漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

28 / 59
( ˘ω˘) サブタイトル思いつかねえ……


第二十六話 年明け最初のレース

 

 

 理事長におねだりした翌日、起きたら出来ていた田んぼでトレーニングする日々を過ごしていたらいつの間にかレースの日になっていた。

 毎日毎日、体操服を泥だらけにしてトレーニングをして、少しは重バ場にも慣れてきたように思える。その結果は今日、はっきりするだろう。

 

『中山レース場、本日のメインレース。GⅢ京成杯! 10人のウマ娘が出走します!』

『年末は天候が崩れがちでしたが、年が明けてからは回復しましたね。ですが今日のバ場発表は稍重となっています。果たしてこれがどう影響するでしょうか』

 

 今日は最高気温がだいたい8度くらいなので肌寒く感じる。少し風が強いのも更に寒く感じる原因だ。ゲートの前で白い息を吐く。

 

『3番人気はこの娘、ミントドロップ。2番人気はリボンマンボ、打倒ブラックプロテウスに意気を揚げています』

『まるでここまで気迫が伝わってくるようですね。今日こそは一矢報いるかもしれませんよ』

 

 ゲートに先輩たちが入っていく。今日もフルゲートを割れてしまったが、それでもレースが成立する人数が集まった。

 ちなみに今日の私は6枠6番。つくづく6番に縁があると思う。ここまで行くともうずっと6番でもいい気がしてきた。

 私もゲートに進みつつ、バ場の状態を確かめる。――うん、これなら、行けそうだ。トレセン学園の田んぼの沼のような状態に比べればこんなものなんてことはない。むしろ走りやすいくらいだ。

 

『今日の1番人気は勿論この娘! ここまで無敗、ジュニア王者ブラックプロテウス!』

『ホープフルステークスでは少し重いバ場に苦戦していたようですが、果たしてこの稍重のバ場ではどうか? 注目です』

 

 ざわついていた会場が静かになり、一瞬の静寂が訪れる。強い風の音だけがゲートの中に響いている。

 

 いつも通りゲートが開くそのタイミングで、ゲートが開く音を置き去りにする勢いで飛び出そうとした。

 

「ぐぇっ!?」

 

『今スタートしまし……おっと、6番のゲートが開いていません。これはカンパイ、カンパイです。このレースはスタートやり直しとなります』

 

 まあ、私のゲートだけ開かず、飛び出せなかったわけだが。スタート自体は切っていたので、開くはずなのに開かなかったゲートにちょっと強めに胸のあたりをぶつけてしまった。

 レース前に何も食べていなくてよかった……食べていたら公共の場で尊厳を失ってしまうところだったかもしれない。思わずその場にしゃがみこんでしまったが、思ったよりは痛くないし。

 

「ぶ、ブラックプロテウスさん? 大丈夫ですか? レース、続けられます?」

 

 ゲートの近くに居た係員さんが大慌てで近寄ってくる。しゃがみこんでいたので心配をかけてしまったみたいだ。

 

「大丈夫です。ちょっとビックリしてしまっただけです。問題ありません」

 

 すぐに立ち上がって無事だと言うことを示す。もしかしたらちょっと痣になってしまってるかもしれないけど、走りに響くような痛みはない。

 

 女性の係員さんに服の上からだが、少し身体をチェックしてもらって問題無いことを確かめてもらう。それをしている間にスタートを切っていた先輩たちが戻ってきているようだ。

 

『ゲートにぶつかっていたブラックプロテウスは問題ないようです。ゲートの点検が終わり次第レースが再開されます。それまでしばらくお待ちください』

 

 場内に実況さんのアナウンスが流れる。場内は少しざわざわとしていたが、そのアナウンスで少し落ち着いたようだ。

 

 点検自体はすぐ終わるようで、再発走までにそう時間はかからないだろうと係員さんは言っていた。

 ただ、集中していた先輩方が少し戸惑っているように見える。レースの発走やり直しなんてそうあることではないので、仕方ないところもあるのかもしれない。

 

『ゲートの点検が終わりました。再度ゲート入りが始まります』

 

 私の番号のゲートも問題なく動くことが確認されたようで、2度目のゲート入りが始まる。

 先ほどはすんなり入っていた先輩たちが少し浮ついたように集中を切らしてしまっている。普段ちょっと格好いい感じのリボンマンボ先輩も明らかに動揺を隠しきれていない。全員かなり綺麗なスタートを切った、1回目のゲートで集中力を大分使ってしまったようだ。

 

『一部のウマ娘がゲートを嫌がっている素振りを見せますが、今ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

『今スタートを切りました! おっと、殆どのウマ娘が出遅れた! だが6番ブラックプロテウスはゲートへの衝突の影響を見せないスタート! 綺麗に先頭に立ちました!』

 

 ……だから、こうなってしまったのは仕方ない。その後も私は先頭を脅かされるようなこともなく、レコードタイムとはいかなかったが最後まで先頭を守り切って、2位に5バ身の差をつけてゴールした。

 

 

 

 

 

 レースを終えて、ウィナーズサークルでのパフォーマンスを終えて地下バ道に戻っていく。何だか今日は不完全燃焼に終わってしまった。勝ったのはいいけれど、すっごく胸がモヤモヤする。

 

「テウス、お疲れ様。アクシデントはあったが、良いレースだったぞ。怪我はしてないか?」

 

 トレーナーさんがタオルを片手に出迎えてくれる。

 

「はい……無傷ではあるんですけど。なんだかちょっとモヤモヤします。私だけ走ってる距離が短いみたいなものですし……」

 

 スタートが切ってからレースが止まるまで、先輩たちは200mくらいは走ってしまっていた。2000mのレースなのに、先輩たちだけ2200m走っているようなものだ。スタートをやり直したとはいえ、何だか不公平な気がする。ルール上は問題ないんだろうけれど……

 

「まあ、こういうこともある。人間の陸上競技でも、フライングや機械の不具合でスタートやり直しとかになったりするだろ? それと一緒だ。ウマ娘のレースのゲートは電磁式だから滅多に起こることじゃないけどな」

 

「でも……」

 

「スタートのやり直しで他の娘は集中力を切らしてしまった。だがお前は集中力を切らさなかった。言っちゃ悪いが、その時点で勝負が決まっていた。クラシック級になったばかりの娘たちには厳しい話かもしれないが……それがレースだ」

 

「……はい」

 

 もやもやするけど、トレーナーさんの言うとおりだと思う。結局のところ、それが真剣勝負なんだ。

 

 たとえ、アクシデントで全力を出せなかったとしても。何があっても全力を出し切ることが出来ないと、レースで勝ち続けることは出来ない。

 あの『皇帝』、無敗の三冠ウマ娘シンボリルドルフでさえも、中一週の強行軍で挑んだジャパンカップのレース前に体調不良を起こしてしまい、3着に沈んでいる。

 

 レース前に、そしてレース中にどんなことが起こっても決して揺るがず自分の走りを出来たものだけが、きっと栄光を手にできるんだと思う。

 何処まで私がそれを貫いていけるのか。きっとそれが大切なんだ。その為にはさらなるトレーニングが必要だと思う。イメージトレーニングとか、増やそうかな……

 

 今後どのようなトレーニングを行うか頭の中で考えつつ、ウイニングライブに備えるために控室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 レースが終わった翌日、いつものようにスズカさんと併走していた。併走では2000mでは全く歯が立たないが、3000mくらいであればスズカさんに稀に勝てることもできるようになっている。

 きっと全力ではないと思うけど、スズカさんから先頭の景色を奪えたのは少し誇らしい。

 

「そういえばスズカさん、次走はどうするんですか? 4月の大阪杯くらいですか?」

 

 スズカさんは今年もトゥインクルシリーズを走ることにしたようだが、次走に関してはまだ聞いたことがなかった。多分スズカさんの適性距離である、1600~2200程度のレースだと思うけれど。

 

「その予定だけれど、天皇賞・春も走ってみたいのよね……私には長すぎるってわかっているんだけれど、先頭の景色を3200m独り占めも、きっと良い景色が見られるんだろうなって……」

 

「それはまた……確かに気持ちよさそうですけど、大変なんじゃ……」

 

 距離適性の壁は大きい。テイオー先輩が天皇賞・春に挑んだが、途中でタレてしまいマックイーン先輩に負けてしまったように、その壁をぶち破るのはかなりの努力が必要だ。

 

「トレーナーさんは『道中3秒差をつける逃げを展開できれば勝てるはず』って言ってたから、勝ち筋がないってわけじゃないと思うの。もし走るって言ったら、練習手伝ってくれる?」

 

「勿論です! 限界まで付き合いますよ! まずは坂路10本くらいからですね!」

 

「流石にちょっとオーバーワークだと思うわ……トレーナーさんのメニューに従いましょ? ああ、まってテウスちゃん、引っ張らないでぇ……」

 

「……テウス、スズカ。じゃれあってるところ悪いが、今いいか?」

 

 私がスズカさんを坂路に引っ張っていこうとしていると、横からトレーナーさんに声を掛けられた。

 

「あ、はい。大丈夫です!」

 

「年度代表ウマ娘の発表があった。スズカは年度代表ウマ娘、スカーレットは最優秀クラシック級クイーンウマ娘、テウスは最優秀ジュニア級ウマ娘だ! それで、明日記者会見があるから、原稿のすり合わせを行いたいんだが……」

 

「今年は発表、遅かったんですね? 今までは年始すぐに発表になってたと思いましたけれど……」

 

「まあ、去年はURAの内部が色々あってごたごたしてたからな……」

 

 トレーナーさんとスズカさんが何か話しているが頭に入ってこない。私が最優秀ジュニア級ウマ娘……?

 

「え、ええと……何かの間違いじゃないですか?」

 

「無敗のジュニア王者が何を言っているんだ……むしろ当然の結果だと思うが?」

 

「いや、それならフジキセキ先輩だって同じですよ?」

 

 そう、フジキセキ先輩だって無敗のジュニア王者だ。ネームバリュー的にも彼女の方が票を集めそうだと思うのだが……

 

「テウスちゃん、フジ先輩は3戦3勝1レコード、貴女は5戦5勝2レコード。さらに1600のタイムは貴女の方が速い。さてどっちが票を集めるでしょう?」

 

「……私、ですか……? 誇らしいような、恥ずかしいような、申し訳ないような……」

 

 スズカ先輩に言われてようやく理解してきたが、何だが申し訳ない気がする。

 

「頑張った結果なんだから、胸を張れって。俺は誇らしいぞ! 俺の愛バが表彰されることほどに嬉しいことはない!」

 

 トレーナーさんが頭をいつも以上にぐしゃぐしゃと撫でまわしてくる。

 

「ああああ、ぐわんぐわんします……手加減してくださいいいぃ……」

 

 いつも以上の力強さに物理的に振り回され目が回りそうになる。何とかトレーナーさんの魔の手から逃れて息を整える。

 

「記者会見も楽しみにしてるからな! 原稿は考えて来いよ! ……ん? スズカ、どうした? 何かあったか?」

 

「……なんでもありません」

 

 耳を倒してトレーナーさんの側にいたスズカさんがすすっと離れていく。いったいどうしたんだろうか……?

 

 ひとまず、原稿を考えないといけない。スズカさんとスカーレット先輩と相談しながら決める方がいいだろう。LANEでスカーレット先輩に連絡を取って、打ち合わせの予定を取り付けよう。

 

 正直記者会見はあまり好きじゃない。ホープフルステークスの時で思ったが、フラッシュを焚かれるのはあまり好きじゃないし、想定外の質問をされるとテンパってしまうし……

 

 でもスズカさんとスカーレット先輩と一緒なら多分大丈夫だ。フォローしてくれるだろうし、精神的にもとても楽になる。

 

 それにクラシック路線のレースの前にも記者会見はあるだろうし、慣れないといけないんだろうなあ……その時はトレーナーさんが居てくれるだろうけど、スズカさんたちはいないのか……

 

 少し憂鬱だけど、仕方ない。やればできる! ……たぶん!

 

 

 

 




( ˘ω˘) アクシデントを起こさないと満足できない身体になってしまった

番外編アンケート

  • 競走馬if
  • 某大百科ネタ
  • 本編のif話

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。