漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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第三十七話 運命の宝塚

 

 

 

 無事退院して学園に戻ってきた日、放課後に辿り着いたトレセン学園は何だか騒がしかった。

 多分阪神レース場が使えなくなった事に関するものだろうが、何かあったのだろうか? 

 戻ってきたらたづなさんに連絡してくれと言われていたが、この状態で連絡しても大丈夫なんだろうか……? 

 

 メッセージを送ってみると、すぐに理事長室に来てくれと返事が返ってきた。恐らく宝塚記念に関してのことだろうか、それとも検査結果のことに関してだろうか。

 検査結果に関しては問題ないと先に伝えておいたはずなのだが……自分の目で確かめないとわからないということだろうか? 

 ここでのんびりしていても始まらないので、走って理事長室へ向かう。階段を何段か飛ばして駆け登り理事長室へと駆け込む。

 

 何故だか扉が全開になっていたのでそのまま駆け込むと、そこには困ったように笑うたづなさんと、頭の上に猫を乗せた理事長と、理事長に深く頭を下げているライスシャワー先輩がいた。

 

「……え、何ですかこの状況」

 

 そんな呟きを漏らしてしまったけれど、私は悪くないと思う。というか何でこの状況で私はここに呼ばれたんだろう……

 

「歓迎! 無事に戻ってきてくれて何より! 君に話したいことがあって、急だが呼ばせてもらった! まずは座ってくれ! 勿論ライスシャワー君もだ!」

 

「え、あ、はい……失礼します」

 

「は、はい! わかりまひゃっ、うう、噛んじゃった……」

 

 扇子をバッと広げた理事長に促されソファーに腰掛ける。理事長の目の前にいたライスシャワー先輩は隣に腰掛けてちょっとそわそわしている。ちょっとかわいいかも……? 

 

「……あ、あの。テウスちゃん……何でライスを撫でてるの……?」

 

「え? あ、えっと……つい?」

 

 無意識のうちにライスシャワー先輩を撫でてしまっていた。撫で心地が良くてついそのまましばらく撫で続けてしまう。

 

 ライスシャワー先輩は戸惑いながらも振り払うようなことはしてこなかった。折角なのでこのまま満足するまで撫でさせてもらうことにしよう。

 

「うむ! 仲が良いようで何よりだ! 先にライスシャワー君には話したが、君たちをここに呼んだのは他でもない! 宝塚記念に関しての決定事項を知らせる為だ!」

 

「宝塚記念……ですか? 阪神レース場が使えない以上、開催中止だと思っていましたが?」

 

 流石にあの状況で開催するのは厳しいだろう。かわりにラジオNIKKEI賞でも出ようかと考えていたのだけれど……

 

「確かに阪神レース場は使えないが、安心してほしい! 今回! 宝塚記念は代わりに京都レース場で開催されることと相成った!」

 

 つまりは、代替開催ということか。確かに宝塚記念は過去にも京都レース場で開催されたことがあるはずだ。代替開催の為の下地は整っていると言えるのかもしれない。

 

 ただ、それはあらかじめ使えないということが分かったうえで代替をされているものだ。今回のような突発的アクシデント、しかもほんの数日しか経っていないのに、ここまで迅速な対応ができるものなのだろうか……

 

「ブラックプロテウス君の疑問もわかる! 今回の代替開催が決定したのは我々学園とURAの思惑、そしてここにいるライスシャワー君の尽力があってのものだ!」

 

 理事長曰く、URAが動き出すより前にライスシャワー先輩があらゆる伝手を使って宝塚記念が京都レース場で開催できるように根回しをしていたらしい。

 運営をする為のスタッフはもちろん、URAの役員、雑誌や新聞の記者、更にはテレビ局の関係者にすら連絡をして居たという。

 

 凄い行動力だ。私だったらすぐに諦めてトレーニングに意識を切り替えていただろう。というか、もう半ば切り替えて他の地方のレースのどれかにでも出ようかと考えていたくらいだ。

 彼女のその執念とも言えるほどの強い想いが、可能性を手繰り寄せたのだろう。素直に尊敬するし、見習わないといけないと思う。

 

「そうなんですね。ありがとうございました、ライスシャワー先輩。お陰で問題なく走れそうです」

 

「ラ、ライスは大したことはしてないから……でも、いいの? 今回はスズカさんは出れないみたいだし……宝塚記念じゃテウスちゃんの目的は達成できないよ?」

 

「同意! 今回私がブラックプロテウス君を呼んだ理由もそれだ! 宝塚記念を回避する可能性もあると思った故に呼ばせてもらった!」

 

 ライスシャワー先輩が言った言葉に、理事長が同意する。公言していた目標が目標なだけに、出走するのかどうかの意思を聞きたかったのだろう。

 

「出ますよ。確かにスズカさんは出ませんけれど、今目の前に現役最強のウマ娘が居て、その娘と全力で対決できるなんてそんな機会逃したくありませんから」

 

 今年の天皇賞・春を制したライスシャワー先輩は、間違いなく現役最強だ。あの重バ場の京都で、最後の最後まで粘り、勝ちを捥ぎ取ったその実力は確かなものだろう。

 

 そんなウマ娘と対決できるのなら、回避する理由なんてないと思うのだけれど。

 

「君は現在二冠、しかも無敗の二冠ウマ娘だ! クラシック二冠を獲ったウマ娘がクラシック級で宝塚記念に挑む、というのは前代未聞。更に、トウカイテイオー君が、ミホノブルボン君が達成出来なかった無敗の三冠ウマ娘の誕生を望む声は内外共に大きい! 故に! 宝塚記念は回避し、菊花賞へ備えるべきだという意見も根強くあることにも留意してほしい!」

 

 扇子を広げこちらを真剣な目で見つめてくる。

 

 今までクラシック級のウマ娘が宝塚記念に挑み、勝った記録はない。それどころか3着にすら入ったことはなく、去年のダービーウマ娘、ウオッカ先輩ですら8着に沈んでいる。

 それだけグランプリレースというのは層が厚く、実力者揃いということだ。ネイチャ先輩のように何年も連続で連下に入れるような実力者だっているわけだし。

 

 ただ、今回ネイチャ先輩は宝塚には出ない。先の京都記念の後に骨折をしてしまい、現在療養中だからだ。

 テイオー先輩がリハビリを手伝っていたので、多分秋ごろには復活してくるとは思うけれど、今年の有記念は難しそうだ。

 今年こそはまた3着に入ってくれるかと楽しみにしていたのに……いや、流石にそれは失礼か。

 

「私が欲しいのは無敗の称号ではありませんから。私は、全てのウマ娘の憧れになりたい。だから目の前の、現役最強のウマ娘から、逃げることは出来ません」

 

 レースでは逃げますけれど。と冗談っぽく一言加えると、理事長は満足そうに笑い、

 

「で、あるならば、私からは何も言うことはない! 一教育者として、君の挑戦を応援するものである! 君のその選択を批判するものがあれば、私が対処しよう!」

 

 と、心強いことを言ってくれた。外見は私とそう変わらない年齢のように見えるのに、流石は理事長、心強いものである。

 

「テウスちゃん……ライス、負けないから。全力で、走るね」

 

 こちらの様子を窺っていたライスシャワー先輩が、話が一段落したのを見てかこちらに声を掛けて来てくれた。

 

 うなじのあたりにチリチリとした感覚を覚える。これが黒い刺客、ライスシャワーが放つ重圧なのかと思うと、ちょっと楽しくなってしまう。

 

「はい。私も負けません。いいレースにしましょうね、先輩」

 

 手を出してライスシャワー先輩と握手をする。わ、手ちっちゃい……やわらかい……すべすべ……

 

「えっと、あんまり触られてるとライス困っちゃうんだけど……あ、ところで、テウスちゃん。宝塚記念に出るなら、勝負服大丈夫だった? 確かあの時、ひっかけて破けてたよね?」

 

「……あ゛っ!!」

 

 ライスシャワー先輩の手の感触を堪能していると、そんな一言に現実に引き戻されたのだった。

 

 

 

 

 

 

「勝負服か……確か仕立て直しから戻ってくるまで一ヶ月ちょっとだから……最優秀ジュニアウマ娘の時に貰った勝負服にするしかないんじゃないか?」

 

 大急ぎでスピカの部室に戻りトレーナーさんのところに相談に行くと、そんなお返事を貰った。

 

「あ、あれですか……私には似合わないと思うんですけど……」

 

 最優秀ジュニアウマ娘の時に貰った勝負服は女優さんがパーティかなにかに着ていくようなセクシーなドレスで、ちょっと露出が多かった。

 スズカさんやスカーレットさんと色違いでお揃いなんだけど、私にはちょっと似合わないんじゃないかと思うデザインだ。露出が多い服は滅多に着ないので、少し不安だし。

 

「プロがデザインしてるんだし問題ないだろ? お前はスタイルもいいんだし、全然似合うと思うけどな?」

 

「……セクハラですか?」

 

「ちがっ!! 違うから関節技はやめてくれ!」

 

 ちょっとからかってみるとビクッとして後退る。私はトレーナーさんに関節技掛けたことないんだけどな……

 

「私はしませんよ、私は。他の先輩たちの前で言ったらどうなるかわかりませんけど」

 

「怖い事言うなよ……」

 

「私もしませんよ? テウスちゃん、勝負服だけどあれくらいなら全然ましな方よ? エアグルーヴなんてウエディングドレス着て走ってたんだから」

 

 トレーナーさんの背後からひょっこりとスズカさんが現れて爆弾発言をしていく。

 水着を着て走っていた娘が居るらしいと聞いたことはあるけれど、まさかウエディングドレスだなんて……そのうち着ぐるみを着て走る娘すら現れそうだ。

 

「それに、私とお揃いの勝負服を着ているところ、見てみたいわ。ダメかしら?」

 

「今すぐ着替えてきますね!」

 

 スズカさんのお望みとあらば仕方ない。

 

 そしてその日はそのまま、スズカさんと一緒に勝負服の着合わせを考えて過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

『京都レース場、本日のメインレース。宝塚記念! いよいよ本バ場入場です!』

 

 入場のアナウンスが流れて、地下バ道からターフへ出ていく。

 今日の私は1枠で1番。その為一番最初に出ていくことになる。

 

『このウマ娘にとっては絶好の最内枠となりました。本日の1番人気、1枠1番ブラックプロテウス! 芝2200mレコードホルダーです! 稍重の今日、果たしてレコード更新はあるのか! 期待が高まります!』

 

 バ場に出て行って軽く手を振りながらターフを走ってみる。

 

 今日は曇りで稍重。今日のシューズはドレスに合わせた低めのヒールで、どんなものかと思っていたけれど、それでも結構走りやすそうだ。

 新しい勝負服は胸元こそ開いてはいないが、ホルターネックの青いドレスで肩も出てるし背中なんてかなり大胆に開いている。

 シューズも服も、本来なら走れるようなものではないと思うんだけど、勝負服となると何故だか問題なく走れるのは凄いと思う。三女神様に感謝しないと。

 

『およそ1年1か月ぶりの出走です、5枠9番ナリタタイシン! 骨折や屈腱炎を乗り越えての久々の出走となりました。休養明け、ぶっつけ本番ですが実力を発揮し切れるか!』

 

 暫く慣らしに軽く走っていると、BNWと評されたうちの一人、ナリタタイシン先輩の名前が呼ばれた。

 あまり交流がない先輩ではあるが、確か皐月賞ウマ娘だったはずだ。

 多少身体が弱いところがあるのか、度重なる故障に悩まされていると聞いたことがある。それでもこのグランプリレースに出走してくるあたり、根強い人気があるのだろう。

 

 今日のパドックと返しウマを見た限りでは、本調子とは程遠そうだ。走りにあまり脅威を感じないので、マークしておく必要はないだろう。

 

『人気投票第1位! 当日人気こそ3位に下がりましたが実力は本物です。今年の天皇賞・春で奇跡の復活を遂げた、淀の女神に愛された孤高のステイヤー。8枠17番ライスシャワー!』

 

 暫くナリタタイシン先輩の様子を窺っていると、ライスシャワー先輩の名前が呼ばれた。

 

 ここ淀、京都レース場で行われたGⅠレースでは負けなし。菊花賞と天皇賞・春を二度、計GⅠ3勝のウマ娘。

 間違いなく、このレースで気を付けないといけないウマ娘の一人だろう──彼女が、本調子であったなら。

 

 今日の彼女は、パドックからなんとなく違和感を感じる。何処が悪いのかははっきりは言えないが、何かが起こりそうな、そんな不安が拭えない。

 きっと観客の人もそう感じたのか。最終的な人気は3番人気に下がってしまっている。

 

 心配になって一度声を掛けようとしたのだが、その気迫に近寄ることが出来なかった。

 このレースに全てを懸けているような……そんな雰囲気を感じて、声を掛けるのをためらってしまったのだ。

 

『全18人のウマ娘が此処、淀の舞台に出揃いました。クラシックの新星がその輝きで魅了するのか、シニアの猛者たちがその貫録を見せつけるのか。宝塚記念。いよいよファンファーレです!』

 

 今からでも声を掛けるべきだろうか……そんなことを考えながら、返しウマが終わってゲート前に集まっていると、ファンファーレが鳴った。私は1枠1番、最内枠だから一番最初にゲートに入らねばならない。

 声を掛けられなかったのは少し心配だが……こういった経験は、ライスシャワー先輩の方が豊富だろうし、彼女自身が向き合う問題なのかもしれない。

 私に出来ることは、戦う皆に失礼にならないように、全身全霊で戦うことだけだ。

 

『票に託されたファンの夢。思いを力にかえて走るグランプリ、宝塚記念! ゲートイン完了。各ウマ娘出走の準備が整い、今──スタートしました!』

 

 

 

 ──そうして。私たちの運命の宝塚のゲートが今、開いたのだった。

 

 

 

 

 




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