漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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15時に起きて書くつもりだったのに起きたら23時だった。

理解できません。ヒトが眠気に勝てるわけがない……


第十三話 サイレンススズカVSウオッカ

 

 

 

 模擬レース事件から一月ちょっとが経った。あの後アケルナーのトレーナーさんは教育センターに行ってしまったので、彼が担当していたウマ娘たちはチームリギルやチームカノープスなどに分散して一時的に所属することになった。

 

 事件の当事者である私が居るチームスピカには一人も回されなかったあたり、理事長さんが大分気を遣ってくれたのだろう。

 

 あの後私は関係者に謝罪行脚をした。迷惑を掛けたスピカの先輩たちやトレーナーさん、生徒会長や理事長たちなどだ。

 

 反応は大きく分かれた。スピカの先輩達は怒りはしなかった。髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でまわされたり、晩御飯が入らなくなるまでチョコワッフルを詰め込まれたりはしたが。

 

 トレーナーさんには怒ってくれたのは嬉しかったが、揉め事を起こしたのは頂けないと諭された。特に罰などは与えられなかったが、自主的に今まで以上に掃除、洗濯などのチームの仕事を手伝うようにしている。

 

 生徒会長や理事長には、野良レースで解決するわけもなくきちんと模擬レースの申請をした上でのレースで、レース運び自体も非常に私自身はクリーンだったからか、模擬レース自体には問題がない、とされた。

 まあ、その経緯についてはかなりお叱りを受けた。扉を破損した分の修理代は全額弁償になったし、反省文も10枚書かされた。謹慎処分などにはならなかっただけ手心を加えてもらったんだと思う。

 

 アケルナーの先輩達には何度か顔を合わせた。ご飯を食べながら腹を割って話して交流するうちに、蟠りはなくなったように感じる。あれから全くアケルナーのトレーナーさんとは連絡が取れないわけではなくて、時々メッセージで連絡を取り合っているらしい。

 

 昨日話したときは日に日に当たり方が柔らかくなっていて、ちょっと怖いと笑っていた。戻ってきたときにはまた彼の担当になりたいと言っていたので、きっとチームアケルナーが無くなってしまう心配はないだろう。

 

 

 

 私は今期末試験に向けての勉強を終えて、スカーレット先輩とお買い物に行くところだ。今週に宝塚記念を控えたウオッカ先輩とスズカ先輩とは併走できないうえに接触禁止令が出てしまった。

 カフェテラスで勉強をしていたのだが、そこにはスペ先輩もいて、グラス先輩に勉強を教えてもらっていた。7月からは合宿もあるし、赤点を取って補習で参加できなくなったりするようなことは避けてほしいものだ。頑張ってほしい。

 

 スカーレット先輩とお買い物に行っているのは、トレーニングに精を出しすぎたのか、服とかが結構キツくなってしまったので、スカーレット先輩が良く利用するお店に連れて行って貰っているのだ。

 スカーレット先輩もまだ成長期らしく、部室でついつい成長期も困りものだと話し込んでいたら、周りの先輩からは少し呆れられた。

 

 ライブ衣装とかを調整に出したり、新しい制服を貰ったりと色々手続きをしないといけないので、困りものなのは本当なのだが……本格化した後足のサイズはそうそう変わらないのはとても助かる。専用のシューズを作るのは結構手間なのだ。入学前にシューズを作ったが、職人さんに足の型を取ってもらって木型を彫って……と、勝負服の時に着けるようなオリジナルデザインのシューズでもない、統一デザインのシューズだというのにかなり驚いたが、ウマ娘が靴擦れを起こしたりすると走り方がおかしくなってしまって最悪故障につながったりするので仕方ない。

 怪我や故障につながることは徹底的に排除するのが学園のスタンスだ。ちょっと掠り傷を負った程度で何処からともなく駿川さんが飛んできて保健室に連行されるくらい厳しい。

 

 

 

「気に入ったのがあってよかったわね。また機会があったら来ましょ」

 

「はい、スカーレット先輩。今日はありがとうございました」

 二人でワイワイして合わせあったり、お互いのものを選んだりして帰路に就く。残念だがお買い物の光景は全カットだ。スカーレット先輩のものならともかく、私が含まれるのは需要もないだろうし。

 

「スカーレット先輩、そういえば何か小物を買っていたみたいですけど、何を買っていたんですか?」

 

「ちょっとアイツが好きそうなチャームを見つけてね……ちょっと緊張して元気がなかったし、元気づけてやろうかと思って」

 

「ウオッカ先輩ですか? スズカ先輩との対決ですもんね……何処まで食らいついていけるでしょうか」

 

「……勝てるか、とは言わないのね? まあ、今のスズカ先輩が負けるとは思えないけど……」

 少しスカーレット先輩が苦笑いする。グランプリレース、宝塚記念。阪神レース場で行われる芝の2200m、右回りのレースだ。

 スズカ先輩は一度このレースで勝ったことがあるので、距離的不安はない。これが2400であればまた話は別だったのだろうが、正直厳しいと言わざるを得ない。

 

「上手く折り合えれば、アイツはスズカ先輩にだってついていけるわよ。アイツはシニア級の先輩たちとだって互角に渡り合える力があるわ」

 スカーレット先輩は自信ありげだ。

 

 ウオッカ先輩は今年のダービーウマ娘だ。最終コーナーを八番手で回って、バ場の中央からバ群を抜き出て残り150mで先頭の娘をかわして、そこから3バ身も差をつけて勝って見せた。

 あまりの見事な差し切りにちょうど隣にいたゴルシ先輩に抱き着いて締め上げて、窒息させかけてしまった。マックイーン先輩が止めてくれなければ間違いなく窒息させていただろう。

 

 あの走りが出来れば確かに食らいついていけるかもしれない。でも、スズカ先輩は後続に差をつけて最終コーナーを回ってくると手が付けられないくらい加速してしまうので、かなり早めに仕掛けないといけないだろう。はたして折り合いが付けるかどうか……

 

 直近に迫った宝塚記念へ、私は想いを馳せた。

 

 

 

 

【ウオッカSide】

 

 

 

 

 今日はついに、待ちに待った宝塚記念。スズカ先輩との直接対決だ。他にもカワカミ先輩とも戦うことになるし、ダービーで二着だったアサクサキングスも居る。

 周りはシニア級の先輩ばっかりだし、強敵揃いだ。くぅ、燃えてくるぜ!

 

「ウオッカ。今日は正々堂々頑張りましょう」

 本バ場入場を済ませてゲート入りのファンファーレを待っていると、スズカ先輩が話しかけてくる。スズカ先輩も調子は絶好調だ。スタートでミスるとか、そういうのを期待しねー方がいいな……

 

「はい、スズカ先輩! 胸お借りしまっす!」

 ぜってー勝つ。気合を入れなおす意味で頬を叩く。

 

 そうこうしているとファンファーレが鳴る。オレは1枠2番で、スズカ先輩は2枠3番だ。先にスズカ先輩がゲートに入る。

 宝塚記念のファンファーレは、宝塚記念専用のファンファーレだ。阪神レース場で走るのは初めてじゃないはずなのに、すげー緊張する。

 

 そっとトレーナーたちが居る方を向く。ホームストレッチ前のポケットから始まるこの宝塚記念なら、皆の顔も見える。

 

 トレーナーは双眼鏡を片手に心配そうにこちらを見ている。スペ先輩はおっきい焼きそばを食べているし、ゴールドシップはルービックキューブをしている。テイオーとマックイーンはちょっとソワソワしてるみてーだな。スカーレットとテウスは談笑してるようだ。

 その時、スカーレットと目が合った。拳をぐっとこちらに突き出してくる。拳を突き返してやった。

 

 ゲートに入って、スカーレットから貰ったバイクの形をしたチャームを握りしめる。首から提げてる時計に一緒に着けているそれは、昨日スカーレットから貰ったものだ。不思議と勇気が湧いてくるし、何よりかっけーからお気に入りだ。

 

『票に託されたファンの夢。思いを力にかえて走るグランプリ・宝塚記念! 降っている小雨の影響で、バ場状態は稍重の発表となりました』

 しとしとと降っている小雨が、ゲートの屋根に当たって小気味いい音を立てている。

 

『人気と実力を兼ね備えたカワカミプリンセス、今日は三番人気です』

 カワカミ先輩は無敗でオークス・秋華賞を制した実力者だ。その次のエリザベス女王杯も1着になったけど、進路妨害で降着になったんだっけか。

 

『二番人気を紹介しましょう。今年のダービーウマ娘、ウオッカ』

 今日オレは二番人気だ。人気投票は六位だったんだが、当日人気はまあまあ貰えてるみたいだな。

 

『今日の主役はこのウマ娘を措いて他にはいない。グランプリウマ娘、サイレンススズカ! 一番人気です』

『先のヴィクトリアマイルでその実力を見せつけました。果たしてGⅠ連勝となるのか、はたまた他の娘たちが異次元の逃亡者を差し切って見せるのか。注目です』

 スズカ先輩は今日も一番人気だ。ちらっと隣のスズカ先輩を見る。やべー位の気迫だ。ごくり、と唾を飲み込む。

 

『各ウマ娘ゲートに入って体勢が整いました』

 前を向いて構える。ドクンドクンと、やけに心臓の音が大きく聞こえる。

 少しの静寂の後、ガタンと音を立ててゲートが開いた。

 

『今スタートが切られました! 各ウマ娘綺麗なスタートを切りました。先頭に抜け出したのはやはりこの娘、サイレンススズカ。このまま期待通りの結果を出せるか?』

 誰も出遅れたわけじゃない。それだと言うのにするするっとスズカ先輩が前に出て、ぐんぐん加速していく。

 

『サイレンススズカ、快調に飛ばしています。二番手に付けて様子を窺うのはシンバルリズム。そのうち並んでラヴィアンローズ、その後ろにコンプロマイズといったところです』

 オレは大体7番手といった位置で、オレの戦法的には悪くない位置だ。シンバルリズム先輩やラヴィアンローズ先輩は果敢にスズカ先輩に競り合いに行っているが、少しずつ離されていっている。

 

『先頭は相変わらずサイレンススズカ、単身で飛ばしに飛ばしていきます。後ろのウマ娘たちとは大分離れてしまいました。二番手はシンバルリズム、差がなくコンプロマイズとラヴィアンローズが並んでいます。ウオッカは少し早めに上がったか、五番手の位置まで上がってきていますね』

 少し早めに前につける。あんまり引き離されるとスズカ先輩には追いつけねーし、スタミナが持つなら早めに仕掛けた方がいい。テウスに影響されて坂路の回数をちょっと増やしたし、前よりはスタミナがついてるはずだ。

 

『1000mを通過してトップは変わらずサイレンススズカ。1000m通過タイムは57.1! 逃げウマ娘がハイペースになりやすい前半1000mですが、それにしても速すぎるぞサイレンススズカ!』

 1000mをハイペースで通過する。桜花賞の時とかとは違う距離で、あまり息を入れるタイミングがないし、脚も溜められない。食らいついていくのがやっとだ。じわり、じわりと差は開いていってしまう。

 

『第三コーナーを過ぎて、残り600の標識を通過しました。先頭は相変わらずサイレンススズカ。単身独走! 一人旅だ!』

 スズカ先輩は大分先にいて、このままじゃ追いつけねえ。仕掛けるしかない。最後まで持ってくれよ……!

 

『おおっとウオッカ。ここから仕掛けに行く! サイレンススズカの独走許すまじとロングスパートを仕掛けた! 後続のウマ娘たちもつられて上がっていくぞ!』

 外へ出て捲って上がっていく。殆ど脚は溜めれていない。だけど食いついていかなきゃ、絶対に勝てねえ!!

 

『最終コーナーを加速しながらぐんぐんと迫っていくぞウオッカ! ダービーウマ娘の意地を見せられるか。サイレンススズカの背中が見えてきた! 他にもシルバーサザンカ、タヴァティムサ、プロペライザーが後を追っている!』

 結構無理なスパートだ、脚が少し痛む。多少の無茶は承知の上だ。

 

『だが、彼女の影は踏めない! サイレンススズカ、直線に入って加速した! いつ脚を溜めていたんだサイレンススズカ! 後続との距離を引き離していく!』

 スズカ先輩お得意の、終盤での加速。どこにそんな脚があったんだと、敵にして初めて思う。このままじゃ全然届かねえ。もっと加速しないと。

 限界の脚にさらに力を籠める。ぐっと踏み込んで加速しようとする。

 

 けど、オレの脚は付いてこなかった。がくん、と膝から崩れ落ちそうになる。

 

『あーっと! ウオッカここで失速! ウオッカ、ここまでか! ずるずると後退していきます!』

 転倒するのだけは何とか避け、ゆっくり減速して走る。諦めたくねえ、でももう足が動かねえ……

 

『サイレンススズカ独走! 何処までだって逃げてやる! 後続に大きく差をつけて、今ゴールイン! 1着はサイレンススズカ! 2着にはシルバーサザンカ、3着にはタヴァティムサが入りました。カワカミプリンセスは5着、ウオッカは何とか8着に粘りこみました』

 最後の坂でもうヘロッヘロだったが、何とか上り切ってゴールする。もう一歩も動けなくて、その場に倒れこむ。

 

 ターフに横たわりながら首を傾けてスズカ先輩の方を見る。涼しい顔をして観客席に小さく手を振っている。まだまだ敵わねえな……夏合宿で鍛えなおさねえと……

 

 

 

「ウオッカ、大丈夫? 掴ま「ぎゃああああああああ!!!!?」って……? え、ウソでしょ……?」

 スズカ先輩がこちらに寄ってきて、出してくれた手を握ろうとしたときに観客席から聞こえた聞きなれた声の悲鳴に何事かと二人で悲鳴の方を向くと、スカーレットの奴がテウスに抱きしめられたままぐるんぐるん振り回されていた。あれ、辛えんだよな……テウス無駄に力強いから簡単には抜け出せねえし。スズカ先輩も呆然としている。

 

 ヴィクトリアマイルの時にされたことを思い出して、手を合わせる。すまねえスカーレット。オレにはどうしようも出来ねえ。せめて乙女の尊厳を失わないように気を付けろよと、祈りをささげた。




ブラックプロテウス
ゴールドシップを絞め落としかけたりダイワスカーレットを大回転させたりやりたい放題暴れている

ダイワスカーレット
何とか乙女の尊厳は守り切った

ウオッカ
坂路の本数をブラックプロテウス並みに増やそうとしてトレーナーに怒られた

サイレンススズカ
レースを観戦するときはブラックプロテウスの隣は避けようと心に誓った


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