菊花賞から天皇賞(秋)への強行軍も無事に終わり、次走をジャパンカップに見定めて、翌日、つまり週初めから気持ちを入れなおして朝のトレーニングに励んでいた。
今年のジャパンカップには海外から超大物が来るという噂もある。調整はいつも以上に入念に行う必要があるだろう。
日本のウマ娘にとってはホームグラウンドの府中とはいえ、油断してはいけない。
いつも通り朝一は私で、それから少し遅れる形でキタちゃんとダイヤちゃん、その30分後くらいにトレーナーさんと先輩方が全員集まり、皆で軽く芝のコースを走っている。ただ、スズカさんだけはトレーナーさんの隣でこちらを見学するだけだ。
スズカさんが走っていない理由は単純明快。前日のレースでの消耗からか、コズミ――つまり、筋肉痛を起こしてしまったからだ。
トレーナーさんのマッサージ等によって大分改善はしているようだが、数日は休むべきと判断されたらしく、大人しく従っていた。横目で見るに少しそわそわして、今にも走りたそうにしているが、トレーナーさんのそばを離れるつもりはないのかぴったりくっ付いている。
まあ、スズカさんがトレーナーさんの隣から離れないのはいつものことだし、大人しく見ていてくれるなら問題ないだろう。
「よーし、そこまで! 今日の朝練は終了だ。各自クールダウンしてから解散な」
芝コースを軽く流して何周か走れば、朝のトレーニングは終了である。
既に暦は11月に入っている。朝は冷え込み始める時期であり、身体に負担がかかりやすいからとトレーニングは今まで以上に注意して行う必要がある。
ウマ娘は寒さに強い娘が多いが、だからといって甘く見ると痛い目を見ることになるだろう。
逆に時間をかけてじっくりとトレーニングに励む、という方針のトレーナーもいるようだ。
この時期のトレーニング設備は、空いていることが多い。トレセン学園では、9月に大きな『節目』があるからだ。
クラシック級9月頭までに勝ち上がれなかったウマ娘は、特別な事情があって格上挑戦でも問題ないと判断された者以外は、それ以降出走できるレースが存在しなくなる。つまり、現役引退するか、地方に移籍するか、それとも障害に転向するか。大きな決断を迫られることになる。
そして、その中にはトレセン学園を去ってしまう娘達も存在する。私と同時期に入学した娘はまだメイクデビューしていない娘も多いのであまり存在しないが、私と同時にデビューした先輩方は6割程度しか学園に残っていない。
勝上率が大体3割なのを考えれば、結構残っているように思えるが、ケガで無念の引退をした娘や、ベルノライト先輩が所属しているサポート科へ転入した娘なども居るので、事情はウマ娘によりそれぞれであるのだが。
「そうだ、お前ら。駿大祭でやる屋台の道具、届いてたから動くか確かめとけよ。当日になって動きませんでは笑い話にもならないからな。後スズカとテウス、お前らには本番の衣装も届いてるから、細かいサイズ合わせて貰っておけよ」
クールダウンを終えてみんなで着替えに戻ろうかと思っていたところ、トレーナーさんが思い出したかのように私たちを呼び止めた。
駿大祭。秋のファン感謝祭、別名聖蹄祭とはまた別のお祭りであり、聖蹄祭がファン参加型のイベントがあったりする交流会的なものであるのに対して、駿大祭は歴史も古く、伝統行事の祭礼的な物で、曳神輿や奉納舞、流鏑馬などの神事を多く執り行う、現代においても重要な行事だ。
チームスピカではゴルシさん主導で焼きそばの屋台を出すことになった。資格とか大丈夫なのかと思ったが、ゴルシさんが食品衛生責任者手帳を印籠のように見せつけてきたので問題はないみたい。
他にはふぐ調理師と船舶料理士の免許も持っていると言っていたが、どこからどこまでが本当なのかわからない。未だに彼女の寮の部屋を知っているウマ娘が一人もいないし。
たづなさん辺りなら流石に知っているんだろうけど、もしたづなさんでも知らなかったらと思うと怖いので聞けずにいる。
今回特別なのは、スズカさんは奉納舞に、そして私は流鏑馬に抜擢されたことだ。
抜擢された時点でトレーナーさんと話し合い、日程の関係上調整が難しいと判断して、エリザベス女王杯とマイルチャンピオンシップは見送ることにした。
JBCシリーズは、天皇賞(秋)に出走した関係で規定上出走することが出来ず、こちらは出走を検討することすらできなかった。
あまり連闘が続くとトレーナーさんへの批判が大きくなってしまうし、丁度いい機会であったともいえる。トレーナーさんは気にしなくてもいいと言っていたが、菊花賞から秋天への連闘だけでも相当な批判があったと聞く。私が勝ったから良いものの、もし負けていたりしたら相当炎上したことだろう。
他にも奉納舞はフジキセキ先輩とリボンマンボ先輩、流鏑馬にはミスターシービー先輩が任命されている。
トレーニングの合間合間にだが準備は進めており、後は本番を残すのみ、くらいには調整が終わっている。
この任命の顔触れを見るに、奉納舞で選ばれたお三方も、そして流鏑馬の私たちもかなり話題性のあるウマ娘たちだ。
スズカ先輩は言うまでもなく、私のライバルとしてかなりの注目をされているリボンマンボ先輩。そして『キミが勝てば勝つほどに勝手に私の株が上がって行くね』と苦笑していたフジキセキ先輩が選ばれているあたり、今年のトレンドウマ娘をしっかりと抑えていると言っていい。
それをリボンマンボ先輩に話してみたところ、『今回の人選的には間違いなくアンタを中心にして選ばれてるわよ』と少し不機嫌そうに言われてしまったが。
それだけ『無敗の三冠ウマ娘』の称号が持つネームバリューは大きいということだろう。
国民的なスポーツとされているウマ娘のレースだが、何事にも波というものがある。オグリキャップ先輩が巻き起こした大ブーム以降少し下火になっているらしい今の現状から、新しい風を吹かせたいというところだろうか。そういった点では、確かに今の私は話題性バッチリだと思う。
シービー先輩も単独でブームを起こしたほど人気のあるウマ娘だし、何よりあのウマ娘は、強い。
レース的な意味合いは勿論、その在り方が強い。伝説だった『クラシック三冠』を、現実のものなのだと知らしめた、その在り方が叙情詩であるとまで言う人が居るほどである。
そういった点では、私が目指しているものに限りなく近いウマ娘の一人だ。
「はい、分かりました。テウスちゃん、折角だから今合わせに行きましょう?」
「はい! どんな衣装なのか楽しみですね」
折角なので早めに合わせておこうと、スズカさんと一緒にトレーナー室へ向かう。
流鏑馬は、ルドルフ会長とブライアンさんが行った時と同様に、今年も伝統通りの形でやることが決まっているので、衣装も伝統通りのものだ。小物の色などに多少の違いはあれど、ほぼ同じと言っていいだろう。
正直に言えばあの格好は少し……いや、かなり恥ずかしいのだけれど、伝統なら仕方ないと諦めた。勝負服としても使えるとはいえあの衣装でレースに出るようなことはないだろうし、祭りが終わったら着る機会もないものだ。
奉納舞の衣装はそれぞれのイメージカラーがしっかりと出ており、とても綺麗なものになっていることが多い。
デザイン画なら見せてもらったことがあるので、そこからどうなったのか楽しみだ。当日私が奉納舞を見ることは難しいと思うので、今のうちにじっくり見ておこう。
奉納舞自体はライスさんにビデオカメラを渡して撮影をお願いしておいたので後から見ることは出来るだろう。
本当は当日予定がないと言っていたブルボンさんにお願いするつもりだったのだが、渡したビデオカメラが謎の動作不良を起こしてしまうため、その時近くでリハビリに励んでいたライスさんにお願いすることになった。
お礼としてはスズカさんとテイオーさんとマックイーンさんのリハビリ資料をトレーナーさんから貰っていたのでそれを渡した。
何処かのタイミングで渡そうと思っていたものだったので、丁度いい口実だったと言える。
トレーナーさんは最初渡すことを少し渋ってはいたのだが、トレーナーさんのサポートの下リハビリに励むということを約束してもらうことで何とか見てもらえることになった。
こういったリハビリに関する知識というのはかなり価値が高いものだとわかってはいるけれど、提供してくれたトレーナーさんには感謝しかない。
渋っていた理由も現状ライスさんに担当トレーナーの指導がつけていないということが問題だったらしい。指導者がいない状態でリハビリの情報だけ渡すというのも無責任ではないか、とのことだったので、ライスさんとトレーナーさんを会わせて話し合ってもらった結果だ。
対応としては臨時でチームスピカに所属する形になるらしい、現状は手続き中だが、近日中にも決裁が下りるだろう。
ライスさんは自分の担当トレーナーに関しては語らないけれど、なんとなく仲は悪そうではない雰囲気なので、あまり深掘りするべきことではないのだろう。
冷たいようだが、結局は当人同士の問題だ。そのうち収まるべき所に収まることになるだろう。外野からとやかく言うことではない。
「これが衣装ね……」
「とっても綺麗な柄ですね、今から奉納舞が楽しみです」
「そうね、とっても素敵な衣装ね。でも走り辛そうね」
トレーナー室に着いてまずスズカさんの衣装を見て見ると、緑色を基調にした衣装だった。
ゴールドシチー先輩やユキノビジン先輩、カレンチャン先輩が着ていたように袖は別に分かれていて、丈はかなり短い。後胸元が少し開いているようだ。ゴールドシチー先輩が着ていたものに近いと言えばわかりやすいだろうか。
スズカさんのいつもの勝負服のスカート丈もかなり短いと思うが、これはそれ以上に短い。綺麗な衣装だけど、胸元の露出と言い少しセクシーすぎると思う。
「じゃあスズカさん、合わせちゃいますね。ちょっとじっとしててください」
「ええ、わかったわ。よろしくお願いするわね」
一度合わせるために、ジャージの上からだが着付けを行う。軽く合わせる程度なら服の上からでも大丈夫だ。本来ならもうちょっと薄手の方が綺麗に見えるのだが、軽く合わせるだけであれば問題ないだろう。
袋帯のような大きなリボンの飾りが付いてるし、浴衣というより振袖に近いんだろうか? 通常の着物とは多少着付け方法が違うが、まあ何とかなる。ここまで大きいものは流石に初めてだが……勝負服の一種だと考えると不思議はない。
奉納舞ともなればこれくらい大きなリボンがついていた方が映えもいいだろうし、何より伝統的な衣装だ。
「はい、出来ました。おかしなところはないですか?」
「ええ、大丈夫よ。それに、思ったより走りやすそうね」
ジャージの上から着付けした影響で少しばかりおかしなことになってしまっているが、スズカさん的には問題ないらしい。
そのうちスズカさんがこの衣装を勝負服としてGⅠに出ることはあるんだろうか? ドリームシリーズへの移籍を本格的に考えているそうだし、機会は訪れないかもしれないが、もし機会があれば見てみたいものである。
「テウスちゃんも合わせないとね? 手伝ってあげるわ」
「そうですね、折角なのでお願いできますか」
スズカさんのものを合わせ終わり、そのまま私の分も着付けすることにした。
私の場合は本番はサラシを巻いたりしないといけないのだが、巻き方は知っているのでスズカさんと同じようにジャージの上から軽く合わせるだけにする。
私の着物は薄い青を基調とした衣装だ。ブライアンさんとほぼ同じのような感じに仕立ててもらった。
独自色を出しても良かったのだが、伝統ということであるし、あまり型から外れたものは好まれないだろう。トレーナーさんは気にしなくて良いと言っていたが、シービー先輩が思いっきり型から外してくると思われたので、私は伝統通りで行くことにした。
噂によるとシービー先輩は緑を基調にして白袖で合わせてくるらしいと聞いたので、この色なら並んでもどちらか一方が悪く目立つということはないだろう。
「流石に着慣れてるわね。当日が楽しみ。もし間に合えば直接見に行くわね」
「はい、ありがとうございます。私も直接見れればよかったんですけど……」
流鏑馬は奉納舞の後に行われる。準備などもあるので、私が生で見るのは流石に難しい。録画をお願いしているとはいえ、それだけは少し残念だ。
その後、二人でお互いの衣装を確認し、細かい気になる点をいくつかメモ用紙に書き留めてから、衣装を大切に箱にしまって、スズカさんと一緒にトレセンの衣装係さんのところへ書き留めた要望を持って行った。
現在は秋のGⅠ戦線真っ盛り。衣装係さんは大忙しなのだが、駿大祭用の衣装ということで最優先で対応すると約束してくれたことには感謝しかない。
皆が協力して行う駿大祭。決して恥ずかしい真似は出来ないなと気合を入れなおすのだった。
そして、駿大祭当日。今年の駿大祭は11月の祝日、勤労感謝の日に行われている。
勤労感謝の日の前身はかつて宮中祭祀として執り行われた、収穫に感謝するお祭り、新嘗祭だと言われている。そこからいろいろあって今の勤労感謝の日になったらしい。
その制定自体元々祭りが行われる日であったことから、最近はそのあたりで駿大祭を行うことが多い。11月だと第二週から第四週まで毎週GⅠが行われる関係上土日の開催は難しいのもあるだろう。今年は私とスズカさんが秋天に出走する関係もあって、合同合宿も行えていないが、祭りの開催自体に問題はない。
URAから講師を付けてもらって舞も全員問題なく行えるようだし、ウマ娘は習い事としての弓術を嗜んでいるものが多いから、流鏑馬も問題なく行えるウマ娘も多い。
私の場合は、おばあちゃんの道場で剣術と一緒に仕込まれた。剣術において私は全くと言っていいほど才能がなかったが、弓術に関しては上手だと褒められたことがある。
道場のことについては一切妥協しなかったおばあちゃんが褒めてくれたのは純粋に嬉しかったが、私は弓より刀の方が好きだったので当時は複雑な気分だった。
ルドルフ会長とブライアンさんが復活させた伝統的な流鏑馬。岩を越え崖を跳び、厄に見立てたいくつもの的を射抜き祓う。
言葉にするのは簡単だが、これがなかなか難しい。弓自体は元々足を止めて射るものだから、伝統的な流鏑馬のように激しい動きを伴うものはあまりない。
おばあちゃんは以前は流鏑馬の講師として呼ばれたこともあったくらいの弓取りだったようで、幼い私にも伝統的な流鏑馬のやり方を教えてくれていた。
そういった点で私には一日の長があったのだが、シービー先輩も涼しい顔をしてこなしていて驚いた。正直、私より上手かったと思う。
話を聞けばシービー先輩も弓を習っていたことがあるとのことで、それなりに経験があったようだ。
師と問答して揉めてしまい途中で辞めてしまったと語っていたがずっと続けていたら私なんて足元にも及ばないほどの腕を披露されていただろう。
「そろそろ本番だよ。準備はいいかい?」
流鏑馬の舞台となる霊山の前で考え事をしていたらシービー先輩が話しかけてきた。
いつも通りの表情に見えて、強い圧を感じる。目の前のウマ娘が『強い』ウマ娘なんだと、改めて思い知る。
「──ええ、勿論です。いつでも行けます」
その圧を受けて、私も気持ちを切り替える。レースの時のような感覚。いつもより露出があって少し寒かったのだが、今は少し暑いくらいだ。
少しざわざわとしていた周りの声が、私たち二人がスイッチを切り替えたのを見てか少しずつ静かになっていく。まるで大レースが始まる前のような雰囲気だ。
『──篝火に火が灯されました。これより流鏑馬、開始致します!』
集中力を高めていると、進行役のウマ娘からアナウンスが入る。いよいよ本番だ。全身全霊を籠めて、いざ──
『構え。用意──……始めッ!!』
「さあ──行こうか!」
太鼓が鳴らされるとともに、流鏑馬が始まる。先手を取ったのはシービー先輩だった。
ブライアン先輩の時のように、本能をむき出しにした叫びではない。いつもの天衣無縫とした在り方のままで弓を射る。
それでも、その闘志は伝わってくる。肌が粟立つほどの闘志が、私の魂を奮い立たせてくれる。
負けていられない。飛び回りながら一つ、二つと的を確実に射る。
「墜ちろ『登り龍』!! はあああっ!!」
いつの間にか声を上げながら射っていたようだ。飛んで跳ねて、時には逆さまになりながら的を射る。
レースとは違って目の前のウマ娘とは、決して争っているわけではない。それでもウマ娘の本能が、私にそう叫ばせた。
目の前のウマ娘を厄と共にひれ伏せろと、魂がそう叫んでいる。
一つ、また一つと的を落とし、最後の的を私たち二人の矢が同時に射貫いた。
霊山を登りながら射っていたため、周りに観客の姿はない。なるべく的は観客から見やすい位置に設置されていたし、所々に篝火があるから目が良いウマ娘なら見えているだろう。ついでに中継用のカメラもあるし、スクリーンでも見ることが出来たはずだ。
結局、私もシービー先輩も一射たりとも外さなかった。勝ち負けではないが、決着はやはりレースの場でということだろう。
息を整えながら、どちらともなく拳をこつんと突き合わせた。
賑やかだった祭りも終わった翌日、授業が終わった後すぐにトレーナー室に向かう。ジャパンカップの出走表が発表されたためだ。
通知の書類はトレーナーさんの下へ届くため、一秒でも早く確認するためにトレーナー室へ駆け込む。
既に外国からの招待ウマ娘が入国したという話は聞いたが、出走表を見るまで、そして発走当日まではどうなるかがわからない。
それでも出走表に名前が掲示されれば余程のトラブルがない限り出走することになるだろう。
そしてURAはその威信にかけて、万全な状態で出走できるようにサポートするはずだ。
「おう、来たかテウス。ほれ、お望みのものだ。覚悟はしていたが、まさか本当に出てくるとはな……」
待ち構えていたトレーナーさんから出走表を受け取り、中身に目を通す。一番上に書かれていたウマ娘の名前に武者震いし、口角が吊り上がる。
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