漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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( ˘ω˘) 日に日に執筆ペースが落ちていく恐怖


第二十三話 取材

 

「チームスピカに取材……ですか?」

 

 12月に入ってすぐ、いつも通り坂路でタイヤを引いていると、トレーナーさんから声を掛けられた。

 

「ああ、今年に入ってスカーレットはトリプルティアラにエリザベス女王杯、ウオッカはダービー、スズカはヴィクトリアマイル、宝塚記念、天皇賞、マイルCSで勝ってるだろ? 注目度が高いってこともあって、チームスピカに各社から一日密着取材のオファーが来てるんだが……受けるか?」

 

 先日のスカーレット先輩が勝ったエリザベス女王杯は、ウオッカ先輩が右関節痛によりエリザベス女王杯は回避しているので決戦とはならなかった。順当にスカーレット先輩が制し、トリプルティアラに加えてもう一つのティアラを手にした。

 ウオッカ先輩はジャパンカップに挑んだのだが4着に終わってしまっている。

 二人とも次は有記念を予定しており、今年最後の決戦がそこで行われる。シニア級の先輩たちにどれだけ食らいついていけるのかが期待されている。

 

 スズカ先輩はスズカ先輩で、危なげなくマイルCSを制した。最初から最後まで影を踏ませることもなく逃げ切っている。今年に入ってこれで4戦4勝、最優秀シニア級ウマ娘及び年度代表ウマ娘の第一候補に躍り出ている。有記念は距離不安から回避する予定だとのことだが、出走を望むファンは多いだろう。

 

 そんなこんなで活躍している先輩たちが多いので、取材の依頼が入るのは当然だろう。

 

「はい、是非受けさせてください。いつも通りでいいんですよね?」

 

 密着取材を受けるのは初めてである。レース後にインタビューを受けたりしたことはあるけれど、トレーニングをしっかりと取材されたりするのは初めてだ。それでも聞かれること、見られること自体はそう変わらないだろう。

 

「理事長からもありのままの姿をと言うことで言われてるからな……それでいいが、あんまり張り切りすぎるなよ?」

「だ、大丈夫ですよ……も、もうあんなに掛かったりしませんから……」

 

 トレーナーさんに釘を刺されてつい目をそらしてしまう。正直、あのレースのことはほとんど覚えていない。ゲートが開いて走り出したところまでは覚えているのだが、そこから先は頭が真っ白になってしまっていて、少し疲れて息を入れようと思って周りを見たら誰も居ないのに混乱して、掲示板を見てレースが終わったことがわかり血の気が引いた。

 

 トレーナーさん曰くすごいパワーで走っていたからあの時の走りをモノにしようと言われたのだが、レース映像を見て再現しようとしてもどうにもうまくいかなかった。

 脚が空回りしてしまうような感じになってしまって逆に減速してしまったり、加速できてもスピードを抑えきれずにコーナーで思いっきり外によれてしまったり散々だった。

 コーナリングは得意なつもりだったのだがまだまだ未熟だということがわかり、収穫はあった。一応最終直線でなら使えなくはないし……

 いまだに先輩方には勝てないし、私にも何か一つか二つ武器が欲しいと思ってはいるのだが……

 

「よし、これで全員OKだな……取材は明日だから、準備しておいてくれ」

「はい、わかりまし……え、明日!? そんなに急なんですか!?」

 

 明日は土曜なので授業は休みだ。だから一日トレーニングの予定ではあったのだが、流石にいきなりだと……

 

「すまん! 年末で忙しくて連絡し忘れてた!」

 トレーナーさんが素直に頭を下げる。基本的に仕事は出来る人なのだが所々配慮に欠けるところがあるのは流石にどうにかした方がいいんじゃなかろうか。

 

「別に私は構いませんけれど……お仕事、溜まっているなら手伝いますよ?」

 年末年始は書類が沢山出ると聞いた。多少なら手伝えると思うのだが……

「ありがとな。でもいいよ、気持ちだけ受け取っておく。猫の手も借りたいところではあるが、見せられない書類とかもあるしな」

 

 ぽんぽんと私の頭を撫でてからトレーナー室の方へ去っていく。

 

 それにしても、密着取材か……どんな取材になるんだろう? ちょっとワクワクしちゃうかも……

 

 

 

 

「おはようございま……す?」

 

 翌日、いつも通りの時間に早朝トレーニングを始めようとすると、部室にはすでにトレーナーさんがいて、他にも数名のスーツを着た人物が居た。

 

「おう、来たか。こちら記者さんたちだ。ほら、挨拶挨拶」

「あ、はい! おはようございます、ブラックプロテウスです! 本日はよろしくお願いします!」

 

 目の前にいる三人の記者さんに挨拶をして、深く頭を下げる。初対面の人たちばかりで少し緊張してしまいそうだ。

 

「よろしくお願いします。週刊ガゾンの善沢です」

「おはようございます、月刊ラーゼンの最上です」

「おはようございますっ! 月刊トゥインクルの乙名史です! 本日はよろしくお願いしますね、ブラックプロテウスさん!!」

 

 最初に名乗ったガゾンの記者さんは、眼鏡を掛けて帽子を被った壮年の男性、ラーゼンの記者さんは黒い髪を短く切りそろえた、穏やかそうな女性。彼女も帽子を被っている。

 そしてトゥインクルの記者さんは長い黒髪で、蹄鉄型のペンダントが特徴的だ。そしてちょっとテンションが高い。

 

「えっと、普通にトレーニングしてくればいいんですよね? 着替えてもいいですか?」

「はい、どうぞ! 私たちは外で待っていますので!!」

 

 乙名史記者が答えて他二人の記者と、トレーナーさんを連れて出て行ってしまう。全員苦笑いしているくらいだから、きっと彼らには慣れたことなんだろう。

 朝からあんなテンションで、スタミナ持つのかな……? 少し心配に思いつつも着替え始める。

 いつも通り、体操服の下にギプスを付けて……

 

「あっ……」

 

 付けようとしたら、パキンととても軽い音を立てて部品が破損してしまった。

 実は慣れてきたころから何個も破損させてしまっていて、タキオン先輩から今あるのはこれで最後だと言われていた分だ。今日はもう素のままで練習するしかない。

 後でタキオン先輩に謝らないと……変な薬一本飲むだけで許してくれるけど、申し訳なさで一杯である。

 ひとまずパパっと着替えて部室を出る。最近は寒くなってきて辛いので、上下ともにジャージを着ている。途中で暑くなって脱ぐことがあるので、下には夏用の体操服も着ているけど。

 

「お待たせしました。えっと……トレーニング始めてもいいんですよね?」

「ああ、いいぞ。確か坂路だったよな」

「ちょ、ちょっと待ってください。一人だけなんですか? 他の娘たちは?」

 

 ガゾンの記者さん、善沢さんが困惑したように辺りを見回している。

 

「今日の集合は9時なんですよ……今からこいつがやるのは自主トレですね。毎日この時間から始めています」

「まだ5時半ですけど……ストイックなんですねえ」

「そんなストイックなウマ娘のために自らもそれに最後まで付き合う覚悟をしているんですね……!!」

「乙名史さん? まだ始まったばかりですから落ち着きましょう?」

 

 記者さんがトレーナーさんたちと話しながらこちらを見ている。なんだかちょっと調子が狂うなあ……

 

 

 

 準備運動を済ませ、いつも通り坂路トレーニングを始める。今日はギプスもないし、回数をこなそう。坂路ダッシュ20本くらいからでいいかな……記者さんもいるし、なるべくいろんなトレーニングを見せた方がいいんだよね?

 

 軽く3本程度流して走ってから、残りを全力ダッシュする。やっぱりちょっと負荷が足りない。大体一回50秒前半台で駆け抜けて、少しだけインターバルを入れつつ往復する。坂路は全体で1200mくらい、タイムが測れるのはその内の4ハロン、800mくらいだ。大体一回走って戻ってくるまで2分と言ったところだろうか。インターバルを入れて大体一回当たり3分と言ったところである。

 

 最初の数本はトレーナーさんたちと談笑しながら見ていたが、10本を超えたあたりでざわざわとし始めて、15本を超えたあたりで静かになってしまっていた。

 

「ふう……あれ、どうかしましたか? あ、流石にずっと同じトレーニングを見てると退屈しちゃいますよね、ごめんなさい」

 

 走り終わってから気が付いたが、流石に一時間近く坂路を見ているのは飽きてしまうだろう。ちょっと配慮が足りなかったかな……

 

「いや……そういうことじゃないと思うがな……まあいい。ほら、水分補給はちゃんとしろよ?」

 

 トレーナーさんが苦笑いしながらドリンクのボトルを渡してくれる。

 

「ありがとうございます。えっと……次はウッドチップの予定だったんですけど……少なくした方がいいです?」

 

 トレセン学園のウッドチップトレーニングコースは一周約2000m。大体一時間くらい走る予定だったので出来て20周くらいだろうか。

 ただ、記者さんたちが呆然としているのがちょっと困る。乙名史記者だけは目をキラッキラさせているけれど……

 

「いや……もう遅いだろ。好きに走ってくれ。チーム全体トレーニングになったら正気に戻るだろうし……」

「わかりました! ウッドチップが終わったら芝とダート、それぞれ一時間くらい走りますね!」

 

 集合は9時だったはずなので、ウッドチップ、芝、ダートの三つのコースを一時間弱ずつくらい走ればちょうどいい時間になるはずだ。

 

 トレーナーさんにボトルを預けて、ちょっと暑くなってきたのでジャージを脱ぎ、畳んでからウッドチップコースへ向かう。坂路コースのすぐ隣なのですぐに辿り着ける。

 脱いだ時にちょっと乙名史記者の目が怖かった。パドックで他のトレーナーさんが私を見るときの目に似ている。仕上がりを確認されているのだろうか……

 

 記者さんたちの反応を置き去りにして、12月の冷たい風を浴びながらコースを駆ける。夏の日差しを浴びながら走るのもいいけど、冬の冷たい風を浴びながら走るのもいいものだ。身が引き締まる思いになる。

 やっぱり走るのはとっても気持ちよくて好きだ。ウッドチップも、芝も、ダートも、ポリトラックも、全て走り心地が違って、全然飽きない。

 何千メートル、何万メートルでも走れてしまいそうだ。流石にずっと全力疾走はできないけれど、駆け足よりちょっと速いくらいなら4時間くらいはぶっ続けで走っていられると思う。勿論途中で水分補給とかは必要になるだろうけれど……

 

 何周か走った後、ちらりと横目でトレーナーさんたちの方を窺う。流石にプロということなのか、記者さんたちは正気を取り戻してトレーナーさんを質問攻めにしているようだ。

 何を話しているんだろう……集中すれば聞こえるだろうけど、流石に走っている途中に他事に集中するのは危ないのでやめておく。

 トレーナーさんが強要しているとか思われないと良いんだけど……ちょっと他人に誤解されるところがある人だから心配である。大人だし大丈夫だと思うけど。

 

 

 

 

「ふう、終わりました! そろそろ時間ですよね?」

 

 8:30にセットしていた腕時計のアラームが鳴ったので、ダートコースを走るのをやめトレーナーさんのところへ合流した。

 

「おう、そうだな。あと30分くらいはあるが……」

「流石に一回汗を流してきたいので。先輩方の前に汗びっしょりで出るわけにはいきませんから」

「アイツらは気にしないと思うがなあ……わかった。じゃあまた9時にな」

 

 気にされる気にされないの問題ではなく、私が気にするのだ。

 

「あ、あの……ブラックプロテウスさん? 何か身体に問題とかは……」

「全然大丈夫ですよ? ご心配していただいてありがとうございます」

 

 荷物をまとめていると最上記者が話しかけてきた。ちょっと心配をかけてしまっただろうか、申し訳ない。なるべく心配をかけないよう笑顔で接することにしよう。

 

「で、でも……100kmくらいは走ってますよ、ね……?」

「詳しくは測ってないですけど、多分? でも、全力で走っていたわけじゃありませんし。所々で水分補給もしていましたから」

 

 子供の時に走りすぎて脱水症状を起こしてからは水分補給はしっかりするようにしている。私としてはちょっとふらふらするな程度の事だったのだが、おじいちゃんに怒られてからは気を付けている。流石に生物の枠をぶっちぎっているというわけではないらしい。

 

「毎日のようにこんなトレーニングを? オーバーワークなのでは?」

「うーん……でも、私がやりたくてやってることですから、そう思ったことはないですね。好きなだけ走ってるってだけで……」

 

 他の娘より走ってるだろうなとは思っているけれど、ただ単に走ったりするのが好きなだけだ。それが高じて筋トレとかのトレーニングも好きになったと言うだけで、そこが原点である。

 

「そ、そうなんですね……あ、呼び止めちゃってすみません!」

「いえ、大丈夫ですよ。他に質問がなければ行きますけど……大丈夫そうなので行きますね」

 

 一礼してからシャワー室へ向かう。今日のチームトレーニングの予定は午前中はプールトレーニングだから、水着も取ってこないと……そう思うと、記者さんたちの前で水着姿を見せるのか……学校指定の水着だからまだいいけど、少し恥ずかしいな……

 ちょっと憂鬱になりながらも一度寮に戻るのだった。

 

 

 

 

「トレーナーさん! 取材はいいですけれどなんで今日プールトレーニングにしたんですの!?」

「いや、悪かったって言って……ぐわああああ!!?」

 

 集合時間になって部室に集まると、トレーナーさんがマックイーン先輩にロメロスペシャルをキメられていた。一か月に一回は見る光景なので、慣れたものである。

 

「ちょっと恥ずかしいけど、ボクは大丈夫だよ? このテイオー様は体型管理もカンペキだからね!」

「私は昨日食べ過ぎちゃったのでちょっと恥ずかしいです~……」

「スペちゃん、だからあれほど食べ過ぎない方がいいって言ったのに……」

 

 先輩たちはそれぞれ違う反応を示している。ちなみにスカーレット先輩とウオッカ先輩はプール一番乗りをかけて競り合いながら先に行ってしまった。

 ゴルシ先輩はスキューバダイビングの装備を取りに行ってくると言って何処かに行ってしまった。ゴルシ先輩のプールトレーニングとはいったい……

 

「マックイーン先輩、そのあたりで……外で記者さんたちをお待たせしていますし……」

「そうですわね……今日はこのくらいにしてあげますわ! でも、次からもっとスケジュールを考えてくださいまし!」

 

 マックイーン先輩がトレーナーさんをその場に解放する。トレーナーさんはすぐに起き上がったのでダメージは少なそうだ。

 

「よ、よし。じゃあ今日は午前中はプールトレーニング、午後はジムで筋トレだ! 変に気取る必要はないから、いつも通りで頼むぞ!」

 

 トレーナーさんの合図でみんなで部室から出てプールに向かう。向かっている最中色々聞かれたけど、特に当たり障りのない返答をしていた。

 大体聞かれたのはレース予定についてだが、予定については発表しているホープフルステークスが予定だったし、テイオー先輩は有記念、マックイーン先輩はまだリハビリ中、スペ先輩はWDTが目標だ。

 スズカ先輩についてはドリームシリーズに行くのか、それとももう一年トゥインクルシリーズで走るのかまだ決めかねている。学園の理事会からはドリームシリーズ移籍を勧められているそうだが、そのあたりはウマ娘の意思に任されている。

 そのような話をして、ゆっくりとプールへ向かうのだった。

 

 

 

「アタシが一番なんだからあああああ!」

「オレだって負けねええええ!!!」

 

 着替え終わって、スカーレット先輩とウオッカ先輩が競って泳いでいるのを見ながら準備体操をする。

 ちなみに記者さんたちは水飛沫がかからないような場所からの取材だ。カメラなどに水がかかったら大変だし、手帳が濡れてしまうと取材にならないだろう。

 乙名史記者だけは自分も水着に着替えて取材するつもりだったようだが、流石にトレーナーさんに止められていた。

 

 

「よーしテウス! 今日は飛び込み台からダイビングだ!」

 

 麦わら帽子を被ってシュノーケルと浮き輪を装備し、シマシマのウェットスーツを着たゴルシ先輩にいきなり抱えあげられる。

 

「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってください。降ろしてえ!」

 

 浮き輪を放り投げたと思うと私を抱きかかえて10mの飛び込み台まで連れていかれる。高所恐怖症ではないがちょっとヒュッとなってしまう。心の準備が……

 

「ウマ娘は度胸だZE☆ いくぞおおおお!」

「二人で飛び込むのは危険でっ、うわあああああ!!」

 

 そのまま抱きかかえられたまま飛び込まれる。ゴルシ先輩はお腹から、私は背中から大きな水飛沫を上げて水面に落下した。

 

「げほっ、げほっ、散々な目に遭いました……」

 

 痛む身体を動かして何とか泳いでプールサイドに辿り着き、息を整える。ゴルシ先輩は水面にぷかぷか浮かんでいた。まあたぶん大丈夫だろう、ゴルシ先輩だし。

 

「て、テウスちゃん……大丈夫?」

「大丈夫です。ゴルシ先輩も私が頑丈だからって無茶しますよね……」

「ウソでしょ……何であれで無事なの……?」

 

 スズカさんが困惑しているが無事なんだから良いと思う。ゴルシ先輩だっていつの間にか復活して今度はマックイーン先輩に絡んでいるし。

 

「全員集合! ……とりあえず真面目にトレーニングしような? 全員でまずはウォーキングからな?」

 

 トレーナーさんが呆れたように全員を集めて、トレーニングを指示する。サボっているように言われるのは心外だが……まあいいか。

 

 

 

 

 

 お昼ご飯を食べ終わって、ジムトレーニングに移行する。プールトレーニングではゴルシ先輩があの後なぜか真面目にトレーニングをしていたのが不気味だった。いつもならプールの上にボートを浮かべて一人でリバーシしたりしているのに……取材の目があるからだろうか?

 

 ひとまずはベンチプレスでトレーニングを始めよう。スズカさんはランニングマシンだったり、スカーレット先輩はウオッカ先輩とバイクでトレーニングしていたりとそれぞれ好みのトレーニングからしている。一応トレーナーさんに目安のトレーニング量は指示されているけれど、順番は好きにしろと言われてしまったのでばらばらだ。

 

 私はベンチプレスからだ。最終的には500kgでトレーニングする予定だ。500kgなのは、それがトレセン学園にある最大の重量というだけであって、それ以上上げられるウマ娘も居るだろう。オグリ先輩とか多分出来そうだ。

 

 都度インターバルを空けて、100回を3セット行う予定だ。200kgで軽くアップした後に少しずつ重量を上げていく。やりすぎてもいけないし、上半身だけ鍛えても仕方ない。この後はレッグプレスとかレッグエクステンションなどの下半身のトレーニングを行う予定だから、セット数は少なめだ。

 レッグエクステンションは膝を痛めやすいので行わないウマ娘も居るが、私は遠慮なく行う。

 人間は筋肉をつけすぎても走るのに支障が出るというが、ウマ娘ではそういうことはない。腹筋がうっすら割れる程度になったりはするが、ボディビルダーみたいにバッキバキになったりしないのだ。ウマ娘の身体には様々な神秘があるが、どれだけトレーニングしても外見がほとんど変わらないのはちょっと嬉しい。

 

 

 

「素晴らしいですっ!!!!!」

 

 考え事をしつつベンチプレスを上げているとジム中に大声が響き渡った。驚いて潰れそうになってしまったのはちょっとヒヤッとした。

 声がした方を見てみると、マックイーン先輩と二人三脚でリハビリトレーニングをしていたトレーナーさんに乙名史記者が感極まっていた。手帳とペンを握りしめて興奮している。他二人の記者さんはついに耐えられなかったかと言わんばかりに頭に手を当てて天井を見上げていた。

 

「ウマ娘の為であれば自らも過酷なリハビリにも身を投じ、苦しみも喜びも分かち合う覚悟……素晴らしいですっ!!!!!!」

「いや、ちょっと見本を見せていただけで全く同じことをするってわけじゃ……聞いてないなこれ」

 

 トレーナーさんが困ったように頭をガシガシ掻いている。その後もまくしたてる乙名史記者を落ち着かせるためか、記者さん二人が両脇を抱えて出て行ってしまった。取材は……いいんだろうか……?

 

 少し心配に思いつつもトレーニングを再開する。他の記者さん二人はすぐに戻ってきたが、乙名史記者が戻ってきたのはトレーニングの終わりで皆でストレッチをしている所だった。

 何とか落ち着いてはいたもののテンションは高く、戻るなり早々にトレーナーさんを質問攻めにしていたのは少し面白かった。

 

 

 

 

 

「本日はありがとうございました! 記事を楽しみにしていてください!」

 

 17時ごろ、今日予定しているすべてのトレーニングが終わり、乙名史記者がこちらに笑顔で挨拶してくる。他二人の記者さんは乙名史記者を止めるのに大分体力を使っていたので疲労困憊の様子だ。逆に彼女は何でこんなに元気なんだろう……

 

「お疲れさまでした。えっと……この後自主練する娘も居ますが、見ていかれますか?」

「勿論ですともっ!!!」

 

 乙名史記者は即答で返事をしている。他の記者さんたちは疲れた様子ではあったが、そこはプロ根性とでもいうのか彼らも最後まで取材を続けるようだ。

 

「ちなみに、そのトレーニングする娘は? トウカイテイオーとか、ダイワスカーレットとかウオッカとかでしょうか?」

「あの娘たちはちょっとオーバーワーク気味なので、この後は休ませます。自主練するのはブラックプロテウスですよ」

 

 今日のトレーニングはかなりハードだったので、ゴルシ先輩以外は終わった後結構疲れていた。ギリギリまで追い込まれた、と言う感じだ。トレーナーさんは必要とあらばハードトレーニングを課すことも辞さないので、そのあたりは結構スパルタである。

 

「え、ブラックプロテウスさんって朝も結構なトレーニングしてましたよね……? どれだけのトレーニングをしてるんですか……」

「流石にオーバーワークでしょう……休ませた方がいいのでは?」

「素晴らしい、素晴らしいです! ジュニア級のレコードホルダーでありながら現状に満足せずスパルタに自分を追い込むウマ娘、そしてそのウマ娘のトレーニングにいつまででも付き合い、レースの後の疲労回復は名湯巡り、水が飲みたいと言えば、山まで汲みに行くようなその姿勢! 素晴らしいですっ!!!」

 

 記者さん二人は私のオーバーワークを心配してくれる。乙名史記者は平常運転と言ったところだ。この人はもうこういう人なんだな、と今日一日で分かってしまった。

 

「私は全然大丈夫です。ただ、坂路を2時間くらい走るだけなので少し退屈させてしまうかもしれませんが……」

 

 いつも通りタイヤを付けての坂路トレーニング予定なので、朝とあまり代わり映えせずに記者さんたちを退屈させてしまうかもしれない。基本ただ走っているだけだからなぁ……

 

「いえそういうことでは……ああもう、最上さん! ちょっと乙名史さん大人しくさせて!」

「は、はい! ほら、乙名史さん、どうどう……」

 

 善沢記者が困惑しながら答えてくれるが、暴走する乙名史記者が騒ぎまくっているのでとりあえず最上記者に止めてもらうように依頼している。もう放っておいてもいいと思うんだけど……

 

 記者さんたちにオーバーワークではないことを説明して、わかってもらえたかはわからないけれどトレーニングを始める。終わった後問題ないことを確かめてもらえば大丈夫だろう。

 

 すっかり定位置になってしまったスタート地点にある巨大タイヤをコース内に引き込み、ベルトで装着してから走り始める。ちょっとカーブを曲がるのが大変なのだが、そこはもう慣れたものである。

 

 その光景に呆然とする記者さんたちに最後まで気付くことなく、楽しくタイヤ引きを続けるのだった。




( ˘ω˘) 記者さんたちには元ネタがあります。

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