漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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11/23 勝ち時計を変更しました(レースの描写的にそぐわなかったため)


第四十四話 ウマ娘燃ゆる秋、現役頂上決戦

 

 

『曇り空のもと、東京レース場、芝2000mの舞台でウマ娘たちが追い求めるのは一帖の盾! 鍛えた足を武器に往く栄光への道! 天皇賞(秋)!』

 

 東京レース場にファンファーレが響き渡る。何度聞いても、ファンファーレは特別だ。それがGⅠであるならば猶更、気合が入る。

 

『人気と実力を兼ね備えた、三冠ウマ娘5枠9番ナリタブライアン。今日は3番人気です。関節炎からの復帰明けですがこの人気は流石と言ったところです』

 

 ゲートに入っていくナリタブライアンさんを少し見て、感じた。今日の彼女は怖くない。菊花賞や有記念などで見せた気迫のようなものを感じない。調子で言うなら絶不調と言った感じだろうか。

 やはり復帰戦というのは難しいんだろう。復帰初戦で勝ってみせたテイオーさんは特別だったというだけだ。

 

『2番人気はこの娘、帰国から無敗、前年の覇者7枠14番サイレンススズカ! 2番人気ですが実力はピカイチでしょう!』

 

 私が憧れた先輩。誰よりも速くて、誰よりも自由な、影すら踏ませぬ逃亡者。それがサイレンススズカ。

 

 このウマ娘と走りたいと思っていた。

 

 ずっと、このウマ娘と競い合いたいと思っていた。

 

 ずっとずっと、このウマ娘より速く駆け抜けたいと思っていた。

 

『本日の1番人気。3枠6番、ブラックプロテウス! 16戦16勝、無敗の三冠ウマ娘ブラックプロテウスです! 先週の興奮未だ冷めやらぬ中、クラシック級の絶対王者が盾の栄誉をも掴み取るのか!』

 

 ゲートに収まりながら、考える。

 

 どうすればこのウマ娘に勝てる? 

 

 私が知る中で最も速いウマ娘を抜かして先頭で、ゴール板を駆け抜けることが出来る方法は? 

 

 考えて考えて、一つの結論に至った。

 

『18人のウマ娘が目指す盾は唯一つ。名優が、怪物が、逃亡者が、そして鋼鉄が。ここ府中で雌雄を決します! 至高の2分間、現役頂上決戦が今──スタートしました!』

 

 およそ500mの長い最終直線で仕掛ける? 違う。それではサイレンススズカには届かない。

 

 残り800辺りからロングスパートを仕掛ける? それも違う。それでは、サイレンススズカを抜かせない。

 

 なら、どうするか? そんなこと、決まっている。私に出来ることは、いつだってただ一つだけだったのだから──! 

 

『各ウマ娘一斉にスタートを切る中、ぽーんと飛び出したのはやはりこの二人! ブラックプロテウスとサイレンススズカが、仮柵が内側に移動したグリーンベルトに向かって並んで上がって行く! どちらも譲らない、最初から熾烈な先頭争いだ!』

 

 頭なんて使わない、使えない。私に出来るのは、最初から最後まで、全身全霊で駆け抜ける事だけなのだから! 

 

「っ、テウスちゃん……!」

 

 全力で、スズカさんから先頭の景色を奪いに行く。

 

 スズカさんは、速い。

 

 通常逃げウマ娘というのは前半スローペースに落とし、上がりの勝負に持ち込んで勝つものだと言われる。セイウンスカイ先輩とかが分かりやすい例だろうか? 

 

 だがスズカさんは最初から飛ばしてそのまま早いタイムで直線も乗り切ってしまう。

 

 そのペースは決して無理をしているわけではなく、自分のペースを保っている。それがたとえ他のウマ娘とは全く違うスピードだったとしても。

 

 サイレンススズカはそんな究極のマイペースを貫くウマ娘だ。もしそのマイペースを崩すことが出来れば、勝ち目はあるだろう。

 

 通常であれば、そんな風に逃げを潰しに行ったら確実に潰される。かのシンボリルドルフでも確実に他のウマ娘の餌食となるだろう。

 

 だが、この私ならば問題ない。最初から最後まで、スズカさんと競り合ってもバテない自信がある。それでも脚を潰さないという自負がある。

 

 さあ、短いようで長いこの2分間、消耗戦に付き合ってもらおうか! 

 

『レース場の期待に応えるように、ブラックプロテウスとサイレンススズカが横並びで先頭争いを続ける! 三番手争いはジェニュインとメジロマックイーン、二人もいいスタートを切っていましたが既に5バ身、6バ身と離れている。続いてシンプトンダッシュ、ナリタブライアン、ホクトベガ上がって行きました』

 

 後先なんて考えずに脚に力を籠めて、隣のウマ娘より速く、先頭を奪いに行くために加速する。私が内側な分、多少有利ではあるがその程度のアドバンテージは相手がスズカさんだということを考えると気にならない程度だろう。

 

『二人の逃亡者が並んで今1000mを通過。通過タイム──56.7! 去年より速いぞ! 既にもう10バ身以上離れて3番手争いはジェニュイン、シンプトンダッシュ、メジロマックイーン。外からナリタブライアンも上がってきたが、果たしてこの差は届くのか! さあ先頭が大欅を越えて、最後のコーナーが見えてきた!』

 

 最内側、内ラチギリギリを速度を落とさずに駆け抜ける。今まで走ってきた中で、一番コーナリングは上手く決まったと思う。

 

 それなのに、スズカさんが私の前に出た。得意のコーナリングでもスズカさんの方が前に行くの──!? 

 

 私が驚いていると、景色が、変わった。

 

 辺り一面が草原の、静かな世界。そんな中スズカさんの走る道は何処までも続いていて、どれだけでも、走っていけそうな、そんな世界に。

 

 更にじわり、じわりと距離を離される。次第に彼女の背中が見えて、そして遠ざかっていく。

 

 まだ、届かないのか。あの背中に。まだ、彼女の前に立つことは出来ないのか。少しずつ離されていく距離に、そんなことを思い浮かべる。

 

『最後のコーナーで先頭の景色は譲らないとばかりにサイレンススズカが少し前に出た! 府中の長い直線、ここから後続も一気に上がってくる! メジロマックイーン、ナリタブライアンは伸びが厳しいか? サクラチトセオーとジェニュインも上がってくるが、これは届かないでしょう! やはり最後もこの二人、サイレンススズカとブラックプロテウス、最速の逃亡者の称号は果たしてどちらの手に!』

 

 ──いいや、まだだ。まだレースは終わっていない。最後の最後まで、諦めてたまるものか! 

 

 どれだけでも、どこまででも食らいついてやるとも! 最初から、今日の私はそのつもりだったのだから! 

 

 前を見て、歯を食いしばる。もっと速く、もっと力強く。もっと、もっと前へ! 

 

 姿勢を極限まで低くして、加速することだけに全ての力を費やす。離されかけた距離が、少しずつ元に戻っていく。

 

 競り合って、競り合って、競り合って──そうして、静かだった世界から、足音すら消えた。

 

「今、私は貴女を超える! 往くぞ、サイレンススズカァァァ!!!」

 

 鬨の声を上げ、緑を斬り裂いて、彼女だけだった世界を塗り替える。彼女のものだった位置を、脅かし、奪い去る。

 

『最後の直線、ブラックプロテウスが伸びる! 再度サイレンススズカに並び、いや並ばない! その背を抜かして前に出たブラックプロテウス! 逃げウマ娘とは思えないほどの、爆発的な末脚! ダービーで見せたあの末脚がもう一度府中に帰ってきた!』

 

「──ブラックプロテウスッ!!」

 

 彼女が出したものとは思えないほどの、怒鳴り声にも思えるような声が、私の耳に届く。

 

 あの冷静なスズカさんが、感情を露わにし、髪を振り乱し、歯を食いしばって、その景色を奪い返そうと必死に、全ての力を振り絞っている。

 

 だが、それでも──

 

『異次元の逃亡者が今追跡者となった! 彼女も伸びる、伸びるが、届かない! 半バ身、そして1バ身と離れていく! 踏んでいたその影が、サイレンススズカから離れていく!』

 

 少しずつ、少しずつ私とスズカさんとの間に、距離が、開いてくる。彼女の世界はいつの間にか消えていて、色を失った私だけのものに、世界が染まっていた。

 

『そして今ゴールッ! 頂上決戦、制したのは無敗の三冠ウマ娘! ブラックプロテウスだっ!! 2着は1バ身差でサイレンススズカ、これが帰国後初黒星!』

 

 ゴール板を駆け抜けて、暫く走りながら減速する。そして速度が落ち切らないうちに、外ラチに軽く当たり、そのままずるずるとラチを背もたれにして座り込む。みっともないけど、しばらく休ませてほしかった。

 

 流石に、肺も脚も痛い。最初から最後までフルスロットルは流石に無茶だった。しばらく休めば回復するだろうけど、ちょっとだけ休ませてほしい。

 

『3着は大差でサクラチトセオー。4着ジェニュイン、5着はシンプトンダッシュ。ナリタブライアンとメジロマックイーンは後ろの方になりました。そして今勝ち時計が出ました。勝ち時計、1:51.8! 去年の世界レコードをさらに3.4秒も更新! 上がり3ハロンは驚異の31.6! 到底逃げウマ娘のものとは思えない凄まじい末脚での決着となりました!』

 

「て、テウスちゃん……大丈夫?」

 

 スズカさんがふらふらになりながらもこちらに近寄って、私を助け起こそうとしてくれる。

 

「あ、ありがとうございます……あっ!?」

 

「きゃぁっ!?」

 

 スズカさんの手を借りて立ち上がろうとするとフラフラだったスズカさんは支えきれなかったのか、そのままこちらに倒れ込んでしまった。咄嗟にスズカさんを抱きとめる。

 

「まったく……お二方とも、大丈夫ですの? まあ、あれだけの走りをしたら仕方ありませんわね。ナリタブライアンさん、手伝ってくださいまし」

 

「まあ……仕方ないか。勝者がこの様では客が心配するしな」

 

 抱き合うような形になった私たちを、マックイーンさんとブライアンさんが助け起こしてくれた。それぞれマックイーンさんがスズカさん、ブライアンさんが私を支える形になって、そのまま支えられてウイナーズサークルへ向かう。

 

『勝者が今支えられながら観客に手を振っています! それほどまでの凄まじい消耗戦でした! 勝ったのは、無敗の三冠ウマ娘、ブラックプロテウス! これにて17戦17勝無敗! そして次勝てば、かの伝説(エクリプス)に手が届きます! はたしてエクリプスの伝説は、現実のものになるのか! 今から次走が期待されます!』

 

 私が手を振ると、ファンの人たちが大いに沸き立つ。支えられながらという少し情けない恰好ではあるが、今日ばかりは許してほしい。

 

 そのままブライアンさんに連れられて、控室へと戻るのだった。

 

 

 

 

「テウスにスズカ、大丈夫か? ウイニングライブ、出来そうか?」

 

 控室でトレーナーさんにアイシングをしてもらっていた私とスズカさんに、トレーナーさんが聞いてくる。先ほどまでまともに立てなかったくらい消耗していたし、不安になるのはしょうがないと思うけど。

 

「私は、なんとか……1曲くらいなら踊れると思います」

 

 スズカさんが少し考えこみながら答える。確か天皇賞秋のウイニングライブは『NEXT FRONTIER』だったと思う。バックダンサーの動きが激しいなあと練習中には感じていた。後、演出の炎が熱そうだなとは思ったけど、本番までどれくらい熱いのかはわからない。

 

「テウスは? どうだ?」

 

「私ですか? 私ならもう大丈夫です。今すぐもう一回走れって言われても走れますよ」

 

「ウソでしょ……」

 

 こちらに話が振られたので、その場でぴょんぴょんと跳びながら答える。まだ少し疲れているけど、多分何とかなると思うし。

 

「多少ぎこちなくなっても構わないから、無理だけはしないでくれ。いくらテウスでも、流石に回復し切ってはいないだろう? 跳び方、少し変だからな?」

 

「あー……ま、まあ、大丈夫ですよ。ライブまでには完全に回復すると思いますから」

 

 ちょっと無理していたのはバレバレだったらしい。まあ、それでもライブまでには回復するだろう。

 

「無理をしてはいけませんわよ? さ、トレーナーさん、後は私がやっておきますから、出ていってくださいまし。ライブ衣装に着替えねばなりませんので」

 

 そう言ってマックイーンさんがトレーナーさんを控室から追い出して、私とスズカさんの着替えを手伝ってくれた。

 なるべくこちらを休ませながら着替えさせてくれるその気遣いはとても嬉しかった。

 

 

 

 

「……テウスさん? サイズ合っていないようですわよ?」

 

「え、弥生賞の後に替えてもらったばかりなんですけど……」

 

「ウソでしょ……」

 

 嬉しかったけど、胸周りが結構キツキツだったのを見て、それに二人ともジト目を向けないでほしい。これに関しては私悪くないし!




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