漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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色々やってて遅れました

バルテウスちゃんのことを嫌いになっても、プロテウスちゃんの事は嫌いにならないでください


第五十一話 押し寄せるイベントの波

 

 ダイヤモンドステークスが終わった一週間後の土曜日、いつもの練習を終えた後の夜にトレーナーさんに寮の前まで呼び出されていた。

 

 なお、呼び出した当の本人はまだ来ていない。まあ、私が言われた時間より早く来ているせいなのだが。

 

 やっぱり出遅れの件だろうか。スピカに電撃入部したタキオンさんに色々診て貰ったりして改善しようとはしたが、あまり成果は得られなかった。

 

 ダイヤちゃんに協力してもらってVRウマレーターで、まだテスト段階の『メガドリームサポーター』というソフトを使ってレースを再現して、サポートAIの補助の下色々なものを測定したが、特に異常は見当たらなかったらしく精神的な問題の可能性が高いとか、一度出遅れたことが変な癖になってしまっているかもしれないとか言われたが、自分ではよくわからない。

 

 強いて言うならスタート時にかなり力が入っているようだとは言われたので、一先ずはフォームなどを確認しながら様子を見ようということにはなっていたのだが……

 

「おう、テウス。待たせたな、はいこれ」

 

「あ、トレーナーさん……って、何ですかこれ?」

 

 そういっていきなり封筒を渡してくる。一体何だろう? 

 

「秋シニア三冠の明細だ。渡すの忘れてたからな。既に振り込まれてるから知ってるだろうけど」

 

「ああ……なるほど、忙しかったですもんね。それ以外にも何か入ってるみたいですけど……カラオケの優待券?」

 

 中身を見て見ると明細の他に紙みたいのが入っている。優待券だ。多分学園の近くにあるカラオケのだったと思う。なんでここで優待券? 

 

「おハナさんから貰った。明日はそれで遊んで来い。明日は基礎練習以外禁止にするから」

 

「ええ!? いきなりそんなこと言われても……」

 

「入部から今まで、入院したとき以外丸一日休みってなかっただろ? 金鯱賞までは時間もあるし、せっかくだから誰かと遊んで来い。クラスメイトとか」

 

 言われてみればそうかもしれない。日用品を買うために放課後の練習を休みにしてもらったりはしたことがあるが、丸一日休みということはなかったはずだ。たまには休みを入れてみるのもいいかもしれない。

 

「トレーニングじゃなくて一日中好きなところを走ってきたって良いし、カラオケじゃなくてもゲーセンとかに行ったって良い。明日一日は好きに過ごしてみろ」

 

「わかりました、ありがとうございます。そうすることにします」

 

 トレーナーさんに一言お礼を言い、部屋に戻る。すっかり一人で占拠してしまってる部屋だが、来年度に新入生が入ってきたらその娘と相部屋になるかもとクリークさんが言っていた。誰が来るのか楽しみだ、沢山可愛がってあげよう。

 

 だけど、誰か来るというなら流石に日本刀は片付けないと危ないかもしれない。少し対策しておこう。とりあえずは紐か何かで簡単には抜けないようにしないと。

 

 いきなり降って湧いたような休みだ。クラスメイトと遊ぶのもいいんだけれど、予定が合うかは微妙だ。

 

 私のクラスメイトは去年メイクデビューしたか、今年メイクデビューを控えているかのどちらかが殆どになっている。

 

 去年メイクデビューした娘は今年クラシックに挑むことになる。つまり3月にはそのクラシックのトライアルレースが控えている。当然暇なんてほとんどないだろう。

 

 今年メイクデビューする娘だって今は大事な時期だ。息抜きは必要だろうが、多分向こう数週間の予定は詰まっているだろう。

 

 そう考えると前日にいきなり誘っても厳しいかもしれない。しかも今は夜22時くらいだ。寝ている娘が殆どだろう。

 

 そうすると学園外の友達の方が予定が合うのかもしれないが、入学前まで私に友達はほとんどいなかったので掛ける相手が思い浮かばない。

 

 暫く考えていると、スマホが鳴った。誰からだろうと画面を見て見ると、クラスメイトでもトレーナーさんでも、家族でもない名前がそこにあった。

 

「はい、ブラックプロテウスです、こんばんは、お姉さん」

 

「グッドイブニーング、テウスちゃん! 今お暇かしら~?」

 

 病院で一度一緒になったウマ娘のお姉さんだ。以前トレセン学園に通っていたらしく、そういった点では先輩になる。

 

 今日もそうだがお姉さんと電話するとき、彼女は大体酔っぱらっている。三度のご飯よりお酒が好きらしく、今思い返せば前にもお医者さんに怒られているところを見た記憶があるくらいだ。

 

 そんな大のお酒好きの彼女だが、お話はとても面白い。彼女が通っていたころのトレセン学園についてのお話とかも聞いたことがある。彼女自身は何とか一勝はしたそうだが、仲が良かった娘は入着すら出来なかったと聞かされた。

 何だかその娘の事を話しているときはプロポーションが良すぎるとか少し愚痴っぽいことも聞かされたが、今でも時々飲みに行くくらいには仲が良いらしい。

 

「あ、そうだお姉さん。明日お暇ですか? 良ければ一緒に遊びに行きませんか?」

 

「え? いいの? 私はオッケーだけど……あ、友達も呼んでいい? 私がテウスちゃんと知り合いだって言っても信じてくれないんだよー」

 

「そのお友達が大丈夫なら私は全然構いませんよ?」

 

 クラスメイトが都合が合わないなら学園外の友人と遊べばいいのではと思い折角だし遊びに誘ってみるとすぐにOKが貰えた。相手は成人しているウマ娘だし、トレーナーさんに一言言っておけば特に問題もないだろう。

 

 学園の寮の前でお昼前に待ち合わせて、お昼ご飯を食べてから何処かに遊びに行こうと約束を取り付けて、電話を終わる。

 

 思いがけない予定が入った。楽しみだ。トレーナーさんにメッセージを送るとすぐに許可が貰えた。というか学園の外に友人がいたのかと驚かれた。

 

 失礼なことだ。確かに里帰りもしないし買い出し以外ではほぼ外出せずにずっとコースを駆けまわっていたりジムで汗を流していたりしているけども。

 

 あれ? そう思えば私、結構つまらないウマ娘なのでは? 個人でインタビューを受けた時にプライベートなことを何回か聞かれたことがあるけれど微妙な顔をするばかりでその記者さんの会社からは同じ質問がされなくなったんだけど、もしかしてそれが原因? 

 

 この話題について考えるのはよそう。考えれば考えるほど悲しくなりそうだ。明日着ていく洋服でも考えた方が生産的だ。

 

 そんなことを考えつつ布団に丸まっていると、いつの間にか眠りについていた。

 

 

 

 

 いつも通りの時間に目覚めた私はいつも通りトレーニングをしようと着替え始めたところで今日は基礎練習以外を禁止されていることを思い出した。

 

 ストレッチとか軽い筋トレくらいならしてもいいだろうけど、いつものようにコースに出ていったら怒られそうだ。

 

 それに、お昼前には人に会う約束をしているのに今から思いっきり運動して汗をかくのも憚られる。軽い柔軟程度にしておこう。

 

 小さいころからおじいちゃんに柔軟運動だけは欠かすなと言われていたので、私は結構身体が柔らかい。具体的には胸が床にべったりつくくらいに開脚前屈が出来る。何でも身体が柔らかいと怪我をしにくくなるんだそうだ。後肩こりもしにくいとかなんとか……

 

 その辺りの事はよくわからないが、身体が柔らかいに越したことはないだろう。ライスさんとかガッチガチでびっくりしたほどだ。あれだけ身体が固くてよく長い間走っていられたと思う。

 

 ただ、その身体の固さがもたらした結果が宝塚記念での悲劇だったのかもしれない。最近ライスさんは自分で歩けるようになったから、リハビリと柔軟を手伝っている。

 

 リハビリより柔軟の方がきつそうにしているけれど、心を鬼にしてライスさんがもう無理というところから二段階くらいまで柔軟させている。トレーナーさんも止めないし問題はないだろう。

 

 今日は私の代わりにテイオーさんがリハビリを見てくれる約束になっているので、それはもうスパルタなリハビリになるだろう。テイオーさん自身怪我で苦しんだウマ娘だが、その度に地獄のリハビリを何度も乗り越えている。他のウマ娘に比べて限界の見極めに優れている。なので私以上に追い込んでくれることだろう。

 

 そんなことを考えながら柔軟をしているとスマホのアラームが鳴った。朝食の時間のアラームだ。外出用に前日に用意しておいた服に着替えてから部屋を出て食堂へ向かう。

 

 生活習慣をきちんとするために今年に入ってから管理をし始めた。いつもはどんなに遅く寝ても日付が変わる前、遅く起きても5時くらいに目が覚めていたけれど、それだと今後支障が出てくる可能性があるため、少しずつ生活習慣を見直している。

 

 ステイヤーにとっての最高の栄誉。それは日本のウマ娘なら春の天皇賞だろう。勿論それにも出る。

 

 だけれど、世界のステイヤーにとっての最高の栄誉はイギリス、アスコットゴールドカップ。同じくイギリス、グッドウッドカップ。そしてフランス、パリロンシャンレース場のカドラン賞の三つだろう。

 

 イギリスで行われる二つにGⅡのドンカスターカップを加えた三つは英国長距離三冠と言われ、200年以上もの歴史を持つ非常に重要で価値の高いレースだ。この4つのレースに、私は出たい。いくつか前哨戦なども走って向こうの芝に慣らしておきたいところでもあるし、天皇賞が終わってから暫く海外遠征を予定している。 

 

 ただ、イギリスとは8時間、フランスとは7時間ほどの時差がある。分かりやすく言うと、例えば凱旋門賞が行われる時間は日本の時間では大体23時になる位の時差だ。

 

 完全に真夜中だ。一応そのままの生活習慣でも起きていられる時間だが、そのままの生活習慣を続けてしまうと色々支障が起きてしまう。スクーリングどころか練習すらままならないことになってしまうからだ。流石に時差ボケでレースになりませんでしたでは恥ずかしすぎる。

 

 言語の壁については通訳さんを雇うつもりでいるからあまり問題にはならないと思う。コースに出た後は通訳さんには頼れないが、コース上ではそんなに会話することもないだろう。挨拶位は覚えるが、それ以上に関しては通訳さんを頼るつもりだ。

 

 通訳のアテは既につけてあるというかトレーナーさんが探してくれていたので問題ない。スズカさんが一時期頼んでいた人らしい。英語はこれで大丈夫だろう。フランス語に関してはその時また考えればいい。

 

 問題があるとすれば、凱旋門賞に出てほしいという事をファンレターなどで言われていることだろう。凱旋門賞とカドラン賞は同じ週に行われる。つまりどちらか一方にしか出走できない。

 

 日本のウマ娘にとって、悲願とも言われる凱旋門賞。世界一に相応しいウマ娘だけが挑戦できる、世界最高峰の舞台だ。当然、関心も非常に高いと言える。

 

 今まで欧州で鍛えられたウマ娘しか勝ちあがったことがない、世界の頂。今トレセン学園では、その頂に挑戦するというプロジェクトが立ち上がっている。本当は来年か再来年に挑戦する予定だったそのプロジェクトだが、今年私が海外挑戦をする予定だと何処からか聞きつけたのかそのプロジェクトの責任者、佐岳メイさんから声を掛けられた。

 

 その時は凱旋門賞ではなくカドラン賞に挑むつもりだと報告した。その場はそれで終わったが、それから佐岳さんとは連絡を取り合っている。彼女は欧州レース分析を専門とするURAの学園強化部門に所属している方で、今後大変お世話になりそうな方だから、交流は結構密にしている。

 

 理事長位小さいので勘違いしてしまいそうだが、結構な年上みたいだ。世の中には不思議なことが一杯ある。一体理事長と言い佐岳さんといい何歳なんだろうか……

 

 そういえば理事長は理事長で何やら新しいレースとかチームレースがどうのとか言っていた。私としては昔あったという日本最長距離ステークスのようなレースだと滾るものがあるのだが……後チームレースだとスピカは短距離とダートを走れるウマ娘が私くらいしかいないから少し困る事になりそうだ。スズカさんが芝の短距離なら何とか、位のレベルだろうか? 

 

「……うわっ!?」

 

 そんなことを考えながら歩いていると誰かにぶつかってしまった。バランスを崩しそうになるが何とかこらえる。

 

「テウスちゃーん? 前を見て歩かないと危ないですよ~?」

 

「あ、クリークさん。おはようございます」

 

 寮長の代理を務めているスーパークリークさんだった今日は割烹着を着ている。何か作っていたのだろうか? 

 

「今日の寮の朝ご飯は私が作ったんですよ~。こちらで食べていきますか~?」

 

「そうですね、そうします。いつもありがとうございます」

 

「いいんですよ~、私が好きでやっていることですから♪」

 

 クリークさんが栗東寮を取り仕切るようになってから彼女の手が空いているとき寮の全員分の朝食や夕食を作るようになった。寮長にはその寮を管理する一切の権限が与えられている為そういったことができるらしい。寮で食べない娘も居るから作る量は少なくて済むらしいが、大変そうなので見かけたら手伝うことにしている。

 

 グラスさんに美浦寮はどうなのか聞いてみたら時折ヒシアマゾンさんがお弁当を作ったりしているらしいのでまあ良くあることなんだろう。今思えばフジキセキさんも相当面倒見が良いウマ娘だし。

 

 クリークさんによって栗東寮のウマ娘の生活習慣は改善されたと言っていい。特にタキオンさんは一日三食きっちり食べさせられて強制的に健康にさせられていたし、ファインモーション殿下にはラーメンは一日一食までの制限令が課されていた。

 

 何故かクリークさんに言われると誰も逆らえない。私はよく餌付けされているくらいだ。

 

「そういえば、今日テウスちゃんはおめかしさんですね~。おでかけですか~?」

 

 いつもは食堂に来るときはジャージか制服か、動きやすいスポーツウェアのどれかなのだが、今日の服装は違う。

 

 お出かけするということでちょっとだけおめかしした。無難にスウェットにデニムを合わせているだけだが。外に出るときはこれにコートを羽織っていくつもりだ。

 

 動きにくいからデニムは普段は着ないけれど、一応私も女の子なのでいくつかは持っている。

 

 まあ、全部スカーレットさんが薦めてくれたものなんだけど。多分スカーレットさんが居なければ私のクローゼットの中身は制服と体操服とスポーツウェアで埋め尽くされていただろう。

 

「はい。もう少ししたら学園OGの方とお出かけするんです。外出許可をいただけますか?」

 

「いいですよ~。門限までには帰ってきてくださいね~」

 

 一応休日だし門限までには帰ってくる予定なので厳密に言えば外出許可は要らないのだが、外に出るときは一応連絡するようにしている。

 

 何かトラブルがあった時の為にそういった連絡はしておいた方がいい。最近は車に撥ねられたりはしていないが、油断している時ほど変なトラブルを拾ってくるので気を引き締めている。これ以上トレーナーさんに心労をかけて彼を消化器内科に通わせることになってはならない。

 

「ところで、お出かけはお昼からなので、何かお手伝いできることがあればお手伝いしますよ?」

 

「あらあら~、ならお言葉に甘えさせてもらいますね~。お洗濯ものを干して貰えますか~?」

 

「わかりました、任せてください」

 

 少し時間が空いたのでお手伝いを請け負うことにして、待ち合わせまでの時間をつぶすことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 洗濯したのち、お掃除やら何やらを手伝っていたら待ち合わせの30分前くらいになっていた。少し早いのだが、そろそろ寮の外に出ておくことにする。

 

 待ち合わせ場所は寮の前だ。タクシーで迎えに来てくれるらしい。車を出したかったらしいが、昨日深酒をしていたらしく断念したようだ。賢明な判断だと思う。

 

 お手伝いのご褒美にとクリークさんに貰った手編みのニット帽とサングラスを装着して待つことにする。2月の下旬というとても寒い時期だったので、ニット帽はとてもありがたい。耳が少し寒いが、トレーナーさんに貰った耳カバーをつけておけばそれも大分マシになる。

 

 サングラスは単純に変装したほうがいいからと渡された。私は外見的には普通の黒鹿毛ウマ娘で、あまり特徴がない髪色だし変装はサングラスだけでも問題なさそうだ。

 

「あれ? そこにいらっしゃるのはブラックプロテウスさんですか? こんにちは!」

 

「あ、乙名史さん。こんにちは」

 

 問題ないと思ったが、丁度通りがかったいつも通りのスーツを着た乙名史さんに速攻でバレた。乙名史さんが相手では相手が悪いが。

 

 というか今日は日曜日なのだが、スーツを着ているということは仕事だったのだろうか? 記者さんって結構ブラックな仕事なのかな? 

 

「この格好ですか? それが今日取材の予定だったのですが、先方の都合で延期になってしまいまして。会社に連絡したら今日は休日出勤でしたし今日はこのまま直帰でいいとのことだったので帰宅途中なんです」

 

「ああ、そうだったんですね。お疲れ様です」

 

 まだお昼前だが帰れるのか。今日休日出勤だったらしいが、思ったよりホワイトなのかもしれない。いや、休日出勤自体がブラックなのかな? よくわからなくなってきたので考えないことにしよう。

 

「ところでこんなところでどうされたんですか? 私服のようですが今日はトレーニングはお休みで?」

 

「はい。トレーナーさんに気分転換してこいと言われたので、知り合いと少しお出かけする予定です。何処に行くかはまだ決めてないんですけど。とりあえずご飯食べてから決めようって」

 

「なるほど、しっかりと休息を取ることも重要なこと、と。素晴らしいです」

 

 うんうんと頷いている。今日はもう休みになったからかいつもよりはテンションが低い。仕事中の乙名史さんのテンションはそれはもうヤバい。インタビューが進むにつれ青天井でテンションが上がって行くので慣れるまでは大変だった。

 

 仕事の時の方がテンションが高いのはどうなんだろう。所謂ワーカーズ・ハイの一種なんだろうか? まさに天職というべきものなんだろうなとは思うけど……

 

「おや、お迎えが来たようですね」

 

 話し込んでいると私たちの前に一台のタクシーが停まった。どうやら二人ほどウマ娘が乗っているようだ。

 

 揃って降りてきたが、ちょっと対照的な雰囲気の2人だ。一人は多分160cmないくらいで、柔らかい雰囲気のグラマラスなふわふわ鹿毛のウマ娘。もう一人は170cmくらいはありそうで、目つきが鋭く、かなりすらっとした、それこそモデルかと見間違うくらいのスタイルの鹿毛のウマ娘だ。

 

 一人は見覚えがある。背の高いウマ娘の方が以前病室で出会ったお姉さんだ。だとするともう一人のウマ娘が彼女の言っていた知り合いだろうか。当然、見覚えはない。

 

「はーい、お待たせテウスちゃん! って、あれ、えっちゃん? 大学以来ね、久しぶり! 今日はどうしたのよ?」

 

「あ、リーチェ。お久しぶり。偶然ブラックプロテウスさんと出会ってね、ちょっとお話ししてたの」

 

 お姉さんが話しかけてきたと思ったら、乙名史さんと気安く話し始めた。乙名史記者の方もいつもの丁寧な口調から大分砕けた話し方になっている。本当に友人同士だったようだ。世の中は狭いものである。

 

 ちなみにリーチェとはお姉さんの名前だ。確かインペラトリーチェという名前だったと思う。私はお姉さんと呼んでいるし、お姉さんもそれでいいと言っているのであまり呼んだことはないけど、一応覚えてはいる。

 

「あ、そうだ。テウスちゃんに私の連れ紹介しないとね。トレセン学園時代からの友達で、ライトハローって娘なんだけど」

 

「ライトハローです。ブラックプロテウスさんのご活躍はかねがね伺っておりました。お会いできて光栄です」

 

 お姉さんが知り合いのウマ娘を紹介してくれた。大人らしくかなり丁寧な挨拶をされた。かなりやり手の人物な気がする。ふわふわな雰囲気に騙されてはいけなさそうだ。

 

「はじめまして、ブラックプロテウスです。その、年上の人にあまり畏まられると緊張しちゃうので、出来れば気安く接していただけると」

 

「わかりました、今後はそうしますね。よろしくお願いします。それにしても、リーチェが本当にブラックプロテウスさんと知り合いだったなんて……」

 

「だからずっとそう言ってたじゃないのよ。信じなかったのは貴女だよ?」

 

 お姉さんがドヤ顔している。まあ、知り合いは知り合いだけど……

 

「出会った場所は病院ですけどね。それ以前にも院長先生に怒られてるところは見た覚えがありますけど」

 

「リーチェは成人してからずっとこうなんだもんなあ……」

 

「お酒は私の命より大事なものだから止められないよ」

 

 お姉さんにとっては欠かせないものなんだろう。おじいちゃんも毎日とても苦い青汁みたいな物を好んで飲んでいたし、テイオーさんもほぼ毎日はちみーを飲んでるみたいだし、それと一緒と考えればまあ……

 

「今日はこの三人でお出かけのつもりだったけど、えっちゃん、よかったら一緒に来ない? テウスちゃんもよかったらだけど」

 

「私はこの後予定もないし構わないけど……」

 

「私もいいですよ?」

 

 お姉さんの提案で乙名史さんも含めた4人でお出かけすることにした。3人も大人がいればトレーナーさんも安心だろうし、滅多なことは起こらないだろう。

 

 安心してタクシーに乗り込み、とりあえず昼食を済ませるためにファミレスに向かうのだった。

 

 

 

 

 大人3人も居れば滅多なことは起こらないと思っていた時期が、私にもありました。

 

「あははは! 調子出てきたわ! デュエットするわよ、ハロー!」

 

「はぁ~い、うたいま~す!」

 

 目の前で酔っぱらい、絡み合う二人のウマ娘を見て、どうしてこうなったと思い返す。

 

 最初はもう平和なものだった。ファミレスで軽く昼食を済ませた後、4人でウィンドウショッピングを楽しんでいた。

 

 3人は流石に大人で、あんまりファッションに興味がない私に色々お洋服を勧めてくれたりコスメを選んでくれたりととても楽しい時間を過ごせたと思う。

 

 その後カラオケに入ったのもまあ、普通の流れだろう。お姉さんもライトハローさんも乙名史さんもカラオケは好きだって言ってたし、折角優待券もあるのでということでその流れになるのは普通の事だと思う。

 

 ただ、普段なら夜からのアルコールフリードリンクがキャンペーンか何かで15時スタートになっていたのが問題だった。

 

 当然私は飲まないけれど、大人3人は別だ。乙名史さんは『私が飲むと収拾がつかなくなるので遠慮しておきます』とか言っていたけれど、その原因がよくわかった。

 

 ライトハローさんは3杯くらいでもう呂律が回っていなかったし、お姉さんはかなりお酒には強いようだが圧倒的な酒量の前ではそれも無意味だった。

 

 それがこの目の前の惨状である。いや、でもマシな方だとは思う。私に飲ませようとは一切しないし、万一にも私の方にアルコール入りの飲料が混ざらないようにしてくれているあたり、ちゃんと分別はある。

 

「あんたの何処がライトなんよー! 中身も外見もヘビーでしょー! 少し分けろこらぁー!」

 

「名前とそれは関係ないですよぉー、変なところ触らないでくださいっ! あなただってインペラトリーチェ(イタリア語で女帝)なんて名前負けしてるじゃないですかぁ~」

 

 ただ、酔っ払い同士の絡みはもう酷い。お姉さんがライトハローさんの後ろに回り込んだかと思えば胸を鷲掴みしてるのが今の現状だ。ちょっと目のやり場に困る。

 

「貴女69とか言ってますけどそれ現役時ですよね~? 引退してから身長伸びてるんですし今測れば多少は増えてると思うんですけどぉ~」

 

「69が少し増えたところで90超えてるアンタやテウスちゃんに比べれば誤差よ誤差~。えっちゃんも大きい方だし肩身せまいわ~」

 

「全然気にしてない娘が何言ってんだか……」

 

「あはは……」

 

 全方位に絡みに行くお姉さんに烏龍茶をちびちび飲んでいる乙名史さんがツッコミを入れている。私も苦笑いしかできない。

 

 私のプロフィールに関しては身長は常に公開しているがスリーサイズに関しては一度だけ、それもジュニア級の時にとある雑誌で公開されてしまったことがあるが、まあその時よりちょっとだけサイズが上がっている。さっきお洋服を選んでもらっているときに測って貰ったからこの3人にはバレているだろう。身長は伸びてないんだけど。

 

 体格が大きくなるのはレースにおいてはメリットとデメリットがあるから何とも言えないが、もう少し身長は欲しい。お姉さんは引退してから伸びたらしいし、まだワンチャンあるかもしれない。今度誰かに相談してみよう。

 

「飲み物もらってきますねぇ~」

 

「お願いねハローちゃん。あ、テウスちゃーん、そういえば最近走り方変えたの~? 最近はあんまり逃げてないみたいだけど」

 

 ライトハローさんがグラスを2つ持ってルームの外に出ていく。酔ってはいるが足元はしっかりしているので多分大丈夫だろう。

 

 それよりも、絡む相手がいなくなってお姉さんの矛先がこちらに向いてしまった。物理的に絡んでくるわけではないんだけど、ちょっと難しい話題だ。

 

「実はスタートが上手くいかなくなってしまって。色々調べて貰って、スタートの時に力が入ってしまっているとは言われたんですが、自分ではよくわからなくて」

 

 でも、彼女は以前中央で走っていた先輩だ。もしかすると今の私の不調に対して何か助言を貰えるかもしれない。

 

「あー、なんかアドバイスできればよかったんだけど、私スタート苦手でさー、出遅れなかったときの方が少ないくらいだったんだよ。そんな私としてはもっと気楽に走ればいいんじゃないかなって思うけどね。えっちゃんからはなにかない?」

 

「私も一時期陸上をやっていましたが、ウマ娘のスタートと人間の陸上のスタートは少し違うので……やはりスタート時にどれだけリラックスできるかによるのではないでしょうか。言うは易くして、行うは難しことですが」

 

「ありがとうございます。そんな簡単には解決しませんよね。色々考えてみることにします」

 

 貰ったアドバイスを考えつつにんじんジュースを飲む。にんじんのおいしさが脳に染み渡るなあ……

 

「ただいま~。あれ、何のお話ですか~? 次歌う曲ですか~?」

 

「そういえばまだ入れてなかったよ。そうだね次は……トレセン音頭でいい?」

 

「アレも入ってるんですかここ」

 

 よく秋のファン感謝祭、別名聖蹄祭で踊られる音頭だ。ハイテンポな曲で本当に息が苦しくなる。本当に酸素を持ってこいと言いたくなるくらいだ。

 

「じゃあ4人でやろ~。いきますよー」

 

 ライトハローさんがニコニコしながら機械に打ち込み。曲が始まる。今更参加しないとは言えないのでみんなでマイクを持って立ち上がって歌う体勢に入る。

 

 

 

「あーつかれたー。もうむりー」

 

「やっぱり歌って踊るのは楽しいですねー。私はずっと着外だったからライブの経験はありませんが、ライブは好きなんです。そういえば今度ライブの企画を考えてるんですよ~。まだ本当に企画を始めたばかりのところなんですけど」

 

「へえ、ライトハローさんもイベントを考えているんですか。私たちメディアの方もレースのイベントを考えているので、ご一緒出来ればいいかもしれませんね。少し詳しくお話を伺っても?」

 

 お姉さんが机に突っ伏して休み始めたかと思うと、ライトハローさんは乙名史さんと何かお仕事の話を始めた。今のうちに飲み物でも取ってこよう。

 

 カラオケルームを出てドリンクバーのところへ向かう。何となくコーヒーが飲みたくなったのでホットコーヒーにする。砂糖とミルクは……2つずつくらいでいっか。ブラックでも飲めなくはないがちょっと糖分が欲しい気分だ。

 

 ついでにお姉さん用にお茶を持って行ってあげよう。冷たいお茶を飲めば少しは落ち着くだろうし。

 

「よーし、お姉さんふっかーつ! というわけでテウスちゃん! 戻ってきてそうそうだけどデュエットするわよー!」

 

「えっ、私ですか? 最近の曲はあんまり知らなくて……」

 

「頑張ってテウスちゃーん!」

 

「実際お金を払っても見れない貴重な体験ですよね、オフレコなのが残念なくらいです」

 

 戻ってきて早々にお姉さんに肩を組まれてマイクを持たされる。両手に持っていた飲み物は乙名史さんが持ってくれた。ちなみにライトハローさんはタンバリンを持って応援してくれている。

 

「せっかくだからウイニングライブのメドレーやろうよ!」

 

「じゃあ私が入れていっちゃいますねぇー」

 

 そんな感じに、酔っ払いウマ娘二人に振り回されながら、余暇の時間は過ぎていくのだった。

 

 ちなみに酔っ払いウマ娘二人は最終的にぐでんぐでんになるまで飲んでしまったので、乙名史さんが両肩で支えて帰って行った。見た目によらずパワフルな人だった。

 

 

 

 

 

 そして時は過ぎて、金鯱賞当日。結局出遅れの問題は解決しなかった。不安は残るが、大阪杯の前哨戦として、そしてスズカさんも走ったレースだということで走ることにした。

 

 今はパドックでお披露目しているところだ。観客の人たちは沢山いる。これだけの人数が見ていてくれると考えると、恥ずかしい走りは出来ないと思ってしまう。

 

 今日は8枠15番の大外枠だったので、お披露目は一番最後だった。少し小雨が降っているパドックから帰ってくると、出入り口のあたりで一人の葦毛ウマ娘と出会った。

 

「久しぶり、テウス。どう最近?」

 

「こんにちは、マンボさん。最近はまあ……ぼちぼちですかね?」

 

 私のライバル、リボンマンボさんだ。主戦場をマイルにした彼女だが、安田記念までは少し時間がある。多分大阪杯に出る計画だったのだろう。前哨戦のこのレースにも出て来ている。ちなみに今日彼女は1枠2番だ。

 

「ま、少し調子悪いのはレース見てればわかるけどね。出遅れても勝っちゃうのは反則だと思うけど。それに阪神大賞典じゃなくて金鯱賞に出てくるとは思わなかったわ」

 

「マンボさんこそ中山記念じゃなくてこっちに出てきたんですね。マイルに移ったとばかり思っていたんですけど……あ、阪神大賞典も出ますよ?」

 

「もともと私はミドルディスタンスの方が得意だしね。ステイヤーの貴女が金鯱賞走ってるのとあんまり変わらないわよ。それに阪神大賞典走るのはもうわかりきってるわ」

 

 肩をすくめられた。言われてみれば確かにそうかもしれない。来週の阪神大賞典も走るつもりだが、正直人のことを言える立場じゃない。

 

「あはは……まあ、大丈夫です。応援してくれる皆さんに恥じないような走りはしますよ」

 

「……貴女、ちょっといい?」

 

 話しているとマンボさんが近寄ってくる。というか壁際に追い詰められて壁ドンされた。

 

「え、えーっと……?」

 

「貴女、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 マンボさんに言われた言葉がよくわからない。ファンの人に感謝して走っているのは最初のころから変わっていないと思うのだが……

 

「別に貴女が夢を持ったことは良い事だと思うわ。目的があってその為に走ることも否定はしない。でも貴女は誰かに恥ずかしくないような走りをするとか、そんな事はどうでもよかったでしょ? 楽しく走りたい。ただそれだけを考えて走ってたでしょ、貴女は。その時の貴女は強かったし格好良かったわ。他の誰よりもね」

 

 マンボさんに言われて考えこむ。そういえば、今年に入ってから楽しく走ろうとあまり思っていなかったかもしれない。走りたくて走ったのは確かだが、楽しさより責任感の方が大きかった気がする。

 

「余計なこと考えて勝てると思ってるなら、今日その考えに風穴開けてあげるわ。覚悟しておきなさい」

 

 彼女の眼に、青い炎が宿っているように見えた。初めて今日、私は対戦相手が怖いと感じたかもしれない。

 

 彼女はそのまま私に背を向けて、ゆっくりと去っていく。私はそれをただ黙って見つめていた。




酒クズネキは実はモデルが居ます。名前に関しては全く別物になっているので多分わからないと思います。実馬のimperatrice(アンペラトリス)とは関係ありません。
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