漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

5 / 59
変な時間に目が覚めたので初投稿です


第五話 レッスンと特別講師

 あの後寝ぼけているスペ先輩を背負って部室に行き、改めて挨拶とミーティングを済ませた。

 

 トレーナーさん曰く、私に足りないものはスピードへの乗り方と駆け引きの方法、後はウイニングライブ用の歌とダンスのレッスン、だそうだ。

 

 まずは先に歌とダンスをやる、とのことでレッスンルームに集合している。歌とダンスが得意なトウカイテイオー先輩が教えてくれるらしい。なんでも今は筋肉痛で休養中でトレーニングが出来ないそうだ。

 

 もちろん、私はダンスレッスンなんてしたことがない。さらにはカラオケにすら行ったことがない。体幹にはそれなりに自信があるが、正直ライブなんて出来る気がしない……

 

「テウスちゃん安心して! ボクがみーっちり、スパルタのマンツーマンで教えてあげるから♪」

 

「お、お手柔らかにお願いします。トウカイテイオー先輩……」

 満面の笑みで迫ってくるトウカイテイオー先輩に若干後退る。

 

「テイオーでいいよー。あ、聞いたよ~? マヤから昨日レッスン止められてたくせに、こっそりトレーニングしようとしてたんだって~? これはオシオキが必要ですな~?」

 ニヤニヤと下から覗き込んでくる。うわぁい、バレてる……

 

 誤魔化すように苦笑いするしかなく、その後のレッスンはスパルタもスパルタ。スタミナに自信がある私が声が枯れ動けなくなるまでこってり絞られた。

 

 

 

 ボイス&ダンスレッスンは午前中だけだったのにも関わらず息絶え絶えである。普段使っていない筋肉を限界まで酷使させられたし、元々声量がそんなにない私にボイスレッスンはまさに地獄だった。

 

 テイオー先輩曰く、腹筋は鍛えられていて声の出し方と息の吸い方さえトレーニングを続ければ問題なく声量を上げられる。音程については可もなく不可もない。レッスンを続ければ見られる程度にはなる。

 

 ダンスに関してはリズム感はあるし、体幹もしっかりしているから後は恥じらいをなくす努力をしよう。とのことだった。

 

 結構辛口な評価に思えるが、これでもデビュー時のスペ先輩たちよりはマシ、だそうだ。

いったいどれだけひどかったんだろう……?

 

「スペちゃんなんて最初のライブは棒立ちだったからねー。『天を仰ぐ見事な棒立ち!』なんて書かれちゃってさ」

 

「あのスペ先輩が……いや、なんとなく想像できますけども。私だったら恥ずかしくて引きこもっちゃうかも……」

 そんなことを書かれたら私、まったく立ち直れる気がしない。

 

「ボクがスピカに入る前はほんと酷かったからねー。『チームスピカ、レースに勝ってもこの有り様!』って。あ、確か部室にその時の新聞残ってたはずだから、後で見せたげるね♪」

 先輩方の黒歴史なんじゃなかろうか、それは。そしてもし私がデビュー戦で同じことをやらかしたら、チームスピカにまた一つ黒歴史が刻まれることになるのでは?

 

「あ、もしテウスちゃんがやらかしたらその時は笑ってあげるから、安心してね?」

 

「安心できませんよ!? 何としてでも見れる程度にはマスターして見せます……!」

 根性は人一倍ある自信がある。今後はテイオー先輩の時間が許す限りずっとレッスンを付けてもらおう。ダンスレッスンとかも、トレーニングに活かせそうだし。

 

「そう? じゃあ今日はこれくらいにしてまた明日ね。明日はマックイーンを観客として呼んで恥じらいをなくす訓練でもしよっか」

 

「いきなり人前は恥ずかしいです……けど、わ、わかりました。やってみせます!」

 こっちをずっとにやにや見つめてくるのに少し反骨精神が湧き、むんっと気合を入れる。

テイオー先輩はそれを見てにしし、と笑っていた。

 

 その後一週間。ダンストレーニングの際、メジロマックイーン先輩やゴールドシップ先輩などがダンスレッスンの見学に来てくれた。

 

 でも、最終日にいきなりあの三冠ウマ娘、シンボリルドルフ生徒会長が来たのには流石にびっくりしてその場でひっくり返ってしまったものである。生徒会長は少し申し訳なさそうにしていたが、テイオー先輩やゴールドシップ先輩は爆笑していた。おのれ許すまじ……

 

 

 

 ライブ用のレッスンも一息ついて、ようやく本腰を入れて芝でのスピードを出す練習をしてくれるそうだ。何でも併走する相手が帰ってきたから、とのことだ。

 

 併走トレーニングなのも初めて聞いたが、相手って誰だろう。トレーナーさん曰く「アイツには言葉で教わるより一緒に走ったほうが得るものもあるだろう。あ、誰なのかは当日のお楽しみってことで」とのことだった。

 

 ちなみにライブのレッスン中は結構ぎりぎりまで追い込まれたこともあって、坂路20本、芝・ダート・ウッドチップコース各5周で早朝トレーニングは終えていた。

 肉体的には問題なかったのだが、精神的に少し疲れがたまっていたのであまり追い込めなかったのである。トレーナーさんはそれでも多いと思うがと眉をひそめていたが、私にとっては少ない。

 

 今日は一日コースを走れるということで、テンションは上がりっぱなしである。そのテンションのまま早朝トレーニングも先週までの3倍行った。

 

 早朝のトレーニングが終わったのち。テイオー先輩のスパルタトレーニングで頭に、耳に焼き付いたデビュー戦で歌う曲を口ずさみつつ、トレーナーさんが来るまで部室の掃除をしている。

 

「おー、相変わらず早いな、テウス。いつも朝の掃除と終わった後の掃除、任せちまって悪いな」

 いつも通り飴を咥えたトレーナーさんが部室に入ってくる。現在時刻は8時40分、集合時間はいつも通り9時なので、20分前集合である。

 

 結構適当なように見えるトレーナーさんだが、ウマ娘に対することにはとても真摯なトレーナーさんだ。集合時間に遅刻したところは見たことがないし、ところどころでの気遣いもしてくれる。

 

 少々金銭感覚に難があるようで、金欠ではあるようだが……高給取りのはずのトレーナーさんが金欠になるってどういうことなんだろう。今度、お弁当でも作ってあげようかな? 何時も迷惑をかけてしまっているし……

 

「おはようございます。トレーナーさん。えっと……後ろの方は?」

 そんなトレーナーさんの後ろに、栗毛のウマ娘が隠れているのに気付く。華奢なウマ娘で、トレーナーさんの後ろにすっぽり隠れてしまっていて誰なのかは判別できない。

 

「おう、おはよう。こいつは今日からのお前の併走相手だ。ほら、挨拶」

 トレーナーさんに促されて、後ろから栗毛のウマ娘が出てくる。

 

 腰まで届く、長くて綺麗な栗毛。右耳に可愛い緑系の丸いリボンの様な耳飾りをつけている。身長は私と同じくらいで、とてもすらりとしたスレンダーな体躯。まるで走るためだけに最適化されたような美しさを持つその私の憧れのウマ娘に、ぽーっと見惚れていた。

 

「はじめまして……サイレンススズカ、です。よろしくお願いしますね。ブラックプロテウスさん」

 穏やかに微笑まれる。私のサイレンススズカ先輩のイメージは、走るときのあの真剣な眼差しだった。ターフを誰よりも速く駆け抜けて、影すら踏ませず逃げる。その姿が格好良くて、憧れていた。

 

 でも、今のサイレンススズカ先輩は目がとても優しくて、レースの時とのギャップに私はやられてしまっていた。

 

「はっ、はじ、はじめまして! ブラックプロテウスです! えっとその……サインください!」

 テンパった私は予備のシューズ(未使用)を差し出してついサインをねだってしまう。サイレンススズカ先輩は私が一番好きなウマ娘だ。限界オタクのようにもなってしまうのも仕方がないというものである。

 

「サイン、ですか? 私のものでよければ……?」

 戸惑いながらもシューズにサインを書いてくれた。これはもう一生の宝物である。早く自室に帰って飾っておかないと……!!

 

「ありがとうございます! 私はこれで!」

 

「……っておいおい!! 待て待てテウス! これからトレーニングだぞ! 行くなって!」

トレーナーさんの一声で現実に引き戻される。わ、私は一体何を……

 

「あ、ご、ごめんなさい……嬉しさのあまりつい……その、お見苦しいところをお見せしました……」

 耳をへにょりとさせて謝る。憧れの先輩の前でとんだ醜態をさらしてしまった…

 

「スペから聞いてはいたが、本当にスズカのファンなんだな……まあいい。今日からレースまでのお前の併走相手だ。同じ逃げウマ娘だし、得られるものもあると思ってな」

 

「そうなんですね……って、サイレンススズカ先輩って遠征中なんじゃ?」

そう、サイレンススズカ先輩はアメリカに遠征に行っていたはずである。確かインタビューでは自分が納得できるまでは居るつもりだ、と言っていたはずだが……

 

「ええ、そうだったのだけれど。日本でドリームトロフィーリーグに挑戦しようと思って、戻ってきたの。こっちで戦う約束をしている子たちもいるし、って」

 

「そうだったんですね……おかえりなさい。サイレンススズカ先輩。早速ですが、併走よろしくお願いします!」

 スズカ先輩の手を引いて部室を出る。最強の逃げウマ娘との併走……! 楽しみで楽しみで、仕方がない。スズカさんが戸惑うのも、トレーナーさんが慌てるのも気にせず、そのまま手を引いて練習の芝コースに出ていく。

 

 

 

 準備運動を二人で終わらせて、スタートラインに立つ。条件は芝2000右回り。私が選抜レースで走った距離と同じである。

 

 芝2000。あの天皇賞と、同じ距離。あの時の沈黙が、私の脳裏に過った。第四コーナーを迎えることなく、彼女が競争中止となったあのレースを。

 

「ブラックプロテウスさん。大丈夫よ。今の私は、万全だから」

表情に出ていたのか、にこりと微笑まれる。

 

「でも、言葉だけじゃわからないですよね……ブラックプロテウスさん。貴女に私がちゃんと、全力で走れるということを示します。私の、走りで」

 彼女の中のスイッチが切り替わる。先ほどまで穏やかに私に微笑んでいた彼女の目つきが変わる。

 

「……テウスで、いいですよ。サイレンススズカ先輩。胸を、お借りします」

 同じように、私の中のスイッチも切り替わる。彼女の闘志に触れて私の中に炎が宿る。

今の私がどこまで彼女に競り合えるかは、わからない。それでも、今私にできる全力で、彼女と走りたい……!

 

 

 

 トレーナーさんの号令で、スタートする。選抜レースの時よりもっと速く、一歩を踏み出してスタートする。今までのスタートの中で最高のスタートだ。

 

 

 ――それだというのに。どうしてサイレンススズカ先輩は、私の二歩先にいるんだろう。

私が一歩を踏み出す間に、彼女は二歩、三歩駆ける。同じ逃げだというのがわからないくらい、どんどんと突き放される。影すら踏ませてもらえない。

 

 これが、異次元の逃亡者――! 彼女が得意とする左回りではなく、右回りで、しかも遠征からの帰還直後、他のレースにも出ていないはずなのに。毎日毎日走りこんでいた私が、あっという間に離される。

 

 これがシニア級の、世界を知るウマ娘。地力がまるで違う。スピードで、パワーで、見る見るうちに離されていく。最初のコーナーに入る前の300mちょっとの直線で、私は8バ身は引き離された。彼女は全力じゃないはずなのに……!!

 

 得意のコーナーで、一切速度を落とさず内ラチに身体を掠らせながら走る。かなり危険な走りだ。それでも、私が差を詰めるには、これしかない……!

 

 サイレンススズカ先輩は楽に走っているのか、それほど内を攻めていない。速度も直線に比べれば落ちている。ダンスレッスンで培ったステップで、内も内、最内のさらに内側を攻める。

 

 2バ身程度差を詰めて、向こう正面。彼女は息を入れながらちらりとこちらを見る。

 

 走りを観察していた私と、目が合った。その目が、追いついてみろと言っているようで、心の中が燃え上がる。

 

 もっと足を速く、一歩を大きく。少し前傾姿勢になって、風を裂くように走る。サイレンススズカ先輩のフォームを真似して走る。

 

 ただ真似しただけだというのに、今まで出なかったスピードに乗れる。フォームを調整していくうちに、少しずつ、速く走れるフォームというのがわかってくる。

 

 「っ……あああっ!!」

 もっと速く、もっと速く。ひたすらに脚を動かして、心からの叫びを出して、彼女を追いかける。

 

 後、4バ身。3バ身。カーブに差し掛かって、さらに2バ身まで差を詰める。

 

――いける! 

 

 最終直線に差しかかって、さらにスパートを掛ける。追いつける。そう思って、スパートの一歩目を踏み出した。

 

 

 

 だが。踏み出したその先に、彼女の影は無かった。2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()8()()()()()()()()()

 

「っ、嘘っ……!」

 これが、逃げて差すということか。本気じゃないのはわかっていた、本気を出されたら追いつけないとも思っていた。

 

 でも、本気を出されなくても追いつけない。影すら踏めない。私だって、今までで一番速く走れているのに――!!!

 

 

 

 そのまま、彼女がゴールした後。私は2秒、12バ身ほどの差を付けられてゴールした。

 

 

 

「ふう……いい走りだったわ。お疲れ様、テウスちゃん」

 まだまだ走り足りないと言わんばかりな表情をしながら、彼女がゴールで迎えてくれる。

 

「ありがとう、ございました……サイレンススズカ先輩」

 

「スズカでいいわ。途中から速くなったみたいだけど、テウスちゃんは先行か差しかしら?」

 

「いえ……私も逃げです。スズカ先輩の走り方を真似してみただけで……」

 

「そうなのね。何だかくすぐったいわ。もう一回走る?」

 

「はい! お願いします!」

 そのまま二人でスタート位置に戻って、もう一周走ろうと構える。

 

「いやいやいや! 待て待てお前ら! 二人の世界に入るな! ……そんなに睨むなよ」

 トレーナーさんが引き留めてくる。いいところだったのに……という恨みを込めて少し睨んでしまう。

 

「走るなって言ってるわけじゃないから、少し待て。スズカ、これは併走トレーニングなんだから、突き放さないでやってくれ。すぐ近くでお前の走りを見せてやるんだ」

 

「はい、わかりました。離さないようにすればいいんですね」

 

「テウスはさっきやったように、スズカの走りを見て盗め。お前たち二人は頭はいいけど言葉で伝えるより感覚で感じるタイプだ。併走しているうちにわかるだろう」

 

「はい、トレーナーさん! 食らいついていきます!」

 

「よし! 休憩を入れたのち、もう一本行ってこい!」

 

「「はい!!」」

 

 

 

 トレーナーさんの指示の下、残りの一週間はスズカさんとひたすら併走トレーニングをして過ごすのだった。




ブラックプロテウス
スズカさんガチ勢。サプライズにテンパり限界化した。
スズカさんと一緒に放っておくとずっと走り続けるのでトレーナーが胃を痛める原因になりかねない。

トウカイテイオー
ブラックプロテウスのライブ用のレッスンを請け負った。
スペちゃんたちより教えるのは楽だが体力がありすぎて困っていた。

サイレンススズカ
ドリームトロフィーリーグ挑戦のため遠征を切り上げて帰国。
ブラックプロテウスの併走トレーニング相手に。
ブラックプロテウスとの併走は沢山走れて大満足。

沖野トレーナー
マイペースが二人に増えてストレスで禿げてしまわないか心配になっている。


掲示板形式や他者視点とかはあったほうがいいですか?

  • あったほうがいい
  • ないほうがいい
  • どっちでもいい

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。