漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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短いけど切りが良いので投稿です

遅筆でごめんね!


第二十九話 王者と王者

 

 すみれステークスを終えその翌週に弥生賞を控えて、今日も今日とて自主トレーニングをしている。

 

「坂路トレーニングを終了。クールダウンに移行します」

 

 坂路でいつものように走っているとブルボン先輩と一緒になり、折角なので併走してトレーニングをしていた。

 

 ブルボン先輩は右足から腰にかけて疼痛を起こしてしまい、そのままトゥインクルシリーズは引退してしまった。ただ、無敗のダービーウマ娘と言うこともあってドリームトロフィーリーグには移籍出来たので、今は次のSDTに向けての調整を行っているそうだ。

 

「ブルボン先輩、大丈夫ですか? 足の方は……あ、ドリンクどうぞ!」

「はい。問題ありません。コンディションは良好、走行に支障はありません。ありがとうございます、テウスさん」

 

 私やゴルシ先輩みたいに頑丈なウマ娘も居るが、そのほとんどが自分の身体の耐久力と相談しながら走っている。

 ブルボン先輩はトレーニング中の発覚だが、レース中に限界を迎えてしまうウマ娘も存在する。

 秋天でのスズカ先輩とかが分かりやすい例だろう。テイオー先輩だって何度も骨折しているし、マックイーン先輩も屈腱炎から回復してリハビリに励んでいるところだ。メイクデビューでのアンペールユニット先輩、そして屈腱炎を発症したと思われるBNW、ビワハヤヒデ先輩、ナリタタイシン先輩、ウイニングチケット先輩もリハビリに苦しんでいる。

 

 恵体で知られていたビワハヤヒデ先輩でも故障に悩まされ、『ハヤヒデは鋼鉄では出来ていない。やはりウマ娘はウマ娘なんだ』と言われるくらい、ウマ娘はその速度に比べて脆い生き物である。

 

 それと比べられてか『ブラックプロテウスは鋼鉄で出来てるんじゃね?』とかウマッターで言われているようだが……可愛くないのでやめてほしい。あれを見てからそれ以上見るとやる気が下がりそうだったのでもう自分で自分のことを調べることはやめた。

 

「あ! 居た居た! おーい、ブルボンさーん! あ、テウスちゃんも居る! こんにちはっ☆」

 

 小休憩を挟んでいるとジャージを着たファル子先輩がこちらに駆け寄ってきた。走り方、可愛いなあ……私も少しは気にするべきなんだろうか……

 

「こんにちは、ファル子先輩。ブルボン先輩にご用事ですか?」

「こんにちはファルコンさん。私に何か?」

 

 ブルボン先輩と同じタイミングで首を傾げる。

 

「あ、うん。春の感謝祭でやる予定の逃げシスのステージの打ち合わせをしようと思ったんだけど……そうだ、テウスちゃんも来る? テウスちゃんも逃げシスのメンバーだもんね!」

「え? あれってお試しだったんじゃ……?」

「いいからいいから! スズカちゃんもアイネスさんもマルゼン先輩も来るし!」

「なら行きます」

 

 スズカさんが来るなら選択肢などない。同じステージで踊れるというだけで何を投げ捨ててでも行きたい。

 

「やった☆ じゃあお片付け手伝うね! あ、テウスちゃん。こないだのすみれステークス見たよ! 1着おめでと!」

「あ、ありがとうございます。見ててくれたんですね……」

「そりゃあ大切なメンバーの晴れ舞台ですから☆ あ、テウスちゃん、確かダートも走れるよね? ダートに出てみるつもり、ない?」

 

 いきなりされた提案に少し考える。日本のダートは確か長くても2100mまでだったはずだ。スズカ先輩たちのおかげでマイル以下でも大分走れるようになってきたので、その気になれば1600mまでなら何とかなるだろう。

 だけど、ダートをレースで走るのは初めてだ。トレーニングでは走っているものの、ダートで通用する走りが出来るかはわからない。

 

「興味はあるんですけど……スピカにダートが得意な人が居ませんし、調整が出来ないんですよね。ジャパンダートダービーとかは出てみたいなあとは思うんですけど」

「それならそれなら! ファル子が併走手伝うよ! 他にもウララちゃんとかウインディちゃんとか、デジタルさんとかにも声かけるから! ねっ? お願い!」

 

 必死に縋られて少し引いてしまう。でも、なんとなく気持ちはわかるような気がする。

 

「ダートの注目度が低いから……ですか? ジュニア王者の私がダートを走れば、注目度が上がるから……って事ですよね?」

「うん。ダートの注目度が低いせいで、ダートの娘たちみーんなが頑張って走って、とっても熱いライブをしているのに、それを知らない人が多いの。トップじゃないから、誰にも気付かれない。それは凄くもったいないことでしょ? 私もダートをトップに引き上げようって頑張ってるけど、私だけで輝けるわけじゃないから。皆できらきらして、ダートをもっと盛り上げたいんだ!」

 

 そうやって語るファル子先輩の瞳は凄く輝いていて、本当にダートが好きなんだと分かってしまう。そんな真摯に思っている相手に、適当な誤魔化しで応えるのは失礼だろう。

 ファル子先輩はJBCクラシックや東京大賞典を制していて、ドリーム・シリーズ・ダートでも先頭を突っ走るダートの王者だ。そのダート王者からのお誘いを無下にすることなんて、出来るはずもない。

 

「わかりました。宝塚記念の後のジャパンダートダービーに出れるかトレーナーさんに相談してみます。出れるようなら併走お願いしますね。ファル子先輩の期待に応えられるように、頑張りますから」

「……うん! 一緒に頑張ろうね! おー☆」

「お、おーっ!」

 

 二人で拳を上げて気合を入れる。ちなみにブルボン先輩は会話中空を見上げてぼーっとしていた。時々何考えてるかわからないんだよね、ブルボン先輩……

 

 

 

 

 

 時は流れて弥生賞当日。昨日は雪交じりの雨が降るくらい天気が悪かったのだが、今日は何とか持ち直した。それでもバ場状態は重になりそうだ。ここまでのトレーニングで何処まで重バ場での勘を取り戻せたか、それが問われることになりそうだ。

 

 ちなみにジャパンダートダービーへの出走に関してトレーナーさんに相談したところ「まあ、テウスなら行けるだろうしいいんじゃないか?」というお返事をいただいた。

 信頼されているのか、放任されているのか怪しいところであるが、まあ許可を貰えたので気にしないことにする。

 

 パドックの裏で待機して、自分の順番を待つ。

 今日の出走人数は12人。内訳としては、

 

1枠1番、タイムティッキング。12番人気。

2枠2番、サンセットグルーム。4番人気。

3枠3番、カジュアルスナップ。10番人気。

4枠4番、デュオエキュ。5番人気。

5枠5番、フジキセキ。2番人気。

5枠6番、ブラックプロテウス。1番人気。

6枠7番、ミントドロップ、7番人気。

6枠8番、タイドアンドフロウ。6番人気。

7枠9番、リボンマンボ。3番人気。

7枠10番、ユイイツムニ。11番人気。

8枠11番、サコッシュ。9番人気。

8枠12番、アクアラグーン。8番人気。

 

 まあまた6番である。前回は違ったのだが、明らかに6番になることが多い。有利不利と言う点では逃げの私には微妙に不利であるが、気になるほどではないと思う。

 

 一番警戒するべきは何と言ってもフジキセキ先輩だろう。ここまで3戦3勝。彼女もまた私と同じ無敗のジュニア王者だ。王者対決だとか竜虎激突だとかそんな見出しの雑誌や新聞が並んでいたし、取材申し込みも結構あった。

 忙しかったのですべてに答えることはできなくて、前スピカを取材してもらった記者さんたちだけ受けたけれど、原稿を用意しておいたのでまあ無難な返答しかしていないと思う。

 面白味がないかもしれないけれど、変なことを言って騒がれるよりはマシだ。URA賞の時は頭が真っ白になってしまって、後から録画を見て呆然としてしまった。言い訳するのもなんか格好悪いなと思ったので特に訂正しなかったのだが、思いっきり敵意を向けられるようになった今となっては訂正した方がよかったのではと思い始めている。

 

 でも、こちらに対してひしひしと向けられるプレッシャーは、身が引き締まってこちらも燃え上がってしまう。やっぱり私は競い合って、競り合いつつ走るのが好きなんだとつい楽しくなってしまったくらいだ。

 

「やあ、ポニーちゃん。次はキミの番だよ」

 

 フジキセキ先輩がパドックを終えて戻ってきて、こちらに声を掛けてくれる。所作の一つ一つが格好良くて、パドックでは黄色い声援が上がっていた。フジキセキ先輩、モテるだろうなあ……

 

「あ、ありがとうございます。行ってきますね、フジキセキ先輩」

「うん、あ、そうだ。一つだけ、いいかな?」

 

 入れ替わりでパドックへ向かおうとするとフジキセキ先輩に呼び止められる。何か変なところがあっただろうかと首を傾げて振り返ると、

 

「スズカだけがライバルだなんて、この私が言わせないよ。覚悟しておくと良い。ブラックプロテウス」

 

 そう言って、いつもの優しい笑みから更に笑みを深めて、好戦的な表情を見せる。

 

「そんなつもりはなかったんですけど……いいです。楽しみましょうね、フジキセキ先輩」

 

 私も楽しくなってしまって、ついそんなことを言ってしまう。もっと謙虚にだとかそんな風に答えることもできただろうけど、今の私にはこれ以外の返答はなかった。

 

 やっぱりレースは、走ることはワクワクして楽しい。何があったとしても嫌いになることなんて出来ないだろう。

 今日も、楽しく駆け抜けよう。結果が二の次だなんて言わないけれど、最初から最後まで、楽しまないと損なのだから。

 

 気合を少し入れなおして、ファンの人たちに姿を見せるべくパドックへ向かうのだった。

 




んこにゃ様より支援絵をいただきました。
感謝感激雨あられって感じです! ありがとうございます!

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