漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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いろいろ遅くなったのに短くてごめんね


第四十話 黒いドラッグカー

 

 

 

 

京都から帰ってきた翌日の放課後、様々な理由によって行うことが出来なかった勝利者インタビューとウイニングライブの代わりに、記者さんたちを集めた会見を行うことになった。

 

 今回は私単独での会見となっていて、一応補助にトレーナーさんが居てくれるものの、私一人に対して数多くの記者さんが質問を投げ掛けてくることになる。

 

 今回の質問に関しては混乱を避ける名目で事前に質問内容について各社提出してもらってたづなさんによるチェックが行われているが、もしかすると予定と異なる質問が来るかもしれない。

 

 トレーナーさんは『そういった質問には俺が答えるからテウスは答えなくていい』と言っていたが、なるべくなら自分の言葉で答えたいと思っている。

 

「テウス、準備できたか?」

 

「はい、大丈夫です。大丈夫ですけど……この勝負服じゃないとダメですか?」

 

「もう一個のはまだ直ってないから、それしかないだろ? 似合ってるから安心しろって」

 

 今日の会見は勝負服で行うのだが、当然いつもの勝負服はまだ直し中なので、宝塚記念で着たドレスタイプの勝負服で会見を行うことになっている。

 

 ちょっと露出が多いし、正直衣装に負ける気がして恥ずかしいから別の衣装がいいんだけど……どうやら逃げられないようだ。

 

 まあ、ウマ娘は度胸だ。気合を入れて向かうしかない。

 

 インタビュー会場として用意された講堂に向かう。トレセン学園には大きな講堂が3つあり、記者会見はもちろんのこと様々なレクリエーションで使用されている。

 今回使用する講堂はその中で一番小さいものだが、それでも報道陣が余裕で収まるほどの広さだ。

 新聞や雑誌の記者さんだけでなく、テレビ局の報道陣とかも来ていると聞いているが、それでも余裕で入る辺り大きさは推して知るべし、と言ったところだろう。

 やはりこの学園はいろいろスケールがおかしいと思う。設備が充実しているという点では困らないので構わないのだが……

 

 着替えていた控室は講堂の近くだったので、そんなことを考えているうちに辿り着いてしまった。

 

「出来る限りフォローしてやるから、そんなに気負うなって。ほら行ってこい!」

 

 入口の前で立ち止まっていると、トレーナーさんに背中を押されてしまった。

 

「わ、わかりました。行ってきます!」

 

 ここで尻込みしていても始まらない。もう一度気合を入れなおして、講堂の中に入る。私には切り札があるし、きっと何とかなる!

 

 たづなさんから貰った原稿(カンペ)を手に、講堂に乗り込んだ。

 

 

 

 

「──と言うことで、出走停止明けの次走はアイビスサマーダッシュを予定しています。短距離は私にとって挑戦的な距離ですが、直線であれば十分勝負になると思っています」

 

『アイビスサマーダッシュ、ですか……それはまたなんとも……いえ、ありがとうございました。質問は以上です』

 

 予定されていた通りの質問を数個、滞りなくこなし一息つく。次走の予定はトレーナーさんと話し合った結果だ。

 私の成績なら通常であれば菊花賞トライアルの『セントライト記念』か、『神戸新聞杯』か。その辺りが一般的な物だろう。

 それを敢えての短距離挑戦は、私の爆発的な末脚と、それを持続させられるだけの耐久性があれば問題ないだろうとの見立てで決めたものになる。

 これがコーナーありの1,200とかであれば恐らく見送っただろうが、直線コースでなら十分渡り合える自信もある。

 

 我が儘を言えばもう三倍くらい長さが欲しいものだが、日本最速のレースとも言われるアイビスサマーダッシュには挑戦してみたいと思っていたし、出走することにした。

 ただ、チームスピカには短距離を走れるようなウマ娘が居ないのでちょっと練習に困ってしまうのが問題だが……バクシンオー先輩あたりに今度併走をお願いしよう。

 短距離のエキスパートである彼女なら安心だし、お返しに長距離の練習に付き合えば彼女にとって十分な返礼になるだろう。

 サクラバクシンオー先輩は既にドリームシリーズに移籍しているが、そこにも長距離部門は当然あるので、練習が上手くいけばそこにバクシンオー先輩が出てくるところが見れるかもしれない。

 彼女の適性は短距離、良くて1400mまで。1400メートルを上回る競走は9戦して1勝もしていない。URA史上最強で、かつ顕著なスプリンターだ。

 そんな彼女だって、トレーニング次第では長距離だって走れるようになるかもしれない。私だって最初は長い距離は走れなかったし、何より、本来スプリンターであった筈のブルボン先輩がトレーニングによってダービーを制することが出来るほどの距離適性の改造に成功しているし、不可能ではないだろう。

 

「続きまして、週刊ガゾンの善沢さん。どうぞ」

 

『週刊ガゾン、善沢です。ブラックプロテウスさんにお尋ねします。今後トゥインクルシリーズを走っているうえで、一番のライバルと意識しているのはどの方ですか?』

 

 事前に聞かされていた質問内容だが、一番悩んだ項目だ。リボンマンボ先輩、ジェニュイン先輩、タヤスツヨシ先輩、ミントドロップ先輩……その他にもクラシック戦線を戦った娘たちはライバルだと言える。

 だが、一番のライバルだと言うなら──

 

「一番強く意識しているのはマヤノトップガン先輩です。菊花賞では恐らくですが、彼女との決戦になると思っています」

 

 ジェニュイン先輩とリボンマンボ先輩に、3,000mは少し長いだろう。タヤスツヨシ先輩やミントドロップ先輩は、練習を偵察した感じだと多少調子を落としているようだ。

 マヤノさんは現状まだ条件戦のウマ娘だが、何というかこう、底知れない恐怖を感じる。

 トレーナーさんと一緒にレース映像を見たところ、ここから更に本格化していきそうな雰囲気だと言っていたし、方針として今一番警戒している相手はと聞かれれば彼女一択となる。

 

「ですが、彼女一人だけを警戒しているというわけではありません。レースに絶対がない以上、どんなレースでも全員が警戒すべきライバルだと思っています」

 

 当たり障りのない返答だが、紛れもない本心だ。私にはあまり運がないし、油断していると変なことで足を掬われかねない。

 だから次のレースはGⅢで、重賞とはいえ格下のレースと見られても仕方のないレースだとはいえ、いつも通り全力で走り抜いて、短距離でだって私は戦えるということを、証明して見せるつもりだ。

 

 その後は用意したカンペの甲斐もあってインタビューをこなして、何とかその日を乗り切るのだった。

 

 

 

 

 

『新潟レース場第11レースは本日のメインレース、サマースプリントシリーズの一つ、日本の中央競馬で唯一の直線レース、アイビスサマーダッシュ! 天候は晴れ、バ場状態は良での開催となりました。18人のウマ娘達が鎬を削ります! まもなく発走です!』

 

 絶好のレース日和となった新潟レース場、既にファンファーレも鳴り終わり、ゲートの中で集中力を高める。

 

 この新潟レース場の“千直”の愛称が付けられた新潟の1000mでは、通常外枠が有利だと言われている。

 そんなレースでの今日の私の枠番は3枠6番。若干内枠寄りだが、まあ問題ない位置だと言っていいと思う。

 

 本来であればこの短距離レース、ビコーペガサス先輩やヒシアマゾン先輩などの名立たる短距離ウマ娘達が出て来てもおかしくないのだが、ビコーペガサス先輩は年明けに骨折してしまった影響からか阪急杯で12着に沈んでしまったし、ヒシアマゾン先輩はアメリカ遠征を予定していたが脚部不安のため急遽帰国、前走は大阪杯となったが、折り合いを欠いてしまい5着に終わってしまうなど、調整に苦しんでいる様子で出走してきていない。

 おまけに私が目標としていた路線とは全く違う距離ということもあって、正直出走するライバルたちの事はよくわかっていない状況だ。

 多少研究が足りていないと思うのだが、トレーナーさんが言うには『難しいことを考えるよりただ前だけを見て全力で走って来い』と言われてしまったので、それを信じて突き進むことにする。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了──今、スタートしました!』

 

 大外枠の娘がゲートに入って数拍置いてから、ゲートが開いた。最近スズカさんにゲートの練習を付き合ってもらっていた成果もあって、いつも以上にするりとゲートから出ることが出来た。

 

 何度も言っているようだが、このアイビスサマーダッシュは1000mの直線のレースだ。海外にはイギリスのクラシックの一冠目が1マイルの直線だったりと結構直線レースはあるそうなのだが、日本の中央のレースにはこれただ一つしかない。

 なので正直定石とかはわからなかったのだが、いつも定石なんて考えていないことを思い出して、とりあえずいつも通り一番前に出て逃げる事にした。

 

『さあ前に出たのはやはりこの娘、ブラックプロテウス! 宝塚すら捥ぎ取ったその規格外の脚で勢いよく駆け出していきます。ですがこの新潟に集った歴戦のスプリンターたちも負けじと食らいついている!』

 

 いつも以上に全力で走っているのに、思ったより後続との距離が開かない。かなりのハイペースで飛ばしているのに何人かは私の横に並びかけるくらいの勢いで迫ってくる。これが短距離戦の世界──!

 口角が吊り上がるのを感じる。負けてしまうかもしれないのに、こうやって競うのがどうしようもなく楽しい。

 やっぱり私は走ることが、他の娘たちとレースをすることが好きだ。

 そう、どうしようもなく好きで──

 

 ──どうしようもなく、楽しい!

 

『ブラックプロテウス、ここからさらに脚を伸ばす!? テンの3ハロンは──なんと31秒9! 32秒台を切ってきた!』

 

 脚にさらに力が籠るのを感じる。どうしようもなく昂って、いつも以上に『掛かって』しまっている状態になっているのがわかる。

 

『ブラックプロテウス、後続を3バ身ほど引き離した! 無敗の二冠ウマ娘、堂々のゴールイン!』

 

 長い直線を駆け抜けて、何とか減速しつつ、外ラチギリギリまで突っ込む。この勢いなら何とか──

 

『ああっとブラックプロテウス。減速していましたが今回も止まり切れずにラチに激突! 黒いドラッグカーは急には止まれない! いや、ですが今回はラチを壊していません、何とか減速が間に合ったようです』

 

 いや、何ともならずに、外ラチにぶつかって止まった。何だかいつもよりクッション性が高いような気がして、多分そのおかげで壊さずに済んだみたいだ。

 

 やっぱり最後まで締まらないのを再確認し、燃え上がるようなくらい熱くなる顔を何とか鎮めつつも、ウイナーズサークルへ向かうのだった。

 




ヒシアマ姐さんは史実では大阪杯出てませんがナイスネイチャの育成シナリオと同じ理由で高松宮杯の代用として使いました

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