謎のウマ娘四人組に拉致された私は、どこかの個室の中でパイプ椅子に座らされていた。特に縛られているとかそういうわけではないが、圧がすごい。
というのも。私を囲んでいる面々が面々だからだ。
まずは黄金世代の日本総大将、スペシャルウィーク先輩。そして二冠ウマ娘、トウカイテイオー先輩。菊花賞及び天皇賞春二連覇のメジロマックイーン先輩。
うん、チームスピカだこの人たち!?
トレーニングばっかりしていた私もGⅠウマ娘くらいはわかる。ましてやあのサイレンススズカ先輩の所属チームである。他にはゴールドシップ先輩も居て、ダイワスカーレット先輩とウオッカ先輩、それと遠征中のサイレンススズカ先輩以外は揃っている。
いきなり錚々たる面々に囲まれて内心涙目である。私何かしたっけ……?
ぶるぶる震えているとゴールドシップ先輩の後ろから男の人が現れる。飴を咥えたトレーナー、私が蹴りを入れたその人である。
よく見ると私が付けたであろう蹄鉄の跡の他にも頬に掌の跡があったりとちょっと痛々しい感じになっている。大丈夫だろうか……
「あ、あの……どうして私ここに連れてこられたんですか? 蹴ったことについての報復、とかでしょうか……? ごめんなさい、急に脚を触られたので咄嗟に……」
「ん? ああ、そうじゃないよ。蹴られるのは慣れてるから」
「慣れてる!!?」
慣れてるとはどういうことだろうか、ウマ娘に蹴られる機会などそうそうないはずだが……
「というか貴方! またいきなり見知らぬウマ娘の足を触ったんですの!?」
メジロマックイーン先輩がトレーナーさんを睨んだかと思うと、次の瞬間には彼の背後に回り込み、左足に自分の左足をからめるようにフックさせて、右腕の下を経由して自分の左腕を首の後ろに巻きつけ、背筋を伸ばすように伸び上がるようにして締め上げる。俗にいうコブラツイストである。
「あだだだだ!! 違う違う! 消耗度合いが気になってつい触っちまっただけだって!」
「何が違うんですの!! セクハラですわよ!?」
「ぐわああああ!!」
相当痛そうに見えるが、多分これ技を掛けられるのに慣れている感じだ。なら限度はわかってるだろうし、このまま話しても問題ないかな?
「あの……ならどうして私をここに? 私、これからトレーニングするつもりだったんですけど……」
「ま、待て待て。レースした後にさらにトレーニングするってのか? 流石にトレーナーとしては……ま、マックイーン! そろそろ技解いてくれ!!」
メジロマックイーン先輩に技を解いてもらったトレーナーさんは、こちらに向き直る。真剣な眼差しだったので、こちらも自然と背筋が伸びる。
「いえ、トレーニングといっても下見程度で軽く走る程度に済ませるつもりで……」
何せ本格的なトレーニングは先ほどマヤさんに禁止されたばかりだ。破ったりでもしたら今度は吐くまで揺さぶられるだろう。
「軽く走るにしても今日はやめとけ。明日は休みなんだし、担当トレーナーとしてはちょっとな……」
「本当に大丈夫なんですけど……わかりました。今日のところは……って、え? 担当トレーナーって誰が……」
「俺がお前の担当トレーナーだ。よろしくな」
「あ、はい……よろしくお願いします……えっと、トレーナーってこういう風に決まるんですね?」
知らなかった。まあ、ウマ娘を選ぶのはトレーナーさんの方だし、特に名門の出身というわけでもない私に選択権があるとは思ってはいなかったが……
「いやいやいや、ほんとーは違うからね? トレーナー、強引なのも程々にしないと」
トウカイテイオーさんが呆れたように補足してくれる。
「そうですわ。トレーナーとウマ娘というのは一心同体。信頼関係の上に成り立つものですもの。遠慮はしなくてよろしいのですのよ」
「そうなんですね……でも、きっとこのトレーナーさんなら大丈夫だと思うので。これからよろしくお願いします。あ、私はブラックプロテウスと言います」
立ち上がって深くお辞儀する。私が大丈夫だと思ったのは勘というわけではない。
先輩方は、このトレーナーさんを深く信頼しているようだから。唐突に脚を触ってくるような人だけれど、きっとそれにも意味があるんだろうし。
「お、おう。よろしくな。ブラックプロテウス。それじゃ、再来週のデビュー戦に向けて頑張ろうな!」
「ちょ、ちょっとトレーナーさん! またそんな期間のない……私の時よりはマシですけど! でもまだブラックプロテウスさんは入学したてなんですよ!」
スペシャルウィーク先輩が尻尾をぴんと立ててトレーナーさんに詰め寄る。私としては望むところなのだが……
「大丈夫だ。こいつは確かに入学したてだが、上がり3ハロンは33.5、ラスト1ハロンは10.7秒だ。しかも2000走ってほぼ息を切らしてなかった。デビュー前のタイムだとすれば、スペより速かったんだぞ? 走り方さえ修正してやれば、十分走れるさ」
「逃げウマ娘でそれはスゲーな? コイツにならゴルシちゃんの108ある必殺走法のうちの1つを授けられそうだぜ……!」
さっきまで一人で将棋をしていたゴールドシップ先輩が反応して面白いものを見つけたかのように笑みを浮かべられる。物凄い美人ではあるが、見惚れるというより嫌な予感の方が強く感じるのはなぜだろう……?
「沢山レースに出れるのは私も望むところですし、大丈夫です。毎週レースでもいいですよ?」
「お、いい気合いだな。それくらいの意気で頑張れ! じゃあ、明日は朝からトレーニングだな! 全員朝9時にこのスピカの部室に集合。ここにいないウオッカとスカーレットにも後で伝えておいてやってくれ。どうせ二人野良レースしてるだろうから」
「はい、わかりました。トレーナーさん! それじゃ失礼しますね。あ、ブラックプロテウスさん、寮はどちらですか? 栗東寮なら一緒に帰りましょう!」
スペシャルウィーク先輩が私の手を引いて部室から連れ出してくれる。ちょうど私も栗東寮だったのでお言葉に甘えてご案内してもらうことにする。
後ろでは先輩たちがトレーナーに片付けを押しつけ……お願いしていた。手伝わなくていいんだろうか? 明日からは手伝ってあげることにしよう、うん。
ちなみに私は寮の部屋に一人だけである。というのも、同部屋になるはずだった地方からスカウトされたウマ娘が、
詳しく聞いても「ポニーちゃんが知るにはちょっと早い内容だから」と誤魔化されてしまった。ポニーちゃんってどういう意味なんだろう……?
後はご飯を食べて、寝る前のトレーニングとお風呂に入って寝るくらいだ。
自慢じゃないが私は早寝早起きである。(夜更かしできないだけともいうが)
どれだけ遅くても日付が変わる前には寝るし、5時前くらいに起きる。同室の子がいればお話とかして夜更かしすることもあったのかもしれないけれど、一人だけだし……待てよ。一人だけということは寝る前のトレーニングをもっと長くしても迷惑かけない? 逆立ち腕立てとかメディシンボールとか使ってもいいかな? 私の部屋は一階だし、ちょっとドタバタしても迷惑かけないよね! シャワーの時間だけ忘れないようにするか、朝シャワーを浴びればいいし。
食事の時間を忘れたとしても、私はそれなりに料理ができるので、台所さえ借りれるなら問題ない。最悪栄養バーとかでもいいが、トレセン学園の食事メニューは栄養価などもきちんと管理しているので出来る限りそちらを頼りたい。
今日は着替えたあとスペ先輩(愛称呼びを許してくれた)に連れて行ってもらって食堂に行くので問題ない。同室の子がいない私に構ってくれるのは素直にうれしい。
どうやらスぺ先輩の同室はサイレンススズカ先輩のようで、彼女も今一人のようだ。彼女も一人では寂しかったようである。どうやら彼女も地元にいる間はあまり友達がいなかったようで、私のことは放っておけなかったそうだ。その優しさに私の中での好感度が鰻上りである。もう一番頼れる先輩認定だ。
いつもは少し他の人とは距離を開けて歩くのだが、もうぴったり引っ付いている。スペ先輩は笑って手をつないで歩いてくれた。それがお姉ちゃんみたいで嬉しくて、らしくないくらいべったり引っ付いてしまった。
なお、食堂に入ったときに先に居た長い栗毛のウマ娘からガン見された挙句殺気の様なものを感じ取ったのですぐに離れた。
ご飯を食べた後は明日に備えてスクワットや腕立てなどを軽く500回ずつくらい行い、早めにお風呂に入って寝た。寮の門限は朝は5時30分、夜は22時である。それ以外の時間に外出する場合は寮長と担当トレーナーの許可が必要となる。朝一からすぐにトレーニングする予定なので、そのために朝食を食堂で作ってもらって持ち帰ってきた。本来二人で共用する部屋の冷蔵庫も私一人で使えるのはお得である。特製のドリンクとかも冷やしておいたし、準備万端である。
4時30分くらいに起床し、朝ご飯を食べて着替える。集合は9時だったし、3時間くらいは自由にトレーニングができる!
鼻歌を歌いながら練習場まで全力ダッシュで向かう。昨日走れなかった坂路を様子見で5本4セットくらい走ろう。その後は走ったことのないウッドチップコースを走ってみて感触を確かめて、芝コースを10周くらいでいいだろうか。
私はあまり芝コースを走ったことがない。家の近所にコースがなかったので、大抵は山道を走り回っていたからだ。おじいちゃんも専門で教えていたのはダートのウマ娘だったみたいだし、芝での走り方に慣れておかないといけない。中央のメインレースは芝なので、沢山走るためには芝への習熟が必要だ。芝のほうが走りやすい気がしたので、少し走れば慣れるだろう。
これが終わっても時間が余るようなら時間まで坂路を走っていればいいだろう。集合時間の30分前を目途に終えるようにすれば遅刻することもないと思う。腕時計にアラームをセットしておく。
誰もいないトレーニングコースについた私は準備体操をしっかり行ったのち、意気揚々と坂路を駆け上った。
腕時計からピピピ、ピピピという音が鳴り、トレーニングを中断する。
3時間ほどトレーニングを行い、満足するトレーニングができた。坂路を100本くらいは走れただろうか。テンションが上がりすぎてタイムも回数も計っていなかったのは反省点である。
一日中山道を走り回っていたおかげか、まだ体力に問題はない。ちゃんとインターバルも入れていたので、まだまだ元気いっぱいだ。
芝の感覚も掴めてきたし、気分は上々である。鼻歌も大きくなるというものだ。
ちょっと時間があったのでシャワーを浴びてから部室に向かおうと撤収準備をしていると、トレーナーさんが慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。汗だくである。何かあったのだろうか?
「あ、トレーナーさん。おはようございます。何かありましたか? あ、汗これで拭いてください。まだ使ってないタオルですからご安心を」
使ってないハンドタオルをトレーナーさんに渡す。トレーナーさんは受け取った後少し困ったような表情をこちらに向けてくる。この態度は一体……?
「お、お前……いつからトレーニングしてた? というかどれだけ走った? 朝練してたウマ娘から通報があったぞ!? 黒鹿毛のウマ娘がやばいくらい坂路を走り続けてるって!」
どうやら私の練習風景を見ていたウマ娘たちからの通報を受けて慌ててこちらに来たようだ。自主トレする旨を伝えておかなかったのがいけなかったのだろうか。
「朝5時30分から少し。トレーニング用のコースでトレーニングをするのって初めてで。ほら、新入生には今日までトレーニングコースが開放されていなかったじゃないですか。私、もう楽しみで楽しみで」
そう、新入生には今日までトレーニングコースは開放されていなかったのである。環境の変化に慣れるまではいきなりコースに出るのは危険ではないか、ということらしい。なので今まで学園外周を走るくらいしかできなかったのだ。昨日軽く走ろうとしたのはその点ではグレーゾーン……ギリギリアウトだったかもしれない。
「朝5時半ってお前、3時間くらいトレーニングしてたってのか!? ずっと!?」
「ちゃんとインターバルは入れていたので問題ないですよ? 全然消耗もしてないですし」
「消耗してないってお前……少し触って確かめるぞ?」
「出来れば先に汗を流させてほしいんですけど……わかりました」
汗臭くないかというのが心配だったが、トレーナーさんが真剣な顔をしていたので、頷く。まず脚を触られ、その後は部室のソファに寝かされて背中や腰などを触られた。とてもくすぐったくて笑いを耐えるのに必死だったのは内緒である。
最初は少し難しそうな顔をしていたが、触診を続けるにつれ困惑したような顔に変わっていくのがわかる。
「あの……何かおかしなところがありましたか?」
少し不安になって訊いてみる。故障はしないはずなのだが……もしかするとこの特典はそれほど万能ではないのだろうか。
「いや……まったくおかしなところはないし、消耗も見られない。今までトレーニングしてたってのが信じられないくらいだ。……どこにも違和感はないんだな?」
どうやらおかしなところがないことがおかしい、と思っているようだ。いくら関節に負担が少ない坂路とはいえ、あれだけ走ったら多少は消耗していると思っていたのだろう。
「はい。私昔から身体は頑丈ですし、回復も早いので。少しインターバルを入れればすぐ回復するんです」
特典については詳しく話せないので、ちょっと誤魔化す。回復が早いのは特典の作用だ。レースに支障がない程度の軽い筋肉痛などになることはあっても、すぐに治ってしまう。圧倒的な耐久力と回復力、それが『絶対に故障しない身体』の正体なのだろう。結構深く頭のあたりを切った時もすぐに血が止まって、翌日には跡形もなく傷跡が消えていたし。
流石に即死級の、何かが胸に突き刺さったりすれば死ぬだろうが、それ以外では病死や老衰以外で死ぬことはないんじゃないかと思うくらいの耐久力である。なお、花粉症は故障ではない。スギは私の敵だ。私の症状はとても軽いし、すぐに回復するからいいけど。
「そうか……まあいい。今後は自主トレを行うときはいつ、どこで、なにを、どれだけやったか、俺に報告すること! 今日はもともと、走り方の矯正をする予定でそれほど追い込むつもりはなかったが、限界を見極めるためにもちょっとスパルタで行くぞ!」
どうやら吹っ切れてくれたようで何よりである。私の耐久性に頭を悩ましても意味がないのだ。何せ、都内で一番大きい病院で、最新鋭の機器で精密検査をして偉いお医者さんが数十名頭を抱えてもわからなかったのだから。
「はい、わかりました。それでは、一度汗を流してから戻ってきますね。10分ほどで戻りますので」
お辞儀をして部室を去る。触診で大体10分ほど経過したが、寮まで戻って軽くシャワーを浴びて帰ってくるくらいの時間はあるはずだ。
「おう、わかった。気をつけてな。あ、寮まで戻るんだよな? ならスペを呼んできてくれ。なんかあいつ今日は寝坊しそうな気がするから」
手をひらひらと振ってトレーナーさんが私を見送ってくれる。了承すると軽く駆け足で寮へシャワーを浴びに帰った。
……なお、寝ぼけているスペ先輩を起こして身嗜みを整えさせるのが今日一番体力を使った、ということは秘密である。
ブラックプロテウス
一人っ子でお姉ちゃんが欲しいと常々思っていたので、先輩風を吹かせたスペシャルウィークに懐いた。
とても軽い花粉症持ち。ウマ娘では珍しいタイプ。
スペシャルウィーク
昔の自分みたいで放っておけなかった。可愛い妹ができたと思っている。
スズカさんが遠征でいなくなったので起こしてくれる人がおらず、よく寝坊する。
トレーナー(沖野トレーナー)
スズカと同じように好きに走らせないと調子が下がるタイプだと判断。
全然消耗していない様子からどの程度なら消耗するのかを追い込んで判断しようとしているが、どれだけ追い込んでも消耗しない様子を見て理解するのを諦めることとなる。
メジロマックイーン
繫靭帯炎を患ったためリハビリに励んでいる。順調にいけば来年には回復するだろうと思われる。現状でもプロレス技を掛けられるくらいには回復している。
トウカイテイオー
筋肉痛で大阪杯、天皇賞(春)は回避した。さらに左足に少し違和感があったが、メジロ家お抱えの主治医の手当てを受けて無事乗り切る。
ゴールドシップ
ブラックプロテウスが化け物みたいなスタミナを持っているのを知り、これは面白い新人が入ってきたと興味津々。そのうちロングスパートやら京都レース場坂手前からのスパートやらを教え込もうと思っている。
ダイワスカーレット・ウオッカ
本来は顔合わせするはずだったがいつものように喧嘩してしまい、野良レースとなって顔合わせをすっぽかした。
栗毛のウマ娘
スペちゃんと手を繋いで入ってきたブラックプロテウスに対抗心を抱き、つい殺気を当ててしまった。食事中に謝罪と自己紹介はした。
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