漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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レース日程は2021年JRAレーシングカレンダーを参考にしていますが、レース一覧及び格付けはアプリ版に準拠しています。(中京ジュニアS等の一部例外なレースもあります)



第十話 レースプランと超光速の(マッド)サイエンティスト

 スズカさんのヴィクトリアマイルが終わって数日。疲れを抜く程度に軽く併走をしたりして楽しく過ごしていたところ、トレーナーさんに呼び出された。

 

 7月から始まるジュニア級のレースにおいてのレースプランを考えるそうで、希望があれば紙に書いて提出してくれと言われたので現在、レース一覧を見ながら部室で机に向かっているところだ。

 4月に早期デビューを果たしたとはいえ、ジュニア級のウマ娘が出れるOP以上のレースは7月後半からしかない。中距離に至っては10月2日の中山で行われる芙蓉ステークスが最初だ。流石にそこまでは我慢できないので、マイル戦にも出走することになるだろう。

 

 まずはメモ用紙に、マイル以上の距離の芝のレースを片っ端から書き上げていく。

7月31日中京ジュニアステークス、中京1600。

8月14日コスモス賞、札幌1800。

8月22日クローバー賞、札幌1500。

8月29日GⅢ新潟ジュニアステークス、新潟1800。

9月4日GⅢ札幌ジュニアステークス、札幌1800。

9月11日アスター賞、中山1600。

9月25日野路菊ステークス、阪神1800。

10月2日芙蓉ステークス、中山2000。

10月3日サフラン賞、中山1600。

10月9日GⅢサウジアラビアロイヤルカップ、東京1600。

10月16日紫菊賞、京都2000。

10月23日アイビーステークス、東京1800。

10月30日GⅢアルテミスステークス、東京1600。萩ステークス、京都1800。

11月6日きんもくせい特別、福島1800。

11月7日百日草特別、東京2000。

11月13日GⅡデイリー杯ジュニアステークス、京都1600。

11月14日黄菊賞、京都2000。

11月20日GⅢ東京スポーツ杯ジュニアステークス、東京1800。

11月21日赤松賞、東京1600。

11月27日京都ジュニアステークス、京都2000。

11月28日白菊賞、京都1600。ベゴニア賞、東京1600。

12月4日葉牡丹賞、中山2000。

12月5日こうやまき賞、中京1600。

12月11日エリカ賞、阪神2000。

12月12日GⅠ阪神ジュベナイルフィリーズ、阪神1600。

12月18日ひいらぎ賞、中山1600。

12月19日GⅠ朝日杯フューチュリティステークス、阪神1600。

12月26日千両賞、阪神1600。

12月28日ホープフルステークス、中山2000。

 

 計31のレースが存在する。まあまあ多い…のかな? 連戦になるところは移動が厳しいかもしれないけれど、新幹線を使えば東京―福島や中山―阪神間程度なら問題ないだろう。流石に同日中のレースに出るのは物理的に無理なので、10月30日は距離が長い萩ステークスに、11月28日は移動が楽な白菊賞にして、ジュニア級はこの29レースに出よう。

 ダートも走るならもう少し選択肢は増えるが、あまり欲張りすぎてもいけないし、このくらいで我慢しよう、うん。

 

 出るレースを決めて紙に書き連ねていく。1枚の用紙には5つしか書く欄がなくて書き切れなかったので、計6枚の用紙に書くことになった。

 

 

 

 よし、書きあがった。後はこれをトレーナーさんに提出するだけだ。トレーナーさんは少し席を外してくると言っていたので、もうそろそろ帰ってくるだろう。

 

「テウスー。入るぞー? 大丈夫か?」

 3分程度待っていると部室の扉の向こうから声が聞こえてくる。トレーナーさんは部室に入る際必ずノックして声掛けをする。何でも以前マックイーン先輩やスカーレット先輩が着替えているところに入りかけてしまったらしく、それはもう徹底的にボコボコにされたそうだ。

 ウマ娘の力でボコボコにされて生きているトレーナーさんは本当に人間なんだろうか……?

 

「はい、大丈夫ですよ。希望も書き終えました。確認お願いします」

 トレーナーさんに入室しても大丈夫だと言って招き入れると、書き終わった希望用紙を手渡す。

 

「おー、どれどれ……? テウス、レース一覧を書いてほしいんじゃなくて、出たいレースを書いてほしかったんだが……?」

 

「? だから、出たいレースを書きましたよ?」

 二人して首を傾げる。おかしい、何か間違っただろうか?

 

「……ま、待てテウス。これ全部に出たいのか? 一部だけじゃなくて?」

 トレーナーさんが焦ったようにこちらに確認してくる。何を当たり前のことを聞いてきているのだろうか。

 

「ええ、そうですよ。トレーナーさんも言っていたじゃないですか。私が毎週でもレースに出たいって言ったら、その意気で頑張れって」

 

「確かに言ったけどな……それは言葉の綾ってもんだ。流石に物には限度があるだろう?」

 

「トレーナーさんに迷惑はかけません。遠征も一人で行きますし、交通手段の手配とかも自分でしますから。だから私に走らせてください。お願いします」

 トレーナーさんが否定的なのを感じ取って、何とか認めてもらおうと頼み込む。おじいちゃんが中央のトレーナーライセンスを持っていて、現場を離れて久しいがまだ更新しているそうだし、最悪付き添いをお願いすればいいだろう。

 

「そうはいってもなぁ……まあ、お前の丈夫さならいける、か? わかった。お前がそこまで言うなら、何とか調整はしてみるが……約束はできないし、多分理事長とかから聞き取りが入るぞ? 俺からも説明はするけど、自分でも説明しろよ?」

 

「はい! ありがとうございます! それじゃ、自主トレしてきますね! 今日はジムでウエイトトレーニングしてきます。終了時間はいつも通りですから、よろしくお願いします!」

 

「ああうん……行ってこい。水分補給とかはちゃんとしろよー」

 トレーナーさんにお礼を言って自主トレしにジムへ向かう。もうこのやり取りも慣れたもので、大体の自主トレメニューもわかりきっている。ジムには専門のコーチもいて、トレーナーさんの手を煩わせることも少ないので、最近のお気に入りだ。

 

 

 

 レースの予定も決まりご機嫌で鼻歌を歌いつつジムへ向かっていると、スカーレット先輩に出会う。荷物をたくさん持ってどこかへ向かっているようだ。

 

「スカーレット先輩、お手伝いしますよ。何処に運べばいいですか?」

 あまり重くはなさそうだったが、結構荷物が多くて運び辛そうだったので手伝いを申し出る。

 

「ありがとテウス。助かるわ。タキオンさんのところに行くんだけど、お願いできる?」

 

「はい、お任せください。あ、でも、場所がわからないので、後をついていきますね」

 タキオンさん、とは誰の事だろう? 何処かで聞いた覚えもあるが、馴染みのない名前だ。

 

 

 

 向かう道中で件のタキオンさんについてスカーレット先輩に聞いてみた。

 

 入学当初から親切にしてくれている先輩だそうで、目の疲れに効くサプリメントをくれたりしたらしい。トレーニングだけでも大変なはずなのに、ウマ娘の身体についてのことを研究していたりしてとても尊敬できる先輩、だそうだ。

 

「でも他のウマ娘たちは、タキオンさんの事を危ない薬を作る危険人物だとかなんだとか言ってるの。とっても失礼よね。タキオンさんがそんなことするわけないじゃない! 許せないわ!」

 スカーレット先輩の態度からは全幅の信頼が見て取れて、タキオン先輩がとても良いウマ娘であることがわかる。スカーレット先輩がここまで信頼している人だ。きっととても真面目でまっすぐなウマ娘なんだろう。

 

「そのタキオン先輩ってすごいウマ娘なんですね。私もお会いするのが楽しみです」

 

「きっとテウスとも気が合うと思うわ。あ、ここがタキオンさんの研究室よ。タキオンさん、学園に研究成果が認められて、専用の研究室を持ってるの! 凄いわよね~。タキオンさーん、荷物もってきましたー。入りますねー」

 どうやらタキオン先輩は学園の一角に専用の研究室を構えているようだ。ちょっと厚めの金属扉が構えられていて、周りの部屋とは全く違う雰囲気を醸し出している。

 

「お邪魔します……わ、凄い設備……」

 スカーレット先輩が扉を開けて中に入っていくのに続いて、私も入っていく。中は何だかよくわからない機械とか、理科の実験で使ったことのあるフラスコや試験管とかが並べられている。

 

「ああ、ありがとう。スカーレット君。うん? 君は……?」

 制服の上に白衣を着た栗毛のふわふわなショートヘアのウマ娘がこちらを見つめてくる。何だか目に光がないような……?

 

「あ、えっと……ブラックプロテウスです。スカーレット先輩のチームの後輩です。一緒に荷物を運びに来ました」

 

「ああ、君が()()ブラックプロテウス君か。私はアグネスタキオン。宜しくお願いするよ」

 何かこちらをロックオンしたような目つきで見られている気がする。それに、()()とはどういう意味だろうか。

 

「君のトレーニング風景は何度か見させてもらっていてね。君の肉体の頑健性にはとても興味があるんだ。どうだい? ウマ娘の肉体の神秘を解明するために、私に協力して(私のモルモットになって)はくれないかい?」

 どうやらトレーニングを見られていたらしい。何やら不穏なルビが振られているような気もするが……

 

「はい、わかりました。是非ご協力させてください。ただ、お役に立てるかはわかりませんが……」

 スカーレット先輩が信頼している先輩だ。悪いようにはならないだろう。二つ返事で了承する。ただ、言葉の通り役に立てるかはわからない。

 何せ私の身体の頑丈さは誰に与えられたかもわからないような特典によるものだし、調べてもわからなかったものだから、タキオン先輩にもわからないんじゃないかと思う。

 

「そうか! ではこの薬を飲んで、そこに横になってくれるかな? 機材を準備しよう。ああ、スカーレット君もありがとう。荷物はそこに置いておいてくれ」

 

「はい、わかりました。あ、何かお手伝いできることはありますか?」

 

「ではお言葉に甘えて、準備を手伝ってもらおうかな。これをプロテウス君の手首と足首に付けてくれ。ああ、プロテウス君。薬を飲む前に服を脱いで肌着になってくれるかな?」

 

「はい、わかりまし……えええ!?」

 スカーレット先輩に機材を手渡しつつ、流れでとんでもないことを言われる。いや、変な意味はないんだろうけど!

 

「正確なデータを取るためには必要なことだ。出来れば全裸になってほしいが、流石に抵抗があるだろう?」

 

「ま、まあそうですね……全裸よりはマシ、ですかね……うう、恥ずかしいんですけど……」

 協力するといった手前、抵抗し辛い。病院とかで着る検査着とかであればまだマシなのだが、肌着だけとなるとやはり恥ずかしい。

 

 

 

 言われた通り肌着姿になって、身長体重からスリーサイズ、手足の長さまで測定されたのちに、薬を飲んでからベッドに寝る。測定中の出来事は語りたくない。タキオン先輩は私の身体を触りつつ「良い筋肉だねぇ」とか言っていたが、半分以上耳に入ってこなかった。

 

 両側の手首足首に何か端子の様な物を付けられて、何かのデータを測定される。心電図か何かだろうか……? 今までされたことのないような検査である。レントゲンとかの設備は流石に無いようだし、ここでの検査は結構初めてのものが多い。

 

「ふむふむ……なるほど。興味深いデータだ……つまりはこういうことか……」

 ぶつぶつと言いながら何かデータを紙に書き写している。スカーレット先輩は気になったのか後ろから何を書いているのか覗いているが、よくわからなかったようで首を傾げている。私も気になるので、ちょっと聞いてみよう。

 

「何かわかりましたか?」

 

「うん、そうだね。君の測定したデータを見るに、数値的にはごくごく普通のウマ娘と同じだ。だが、異常に疲労からの回復力が高い。先ほど飲ませた薬はおよそ2000mを走るのと同じ程度の疲労を身体に蓄積させるものだが、今疲労は感じていないだろう?」

 

「そ、そんな薬だったんですか……飲んだ瞬間は少し体が重くなった気がしましたけど、確かに今は何ともないですね」

 

「つまり、君が長くトレーニングを出来る事の一因はその回復力にあると見える。まあ、その様子を見るに君自身自覚しているようだが。後は触った感じ随分骨格がしっかりしているね。君の高い耐久性はそこから来ているのかもしれない。それ以外のことについてはまだわからない。今後も調べていく必要があるだろうね」

 検査した結果を述べられる。まあ、大体予想通りの結果である。ただ、この短時間でそこまでわかるのはすごいと思う。何せ病院の先生たちはほぼお手上げ状態だったからだ。タキオン先輩はスカーレット先輩が尊敬するだけあって、やはりかなりのやり手なのだろう。

 

「さ、検査は終わりだ。起き上がっていい。お礼に紅茶でも淹れよう」

 手足から端子の様なものを外され、解放される。すぐに服を着て、スカーレット先輩に労ってもらいながら、タキオン先輩が紅茶を淹れてくれるのを待つ。

 

「そういえばタキオンさん。今日持ってきた荷物って何なんですか?」

 

「ああ、(フィクションに影響されて)アメリカで開発されたトレーニング用のギプスさ。胴体から腕や脚に繋がる特殊バンドの負荷で全身を鍛えるギプスで、本来は人間用に開発されたものを、特別にウマ娘用に負荷を上げたものだ。筋力増強用に作ってみたんだが……着けてみるかい?」

 

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 スカーレット先輩が荷物の中身を受け取って、物陰で着替え始める。

 

「着けた上から服を着ても問題ないようになっているし、音も少ないはずさ。ただ……」

 

「た、タキオンさぁん! み、身動きが取れませぇん!」

 

「負荷が強すぎて、ウマ娘でも動けなくなる可能性が……遅かったか」

 どうやら大分負荷が強いようで、スカーレット先輩でも身動きが取れないほどらしい。物陰で動けなくなったらしく、情けない声で助けを求めてくる。

 

 タキオン先輩が救出しに行って、ヘロヘロになったスカーレット先輩を連れて戻ってきた。

 

「発注を失敗してしまったみたいだねえ……GⅠウマ娘でも動けないとなると、着けられる者は相当限られるな……プロテウス君。君も着けてみてくれないかね?」

 

「え゛っ!? わ、私もですか……? わ、わかりました……」

 こっちに飛び火してきた。パワーにはそれなりに自信があるが、スカーレット先輩でも動けなくなるようなものを着けて動けるんだろうか……?

 

 受け取って装着してみる。着け方自体は結構簡単で、一人で着ることはできそうだ。ウマ娘用に改良されているので、胸が圧迫されたりするようなこともない。スカーレット先輩が着れた時点でそこのところは心配していなかったが。

 

 全身に装着し終わって、少し動いてみる。凄まじい負荷で、全力で動かないとバンドの戻る力に負けて身動きが取れなくなりそうだ。

 

「き、きっついです……動けなくはないですけど……」

 つい弱音を吐いてしまう。この負荷は流石にきつい。日常生活程度なら送れるだろうけど……

 

「ほう……動けるのか。これを着て動けるのはブライアン君とかオグリキャップ君くらいなものだと思っていたが……ふむ、プロテウス君。暫くそれを着けてトレーニングしてはくれないか?」

 

「む、無理ですよ! 歩くのだけで精一杯です!」

 

「……それを着てトレーニングしたら凄く鍛えられると思わないかい? 今まで以上のハードトレーニングが出来るようになると思うよ?」

 ……途轍もなく魅力的な提案だ。確かにこれを着けてトレーニングできるなら今まで以上に楽しいトレーニングが出来そうだ。見た目的には軽いトレーニングに見えるし、トレーナーさんがまた面談に呼ばれるようなこともなくなるだろう。

 

「まあ、まずは数日試しにと思って。使用感を聞かせてくれるだけでいい。そのギプスは君に差し上げよう」

 

「うう……わ、わかりました。じゃあ、数日だけ……」

 結果魅力に負けてしまい、ギプスを貰ってしまう。暫くはこのギプスと格闘することになりそうだ……




ブラックプロテウス
ジュニア級の間にデビューを含めて30戦しようしている。やばい(小並感
言葉巧みにアグネスタキオンに操られてしまっている。

沖野トレーナー
ブラックプロテウスのレース予定に頭を抱えたがもう開き直って好きにさせようと思っている。
理事長に個別面談される運命にある。

ダイワスカーレット
タキオンさんの力になるため自分もギプスを貰って根性で筋トレに励んでいる。自室で動けなくなってウオッカの世話になる回数が激増した。

アグネスタキオン
頑丈なモルモットが出来てご機嫌。
ギプスに関しては某野球漫画のギプスをアメリカの知り合いに見せたら感激して魔改造して何着も送ってきた。
自分でも着けてみたが動けなくなり、様子を見に来たマンハッタンカフェに助けてもらった。

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