漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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( ˘ω˘) ワクチンの副反応でダウンしていました


第十七話 夏合宿・その4

 

 

 

 

 夏合宿もそろそろ終わりになる。コースで先輩たちと併走したり、遠泳して溺れかけたターボ先輩を救出したり、ゴルシ先輩と無人島でキャンプをしたり、週一でバーベキューしたり……なんだかトレーニングより遊んでる方が多かった気がする……

 

 ちなみにSDTは知り合いの先輩は皆予選を通過している。スペ先輩は多少太め残りだったが何とか予選通過を捥ぎ取ってきた。もし落ちていたらグラス先輩に切腹させられたりしそうだったし、ほっと胸を撫で下ろしたのであった。

 

 今はトレーニングの合間に屋根のあるところでとあるレースを見ている。フジキセキ先輩が出走するメイクデビュー、新潟レース場芝1200mである。

 

 本当は現地で見たかったのだがトレーナーさんの都合が付かず、流石にリギルの人に送ってもらうわけにもいかないので、トレーナーさんに借りたタブレットで一緒に視聴している。

 

 フジキセキ先輩は2枠2番の二番人気だ。多少調子を崩してしまっているようで他の娘に一番人気は譲った形になる。

 

 『さあ、新潟レース場第5レース、メイクデビュー。スタートしました。ちょーっとフジキセキが立ち遅れました。最後尾になっています』

 スタートで少しフジキセキ先輩が出遅れた。多少ゲートを苦手としているようだ。

 

 『まず中からクライキネステが上がってきました、体半分ほどのリード。追走するのはモアザンエニシング、並んでフォシューズ。2バ身3バ身離れてアンペールユニット、1バ身差エレガンジェネラル、そしてフジキセキ、後ろから三番手。リボンカロルは2バ身半ほど離れた。最後尾は4バ身ほど離れてコンテストライバル』

 暫く走っているうちにするすると後方三番手に付けている。出遅れても冷静に走れているようで周りもきちんと見えているようだ。この冷静さ、賢さは脅威だろう。

 

 『各ウマ娘第三コーナーに入っていきました。クライキネステ先頭。リードは1バ身くらいか。二番手にはフォシューズぴったりとマークしている。2バ身遅れてモアザンエニシング。その内からフジキセキ。三番手まで上がってきている! 内から更に前を窺っているぞ!』

 凄い加速と賢いレース運びだ。結構出遅れたのにそれを感じさせない走りを見せてくる。やはり次期三冠ウマ娘とまで言われているだけはある。私も盗めるところは盗んでいかないと……

 

 『400を切りました! フジキセキ抜け出すか、おおっと! ここで7番アンペールユニット転倒! 転倒です!』

 先頭集団が最後の直線に入ろうとしたときに、カーブで滑ってしまうかのようにアンペールユニット先輩が転倒した。

 

 『アンペールユニット大丈夫か! おっと、立ち上がった!? 立ち上がったぞアンペールユニット! 最後方になってしまったが懸命に走っている!』

 転倒したのにもかかわらず、アンペールユニット先輩は諦めることなく立ち上がって走り始めた。フォームも滅茶苦茶だし、右足の踏み込みがおかしい。明らかに折れてしまっている。今すぐにでもレースをやめるべきだ。それでも、彼女は立ち止まらずに走っている。それだけレースにかける想いが強いということなのだろうか。

 

 『ここでフジキセキ先頭に出た! 残り200を通過してフジキセキ先頭! 先頭2番フジキセキ、100を越えて独走態勢! フジキセキ先頭でゴールイン! 2着は1番フォシューズ。その後に5番クライキネステ。あんなに出遅れたフジキセキですが、直線では離す一方でした。アンペールユニットも何とか最後にゴールインしましたっ、おっと倒れた! その場に倒れてしまった!』

 フジキセキ先輩は直線で一気に伸びて他の娘たちをかわしきり先頭でゴールインした。転倒してしまったアンペールユニット先輩も何とかゴールしたがそこで糸が切れたのか、ばたりと倒れてしまう。折れた足で無理に走ったのだ。粉砕骨折、脱臼を起こしてしまっていても不思議じゃない。フジキセキ先輩も勝ったというのに少し浮かない顔をしている。

 

 「……トレーナーさん。どうして、アンペールユニット先輩は……あんなになってまで。私にはよくわかりません。怪我をして、その状態になって走ろうとするのが。確かに勝負を諦められないのはわかります。でも、そこで無理したら2度と走れなくなるかもしれないのに。どうしてそこまで、走れるんでしょうか」

 

 「ウマ娘が走りたいと思う理由は人間の俺には理解しきれない。それでもいいなら俺の考えを伝えるが……今回が最後のレースになるかもしれない。次なんてないかもしれない。そう思ったから、最後まで走ったんだろうな。後悔しないために」

 そして、トレーナーさんは言葉を続ける。

 

 「いつだってお前たちウマ娘は故障と隣り合わせだ。勿論俺たちトレーナーも細心の注意を払っているが、確実に明日走れる保証なんてしてやれない。昨日何もなくても、今日朝起きたら走れなくなってることだってあるかもしれない。だから、明日後悔しないために、今日に全身全霊を込めてしまうことは仕方のないことなんだと思う」

 

 「……わかったような、わからないような……でも、確かにそうかもしれません。私が彼女の立場でも……きっと、同じことをしたと思います……ちょっと、外の空気を吸ってきますね」

 

 「ああ、そうだな……今日のトレーニングはここまでにしよう。俺もお前も冷静になれないだろうからな。お疲れ。日が暮れる前までにはホテルに戻って来いよ」

 少し頭を冷やしたくて、その場を後にする。トレーナーさんは私を静かに見送ってくれた。

 

 

 

 

 海岸まで出て行って潮風を浴びる。8月で暑いが、雲が少し出ていて太陽を隠してくれているので辛いほどではない。

 

 何をするでもなく、ぼーっと海を眺める。少し走ろうか……そう思うが、足は走り出そうとしなくて、ただじっと立ち止まっている。

 

 「はーい、後輩ちゃん! こんなところで立ち止まってどうかしたの?」

 

 「ひゃぁっ!? ま、マルゼンスキー先輩? あ、こんにちは」

 ぼーっとしていると後ろからいきなり抱き着かれた。多分声的にマルゼンスキー先輩だろう。今まで一言二言程度なら話したことがあるが、面と向かって二人きりで話すのはこれが初めてである。

 

 「ええ、テウスちゃん。こんにチワワ~。何かおセンチみたいだったから、ちょっとお節介をしに来たの。迷惑だったかしら? そうじゃないなら、お姉さんが聞いてあげるわよ~?」

 

 「いえ……はい、聞いていただけますか。マルゼンスキー先輩」

 近くに座って、悩んでいたことを打ち明ける。先ほどレース映像を見ていたこと、そこでアンペールユニット先輩が転倒していたところも見てしまったこと、それでも諦めずに走りぬいた彼女を見て心がモヤモヤする、ということ。思いつく限り脈絡なく語ったと思う。

 

 「そうなの……私もね、走れなかったレースがあるの。その頃はダービーにおカタイ規制があったの。それで走れなくって……『ダービーに出させてほしい。枠順は大外でいい。他の娘の邪魔は一切しない。賞金もいらない。私の能力を確かめるだけでいい』って、そう何度もお願いしたんだけど……変わらなくって。今まで出たレースに後悔なんて一つもないけど、ダービーに出れていたらどうなっていたんだろうって、今でも思うのよね」

 マルゼンスキー先輩はURA時代8戦8勝、ドリーム・シリーズでもかなりの勝上率を誇る。スーパーカーと呼ばれ、逃げウマ娘においては間違いなく最強の一角に入るだろう。

 

 後、逃げウマ娘で伝説が残っているのはトキノミノルさんくらいだろうか。10戦10勝、皐月賞とダービーを制した幻のウマ娘。『他の娘とはスピードの絶対能力が違うが故に、ただ単に逃げのように見えているだけ』とまで言われるほどのウマ娘だったが、破傷風を患いその後遺症により引退したと言われている。破傷風は致死率50%ほどあるというので、もしかするとそのまま死んでしまったのかもしれないが、その後の消息は一切不明である。

 

 「だから、その娘の気持ちもよくわかるわ。走ったことに、後悔なんてないと思う。しばらくすれば、きっとテウスちゃんにもわかるわ」

 そういって、マルゼンスキー先輩は頭を撫でてくれた。

 

 「そうですね、そう思うことにします。今はまだわかりませんけど、きっとその言葉がわかるときが、来ると思いますから」

 走れなかったこと、走り切れなかったことに対する思いは、私には想像もつかない。けれど、きっといつの日かわかるときが来るだろう。そう思って、このもやもやは胸にしまっておくことにした。

 

 「そのくらいの意気込みでもいいのかもしれないわね。そうだ! 気晴らしにそのあたりをドライブでもする? きっと気持ちいいわよ?」

 

 「確かマルゼンスキー先輩のお車ってあの真っ赤なスポーツカーですよね? 一度乗ってみたいと思っていたんです! 是非お願いします!」

 凄くかっこいい車で登校してきているのを何度か見たことがあるし、海岸沿いの道路に今停まっている。一度は乗ってみたいと思っていたものだ。折角のお誘いだし乗せてもらうことにする。

 

 「ええ、任せて。楽しいドライブをご提供するわ」

 そういって笑顔で車まで案内してくれる。2名乗りの真っ赤なスポーツカー、高さは1mくらいで、デザインも良くてかなりスタイリッシュな印象を受ける。こんな車に乗るのは初めてなのですっごいドキドキする。

 助手席の扉を開けてもらう。何と扉が上に開いた。一瞬壊れてしまったのかと思いおろおろしてしまったのを少し笑われてしまった。

 

 「ふふ、珍しいでしょ? シザードアって言うのよ。日本の車だとまず搭載されていないものね」

 

 「うう、はい……びっくりしました。今までお父さんの車かトレーナーさんの車か、後はバスくらいにしか乗ったことがなかったので……」

 

 「これからも機会があったら乗せてあげるわ。あ、シートベルトちゃんと締めた? それじゃ、制限速度内でかっ飛ばすわよ!」

 助手席に座ってベルトを締めると、マルゼンスキー先輩がアクセルを踏み込んで、車を一気に加速させる。普通車などとは比べ物にならない加速性能で一気に制限速度ギリギリまで加速して、そのまま山道の方に進んでいく。

 凄い爽快感だ。何というかこう、風になっているかのようなそんな感覚になる。

 

 「気持ちいいでしょ? 山道を攻めるともっと気持ちいいわよ~」

 

 「はい、すっごく楽しいです!」

 

 「じゃあ、もっと激しく攻めちゃうわ! しっかりつかまっててね!」

 

 

 

 その日は日が暮れるまで1日中隣に乗せて走り続けてくれた。悩みなんてすっかりすべて吹き飛んでいて、凄く楽しい時間を過ごせた。今度もまた乗せてもらおうと思い、約束を取り付けようとすると合宿からの帰りに乗せてもらえることになった。疲れているのではないかと不安になったがそれくらいどうってことないらしいので、お言葉に甘えることにしたのだった。




ブラックプロテウス
スピード狂のきらいがあるらしい

フジキセキ
レース後すぐにでもアンペールユニットの方に向かおうとしたところをおハナさんに宥められたらしい

マルゼンスキー
彼女の日本ダービー事件から規制が緩和されたという経緯があるらしい

番外編アンケート

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