漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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( ˘ω˘) いつもありがとうございます


第四十八話 年末の大一番

 

 

 12月最後の日曜日。熱気あふれる中山レース場の地下バ道に、私は立っていた。

 

 ステイヤーズステークスの時にも通った中山の地下バ道。けれど、その時の雰囲気とはまるで違う熱気だ。

 

 年末の大一番。その年のターフを沸かせたスターウマ娘たちが一堂に会するグランプリ、有記念。

 宝塚記念の時と同じく、ファン投票によって出走ウマ娘が決まる。ファンたちの夢を背に乗せて走る特別なレースだ。

 

 いつも以上に緊張感があって、何だか楽しくなってくるくらいだ。

 

「やー、これはどうもブラックプロテウスさんじゃないですかー。今日も調子良さそうですねー」

 

 コースに向かおうとしていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。彼女と会うのはジャパンカップの時以来だろうか? 

 

「どうも、ネイチャ先輩。先輩もバッチリそうですね?」

 

「いやー、アタシなんてとてもとても。ブライアンやマヤノとかもいるしさー、老兵にはツラいって言うか? 三冠ウマ娘が二人も出てるのにその二人を差し置いてバッチリだとはとても言えませんわー。もっと油断してくれていいんだぜ~?」

 

 そう言いつつも、雰囲気的には少し怖い。GⅠで勝ててはいないがコンスタントに掲示板に入ってくる強豪ウマ娘だ。油断していると最後の最後に勝利を掻っ攫っていくような、そんな怖さが彼女にはある。

 

「このグランプリレースで油断なんて出来ませんよ。ネイチャ先輩が出てるレースでは特に」

 

「いやアタシ今日14人中12番人気なんですけど? ぶっちぎり1番人気のテウスさんに言われるとちょっと怖いっすわー。じゃ、お先行かせてもらうわ。今日はよろしく~」

 

 苦笑いしながらネイチャ先輩は先に行ってしまった。飄々としていて掴みどころがないウマ娘だ。ゲートに入ってからは皆平等だ。レースでは何が起こるかわからない。ネイチャ先輩だけではなく、どの相手も全く油断できない相手ばかりだ。

 

 今日の私は5枠7番だが、一番最後にレース場に出てくれと言われた。何の思惑が働いているかはわからないが、最後を任されるということは一番期待されているということなんだろうか? それならば、期待には応えたいと思う。

 

 何人かレース場に出ていくのを見送っていると、私の横によく見慣れたウマ娘が立った。

 

「こんにちは、ブラックプロテウス。今日こそは、貴女に勝ってみせるわ」

 

 リボンマンボ。私の宿命のライバルで、一番警戒している存在だ。マヤノトップガンや、ナリタブライアンより、私にとっては彼女の方が怖い。

 

「こんにちは。リボンマンボ先輩。今日も私が勝ちますよ」

 

「言ってくれるわ……でもいいわ。論より証拠、行動で示すから。後、マンボでいいわよ。先輩もいらないわ」

 

「そう、ですか? それなら、マンボさんと。私の事もテウスって呼んでください。親しい人にはそう呼んでもらってるので」

 

「私の事を親しいって言ってくれるのね……いつも一方的に突っかかってると思ってたんだけど」

 

 きょとんとするマンボさんに少し笑ってしまう。そんな風に思われてたのか。少し接し方が硬すぎただろうか? 

 

「そんなことありませんよ。貴女の存在に、いつも助けられています。貴女は私にとって、一番のライバルですから。貴女が私と競ってくれたから、今の私があるんだと思ってますし」

 

 出走を回避された時から、彼女は私をずっと気にかけてくれていた。彼女がずっと私のライバルで居てくれたから、今の私がある。

 

「……それはこっちのセリフよ」

 

「……? 今何か言いました?」

 

「ううん、何でもないわ。それはそれとして、貴女、あの時の怪我は大丈夫?」

 

 そう言って私の髪をかき上げて額を覗き込んでくる。というか、顔が近い!! 

 

「だ、大丈夫ですから! もう傷一つありませんから!」

 

 後退って彼女から離れる。実際あの時の傷はもう残っていない。というかどんな大怪我も長くて3日もあれば傷が綺麗さっぱり消えてしまう身体だ。抉れたりしたような重傷でもない限り大丈夫だろう。

 

 もしかすると抉れたり千切れたりしてもトカゲのしっぽみたいに生えてくる可能性があるのだが……流石にそこまでは怖くて試せない。トラックに撥ねられてもほぼ無傷だったあたり、試そうとしても試せない可能性が高いが。

 

「レース場でイチャイチャするな。やるなら学園でやれ」

 

「学園でやるのもどうかと思うよ、ブライアンさん」

 

 私たちのやり取りを後ろで見ていたブライアン先輩とマヤさんが呆れ気味に話しかけてくる。

 

「イチャイチャなんてしてません!」

「イチャイチャなんてしてないわ!」

 

 否定の声が二人揃ってしまい、ちょっと照れてしまう。

 

「はっはっは、息ピッタリじゃないか。流石宿命のライバルだね! でも、アタシ達のことも忘れんじゃないよ! でも、今日は何も壊すんじゃないよ?」

 

 ヒシアマゾン先輩が背中をバンバンと叩いてくる。彼女は今日の2番人気。ちなみに3番人気がブライアン先輩で、4番人気がマンボさんだ。マヤさんは8番人気だ。

 

「壊しませんよ! 私が毎回何か壊してるようなこと言うの止めてもらえませんか!?」

 

「そうかい? 外ラチに突っ込んでは破壊してるし、こないだはトレーニング用のフィットネスバイク壊してたじゃないか。クリークに怒られてたの見たよ? その内ギムレットと同じように趣味でラチを壊し始めないか心配だよ」

 

「いやあれは……チェックしてなかった私のせいではありますけども……」

 

 トレーニング中にいきなり座ってる部分の椅子が一番下まで下がってしまったことがあった。どうやらロックしているねじの部分が緩んでいたらしく、トレーニング前にはちゃんと器具を確かめるようにと怒られた事件だ。

 

 怪我がないことを確認した後に本当にゆるーく叱られた程度だけど、何となくクリーク先輩には抗いがたく、されるがままに最終的にはクリーク先輩のお部屋で甘やかされていたくらいだ。

 

「ま、レースの前にお説教もなんだし、今日はここまでにしておくかね。有記念、いい勝負にしようじゃないか」

 

「はい。今日も私が勝ちます」

 

「言ってくれるじゃないか。でも、そういうのアタシは好きだよ。今日こそはアタシが勝つ!」

 

 獰猛な笑みを見せて、ヒシアマゾン先輩がレース場に出ていく。周りを見れば、既にマヤさんもブライアンさんも居なかった。ちょっと出遅れたみたいだ。

 

 今年出るレースはこれが最後。色々な記録も懸かった、とても大事なレース。

 

 緊張もしているけれど、それ以上にワクワクが止まらない。皆が全力で向かってきてくれる、本気のレース。きっといつも以上に、楽しいレースになるだろう──

 

 

 

 

 

『中山レース場、第9レース。本日のメインイベント有記念。14人のウマ娘たちが鎬を削ります。天候は晴れ。バ場状態も絶好の良バ場となっております。ナリタブライアンとブラックプロテウス。三冠ウマ娘同士、これが3度目の対決。今日もブラックプロテウスが逃げ切るのか、それともナリタブライアンが差し切るのか。今日も目が離せません!』

 

 中山レース場は真冬だというのに、熱気を感じるほど盛り上がりを見せていた。周りのウマ娘たちから、私に向けて痛いほどの視線を感じる。

 確実に、マークされている。バ群に飲まれたら完全に囲われるだろう。抜け出すのは容易ではなさそうだが、逃げの私にはあまり関係ない。

 出遅れさえしなければ、だが。ゲートはあまり得意ではないので、少し不安が残る。

 ゲートに関してはスズカさんに今もまだゲートを教わっている最中だ。スズカさんはゲートがとても上手い。秘訣を聞いても言葉にはできないような感覚みたいで、あまり具体的な返事は貰えなかったが。

 

『年末の中山で争われる夢のグランプリ有記念! あなたの夢、私の夢は叶うのか!』

 

 ファンファーレが鳴り響いて、それぞれがゲートに向かう。私は今日奇数番だから、先にゲートに入る。周りから掛けられるプレッシャーがさらに大きくなってくる。

 

 その重圧に何だか楽しくなってきてしまって、口角が吊り上がるのを感じる。これだけ敵意を向けられて、こう思うのもおかしいのかもしれないけれど、皆が本気で向かってきてくれるのは素直に嬉しいし、楽しい。

 

 身体は燃えるくらい熱いのに、すうっと頭が冷えていって周りから音が消えていくような、そんな感覚がする。この感覚を感じた時はいつも気持ちよく走れる。

 

『大外枠のリボンマンボがゲートに入って、各ウマ娘態勢整いました。グランプリ有記念、スタートしました!』

 

 ゲートがゆっくり開く。少しずつ開くゲートをすり抜けて、一気に飛び出す。今までで一番いいスタート、点数を付けるなら98点くらいだろうか? それくらいいいスタートで駆け抜ける。

 

『ヒシアマゾンが一番最後からのレースになります。前が少し固まって、いやブラックプロテウスが抜け出している! 同じ逃げを打ったシンプトンダッシュやマヤノトップガンを引き離していつも通り単騎行になるのか! ナリタブライアンも好スタートですがそれ以上にブラックプロテウスが速い!』

 

 後方から息を呑む音、そして驚いているような雰囲気を感じる。多分、マヤさんやシンプトンダッシュ先輩は私から先頭を奪って、そこからスローペースにでもしようと思ったのだろう。彼女たちはスタートに全てを懸けていたようだが、今日は私の方に軍配が上がったようだ。

 スローペースの勝負でなら、私と彼女たちは対等だろう。末脚にもそれなりに自信があるが、先行や差しを得意とするウマ娘たちもそれは同じことが言える。

 

『マヤノトップガン、シンプトンダッシュが先頭から少し離れて追いかける。大外枠のリボンマンボがそれに続き、ジェニュインは現在6番手あたり、ナリタブライアンがそれに続く! 最後方からのスタートになったヒシアマゾンは後方から3番手。現在最後方はナイスネイチャ。前のウマ娘から少し離れていますが、はたしてここから届くのか。さあ最初の正面スタンド前、ホームストレッチであります。観客たちの大きな歓声、大きな拍手が中山レース場、レースを引っ張るのはやはりこのウマ娘、ブラックプロテウスだ!』

 

 何万人もの観客が、私を、私たちを応援してくれる。第1コーナーを回って、少しスタンドから遠ざかっても、その歓声が収まることはない。

 沢山の人に応援してもらえるのは、素直に嬉しい。それが力になるし、その声に応えたいと気分も盛り上がる。

 

『1000mの通過タイムが出ました。何と58.2秒! 凄まじい、凄まじいハイペースです! 平均ペースから約3秒は速い破滅的ハイペース! マヤノトップガン、シンプトンダッシュも食らい付くが、このペースに果たしてどこまでついていけるのか!』

 

 少しペースが速いだろうか? そう思ったけれど、そのままペースを保つことにした。菊花賞の時より少し速いと思うけど、まあ大丈夫だろう。スタミナは間違いなくもつし、脚も問題ない。むしろスローペースに落とすと後ろのウマ娘たちが怖い。このまま私のペースに引きずり込んで、ハイペースで磨り潰す。それが私のとれる唯一つの戦術だ。

 

『向こう正面に入って、先頭はブラックプロテウス。2バ身ほど離れてマヤノトップガンとそれに並んでシンプトンダッシュ。外からリボンマンボ、じりじりとペースを上げている。同じくアウトコースにナリタブライアン。サクラチトセオーは内から、その外ヒシアマゾン。最後方は5年連続出走のナイスネイチャ、ナイスネイチャは少し厳しいか?』

 

 スタートの時から感じていた圧力が迫ってくる。ジリジリと背中を焦がすような、強い熱を感じる。そろそろ仕掛けてくるだろう。そんな予感がする。

 

 ここまでは私のペース。ここからどうなるかは、まだわからない。でも、そう簡単に先頭を譲り渡すつもりもない! 

 

『3コーナーから4コーナーに各ウマ娘がさしかかります! 先頭はかわらずブラックプロテウス! しかしここでマヤノトップガン、そしてリボンマンボが仕掛けてくる! ヒシアマゾンもスーッと上がって行く! そしてシンプトンダッシュも3番手! 更にジェニュイン! 外目の方からはナリタブライアンも来ている! 影をも恐れぬ怪物がやってきた! そしてその後方ヒシアマゾンであります! しかしまだ先頭はブラックプロテウス!』

 

 私が仕掛けたタイミングで、後方からもスパートを切ってきたような気配を感じる。全員が全員、私を睨みつけて、抜かしてやるぞとその気迫をぶつけてくる。

 

 だけど、私だって負けられない。負けたくない。私を一番に推してくれた、ファンの人たちのために。私を信じてターフに送り出してくれた、トレーナーさんとスピカの皆の為に。

 

 そして何より、私自身の為に。絶対に負けられない! 

 

『最後の直線! 中山の直線は短い! ブラックプロテウス先頭! ブラックプロテウス先頭! しかしマヤノトップガン、そしてリボンマンボも迫ってくる! ナリタブライアン、シンプトンダッシュ、サクラチトセオー、ジェニュインは何とか食らい付くが、他のウマ娘たちは少し失速したか! やはりハイペース過ぎました、脚が残っているのは6人だけか!』

 

 色と音を失った、私だけの世界。少しだけ後ろを見れば、鬼気迫る表情をしたウマ娘たちが迫ってくる。

 

 並み居るウマ娘たちが私を抜かして先頭に立とうと、残った力を振り絞って迫ってくる。

 

『ここで後方のウマ娘たちが失速! もう脚が残っていない! 最後はこの三人、ブラックプロテウス、リボンマンボ、そしてマヤノトップガンだ! 黒鋼の逃亡者に、変幻自在の天才少女と、執念の追跡者が挑戦状を叩き付ける!』

 

 少しずつ、少しずつ差を詰められる。脚にさらに力を籠める。少し脚に負担が掛かる。というか、多分普通なら壊れてしまっているくらいの負荷を脚に掛けている。それでも壊れないのは私だけの特権だが、まあ、反則ではない。ちょっと卑怯だとは思うが、私が貰った天稟はそれだけだ。

 それ以外のスタミナ、パワー、スピードは私が今まで培ってきたもの。人の何倍、何十倍も努力して、積み上げてきたものだ。

 

 それが結晶になったものが、今の私。ブラックプロテウスというウマ娘だ。それだけは、チートがなくたって、誰にだって負けるつもりはないのだから! 

 

『残り100を通過! 2番手リボンマンボ、それを風除けにするようにマヤノトップガン、残り半バ身、届くか届くか、おっとここでリボンマンボが失速! マヤノトップガン、それに引っかかる形で少し失速! 追い越して再加速を図りますが、勝負は決した! 1バ身、2バ身引き離されていく!』

 

 後ろから迫っていた気配が、少しずつ離れていく。それでも脚は緩めない。最初から、最後まで。私は全力で駆け抜ける。

 

 それが私に出来る、最善の走り。誰に恥じることもない、私の最高の走りだ! 

 

『これは文句なし! 無敗の三冠ウマ娘、ブラックプロテウス、鮮やかに逃げ切りゴールイン! 天皇賞(秋)、ジャパンカップに続き秋の三冠を完全制覇! これにて20戦20勝無敗、GⅠ八冠目! シンボリルドルフを超え、正しく日本の頂点に君臨しました。クラシック級でここまでの戦績を残せるウマ娘は、後にも先にもこのウマ娘だけでしょう! 新たな伝説が刻まれていくこの時に、今私たちが立ち会える。はたしてこれ以上の幸せがあるでしょうか!』

 

 中山レース場が震える。周りのウマ娘たちの荒い息遣いが聞こえなくなるくらいのとても大きな声。そして、大きな拍手。手を振り返すと更にその音は大きくなる。

 

「あー、くそっ! また届かなかったっ!」

 

「もー、マンボちゃん。あそこで失速しちゃダメでしょー?」

 

「私を風除けにしてたアンタが言うなアンタが!」

 

「序盤はマンボちゃんが風除けにしてたくせにー」

 

 私の後方では私のライバルたちが軽口を叩きあっている。

 

 ネイチャ先輩なんかは大の字になってターフに倒れ込んでしまっていたりする。大丈夫だろうか? 悔しそうに何かを叫んでいるようなので多分大丈夫だと思う。

 

 周りを見渡しても、異常に疲弊しているような娘はいないみたいだ。かなりハイペースにしてしまったから、それだけは少し心配だった。

 

『勝ち時計が出ました。タイムは2:28.8、かなりのハイペースで進んだ有記念、レコードでの決着となりました! 今勝者のブラックプロテウスがウイナーズサークルで手を振っています!』

 

 掲示板をちらりと見ると、レコードの四文字が輝いていた。私の出るレースは基本ハイペースになってそのまま逃げるから、レコードになることは多い。レコードを出せたことよりは、勝てたことが嬉しい。

 

 勝利の余韻に浸りつつ、応援してくれた人たちに向けて、時間が許す限り手を振っていた。

 

 

 

 

『輝くウマ娘達のステージ、ウイニングライブ! 今年の有記念のウイニングライブは、『ユメヲカケル!』です。センターを飾るのはこのウマ娘、見事秋シニア三冠、春秋グランプリ制覇を達成した、ブラックプロテウスです!』

 

 ライブの幕が上がり、音楽が流れ始める。テイオーさんが一昨年の有で勝ったときに踊った曲だ。それなりに練習はしてきたので、大丈夫だろう。

 

 テイオーさんのようなダンスの巧さは期待しないでほしいが、精一杯のパフォーマンスをする。いつだって、ファンの人たちに感謝を伝えられるこのステージは、私にとってレースと同じくらい大事なものだ。

 

 

 

『きゃああああ!! 私のマンボー!!!』

 

 3着だったマンボさんが観客席に投げキッスをすると、最前列に居たマンボさんのトレーナーさんが発狂した。

 

 彼女は全身マンボさんのグッズで固めていて、正直最初見た時は誰かわからなかったほどだ。

 

 マンボさんが茹蛸のように真っ赤になっていくのを横目で見ながら、パフォーマンスを続けるのだった。




有馬記念レースレコード 2:29.5(第49回優勝馬ゼンノロブロイ)
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