漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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( ˘ω˘) 最近忙しいのとスランプなのが重なっています


第二十四話 ホープフルステークス

 

 

 

 取材が終わってから時が経ち、年末。有記念を終えて、ついにジュニア王者を決めるレース、GⅠホープフルステークスの日がやってきた。

 取材の内容が記事になるまでには少し時間がかかるらしく、年明け発売になるらしい。でも一つはもう発売されているとトレーナーさんは言っていた。その雑誌は貰ったけど中身はまだ見ていないので、年越しにでもゆっくり見ようと思っている。

 

 有記念は結局、スズカ先輩は距離不安から、テイオー先輩は脚部不安から回避したため、チームスピカから出走したのはスカーレット先輩とウオッカ先輩になった。

 スカーレット先輩は2着、ウオッカ先輩は11着に終わってしまったが、決して悪くないレース展開だったと思う。きっと先輩たちにも得るものは多かっただろう。

 宝塚記念のウオッカ先輩にも言えることだが、クラシック級とシニア級のウマ娘には壁があると言うことだろう。時にはその壁を越えるウマ娘も居るが、やはりその壁は高い。

 

 

 

 

 今日のレース、ホープフルステークスは芙蓉ステークスと同じ中山レース場、芝2000m右・内回り。ここ十日間ほど降り続いている長雨の影響で、バ場状態は重を通り越して不良である。

 それでもGⅠであるということもあって、この雨の中客入りは満員どころか、レース場の外にすら観客さんたちが詰めかけているというし、相当な盛り上がりなのだと思う。年末だとは言え今日は平日なのに、ありがたい限りである。

 距離的には2000mとなるが、中山レース場の直線入り口からのスタートとなり、直線のスタート直後とゴール前の二度上る設計となっている。距離適性に加えスタミナも試されるレースになっており、翌年の皐月賞と同じコースで、皐月賞に直結されやすいレースになる。

 今日の私は5枠6番。13人が出走登録しているレースなので、ちょうど真ん中付近になる。これも芙蓉ステークスの時と同じ番号で大体同じ位置なので、あの時と同じ走り方でいいだろう。最初から先頭に立って逃げ切れれば最善だが、無理に前に出る必要はない。後方に位置したとしてもコーナーで仕掛ければ十分勝負出来ると思う。

 不安なのは今日が不良バ場というところだろうか。一応不良バ場でも走れるようにトレーニングはしているが、今日どれくらい芝が滑るのかが心配だ。

 

 もう一つのジュニア王者を争うレースの、朝日杯フューチュリティステークスはフジキセキ先輩が勝者となった。序盤少し引っかかる素振りを見せていたが、最終直線で楽に先頭に立つと、そのままクビ差を守り切った。偵察としてレース場で見ていたのだが、凄まじい瞬発力だった。脚を使い切った感じもなく、まだ余裕といった感じだったのが末恐ろしい。

 

 中山レース場の控室で、勝負服に着替えて鏡の前に立つ。黒い着物に、黒い袴。トレーナーさんに貰った白い耳カバーを付ける。パドックに出ていくときは上から青色のストールを羽織っていっている。

 耳カバーについては観客の声援で掛かってしまう私にトレーナーさんが対策としてくれたものだ。正直防音と言う点ではあまり効果がないのだが、折角用意してもらったので着けている。真っ白な耳カバーなので、汚れとか目立ちそうで正直使い辛かったのだが、貰った以上は使わないとトレーナーさんががっかりしてしまうだろう。

 薄く桜の模様が入っていたりしてちょっと可愛い。トレーナーさんにこんなセンスがあったとは驚きである。

 

 

 

『さあ、今日の一番人気、5枠6番ブラックプロテウスが出てきました!』

 

 時間になったので、地下バ道を進んでバ場に出ていく。雨足は弱いがそれでも降り続いている。ダートコースの方を見てみるとまるで田んぼのようになってしまっていて、凄く走りづらそうだ。

 芝の方はどうかというと、軽く走ってみた感じぬかるんで滑りやすい気がする。スピードが出にくく、スタミナとパワーが結構持っていかれそうだ。

 

 感覚を掴もうと周りを見ながら軽く走っていると、トレーナーさんと目が合った。今日トレーナーさんからは好きに走れと言われている。まあ正直作戦を言われても実行できる自信がないので、好きに走れと言ってくれるのはありがたい。

 合羽を着た先輩たちがこっちに手を向けて何かしら唱えているのが少し不気味だけど、まあきっと応援してくれているのだろう。

 

 

 

 

 

『誰をも魅了し、心を奪う希望の星が誕生する! ホープフルステークス!』

 

 暫く走って感覚を掴んでいると、ファンファーレが鳴り始める。私にとっては初めて、ターフの上で受けるGⅠのファンファーレ。逸りそうになる心を深呼吸して落ち着けて、ゲートに入る。

 

 いつも発走前に話しかけてくるリボンマンボ先輩も今日は集中していて、ただ前だけを見つめている。私と同じ黒鹿毛のウマ娘、タヤスツヨシ先輩も、ミントドロップ先輩も目の前のレースだけを見ている。

 

『3番人気はこの娘です、リボンマンボ!』

『この評価は少し不満か? 2番人気はこの娘です、タヤスツヨシ』

『スタンドに押し掛けたファンの期待を一身に背負って、本日の1番人気ブラックプロテウス!』

 

 目を閉じて、胸に手を当てて、ぐっと肩に力を入れて、ゆっくり力を抜きつつ深呼吸する。私がいつも行っているゲート時のルーティンだ。皆はどういう風にゲートの緊張をほぐしているんだろう……

 

『各ウマ娘ゲートに入って、体勢整いました』

 

 スタートに備えて構える。しんと静まり返ったゲート内に、私たちの息遣いだけが聞こえてくる。

 

『さあ、ゲートが開いた! 各ウマ娘綺麗なスタートを切りました。期待通りの結果を出せるか、1番人気ブラックプロテウス! 今日も快調に飛ばしています!』

 

 ゲートが開いて、スタートを切る。今日のスタートは100点満点中80点と言ったくらいだろうか? 毎回このスタートが切れれば合格点かな……

 

 スタート直後の急坂を上って1コーナーから2コーナーへ向かう。今日はそれほど後続とは距離を離せなかった。

 

『2番手の位置で様子を窺うのはリボンマンボ、その内並んでフリルドレモン。そしてその後方にはレプリケーション。この辺りまでで先頭集団を形成しています』

 

 コーナーをいつも通りスピードを落とさずに曲がろうとするけれど、やはり滑る。でもパワーを込めて走れば大分マシだ。いつもよりスタミナも使うけれど、2000mであれば全く問題ない。いつも通り、最初から最後まで逃げ切って見せる。

 

『先頭は相変わらずブラックプロテウス! いつも通り逃げていきます。続いてリボンマンボ、うしろフリルドレモン、レプリケーション4番手。3バ身ほど離れてビーティングパルス。外からフリルドライム。注目のタヤスツヨシとミントドロップは共に最後方となっています』

 

『1000mを通過。通過タイムは60秒ジャスト。平均タイムですが、今日は不良バ場! そう考えると大分ハイペースです。ですが他のウマ娘も負けていません。今日こそは逃げ切らせまいと必死に追いすがる!』

 

 ちらりと後ろを見るとぴったりとリボンマンボ先輩がついてくる。他の先輩たちも追ってきていて、思ったより差がない。

 

『先頭は変わらずブラックプロテウス。だがここでリボンマンボ、外から並びかけてくるぞ! 他のウマ娘も距離を詰めていく。ついに捕まるかブラックプロテウス! だがここからは彼女の得意なコーナーだ!』

 

 バックストレッチで並びかけられ、コーナーに入る。思ったより、先輩たちが速い。気迫が横から、背中から伝わってくる。

 

 このままだと、追い抜かれる……負ける? 息が詰まって、背中に嫌な汗がジワリと伝う。今まで、先頭で逃げていてここまで詰められたことは、一度抜かされたこともあった選抜レース以来だろうか。

 

 

 

 ギリ、と歯を食いしばる。前を向いて、脚に力を籠める。無理だなんて、口が裂けたって、絶対に言わない。言ってやるものか。

 

――負けない。負けられない。負けたくない! 誰よりも、速く。誰よりも先頭で! 

 

 強く一歩を踏み出す。途端に世界が静かになって、周りの景色が色を失う。感じていた先輩たちの気迫も、今は感じない。すっと頭が冷えているのに、胸や脚は燃えるように熱くなっていく。

 今まで走り辛かった、この不良バ場の芝が、凄く走りやすく感じる。芝を蹴ると、まるで良バ場になったかのようにスピードに乗れる。

 コーナーでもそれは同じで、滑ってしまいそうだった感覚がなくなり、今までと同じくらい、いや、それ以上に曲がりやすい。

 これなら、空回りしてしまって使い切れなかったあのパワーも制御しきれる!

 

『一時は並ばれたブラックプロテウス、得意のコーナーで後続を引き離していく! 速い速い、不良バ場とは思えないスピードでコーナーを曲がり切り、最後の直線へ! 中山の直線は短いぞ。後ろの娘たちは間に合うか!』

 

 胸は燃えるように熱いけれど、息はしやすい。脚が軽くて、いくらだって脚が回る。もっと、もっと行ける! どこまでだって! 今なら空にだって駆け上って行ける!

 

『ブラックプロテウス先頭! 200を通過、大きく水飛沫を上げながら最後の坂を駆け上っていく! ブラックプロテウス、脚色は衰えないどころかここから更に伸びる! 後続を引き離して、これは決まった! 大楽勝だ! 今1着でゴールイン! やはりこのウマ娘はモノが違う! ブラックプロテウス、一等星の輝きを見せクラシックへと繋がる道へ第1歩を踏みだした! 2着はタヤスツヨシ、3着はリボンマンボ!』

 

 ゴール板を先頭で駆け抜けると、感覚と景色が元に戻る。大きな歓声と、少しの雨音が私の世界に戻ってくる。

 

「わぶっ!?」

 

 感覚が急に元に戻ってきて脚が滑ってしまう。べちゃっと音を立ててターフに顔から突っ込み、そのまま少し滑っていく。

 

『おっとブラックプロテウス、転倒してしまったぞ大丈夫か? 周りのウマ娘も心配そうに見つめています。起き上がらないぞ、大丈夫なのか!?』

 

 ああああ、は、恥ずかしい! 折角勝ったのに何で最後にこんな、こんな! なんて締まらない……!! なんてダメなウマ娘なんだ私は……!!

 

「ちょ、ちょっと。ブラックプロテウス? 大丈夫なの?」

 

 心配してリボンマンボ先輩が駆け寄って、抱き起こしてくれる。大丈夫、大丈夫なんだけれど……

 

「だ、大丈夫です……恥ずかしくて起きれなかっただけで……このまま中山のターフに埋めてください……」

 

「何言ってんのよ……これから貴女が行くのはターフの下じゃなくて、ウィナーズサークルでしょ。ほら、泥拭ってあげるから、勝者の義務を果たしてきなさい」

 

 リボンマンボ先輩が自分の勝負服の綺麗なところで顔に付いた泥を拭ってくれる。背中をポン、と叩かれてサークルの方に送り出される。

 

「あ、ありがとうございます! 行ってきますね、先輩!」

 

 先輩に頭を下げてからウィナーズサークルへ向かう。辿り着いて観客席を見渡すと、今までで一番大きな拍手と歓声が私を迎えてくれた。

 会場が震えるくらい大きい声で、一人一人が何を言っているのかは聞き取れなかった。

 

 何か決めポーズを取ろうと出走前には思っていたのだが、感極まってしまって頭が真っ白になる。胸に手を当てて深呼吸して、いつも通り深く礼をする。応援してくれた事に対するお礼、勝利を祝ってくれたことに対するお礼、色々な想いを伝えるのはきっとこれが一番だろうと思う。ただ、ずっとこのポーズだと代わり映えしないし、今度テイオー先輩辺りにおすすめのポーズを聞いてみよう。

 

 観客席に軽く手を振ってから、ウィナーズサークルを後にする。この後はウイニングライブだ。

 

 ……ライブまでに泥汚れ、落ちるかなあ……?




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