漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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( ˘ω˘) 大遅刻しました。お許しください


第三十三話 最も『はやい』ウマ娘

 

 

 

 

 今日は俺の担当ウマ娘、ブラックプロテウスの晴れ舞台。クラシック初戦、皐月賞。18人フルゲートが揃った今日のレースは、天候晴れの稍重で行われる。

 

 フジキセキが屈腱炎で離脱した今、主役はブラックプロテウスただ一人と言う前評判だ。ジェニュインやタヤスツヨシなどの有力バたちも存在するが、贔屓目抜きにしてもテウスが頭一つ抜けているだろう。

 

 だが、今日のテウスの枠順は8枠18番。つまり大外だ。逃げとしては相当不利な位置であり、さらには全員からマークされているであろうことも考えれば相当な逆風だ。

 

『最後にパドックに出てきたのはブラックプロテウス。今日の1番人気です!』

 

 テウスがパドックに出て来て、青色のストールを投げ捨てると今日一番の歓声が響き渡る。

 真っ黒の着物に、真っ黒な袴。俺がプレゼントした耳カバーは白いが、それ以外はテウスの髪色も相まって黒一色である。

 何で黒にしたのかと聞いたら『汚れが目立たなそうだったので』という返事が返ってきてガクっと来てしまった。まあ、このくらいの年齢の娘だったらおかしくない判断基準ではあると思うが……

 好きな色を聞いてみたら青だって言っていたし、判断基準がよくわからない娘だ。ストールは好きな色で選んでるのにな……

 

『今日も仕上がりは万全のようですね。この娘の逃げ足が今日も発揮されるのか、楽しみです』

 

 パドックで手を振り、掛けられた声に応える姿を見る。今日はレース前も珍しく集中している様子だったから控室ではそっとしておいたが、今見る感じだといつも通りに感じる。

 

 先日フジキセキと話したらしく、その日からあんまり乗り気じゃなかったレースの勉強にも真剣に取り組むようになった。依然として走り出すと頭から吹き飛ぶのかあまり効果はないが、その姿勢は褒められるべきものだ。

 今日その努力の結果が出るだろう。冷静なレース運びさえできれば、テウスに負ける要素はない。

 

 

 

 

 

 パドックを終えて本バ場入場、今日の中山レース場は超満員。オグリキャップの時の17万人には及ばないが、それでも16万人は下らない、ホープフルの時と同じくらいの人たちがこの中山に詰め掛けている。

 

『さあ! 最後に入場してきました本日の主役、1番人気ブラックプロテウス! 観客席に手を振りながら元気よく出てきました!』

 

 テウスがターフに出てくると一際大きな歓声がレース場に響きわたる。いつものテウスならそれで掛かってしまいそうなものだが、今日はとても落ち着いた様子でターフを駆けていく。

 

「テウスちゃん、落ち着いてますね。これなら問題なさそうです」

 

 いつも通り俺の隣に陣取っているスズカがテウスの様子を見て満足そうに頷いている。スズカはどこかテウスのことを弟子か何かのように思っている所があって、レースの度にアドバイスをしたりダメ出しをしたりと、俺以上にトレーナーっぽいことをしている。

 逃げのスペシャリストではあるし、任せてしまってもいいんだが……俺の存在理由が危ぶまれるしな……

 

 

 

『最もはやいウマ娘が勝つという皐月賞! 成長を見せつけるのは誰だ!』

 

 中山レース場にファンファーレが鳴り響き、ゲート前に集まっていたウマ娘達が次々とゲートに入っていく。

 

『3番人気はこの娘です、ジェニュイン。前走の皐月賞トライアル、若葉ステークスでは降着による影響で1着となったウマ娘ですが、実力は十分です』

 

『注目の2番人気はリボンマンボ。打倒ブラックプロテウスに燃えるリボン一門のウマ娘。果たして今日こそ追い抜くことはできるのか?』

 

 今日はいつもの面子とそうでない面子が別れている。弥生賞で戦った面子の半数以上が皐月賞を回避した。重バ場にしてはハイペースとなったレースで消耗が激しかったのもあるだろうが、テウスとの対決を避けたというのも大きいだろう。

 

『本日の主役はこのウマ娘を置いて他にいない! ここまで無敗、ジュニア王者ブラックプロテウス! 前走弥生賞では素晴らしい激闘を見せてくれました!』

 

 一番最後に大外枠のテウスが入り、全てのウマ娘達のゲート入りが完了する。

 

『クラシック初戦、皐月賞! 今──スタートしました!』

 

 一瞬の静寂の後、ゲートが開きウマ娘達が一斉にスタートを切る。それと同時にレース場には歓声と拍手が鳴り渡り、ウマ娘達を応援する声が響く。

 

『おおっと、先頭に出たのは2枠3番カジュアルスナップ! ブラックプロテウス、芙蓉ステークス以来、開幕のハナを明け渡して2位追走! 後ろにぴったりついてスタート直後の中山の急坂を登っていく!』

 

 最初からフルスロットル、ペースを無視した破滅的な逃げを打ってきた相手に対して、風除けにするかのように後ろについて追走していく。無理には追い抜かない、と言うことだろうか。

 もしペースが持つのであれば逃げ切られてしまうかもしれないが、流石にここまでの大逃げを打ってきて最後まで逃げ切れるのは今隣にいるウマ娘(サイレンススズカ)とかのほんの一握りだけだろう。

 

『ハナを奪っていったのはカジュアルスナップ! その後すぐ後ろ、ブラックプロテウス。少し離れてそれを追走するのはジェニュインとリボンマンボ。後ろ並んでアストレアノーチェが続きます』

 

 坂を登り切って2位でコーナーに入っていく。坂で減速した後のコーナーだというのに前の2人は結構な速さで曲がっていく。

 というより、テウスに追いつかれまいとカジュアルスナップがペースを落とさない。多少ブレながらもコーナーを加速しながら曲がっていく。

 稍重なバ場のせいか少し土が飛んできているのだが、テウスはそんなこと気にならないと言わんばかりにぴったり後ろについて回っていく。

 と言うか実際顔に少し土が掛かったりしているようだが……まあ、そんなことで怯むようなウマ娘じゃない。

 

『向こう正面に入って先頭はカジュアルスナップ。息を入れることなくハナを進みます。少し掛かり気味か。ブラックプロテウスすぐ後ろ、少し土を被っていますが気にせず追走しています。3バ身、4バ身離れてリボンマンボ。その横並んでジェニュイン』

 

 向こう正面に入っていき、先行集団が息を入れ始めるようなタイミングだ。それでもカジュアルスナップは息を入れることなく進んでいく。

 

 いや……これは、テウスの奴、息を入れさせない気だな。逃げウマ娘と言うのはツインターボなどの一部の例外を除いて基本何処かで息を入れる。

 それをさせないということは自分も息を入れないということだが、圧倒的なスタミナ差で押し切るパワープレイが出来るテウスだからこその戦法だ。

 これが彼女なりに考えた逃げウマ娘対策であり、サイレンススズカ対策、と言うことだろう。

 

 スズカもそれに気付いているのか、じっとテウスの走りを眺めている。スズカは後ろから何をされても気にせず自分のペースで突っ走るウマ娘だが、先頭を脅かされれば流石にペースを乱されかねない。

 

『さあ第3コーナー……おっと、カジュアルスナップ、流石にオーバースピードだったか!? コーナーで大きく膨らんでしまった! その内側をブラックプロテウス切り込んでハナを奪った! 他の娘たちも次々と抜かしていくぞ!』

 

 息を入れることを許されず、トップスピードのまま第3コーナーに突っ込まされたカジュアルスナップは大きく膨らんでしまい、待ってましたと言わんばかりにテウスが開いた内側を駆け抜けていく。

 

「スズカ。スズカならあれ、どう対応する?」

 

 ふと気になって横にいるスズカに、そんなことを聞いていた。スズカは少し考えたような素振りを見せている。

 

「そうですね……私なら直線で一度、一気に引き離してコーナーで息を入れます。テウスちゃんも速いですけど、直線なら私の方が速いので。コーナーで多分追い付かれちゃいますけど、最後の直線に入るまで先頭を守れれば勝てると思います」

 

「確かに、スズカなら可能かもな……テウスが今のままのスピードなら、だけどな。これはうかうかしてはいられないな?」

 

「ええ、そうですね。ふふ、走りたくなってきちゃった」

 

 少しスズカがワクワクとした様子を見せる。強敵とのレースを楽しみにしているのか、それともただ走りたいだけなのか。後者のような気がするな……

 

『ブラックプロテウス先頭! 後続を3バ身、4バ身と引き離していく! これは文句なし! 圧巻のレース運びでブラックプロテウス、今ゴールイン! 他のウマ娘達をねじ伏せレースを制した!』

 

「よしっ!」

 

 テウスが無事先頭でゴールしたのを確認して小さくガッツポーズをする。

 チームメンバーたちとハイタッチをしたり抱きしめあったり、金色の槍を振り回したりと喜びを分かち合っているようだ。とりあえずゴルシはその槍を置いておきなさい。何処から持ってきたんだ。

 

『9戦9勝、無敗で皐月賞制覇! ブラックプロテウス、まず一冠!』

 

 レース場は大歓声に包まれ、テウスがそれに応えるように走りながら手を振る。いつものように息を切らした様子はなく、まだまだ走り足りないと言わんばかりだ。

 

『おっとブラックプロテウス、観客席の近くまで来て立ち止まりました。何かあったのか?』

 

 暫く走っていたと思うと急に観客席の近く、真ん中付近で立ち止まる。少しためらうような、恥ずかしがるような仕草をしながら、何かをしようとしているようだ。

 

 何をするのかと思いじっと見ていると、ゆっくり右の拳を掲げ、人差し指を一本、天に突きたてた。

 

『おおっと、これは!? ブラックプロテウス、指を一本天に掲げました! シンボリルドルフが、そしてトウカイテイオーが行ったパフォーマンスと同じ! 最もはやいウマ娘、ブラックプロテウス! 次の舞台は府中! 会場中に響き渡るテウスコールに見送られながら、ターフを後にします!』

 

 そのパフォーマンスに会場は大いに沸き、拍手とコールに見送られながら地下バ道の方に引き返していく。

 

「ふっふーん、ボクが教えたパフォーマンス、皆大喜びみたいだね!」

 

「テイオー、やっぱり貴女でしたの……これでもし三冠逃したりでもしたら大恥ですわよ?」

 

「ダイジョーブダイジョーブ! テウスならラクショーだって!」

 

 背後ではテイオーとマックイーンが楽しそうに話している。やはりテイオーの差し金だったようだ。まあ、テウスが自らあんなパフォーマンスするわけないしな……

 

 実際、2400や3000であれば現状スズカと走っても勝率は6割を上回っているほどだ。距離が長くなればなるほどスタミナに長けるテウスにとっては有利に働く。

 

 ただ、次の日本ダービーは最も『運のある』ウマ娘が勝つと言われるほどのレースだ。テウスは若干運が悪いところがあるし、少し不安なところがある。

 どんなことがあっても無傷で帰ってくるあたり悪運が強い、と言えばそうなのかもしれないが……悪運も運と信じよう。

 

 少し不安要素を感じながらも、次のダービーに向けて思いを寄せた。

 

 

 

 

 

『輝くウマ娘達のステージ、ウイニングライブ! センターはここまで無敗で勝ち上がっているブラックプロテウスです! トウカイテイオーが、ミホノブルボンが為しえなかった三冠に挑む彼女に期待が高まります!』

 

 日が沈み、夜が深まった中、中山レース場の野外ステージに、テウスが好きだと言っていた色、青のサイリウムが揺れる。

 

 テウスのイメージカラーは黒なのだが、サイリウムは青が良いとインタビューで言った結果、テウスのファンたちは青のサイリウムを振ってくれるようになった。

 黒いサイリウムがないことはないのだが、流石に一般的ではないし、無難な色に纏まったということもある。

 

 ステージライトが点き、三人のウマ娘が並んで歩いてくる。

 

 そして、クラシック三冠でのライブ曲『winning the soul』が流れ始める。それをセンターで担当ウマ娘が踊っているのを見るのは、チームスピカとしてはスペ、マックイーン、テイオー、ウオッカに続いての5人目だ。でも、何度聞いても誇らしいと思うとともに涙腺に来るものがある。

 

 テウスはマイクパフォーマンスは控えめだが、その分手を振ったりなどのファンサービスが多い。リハーサル中にすっぽ抜けてマイクスタンドを客席の方に放り投げた時はどうなることかと思ったが、本番では大きなミスはしないので安心して見ていられる。

 

 

 

 全てのウマ娘にとっての憧れだと、そう言えるウマ娘に。曲の締めを終えて拳を天に掲げたテウスに拍手を送りつつ、きっとそうなれるウマ娘だと想いを馳せた。




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