走り抜けても『英雄』がいない 作:天高くウマ娘肥ゆる秋
「ここまでは500文字くらいかなぁ」→10276文字
どうして……?
「失礼するよ、おハナさん」
本来なら誰もいない休養日の部室へと、来客が現れた。
自身以外に人気のない部屋へ、気の良さそうな低い声が響く。東条はパソコンの画面から目を離して作業を中断し、扉の方へと顔を向ける。
チームリギルの本拠地へとやって来た声の主は、自身の同僚であり、自身が指導するチームの好敵手──チームスピカの担当トレーナーでもある沖野だ。
入室を促す前に入って来た事へはデリカシーの欠如を感じるが、自分とこの男の間には今更の話だろう。昼行灯な風体に反して時間に律儀な沖野がやって来たのは、約束していた時間の丁度五分前の事であった。
「おっ、作業中だった? いやー、邪魔して悪いね」
「手持ち無沙汰だったから少し調べ事をしていただけよ。それより、忙しい所来て貰って悪いわね」
東条の謝意へと、沖野は軽く肩を竦めて返した。
「別に忙しい事はないさ。うちのチームで今年のクラシック戦線に挑んだ奴も居ないしな。アフタ以外」
「アフタはリギルの一員よ。しれっと引き抜こうとしない」
沖野は再び肩を竦めた。今度は少し笑っているので、分かってて言っている冗談なのだろう。サイレンススズカの前例があるので、あわよくば……のパターンは狙っているのかもしれないが。
以前、サイレンススズカという有望なウマ娘をチームリギルからチームスピカへと電撃移籍させた事実が、確かに東条と沖野の間には存在した。
しかし、彼女とアフターマスというウマ娘とでは事情が大きく異なっているし、何より諸々の事情が『無敗の三冠ウマ娘』の移籍を断固として認めないだろう。本人とチームメンバーとの仲も決して悪くない為、利害関係のみならず感情面からしても、アフターマスの移籍は現実的ではない。
……というよりも、サイレンススズカの移籍が特殊過ぎた例であり、彼女の時も周囲を納得させるのはそれなりに苦労を要していた。
チーム所属のウマ娘に
彼女を沖野へと託したのが昨日の事のようで、とても懐かしい。
「……スズカ、また重賞レースを快勝したらしいわね。おめでとう」
「おお、ありがとさん。おハナさんが祝ってたってスズカにも伝えとくよ。おハナさんを裏切るような形でリギルから移籍して来たの、地味に今でも気にしてるからな。喜ぶよ、きっと」
自分が唆したのによく言うわ……と冗談めかして呟く。サイレンススズカには自分よりもこの男の方針の方が向いているのは、彼女の移籍前から気が付いていた。だから、この男が自身の教え子に粉を掛けた事は、
東条はかつての教え子の健気さに、柔らかい顔を浮かべた。
「バ鹿な子ね。リギルから出ていくように告げたのは私なのに。……そもそも、ウマ娘を伸ばしてやれなかったトレーナーなんて、見限られて当然よ」
「あいつ、あれで意外と繊細だからな。色んな事によく気が付くんだよ」
沖野は現在の教え子の成長に、誇らしい顔が思わず滲み出る。
サイレンススズカという少女を大切に思っているのは、どちらのトレーナーも同じだった。
サイレンススズカ──『異次元の逃亡者』の異名を持つ、余りにも速過ぎたが故に起きた悲劇が原因で、一度は引退の危機にまで陥った世紀の韋駄天ウマ娘。
彼女は現在、海外のレースに出走しては一人で先頭を駆け抜け、彼女の求める
チームリギル時代は芽が出る事のなかった──芽を出させてやる事の出来なかった少女が、今では日本を代表する世界の名ウマ娘である。
時間の流れは早いと言うが、サイレンススズカに関しては、別の時間軸に居るような錯覚さえ覚えてしまう。
東条は内心に溢れる感情へと蓋をして、彼女にしては珍しい軽口を返した。
「……まあ、それはそれとして、スズカの走りが日本式走法なんて呼ばれてるのには納得いってないけどね」
「……あいつ、あれで見たまんまマイペースだからなぁ。色んな事を放置して走り抜けていくんだよ……」
サイレンススズカの走りこそが、日本の誇る逃げ走法……海外からずっと下に見られ続けていた日本ウマ娘界の評価には、現在では彼女を通してその一文が追加されていた。
実際は、異常なまでのハイペースがサイレンススズカにとってのマイペースであり、結果として
そもそも、日本の誇るも何も、彼女以外に彼女の走りを再現出来るウマ娘なんて今の所聞いた事もない。だから、誇るべきは彼女の逃げっぷりではなく、サイレンススズカ本人であるべきだった。
サイレンススズカと、サイレンススズカと一緒にされた日本の逃げウマ娘達双方の為に、東条──というか日本のウマ娘関係者一同──は義憤を抱かずにはいられなかった。
「スズカは……まあ、一先ず置いておきましょうか。あの子の話をしていると本題の時間がなくなってしまうわ」
「今じゃ海外で思いっ切り良い空気吸ってるから、特に問題もないしな。……で、次は問題のある方の話だな」
「そうね。率直に言って頂戴──沖野の見立てでは、
二人を包む空気が、気安い者同士からトレーナー同士のものへと切り替わる。
その上で、東条の明け透けな切り出し方に、沖野は溜め息を零した。やけに情感の篭ったそれは、聞くまでもなく現状を物語っている。
「正直に言うと……担当がおハナさんじゃなけりゃ、トレーナーをはっ倒してでも担当の席を分捕ってるよ」
「それは
「おハナさん、分かってて言ってるでしょ……
ちょっと失礼……そう言いながら、沖野は手近にあったパイプ椅子に腰掛けた。話は間違いなく長くなる。本題に入る以上、さっさと腰を据えた方が良い。
「先ずは第一印象。バランスが取れた良いトモだなぁ……とはレースを観てても思ったが、実際に触ってみてよく分かったよ。ありゃあトレーニングだけで身に付いたもんじゃないな。間違いなく生まれついての才能が大きい。俺は走る為にある……って自覚してるよ、あの脚は」
「そうね。正直、指導してて私も驚いたわ。自己流も交えて無茶な努力を重ねてるんだから、絶対に何処かで筋肉のバランスが崩れる……そう思ってトレーニングメニューを見直していても、全部無駄になるわ。今ではアフタのメニューで私が一番気を遣うのは、本人の疲労と、骨や関節への負担が主ね」
沖野へと続くように、東条も溜め息を漏らした。二人して困惑や気疲れが滲んだ息で、揃って苦笑しそうになる。
肉体──特に筋肉というものは、無闇矢鱈に鍛えれば良いというものではない。競技選手であるなら、尚のこと。
無駄な箇所に筋肉が付いたり、極端に筋肉量が偏ったりしては、鍛える事が逆に肉体の機能性を損ねる事になる。
それは『走る』という単純明快な競い合いを行うウマ娘の場合だと、特筆して顕著だった。
……だが、アフターマスという不可思議な少女の場合は、少々事情が異なっていた。彼女の場合に限り、鍛えれば鍛える程、全体的なバランスを整えるかのようにステイヤー向きの肉体が出来上がっていく。まるで、走る為だけに体が存在している……とでも、言うかのように。
それは本人が意識してるとか、指導者が優れているとか……そういった次元の話ではない。そもそもの肉体の作りがそうなっており、本人の走り方や体の動かし方が肉体と噛み合っていたが故の、偶然が産んだ奇跡の産物である──そうとしか、考えようがないものだった。
しかし、沖野だって一流のトレーナーである。
如何に例外的な事情であっても、ウマ娘の肉体である以上はある程度の予測が立つ。見て、触る事が出来れば……の話ではあるが。
勿論、そこからトレーニングによって生み出される成果だって、同様に
……だからこそ、沖野はどうしても理解出来ない不可解な点を挙げる。
「そう! そこなんだよ、おハナさん! 正直に言うと、アフタの脚──もっと絞って言うと、下半身の骨や関節が壊れて
「あら、疑ってたの? 酷いわね」
茶化すなよ。そう言った沖野の目は、普段の気楽な姿からでは想像の付かない剣呑な色を孕んでいた。
沖野の指導するチームスピカには、『不屈の帝王』の異名を持つ少女、トウカイテイオーが在籍している。無敗の二冠に始まり、もはや伝説となっている大阪杯や有馬記念等、多くの重賞で勝利を収めた彼女だが、その道中で体の柔軟性に起因する骨折を三度も経験していた。
天才の呼び声が高い彼女だが、無敗の二冠ウマ娘に至るまでにはそれ相応の努力を積み重ねているし、現在だってストイックにトレーニングへ励む姿勢が頻繁に見られた。それこそ、努力だけで無敗の二冠を獲得したと言われるミホノブルボンのクラシック時代と遜色がない程に。
一方、話題に挙がっているアフターマスだって、トウカイテイオー同様に恐ろしく柔らかい体をしている。
加えて、努力だってトウカイテイオーに負けていない──所か、効率が低下しててもお構いなしに自主練を敢行してしまうが為に、質を度外視して量だけに着目すれば、トウカイテイオー以上のものがあった。
それこそ、真面目にライブの練習もしているかどうかの違いがトウカイテイオーとアフターマスには存在しているが……そんなものは誤差だろう、そう思えてしまう程に。
はっきり言って、沖野からすれば、トウカイテイオーが故障したのにアフターマスが故障していない理由が分からなかった。
もしかすれば、かつての故障は防げたものかもしれない。そして、今後起こり得るトウカイテイオーの故障を防ぐ手段があるかもしれない。そう思えば、自然と真剣にならざるを得なかったのだ。
「何度考えても分からないんだよ。確かにアフタの脚は疲労が原因で故障の危険性
おハナさんには悪いが……と、沖野は後から努めてゆっくりと付け足した。自分が柄にもなくヒートアップしている事に気付いたのだ。
ウマ娘が絡むと、昔からこうなるのは、自分の美徳なのか悪癖なのか……沖野には、判断し難い所だった。
狭まり掛けた視野に気を付けながら、沖野はゆっくりと言葉を続ける。
「……でも、
縁の深い男からの縋るような声に、東条はらしくない困った顔を浮かべた。残念ながら、男が求めるような答えを、東条は持ち合わせていなかった。
「一つ目。まるで一度大怪我をした事があるのかと疑う程、本人の怪我に対する線引きが上手い」
「……なんだって?」
「二つ目。軽量過ぎる体と飛ぶ様な走法が噛み合って、骨や関節に掛かる負荷が他のウマ娘よりも遥かに少ない」
「いや待て、おハナさん」
「待たないわ──三つ目。突然変異としか思えない程に柔らかい背骨の関節が、下半身に掛かる負荷を肩代わりしている」
お好きなのをどうぞ? ……そう言う東条へと、沖野は東条とは質の違った困り顔を浮かべる。本気で言っているのか冗談で言っているのか、今の東条からでは判断が付かなかった。二つ目を除けば──いや、二つ目も大概だが──選択肢が、現実味をかなぐり捨てている。
……だが、東条ハナというウマ娘至上主義者の
「まさか、それ
東条はそれに答える事なく、先程まで作業していたパソコンへと視線を向ける。東条の意図を理解して、沖野は立ち上がり、歩み寄った。
液晶画面には、半透明なウマ娘の3Dモデルがあった。透けた体の中には、主要な骨の代わりに緑の細々とした線が連なっている。
東条はマウスを動かしながら、口を開いた。
「……リギルが幾つかの研究所と提携してるのは知ってるわよね。その中で、生体力学を研究してる部署から以前送られて来たデータよ。何かは……まあ、貴方なら見れば分かるでしょ」
「おい」
沖野からの突っ込みを、雑に受け流した。正直、説明する気力が湧かなかった。
かちかちとマウスを動かす度に、画面内のウマ娘は姿勢を前へと倒していく。それに合わせて、要所要所の線の繋ぎ目が赤く染まる。線の端々が元々は桜色に染まっていた事を鑑みるに、関節に掛かる負荷を視覚化したものなのだろう。
東条は、画面のウマ娘が殆ど地面と平行になった所で、マウスから手を離した。
「なあ。まさかとは思うが、この姿勢って事は……」
「ね、言ったでしょ。見れば分かるって」
画面の中の3Dモデル──アフターマスと推定されるそれの背骨は、胸部から腰に至るまでの関節部が真っ赤に染まっている。
反面、本来なら真っ赤に染まるべきである腰から下の関節部は、桜色──とは流石に行かないものの、走っているにしては余りにも通常時との色の変化が弱かった。
「凄いわよね……としか私は言葉が出ないのだけれど、沖野はどう?」
「……おハナさん。これって多分通常時のデータだよな。スパート時のデータとかも見れるか? 後、一般的なウマ娘のも」
「勿論」
東条はかちかちと、沖野が望むままに画面を切り替えていく。同じ画面を覗き込んで何かをするのは、何故だか学生時代を思い出した。
沖野が沈痛な面持ちを浮かべるまで、最先端研究のお披露目会は続いた。
「正直……言いたい事は色々とあるが。まあ、細々としたのは置いておこう」
「そうして貰えると助かるわね」
「じゃあ、その上で言うぞ──どうして、スピカに寄越すまでにアフターマスを止めなかったんだ?」
沖野が吐いたのは、トレーナーとして当然すぎる意見だった。
オーバーワークを止めない。
文字にすればたったそれだけの事が、このデータだけで意味合いが大きく変わる。
成程、アフターマスなら出来た練習量なのだろう。練習可能な許容量が他のウマ娘よりも多かった。確かにそうなのだろう。だが、それにしたって──。
「……まさか、認めていたなんて言わないよな。普通にオーバーワークをして──ってなんだよ、普通にオーバーワークって……」
ちっ……と舌打ちを一つ付き、がしがしと頭を掻いてから沖野は飴を二本取り出した。一本を銜えながら、もう一本を東条に差し出してみるが、断られたので仕舞う。
「……まあ、なんだ。一般的な条件でオーバーワークをしているだけなら、基本的に故障の心配は脚だけで済む。だが、アフタの場合は負担を全身に分散してる様なもんだ。俺達トレーナーだって、専門外の問題が発生しちまえば何も出来なくなる。そんで、上半身……まして駆動する背骨の関節なんて、そもそも有意な研究資料すら存在するか分からない。それを理解してないおハナさんじゃないだろう?」
東条ハナというトレーナーは、自身と同様に徹底的なウマ娘ファーストである。沖野はそこに何の疑いも持たない。
だが、そうであるからこそ、アフターマスの凶行を東条が止めなかった理由が分からなかった。
目の前で将来をすり減らす様な真似をするウマ娘が居たら、担当で有る無しに関わらず止める。例え、努力の成果を全否定してでも。
それこそが沖野の知る、
本当に止めなかったと思う? そう前置きした上で、東条はゆっくりと言葉を吐き捨てた。それに……と。
「……約束、しちゃったのよ」
「約束?」
「初めて彼女と会った日に、アフタが速く走る為の完璧なメニューと環境を用意しておくって。必ず──
──私は私の負担なんかより、貴方が少しでも速く走る事の方が興味あるの。だって私はトレーナーなのよ? 必ず、貴方が満足するまで貴方を速くしてみせるわ。約束よ。だから、必ず
初めて会った日の最後に見た少女の笑顔が、未だに忘れられない。
どうしてあの時、そんな約束をしてしまったのか。何を呑気に、少女の輝かしい未来を思い描いていたのか。
今となっては、東条ハナにはもはや理解出来ない。
ウマ娘とトレーナーの約束は、いじらしい程に絶対的なものである。
そうでなければ、トレーナーは担当ウマ娘をGIレースなんて魔境に送り出せやしない。ウマ娘は、担当トレーナーを信じて駆け抜ける事が出来やしない。
必ず勝たせる。必ず勝つ。必ず夢を掴む。必ず──スピードの向こう側へと、共に辿り着く。
例え、どんな無理無茶無謀であったとしても、トレーナーはウマ娘との約束を違えない。自らの意思で違えた時点で、それはトレーナーではなく、トレーナーを騙る何かであるが故に。
……しかし、それでも。
「本当にそれだけか? おハナさんはそれだけで、アフタを──」
「──沖野は……速くなればなる程、追い詰められた顔をする子って担当した事、ある?」
何を言っているんだ……そう言いかけて、東条の目の奥を覗き込んだ。そして、思わず口篭ってしまう。そこにあったのは、痛ましいまでの無力感──初めてのGIレースで強者に叩き潰されたウマ娘が浮かべるそれと、同じものであった。
「速くなればなる程、彼女の願いが叶う……そう信じて、可能な限りの手段を尽くして
少なくとも、私には想像出来なかったわ。そう告げた東条を慰める言葉を、沖野は持ち得ていなかった。
そんな経験が生み出す感情は、きっと当事者にしか分からない。
「……ごめんなさいね。空気を悪くしたわ」
「いや……こっちこそ、すまなかった。……今夜くらい、一緒に呑みに行かないか? と言っても、いつもの店だが」
「嫌よ。貴方、どうせ素寒貧でしょ」
「……最近、俺が周りにどう思われてるのかが気になって仕方がないよ。本当に」
肩を竦め、
少しの間、取り留めのない話を挟んでから、待ち合わせた目的を済ませる事にする。別に同情や慰めが欲しくてこの男を呼び付けた訳ではない。
さて、それではトレーナーらしくウマ娘──今回の場合は、チームスピカと
……そういう段になってから、東条の携帯端末がぴこんと音を立てた。簡単な情報交換に特化したSNSアプリにメッセージが届いた音だ。
締まらないわね……なんて思いながら、沖野に断りを入れてアプリを開く。届いたメッセージの内容は一枚の写真と、外出時の定時報告だ。予想外の写真に、思わずくすりと笑みが零れる。
送り主のアカウント名は『あふた』となっていた。
スピカ所属のウマ娘、ダイワスカーレットとウオッカと共に外出する予定だと聞いていたが、どうやら先輩である二人が上手く連れ歩いてくれているらしい。
青春と呼ぶにはまだ少し幼い情景に、まだ燻っていた仄暗い空気が和らいだ気がした。
「ん? どうしたんだ、何か良い報せ?」
「いや……沖野、アフタにサングラスとマスク支給したわね?」
「えっ……いやまあ、欲しがってたから変装用に渡したが……」
ほら、と差し出された携帯端末の画面を覗き込む。沖野は思わず噴き出しそうになった。
「に、似合ってねぇ……!」
「まあ、
「いやぁ……んんっ! すまんすまん。まさかアフターマスの服の趣味、こんな感じだとは思わなかった」
「ご両親の趣味だそうよ」
誤解されたままだと、アフターマスが心底嫌がるだろう。そう判断して、東条は間髪入れずに沖野へと否定を返す。
ふわふわした白いレースのワンピースにベージュ色のカーディガン、唯一本人の意向が──色以外は──通ったのだろうライトブルーのスニーカー。
リュックサックは流行に関わらず定着している老舗ブランドの茶色い革製で、髪は纏めてクリーム色のキャスケット帽に収納してある。
全体的な印象で言えば、小さな天使でもモチーフにしたのだろうか。内面を知っているだけに違和感を覚えるが、彼女の両親にはこう見えているのだろう……そう感じ取れる程、外見とは噛み合っている愛くるしい服装。
送られて来た画像に写っていたのは、如何にも良い所のお嬢さん……といった風貌の幼い少女が、映画館らしき場所のポスター前で棒立ちしている姿だった。
……如何にも変装ですと言わんばかりに着けられたサングラスとマスクが、驚く程に少女──アフターマスの恰好と合っていない。
「へえ、ご両親の……って、ちょっと待て。アフタの服、トレセンまでわざわざ送ってくるのか?」
両親の意向が反映されてるという事は、一緒に買いに行ったか、両親が一方的に買い付けるか。そのどちらかしかないだろう。そう思っての発言だった。
アフターマスが着ている服は彼女にぴったりと合うサイズだったので前者な気がしたが、アフターマスがレース以外は基本的に学園に引き篭って走り回っているのは有名な話だ。それこそ、盆と正月もお構いなしにトレーニングしていた程。
そんな中で、時のウマ娘であるアフターマスが両親に会いに帰省した……という話は、今の所聞いた事がなかった。
だったら、消去法で後者か……そう思っての発言だったが、しかし、東条は本日何度目になるか分からない否を返した。
「違うわよ。入学して来る時に持たされた服らしいわ。あの子、こんな感じの物か自前のジャージ、後は学園指定の服しか持ってないのよね」
「……待ってくれ、おハナさん。アフタが入学してからどれくらい経ってると思ってるんだ。まさかとは思うが」
「そのまさかよ。体格も身長も、ほぼ変わってないのよ」
間違いなく、過剰なトレーニングが発育の阻害になってるわ……まだ成長期であるはずのアフターマスを一番長く見続けてきたトレーナーは、そう判断を下した。
そして、二番目に付き合いの長いトレーナーは顔を引き攣らせながら……スピカで預かる間は徹底的にトレーニングを休ませて、
いつもご愛読ありがとうございます。
休日しかまともに執筆出来ない為、どうしても不定期更新となってしまいますが、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。
……毎日更新なさってる方々は本当に神だと思う。