『さあ、次壇上に上がっていただくのは昨年中5戦5勝、レコード2回! 圧倒的な能力でホープフルステークスを制し、見事最優秀ジュニア級ウマ娘に選ばれたブラックプロテウスさんです!』
ついに名前を呼ばれて、慌ててカンペをポケットにしまって舞台裏から出ていく。トレーナーさんも先輩たちも今は控室に居て、壇上では1人で会見することになる。本当は誰か一人付き添ってほしかったのだが……
服装とか髪型とか、乱れてないかな、大丈夫かな……何度も何度も周りの娘たちにチェックしてもらったりしたんだけど、不安で不安で仕方ない。
舞台の中央に立つとパシャパシャとフラッシュが焚かれて、会場全体の視線が集まってくる。
皆が皆私だけを見ていて、頭が真っ白になる。
『先日の京成杯でもアクシデントに負けず、5バ身で逃げ切りの圧勝劇を見せてくれました。ここまで無敗の6連勝! 見事としか言えない走りでした。どんなアクシデントにも負けない、まさに鋼鉄のようなフィジカルとメンタルで、レースを大いに盛り上げてくれました!』
司会の人が何かを言っているようだが耳に入ってこない。激しく焚かれるフラッシュと、記者さんたちの視線が集まるのを感じてもう何も考えられない。
『では、ブラックプロテウスさんに今後の目標を聞いてみましょう!』
あれ、何で私はここに立っているんだっけ……そうだ、会見。何か、何か言わないと……もくひょう……目標は……
「宝塚記念で、サイレンススズカさんと戦うこと……ですかね。約束したんです。そこで真剣勝負をするって。だから、宝塚記念に出たいですね」
私がホープフルステークス以外で目標にしていたレースが、宝塚記念だ。正直今でもそれ以外に明確な目標はない。長距離レースの菊花賞は走りたいとは思うけれど……直近の物なら宝塚記念だし……
『た、宝塚記念……ですか? クラシック三冠などは……』
「挑戦はしていくつもりですが、目標として掲げているのは宝塚記念ですね。私にとって一番尊敬するウマ娘であり、そして一番の強敵はスズカさんですから」
『な、なるほど……大きな目標ですね! 昨年のダービーウマ娘、ウオッカさんが挑んで惜しくも敗れた宝塚記念。クラシック級のウマ娘たちの前に立ちはだかるシニア級の先輩ウマ娘たちの高い壁を乗り越えられるのか。期待が高まります!』
少し記者さんたちが静まり返ったような気がしたが、問題なかった? らしい。
『ブラックプロテウスさんには功績を称え、新たな勝負服が授与されます!』
「あ、ありがとうございます!」
係員さんに目録のようなものを手渡され、ぎゅっと胸に抱きかかえる。素直にとても嬉しい。今回の勝負服は表彰者全員統一されたものになるらしい。どんなデザインになるかはまだ教えられていないが希望の色を聞かれたので、ひとまず青系の色が良いと答えておいた。袖を通す時が楽しみだ。春のファン感謝祭とかでスズカさん、スカーレット先輩と一緒に着たりしたいな……
『シンボリルドルフ以来の無敗の三冠ウマ娘の誕生にもますます期待が高まります! 皆さま、盛大な拍手を!』
大きな拍手と沢山のフラッシュを浴びながら、頭を下げて壇上を後にする。変なこと言ってなかったか今になって心配になってきた……多分、大丈夫だよね?
最近再研修を終えてようやく戻ってこられたアケルナーの部室で、URA賞の発表を見る。
あの若造、沖野が担当するチームスピカのメンバーが三人も表彰されていることに、時代の流れを感じた。
以前は俺の担当ウマ娘もあの場に立ったことがあるし、数年前までは東条のところの嬢ちゃんが担当するチームリギルがほぼ独占していた舞台だ。
最優秀ジュニア級ウマ娘の発表になって、あの黒鹿毛のウマ娘が一人壇上に上がっていく。
少し苦々しい思いを感じながらも、こいつのレースは全て余さず見たのでこの結果に何も異論はない。
芙蓉ステークスやデイリー杯、ホープフルステークスなどでこいつの実力に関してはもはや疑うところはないからだ。
トレーニング内容はもう非常識だとしか言えない内容だが、それで能力がついていっているなら文句は言えない。
まあ、何も知らないウマ娘がこいつのトレーニングを真似するという危険性があるが、それは俺たちトレーナーが止めればいいだけの問題だ。
「トレーナーちゃん。何見てるの~? マヤにも見せて見せて~♪ あ、テウスちゃんだ! そういえば今日表彰の日だっけ?」
手と足が同時に出ているブラックプロテウスが登壇するのを見ていると、何者かにいきなり後ろから飛びつかれた。
「マヤノトップガンか……いきなり後ろから抱き着くなと言っているだろう。後、五十路を疾うに過ぎた爺にちゃん付けもやめろ」
この栗毛のチビッ子ウマ娘はマヤノトップガン。今表彰を受けているブラックプロテウスと選抜レースで戦ったことがある、メイクデビューを済ませたばかりのウマ娘だ。
メイクデビュー戦はダートの1200mで、5着。他のトレーナーの名義を借りて出走していたが、一週間ほど前にいきなりチームアケルナーに転がり込んできたお転婆娘だ。
「トレーナーちゃんはトレーナーちゃんだもーん。あはは、テウスちゃん緊張してるー。選抜レースの時と一緒だ。結構緊張しいなんだよねー。最近のレースでは堂々としてるのになー」
マヤノトップガンがテレビ中継で映るブラックプロテウスを見て笑っている。
こいつはかなりの癖ウマ娘だが観客席からでもレース展開を見極める鋭い洞察力と、走り方を視るだけで
多少飽きっぽいのと、恐らく晩成型のウマ娘であることからメイクデビューでは掲示板までだったが、GⅠを取れるくらいのポテンシャルは十分にある。
「良いなー。マヤもいつかあの舞台に立ちたいなー。ね、トレーナーちゃんは立てると思う?」
「難しいだろうな。ブラックプロテウスの実力は本物だ。お前と奴の距離適性が被ってるのが致命的だな。お前もステイヤー向きの脚をしてると思うが、アイツのステイヤーとしての素質は驚異的だ。今の段階でも、世界で通用するだろうな」
掛かりながら淀の坂を3回登っても大した疲れを見せないスタミナと、デイリー杯で見せた力強さ。ホープフルステークスでは多少苦戦していたようだが、それも京成杯までに修正してきたように見える。
「へー、トレーナーちゃんがそこまで評価するなんて珍しいね? やっぱりあの模擬レースは凄かったもんねえ」
「現実を見させられたからな。アイツらにも悪いことをした」
自棄になっていたころを思い出して少し歯噛みする。数年前に妻に先立たれ独りになって、更に勝ちから遠ざかっていたこともあって冷静さを失っていた。
ダート向けのスプリンターに芝の中距離の王道距離を走らせていたり、大逃げが得意な子に好位追走を強制させたりと滅茶苦茶な指導をしていた。
徹底的に打ちのめされて再教育に放り込まれ現実に引き戻されたが、あのまま指導を続けていたら取り返しのつかないことになっていただろう。
心機一転、新人の様な心持ちで丁寧にあいつらに謝罪をしたところ、気持ち悪いから元に戻ってくれと泣きそうになりながら懇願されたので口調こそ元に戻したが、常に周りのことを見ることは忘れないようにしないといけない。
「やっぱりトレーナーちゃんは面白いね。マヤ、トレーナーちゃんが戻ってきたらアケルナーに入ろうと思ってたんだ。すっごく楽しくなりそうだったから」
くすくすと笑いながらもテレビから目を離さない。
中継ではブラックプロテウスの今後の目標を聞いていて、質問された本人は宝塚記念への挑戦、と言っていた。
自分の一番のライバルは、サイレンススズカだからと。クラシック級のウマ娘には興味がないと言わんばかりのその言葉に司会が少し困惑しているのが見て取れる。
「あー……まあ、テウスちゃんだし悪気はないんだろうけど……」
「挑発と取られてもおかしくないだろうな」
ただでさえ奴は一度百日草特別で対決を避けられている。奴に特に気にした様子は見られなかったが、周りのウマ娘は確実に意識しているだろう。
その注目のウマ娘が、ライバルは昨年無敗でGⅠ4勝のシニア級のウマ娘だと言ったのだ。クラシック級のウマ娘なんて眼中にないと言っていると取られても仕方がない。
クラシック級のウマ娘は気が気じゃないだろう。実際、傍らに居るマヤノトップガンも好戦的な笑顔を浮かべている。
「トレーナーちゃんトレーナーちゃん、マヤがテウスちゃんと戦えるとしたらいつかな?」
「お前は今未勝利ウマ娘だから、まずは未勝利戦を勝ってからだが、菊花賞あたりだろう。その前のステップレースでぶつかる可能性もあるが、勝負になるとしたらそのあたりからだ。ただ、奴にとって3000mと言う距離は得意中の得意であろうと言うところがある。そこまでにどれだけ力を付けられるかだな」
奴は明らかにステイヤーだ。それも長ければ長いほど有利になるタイプの、逃げウマ娘としてはかなり珍しいタイプのウマ娘だ。
基本的に逃げウマ娘と言うのは逃げてなるべくリードを取るため過度なハイペースになることも珍しくなく、最後の直線まではとてもスタミナが持たずにずるずると落ちていくのが通常だ。
最初から最後まで一度も先頭を譲らないという最もシンプルな戦法であるが故にファンからの人気は高く、ロマンがある走りではあるが、その実非常に難しい走り方だ。落ちていくまでに築いたリードでヘロヘロになりながらも逃げると言うのが基本形であるから、長距離ほど逃げで勝つ事は難しくなるわけである。
逃げながら脚を溜めて、逃げながら差しに行くサイレンススズカや、最初から最後まで同じペースで逃げ続けるミホノブルボン。序盤を超ハイペースで飛ばし、中盤はスローに落として息を入れ、終盤で再加速するというトリッキーな逃げ方をするセイウンスカイという例外もたまにはいるが、ブラックプロテウスはそんなこと一切考えずに逃げ続けるタイプだ。
終盤競り合うとその勝負根性からかさらに速度と加速力が上がるようだが、普通の逃げウマ娘である。ただ、最初から最後まで掛かっていても4000m以上走れる程のバ鹿げたスタミナがあると言う点を除けばだが。
逃げウマ娘の弱点である、同じタイプのウマ娘との先行争いによる展開窺いも奴には存在しない。たとえ大逃げで奴のハナを抑えようとも、得意のコーナリングで前に出られるし、誰かの後ろに控えることを苦としないからだ。
トラブルが起きても動じない図太い精神力もある。多少素直すぎる性格ではあるようなので、駆け引きには弱いかもしれないが、最初から最後まで先頭で突っ走ってしまえばそんなもの相手にする必要がなくなる。
そんな相手に3000mで戦って勝てるかと言うと、非常に厳しいとしか言えないだろう。出来れば出てこないでほしいと言うのが本音だが、奴は間違いなく出てくる。
「そっか。でも、マヤは出るよ。だって、テウスちゃんと走ったレースが今までで一番楽しかったもん。あの時よりもっと強くなったテウスちゃんと戦えば、もっと楽しいから。きっと色々なことがわかると思うし! だから、トレーニングよろしくね? トレーニングはつまんないけど、もっとワクワクするためには必要なこと、だもんね?」
「基礎無くして応用無し。マヤノトップガン。お前の能力を活かすためには基礎トレーニングこそが大事だ。安心しろ、飽きさせるような余裕を残すつもりはない。それくらいしないと奴には勝てん」
あのバ鹿みたいなトレーニング量を積んでいるウマ娘に打ち勝つためにはこちらも限界まで追い込まないと厳しいだろう。無理をさせるつもりはないが余裕を残すつもりもない。
「えー、スパルタきらーい。時々はデートに連れて行ってね? 息抜きは大切だし♪」
「こんな爺とデートしても楽しくなかろう……休みはくれてやるから、友達と一緒に出掛けてきなさい」
「やーだー。トレーナーちゃんとが良いー。ほらほら、いこいこっ♪ トレーナーちゃんにも息抜きが必要だよ♪」
「ま、待てマヤノトップガン。こら、抱きかかえるな!」
ひょいと横抱きに抱きかかえられて部室から連れ出される。ウマ娘の力に敵うはずもなく抵抗の余地なく運ばれていく。
まさか自分がこの歳になって担当ウマ娘にこのような拉致をされるとは思っていなかった。最近マヤノトップガンに影響されてか他のチームメンバーたちも遠慮がなくなってきているし、何処かで釘をさしておくべきだろうか……
癪ではあるが今度沖野の小僧にこういうタイプのウマ娘の付き合い方を聞いてみるか……ゴールドシップなどで慣れているだろうし。
「トレーナーちゃんトレーナーちゃん、カラオケ行こ♪ 今日は一日歌い倒しちゃおうね♪」
「俺は演歌くらいしか歌えんぞ……俺は気にせず一人で歌いなさい」
「大丈夫大丈夫♪」
何が大丈夫なのかはわからないが、楽しそうなので良しとすることにしよう。
( ˘ω˘) アケルナーTとマヤちゃんはおじいちゃんと孫みたいな関係性です
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