モブウマ娘は名前だけ借りているので脚質等は実際のモノとは合っていませんのでご注意ください。
皐月賞が終わってしばらく経ち、久しぶりに学園外周を走ろうと準備をする。
久しぶりと言うのも、皐月賞が終わってから、テイオー先輩直伝のパフォーマンスのせいか休日のみならず平日まで記者さんが詰め掛けてまともに外で練習出来なかったからだ。
理事長やルドルフ会長達に何とか抑えてもらってはいたのだが、外に出ようものならすぐに捕まって最低でも十数分は拘束されてしまうので正直ストレスでどうにかなってしまいそうだった。
見かねたマルゼン先輩が他の人たちも誘って一緒に併走してくれていなかったらそのうち爆発して記者さんを投げ飛ばしていただろう。
そろそろマルゼン先輩のお誕生日だし、その時にお礼でもしようと思って、マルゼン先輩のタッちゃんに置いておけるようなグッズをこっそり見繕っている。
「あら、テウスさん。これからサトノさんと外周を走りに行くのですが、ご一緒にいかがですか?」
「いいんですか? ならご一緒させていただきますね」
部室前で走る前の柔軟をしていると、ジャージを着たマックイーン先輩からのお誘いが掛かった。断る理由がないのでお言葉に甘えることにする。
マックイーン先輩の繫靭帯炎はほぼ完治しており、次走を天皇賞(秋)トライアル、京都大賞典に向けてのトレーニングを開始している。
現状、正直贔屓目に見たとしても全盛期には程遠い。それでもきっとマックイーン先輩なら十分仕上げてくるだろう。その時期に私が走るとしたら神戸新聞杯になるだろうが、出来れば京都大賞典も走りたいところである。
ステイヤーの私には2400mからの方が走りやすいし、長い方が好きだ。出来ることなら2400m以上のレースには片っ端から出走してみたいと思っている。
トレーナーさんにも『まあお前ならそう言うだろうな』と呆れることもなく言われたので、そろそろ諦めてくれたようだ。
だが、青葉賞に関しては今回は仕方なく見送ることにした。不調とかジンクス云々のお話しではなく、完全にプライベートな家庭的事情の為なので、理由は割愛するが。
ダイヤちゃんと合流して、学園の周りを走り始める。久々の外周と言うこともあってちょっとテンションが上がってしまうが、マックイーン先輩に無理をさせるわけにもいかないので、大人しく二人の後ろからついていく。
「そうだ、サトノさん、テウスさん。明日何か御用事ございます? なければ明日メジロの皆で天皇賞(春)を見に行くのですが、ご一緒しませんか?」
少し息を入れる為に休憩していると、マックイーン先輩からそんな提案をされる。
天皇賞(春)はシニア三冠戦線の二戦目。秋も含めた二つの天皇賞は日本国内にあるレースにおいて最も長い歴史と伝統を持ち、制度改革や競走条件の変更を経ても最重要とされているレースと言っていい。
名家はその盾の栄誉を勝ち取るために懸けているところが多く、メジロ家などはその最たるものである。
「えっと、私は大丈夫です。ダイヤちゃんは?」
「私ももちろんご一緒します!」
私もダイヤちゃんも大丈夫なようで、そのまま集合時間などの打ち合わせをしたのだが……自家用ジェットがどうとか新幹線一車両貸し切りとか不穏な話題がされていたのは聞かなかったことにしたい。
というか貸し切りとか数か月前から申し込まないといけないはずだが……メジロ家とサトノ家に常識は通用しないということなのだろうか?
でも専用の交通手段を使うのには賛成だ。フジキセキ先輩のライバルと言うこともあってか無名だった私もかなり注目されるようになってしまったし、マックイーン先輩、ダイヤちゃんなんて送迎なしで迂闊に外を歩くような立場じゃない。
そんなメンバーで公共交通機関を使うなら変装しないとまともに歩けないだろう。
ひとまず交通手段に関してはお任せすることにした。代案に関しても私にはトレーナーさんに車を出してもらうくらいしか案を出せないし、流石にそれはトレーナーさんに迷惑だろうし。
貸し切りにされた新幹線のグリーン車の中で落ち着かない時間を過ごした後に、慣れ親しんだ京都レース場に着いた。
グリーン車に乗ったのも初めてだし、一車両貸し切りなんて小学校の時の修学旅行以来だ。
そわそわしていた私をアルダン先輩やライアン先輩が気にかけてくれていたので多少は気持ちが楽だったが、帰りもこれに乗るのかと思うと少し気が遠くなる。
ダイヤちゃんは慣れてるようにしていた辺り、やっぱりお嬢さまなんだなあと勝手に育ちの違いを見せつけられた気持ちになってしまった。
「そわそわしてたみたいだけど大丈夫? 気分でも悪かった?」
「あ、いいえ、落ち着かなかっただけなので……ご心配ありがとうございます。ドーベル先輩」
心配してくれたドーベル先輩にお礼を言いつつ、関係者席の方へ向かう。トレセン学園生は一般客とは別の入口から入れるし、専用の席を使うこともできるのでとても便利だ。ちょっとずるい気もするけど、混乱を避けるためには仕方ない。
『唯一無二、一帖の盾をかけた熱き戦い! 最長距離GⅠ天皇賞(春)! バ場状態は重での発表となりました』
曇り空の京都レース場にファンファーレが鳴り響き、ウマ娘達がゲートに入っていく。
『18人のゲートインが終わりました。今スタートです!』
『18人のウマ娘がゲートから一斉にスタートしました。先頭争いは16番トランペットリズム、11番サドンアタック、13番シャバランケが行きました。重バ場と言うこともあってかスローペースで進んでいきます。先行集団のあたり、ライスシャワーが居ます。不気味な黒い影!』
ウマ娘達がゲートから飛び出し、最初のコーナーを回っていく。先頭の娘が3バ身ほどリードしているがそれ以外の娘は団子状態でホームストレッチに入ってくる。
会場は大きな歓声に包まれて、観客たちは口々に自らが応援するウマ娘の名前を叫んでいる。
「ライスさーん! 頑張ってくださいましー!!」
隣にいたマックイーン先輩がいきなり声を張り上げ、ついビクッとしてしまう。
集団の外側に位置する漆黒の影、ライスシャワー。今までのGⅠ勝ち星は菊花賞、そしてこの天皇賞(春)と、3000m以上で輝く純然たるステイヤーだ。マックイーン先輩を倒した2年前の天皇賞(春)からスランプに陥ったのか、勝利から遠ざかってしまっている。
勝ったGⅠレースが誰かの記録が懸かったレースだったことからもいろいろ批判がある娘ではあるけれど、私から言わせれば何を勝手に言っているのか、と言った感じである。
私たちウマ娘はその命と魂を燃やして走っている。どういうときに結果が出るか出ないかは三女神様のみぞ知るといった感じだ。時に運だって関わってくるのだから。
それをどうのこうの言ってくるのは正直あまり面白くない。ましてやそれを悪役のようにまで言ってくるのは流石に違うと思う。
『トランペットリズムがいまだ先頭。しかし殆ど差がなく後続も迫ってきます。まもなく半分の1600m。1600mを……1分41秒から42秒台と言ったところ。このバ場コンディションではまずまずのペースと言ったところです』
ちょっと遅いかな? と思っていたのだが、今日の重バ場だと普通らしい。今まで長距離レースを走ったことない弊害がこういうことに出て来てしまう。菊花賞は京都で3000mだし、このレース展開を参考にしたいところだ。
『第2コーナーを回って場内大歓声! 行った行ったライスシャワーだ! 漆黒の影が外から行く! ライスシャワーが行く! メジロマックイーンもミホノブルボンも客席から応援しています!』
向こう正面のあたりで小さな黒い影が外から上がっていく。って、ミホノブルボン……?
実況さんがブルボン先輩のことを言及したのを聞いて、関係者用の客席を見渡すと少し離れたところに居てレースを見守るブルボン先輩の姿を見つけた。
祈るようにしてレースを見つめており、どうやらこちらには気づいていないようだ。
『ライスシャワー、京都の坂の上りで先頭に立つ勢い! そのうち並んでトランペットリズム、すぐ後ろに11番サドンアタックと言った形で進んでいきます』
淀の坂はゆっくり上ってゆっくり下るというのがセオリーだが、時折そのセオリーを崩していくウマ娘も居る。
今日のライスシャワー先輩も同じようなものだろう。
『第3コーナーで完全にライスシャワーが先頭に立った! ぐーっと13番シャバランケもあがってくる。そしてアルベドベラドンナ、ルミナスエスクードも上がっていく。だが、ライスシャワー、ライスシャワーだ! 先頭で第4コーナーを回っていく! やはりこのウマ娘は強いのか!』
『ライスシャワー先頭! ライスシャワー先頭! 他の娘たちも詰めてくるがライスシャワー完全に先頭だ! だが15番デュンナも2番手に上がってくる!』
最終直線に入って、その小さな身体の何処にそんな力があるのかと思う程の力強い走りで、ライスシャワー先輩が内を駆け抜けていく。
『ライスシャワーとデュンナ並んだ、並んだが、これはライスシャワーだ! やったやったライスシャワー! 淀に咲いたのは祝福の蒼い薔薇! メジロマックイーンもミホノブルボンも喜んでいることでしょう!』
二人並んでゴール板を駆け抜ける。私の目にはどちらが先かはわからなかったし、走った後ライスシャワー先輩はヘロヘロになっていたし、デュンナ先輩はガッツポーズをしていた。
それに掲示板だって写真の文字が輝いている。それでも実況の人からはライスシャワー先輩が優勢に見えたのだろう。
「テウスさん! 行きますわよ!」
「え、どこへ……ま、待ってください!?」
マックイーン先輩にもそれは同じだったようで、いきなりウイナーズサークルの方に駆けだして行ってしまう。ブルボン先輩もいつの間にか先を走っていて、ひとまず周りの先輩たちに挨拶してから後を追いかける。
ウイナーズサークルに辿り着いたとき、掲示板にはまだ写真の文字が輝いていた。ライスシャワー先輩とデュンナ先輩がそれを食い入るように見つめている。
『写真判定の結果が出ました! 1着、3番ライスシャワー! 2着15番デュンナ!』
『実に、実に2年、728日振りの勝利で奇跡の復活! 青い薔薇が今ここに夢叶う! 勝ち時計3:19.9!』
一瞬消灯した後、掲示板に数字が点灯する。それを見たデュンナ先輩は肩を落とし、ライスシャワー先輩は呆然とした様子で掲示板を見つめている。
「ライスさん!! やりましたわね! おめでとう、本当におめでとうございますわ!」
「わわっ、マ、マックイーンさん!?」
呆然としていたライスシャワー先輩を感極まったマックイーン先輩が飛びつくような勢いで抱きしめる。
「ライスさん。おめでとうございます。見事な走りでした」
「ブルボンさん……二人とも、ありがとう、ございますっ」
ブルボン先輩が穏やかな表情でライスシャワー先輩に拍手を送り、マックイーン先輩が離れた後に抱きしめる。
ライスシャワー先輩は嬉しそうに笑って、そして泣いていた。
『ウイナーズサークルで、メジロマックイーンとミホノブルボンの祝福の抱擁を受けています、ライスシャワー! とても美しい光景です!』
会場は大歓声と、大きな拍手に包まれている。私も、そして一緒に戦った娘たちも、ライスシャワー先輩に拍手を送っている。
菊花賞で、そして2年前の天皇賞(春)では得られなかった祝福が、ターフから、そして客席から彼女に降り注ぐ。
彼女はそれを驚いたように、そして、とても幸せそうに受け止めて、身を震わせ。そして、客席に向けて小さくガッツポーズを取って見せた。
彼女は、私にとっては最大級のライバルになるだろう。きっと宝塚記念にだって出てくるし、今後私が長距離路線を走ったら、必ず何処かでこの最強のステイヤーとぶつかることになる。
それでも今日は、彼女の走りに見惚れた一人のファンとして。心からの祝福を贈る事にしよう。
「テウスさん、何処に行くつもりですの? 駅はそちらではありませんわよ?」
「今日はここから走って帰ります! 今日のレース見て、もう居ても立っても居られないので!」
「ここから学園まで走ったら何時間かかると思ってるんですの!!? おバカなこと言っていないで行きますわよ!!」
今日のレースでテンションが最高まで上がってしまったので、気合を入れて走って帰ろうとしたところを、マックイーン先輩に首根っこをひっ捕まえられる。
ゴルシ先輩すら完全に捕獲するマックイーン先輩の手から逃れられるはずもなく。そのまま駅に着くまで引きずられていくのだった。
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