第二十五話 新年
「ごー、よーん、さーん、にー、いーち……」
『あけましておめでとうございます!!!』
スピカの部室で皆で集まって年越しパーティをしている。ゴルシ先輩が持ってきた大きな炬燵にみんなで入って、トレーナーさんが作った温かいお蕎麦を食べながらの年越しだ。
ちなみに当のゴルシ先輩は先ほどからウオッカ先輩を巻き込んで外で餅つきをしている。後で食べるんだろうか?
お蕎麦に関しては粉からトレーナーさんが自分で打ったらしい。スペ先輩が十数杯はお代わりしていた。私より明らかに料理上手だ。流石にここまで行くと悔しさも特に湧いてこない。
「ほら、お前ら、蕎麦食べ終わったら器よこせー。食後にお汁粉も用意してるから、あんまり食いすぎるんじゃないぞ?」
「おしるこ!!!?」
トレーナーさんの言葉にマックイーン先輩が立ち上がる。ウマ娘は基本的に甘いものが好きなので、とても魅惑的なお誘いだし、仕方ないだろう。
「お汁粉はいいけどマックイーン? 食べ過ぎて初詣行けなくなったりしないでよー?」
「だっ、大丈夫ですわ! 五杯……いえ、三杯だけにしておきますもの!」
「それでも食べすぎだと思うけどなあ……」
テイオー先輩にからかわれつつマックイーン先輩は自分の器を急いで空けてトレーナーさんに渡していた。そこまで楽しみなのか……
「ほひふほ!? ははひほふんほほほひへほひへふははひ!」
「スペちゃん……何を言っているかわからないわ……」
スペ先輩はお口いっぱいにお蕎麦を詰め込んで何かを言っている。既にお腹はパンパンだ。また太り気味になってグラス先輩に怒られないと良いんだけど……
グラス先輩を怒らせると気の弱い娘なら泣いてしまうくらいの迫力がある。
余程のことでは怒らないけれど、レースに関わることだとかなりストイックな先輩なので、今のスペ先輩の状態を見たら怒りそうだ……最近、グラス先輩もちょっと太り気味だから、許されるかもしれないけれど……
「テウス……大丈夫? まだ起きてられる?」
「だ、だいじょうぶです……」
かくいう私はと言うと、先ほどからずっと睡魔と戦っている。何とかお蕎麦は食べきったけれど、良い感じにお腹も膨れてしまって眠気が抑えきれない。日付が変わるまで起きていられない私にとって、年越しまで起きられただけでも凄いことではあるのだが……この後初詣にみんなで行く約束だし、起きていないと……
何とか意識を保とうとするものの、瞼がどんどん閉じていって、ふわふわと意識が遠のいていく。
「もう……あんなに凄い走りをしても、まだまだ子供ね。アタシがおぶって連れて行ってあげるから、暫く寝てなさい」
そっとスカーレット先輩のお膝の上に寝かされて、優しく撫でられる。柔らかくて暖かくていいにおいがして……おちつく……
「ふぁい……おかあさん……」
「誰がお母さんよ! まったく……」
スカーレット先輩のちょっと怒った声を聴きながら、そのまま微睡んでいくのだった。
「んぅ…………????」
周りの喧騒に呼び戻されるように目を覚ます。眠くてあまり頭が働かない。どうやら緋色の髪の誰かに背負われているようだ。周りを見渡すとどこかの神社の境内の参道のようで、いくつかの出店が出ている。まだ日の出前なので真っ暗だが、人はかなり多い。
最近崩れがちだった天気も落ち着いていて、多少地面がぬかるんでいるところはあるが歩きやすい状態になっているみたいだ。
「あら、テウス。起きたの? ちょうど着いたところだったから丁度良かったわ」
「すかーれっとせんぱい……? おはようございます……」
スカーレット先輩が降ろしてくれたのでひとまず自分の足で立って歩くことにした。どうやら誰かが靴も履かせてくれていたらしい。
まだ眠い……目をぐしぐしと擦ったあと、目覚ましに頬をパンパンと叩く。
「お、起きたか。とりあえず参拝行こうか? ほら、スペにマックイーン! 出店は参拝終わってからな!!」
「わ、わかっていますわ!」
「はぁーい……」
出店に気を取られてふらふらとそちらへ向かっていたスペ先輩とマックイーン先輩がトレーナーさんに注意されて戻ってくる。
「ウオッカは何お願いするんだ? ゴルシちゃんは初セリのマグロを競り落とせますようにってお願いする予定だZE☆」
「競り落としてどうするんすか……オレは次の京都記念で勝てるように願ってみようかなって……最近負け気味だし……」
少しテンションが低いウオッカ先輩にゴルシ先輩が絡みに行っている。ここのところ勝ちから遠ざかってしまっていて、普段明るいウオッカ先輩も最近は凹みがちだ。
「何よ、アンタらしくないわね……気合入れなおした方がいいんじゃない?」
「んだよ……オレだってナーバスになることだってあるんだよ……」
「ウオッカ、不安なら併走する? きっと走っているうちに自信もつくわ」
「スズカ先輩……はい、後でお願いします。すんません、迷惑かけちまって」
少し落ち込んでいるウオッカ先輩にスカーレット先輩が発破をかけ、スズカ先輩がフォローを入れている。併走はうらやましいな……交ぜてもらえないかな……?
参拝を終え、各々自由行動に入る。私はとりあえずおみくじを引いてみた。
結果は……吉。基本的に無難なことが書かれていた。争い事に『落ち着きましょう』と書かれている辺り何だか当たっている気がする……
このおみくじは持って帰ってレース前に戒めとして見ることにしよう。最近掛かり気味だし……多分ゲートに入ったら忘れちゃうと思うけど、少しは何とかなってくれるといいな……
「あ、あのっ! ブラックプロテウスさんですよね!?」
「え? あ、はい……そうですけど……えっと……?」
引いたおみくじを眺めていると見知らぬ人たち数名に囲まれていた。何だろうか……今日は特に何も目立つようなことはしていないはずだけど……?
「ホープフルステークス見てました! 格好良かったです! これからも頑張ってください!」
「握手お願いします!」
「あ、はい。えっと、ありがとうございます……」
ぐいぐいくるファンの人たちに押されつつも握手をしたり、一緒に写真を撮ったりする。
まあ、これもファンサービスの一環……だろうか? トレーナーさんは様子を見ているだけで止めたりしないし、特に問題はないのだろう。
無名だった私がこう囲まれているとなんだか落ち着かないものがある。これにも今後慣れていかないといけないんだろうな……
その後も時折ファンの人に話しかけられたりしつつ、出店を楽しんだり、スピカの皆で初日の出を見たりしたのだった。
初詣が終わって、翌日。早速自主トレを始めるためにいつもの時間に部室に顔を出した。
部室には明かりがついていて、既にトレーナーさんが居るみたいだ。ひとまず部室に入る。トレーナーさんは書類を書いていたみたいで、机一杯に書類が広がっている。
「おはようございます、トレーナーさん」
「おう、おはようさん。ほら、これ。ひとまず夏合宿までのレースプランだが、これでいいか?」
トレーナーさんから一枚の紙を渡される。レースプランはトレーナーさんに任せると言う約束だったので、考えてきてくれたらしい。綺麗に纏められたそれに目を通してみる。
まずは1月第三週の京成杯、中山レース場芝2000m。その次が2月第四週、すみれステークス。阪神レース場2200m。その後は弥生賞、皐月賞、
「テウスは長い方が好きだろうし、ひとまずはこんな感じが無難だと思うが、どうする? 走り足りないなら青葉賞とか京都新聞杯あたりも考えているが……」
どうやら私が一月に一回くらいは走らないと満足しないだろうという考えの下に作ってくれたらしい。大体あっているのでこれで大丈夫だと頷いておく。
「そうか、よかった。宝塚の後の予定は、宝塚の結果次第で決めようか。宝塚も含めて全部制したりすると多分だがURAから海外挑戦への打診が来たりするだろうしな……」
「海外挑戦、ですか……」
「あんまり乗り気じゃないみたいだな? やっぱ見知らぬ地は怖いか?」
「それもありますけど、菊花賞に集中したいんですよね。折角の3000mですし。長距離レースは一個も逃したくないので」
ただでさえ菊花賞はクラシック級でしか挑めないのに、海外挑戦して挑めませんでした。とかになったら悲しすぎる。
一応海外レースに出た後でも出走後中五日さえ空ければ国内レースには出れる。感染症とかが広がっていたりなどすると多少期間が設けられたりもするが、それも精々10日前後だ。以前は三週間ほど期間を空けないといけなかったらしいが、他のスポーツ選手がそんなことないのを踏まえて、平等にするという観点から期間が短縮された経緯がある、らしい。
私にとってはシニア級では海外の4000mとかのレースに出たいと思っているし、嬉しい改正である。
まあ、たとえ改正したとしてもそんな間隔で走ろうとするウマ娘なんていないだろう、と言うのがすんなり改正された理由らしいので、あんまり無茶な走りをすると規制されてしまうかもしれないが……クラシック級では我慢するから、シニア級では大目に見てほしい。
「まあ、もしかしたらそうなるかもしれないってだけだ。無理に海外に行かせるなんてことはないだろう。凱旋門、となると話が変わってくるかもしれないが……結局どのレースを走るかはウマ娘の判断だからな。走りたいなら全力でサポートするぞ?」
トレーナーさんの言っている凱旋門とは、凱旋門賞の事だろう。
日本ウマ娘界の夢、凱旋門賞。『その舞台を目指す事こそが大和魂だ』と言われ、日本のウマ娘が未だ越えられていない、高く高く聳え立つ壁である。
あの『怪鳥』エルコンドルパサー先輩でさえも2着。その他にも今まで名だたるウマ娘たちが挑んだが、その悉くを跳ね返してきた、毎年10月の第一日曜日に行われる世界最高峰のレースだ。その気になれば10月の第四週日曜日に行われる菊花賞には十分間に合う。多少ハードスケジュールになるがこの程度なら問題はないだろう。
「私がどこまで通用するか走ってみたい気持ちは少しはありますけど…捕らぬ狸の皮算用ってやつですよね。まずは目の前のレースに集中したいです。宝塚記念が終わって、もしURAから話が来たら、その時に考えませんか? それに、私英語苦手なので、海外怖いですし」
「一番最後のが本音だろう……もし行くとなったら通訳が付くから安心しろ」
頭をぐしゃぐしゃと撫でながら笑われる。英語もフランス語も、外国語は相当苦手なので尻込みしてしまうのも仕方ないと思う。知らない言語で話しかけられたらカタコトの英語で喋るロボットみたいな感じになる自信があるし。
「それに、凱旋門賞よりカドラン賞の方が気になるんですよね。どうせ出るならそっちが良いです」
カドラン賞は10月第一週土曜日に行われる、4000mのレースだ。世界の長距離最強決定戦とも言えるレースであり、私にとっては凱旋門賞より魅力を感じるレースである。
「カドラン賞はシニア級からしか挑めないから、来年な。まずは今年のクラシック戦線を勝ち抜こう。お前なら行けるさ」
「はい! ひとまず、地面がまだ柔らかいうちに走ってきますね。ホープフルステークスでは情けない所見せちゃいましたから!」
あれはもう一生の恥である。出来れば思い出したくもないのだが、重バ場に対する課題が見えてきたので、ここ数日はずっとなるべく荒れた、重いバ場を走るようにしている。
最近なるべく走りやすいバ場を好んで走っていたので、荒れた場での走りが疎かになっていた。
山道を走っていた時は荒れた道なんて慣れたものだったので、あそこまで走れなくなっているのは驚きだった。今後はたとえ水を張った田んぼのようなバ場だろうと全速力で走れるくらいになるまで重バ場のトレーニングも積んでいこうと思っている。
流石に本物の田んぼで走るわけにはいかないけれど……いや、もしかしたら理事長にお願いすれば手配してくれるかも?
今度お願いしてみようかな。使っていない田んぼの一つくらい手配してくれそうな予感はあるし、下手すると寝て起きたらトレセン学園内に田んぼが出来ている可能性もあるし。
今後のトレーニングメニューを考えつつトレーニング用のジャージに着替えて、整備はされているがまだ稍重気味な芝コースへ飛び出していくのだった。
海外遠征後の期間については完全独自設定です。
ウマ娘を着地検査で3週間(もしくは3か月)も拘束するのは流石にあの世界だと現実的じゃなさそうだな、と思ったので……
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