漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

44 / 59
アンケートしてもらったものは時間があるときに少しずつ書いてます


第四十一話 チャレンジャー

 

 

『ブラックプロテウス、札幌記念に続き丹頂ステークスを制覇! 札幌レース場の洋芝を2600m走ってなお、スタミナには余裕が見て取れます。正しく無尽蔵のスタミナだ!』

 

「ちっ、はぁ……」

 

 まだ暑さ真っ盛りな九月頭。エアコンの効いたトレーナー室で、テレビの中継が終わったのを確認してから、リモコンを操作し電源を切る。データを取るためだけのつもりだったが、仕上がりの良さに思わず舌打ちと、ため息が出た。

 

 レースを重ねるたびに、経験不足から来ていた駆け引きへの弱さが無くなっていく。

 ハイペースでレースを重ねても、消耗するどころか調子を上げていくようなウマ娘なんて反則もいいところだ。

 

 テレビのリモコンを乱暴にソファーに放り投げて、次走の予定を考える。

 

 俺の担当、マヤノトップガン。7月にレースに勝って、ようやく条件戦から抜け出すことが出来たウマ娘だ。

 

 そこだけを聞けば、宝塚をも勝って見せたGⅠ4勝の黒鹿毛の化物(ブラックプロテウス)に比べると見劣りするように聞こえるが、そうでもない。

 

 ただ、本格化する時期が今だったというだけだ。早熟バだと思われるアレとは違うということ。

 ただ、アレが未だに成長を続けていることには正直驚いている。早熟バであればそろそろ頭打ちになってもいいものだが……

 

「トレーナーちゃん? トレーナーちゃーん? 聞こえてるー?」

 

 気の抜けた声に意識を現実に引き戻されると、小さい栗毛のウマ娘が俺の顔をのぞき込んでいた。

 

「少し考え事をしてた。トレーニングは終わったのか?」

 

「うん♪ 次のトレーニングは? どんなトレーニングでも、ぴゅーんって終わらせちゃうよ!」

 

 そういう彼女の顔は少し疲れを見せながらも好調と言ったところだろうか。天才肌な彼女だが、才能に驕るようなところはあまり見せない。問題点は多少朝に弱いことくらいだが、子供だと思えば特に不思議でもない。

 

「そうだな……前走からもう二月経ったし、次に向けて追い込みを掛けるか。7月まで多くレースで使ってきたが、問題はないな?」

 

「うん! 体も軽くてよく動くし! 今なら一杯キラキラ出来る気がするよ!」

 

 7月に勝つまで少し不調気味だったが、そこから何とか好調と言えるところまでは持ち直した。このペースで調整をしていけば、本番の菊花賞には万全の状態で挑めるだろう。

 少し使いすぎたところもあるが、当人の分析でも、こちらのチェックでも異常はなさそうだし、とりあえずは問題ない。

 この後のレース人生に響く可能性も捨てきれないが、トレーニングも出走レースも、当人の希望を最大限反映した結果だ。通常のウマ娘が走り抜く、一般的な本格化期間の3年間程度であれば問題なく走り抜ける程度のものに調整は出来ていると思う。

 それでも絶対は無いが、悔いだけは残さないようにとは思っている。

 

「次は神戸新聞杯だ。恐らく……いや、確実にブラックプロテウスも出てくるだろう。今年は阪神レース場の改装工事の影響で、京都レース場で行われる。お前は京都レース場の芝を走ったことはないが……いけるか?」

 

 数週間だけの改装予定の阪神レース場だったが、この際全体の改修を行うということで今年度のレースは全て振替開催となっている。一概に何とも言えないが、元より菊花賞が京都開催であることを考えればプラスに働くことの方が多いと思っている。

 

「大事なレースなんだよね? うん、すっごくワクワクするよ! マヤ、沢山がんばっちゃう!」

 

 思わぬ反応に少し拍子抜けする。最近、レースやトレーニングに対しての反応が以前とは違う。以前は何というか、少しやる気が感じられないというか、つまらなさそうにしていることも多かったのだが。

 

「あ、トレーナーちゃん。マヤがやる気なの不思議なんでしょ? マヤね、だいたいの事は1回やれば、ぜーんぶわかっちゃったんだ。どんな風に走ればいいのかとか、仕掛け時とかも、ぜーんぶ。今のトレーナーちゃんの考えとかも、ね?」

 

 天才肌なところのある彼女の事だ。そう言ったことでやる気をなくしていたのだろう。今更になってそれを知り、納得と共に自分がまだ彼女のことをわかっていなかったことを少し反省する。

 

「でもね、テウスちゃんの走りだけはまーったくわかんないの。レースのペース配分とかもメチャクチャ。トレーニングもよくわからないようなものばっかりしてるし、マヤがやったら墜落しちゃいそうだなって思うのに、楽しそうにしてるし」

 

 まあ、アレは誰にもわからんだろう。この間ビターグラッセと共にハードトレーニングについて熱く語り合ってその後大浴場のサウナで耐久合戦をして二人してぶっ倒れて樫本の嬢ちゃんと沖野の坊主を困らせていたと聞く辺りまだ可愛げは残っているとは思うが。

 

「一度だけ、テウスちゃんと走ったレースも。あの展開なら絶対勝てる! って思ってたのに。だからね、マヤ。テウスちゃんと走るの、すっごく、すーっごくワクワクするんだ!」

 

 どんな理由であれやる気になっているのであれば、それを止めることもないだろう。そんな状態のウマ娘に、俺が贈ってやれる言葉なんて一つだけだ。

 

「そうか。じゃあ、目一杯楽しんで来い。挑戦者らしく、な」

 

「うん! マヤ、がんばっちゃうぞー!」

 

 小さくガッツポーズをする担当ウマ娘の姿を見守りつつ、最大限彼女の力が発揮できるよう、神戸新聞杯までのトレーニングメニューを組みなおすことにしたのだった。

 

 

 

 

『京都レース場、第11レースは本日のメインレース。GⅡ神戸新聞杯! 16人のウマ娘達で争われます。朝から小雨がぱらつくここ京都。現在の天候は曇り、芝のバ場状態は何とか良での発表です』

 

 本バ場に入場したウマ娘達を見守りながら、出走を待つ。ここまで来てしまえば、トレーナーに出来ることは無事に手元に帰ってきてくれることを祈ることだけだ。

 

『三番人気はリボンマンボ。中距離での勝ち星は未だありませんが、下克上は為し得るのか。二番人気はタヤスツヨシ。ダービーでは最後リボンマンボを差し切り2着。そこから休養明けのレースとなりますが、仕上がりは十分か』

 

 ファンファーレが鳴り、一人また一人とゲートに入っていく。

 

『そして大外。本日の一番人気、ここまで無敗! 二冠ウマ娘、そして春のグランプリウマ娘、ブラックプロテウス! その勢いのままに連勝記録を更新するのか!』

 

 黒鹿毛のウマ娘が優優と大外のゲートに入っていく。それと同時に大歓声が沸き上がり、アレがルーティンを終えて前を向くと水を打ったように静まり返る。

 

『菊花賞トライアル、神戸新聞杯。今スタートしました!』

 

 スタンド側から見て右側に飛び出したターフに用意されたゲートが開き、レースが始まる。

 目を見張るのは、やはり──

 

『さあ大外ブラックプロテウス、矢のように飛び出した! 先頭でホームストレッチを駆けていきます!』

 

 観客席を揺らすほどの大歓声を背に受けて、その長い髪を靡かせ駆け抜けていく。まるでラストスパートかのような速度で駆け抜けていくような彼女は、1枠2番の同じ逃げウマ娘、明らかに掛かっているようなペースなヤツのそれより速く駆け抜けていき、そのままハナを奪ってしまう。

 

 殺人的ハイペース。ツインターボやダイタクヘリオス、メジロパーマーが見せるような、大逃げを超えた爆逃げ。アレの走りにはその言葉があっているだろう。

 その三者と違うところがあるとすれば、アレはそれでもバテないというところだろうか。

 だが、常に全力で逃げているというわけではない。息を入れるところでは入れて、最後に使える脚を残す。そう、道中に関してはあのサイレンススズカと同じようなタイプの脚質だと言っていいだろう。

 アレにとっての”逃げ”というものがサイレンススズカの印象が強いのだろう。だから道中、アレは競り合っていない場合無意識にだがペースを落として息を入れる。サイレンススズカと同じように。

 

『ブラックプロテウス、相当なハイペースだ! 1000mを58.6で通過する殺人的ハイペース! 後続は果たして何処まで食らいついていけるのか!』

 

 この2400mでこんなハイペースで駆け抜けるウマ娘はそう居ない。釣られて他のウマ娘達もペースが早くなっていて、後続も大体2バ身ほど後ろにくっついて来てはいるが、見るからにバテ始めている。

 こちらの教え子はというと、バ体が小さいのもあってあまり良くは見えないが、好位には付けているようだ。自分のペースをどこまで保てるかが勝負のカギだと思うが……

 

『第三コーナーに入って外からマヤノトップガン! さらにはその更に外からタヤスツヨシも仕掛けてきた! 黒鹿毛の王者に襲い掛かる!』

 

 仕掛け所だと見たのか、好位に付けていたウマ娘達が一斉に仕掛け始める。

 

 そして、マヤノトップガンがアレの横に並ぶか。そう思ったとき、アレがちらりとマヤノトップガンの方を見て──

 

 ──そこから、マヤノトップガンを一気に突き放した。

 

 目を見開いて後を追うマヤノトップガンをまるで意にも介さぬかのように、強く踏み込み芝を巻き上げて加速していく。

 

 後方から進出を狙うウマ娘が次々とスパートを掛けていく。だが、差は縮まるどころか更に開いていく。

 

『ブラックプロテウス、逃げを打ちながらさらにスパート! ハイペースで逃げながらさらにスパートだ! 後続を引き離して最後の直線! だがこれはもういつもの必勝パターンだ!』

 

 テンも終いもハイスピードで走る、負ける要素がないと言ったのは何処のお嬢さまの言葉だったか。

 だが、その言葉には同意せざるを得ない。マヤノトップガンが今まで見たことの無いような表情で食らいつこうとしているが、差は縮まらない。

 

『ブラックプロテウス先頭! このクラシックの強敵が揃うGⅡ、神戸新聞杯でもお構いなし! 後続を5バ身以上引き離して先頭で今──ゴールイン! 見事逃げ切りましたブラックプロテウス! 連勝記録を重ね、本番の菊花賞に向けて抜群の仕上がりを見せました!』

 

 レースの展開は間違いなく、マヤノトップガンが優勢だった。通常であれば、最後の直線で差し切れていただろう。途中巻き返されたとしてもクビ差程度での勝負になったはずだった。

 

 それがフタを開けてみれば2着にはなったものの5バ身以上引き離された完敗。正直訳が分からない。

 

 時代には必ず一人は規格外のウマ娘が居る。トキノミノル、マルゼンスキー、オグリキャップ辺りはそのウマ娘だろうと言っていい。

 

 ただ、どうにもアレは毛色が違う。どうにも得体のしれない力があるような気がしてならない。

 

 怪物なんて言葉は生温い。まるで魔王のような、そんな圧倒的な何かを感じる。

 

「はあ……焼きが回ったな。そろそろ引退時かね」

 

 頭に過った考えを振り払うと、担当ウマ娘を迎えに行くのだった。

 

 

 

 

 

「ただいま、トレーナーちゃん! ん~! 惜しい~っ! でも次は1番になるよっ!」

 

 迎えに行くとすぐにこちらを見つけて駆け寄ってきて、悔しそうにしつつも楽しそうにしている。

 

「おう、お帰り。ケガはないな? 走ってみて、どうだった?」

 

 あれだけの差を付けられれば何かしら思うところがあっても仕方ないとは思う。実際アレと戦って打ちのめされたウマ娘を何人か見たこともある。

 

「凄かった! 絶対追い付ける! って思ってたのに、凄い勢いでびゅーんと離されちゃって! びっくりしちゃった!」

 

「走るのが嫌になったりはしてないな?」

 

「もっちろん! やっぱりすっごいワクワクするよ! 次も楽しいレースになるんだよね?」

 

 そう聞かれて、一瞬考えを伝えるべきか悩んだが、隠し事をしたってすぐバレてしまうだろう。思ったことをそのまま話した方が後腐れがなくていい。

 

「次走が菊花賞という意味ならその通りだが、3000mだと恐らく、アレの独壇場だ。今以上の最高の仕上がりにして、さっき以上の最高のレース展開をしたとしても、かなり厳しいと言わざるを得ない。2400、あるいは2500までであればまだどうにかなるだろうが、3000以上だとどうにも、な」

 

 それがこのレースを見て思った感想だ。やはりアレの本領は長距離だろう。恐らくではあるが、3000m以上のレースでアレに土を付けられる存在は今のところ居ない。

 マヤノトップガンであればいずれ追い付くことは出来るとは思うが、それは今ではないだろう。

 

「うん、マヤもね、そう思うよ。でも、でもね? マヤ、菊花賞に出たい。もっとワクワクするレースが出来ると思うから。走ってるとき、すっごく楽しかったんだ!」

 

「負けても楽しいか、マヤノトップガン。だが、何か見つかったことがあるならそれでいい。お前の言うキラキラしたウマ娘になるための大切な一歩だろう。先は長い。最終的に悔いが残らないように走るんだ。いいな?」

 

「アイ・コピー! マヤはチャレンジャーだもんね☆ がんばっちゃうぞー!」

 

「気合を入れるのはいいが、ウイニングライブを忘れるなよ。ほら準備してこい」

 

 気合を入れる担当ウマ娘を促して控室に向かわせる。レースが無事に終わった後トレーナーに出来るのは後に響かないよう疲労を回復させることと、ライブを盛り上げることだ。

 

 鞄に入れたウマブレードを取り出し新品の乾電池を入れ、動作の確認をしつつ会場の関係者席へ向かうのだった。

 




感想評価お気に入り登録してくれると助かります。

番外編アンケート

  • 競走馬if
  • 某大百科ネタ
  • 本編のif話

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。