検量室に呼ばれた後、お説教を受けた後解放された。
係員さんの制止を振り切って、一応まだ競走中のライスシャワー先輩に手を出してしまったわけではあるが、着順には関わらない行動だったためにトレーナーさんには過怠金1万円、私には中央の開催6日間、つまり3週間ほどの出走停止処分で済んだ。
暫く中央GⅠがないこの時期に3週間の出走停止は普通のグランプリウマ娘なら実質お咎めなしに近い処分だ。この時期、それなりに結果を残しているウマ娘は療養したり夏合宿に励んだりするので、7月前半に走れなかったところで通常問題なんて存在しない。
ジャパンダートダービーに出走できなくなってしまったのだけは心苦しい。ファル子先輩との約束を果たせないのは心苦しいが……かわりにシリウスステークス辺りにでも出走してみようかな? JBCシリーズでもいいんだけど、JBCは天皇賞・秋から一週間空いてないから、天皇賞に出たら出走できないのが難しいところだ。
私が制止を振り切ってしまった係員さんはちょっと、いやかなり重い処分を受けてしまったようで……後でお詫びに菓子折でも持っていくべきだろうか。グラスさんがオススメの和菓子があると言っていたので後で紹介してもらおう。
「トレーナーさん、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。過怠金に関しては私がお支払いしますから……」
「いや、別に俺はいいんだけどよ……あんまり自分の立場を悪くするようなことするんじゃないぞ? 放っておけなかったのはわかるし、悪い事ではないと思うけどな。後、過怠金の事は気にするなって」
ぽんぽんと頭を撫でられながら一緒に控室に向かう。今日はウイニングライブもないので、着替えたらそのまま学園へ帰ることになる。
普段なら一人競走中止になったくらいであれば実施することもあるのだが、今回の宝塚記念、1着の私が自身の持っていた2200mのレコードを0.1秒更新するほどの高速バ場になっており、その影響か分からないが、3バ身、およそ0.5秒差で2着のタヴァティムサ先輩や4着のオクシデントフォー先輩、15着のアーケードチャンプ先輩、17着のナリタタイシン先輩と、現時点で屈腱炎が発覚しているウマ娘が4名もいる上、脚に違和感を覚えている娘がその他にも数名いるらしい。
明らかに大惨事だったライスシャワー先輩の状態を見てしまったファンたちも多く、まともにライブなんて出来る状況ではないので、今回はライブは中止となってしまっている。
正直この状態で『Special Record!』なんてバチバチに明るい曲踊れる気しないし……とってもいい曲なんだけど。
代わりに後日、記者さんたちを集めて公開インタビューを受けることになってしまったが……落ち着いてから受ける分には構わないだろう。
「トレーナーさん、ライスシャワー先輩のご容態は……やっぱり私も今から病院に……」
「いや落ち着け、さっき運ばれたばっかだろう。結果が出るまでにはもう少しかかるからな?」
そう言われても落ち着かない。最後歩かせてしまったのはやはり良くなかったのでは無いか、あの時は何かに呑まれたようになってしまってつい彼女を降ろしてしまった。
たった数歩だったが、それによって怪我が酷くなったりしていないと良いのだが……
「まあ、着替えた後お前も病院に連れていくし、気になるならそこで聞いてみたらどうだ?」
「そうですね。そうします……って、え?」
「いや、お前走ってるときに脚気にしてただろ? 多分大丈夫だとは思うが、脚に違和感がある娘もたくさん出てるし念のために検査しような。大分スピードも出してたし何かしら起こってるかもしれん。多分大丈夫だと思うが」
どうやら見られていたらしい。ちょっとミシっといったのは確かだが、もう何ともないのだけれど……というか、何故大丈夫だと二回も言われたのだろうか?
まあ、無理矢理搬送されないだけマシというべきか。最近はライブしてから連れていかれるようになってたし……
そろそろ予防接種とかも受けなおしておこうかと思っているし、ついでに相談してみよう。いつもの病院じゃないからいきなりだと厳しいかもしれないけれど、相談するだけなら構わないだろう。無理ならそこからいつもの病院に連絡してもらえばいいわけだし。
折角だし他の先輩たちも一緒に受けられないか確認しようかな。確かテイオー先輩がまだ予防接種受けていなかったはずだし、そろそろ受けないといけない時期だ。合宿前に受けてしまえるならそれが一番だろう。
うんうん、それが良さそうだ。纏めて済ませてしまった方がトレーナーさんも楽だろう。ライスシャワー先輩の様子も聞けるし、一石で何鳥にもなるというものだ。
いい考えが浮かんだことにちょっと落ち込んでいた気分を切り替えて、素早く着替え始めた。
「この後はライスのお見舞いとテウスの検査だけだって言ってたよね!!? 何でボクがお注射されないといけないのさー!!!」
MRI検査を終えて戻ってくると、病院内にそんな声が響き渡った。
どうやら診察室内でテイオー先輩が最後の抵抗をしているようだ。なんだかんだ言ってやらなければならないことは最後にはちゃんとやるのでそのうち静かになるだろう。
ひとまずは放っておいて、ライス先輩の様子を見に行きたいのだが……トレーナーさんはテイオー先輩の付き添いに行っているみたいだし、どうしたものか。
私が聞きに行ってライス先輩の病室を教えてもらったりは出来るんだろうか……
「あら、おかえりなさいませテウスさん。何もないようで何よりですわ。さ、ライスさんのところへ行きますわよ」
「あ、マックイーンさん。まだ結果が出たわけじゃないんですけど……」
「テウスさんに少しでも異常があればすぐにでもICUに運び込まれますわよ。さ、行きましょう。他の皆さんは既に病室にいらっしゃいますわ」
信頼されているのか貶されているのかよくわからないが、変に心配をかけるよりはマシだろう。ひとまず後をついていくことにする。
病院の独特の匂いは私は慣れたものだ。大人しくしていなければならない気がしてあまり好きではないけれど、苦手という程ではない。
そんなことを考えつつ後をついていくと、一つの個室の前で止まった。どうやらここがライス先輩の病室のようだ。
個室か……私は1人だと寂しいのでいつも誰かいる部屋を希望するんだけど、有名になってきたら個室の方が周りには迷惑が掛からないんだろうか。今度院長さんに相談してみよう。
「ライスさん、入りますわよ?」
病室の扉をノックして、返事を待たずに入っていく。
「あ、マックイーンさんに……テウスちゃん、お見舞いありがとうございます」
ライス先輩はベッドの上で上体を起こしていた。左足にはギプスを嵌めていて、少し痛々しい。
ベッドの周りはチームの皆が取り囲んでいて、あのゴルシ先輩ですら大人しくしている。
「ライス先輩……お怪我の具合は……」
「うん、骨折……と、転んだ時の打撲だって」
レース中に転んで打撲で済んだのなら奇跡的だ。命に係わってもおかしくないようなことなので、転倒による影響が打撲だけだったのは奇跡的だ。最悪瀕死でまともに動けなくなっていることまで想定していたので、そこまで症状が重くないのに少し安堵する。
「そうですか……ごめんなさい、ライス先輩。あの時無理に歩かせてしまって」
ベッドの近くまで言って頭を下げる。ライス先輩に頼まれたことではあるが、無理でも抑え込んでいた方がよかったのではないかと今でも思ってしまうし……
「あっ、ううん、謝らないでテウスちゃん。ライスが頼んだことだし……それに、テウスちゃん、そのことで処分受けちゃったって聞いて……謝らないといけないのはライスの方だよ」
ちょっと慌てたように反応され、その後謝られてしまった。何処から聞いたんだろう……ライス先輩はとても人脈が広いみたいだし、ちょっと特定できないけど、怪我人に余計な心配をかけるなんてちょっと申し訳なくなってしまう。
「あの時は、何故だかどうしてもゴール板をくぐらないといけないって、そう思って……ごめんなさい」
「だ、大丈夫です大丈夫です! 怒られるのは慣れてますから! 頭上げてください!」
ベッドの上で頭を下げたライス先輩に驚いてしまいちょっと焦ってしまう。逆に気を遣わせてしまったようだ。
とりあえずこの話は終わりにした方が良さそうだ。このまま話を続けるとお互いに謝り続けてしまうことになるだろう。
「と、ところでライス先輩。しばらくこのままこの病院に入院されるんですか?」
「あ、えっと。ここより学園近くの方が設備が充実してるみたいだから、近日中に転院するつもりだよ? 学園に近い方がいろいろ楽だろうし。お医者さんに相談してみないとどうなるかはわからないけど……」
たしかにここよりいつもの病院の方が設備が良いし、お見舞いとかも行きやすいから私としては安心だ。
転院自体は多分問題ないだろう。各レース場近くには急性期の治療を行う病院は多いが、リハビリテーション系の病院は学園近くの方が多いし、専門的なのだ。
骨折ではなるべく早めにリハビリをするのがいいと聞いたことがあるし、お医者さんからも早めの転院を勧められると思う。
「転院なさるときは言ってくださいね、ヘリコプターを手配しますから!」
「マ、マックイーンさん? そこまでしてもらわなくても……」
「そうですよマックイーンさん。ヘリコプターは慣れないと大変ですし、とってもうるさいですから」
マックイーンさんがとんでもないことを言い出したことをライス先輩とダイヤちゃんが止めている。ちょっとダイヤちゃんが言ってることはズレていると思うのだが……
「やはり自家用ジェットをチャーターしましょう。それがダメなら新幹線でも貸し切って」
「ダイヤさん!? 要らないからね!?」
振り切り方がおかしい。何らかの交通手段の手配は必要だろうが、貸切るまでの必要はないと思うのだが……
いやでも、ライス先輩の人気的には貸切ったほうがいいんだろうか。変に騒ぎになるよりはその方が……
「と、とにかく! 交通手段はライスが自分で手配するから、お気持ちだけ受け取っておくねっ?」
ライス先輩のそんな言葉に簡単に引き下がったあたり、それほど本気というわけではなかったみたいだが……どちらにしろ学園側が何かしらの足は手配してくれるだろう。
そういえば、ライス先輩のトレーナーさんはどうしたのだろう。あの時ライス先輩はトレーナーさんの為にゴールしたいと言っていた。
そのトレーナーさんの姿が此処には見当たらないのだが……なんとなく、聞いてはいけないような気がする。聞くとしてももう少し落ち着いてからにした方がいいだろう。
最悪な想像としては、もうライス先輩に会うことが出来ない人物である、ということが考えられてしまうが……それならライス先輩があそこまで必死になっていたことにも納得がいくし。
それなら猶更彼女に聞くわけにはいかないだろう。学園に帰ってからブルボンさんか、同室のロブロイ先輩あたりに聞くことにしよう。
その日は面会時間ギリギリまでみんなで残って、沢山話し合った。
「うっ、うっ、うっ……散々な目に遭ったよぉ……」
「まあ、今まで予防接種から逃げてた分のツケってことだな……今度はちみーおごってやるから泣きやめって」
なお、面会時間が終わりに近づいて病院を後にし、トレーナーさんの車に戻っていくと、予防接種を一通り受けて泣きじゃくっているテイオーさんと、それを苦笑いしながら宥めるトレーナーさんの姿がそこにあったのだった。
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