『ブラックプロテウス先頭! 後ろは大きく離れた! これは文句なし! 紫菊賞も逃げ切り、8バ身差で完勝! もはや2000mでは敵なし!』
『先々週のアクシデントの影響を感じさせない見事な走りでした。淀の坂を越えてもスタミナにまだまだ余裕がありそうですし、もっと長い距離でも走れるかもしれませんね』
レースが終わった。今日のレースは紫菊賞、京都レース場2000mだった。高低差4.3mの坂があったけれど普段のトレーニングのおかげか問題なく逃げ切ることが出来た。
ウイニングサークルでいつものように一礼したのちにファンの人たちに手を振る。大きい歓声が上がってテンションが上がってしまう。応援されて、こうやって勝利を祝ってくれるのはいつ感じても良いものだ。
「テウス、お疲れ様。今日もいいレースだったな!」
「はい、ありがとうございます。トレーナーさん」
タオルを渡すついでに頭をぐしゃぐしゃ撫でてくる。もう頭を撫でられるのにも慣れたものだ。
「ウイニングライブの準備してきますね。先々週の分までファンの人たちにお礼してきます!」
「おう、行ってこい。終わったらすぐにホテルに行くから、すぐに動けるようにしといてくれ」
「はい、わかりました」
明日は秋華賞。最後のティアラを懸けたウオッカ先輩とスカーレット先輩の対決だ。どちらが勝ってもお祝いする、という話になっている。
ちなみに再来週は天皇賞・秋。スズカ先輩と、テイオー先輩が出走する。テイオー先輩は京都大賞典で一着を取って復帰している。退院が間に合わずに現地で見れず、二人部屋の病室で同じ病室にいて仲良くなったウマ娘のお姉さんと一緒に病室のテレビで観戦した。ゴールした時またテンションが上がってしまって抱き着いてしまったのはとっても恥ずかしかった。
ライブが終わり控室に戻り、ステージ衣装から制服に着替える。ちなみにライブ衣装は新品だった。メイクデビューの時に着たものは胸周りのサイズが合わなくなってしまったので新調した。
ステージ衣装、太ももはともかくおへそが出ていてちょっと恥ずかしいんだよね……胸元も空いているし……でも、作り込みはすごいし、ひらひらしてて結構かわいいのは気に入っている。ファンの人たちにも結構好評らしいので、なるべく恥ずかしがらずに、ファンの人たちによく見えるように頑張って踊った。
歌もダンスもテイオー先輩のおかげで大分マシにはなってきたと思う。最初はもう人に見られるのが恥ずかしすぎてずっと真っ赤になってステージに立っていたんだけど、最近は恥ずかしさより応援してくれたことへの感謝の方が大きくて特に気にならなくなってきた。
なので芙蓉ステークスの時ウイニングライブ出来なかったことは痛恨の極みである。血は止まっていたし、傷もほとんど塞がっていたから大丈夫だと大分ごねてみたのだが、駆け付けた駿川さんの圧に負けてしまった。
背筋が震え上がって足が動かなくなるような強烈なプレッシャーを浴びせられて涙目になってしまったのは内緒である。
レース中にこういうプレッシャーを浴びせられたらどうすればいいんだろう? 今度マルゼン先輩とかに聞いてみようかな……
マルゼン先輩には時々ドライブに連れて行って貰ったり、アドバイスを貰ったりと最近色々目を掛けてもらっている。レーシングサーキットに連れて行って貰ってコースをかっ飛ばして貰ったときはテンションが上がりすぎてキャーキャー騒いでしまったものである。うるさくなかったかな……?
コーナリングテクニックがすごくて殆ど速度を落とさずにドリフトしながら曲がっていくのは凄いテクニックに感心してしまったものである。
レースでドリフト出来ないかと考えたが、ウマ娘がターフでドリフトすると相当脚に負担がかかるだろうし、メリットはないだろう。多分私ならターフ上でもドリフト出来ると思うけど、正直それでもやるメリットは少ないと思う。
ドリフトというのは身体の向きを早く脱出方向に向けて加速を早くすることによりコーナーを早く脱出するためのテクニックで、どうしても摩擦によるパワーロスが発生する。
ドリフトしている間、つまり脚が地面についている間はウマ娘はどうしたって加速することが出来ないので、接地している時間はなるべく少ない方が効率的だ。『短い接地時間で、大きな力を』が速く走るためのポイントだ。滑るより飛んでしまった方がいい。
それに、私のコーナリングは遠心力をパワーで無理矢理押さえつけて横に吹っ飛ぶ力を身体全体で受け止めながら、行きたい方向にその力の反動で加速しながら曲がるという変則的なものだ。パワーロスが発生するドリフトは私には向かない。
ただ、万一足が縺れたりして次の脚を踏み出せないような時には役に立つかもしれない。少しだけ練習しておこう。転んでしまうくらいなら滑ってしまった方がいい。
それに、ドリフトってちょっと格好いいと思うし。メリット云々より格好良さを重視したっていいと思う。
「いやいやいや、何でドリフトしようとするんだ。ウマ娘がターフでドリフトするメリットなんてないだろう……」
そのようなことをトレーナーさんに、ホテルへ向かう車内で言ってみたら呆れられた。まず生身でドリフトしようとする発想が信じられないらしい。
「まあ、そうなんですけど。格好いいじゃないですか」
「格好良さはともかく、それで変に外に膨らんだりしたら走行妨害取られかねんぞ? 身体に掛かる負担以上のメリットはないだろう。あるなら他のウマ娘だってやっているさ。まあ、お前なら無理なく出来るだろうが……普通のウマ娘がやったら一発で故障するわ」
……何だか言外に異常者認定された気がする。
「そんな私がおかしいみたいに言わないでくださいよ。拗ねますよ?」
「まず普通のウマ娘がお前と同じ曲がり方したら吹っ飛ぶか関節がぶっ壊れるっての……」
「確かにミニコスモスちゃんに試して貰ったときはカーブで外に吹っ飛んじゃいましたけど……」
「前科持ちかよ。もうやるなよ」
怒られてしまった。でも、言い訳させてほしい。
「でもゴルシ先輩は普通にできましたよ? これすげー良いな、他の奴らにも教えてやれよって言ってましたから」
「アイツを一般ウマ娘に含めるな……アイツは目に箸が当たっても全くの無傷なくらい頑丈だったんだぞ」
「む、私だって、山道を走ってるときに枝が目に当たったことがありますけど無傷でしたよ!」
「そこは張り合うところじゃないだろう……わかったわかった、わかったから少し落ち着け。運転中だから」
トレーナーさんに呆れられるが、頑丈さでは誰にも負けない自信があるのでそこだけは譲れない。少し掛かり気味にまくしたてようとしてトレーナーさんに宥められる。
結局ホテルに着くまで掛かりっぱなしになってしまい、自分がどれだけ頑丈なのかを語り続けてしまった。
秋華賞はスカーレット先輩の勝利で終わり、見事トリプルティアラに輝いた。そして今日はその翌々週。
『ウマ娘たちが追い求める一帖の盾。鍛えた足を武器に往く栄光への道! 天皇賞・秋!』
東京レース場、第11レース。芝2000m、左回り。ファンファーレが鳴り、ウマ娘たちがゲートに入る。
『三番人気を紹介しましょう。昨年の有馬記念覇者、トウカイテイオー。暫く療養していましたが、京都大賞典では見事な走りを見せてくれました』
三番人気はテイオー先輩。本来なら一番人気でもおかしくないはずだが、このレースは実力者揃いだ。
『二番人気はこのウマ娘。ビワハヤヒデ。今年の天皇賞・春を制しているウマ娘です。見事春秋連覇となるのか!』
昨年、BNWの一角として話題を作ったウマ娘、ビワハヤヒデ先輩が二番人気だ。有馬記念ではテイオー先輩に、宝塚記念ではスズカ先輩に遅れを取ったが、仕上がりも実力も十二分だろう。
『そして、1枠、1番、一番人気! サイレンススズカ! 奇しくもあの日あの時と同じ枠番と人気になりました。ファンの期待をその一身に背負って、今、サイレンススズカが天皇賞・秋の舞台に帰ってきた!』
そして、一番人気。あの沈黙の日曜日を思い返させる、1枠1番に、スズカ先輩は居た。穏やかな笑みを浮かべて、ゲートに入り、構える。
『各ウマ娘、一斉にスタートしました!』
『ハナを奪うはやはりこのウマ娘、サイレンススズカ! 今年に入って、ヴィクトリアマイル、宝塚記念とGⅠ二連勝中です!』
ゲートが開き、ウマ娘たちがスタートを切る。ゲートが開く音すら置き去りにする勢いで、スズカ先輩が好スタートを切り、ハナを奪う。
『速い速い。サイレンススズカ、圧倒的な速さ! あの時と同じように、いや、あの時よりも速い! 1ハロン目から全力全開、後続を置き去りにしている!』
2ハロン目から加速したあの時とは違い、今回はもう最初から飛ばしている。
『逃げウマ娘のブリッジコンプすら置き去りにして、大逃げしますサイレンススズカ。カメラを引いても後続が見えない!』
あの時の映像を繰り返すように、ぐんぐんと後続を引き離して、悠々と逃げていく。観客席に居るファンの人たちが息を呑むのが聞こえる。GⅠレースだと言うのに、いやに静かだ。
『1000mを通過して、通過タイムは……ごっ、56.9!? 短距離並みのタイムだサイレンススズカ! 以前より0.5秒も速いぞ。サイレンススズカ! 後続はもう10バ身以上離れた!』
ファンの人たちからどよめきと、不安そうな声が上がる。あの時より速い速度で走り抜けていくスズカ先輩に、あの時の姿を重ねてしまっているのだろう。
『第3コーナーを回って、第4コーナー……第4コーナーを、サイレンススズカ、先頭で回ってくる! 後ろは誰も居ない!』
だけど、その心配は杞憂だ。今のスズカ先輩には、あの時の様な事など起きない。第4コーナーを越えて、最終直線に入り、一度息を入れていたスズカ先輩は再度加速する。
東京レース場は割れんばかりの歓声に包まれて、その大きさに地が揺れる。
『サイレンススズカ、先頭! 残り400を迎えて、完全に独走! トウカイテイオーも、ビワハヤヒデも、ナイスネイチャも、マチカネタンホイザも、ウイニングチケットも届かない! 影すら踏ませることなく、異次元の逃亡者が! 今一着でゴールイン! 何と何と、GⅠで大差勝利が記録された! 後続に大差をつけてサイレンススズカ一着! 二着は2秒ほど遅れてトウカイテイオー、三着はナイスネイチャ!』
そのまま足が衰えることはなく、全く危なげなく、最初から最後までスズカ先輩が先頭のままゴールした。
『勝ち時計、1:55.2! ブラックプロテウスのレコードどころか、世界レコードをも塗り替えた! 栄光の日曜日の主役となったのはサイレンススズカ! あの時迎えることのできなかった第4コーナーを越えて、見事、世界レコードで盾の栄誉を勝ち取りました!』
レース場から、そしてレース場の外から、凄まじい歓声が鳴り響く。小さくこちらに手を振るスズカ先輩に、万雷の喝采が贈られる。
その光景に、瞳から涙が零れてしまう。胸が熱くなって、溢れる涙を抑えることが出来ない。
一ファンとして、チームメイトとして。そして、いつか乗り越えるべき大きな壁として。私はスズカ先輩のことが好きだ。その彼女が今こうして、祝福されているのを感じて、もう言葉にならない想いで一杯になる。
「あーもう、テウス! ほら、顔酷いことになってるわよ!」
近くに居たスカーレット先輩が私の惨状を見てハンカチを渡してくれる。
「あ゛り゛がどうございまずうううううう……」
泣きすぎてもう声がおかしくなってしまっているけど、そんなことを取り繕う余裕がない。流石に鼻をかんだりはしないけど。
周りの先輩たちも口々にスズカ先輩を褒め称えている。きっとスズカ先輩が聞いたら尻尾まで真っ赤になりそうだ。
「ふう、少し安心したな……ほらお前ら、スズカのところ行くぞ? ちゃんと直接褒めてやらないとな」
トレーナーさんに先導されてウィナーズサークルでファンサービスを行っているスズカ先輩の元へ皆で向かう。ついてそうそう皆で口々におめでとう、とまずは祝福を送った。
「ふふ、ありがとう、皆」
「もぉー……スズカってば速すぎるよぉー……」
テイオー先輩がヘロヘロになりながらウィナーズサークルの方に来た。あのハイペースに食らいつこうとして大分消耗してしまっているようだ。
「テイオー先輩、大丈夫ですか? 支えましょうか?」
「んー、気持ちだけ受け取っとくよ、ありがとテウス。でも、世界レコードでぶっちぎられちゃったら悔しさより驚きの方が大きいなあ……」
「? 世界レコード……? 誰が?」
スズカ先輩がきょとんとしている。
「誰がって、スズカに決まってるじゃん!? まさか気付いてなかったの!?」
「とっても気持ちよく走れたなとは思ってたけど、まさかレコードだったなんて……」
「ワケワカンナイヨー⁉」
スズカ先輩が天然でボケているのに突っ込んでいるテイオー先輩を見てつい笑ってしまう。先輩たちらしいなあ、とちょっとほっこりしてしまった。
「もー、しっかりしてよね! ほら、控室行くよ!」
「あ、うん。行くわ。それじゃ皆、また後で」
ウイニングライブの準備に向かうスズカ先輩とテイオー先輩を見送り、私たちもライブ会場へ向かう。ちなみにチームメンバー特権で一番いい位置を確保している。
天皇賞のウイニングライブ曲は、『NEXT FRONTIER』だ。頂点を目指し、そしてそこに駆け上がったモノだけが立てる、覇者のための舞台を飾る、熱に溢れた曲だ。
いつか私も、ああやって、あの舞台に立てる日が来るんだろうか。いや、あの舞台に、立ちたい。その為にも、次の日曜のレースは今まで以上に負けられない。
センターでポーズを決めるスズカ先輩を見ながら、決意を新たにする。
――その当週、木曜日。最終出バ投票の際、私が次出走する予定であった百日草特別の登録は、私含めてわずか3人。その為、百日草特別は競走取りやめになってしまったのだった。
参考タイム
芝2000m世界レコード クリスタルハウス(1999年9月26日 クラブイピコ競馬場 1:55.4)
芝2000m日本レコード トーセンジョーダン(2011年10月30日 東京競馬場 1:56.1)
10/22追記
秋華賞を阪神レース場で行うという記載をしていましたがダスカとウオッカの秋華賞は京都レース場(基本的に秋華賞は京都開催で今年と来年は改装の影響で阪神開催)とのご指摘をいただいたので本文を修正しました。ご指摘いただいたHIROKI3812様、ありがとうございました。
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