漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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マスターデュエルにハマっていました。だが私は謝らない。


第三十二話 決意、新たに

 スズカさんに無言でついてくついてくした事件から少し時は流れて、今日は大阪杯。皐月賞を翌々週に控えているが、大切な先輩たちのレースの為チーム全員で観戦に来ている。

 

 今日はスズカさんと、テイオー先輩が秋の天皇賞以来の対決をする。脚部不安で暫く休養していたテイオー先輩だが、調整を間に合わせて大阪杯に出てきた。

 更にスカーレット先輩も大阪杯に出走しており、今回はこの三強の激突だ。

 スカーレット先輩はこれまで一切連対を逃していない。今回もそうなるのか、はたまたその歴史に一つの傷跡が残るのか。

 

 秋天ではスズカさんがぶっちぎりで勝ったが、今日のテイオー先輩もスカーレット先輩も絶好調だ。私はスズカさんが勝つと信じているが、レースはゲートが開いて、ゴール板を駆け抜けるまでどうなるかは分からない。

 

「テイオーさんのレースを現地で見るのは久しぶりです! えへへ、楽しみだなー!」

 

 本バ場に出走ウマ娘たちが入ってきたのを見て、新学期からチームに入る二人の後輩のうちの一人、キタサンブラックちゃんが楽しそうに跳ねている。

 

「キタちゃん、落ち着いて。レースが始まる前に疲れちゃうよ? はい、お茶」

「ありがとダイヤちゃん! やっぱりダイヤちゃんのお茶は美味しいね!」

 

 もう一人の後輩、サトノダイヤモンドちゃんがキタちゃんに水筒からお茶を注いで渡している。

 先日会ったこの二人は、まだ入学式を迎えても居ないのに入部届を持ってきて仮入部となっている。人数も増えてきて、トレーナーさんもそろそろサブトレーナーを迎えようかと話していた。

 一人でこの人数を見ていくのは大変だろうし、早めに人を入れてもらえると良いと思うんだけど……まずゴルシ先輩に気に入られるというハードルを越えないといけないので、大分難しそうだ。

 

「テイオーなら大丈夫ですわ。先日私と走った時も絶好調でしたもの。あ、ダイヤさん。お茶もう一杯頂けます?」

 

 ダイヤちゃんからもらったお茶を飲みながらマックイーン先輩が自信満々に胸を張る。数日前に2400mの併走をしたらしくて、仕上がりは万全なのを確認したそうだ。どうせなら私も誘ってほしかったな……

 

「前戦ったときから半年くれーか? 今回はどうなるんだろうなー。さて、焼きそば売ってくるぜ! ゲートインまでにはもどってくっから!」

「あ! ゴルシさん! 焼きそばもう一つ……いえ、五つ下さい!」

 

 ゴルシ先輩はいつも通り焼そばを売りに行っているし、スペ先輩はいつも通り焼きそばを山盛り食べている。私もちょっとお腹空いてきたし、後で分けてもらおう。

 

「ったく、スカーレットの奴、大丈夫かよ……見るからに気負ってるじゃねえか。おーい! スカーレット! 肩から力抜けぇー!!」

「うっさいわねー! わかってるわよー!!」

 

 ウオッカ先輩はスカーレット先輩を激励している。ライバルの激励にスカーレット先輩も大声で応えて、レース場のファンたちを大いに喜ばせている。

 こういうファンサービスの形もあるんだな……私もスズカさんに声援を送ってみようか。

 

 でも恥ずかしいし、とまごまごしているうちに、ファンファーレが鳴る。私にとっては阪神レース場の通常のGⅠファンファーレを現地で聞くのはこれが初めてだ。

 私がターフに立ってあのファンファーレを聞けるのは来年以降になる。桜花賞に殴り込めば早めに聞けなくはないけれど、皐月賞に集中しないといけない。

 フジキセキ先輩がいない皐月賞ではあるけれど、ジェニュイン先輩やタヤスツヨシ先輩は出てくる。マヤさんはデビューが遅かったので皐月賞には出てこないようだが……

 

『早春の阪神に最強を自負するウマ娘が集う! 春の中・長距離三冠、第一弾、大阪杯!』

 

 ファンファーレが鳴り止み、出走するウマ娘たちがゲートに入っていく。自分が出走するわけでもないのに、気分が高揚してしまう。私も早く走りたい。あの強い先輩たちと肩を並べて、競い合いたいと、私の中の何かが囁いているようだ。

 

「テイオーさん! がんばれー! テイオーさんが一番速いですよー!」

 

 キタちゃんがテイオー先輩に声援を送っている。大阪杯は正面スタンド前からの発走なので、声が届いたのかテイオー先輩は軽く手を振っている。でも……

 

「テイオーさんよりスズカさんの方が速いですよ?」

 

 秋天でだってスズカさんの方が速かった。最速のウマ娘はサイレンススズカ、彼女唯一人だ。

 

「いーえ! テイオーさんの方が強いです! 無敵の帝王ですから!」

 

「スズカさんの方が速いです。最速の逃亡者ですから」

 

「「ぐぬぬぬぬ……」」

 

 二人で額を突き合わせて唸る。絶対に譲れない戦いが此処にはある……! 

 

「何やってんだお前ら……もうスタートしてるぞ?」

 

「えっ? あ、ああっ!!?」

 

「テイオーさんのスタート見逃しちゃった!?」

 

 トレーナーさんの呆れたような声に私もキタちゃんも正気に戻り、柵に噛り付くようにしてレースを見る。

 

 スタート後二十秒くらいを見逃してしまった。大阪杯は二分以内で終わるレースだ。そう思うと結構な時間見逃してしまっている。

 

『第2コーナーを回って先頭はやはりこの娘、サイレンススズカ! 既に後続に3バ身、4バ身以上差をつけている! 二番手にダイワスカーレット。トウカイテイオーは中団で様子を窺っている!』

 

 この阪神レース場2000mでのレース展開は、向こう正面からは逃げ馬の動向次第と言われている。

 そして今日、ハナを走る逃げウマ娘は異次元の逃亡者・サイレンススズカだ。

 

『圧倒的ハイペースで進んでいる、サイレンススズカ! 1000mを通過して通過タイム、57秒フラット!』

 

 当然、このようなハイペースでレースは展開されていく。

 向こう正面の直線も終わりを迎えて、スズカ先輩がいつも通りの大逃げ。スカーレット先輩も何とか食らいついている。テイオー先輩は少しずつじりじりと距離を詰めようと体勢を整えている。

 

 だが、その背は捕まえられない。最終コーナーを越えてからが、サイレンススズカの本領。

 

『さあ、いよいよ直線だ! これから坂! 仁川の舞台はこれから坂がある! だが、スズカだスズカだ! サイレンススズカだ! 無敵の帝王も緋色の女王もまだ後ろ!』

 

 大体2バ身ほどにまで迫られたその距離を、逃げて差す走りで半分、そして1バ身と引き離していく。

 

「スズカさーん!!! 頑張ってくださーい!!」

「まけるなー! テイオーさぁん!!」

「スカーレットォ! 負けんなよ!!」

 

 ウオッカ先輩とキタちゃんと、三人で並んで声援を送る。既にホームストレートに入っているのもあって、周りも凄い歓声だけれど、それに負けないくらい大きな声で応援する。

 

 その声が聞こえてか、三人ともグンと速度が上がり、仁川の坂を駆け上っていく。

 

『残り200! サイレンススズカ先頭! 差は──縮まらない! 3バ身の差を保って今ゴール! サイレンススズカ! 最初から最後まで先頭を一度も明け渡すことなく、春の中距離最強ウマ娘の称号を見事手にしました! 2着はダイワスカーレット、3着はトウカイテイオー! チームスピカ、3着までを独占だ!』

 

「やったあああああ!!!」

「「ぐえっ!?」」

 

 両隣にいたウオッカ先輩とキタちゃんの腰に手を回して持ち上げ、そのままブンブン回る。やっぱりスズカさんが最速だ! 

 

「やっぱりスズカさんが一番速いんですよ! やったー!!」

 

「ああああぁぁ、降ろしてくださいプロテウスせんぱぁぁぁい……」

「うぷっ、ちょ、やめっ……」

 

 今から宝塚記念が楽しみだ。この最速のウマ娘に、私は勝ちたい。その為にはもっとトレーニングしないと。人の何倍、何十倍でも努力しないと! 

 

「テウス……そろそろ降ろしてやれ。二人の顔色やばいぞ?」

 

「え? あっ、ごめんなさい!」

 

 トレーナーさんの声に正気に戻り、両脇に捕まえていた二人を解放する。最近は我慢できていたのでちょっと油断してしまった。

 

 

 

 その後、ウイニングライブが終わるまで私の側には誰も近寄ってくれないのであった。寂しい……

 

 

 

 

 

 

 

 大阪杯が終わった翌日。まだ春休み中で寮にはたくさんの娘が居る。そんな中私は、寮長室の前に和菓子を持って佇んでいた。

 

 何て声を掛ければいいんだろう。私は生まれてこの方、走れなくなるような怪我を負ったことがない。

 それは私の事情にも深く関わることで、親にすら話していない、墓まで持っていくと決めている秘め事が原因だ。

 

 そんな私が、彼女にどんな声を掛けてあげられるのだろう。すぐに走れるようになるとか、早く良くなってくださいとか。どれも無責任に思えて仕方がない。

 

 そんなことを思っていると、目の前の扉がゆっくり開いた。

 

「やあ、ポニーちゃん。そんなところで長々と何をしているんだい? 何か私に用事かな?」

 

 左足にギプスを付け、簡易的な松葉杖を突いたフジキセキ先輩が、私を出迎えてくれた。

 

「あ、えっと、これお見舞いで……って、あわわ、ごめんなさい。安静にしてないといけないのに動かさせちゃって!」

 

「ふふ、問題ないよ。と言っても立ち話をすると心配させてしまうだろうし。中へどうぞ」

 

「あ、お邪魔します……」

 

 フジキセキ先輩は寮長だからか一人部屋だ。その分ちょっと他のウマ娘達よりお部屋は狭いのだが、それほど気にならないだろう。

 綺麗に整理整頓されていて、これぞ出来る女って感じがする。私ももうちょっとお部屋片づけよう、刀の手入れ道具とかで散らかってるし……

 

「それで、何か用かな? 寮長業務に関わることだったら、代理を暫くクリークに頼んであるから、彼女の方に言って貰えると助かるな」

 

「あ、いえ……その、お見舞いに来ただけで。それ以上の用事があった、と言うわけでは……」

 

 つい、言葉に詰まってしまう。それほどひどくはないとは聞いていたのだが、ギプスのせいか思ったより重傷に見える。

 

「気になるかい? まあ、それはそうだろうね。もし自分のせいだと気に病んでいたなら、先に言っておくけれどそれはお門違いと言うものだよ」

 

 そう言って彼女は苦笑いする。大体見抜かれてしまってるような、そんな気がする。

 

「レースの後は特に問題なかったんだよ。トレーニング中に発症したから、極論で言えば私の管理不足さ」

 

「それは……」

 

 どうしても言葉が出てこない。此処で自分のせいだと主張するのは、彼女に対する侮辱だと。そう思ってしまったから。

 

「それに。君との決着がまだついていないからね。クラシックでは走れないが、その後必ず私はターフに戻ってくるよ。そこで君と決着をつける」

 

 そう言って、フジキセキ先輩はこちらに向き直る。

 

「それまでクラシックの冠は、()()()()()()()。後で取りに行くから、ね」

 

「……いいんですか? 返す気なんて、毛頭ないですよ」

 

 こちらにウインクして見せてきた彼女にそう返す。この強いウマ娘に、弱気なところは見せられない。だって、この強いウマ娘は私のライバルなのだから。

 

「それくらいの意気じゃないとね。さて、君の悩みは解決したかな?」

 

「はい。ありがとうございます。そして、現地じゃなくても構いませんから見ていてください。貴女のライバルに、どれだけの力があるのかを。貴女と競い合ったウマ娘が、どれだけ強いウマ娘なのかを。皐月賞で、ダービーで、そして、菊花賞で。それを証明して見せますから」

 

 じっと、彼女の瞳を見つめる。その瞳には確かな熱があって、彼女はまだ諦めていないのだとわかる。

 

 もう二度と元の走りを出来るかわからない。それが屈腱炎という不治の病だ。

 医療が進歩して、幹細胞移植などの技術で今まで以上の回復が見込まれているといっても、限りがある。100%元に戻るかと聞かれれば、首を縦には振れないだろう。

 

 それでも、目の前の強いウマ娘は諦めていないんだ。だったら、私は彼女が目指す道標として光り輝こう。

 彼女が道に迷わないように。彼女がもし挫けたときに、闇の中から照らし出すために。

 

 彼女に背を向ける。きっと、これ以上の言葉は要らない。後は、走りで示せばいいのだから。

 

「かならず、見に行くよ。ブラックプロテウス。私の夢を──君に、託す」

 

 掛けられたその声を背負い、私はそのまま、彼女の部屋を後にした。




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