでも分かるくらいすっごい苦しそうに走ってたから、何でだろうって思って。ずっと考えてたんだよね」

「ほう……?」

 

 トウカイテイオーという天才少女の洞察力に、思わず驚きの声が出た。

 無敗の三冠ウマ娘誕生。それを祝う声は多かったが、アフターマス本人を指して『苦しそうに走っていた』と形容した者は、リギルを除けばウマ娘でさえほとんどいなかったのだ。

 気持ちの整理というのは、自身の夢であった無敗の三冠ウマ娘──自分(シンボリルドルフ)のようなウマ娘になる……それを、後輩が叶えたが故に生じたものだろう。今はもう新しい夢に向かって自分だけの道を進んでいるトウカイテイオーだが、かつての夢の名残りに思う所があって然るべきだ。

 それくらい、トウカイテイオーという少女は夢を追い駆けていたのだから。

 

「あ、あとマックイーンがすっごい心配してたから、ボクが先に来るのも違うかなー……って。まあ、トレセン学園に戻って来るまでもう少し掛かるみたいだし、もういっかー……と思って先に来たんだけどね」

「メジロマックイーンが? 繋がりが見えないな。知り合いだったのか?」

「凄い遠いけど、親戚なんだって」

 

 子供の頃、アフターマスの走りを見てあげたりもしたらしいよー。そう付け加えられた情報に、顔には出さずとも心底驚く。古い名家というものは遡れば何処かしらで繋がっている事も多いが、それにしたって『史上最強のステイヤー』と『新世代最強のステイヤー』に接点があったとは思いもしなかった。

 ましてや、過去に教えを乞うていたとは。

 

「それは初耳だな……他に何か言ってたかい?」

「……カイチョー、めちゃくちゃ食いつくね。カイチョーこそどうしたの?」

 

 ボク、妬けちゃうなー。そう言う少女へと苦笑を返した。どこか得意げな顔をしていて、からかうつもりなのが全く隠れていなかったのだ。

 

「すまない。別にテイオーを軽んじるつもりはなかったんだ」

「本当にー? ……なーんてね! わかってるよ。なんたって、カイチョーはこの不屈のトウカイテイオーの()()()()だからね!」

 

 かつて幾度もの挫折を経験し、その全てを乗り越えた不屈の少女。誇らしげに胸を張る彼女に、思わず笑みが零れる。

 ボク、敵の分析って得意なんだよ! そう言った少女が歩み始めた夢の幸先を願わずにはいられなかった。

 

「……それで、マックイーンがなんて言ってたかだよね。うーん、なんて言ってたっけ……走り方が変?」

「それは……まあ、そうだな。独特なのは間違いない」

「いや、そうじゃなくって」

 

 なんて言ってたんだっけ。そう悩むトウカイテイオーに、少し申し訳なく感じる。缶のお茶で口をほんの少し湿らせて、話題を少しだけ変えてみる事にした。悩んでも分からない時は、少し違う事を考えると、案外思い付いたりする。

 

「そう言えば、マックイーンの調子はどうだい?」

「ん、マックイーン? 昨日の夜に電話したけど、早く思いっ切り走りたいってさ。甘いもの食べちゃうと、摂取カロリーを消費し切れないんだって」

 

 メジロマックイーン。『史上最強のステイヤー』と呼び名の高い名家出身の少女であり、トウカイテイオーの好敵手の一人である。彼女は現在、脚に重度の病気を抱えてしまい、学園と実家を行き来しながらそれを治療している最中だ。

 本来ならそのまま引退してしまうような病が相手だが、メジロマックイーンの最高の好敵手は()()不屈のトウカイテイオーである。最高の好敵手と再び走る為に全力を尽くすメジロマックイーンなら、病なんて確実に乗り越えるだろう。そう誰もが確信している。

 

「はははっ、そうかそうか。それは何とも彼女らしいね」

「今度戻って来る時には、もしかしたらぽっちゃりしてるかもね」

 

 自分に厳しいメジロマックイーンならそんな事はない……と思うのだが、何故か否定し切れなかった。

 

「……でさ、カイチョー。思いっ切り話変わるけど、良い?」

「ああ、構わないとも」

「アフターマス……何処にいるか知らない?」

 

 すっ……と、空気が変わった。真剣な時のトウカイテイオーが出すぴりぴりとした空気は、シンボリルドルフをはじめとした先達のウマ娘にとってはとても心地良いものだ。特にそれが、後進が成長しようとして放つものなら、尚のこと。

 

 だが、それはそれとして。今のアフターマスに、既に覚悟を完了させた状態の経験豊かなウマ娘(トウカイテイオー)を接触させるべきかどうかは測りかねる。シンボリルドルフは問い掛けた。

 

「アフタと会って、何を話すつもりなんだい?」

「……カイチョー、分かってて言ってるでしょ。ボクが()()()取れなかった三冠。それを取ったのに、どうしてあんな顔してるのか聞きたいんだ。ずっと考えてても答えが見付からないから、直接聞くんだよ。それに、少しくらいなら息抜きを手伝ってあげても良いかなって。ほら、ボクは先輩だし?」

 

 自信に充ちたウマ娘、トウカイテイオー。()()()()()()と現在との違いは、その自信の源泉だろう。

 かつての彼女は自分の才覚を拠り所にしていたのに対して、現在の彼女は自分で歩んだ道程が自信を生んでいる。受け入れ難い敗北すら乗り越えて大きく成長した彼女なら、また迷走し始めたアフターマスを変えられるかもしれない。そう期待した。

 ……少なくとも、チームリギルでは今の彼女を好転させてやる事が出来なかったのだから、彼女に託してみてもいいかもしれない。

 ディープインパクト。実在しないウマ娘の後を追う、彼女を。

 

「アフタは学園の何処かで練習中だよ」

「何処か? 学園にはいるんだよね?」

「学園にはいるし、授業にも出ているらしい。が、授業が終われば色んな場所やウマ娘の所を転々としながら、()()()()()()()の追求をしているようだ。トレーナーとはきちんと連絡を取っているみたいだが、どうも私達リギルのメンバーとは顔を合わせにくいらしい」

「……アフターマス、何かやったの?」

 

 完璧だと思っていても、まだ完璧ではなかった。それが原因らしい……と言っても、トウカイテイオーには通じないだろう。

 アフターマスが抱える事情を僅かなりとも理解しているのは、リギルくらいだろう。いや、もしかしたらメジロマックイーンも知っているかもしれないが、本当にそれくらいだ。

 

 アフターマスが抱える事情──ずっと彼女が追い掛け続けているディープインパクトというウマ娘の正体は、実の所、リギルメンバーでも何も分かっていない。彼女が偶然零した為にその存在を知ったものの、絶対に深くを語ろうとしないが故に。

 亡くなった幼馴染み。憧れていた姉妹や肉親の虚像。或いは、幼い頃に衝撃を受けた数々のレースが集まって生まれた、空想上のウマ娘。色んな可能性がリギルの中で議論されたが、真実は闇のままだ。

 ……闇のままで、アフターマスというウマ娘に『無敗の三冠』を取らせてみせる事で、此方に影響を与えて来ている。

 『無敗の三冠』の持ち主だけが、『無敗の三冠』の在り処を見失っている。そんな状況が、ディープインパクトという存在しないウマ娘によって齎されていた。

 

「テイオー……一つ、頼まれ事をしてくれないかい?」

「えっ、カイチョーがボクに? 珍しいね。良いよ、このテイオー様が聞いてしんぜよう!」

「ふふっ、頼もしいね。それじゃあ……不屈の帝王。君は何度でも立ち上がる稀代のウマ娘だ。そんな君に、新しい無敗の三冠ウマ娘の走りを見て欲しい。そして、見たまま感じた事を、先達として伝えてやって欲しいんだ」

「先達として……見たまま、感じた事を?」

「ああ。彼女は今、自分を見失っているんだ」

 

 菊花賞。その日に、何かを見たらしいアフターマスは、走りがぐちゃぐちゃになっていた。

 あと二月足らずで、アフターマスはURAからの依頼に則り、半ば強制的に暮れの中山を走らなければならない。それまでに、出来るだけ彼女を助けてやりたかった。

 

「別にいいけど……何処にいるの? って言うか、わざとそんなに転々としてるなら、話し掛けたら逃げられない?」

「逃げやしないさ。本人的には鍛えてるだけのつもりらしいからね。むしろ、歓迎されるんじゃないかな。脚捌きの勉強をする為に、テイオーのレースを何度も観ていたからね。意外とファンかもしれないよ」

「へ、へーえ……?」

 

 トウカイテイオーは苦手──というには、似た者同士過ぎるが──なウマ娘の意外な一面を知り、満更でもない様子だった。

 彼女なら、今も何処かで走っているだろうアフターマスを変えてやれるかもしれない。頼む、変えてやって欲しい。そう思わずにはいられなかった。

 

 

■□■

 

 

 バクシンバクシンバクシーン! バクシンバクシンバクシーン!

 

「アフタさん! 脚が下がっていますよ! バクシンです! バクシンで超えていくのです! そんなんじゃスピードの向こう側はまだ遠いですよ!」

 

 サクラバクシンオー先輩の鼓舞に、バクシンを以て返答とする。

 現在は学校が始まる前の朝の時間。俺は学園の練習場ではなく、学園の外周部に沿うようにしてバクシンオー先輩と元気にバクシンしていた。さっきまで数名他のウマ娘がいたが、許可されている自主練習量の兼ね合いや朝の身支度の為に、既に離脱済みだった。

 

 俺は更なるバクシンを求めて、元気よく返事をし、力強く踏み込む。

 

「はいっ! バクシンします! バクシーぃんっ!?」

「ちょわっ!?」

 

 ずがががっ……と、顔から思い切り地面にダイブした。やはりバクシン道は修羅の道……そう思いながら、立ち上がる。擦った顔以上に、先輩の前で恥を晒した心がとても痛い。

 

「だ、大丈夫ですか? 委員長なので救急セットを持ち歩いてますから、直ぐに手当てしましょう!」

 

 心配してくれたサクラバクシンオー先輩に、軽く断りを入れてから立ち上がる。転んだ先は短い草の上だったので、そんなに酷い怪我はしていない。唾をつけときゃ治る程度のものだけなので、気にせずにバクシンしたいと思う。

 

「……怪我は殆どしてないですから、とりあえずバクシンしたいです。俺、まだバクシン出来てないです。このままじゃ、スピードの向こう側へとバクシン出来ない……!」

「アフターマスさん……」

 

 俺の中の畜生が、なんか良い感じの空気を醸し出す。バクシンオー先輩は俺の意思を汲んでくれて、再びバクシンし始める──という事はなく。普通に抱えられて、すぐ側の段差に座らされる。そしてそのままジャージのポケットから小さな救急セットを取り出し、手早く処置をしてくれた。とてもむず痒いし、何故かデジャブだ。

 

「擦り傷と甘く見てはいけませんよ! 最悪、死にますので!」

「死ぬんですか!?」

「死にます! 委員長が言うんですから間違いありません!」

 

 くわっ!と言わんばかりの目力に、思わず気圧された。消毒された上からぺたぺたと貼られる絆創膏が、妙に頼もしく感じた。

 

 菊花賞が終わってから一週間くらいが経つ。空模様は菊花賞と打って変わって晴れ模様だ。冬の脚音が聞こえて来て、少しわくわくする。澄んだ空気が空を高く見せていて、とても気持ちがいい。

 ……が、それはそれとして、俺の走りまで打って変わったかのように迷走しなくて良いよなぁ……と一人愚痴る。端的に言って、今の俺はスランプを迎えていた。

 

「そういえば、委員長的に気になっていたのですが、どうして私の所に来たのですか? スプリンターの勉強がしたいなら、いつかはステイヤーになるこの委員長よりも、同じチームのタイキシャトルさんの方が訊ね易かったのでは?」

 

 喧嘩ですか? 仲違いですか? 委員長が取り持ちますよ? そう言ってバクシンオー先輩は、俺の隣に腰を下ろした。どうやらバクシンは少し休憩の時らしい。

 スプリンターの勉強がしたいのではなく、スプリンターの走りの勉強がしたいのだが、大した違いはないのかもしれない。勉強の目的だって、一歩毎の接地時間を短縮する為である。本題を考えれば、やっぱり大した違いはない。

 心配してくれた先輩へと、正直に話す。あまりにも残酷な現実を。

 

「ほら……タイキシャトル先輩って、体格いいじゃないですか」

「はい、とてもスタイルが良いですね!」

「ですよね。だからその……走り方がですね、参考に出来ないんですよ。タイキシャトル先輩って体格有りきのストロングスタイルだから……」

「あっ……」

「身長、40cmも違うらしいっすよ? どう思います? 理不尽じゃないですか? 40cmってあれですよ? ハンバーガー3個分より長いんですよ?」

 

 三女神が与えた理不尽を言い募っていたら、剛毅なバクシンオー先輩から真剣に慰められた。とても解せない。

 

「……とりあえず、喧嘩とかじゃないようで安心しました! 最近、チームメンバーと全然一緒にいないと聞き、委員長として心配してましたので!」

「ご心配お掛けしてすいません……。()()()()()になってから会いたいなぁ……っていう俺の単なる意地なんですよね」

 

 バクシンオー先輩にそう言ってから、瞼を閉じる。するとそこにあるのは、菊花賞の時の()の後ろ姿だ。先輩方の誇りになれるような綺麗な走り。それが目に焼き付いていて、どうしても自分の走りが出来ないのだ。

 

「そうでしたか……でしたら、この委員長が力になれる時は何時でも言って下さいね! 協力しますとも!」

 

 そう言ってくれたバクシンオー先輩に感謝して、頭を下げる。これまであまり関わりのなかった先輩だが、色んな人に慕われている理由が何となく分かった。

 彼女が掲げるバクシン道……その果てに、答えがあるかもしれない。俺は立ち上がり、共にバクシンしましょう!と熱く声を上げた。今ならいける……スピードのその先へ──。

 

「いえ! もうそろそろ授業の準備をしなければなりませんので、今日はここまでにしましょう!」

 

 そう言って、バクシンオー先輩は俺を促しながら校舎の方向へと歩き始めた。

 ままならないなぁ……と、つくづく感じる。

 

 ……前世で二回出走し、二回とも嫌な思い出しかない有記念。

 俺はあと二ヶ月弱もすれば、またそれを走る事になる。出走するウマ娘は全員、夢をたんまりと背負った強者ばかりだ。その中には、あのゼンノロブロイ先輩や──その好敵手で、俺がディープインパクト以外で唯一負けた相手であるハーツクライ先輩が出走する事になるだろう。前世がそうだったから。

 三回目となる有までにスランプを脱却しないと、また嫌な思い出が残るなぁ……と、一人悩んだ。

 誰かの夢が走る暮れの中山は、何時だって俺に冷たいのだ。自分くらい、自分を信じてあげられるくらいの温かさを持ちたい。その為には、強さが必要だった。

 ディープインパクトという、夢の結晶に負けるのは理解出来る。暮れの中山とは、夢が具現化して走ってるようなものだから。

 だが、それ以外の相手には二回も負けたくはないのだ。幾ら、ハーツクライという競走馬──ウマ娘が、ディープインパクトと同種の輝きを持っていたとしても。

 

「……バクシーン」

 

 俺は、小さく呟きながら、バクシンオー先輩に背を向けて走り出した。俺はまだ、走っていたかった。

 何度躓いたって良いから、俺はもう、負けたくないのだ──。

 

「……ちょわっ!? アフタさん!? どうしてまた転けているんですか!? アフタさん? アフタさーん!?」

 

 木々の多いトレセン学園の空気は肌寒い。

 そんな中で地面に突っ伏しているのは、お日様に温められた地面がとても暖かかったからであって、他意はない。だから断じて、転けた瞬間をまた先輩に見られたのが恥ずかしかったから顔を上げられない……なんて理由ではない。本当に、そんな理由ではないのだ。

 ……誰に言う訳でもないのに、俺は心の中で、現状の理由をそういう事にしておいた。




作者は小説の書き方を見失いました。助けて下さい。

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